小説「あしたてんきになぁれ」 第20話「冷凍チャーハン、ところによりカップラーメン」

あしなれ、前回までのあらすじ

ミチのカノジョ、海乃は実は既婚者だった。ミチとの交際が海乃の旦那にばれ、ミチは激しい暴行を受ける。その日の夜、舞の家で治療を受けるミチにたまきは、海乃が既婚者であることをミチは知っていたのではないか、知ってるのに「何も知らなかった」と嘘をついているのではないかとぶつける。


第19話「赤いみぞれのクリスマス」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


写真はイメージです。

「海乃って人が結婚してるって、ミチ君、知ってましたよね!?」

たまきはいつになく強い目で、まっすぐにミチを見据えた。

暗い部屋の中、外の明かりに照らされたたまきの顔は、ほんのりと紅潮している。

「え……、知ってるって……」

ミチは半笑いをしながら、窓の外を見た。

「海乃って人が結婚してるって、ミチ君、知ってましたよね!?」

たまきはもう一度同じ言葉を、より語気を強めていった。

ミチはたまきの方を向くと、左手で鼻の下をこすりながら、ひきつった笑顔を見せた。

「し……知ってたわけないじゃん。俺だって今日初めて知って……」

「私は知ってました」

たまきの言葉にミチの指が止まった。そのまま左手はだらりと下がるものの、顔は硬直したまま、たまきを見続ける。

「え……」

「私は海乃っていう人が結婚してるって知ってました」

「いつ……」

ミチはそう言って唇をかんだ。

「……大収穫祭の次の日の朝、その……ホテルから出てきた二人にあった、あの時です」

たまきはミチの方を見ながらも、ときどき記憶をたどるように左上を見ながら、しゃべり始めた。

「あの海乃って人……、『ひきこもりはダメ』みたいなこと言って、私の頭なでたんです……。その時、私、はっきりと見ました。左手の薬指に、指輪してるの……」

たまきは言葉を選ぶように続けた。

「最初は……、見間違いじゃないかと思いました。左手っていうのは私の見間違いかなって……。でも、あの時、海乃っていう人の右手は、ミチ君と手をつないでました。私の頭を撫でたのは、指輪をしてたのは間違いなく左手だったんです……。それでも、ほんとに薬指だったかなって……。でも、あの人、別れ際に私にゆっくりと手を振ったんです。左手で。その時、指輪が見えました……。間違いなく薬指でした……」

ミチは気まずそうに、ドアの方に目をやった。

「私、もしかしてミチ君、このことに気付いてないのかなって思いました。でも、この前、ミチ君の働いてるお店に行った時、ミチ君、海乃って人とハイタッチしてましたよね……。その時も私、はっきりと見ました……指輪」

たまきは、一度下を向き、それから、ミチを再び見据えた。

「私が気付いているのに、お付き合いしてたミチ君が気付いてなかったわけないじゃないですか……!」

ミチは気まずそうに唇をなめると、たまきをちらりと見やったが、すぐにまた目線をそらした。

「知ってましたよね……!」

「……まあ」

ミチは窓の外を見ながら答えた。

「……知ってて付き合ったんですか?」

「俺が知ったのも……たまきちゃんと同じくらいのタイミングだよ」

ミチはようやく、たまきの方を向いた。

「大収穫祭の夜に海乃さんとホテルに泊まって、……そん時、海乃さんが誰かと電話してて、誰って聞いたらダンナって……。そん時まで、海乃さん指輪してるの隠してて……俺、そん時初めて、海乃さんが結婚してるって知って……」

「……じゃあ、その時、お別れすればよかったんじゃないですか?」

たまきは一度ため息をつくと、言葉を続けた。

「その時、海乃って人ときちんとお別れてしていれば、今日、こんなことにはならなかったんじゃないですか?」

ミチは、何かをあきらめたような笑顔を見せた。

「たまきちゃんってさ、誰かを好きになったこととか、ある?」

「……ありませんけど」

「じゃあ、わかんないよ」

ミチは再び窓の外を見ながら言った。

「人を好きになるってさ、なんつーか、そんな単純なことじゃねぇんだよ。そりゃ、確かに浮気はルール違反なのかもしれないけどさ、恋愛ってもっとなんつーか、尊いもんで、一度好きになっちゃったらもう、そういう次元じゃ……」

「……ごまかさないでください」

たまきはいつになく低い声で言った。その喉の奥に何か熱がこもっているのをミチは感じた。

「そんなに、恋愛って大事なんですか……?」

「そりゃ……、まあ……」

「何よりも?」

「……そりゃ、そうじゃない?」

ミチはあいまいにはにかんだ。

「そうですよね。大事ですよね。ミチ君、そういう歌うたってますもんね。志保さんや亜美さん見てても、私とそんなに年が違わないのに、二人とも大人で、やっぱりそういう経験の差なのかなって思います。そういう経験が大切なんだっていうのは、なんとなくわかります。でも……、だったら……」

時刻はすでに夜の十時を回っていた。暖房の風の音が重苦しく響いていた。

「だったら、なんでそれを、言い訳の道具に使うんですか?」

「……」

再び暖房の音。そして、たまきの声。

「そういう経験ないからわかんないとか、そんな単純じゃないとか、結局、ただの言い訳じゃないですか。自分を正当化しているだけじゃないですか。恋愛が、人を好きになることが、そんなに大切なんだったら、どうしてそれを都合のいい言いわけの道具に使うんですか? それって、大事なものの価値を、自分で貶めてるってことですよね?  おかしいですよね? おかしくないですか?」

たまきは、いつの間にか椅子から立ち上がって、ミチに詰め寄っていた。ミチはたまきから目を反らし、ぐるぐる巻かれた右手の包帯に目を落とした。

「私、ミチ君が不倫してるってわかって、なんだかもやもやして……。でも、不倫はイケナイことだけれど、私がとやかく言う事じゃないし……、それに、ミチ君がそこまであの海乃って人のこと好きなら、もうしょうがないのかなって思ってました……。もし、不倫が相手のダンナさんにばれた時、ミチ君は海乃って人をかばって、それでも、恋を貫き通すくらいの覚悟なんだって勝手に思ってました。だから、今日、ミチ君が殴られて……、『知らなかった』っていったとき……、ショックでした……。ああ、そういう覚悟はなかったんだ、って……」

「……勝手に人を、ラブソングの主人公とかにすんなよ……」

「だってミチ君、そういう歌、歌ってたじゃないですか……!」

たまきはミチの布団をぎゅっとつかんだ。

「ずっと大事にするとか、ずっと守り続けるとか……!」

「よく覚えてんな……」

「結局、そんな覚悟なんてなかったんですよね……」

たまきは、震える唇を前歯で軽く抑えた。

「ミチ君も、海乃って人も、結局、本当に大事なのは自分たちだったんじゃないですか。自分たちだけ楽しければそれでいい。今が楽しければそれでいい。それを恋愛って言葉で包んで、ふたをして……、ひきこもってただけなんじゃないですか?」

たまきはミチの目を強くにらみつけた。

ミチは目をそらしたかった。だが、そらせなかった。

「確かに、あの男の人がミチ君にやったことは、やりすぎだと思います。でも、不倫されれば誰かが傷ついたり、怒ったりするのは、当たり前じゃないですか。あなたたちもわかってましたよね? 私より経験豊富なんだから、当然わかってましたよね? 私、ミチ君も海乃って人も、それでも貫く覚悟があるって思ってました……。そう信じたかった……。でも違った……」

