泣き声を聞いただけで虐待を疑って児童相談所に通報した結果……

児童虐待の問題が連日ワイドショーをにぎわせている。学校や教育委員会、児童相談所の対応も問題になっている。だが、児童相談所ばかり責める前に、ふと考えてみたい。虐待に対して、自分は何ができるんだろう、と。何もできることはないかもしれないが、「通報すること」が何かのきっかけになるのではないかと思い、自分の通報体験談を書くことにした。

 

児童相談所に通報した結果

「素人が虐待問題と向き合うにはどうすればいいんだろう」と考えた結果、「通報することなのではないか」という結論に行き着いた。

むしろ、通報することぐらいしかできないのではないか。

そして、実は僕は児童相談所に通報した経験がある。

児童相談所に通報するとはどういうことなのか。

通報した結果どうなるのか。

通報にデメリットはないのか。

そのことを経験者として書くことが、物書きとしての僕なりの「虐待への向き合い方」なのではないか、と思い、今回筆を執った次第だ。

というわけで、僕の体験談を話そう。

ある昼下がり、家でのんびりしていると、どこからか男の子の泣き声が聞こえてきた。

「ああ、子供が泣いているなぁ」と思ったものの、子供は泣くものだし、と気にも留めなかった。

驚いたのはその子供が泣きながら親に助けや赦しを求めたときである。

ええ、これは尋常じゃないぞ⁉ と驚きつつ、窓を開けて声の出所を探す。だが、我が家は集合住宅。「かなり近い」ということしかわからず、具体的に何階の何号室かなんてさっぱりわからない。隣のアパートかもしれない。

そのうちに泣き声はやんでしまった。「今のってもしかして虐待じゃ……通報したほうがいいのでは?」と思いつつも、「もし違ってたら、相手の家に迷惑をかけることになるし、児童相談所だってそんな暇じゃないだろうし……」と通報するのをためらって、結局何もしなかった。

「いや、その時に通報しろよ! 何ためらってんだよ!」と言われれば、言い訳のしようもない。

そして、二、三日したある日の朝。

まったく同じことがもう一度起きた。

男の子の泣き声に始まり、数日前と全く同じセリフを泣き叫ぶ。

いくら何でも二回目はさすがにアウトだ! と思った僕は、意を決して児童相談所に通報することにした。

……が、相変わらず、どこの家から聞こえてくるのかがわからない。家の外に出て場所を確かめてやろう、と思ったが、靴を履いているうちに泣き声がやんでしまった。

これではどこの家から声が聞こえてきたのかはわからない。このまま通報しても「うちの近所から泣き声が聞こえたんです。いえ、どの家かはわからないんですけど、とりあえずうちの近所です」というクソあいまいな情報しか伝えられない。

そんなクソあいまいな情報だけ通報しても、児童相談所も迷惑なんじゃなかろうか。「その程度で通報すんじゃねぇ! こっちは忙しいんだ!」と怒られるのではないだろうか。

だが、そうやって「通報しない言い訳」を重ねる自分がみっともなくなってきた。何より、男の子の尋常じゃない、泣きながら助けを求める声が頭から離れない。

もしこれを放置して、数日後に「うちの近所の○○君が虐待の末に死亡!」なんてニュースが流れた日には、悔やんでも悔やみきれない。メシものどを通るまい。

あれだけはっきり聞こえたのだから、僕以外にも近所の人が通報しているかもしれない。情報一つ一つはあいまいでも、いくつかの通報をつなぎ合わせれば、家を特定できるかもしれない。

もし、通報して児童相談所から「その程度の情報じゃどうしようもありませんね。その程度でいちいち通報しないでください」と言われても、僕が怒られれば済む話だ。

意を決して、今度こそ意を決して、児童相談所に通報した。

なんのことはない。自分が後悔したくないから通報しただけである。

電話口には若い女性の相談員さんが出た。僕は自分が見聞きしたことと、実際には何が起きているかもどこから声が聞こえたかもわからないことを伝えた。

だが、情報があいまいだからと怒られることもなく、むしろかなりいろいろ細かく聞かれた。何歳ぐらいの子供だったとか、どのあたりから聞こえたのか。

「いや、姿を見たわけじゃないんで、何歳ぐらいかと言われても、僕の想像でしかないんですけど……」と断りを入れても、「それでもかまいませんので」とのことだったので、「声を聴いた感じからすると……」と情報を伝えた。

そうして一通り自分の知っていることを話し、「もしかしたらまた連絡するかもしれません」と言われ、「ええ、かまいませんよ」と言って電話を切った。

3時間ほどして、再び電話がかかってきた。「もう少し詳しい話を聞かせてほしい」とのことだった。「ですよねー。あの程度の情報じゃどうしようもありませんよねー」と思いつつも、「これ以上知ってることないですよ」と思いつつも、何かの力になれれば、と児童相談所からの質問に答えた。

その時の印象を言えば、非常に丁寧な対応をしてもらえたため、好感を抱いている。

その後、児童相談所から連絡が来ることはなかったし、我が家の近所で虐待事件があったという話も聞いていない。あの子の泣き叫ぶ声も聞いていない。虐待ではなかったのかもしれないし、あの情報では家を特定できなかったのかもしれない。

