「つまらない」と言われたアニメ『サクラクエスト』が起こした奇跡

正直、驚いている。

2017年の4月から半年間放送されていた深夜アニメ「サクラクエスト」。

その最終回に合わせて、「『サクラクエスト』がつまらないと言われ続けた本当の理由」という記事を書いた。

当時、SNSなどで「つまらない」と言われていたことに対して、「そんなことないべ」と一言いいたくて。

記事をアップした当初は意外と反響があったが、正直、放送が終わったら閲覧数も落ちるだろうと思っていた。

3か月たっても閲覧数が落ちず、「意外と持つなー」と思った。

6か月たっても閲覧数が落ちないどころが、気づいたら100以上あるこのブログの記事の中でも、閲覧数トップ3圏内を不動のものとしていた。

最終回から1年たって、さらに驚くべき現象が起きた。

「私もサクラクエスト見ました。サクラクエスト大好きです」というコメントが寄せられるようになったのだ。

もう一度言う。最終回から1年が過ぎている。

この1年、物語の舞台・間野山のモデル、富山県城端町ではいろいろと活動してはいるが、大々的なメディア展開はほとんど行っていない。

名作だと思うが、人気作でも話題作でもないと思っている。

にもかかわらず、みんなどこから発掘してくるのか、サクラクエストを見て(全25話と、アニメとしては結構長い)、サクラクエストが好きになる。

気付けばグーグルの検索にも、「つまらない」よりも上位に「続編」が来るようになった。

「つまらない」と言われたアニメが、1年たっていまだ愛されるという奇跡。その理由を探るため、1年ぶりにサクラクエストについて筆を執ることにした。

「サクラクエスト」のおさらい

まずは、アニメ「サクラクエスト」のあらすじを駆け足でおさらいする。「知っとるわい」という人、ネタバレ絶対ダメという人は読み飛ばして構わない。

物語の舞台は富山県の架空の田舎町、間野山。ここには「チュパカブラ王国」という閑古鳥のなくハコモノ施設があり、そこの「国王」、いわば観光協会の旗振り役に、とある手違いから東京のごく普通の女子大生・木春由乃(こはるよしの)が就任してしまう事から物語が始まる。

由乃は当初、東京へ帰ろうとするが、いろいろあって、間野山で出会った仲間たちとともに1年間「国王」の仕事を全うすることを決意する。

メンバーは由乃のほかに、観光協会に勤めるしおり、東京で役者の修行をしていたが夢がかなわず間野山に帰ってきた真希、しおりの幼馴染でひきこもりの凛々子、東京からやってきたITに強い早苗の5人。

5人の仲間たちが、町おこしの活動を通して、時に壁にぶつかったり、悩んだり、自信を無くしたり、様々な困難にぶつかり・乗り越えていきながら、成長し、自分の居場所を確立していく物語である。

最終回は何度見ても泣ける。泣いてしまう。

どうしてサクラクエストは「つまらない」と言われるのか

さて、ここからが本題。「つまらない」と言われたサクラクエストが、なぜ放送から1年以上たっても愛され続けるのか。

そのためにはまず、なぜ、サクラクエストは「つまらない」と言われたのかを考えよう。

その理由を探るのは意外と簡単だ。今や年間100本以上の深夜アニメが作られている(と思う)。

つまり、今や、アニメを研究する上でのサンプルには事欠かない。人気作・話題作と呼ばれるアニメをサンプルに、サクラクエストと比較していけば、答えは見つかるはずだ。

さて、様々な要因があると思うが、「つまらない」と言われた一番の原因はこれではないだろうか。

登場人物の年齢設定が高め。

ここまで年齢設定が高いアニメはそうそうない。

人気作・話題作と言われるアニメ、とくに女の子たちが主人公のアニメを見ていると、登場人物はほとんどが年齢設定が低く未成年、女子中高生だ。

そう、若い・幼い女の子の方が人気が出るのだ。だって、その方がかわいいじゃん。

だが、サクラクエストはメインキャラ5人がしょっちゅう酒盛りしている時点で、全員成人しているとみて間違いない。

この中で年齢が明かされているのは20歳の由乃だけ。ほかのキャラは推測するしかないが、1話目でしおりが由乃に対して「同年代」だと言っていたから、しおりも20~21くらいだろう。しおりの同級生である凛々子も同い年のはずだ。

そして、真希は凛々子と同じ小学校を卒業していて、凛々子曰く「たぶん1年かぶってる」。そう考えると、真希は20代後半と見るのが妥当だろう。弟の年齢から考えると、真希は25歳。その5歳下だとしおり・凛々子は20歳、由乃と同い年になる。

早苗の年齢を示唆するものは特にないが、その話しぶりからして、おそらく大卒だろう。大学を卒業してある程度社会人経験があるとなると、やはり真希と同じくらいの年齢ではないか。

他のキャラクターはほとんどが中高年。未成年のキャラなんて数えるほどしかいない。

これが、これが田舎の現実か……

しかし、いくらサクラクエストがリアリティあるアニメだから年齢設定は高めなんだと言っても、このままでは人気が出ない。ここはひとつ、地元の美少女女子中高生5人を主人公にしよう。きっと人気が出るぞ!