たまきの脳裏に、いつかの海乃の言葉が蘇ってきた。

『引きこもり?へぇ~、かわいい~』

『あれ、でも、この子ヒキコモリなの?だって、外にいるよ?』

『ダメだぞ、ちゃんと学校に行かなきゃ』

声帯がけいれんして嗚咽を繰り返す。そうやって、たまきのことばを喉の奥へ奥へ通し戻そうとする。

それでもたまきは言葉をつづける。前にもこんなことがあったような気がする。

「都合のいい言い訳をして、現実から逃げて、目をそらして、自分たちだけの殻に閉じこもって、ひきこもっているのは、あなたたちの方じゃないですか! そんな人たちに、私がひきこもりだからって、不登校だからって、なんで馬鹿にされなきゃいけないんですか⁉ 本当に逃げてるのは、本当にひきこもってるのは、あなたたちの方じゃないですか‼ なんで私がばかにされなきゃいけないんですか‼」

そこまで言って、たまきの目からポロリとひとしずく零れ落ちた。

「あなたのことも、あなたみたいな人が作る歌も、私は、大っ嫌いです!」

 

たまきは飛び出すように、寝室を出た。

蛍光灯が白い壁を照らす。たまきはソファをにらみつけると、クッションを手に取り、勢いよく寝転がった。

部屋の奥にあるキッチンでは舞が何やら作業をしていた。

「もう十時過ぎてるのでー、大声出さないでもらえますかー。近所迷惑でクレーム来ちゃうので―」

舞がわざと語尾を伸ばしていった。その言葉にたまきが飛び起きる。

「ご、ごめんなさい! 私、先生の迷惑とか、周りのこととか、全然考えてなくて……!」

「そんな必死で謝んな。大丈夫だよ、となり、空き部屋だから」

そう言って舞は笑った。

「……聞こえてました?」

「お前の声だけ、ほぼ全部」

たまきはバツが悪そうに下を向いた。

「お前あんな大声で、あんなにしゃべるんだなって、聞いてて結構面白かったぞ。録音して亜美と志保にも聞かせてやりてぇ」

「え?」

「いや、録音してないから、大丈夫だよ」

そういって舞はまた笑った。

ピーッという電子音が舞の後ろから聞こえてきた。舞は振り返ると、電子レンジのドアを開ける。

舞はテーブルの上にどんと、出来立ての冷凍チャーハンを置いた。

「さてと……、夜食のチャーハンができたわけだが、どうする? 気まずいってんなら、あたしが行こうか?」

「私が行きます。そのために、ここに残ってるんで」

たまきはそういうとチャーハンのお皿に手を伸ばしたが、すぐに

「あつっ……!」

といって手を離した。

「おいおい、気をつけろよ」

舞は笑いながら、たまきに鍋つかみを手渡した。

 

寝室のドアがガチャリと開いて、リビングの明かりが漏れこむと同時に、たまきが何かを持って入ってきた。

「お夕飯はチャーハンです」

舞がドアを閉めると、再び部屋は薄暗くなった。

たまきはチャーハンを化粧台の上に置くと、部屋の明かりをつけた。

薄暗かった部屋が一気に明るくなる。お皿からはチャーハンの蒸気が幽かに立ち上っている。

ミチは、何かを避けるかのように窓の外へと目をやった。

「……俺のこと、嫌いなんじゃなかったの?」

「大嫌いです」

たまきは即座に答えた。

「だったら、そんな奴の世話なんか……」

「それとこれとは話が別です」

たまきは椅子に腰を下ろした。

「誰かを見捨てる理由なんて、口にしたくありません」

その言葉から少し間があって、ミチが口を開いた。

「でも、さっき、海乃さんのこと、見捨てるっつーか、突き放すようなこと言ったじゃん……」

たまきはチャーハンにスプーンを突き刺したまま、まるで米粒の数を数えるかのようにじっと下を見ていた。

「……わかってる。あんなこと、言いたくて言ったわけじゃないし……」

「……たまきちゃん?」

「なんであんな冷たいこと言っちゃったんだろ……」

たまきはそのまま、石のように動かなかったが、気を取り直したかのように立ち上がると、チャーハンのお皿をミチの顔へと近づけた。

「だからミチ君は見捨てません。右手、使えないんですよね。ほら、こっち向いて口開けてください」

ミチはたまきの方を向いた。たまきはチャーハンをスプーンですくい、ミチの方に差し出す。

ミチはそれをじっと見ていた。

「食べてください。食べないと、治るものも治りません」

「海乃さんが一度だけ……、まかない作ってくれたことあるんだ……」

ミチはスプーンの先から目線を落とした。

「チャーハンを……」

「そうですか。早く食べてください」

「これ見てたら、そのこと思い出したっていうか……」

「これは違うチャーハンです」

「でも、思い出しちゃうっつーか……」

「じゃあ、牛乳でもかけますか? そうすればチャーハンじゃなくなります」

「……食うよ」

ミチはスプーンの先にかぶりついた。

「……熱っちぃ」

「知りません」

たまきは、無表情のまま、再びスプーンをチャーハンに突っ込んだ。今度は、ミチに差し出す前に、軽く息を吹きかけた。

 

写真はイメージです。

「さあ、バッターボックス、志保選手が入りました。右投げ、右打ち、打率はえーっと……」

「亜美ちゃん、ちょっと静かにしてくれない? 集中できない」

志保はバットを構えた。正面を難しそうににらみつける。

深夜のバッティングセンター。客の入りは上々で、あちこちからボールがネットに突き刺さる音や、バットによって高く打ち上げられる音が聞こえる。

志保と向かい合ったピッチングマシーンからボールが飛んでくる。そのたびに志保はぶんぶんとバットを振るのだが、当たるどころかかすりもしない。

後ろのベンチで亜美はそれを頬杖しながらじっと見ていた。

「あ~、むずかし~」

ヒットはおろか、ファウルすらあきらめた志保がベンチへと戻る。

「お前は腕だけ振ってるからダメなんだよ。こういうのはな、全身運動なんだよ。体全体でボールを前へはじき返すのがコツだ」

亜美がバッターボックスに立つ。ピッチングマシーンから、勢いよくボールが放たれた。

「せいやっ!」

亜美がバットを振ると、カンという心地よい音とともに、ボールが放物線を描いて飛んでいく。

「そいやっ!」

今度の打線は少し低めだった。

「はーい、どっこいしょ―!」

「ねえ、その掛け声、必要?」

ベンチで息を切らしていた志保が尋ねる。

「掛け声のタイミングで、バットにボールを当てるのがコツだ」

そういって亜美は、再びバットを構える。

「よいよい―よっこらせ―!」

今の掛け声は、長すぎて逆にタイミングが合わないんじゃないか。志保はそんなことを考える。一方、亜美は、志保の方を向いた。

「プロ野球選手もみんな打つときに掛け声言ってんだからな」

「うそだよ。聞いたことないよ」

「そりゃお前、スタジアムは客でいっぱいなんだ。歓声で聞こえてねぇだけだよ」

そういうと、亜美はバットをまっすぐに構えた。

「お前、知ってっか? 叫んだ方が力が出るんだぞ」

亜美はバットを持ったままぐるぐる回りだした。

「ハンマー投げの選手とかさ、こう、ハンマー振り回して、で、投げるときに思いっきり『あー!』ってさけん……」

「亜美ちゃん! バット!」

亜美は、志保が指さす方を見た。

斜め上のネットに的のようなものが設置されている。ここにボールが当たればホームラン、という事だ。

亜美が見たのは、その的に、掛け声と同時に亜美の手からすっぽり抜けたバットが、まさに突き刺さる瞬間だった。

「あー!!」

亜美が今日一番の大声を出した。

 