じゃあ、通報に意味はなかったのかというと、そんなことはない。

通報をしたおかげで、僕の心のもやもやはなくなった。とりあえず、現状できることはやったわけなのだから。

「お前の心のもやもやなんかどうでもいいんだよ!」としかられそうだが、さっきも書いたとおり、最初から「自分が後悔しないため」にやったのであって、結果自分が後悔しなかったのであれば、それで目的は果たせている。

おまけに、「児童相談所に通報する」という経験が手に入った。そして、「超あいまいな情報でも、怒られることはない」ということもわかった。

だから、ほったらかしにして心がもやもやするくらいなら、通報して楽になればいいと思うし、逆に言うと、どれだけ気張っても通報することしかできない。

その時、できることがあるのなら、できることのすべてをやるべきだ。自分が後悔しないために。

児童相談所に通報するのは迷惑なことなのか

さあ、みんな、後悔しないために、怖がらずに児童相談所にどんどん通報しよう!

……とは簡単にはいかないのがこの世の中の常のようだ。

調べてみると、「泣き声を聞いた」だけで通報することを「泣き声通報」と呼ぶらしい。わざわざ名前が付くあたり、こういった通報は多いのだろう。

一方で、こんな記事も見つかった。

「泣き声通報」と児童相談所の訪問が招いた家庭崩壊の悲劇

ある日突然、「虐待」で通報された親子のトラウマ

これらの記事は「虐待なんてしていないのに、虐待を疑われて通報された結果、家庭がめちゃくちゃになった」という内容で、「不用意な通報はしないように」「大事でないなら通報しないように」という結論を暗にほのめかしているように思える。

こういう記事を読むと、「泣き声を聞いた程度で通報しちゃいけないんじゃないか」なんて気にもなってしまう。

だが、これらに記事にはいくつか問題点もある。

二つの記事はいずれも「虐待なんかしていないのに通報された」とされている。

……本当にそうなのだろうか。

もしこの記事に出てくる親が本当に虐待をしていた場合、二つのパターンが考えられる。

パターン1 「虐待していない」と嘘をつく

仮に本当は虐待をしていたとして、「まあ、ぶっちゃけ、本当に虐待してたんですけどね」と正直に答える親がどれだけいるだろうか。

野田市の事件では、父親が虐待の事実を認めなかったという。上の2つの記事の、本当は虐待していたのに正直に言っていない可能性がある。

だが、記事を読む限り、僕は次のパターンのほうが可能性は高そうな気がする。

パターン2 「虐待をしている」という認識がない

暴力をふるってはいたけど、あくまでもしつけの範囲内。そう考えていたら、「虐待をしている」という認識は生まれない。

また、「虐待とは子供に暴力をふるうことのみを指す」と思い込んでいる場合もある。

虐待とは必ずしも子供に暴力をふるうだけではない。子供を精神的に傷つけることも虐待だし、子供を放置・無視することも虐待だ。

だが、「虐待=暴力のみ」と思っていれば、このような「目に見えづらい虐待」をしていても、「虐待をしている」という認識が生まれない可能性がある。

「虐待していないのに、虐待を疑われた」というセリフの信ぴょう性は、意外と薄い。

よしんば、本当に全く虐待をしていないのに虐待を疑われたとして、その後の児童相談所の対応によって不利益が生じたとして、

それは、通報した者の責任なのだろうか。

たとえば、夜中に悲鳴を聞いて警察に通報したとしよう。ところが、警察の捜査がずさんで、冤罪事件を生み出してしまった。

これは、通報した者の責任なのだろうか。ずさんな捜査をした警察の責任であって、通報者に責任はないのではないだろうか(ただし、通報者が虚偽の通報をしていなければ、という前提だが)

そもそも聞いた悲鳴が実はテレビのドラマだったとしたら? 勘違いした通報者にも責任はありそうだが、「悲鳴を聞いた」と正直に通報しただけで、それが通報者の勘違いだと見抜けなかった警察がやはり責任を持つべきだろう。

嘘の通報でもしない限り、通報者が責任を持つ理由などない。

通報した後に起きる問題は、すべて対応に当たった児童相談所の問題のはずだ。児童相談所が、理不尽な対応をしないように改善していくべきであって、「通報するかしないか」で悩む必要など全くない。

ところが、上記の記事の中に出てくる「自称・虐待を疑われたかわいそうな」夫婦はあろうことか「誰が通報したのか」と犯人探しを始める。いじめを先生にチクられて、チクったいじめられっ子をシメるいじめっ子と発想が一緒である。

誰が通報したのか、と言えばこう答えるほかあるまい。

お宅のお子さんだよ、と。

「泣き声通報」の本当の通報者は、泣いている子供本人である。

暴力を振るわれたか、性的虐待を受けたか、精神的苦痛を受けたか、育児放棄をされたか、とにかくその子供にとって「耐えられないこと」があったから、あらん限りの声で泣き叫んだ。助けを求めた。赦しを乞うた。

