昔の人はUFOを目撃しなかったの?

前回、「オカルト!UFOを妖怪として民俗学してみた」という記事の中で僕は、「UFOは人類の科学力が発展したからこそ出てきた妖怪」と結論付けた。だが、同時に疑問が浮かんだ。本当に昔の人はUFOを目撃しなかったのか。UFOを目撃したという伝承は残っていないのか。


UFO目撃の2パターン

UFOという妖怪(ここでは妖怪とする)の伝承は、近年では動画が主流である。そう言った動画を見てみると、UFO目撃には2パターンあることに気づく。

それは、昼間に見るか、夜に見るか。

アニメ映画のタイトルみたいだ。「空飛ぶ円盤、昼間に見るか、夜中に見るか」。米津玄師に曲を作ってもらおう。

昼に見るのと夜に見るのとどう違うのかというと、見えてる映像が違う。

昼間だと、こういったUFOの姿がそのまま見えるはずである。

帽子ではない。UFOである。誰が何と言ってもUFOだ。

一方、夜になるとこんなにはっきり見えない。

はっきり見えないのになぜ「あ! UFOだ!」とわかるのかというと、光っているからだ。

「空を飛ぶ謎の発行体を目撃する」、これが夜中のUFOの見え方である。

つまり、UFOの伝承を追いかけるには、「昼間に空飛ぶ乗り物を目撃した」という話と、「夜中に謎の光が飛ぶのを見た」の二つの伝承を探せばよい。

日本は燃えているか

さて、まず「夜中に空飛ぶ光を目撃する」パターンを考えよう。

実は、このパターンは結構多い。

「空飛ぶ火の玉」という奴だ。

奈良県には「蜘蛛火」と呼ばれる妖怪がいる。火の玉が空を飛び、それに当たったものは命を落とすと言われている物騒な妖怪だ。

その正体は蜘蛛であると伝えられている。蜘蛛が何で火の玉になるのかは謎だが、この正体は大槻教授でおなじみのプラズマ、球電の類な気がする。蜘蛛火にさわると命を落とすと言うが、球電もなかなか殺傷力が高い。

まあ、蜘蛛火の正体が蜘蛛なのかプラズマなのかは今はどうでもいいことで、問題は蜘蛛火とUFOが「空飛ぶ発行体」という共通項を持っていて、実は同じ現象なのではないか、ということ。すなわち、現代人が蜘蛛火を見て「あ! UFO!」という可能性はあるし、昔の人が現代のUFOを見て「蜘蛛火じゃ!」と声を上げる可能性がある、ということである。

こういった「空飛ぶ火の玉」系の妖怪はかなり多い。ちょうど手元に水木しげるの『妖怪大百科』という本があるので、空飛ぶ火の玉系の妖怪を上げてみると、

・姥ヶ火(近畿)

・くらべ火(広島県)

・シャンシャン火(九州・高知県)

・つるべ火(福岡県)

・ワタリビシャク(京都府)

偶然なのか関西地区を中心に、火の玉の妖怪がたくさんいる。他にも石川県の「くらげ火の玉」なんて言うのもいる。鬼火、狐火なんていった伝承は全国各地に伝わっている。

火の玉が飛ぶのは関西だけではない。埼玉県には「火の玉不動尊」なる野仏がある。

場所はさいたま新都心駅前、中山道。この一帯は今でこそ人通りや車どおりが多くにぎやかだが、かつては処刑場が置かれ、大宮の宿場の端っこ、さみしい場所だった。そこに夜な夜な火の玉が飛ぶというウワサが出て、侍があらわれた火の玉を斬ってみたところ、このお不動様に傷がついた。さてはこの不動が火の玉の正体だったのか、というお話。

このような「空飛ぶ火の玉」が20世紀に入って「UFO」と呼ばれるようになったのだ!

……と勢いよく断言したいところなのだが、火の玉の伝承を見ているとあることに気づく。

火の玉が飛ぶ高度、低くないかい?

だって、侍の間合いに入れるくらいの高さだぜ?