写真はイメージです

ミチが寝たいと言ったので、たまきは部屋の電気を消した。

たまきがカーテンを閉めるといよいよ真っ暗になったが、ミチがちょっと明るい方がいいと言ったので、たまきは再びカーテンを開けた。

薄暗い部屋の中で、イブの夜に10代の男女が二人きり、と書くと何かロマンチックなマチガイでも起きそうだが、包帯ぐるぐる巻きのミチと、毛並みを逆立てた猫のようにイスに座るたまきとでは、マチガイなんて間違っても起きそうにない。

「あのさ……」

ミチが口を開いた。

「寝るんじゃなかったんですか?」

「今日、いろいろあったから……寝付けなくて……」

「全部ミチ君のせいです。ちゃんと反省してください」

たまきはどこか無機質な声で答える。

「よくさ、母親が寝る前に子供に昔話聞かせるっていうじゃん……?」

「……そうですね。私やお姉ちゃんもお母さんに読んでもらいました」

「なんかさ、昔話知らない?」

「……知りません」

たまきはどこかあきれたように言った。

「じゃあさ、たまきちゃんの昔話聞かせてよ。っていうかさ、お姉ちゃんいるんだ? あれ、たまきちゃんってどこ出身だっけ? そういった話……」

ミチはわざと明るい口調で言ったが、それを水をかけて打ち消すようにたまきは、

「絶対に嫌です」

とだけ言った。

ふたたび静寂が部屋を支配する。

「……もしかして、私がいるの、気まずいですか?」

ミチはすぐには答えなかった。しばらく静寂を聞いた後、口を開いた。

「まあね……」

「私は舞先生から、ミチ君に何か異常があったらすぐに知らせるように頼まれてここにいます」

「でも、見られてると寝づらいっていうか……」

たまきは立ち上がると、ミチに背を向けて座りなおした。

「うん……まあ……ありがとう……」

 

電気を消してしばらくの間、ミチは横になっていたが、やがてトイレに行きたいと言い出した。たまきはその旨を舞に知らせ、舞がミチを連れてトイレに行く。

今のミチは一人でトイレに行けない。右手は包帯でぐるぐる巻きだし、満足に歩けない。

ミチはたまきが来る前から踏まれたり蹴られたりしていて、歩くたびに左足が痛いと言っていた。舞は「サイアク骨に亀裂入ってるかもだけど、まあ、しばらくおとなしくしてりゃくっつくから」とテキトーな診断をした。

ミチをトイレに連れて行った舞が戻ってきた。ミチに肩を貸しながら部屋に戻る。

「お前さぁ、いくつだよ?」

「……十七っす」

「何が見られて恥ずかしいだよ。あたしが気にしねぇっつってんだから、別にいいじゃねぇか。お前だってカノジョいんだろ? やることやってんだろ?」

ミチは少しさみしそうに、

「カノジョがいたのは……今日の夕方までっす」

とだけ言った。

「ああ、そうだったな。悪い悪い」

そいうと、舞はミチを投げ飛ばすかのように、ベッドの上に放り投げた。

「いたた……。先生、俺、けが人なんすから、もっと丁寧に……」

「けが人? 不慮の事故に巻き込まれたとかなら同情してやるけど、お前勝手に怪我して、勝手にウチ来て、あたしの仕事邪魔してんだからな。言っとくけど、あとで5000円くらいもらうからな」

「え?」

「バカ! ちゃんとした病院に入院してたら、この3倍くらいかかるからな、お前」

そういうと、舞はドアの方へと向かう。たまきは、申し訳なさそうに舞を見た。

「ごめんなさい。私が、その、おトイレの世話できないから、先生に代わりにやってもらって……」

「お、じゃあ、次はお前がミチのパンツ下ろす?」

「次もよろしくお願いします」

たまきは間髪入れずに頭を下げた。

「じゃ、あたし、隣にいるからなんかあったら言って。たまき、ミチが寝たらこっち来ていいぞ」

そういって舞は部屋を出ようとしたが、振り返ってたまきの方を向くと、

「けんかするなよ」

と言ってニッっと笑った。

「私、けんかなんてしてません」

ドアが閉まった後、たまきが不満そうに、珍しく口を尖らせた。

「先生にも聞こえちゃったのかな、さっきの話」

「全部聞こえたって言ってました」

たまきが淡々と答えた。

「そっか……知られたくなかったなぁ……」

「知りません」

たまきはミチから目をそらしてそういった。やがてミチの方を向き直ると、

「自業自得です」

とだけ付け足した。

ミチはたまきの顔をじっと見ていた。

たまきはミチの視線から逃げるように立ち上がる。

「寝るんですよね。電気、消しますね」

部屋の入り口にあるスイッチへとたまきは向う。

不意に、ミチの声がたまきの背中へと投げかけられた。

「……その目だ」

「え?」

たまきは壁のスイッチに手を触れたまま、押すことなくミチの方へと振り返った。

「海乃さんってさ……、なんつーか、ちょっとのことでは物おじしない人なんだよ……。それが何であの時、引き下がったのか不思議だったんだ……」

「あの時って……いつですか?」

「たまきちゃんが『地獄を見ればいい』っていった時」

スイッチに触れていたたまきの手が、だらりと下がった。

「あの時、海乃さん、何かにおびえるような目をして、逃げるように去ってったんだ」

「……よく覚えてますね」

たまきは下を見ながらつぶやいた。

「海乃さんらしくないなって思って、何がそんなに怖かったんだろうって。でも、わかった。その目だ。たまきちゃんのその目が怖かったんだ……」

「……そうですか」

たまきはそれだけ言うと、電気を消した。

 

写真はイメージです。

「やっぱさ、スジ通んなくね?」

亜美が缶ビールのプルタブを開けながら言った。

「城」で開かれていたクリスマスパーティは、たまきからの緊急通報でお開きになった。志保は「城」に帰ってきてからパーティの片づけを始めたが、亜美はもったいないからと言って、手を付けられることのなかった缶ビールを飲み始めた。