……とはならなかったのである。そうはしなかったのである。なぜだろう。

それは、キャラクターの性質に大きく関係していると僕は考えている。

サクラクエストの年齢設定が高いわけ

メインキャラの5人は、皆それぞれ、挫折やコンプレックスを抱えている。そのことが、年齢設定に関係しているのだ。

ひとりひとり見ていこう。

主人公の由乃は東京での就活に失敗し、間野山にやってくる。彼女は自分が「ふつう」であることに大きなコンプレックスを抱いている。個性に対して挫折しているわけだ。

由乃はもともとは田舎の出身だったが、田舎は嫌だと東京に出てくる。しかし、東京では就活に失敗してしまう。故郷を拒絶し、都市からは拒絶されたのである。

真希は間野山を出て役者の夢をかなえるため東京に行くが、夢がかなわずに帰ってくる。典型的な夢に対しての挫折だ。また、東京で夢を追うもかなわなかったことで都市から拒絶された形となる。

真希と同じ、東京からやってきた早苗だが、真希が間野山出身であるのに対し、早苗は東京出身だ。東京の会社で働いていたが、自分が病欠しても問題なく回る会社や東京の町を見て虚無感を感じ、逃げるように間野山へとやってきた。早苗は仕事に対する挫折と、都市空間に対する喪失感を抱えている。

一方、凛々子は東京には特に縁がない。彼女の場合は学校になじめず、高校卒業後はひきこもるようになる。人間関係に対して挫折を抱え、故郷から拒絶された形だ。

この4人と比べると、しおりはこれといったコンプレックスはない。彼女は間野山が大好きで、大好きな間野山をもっと知ってもらおうと、観光協会で働いている。だが、問題があるのは間野山の方だ。大好きな街なのに、どんどんさびれ、廃れ、街としての機能を失っていく。故郷がその機能をなくし、喪失していくのだ。

表にするとこんな感じだ。

挫折・コンプレックス 空間とのかかわり方
由乃 個性に対する挫折 都市からの拒絶

故郷への拒絶

真希 夢に対する挫折 都市からの拒絶
凛々子 人間関係に対する挫折 都市に対する喪失
早苗 仕事に対する挫折 故郷からの拒絶
しおり 特になし 故郷の喪失

しおりだけコンプレックスが「特になし」なのだが、これにはちゃんと理由があって、それについては後述するので、今は流しておいてほしい。

これを見るとわかる通り、それぞれのキャラクターが何らかの挫折を経験しており、さらに都市や故郷といった空間に対して、何らかのネガティブなつながりがある。

つまり、この5人の中に、視聴者に近いキャラクターが、ほぼ確実いるというわけだ。

個性に対して悩みがある人は由乃に共感するし、夢に挫折した経験がある人は真希に惹かれる。都市の中で自分はいなくてもいいと感じた人は早苗に共感するし、人見知りは凛々子に共感する。さびれた田舎に住む人ならしおりに共感するだろう。

こういうキャラクターを作ろうとなると、「美少女5人組」というわけにはいかなくなる。

田舎から東京に行くも東京から拒絶された由乃、東京で夢を追うも敗れた真希はあるていど年齢設定を高くしないと成り立たないし、仕事に対して挫折した早苗はそれなりの社会経験が必要である。

ゆるかわ美少女5人組では、サクラクエストは全く成り立たなくなってしまうのだ。

なぜそこまで「挫折」を経験しているキャラクターが必要なのか。

それこそが、サクラクエストが愛され続ける理由である。

サクラクエストのキャラクターの秘密

もう一度、いわゆる人気作・話題作の美少女キャラクターについて見ていこう。

彼女たちは単に「若い」以外にも、人気が出る要素を持っている。

かわいいのだ。

「かわいい」をより具体的に言うと、「視聴者の理想のキャラクター」という意味になる。

ビジュアル面では、美少女キャラ、セクシー系、ロリっ娘、ボーイッシュなど、性格面ではツンデレ、おしとやか、天然系、そのほかにも姉属性、妹属性と、視聴者の「見たいキャラクター」を見せる。

だからこそ、物語を離れてもキャラとして独立して売ることができる。動きもしゃべりもしない美少女フィギュアが人気なのは、そのキャラクターが買い手にとっての理想であり、その人にとっての「見たいもの」だからだ。