姥ヶ火に至っては、「顔に当たった」なんて伝承が残っている。

よくよく考えると、蜘蛛火が「当たったら死ぬ」と言われているということは、要は人に当たるくらい低空を飛んでいる、ということである。

現代のUFO動画のような、はるか上空を飛ぶ怪しい光の話はなかなか聞かない。

昔の人たちは、「はるか上空を飛ぶ謎の飛行物体」を目撃しなかったのか、それとも、目撃してはいたけど、別に何とも思わなかったのか。

もちろん、今も昔も空に謎の発行体が現れれば、騒ぎになったはずだ。

一方で、現在われわれが「彗星」「隕石」「流れ星」と呼んでいる科学的な現象でさえも、昔の人から見れば怪奇現象だったはずである。かつては彗星が現れると何かの前触れではないかと陰陽師を読んで占わせていた。

UFOのような空飛ぶ発行体もこういった「夜空の怪異」の中にいっしょくたにされているのではないだろうか。

現代の私たちが「空飛ぶ発行体」を見て「あ! UFOだ!」というのは、それが彗星や隕石、流れ星といった「既知の科学現象」とは明らかに違う動き、違う光り方をしているからであって、これらの現象がまだ「未知」だった時は、UFOもこれらと一緒に「何か凶事の前触れではないか」と扱われていたのではないだろうか。「流れ星の一種」としてとらえられていたのかもしれない。

つまり、流れ星や彗星などにまつわる伝承の中に、現代で我々がUFOとよぶものも一緒にされている可能性がある。

流れ星を見るというのは確かに珍しいが、一生に何回かはあることだ。「流星群」などという流れ星が多い時期もある。珍しいが、決して怪奇現象の類ではない。昔の人もそう捉えていたのではないだろうか。

だからたまに、ジグザグに飛ぶ流れ星があったり、急に停まったりする流れ星があっても、「変な流れ星があるなぁ」と思う程度だったのかもしれない。

ところがわれわれ現代人は、「流れ星の正体は宇宙の塵が地球の引力に引っ張られて落ちてきて、大気圏内で空気摩擦により発火したのもである」と知っている。基本、真っ直ぐ落ちてくるものであり、ジグザグに飛ぶとか、途中で止まるとかはあり得ない。

だからこそ、そう言った発光体を見ると、「あれは流れ星ではない! UFOだ!」と騒ぐのではないだろうか。

だとしたら、UFOはやはり、「人類の科学知識が増えたからこそ生まれた妖怪」と言える。

流れ星を昔の人がどう思っていたのかは、今後改めて明らかにしていきたいと思う。

UFOの奥ゆかしさ

もう一つのパターン、昼間にUFOを目撃する場合について考えよう。

西洋の絵画や、古い壁画なんかに、UFOっぽい乗り物が描かれていることはあるが、UFO目撃談のような伝承は調べた範囲では見つからなかった。

ただ一件、ウィキペディアにこんな話が乗っている。9世紀のフランスで起きたと伝えられる話だ。

草原に空から球状の物体が下りてきて、中から4人の男女が出てきたという。村は「魔術師が来た」と大騒ぎになったが、その4人は「我々は地球人です」と言った、かどうかはわからないが(当時、「地球」なんて概念はないはず)、自分たちはごく普通の人間だ、という趣旨のことを説明した。彼らもまた野原でUFOに出会い、乗せてもらっていただけだという。

これが9世紀のフランスで起きたUFO事件である。

だが、昔のUFO目撃例はこれくらいで、あとは20世紀に入ってからのものばかり。他にはこんな話はほかにはないのかと「昔のUFO」で検索をかけてみても、「昔のUFO焼きそば」の話しか出てこない。

さて、現代の昼間のUFO動画を見ていると、一つのパターンがあることに気づいた。

いつもと変わらぬ平和な空を眺めている、はずが何かが飛んでいるのに気付く。鳥か、それとも飛行機かとズームしていくと、明らかな人工物であることに気づく。だが、その形状は飛行機やヘリコプターとは程遠く、どんな原理で飛んでいるかも不明。ここで「オーマイゴッド! UFOだ!」と驚くわけだ。

僕はこの「ズーム」という行為に注目した。

ズームすることで初めてUFOだとわかる。

つまり、肉眼では何なのかよくわからない、ということだ。

これでは、UFOに関する伝承が残らないのも当然である。肉眼では鳥と大差ないのだから。ズームして拡大して、はじめてUFOだと気づくのだ。

つまり、「ズーム」という機能を手に入れたことで、我々は初めてUFOを発見できるようになったのだ。

少なくとも、映画「インデペンデンスデイ」のような、肉眼でもはっきりとUFOだとわかるサイズが飛んでいる動画はネットでは見つけられなかった。

一方、写真だと「肉眼でもはっきりと見えるUFO」はいくつか見つかった。

おわかりいただけるだろうか……。

UFOが明らかに太陽の光らしきものを反射しているにもかかわらず、その影がどこにもないのだ……。

影は光源に近いほど大きくなる。まあまあの上空を、まあまあの大きさのものが浮いているのだ。太陽の位置からして、UFOの少し後ろにまあまあの大きさの丸い影ができていないとおかしいのだ。