「何が?」

志保がごみ袋に紙コップを放り込みながら聞き返す。

「だってさ、ダンナいるのに不倫したのはあのオンナだろ? やっぱり、あいつが無傷っておかしいだろ」

「まだその話?」

志保があきれたように言う。

「そもそもさ、不倫するんなら結婚すんなよな、って話じゃん」

志保は聞き流すかのようにせっせと片づけを続けていたが、不意に手を止めた。

「……その理屈、ヘンじゃない?」

「は?」

「いやそれだと、最初から不倫するつもりの人が結婚するのがよくない、って言い方じゃない。そんな人いないでしょ? 結婚してるのに不倫するのがいけないんでしょ?」

「いや、どうせ不倫するのに、結婚するのはスジ通んねぇだろ」

「いやだから、『どうせ不倫する』っていうのが変じゃない? 最初から不倫する前提っていうのが。まず結婚して、それから不倫するのであって……」

「だから、どうせ不倫するのに結婚すんなっつってんじゃん」

しばらく、二人は見合っていた。

「……合わねぇなぁ、ウチら」

「合わない」

「たまき、早く帰ってこねぇかなぁ」

「明日にならないと帰ってこないよ。もう夜遅いし」

「誰だよ、たまき、先生の所に置いてきたの」

「亜美ちゃんだよ」

志保は再び片づけを始めた。

「……あたしはちょっぴりわかるけどな」

志保は目線を上げることなくつぶやいた。

「何が?」

「不倫しちゃう人の気持ち」

「へぇ!」

亜美が何か珍しい生き物でも見つけたかのように身を乗り出した。

「お前が? おいおい、優等生の志保ちゃんはどこ行ったんだよ」

「……そんなの、だいぶ前に死んだよ」

志保は相変わらず目線を上げずに、ごみ袋を縛り始めた。

「何? 浮気とか不倫とかしたことあんの?」

「ないけどさ……、でもさ……、『やっちゃだめ』って言われていることってさ、やりたくならない? なんて言うんだろう。背徳は甘美の味っていうか……」

亜美は、志保の話を聞きながら、煙草を灰皿に押し付けた。

「たとえそれが自分の身を亡ぼすとわかっていてもさ、背徳そのものが快楽っていうかさ、いっそ背徳に身をゆだねたくなるっていうか……」

「ハイトクうんぬんはよくわかんねぇんだけどさ」

亜美は缶ビールの残りを喉の奥に押しやる。

「夜中に太るってわかってんのに、カップ麺食いたくなるようなもんか?」

「かもね」

志保は少し寂しげに笑った。

「……もしかしてお前さ」

「ん?」

「……いや、何でもない」

亜美は空き缶をそっとテーブルの上に置いた。

「アー、なんか、マジでカップ麺食いたくなってきた」

「この時間に? 太るよ?」

亜美は立ち上がると、志保の忠告を無視して「城」を出ていく。二、三分でカップ麺の入ったビニール袋を提げて帰ってきた。

「お湯、沸かしてあるよ」

「さすが、気が利くねぇ」

亜美はカップ麺のふたを開け、お湯を注ぐ。

三分後には、湯気とともに醤油スープの刺激的な香りが、ふたを開けたカップ麺から部屋の中へと飛び出した。

この上なく愛おしそうに亜美は持ち上げた麺を眺め、ずるずるとすする。

「あ~、旨い。深夜のカップ麺ってなんでこんなに旨いんだ? 昼間のカップ麺と中身はおんなじはずなのに」

「だから、そういうことだよ。背徳は甘美なの」

「ん?」

亜美は麺をすすりながら曖昧な返事をする。

「昼間のカップ麺も深夜のカップ麺も、味は一緒。なのに深夜のカップ麺の方がおいしそうに感じるのは、背徳だから。『深夜のラーメンは太るから食べちゃだめ』って思うほど、おいしく感じちゃうんだよ。禁忌と背徳。『やっちゃだめ』って言われていることに手を出す、それ自体が快楽なんだよ……」

志保はどこかさみしげに、亜美を見ていた。

「ハイトクの意味は何となくわかったけどよ、カンビってどういう意味だよ」

「甘くておいしい、って意味」

「甘い? バカ、お前、これ、醤油ラーメンだぞ。甘いわけねぇだろ」

「フフッ、そうだね」

と志保は微笑んだ。

 

夜の十二時を回った。舞はメガネをかけ、パソコンに向かっていた。

ドアがガチャリと開いて、誰かが部屋に入ってきた。

クリスマスの夜に部屋に入ってくるのはサンタクロースだと相場が決まっているが、舞が振り向いた先にいたのは白いお髭のおじさんではなく、たまきだった。

「ミチ君、寝ました」

たまきが眠そうな声でつぶやいた。

「そうか、悪かったな。面倒な役割押し付けて」

「いえ、ミチ君を、舞先生のところに連れてきたのは、私たちですから」

「テーブルの上に菓子鉢あるだろ? そこにあるお菓子は食っていいから」

舞はたまきを見ることなく、パソコンに向き合ったまま言った。

だが、たまきはテーブルの方ではなく、舞の傍らにやってきた。

「ん? どうした?」

「あの……」

たまきは、少し下を見てから、舞の方を見た。

「今日、私とミチ君がここでしゃべってたことは、その……、みんなには、ないしょにしてもらえませんか?」

「なんで?」

舞はたまきの目を見たが、すぐにふうっと息を吐いた。

「安心しな。あたしは口が堅いことでこの辺じゃ有名なんだ」

それを着て、たまきもふっと息を吐くと、笑みを浮かべた。

「ちょっと待ってな」

舞は椅子から立ち上がると、ソファのわきへと向かった。

「最近、簡易ベッド買ったんだ」

「簡易ベッドですか?」

たまきの視線が、舞が向かっていった先に、部屋の隅っこに置かれた物体に向けられた。

「ああ、最近、トイレで倒れてたり、ベンチで泣いてたりして、そのままうちに泊まるやつが増えたからな。あたしの寝床を確保しておかないと」

そういって舞は笑った。一方、たまきはテーブルの上にメガネを置くと、ソファの上にころりと横になった。

「おい、お前はこっちだ。あたしがソファで寝るから」

舞が準備した簡易ベッドを指さす。

「いえ、私はこっちでいいです。慣れてるので」

「そんな狭いところで寝てたら、いつまでたっても背が伸びねぇぞ」

「べつにいいです」

たまきは静かに目を閉じた。

 

なかなか寝付けない。目をつむっても、どうにも寝付けない。

心のもやもやは一向に晴れない。

ミチがいつまでも嘘をついているのを見て、たまきは心がもやもやした。

もやもやしたから、思いのたけをぶつけた。

思いのたけをぶつければすっきりすると思ったのに。

なのに、なぜだろう。

さっきよりも、もやもやは深まって、しばらくは眠れそうにない。

つづく


次回 第21話「もやもやのちごめんね」

お正月を迎えたたまき。だが、クリスマスの一件が頭から離れず、もやもやしたままだった。たまきの心を悩ます一番の理由は、「なぜクリスマスの一件が頭から離れないのか、その理由がわからない」ことだった。

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クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

泣き声を聞いただけで虐待を疑って児童相談所に通報した結果……

児童虐待の問題が連日ワイドショーをにぎわせている。学校や教育委員会、児童相談所の対応も問題になっている。だが、児童相談所ばかり責める前に、ふと考えてみたい。虐待に対して、自分は何ができるんだろう、と。何もできることはないかもしれないが、「通報すること」が何かのきっかけになるのではないかと思い、自分の通報体験談を書くことにした。

 

児童相談所に通報した結果

「素人が虐待問題と向き合うにはどうすればいいんだろう」と考えた結果、「通報することなのではないか」という結論に行き着いた。

むしろ、通報することぐらいしかできないのではないか。

そして、実は僕は児童相談所に通報した経験がある。

児童相談所に通報するとはどういうことなのか。

通報した結果どうなるのか。

通報にデメリットはないのか。

そのことを経験者として書くことが、物書きとしての僕なりの「虐待への向き合い方」なのではないか、と思い、今回筆を執った次第だ。

というわけで、僕の体験談を話そう。

ある昼下がり、家でのんびりしていると、どこからか男の子の泣き声が聞こえてきた。

「ああ、子供が泣いているなぁ」と思ったものの、子供は泣くものだし、と気にも留めなかった。

驚いたのはその子供が泣きながら親に助けや赦しを求めたときである。

ええ、これは尋常じゃないぞ⁉ と驚きつつ、窓を開けて声の出所を探す。だが、我が家は集合住宅。「かなり近い」ということしかわからず、具体的に何階の何号室かなんてさっぱりわからない。隣のアパートかもしれない。