俗な言い方をすれば、キャラクターが物語から独立した「商品」として機能する。

だからこそ、人気が出る。

ところが、サクラクエストはそのようなキャラ展開ができない。

キャラクターのつくりからして、それができないのだ。

サクラクエストのキャラクターは、挫折を経験している。

その姿は、見る者にとっての理想・見たい姿ではない。

先ほど、挫折を経験することで、共感しやすくなると書いた。

つまり、同じ挫折を経験しているキャラクターは、まるで鏡に映った自分の姿のように見える。

これは、必ずしも「見たい姿」ではない。むしろ、挫折を経験した自分の姿、コンプレックスを抱えた自分の姿など、「もっとも見たくないもの」なのではないだろうか。

そう、サクラクエストのキャラクターたちは、アニメとしては珍しい「見たくない姿」なのだ。

なぜわざわざ「見たくない姿」のキャラクターを描くのか。

サクラクエストのキャラクターたちは、アニメの中に映し出された自分の姿そのものである。自分の分身である。

視聴者は、挫折やコンプレックスを手掛かりに、彼女たち5人のうちの、自分に近いキャラクターに自分を投影することで、サクラクエストを「自分の物語」として見ることができる。

「まるで自分の分身だ。見たくない」という思いを乗り越え、その一歩先へ、そのキャラクターを自分の分身だと認め、自分を重ね合わせることで、サクラクエストは「自分の物語」となるのだ。

実際、凛々子がメインとなる第10話・第11話を見た時は、「あれ、この脚本、僕が書いたんだっけ?」と錯覚するほど、自分を投影した。

だから、彼女たちは普通のアニメキャラと違い、物語から独立することができない。彼女たちは視聴者を物語の中に引き込み、視聴者の物語の中での分身として機能して初めて、その真価を発揮する。

そして、彼女たちが直面する困難も、決して非現実的なものではない。怒られたり、自信を無くしたり、抗いがたい力に流されたり、それは、今自分が直面している問題や、明日自分が直面するかもしれない問題とどこか共通点がある。

自分が分身が、自分と同じように困難にぶつかり、乗り越え、居場所を作っていく。自分の分身が頑張る姿に励まされ、自分本人もがんばれるようになる。自分の分身が発した言葉に、自分本人が救われることがある。

そうして、このサクラクエストというアニメは、見ている人それぞれにとって、「自分の物語」となる。自分が投影された、自分の想いや自分の人生が描かれた、自分の物語。

だから、愛されるのだ。

サクラクエストは人気作ではない。話題作でもない。

だが、名作である。愛される作品である。

サクラクエストにおける四ノ宮しおりの役割

そう、だからサクラクエストは愛されるのだ。

めでたしめでたし。

……と話を終わらせるわけにはいかない。一つ、置き去りにしていたことがある。

四ノ宮しおりだ。

メインキャラそれぞれが何らかの挫折を経験しているのに、しおりだけ「特になし」

その理由に言及しなければいけない。

なぜ、しおりだけ挫折・コンプレックスが「特になし」なのか。

ここまで書いてきたように、サクラクエストのキャラクターのほとんどは物語の中で見る者の分身となることで初めて機能をする。

ただ一人を除いて。

そう、サクラクエストの中で唯一、物語から独立できる、見る者の理想・見たいものとして機能するキャラクターこそが、四ノ宮しおりなのだ。

そもそも、深夜アニメを見る層の多くは、アニメに対して、自分の見たいキャラクターの提供を求めている。そのニーズにたった一人で応えるキャラクターこそがしおりなのだ。

実際、ファンの中でもしおり人気は高い。ゆるかわ・おしとやか・巨乳・方言女子と、物語から独立し、商品として機能する属性を備えている。

もちろん、由乃のねんどろいどがあったりと、他のキャラクターも「商品」としての機能を果たせるが(ちなみに、私が一番好きなキャラは凛々ちゃんです)、これまで見てきたように、それがキャラの本質ではないし、本来は向いていない。

そんな中で、見る者の分身ではなく、理想として、アニメオタクに向けた「商品」という役割を担えるのほぼ唯一のキャラクターこそがしおりなのだ。

だから、彼女は挫折を経験していない。挫折を経験したキャラクターは、人によっては自分の分身に見えてしまうから。

そうではなく、「理想のキャラ」に特化したほぼ唯一のキャラクター、それが四ノ宮しおりである。

もちろん、彼女一人で世のアニメオタクの人気を総取りすることなんてできない。人それぞれ、好みが違い、しおりのようなキャラが好きなオタクもいれば、特にそうでもないオタクもいるからだ。彼女一人で賄える人気には限度がある。

それでも、彼女はサクラクエストの作品とオタクの間を取り持つとりもち大臣として、ただ一人、他のキャラとは違った役目を担っているのだ。

重責だろうか。

それでもきっとしおりさんは、「だんないよ」と笑ってすますことだろう。

投稿者: ノック

民俗学ZINE作家。 「バズらないモノづくり」をテーマとする「ノンバズル企画」を主宰。民俗学専門ZINE「民俗学は好きですか?」を企画・執筆・製本・販売しています。「民俗学とは『生きること』を探求する学問」をテーマに、民俗学の魅力をわかりやすく、面白く、奥深く紹介していきます。