まさに、物理学の常識を超越した怪奇現象だ。まるで、まるでもともと上空には何もなかった、と言いたげな写真である。

続いてこちらのお写真。

おわかりいただけるだろうか……。

UFOの底が見えないのだ……。

ちなみに、こちらは私が西葛西で撮ってきた飛行機の写真。かなり低空を通っていたので、面白くて撮影した。

この通り、地上から飛行物体を撮影すれば、底の部分がよく見える形となる。

ところが、このUFO写真は、上空に浮いているUFOをどういうわけか正面からとらえているのだ。

UFOは家の上空を飛んでいるように見える。写真にぼんやり写っているドアが地上から数えて3mの高さだとすると、UFOが飛んでいるのは上空10m。写りこんでいる車の長さが5mだとすると、UFOの真下の地点までなら、目算だがこの車は2台止められそうである。ということは、UFOはカメラから10m離れたところで、10m上空を飛んでいるということだ。

直線距離にして約14m。角度はななめ45度。

ためしに、自分の腕をななめ45度に伸ばして、手のひらを水平にして見てほしい。自分の手相がよく見えるはずだ。

そう、ななめ45度のところにあるUFOなら、もうちょっと底の部分が見えていないとおかしい。具体的には、円を少しへこました程度の楕円形に底の部分が見えていないとおかしいのだ。

ところが、この写真はカメラに対してUFOが正面から写っている。影のように見える部分を実は底の部分なのだと好意的に解釈しても、こんな細い線の様にしか見えないことは考えられない。

結論から言うと、このUFOはななめ45度に傾いた状態で浮いていた、ということになる。どうしてそんな不安定な状態で浮いていたのか。UFOも整備不良だったのだろうか。

さて、気になるのがこの肉眼でもはっきりと見えるUFOはいずれも、60年代アメリカ、といった感じの画質だということだ。古い写真である。

一方、最近のUFO動画を見ていると、ズームして初めてわかるくらい上空を飛んでいるのが多い。

写真全盛の時代は、UFOも低空を飛べたのだ。

ところが、動画全盛の時代はそうはいかない。UFOが出現してから飛び去るまでの一部始終が記録される。

肉眼で見えるくらいの高さを数十秒間にわたって飛んでしまうと、「ほかに目撃者はいなかったのか」「ほかに同じものを撮影した動画はないのか」「マスコミが話題にしないのか」と、写真の時は気にならなかった様々な「不都合な」疑問が出てきてしまう。

なので、UFOはより上空を飛んでもらわなければならなくなった。「はるか上空を飛んでいて、ズームしたから初めてわかったんだすよ。肉眼じゃよくわからないから、他の目撃者がいないのも納得でしょ?」というわけだ。

低空を飛ぶといろいろと「不都合」なので上空を飛んで、ズームして見つけてもらう。UFOという妖怪はなかなか奥ゆかしいやつだ。

また、UFO写真には一緒に写ってくれる背景が不可欠だ。UFO単体だけ撮っても「模型を撮ったんじゃないの?」と疑われてしまう。一緒に家とか森とかが写っていて、その上空を飛んでいるところを移して初めて「UFO」と認識してもらえるのだ。

ところが、動画全盛の時代になって、背景と一緒に映る必要はなくなった。家とか森とかの上に何かが飛んでいる。ズームしていくとそれがUFOだとわかる。はるか上空を飛んでいるのでズームすると家とか森とかは映らなくなるが、最初のシーンには写っていて、そこから連続した動画なので、「模型だけズームで撮ったのでは?」なんて疑われずにすむ。

まとめ

昔の人はUFOを見ていたのか。

夜の場合は見ていたとしても「変な流れ星」程度にしか思わなかったのではないだろうか。それがUFOであると考えるようになったのは、流れ星の正体がわかってからだ。

昼間のUFOに関しては、低空を飛ばれるといろいろと不都合がある。昔の人が村の中で「こんなのを見たよ」と言っても、「いやいや、俺たち近くにいたけど、誰もそんなの見てないよ」と言われておしまいである。ズーム機能のあるカメラが出てきたことにより、「はるか上空を飛ぶ肉眼では見えないUFOをわざわざズームして見つけました」ということができるのだ。

そして、一つだけ疑問が残る。

今回、「火の玉妖怪」の伝承が多く残っていることを検証した。彼らはかなり低空を飛び、人に触れることもあったという。

彼らは現代では、一体どこに行ってしまったのだろうか。

投稿者: ノック

民俗学ZINE作家。 「バズらないモノづくり」をテーマとする「ノンバズル企画」を主宰。民俗学専門ZINE「民俗学は好きですか?」を企画・執筆・製本・販売しています。「民俗学とは『生きること』を探求する学問」をテーマに、民俗学の魅力をわかりやすく、面白く、奥深く紹介していきます。