そのうちに泣き声はやんでしまった。「今のってもしかして虐待じゃ……通報したほうがいいのでは?」と思いつつも、「もし違ってたら、相手の家に迷惑をかけることになるし、児童相談所だってそんな暇じゃないだろうし……」と通報するのをためらって、結局何もしなかった。

「いや、その時に通報しろよ! 何ためらってんだよ!」と言われれば、言い訳のしようもない。

そして、二、三日したある日の朝。

まったく同じことがもう一度起きた。

男の子の泣き声に始まり、数日前と全く同じセリフを泣き叫ぶ。

いくら何でも二回目はさすがにアウトだ! と思った僕は、意を決して児童相談所に通報することにした。

……が、相変わらず、どこの家から聞こえてくるのかがわからない。家の外に出て場所を確かめてやろう、と思ったが、靴を履いているうちに泣き声がやんでしまった。

これではどこの家から声が聞こえてきたのかはわからない。このまま通報しても「うちの近所から泣き声が聞こえたんです。いえ、どの家かはわからないんですけど、とりあえずうちの近所です」というクソあいまいな情報しか伝えられない。

そんなクソあいまいな情報だけ通報しても、児童相談所も迷惑なんじゃなかろうか。「その程度で通報すんじゃねぇ! こっちは忙しいんだ!」と怒られるのではないだろうか。

だが、そうやって「通報しない言い訳」を重ねる自分がみっともなくなってきた。何より、男の子の尋常じゃない、泣きながら助けを求める声が頭から離れない。

もしこれを放置して、数日後に「うちの近所の○○君が虐待の末に死亡!」なんてニュースが流れた日には、悔やんでも悔やみきれない。メシものどを通るまい。

あれだけはっきり聞こえたのだから、僕以外にも近所の人が通報しているかもしれない。情報一つ一つはあいまいでも、いくつかの通報をつなぎ合わせれば、家を特定できるかもしれない。

もし、通報して児童相談所から「その程度の情報じゃどうしようもありませんね。その程度でいちいち通報しないでください」と言われても、僕が怒られれば済む話だ。

意を決して、今度こそ意を決して、児童相談所に通報した。

なんのことはない。自分が後悔したくないから通報しただけである。

電話口には若い女性の相談員さんが出た。僕は自分が見聞きしたことと、実際には何が起きているかもどこから声が聞こえたかもわからないことを伝えた。

だが、情報があいまいだからと怒られることもなく、むしろかなりいろいろ細かく聞かれた。何歳ぐらいの子供だったとか、どのあたりから聞こえたのか。

「いや、姿を見たわけじゃないんで、何歳ぐらいかと言われても、僕の想像でしかないんですけど……」と断りを入れても、「それでもかまいませんので」とのことだったので、「声を聴いた感じからすると……」と情報を伝えた。

そうして一通り自分の知っていることを話し、「もしかしたらまた連絡するかもしれません」と言われ、「ええ、かまいませんよ」と言って電話を切った。

3時間ほどして、再び電話がかかってきた。「もう少し詳しい話を聞かせてほしい」とのことだった。「ですよねー。あの程度の情報じゃどうしようもありませんよねー」と思いつつも、「これ以上知ってることないですよ」と思いつつも、何かの力になれれば、と児童相談所からの質問に答えた。

その時の印象を言えば、非常に丁寧な対応をしてもらえたため、好感を抱いている。

その後、児童相談所から連絡が来ることはなかったし、我が家の近所で虐待事件があったという話も聞いていない。あの子の泣き叫ぶ声も聞いていない。虐待ではなかったのかもしれないし、あの情報では家を特定できなかったのかもしれない。

じゃあ、通報に意味はなかったのかというと、そんなことはない。

通報をしたおかげで、僕の心のもやもやはなくなった。とりあえず、現状できることはやったわけなのだから。

「お前の心のもやもやなんかどうでもいいんだよ!」としかられそうだが、さっきも書いたとおり、最初から「自分が後悔しないため」にやったのであって、結果自分が後悔しなかったのであれば、それで目的は果たせている。

おまけに、「児童相談所に通報する」という経験が手に入った。そして、「超あいまいな情報でも、怒られることはない」ということもわかった。

だから、ほったらかしにして心がもやもやするくらいなら、通報して楽になればいいと思うし、逆に言うと、どれだけ気張っても通報することしかできない。

その時、できることがあるのなら、できることのすべてをやるべきだ。自分が後悔しないために。

児童相談所に通報するのは迷惑なことなのか

さあ、みんな、後悔しないために、怖がらずに児童相談所にどんどん通報しよう!

……とは簡単にはいかないのがこの世の中の常のようだ。

調べてみると、「泣き声を聞いた」だけで通報することを「泣き声通報」と呼ぶらしい。わざわざ名前が付くあたり、こういった通報は多いのだろう。

一方で、こんな記事も見つかった。

「泣き声通報」と児童相談所の訪問が招いた家庭崩壊の悲劇

ある日突然、「虐待」で通報された親子のトラウマ

これらの記事は「虐待なんてしていないのに、虐待を疑われて通報された結果、家庭がめちゃくちゃになった」という内容で、「不用意な通報はしないように」「大事でないなら通報しないように」という結論を暗にほのめかしているように思える。

こういう記事を読むと、「泣き声を聞いた程度で通報しちゃいけないんじゃないか」なんて気にもなってしまう。

だが、これらに記事にはいくつか問題点もある。

二つの記事はいずれも「虐待なんかしていないのに通報された」とされている。

……本当にそうなのだろうか。

もしこの記事に出てくる親が本当に虐待をしていた場合、二つのパターンが考えられる。

パターン1 「虐待していない」と嘘をつく

仮に本当は虐待をしていたとして、「まあ、ぶっちゃけ、本当に虐待してたんですけどね」と正直に答える親がどれだけいるだろうか。

野田市の事件では、父親が虐待の事実を認めなかったという。上の2つの記事の、本当は虐待していたのに正直に言っていない可能性がある。

だが、記事を読む限り、僕は次のパターンのほうが可能性は高そうな気がする。

パターン2 「虐待をしている」という認識がない

暴力をふるってはいたけど、あくまでもしつけの範囲内。そう考えていたら、「虐待をしている」という認識は生まれない。

また、「虐待とは子供に暴力をふるうことのみを指す」と思い込んでいる場合もある。

虐待とは必ずしも子供に暴力をふるうだけではない。子供を精神的に傷つけることも虐待だし、子供を放置・無視することも虐待だ。

だが、「虐待=暴力のみ」と思っていれば、このような「目に見えづらい虐待」をしていても、「虐待をしている」という認識が生まれない可能性がある。

「虐待していないのに、虐待を疑われた」というセリフの信ぴょう性は、意外と薄い。

よしんば、本当に全く虐待をしていないのに虐待を疑われたとして、その後の児童相談所の対応によって不利益が生じたとして、

それは、通報した者の責任なのだろうか。

たとえば、夜中に悲鳴を聞いて警察に通報したとしよう。ところが、警察の捜査がずさんで、冤罪事件を生み出してしまった。

これは、通報した者の責任なのだろうか。ずさんな捜査をした警察の責任であって、通報者に責任はないのではないだろうか(ただし、通報者が虚偽の通報をしていなければ、という前提だが)

そもそも聞いた悲鳴が実はテレビのドラマだったとしたら? 勘違いした通報者にも責任はありそうだが、「悲鳴を聞いた」と正直に通報しただけで、それが通報者の勘違いだと見抜けなかった警察がやはり責任を持つべきだろう。

嘘の通報でもしない限り、通報者が責任を持つ理由などない。

通報した後に起きる問題は、すべて対応に当たった児童相談所の問題のはずだ。児童相談所が、理不尽な対応をしないように改善していくべきであって、「通報するかしないか」で悩む必要など全くない。

ところが、上記の記事の中に出てくる「自称・虐待を疑われたかわいそうな」夫婦はあろうことか「誰が通報したのか」と犯人探しを始める。いじめを先生にチクられて、チクったいじめられっ子をシメるいじめっ子と発想が一緒である。

誰が通報したのか、と言えばこう答えるほかあるまい。

お宅のお子さんだよ、と。

「泣き声通報」の本当の通報者は、泣いている子供本人である。

暴力を振るわれたか、性的虐待を受けたか、精神的苦痛を受けたか、育児放棄をされたか、とにかくその子供にとって「耐えられないこと」があったから、あらん限りの声で泣き叫んだ。助けを求めた。赦しを乞うた。

そして、親はそれを受け止めなかった。

その代わり、近所の人が子供からの「通報」を耳にして、児童相談所に届けた。それだけの話である。

泣き声通報の真の通報者は、ほかでもない、子供本人なのだ。

子供の泣き声を聞いた側も「これは尋常ではない」、そう思ったから、通報したのだ。

そう思わなければ、通報なんてしない。

なぜなら、虐待の相手は近所の人間である。万が一通報したのが自分だとばれたら、どんなご近所トラブルになるかわかりやしない。できれば、厄介ごとにはかかわりたくない。そう思うのが普通ではないだろうか。

それでも、通報せざるを得なかった。それはその人の「これは尋常ではない」というレベルに引っかかるほどの泣き声だったから。

尋常じゃないくらいボリュームがデカかったのかもしれない。尋常じゃないくらい長時間だったのかもしれない。「痛い」や「助けて」「やめて」「赦して」といった、虐待を連想させる言葉を言っていたのかもしれない。

そもそも、この2つの記事の事例はいずれも、複数の通報があって動いている。たった一人のうっかりさんが勘違いで通報したのではない。複数の人間が「これは尋常じゃない」と思って通報したのだ。それを本人たちだけが「虐待じゃない」と言い張っているだけである。何をもって信用しろというのだ。

こういった「当人の言い分」だけを信用して、「安易な通報はしない方がいい」などという記事を書くことは、虐待の片棒を担ぐどころか、担いだ棒を罪のない子供に向けて打ち下ろすような行為である。

安易に「通報しない方がいい」なんて言わない方がいい。

通報することを悩む必要なんて全くない。そもそも、虐待の通告は国民の義務だ。

みっともない言い訳を積み重ねて後悔をするのはほかでもない、あなただ。

尋常じゃない泣き声を聞いた。虐待かもしれないし、勘違いかもしれない。

だが、唯一できることは通報することだけだ。逆に言えば、通報することしか僕たちはできない。

そして、通報しなければ何も始まらない。

どんなに優秀な児童相談所だって、通報がなければ虐待を発見することができないのだ。通報がなければ何もできないのだ。

虐待だと確信が持てないのなら、通報時に正直にそういえばいい。

あいまいな情報しかないのなら、通報時に正直にそういえばいい。

知っていること、知らないこと、聞いたこと、見たこと、想像でしかないこと、すべてを正直に話せば、何も恥じることなんてない。

逆に、通報時に嘘をついたり、想像でしかない部分をさも見てきたように言うと、トラブルとなった時、通報した者の責任になってしまう。正直に、とにかく正直に話すことが大切だ。

いくつか、児童相談所への通報に対して面白い記事のリンクを張る。特に、「反貧困」で知られる活動家の湯浅誠さんの体験記が面白い。僕と同じような事例で、同じように「こんな程度で通報していいのか?」と葛藤している。

児童虐待 はじめての189通報とその後に起こること

近所の家から子どもの激しい泣き声が。これって虐待…? 通報していいの?

すべての子どもを救うだけの枠組みは既にあるのだ。あとはそこに勤めるもの、そして、僕ら一人一人がどれだけ一つの命に向き合えるかである。どれだけシステムがしっかりしていても、どれだけ児童相談所の人たちが頑張っていても、僕ら一人一人が一つ一つの命と向き合うことをおろそかにしていたら、だれ一人救えやしない。

最後に、僕の好きな漫画のセリフを引用して、締めくくりとしよう。

子供に泣いて助けてって言われたら!!! もう背中向けられないじゃない!!!!(ONE PIECE 第658話より)


2020/3/22追記

千葉県野田市で起きた虐待事件の第一審の判決が出た。懲役16年の実刑判決。虐待事件の判決としては極めて重い。

判決文では被告である父親を厳しく断罪しつつも、彼もまた子育ての中で孤立していたのではないかと指摘していた。

この記事に対するコメントの中でもまれに、子育てをしている親の孤立が垣間見れることがある。

周囲のだれにも悩みを語れない。どうしたらいいのかわからない。誰に相談したらいいのかわからない。

そういった方は是非、自分から児童相談所に相談してほしい。

本来、児童相談所とは魔女狩りのように虐待を通報する場所ではない。ましてや、虐待を取り締まる場所でもない。

地域の子育てを支援し、子育ての悩みに対する相談に応じる場所、それが本来の児童相談所の役割である。

また、児童相談所以外でも、各自治体で様々な子育て支援を行っている。児童相談所以外にも子育ての相談に応じてくれる施設もある。

ぜひ、そういった施設や支援を活用してほしい。

もしかしたら、ヘンにプライドが邪魔して、そういった場所に自分から相談しに行くのはなかなか難しいかもしれない。

だが、本来の子育てとは親だけでなく、親せきや地域で行うものだ。親だけに、ともすれば片親だけに重責がのしかかることの多い現代社会の方が、長い歴史の中では異常なのだ。

誰にも相談せずに、誰にも頼らずに、親だけで子育てするというのは、俗な言葉であるが「無理ゲー」なのだ。

助けてほしい時に堂々と助けを求めることができるということ、それは弱さではない。本当に大切なもののためにプライドを捨てられるのは、その人の強さである。

どうか、誰かに通報されるような事態に発展してしまう前に、自分から勇気をもって相談してみてほしい。

僕はピースボートのエコシップ新造船を面白く思ってなかった

ピースボートのエコシップ新造船が頓挫したらしい。頓挫と言っても就航が伸びただけなのだが、事前に風潮していた計画通りにはいかなかったことには変わりない。普段ピースボートに関する記事を書いている以上、僕にはエコシップ新造船に関して何か言う責務があると思い、今回筆を執った次第だ。


エコシップに興味がない

ある日、このブログの閲覧数が2倍に跳ね上がった。

ピースボートについて書いた記事の閲覧数が跳ね上がったのだ。

「ついに私の時代が来たか!」と思ったのだが、アクセスが跳ね上がった原因はすぐに分かった。

この記事だった。

ピースボート 570億円「豪華客船」計画が“座礁”

かねてより2020年の就航を目指していたピースボートの「エコシップ」が、計画が2年延びているよ、という記事だ。なんてことはない。「他人の炎上」の恩恵を受けていただけだったのだ。「他人の炎上商法」は火元が所詮は他人だけあって、収束するのも早い。2日後にはいつも通りのアクセス数に戻っていた。アーメン。

助けると思って、もう一度炎上してくれないか、ピースボート。

さて、ピースボートが文春砲を食らった形だが、ピースボート界隈でうろちょとしている人間からすれば、実は1年ほど前からこう言ったうわさがちらほら聞こえてきていて、何ならエコシップの計画が発表された時から、なんとなくこういう落ちになりそうな気がしていたので、「どうせそんなこったろうと思った」が僕の偽らざる本音だ。

とはいえ、すでに2020年のエコシップに申し込んでいる人からすれば、「そんなこったろうと……」なんてのんきなことを言っている場合ではない。以前にも、僕のブログに「エコシップについて何か書かないのか、いや、書くべきだ」といった感じのコメントが寄せられた。

その時にはっきりと書いたのだが、僕はエコシップに興味がないから、何か語るほどの知識がない。

ところが今回、このような報道が出た。報道が出た以上、普段ピースボートに関する記事を書いているからには、いよいよもってエコシップについて何か書く責務があるのだろう。

ところが相変わらず、エコシップに興味がないから、語るほどの知識がない。上にリンクを張った記事に書かれていた以上のことは知らない。

どうしてそんなに興味がないのか。

正直に言えば、僕は、エコシップの計画がうまくいくのが面白くなかった。面白くなかったから、無意識のうちに情報をシャットアウトしていたのだ。

エコシップが面白くない

話は3年前にさかのぼる。

2015年の9月だったか10月だったか、船の中で大々的にエコシップの計画が発表された。

オーシャンドリーム号よりも大きく、豪華で、それでいてエコなのだというエコシップ。その完成想像図を見た時は、「なんだかおばけクジラみたいな船だなぁ」と思ったものだ。

これだけ豪華な船なら、今まで通り「地球一周99万円」とはいかないだろう。オーシャンドリーム号と併用するという話だったから、お金のない若者はオーシャンドリームへ、お金のある人たちはエコシップへ、というすみわけでもするのだろうか、などと考え、たぶん自分は乗ることはないだろうなぁ、と思った。

と、同時に、ある疑惑が頭の中に浮かんできた。

「もしかして、大宮ボラセンがつぶれたのって、このエコシップのせいじゃないのか?」

大宮ボラセン。僕が仲間たちとポスター張りにいそしんだ、ピースボートの支部の一つである。

2015年当時、全国に9か所のピースボートのセンターがあった。その中でも大宮はちょっと変わっていて、事務所と言いつつもマンションの一室を借りているという小規模なものだった。スタッフ二人で回していて、所属しているボランティアスタッフも少人数だった。

何より、不思議と社会で何か躓きを経験した人が集まっていた。戯れに自分の心の闇を語る回というのをやってみたら、全員何かしらネタを持っていたのだから笑えない。

大宮ボラセンは、ピースボートの出先機関や、ポスターを貼るためのというよりも、社会で躓きを経験したものの、駆け込み寺、居場所という役割が大きかった。

だが、そんな大宮ボラセンも、僕が船に乗っている2015年10月31日をもって、閉鎖してしまった。

閉鎖の話を聞いたのは、初夏の土曜日だった。大宮だけでなく船橋と札幌のボラセンも閉鎖になるとの話だった。

常々スタッフからは「いつまでも大宮ボラセンがあるとは限らない」と言われてはいた。実際、その半年ほど前に神戸のボラセンが閉鎖されていた。

だが、当時の大宮ボラセンはマンションの一室という小規模な事務所にしてはかなりの人数が在籍していた。地元の埼玉県に住む人だけでなく、東北や北陸からも、地球一周を目指すボランティアスタッフがやってきていた。

何より、ポスターの枚数的にも結果を出していた。

「いつか閉鎖になるかもしれない」ということはわかっていたが、そうならないように結果を出していたつもりだった。だからこそ、閉鎖の話は寝耳に水だった。

閉鎖の話を聞いたとき、「ピースボートも色々あって、東京の高田馬場にある本部にスタッフを集中させるため」という説明を受けた。

ピースボートの細かい内情については聞いても教えてくれないと思ったし、閉鎖のことについて文句を言う気にはなれなかった。全く納得していなかったが、誰よりも悔しいのは、大宮でボラセンをやることにこだわり続けていたスタッフの方だとわかっていたから。

ただ漠然と「やむにやまれぬ事情があって、地方のボラセンを閉鎖せざるを得なかったのだろう」と考えた。もしかしたらピースボートは存続の危機にあるのではないか、とも考えた。

だからこそ、エコシップの話を聞いたときに、椅子から転げ落ちるんじゃないかと思うくらいびっくりしたのだ。結構余裕あるじゃないか、ピースボート、と。

大宮ボラセン閉鎖とほぼ同時期に飛び込んできた、エコシップ新造船の話。

もしかして、このエコシップを造るために、大宮ボラセンは閉鎖されたんじゃないか。僕はそう考えた。

はっきり言わなければならないのが、これは僕の憶測であり、それを裏付ける根拠は何一つない、ということだ。大宮ボラセンの閉鎖と、エコシップの新造船の因果関係を、僕は証明できない。

ただ、この二つのタイミングがあまりにも近かったので、何か関係があるんではないかと思った、そして、今でもそう思っている、という話だ。

客観的に考えれば、別に問題行為ではない。ピースボートが新たな目玉となる船を造るため、地方の支部を閉鎖して、スタッフを東京に集中させた。別に何も問題ではない。ピースボート内の人事の話だし、ピースボート内の人事をどうしようがそれはピースボートの勝手である。

不利益を被ったのは我々地方のボラセンに通うものとそのスタッフぐらいだ。だが、何度も言うがピースボートの支部をどうしようがピースボートの自由である。

ただ、一方で、もっとやむにやまれぬ事情があったのならまだしも、こんなシロナガスクジラのおばけみたいな船を造るために大宮ボラセンが閉鎖されたのではないか、と考えると、なんだかばかばかしいと思ってしまったのだ。

正直に言う。面白くなかったのだ。

ピースボートがエコシップの計画を大々的に宣伝する裏で、「くっだらねぇ。頓挫すればいいのに」と割と本気で考えていた。

だから、無意識化にエコシップの話をシャットダウンするようになった。船内でエコシップの話が出るたびに、心の中で舌打ちをしていた。

自分からエコシップについて調べるとか、ましては何かを書くとか、そういう発想はなかった。エコシップについて考えるだけで腹が立ち、面白くなかったのだ。

だから、僕はエコシップについて、何にも知らないのだ。

何度も言うが、ボラセンの閉鎖にエコシップが関係しているというのは、僕の憶測である。人から見たら妄想に近いものかもしれない。

つまりは、逆恨みみたいなものである。

エコシップは頓挫したけれど……

さて、そうして僕は無意識のうちにエコシップの話題に触れることを避けてきた。

そこに来て、今回のこの報道である。

すでにエコシップ乗船の申し込みを始めてしまっていたにもかかわらず、肝心のエコシップが完成しないため、問題となっている。せめて完成のめどが立ってから乗客を募集すればよかったのに、どうして青写真描いてる段階で募集始めちゃったかなぁ、バカだなぁ、というのが率直な感想だ。

さて、エコシップ計画がうまくいくことが面白くなかった僕は、この状況にさぞかし高笑いしていることだろう。「は~はっは! 考えが甘いんだよ、バカめ! ざまぁみろ! 迷惑かけた人たちに謝れ! 土下座して土をなめろ!」と指をさしてゲラゲラ笑っていることだろう。

……それが意外にもそうではないのだ。自分からしてもこれは意外だった。

エコシップがうまくいかないならいかないで、それはそれで面白くなかったのだ。

「わざわざ大宮ボラセンつぶしてまでして作ろうとしてる船(個人的な憶測です)なんだから、やるんならきちんと完成させろよ! こんな体たらくじゃこっちも浮かばれねぇだろ!」と思ったのだ。

料理される前に廃棄される豚肉ってのは、きっとこんな心情なのだろう。

殺されて食べられてしまうのは不本意だし受け入れがたい。だが、どうせ食べられるのなら、せめておいしく食べてくれ。殺しといて料理しないなんてそりゃないだろう、という話だ。

エコシップがうまくいくのは面白くない。

かといって、エコシップがうまくいかないのも面白くない。

何のことはない。どっちに転んでも面白くなかったのだ。

どっちに転ぼうが、大宮ボラセンはもうないのだから。

どっちに転ぼうが、この事実が変わることはなかったのだ。


「大宮ボラセンがなくなる」と聞かされたのは、初夏の土曜日だった。

その日は岩槻にポスターを貼りに行った。

不思議なもので、「ボラセンがなくなる」と朝に聞かされた時点では、情報としては理解していたが、感情としては理解していなかった。

感情の理解が追いついたのはその日の昼、カレーを食べていたときだ。急に泣きたくなって、「カレー屋で泣いたら絶対ヘンな人に思われる」と必死にこらえた。

その日丸一日、ポスター貼りのために岩槻を歩きながら考えてたどり着いた結論は、「大宮ボラセンをつぶすわけにはいかない」だった。

前述の通り、大宮ボラセンは僕らにとっては、単なるピースボートの出先機関、以上の意味があったのだ。埼玉のあそこに、ああいう事務所があって、ああいう人たちが集まる場所がある。そのことに意味があったのだ。

埼玉から、そのような場所をなくすわけにはいかない。

ピースボートに抗議する、というのもほんの一瞬頭をよぎったが、すぐにその考えを捨てた。ピースボート側は、ボラスタから不平不満が出るのは承知のうえで、「閉鎖」という結論を出したはずだ。今更文句を言おうが、抗議をしようが、覆ることはないだろう。

それならば、せめて「大宮ボラセン」の記憶を、名前を、強烈に残そう。そう考えた。

「88回クルーズの大宮は熱かったな。なんか、閉鎖だなんてもったいないことをしたな」

ピースボートにそう思わせてやろうと思った。いつか、「地方のボラセンを復活させよう」となった時に、大宮の名前がそこに必ず入るように。

僕が船の中でやってたことの7割は、そういった理由によるものだ。

それでいて、僕は「いつか大宮ボラセンが復活しますように」と仏壇に毎日手を合わせて拝むだけの人間では無い。

自分が動かなければ。

重要なのは、どんなかたちであれ「そういう場所」があることだ。それは必ずしもピースボートでなくてもいい。

そしてそれは必ずしも三次元な空間でなくてもいい。自分の言葉一つが、社会に躓いた誰かの力になれれば、居場所になれれば、そう思ってこの3年を生きてきた。

……つもりなのだが、ここ最近、「本当にできているのか」と考えさせられることが多い。

去年の年末、ラブライブのアニメを見ていた。

好きな声優さんが出てるから、という理由だけだったのだが、その物語がかなり自分と重なった。

主人公たちはスクールアイドルといって、要は学校の部活のような感じでアイドル活動をしているのだが、その肝心の学校が閉鎖になってしまう。

だったら、そのアイドルの大会「ラブライブ」で結果を出して、学校の知名度を上げて入学者を増やせば、閉鎖を免れるのではないかと考え、主人公たちは奮闘する。

その結果、彼女たちはラブライブの決勝に駒を進めることとなる。

だが、それでも入学者は増えず、閉鎖という結論が覆ることはなかった。

いよいよ閉鎖が確定した時、主人公たちは「閉鎖が覆らないのなら、せめてラブライブで優勝して、学校の名前を残そう」と決意する。

もう、どんなに輝かしい結果を残そうとも、閉鎖と言いう結論が覆ることなどないのに。

なんだか、3年前の自分を見ているようで、気が付いたら泣いていた。クッソ~、ラブライブで泣く予定なかったのに~。

だが、あまりにもそっくりだったのだ。主人公たちが置かれた境遇も、「せめて名前を、記憶に残そう」と決意するところも。

同時にふと思う。

あれから3年、自分はあの日の決意に何か報いているのだろうか、と。

やるべきことはやっているつもりなのだが、本当に前に進んでいるのだろうか、と。

こういうことは不思議なめぐりあわせで、そんなことを考えた矢先に今回の報道が出てきて、また3年前のことを思い出す。

おまけに、私の20代は残り1か月をすでに切っている。人生の節目とやらを迎えることを意識すると、余計に考えてしまう。

あの日の決意に、何か自分は報いているのだろうか。

前に進めているのだろうか。

もっとできることがあるんじゃないだろうか。

もっと向き合わなければいけないことがあるんじゃないだろうか。

24歳で仕事を辞めた時「30才までは好きなことをやる」と決めた。そして、あと1か月でその30歳がやってくる。

そして、20代のラスト半年になって、3年前の自分を思い出させるような出来事が重なる。

これはもう、30代の初めは、「大宮ボラセンをなくすわけにはいかない」というあの日の決意に向き合って生きていけ、という神の啓示、と書くと大げさだが、なんだかそんなめぐり合わせな気がする。

そう考えると、「何がエコシップだよ、面白くねぇなぁ」とぶーたれてる暇なんて、実はなかったんじゃないか、などと考えてしまう。

だって、エコシップがうまくいこうが、ダメになろうが、どっちにしても「大宮ボラセンはもうない」という事実は覆らず、どうせどっちに転んでも面白くないのだから。

現状が覆らないのであれば、無理に覆そうとするのではなく、覆らない現状を前提としたまま、少しでも自分にプラスになるように持っていく。今までもそうやってきたし、そうやって生きていくしかないじゃないか。

覆らない現状に文句言う脳みそがあったら、もっと自分のやるべきことに向き合った方がいいんじゃないだろうか。

だから、僕がエコシップについてぶーたれるのは、今回が最後だ。そして、これも何かのめぐりあわせだと考え、自分のやるべきことに向き合っていこうと思う。

あと、ピースボートは迷惑かけた人にちゃんと説明して、謝りなさい。やらかしてしまったという事実も覆らないんだから。