そして、親はそれを受け止めなかった。

その代わり、近所の人が子供からの「通報」を耳にして、児童相談所に届けた。それだけの話である。

泣き声通報の真の通報者は、ほかでもない、子供本人なのだ。

子供の泣き声を聞いた側も「これは尋常ではない」、そう思ったから、通報したのだ。

そう思わなければ、通報なんてしない。

なぜなら、虐待の相手は近所の人間である。万が一通報したのが自分だとばれたら、どんなご近所トラブルになるかわかりやしない。できれば、厄介ごとにはかかわりたくない。そう思うのが普通ではないだろうか。

それでも、通報せざるを得なかった。それはその人の「これは尋常ではない」というレベルに引っかかるほどの泣き声だったから。

尋常じゃないくらいボリュームがデカかったのかもしれない。尋常じゃないくらい長時間だったのかもしれない。「痛い」や「助けて」「やめて」「赦して」といった、虐待を連想させる言葉を言っていたのかもしれない。

そもそも、この2つの記事の事例はいずれも、複数の通報があって動いている。たった一人のうっかりさんが勘違いで通報したのではない。複数の人間が「これは尋常じゃない」と思って通報したのだ。それを本人たちだけが「虐待じゃない」と言い張っているだけである。何をもって信用しろというのだ。

こういった「当人の言い分」だけを信用して、「安易な通報はしない方がいい」などという記事を書くことは、虐待の片棒を担ぐどころか、担いだ棒を罪のない子供に向けて打ち下ろすような行為である。

安易に「通報しない方がいい」なんて言わない方がいい。

通報することを悩む必要なんて全くない。そもそも、虐待の通告は国民の義務だ。

みっともない言い訳を積み重ねて後悔をするのはほかでもない、あなただ。

尋常じゃない泣き声を聞いた。虐待かもしれないし、勘違いかもしれない。

だが、唯一できることは通報することだけだ。逆に言えば、通報することしか僕たちはできない。

そして、通報しなければ何も始まらない。

どんなに優秀な児童相談所だって、通報がなければ虐待を発見することができないのだ。通報がなければ何もできないのだ。

虐待だと確信が持てないのなら、通報時に正直にそういえばいい。

あいまいな情報しかないのなら、通報時に正直にそういえばいい。

知っていること、知らないこと、聞いたこと、見たこと、想像でしかないこと、すべてを正直に話せば、何も恥じることなんてない。

逆に、通報時に嘘をついたり、想像でしかない部分をさも見てきたように言うと、トラブルとなった時、通報した者の責任になってしまう。正直に、とにかく正直に話すことが大切だ。

いくつか、児童相談所への通報に対して面白い記事のリンクを張る。特に、「反貧困」で知られる活動家の湯浅誠さんの体験記が面白い。僕と同じような事例で、同じように「こんな程度で通報していいのか?」と葛藤している。

児童虐待 はじめての189通報とその後に起こること

近所の家から子どもの激しい泣き声が。これって虐待…? 通報していいの?

すべての子どもを救うだけの枠組みは既にあるのだ。あとはそこに勤めるもの、そして、僕ら一人一人がどれだけ一つの命に向き合えるかである。どれだけシステムがしっかりしていても、どれだけ児童相談所の人たちが頑張っていても、僕ら一人一人が一つ一つの命と向き合うことをおろそかにしていたら、だれ一人救えやしない。

最後に、僕の好きな漫画のセリフを引用して、締めくくりとしよう。

子供に泣いて助けてって言われたら!!! もう背中向けられないじゃない!!!!(ONE PIECE 第658話より)


2020/3/22追記

千葉県野田市で起きた虐待事件の第一審の判決が出た。懲役16年の実刑判決。虐待事件の判決としては極めて重い。

判決文では被告である父親を厳しく断罪しつつも、彼もまた子育ての中で孤立していたのではないかと指摘していた。

この記事に対するコメントの中でもまれに、子育てをしている親の孤立が垣間見れることがある。

周囲のだれにも悩みを語れない。どうしたらいいのかわからない。誰に相談したらいいのかわからない。

そういった方は是非、自分から児童相談所に相談してほしい。

本来、児童相談所とは魔女狩りのように虐待を通報する場所ではない。ましてや、虐待を取り締まる場所でもない。

地域の子育てを支援し、子育ての悩みに対する相談に応じる場所、それが本来の児童相談所の役割である。

また、児童相談所以外でも、各自治体で様々な子育て支援を行っている。児童相談所以外にも子育ての相談に応じてくれる施設もある。

ぜひ、そういった施設や支援を活用してほしい。

もしかしたら、ヘンにプライドが邪魔して、そういった場所に自分から相談しに行くのはなかなか難しいかもしれない。

だが、本来の子育てとは親だけでなく、親せきや地域で行うものだ。親だけに、ともすれば片親だけに重責がのしかかることの多い現代社会の方が、長い歴史の中では異常なのだ。

誰にも相談せずに、誰にも頼らずに、親だけで子育てするというのは、俗な言葉であるが「無理ゲー」なのだ。

助けてほしい時に堂々と助けを求めることができるということ、それは弱さではない。本当に大切なもののためにプライドを捨てられるのは、その人の強さである。

どうか、誰かに通報されるような事態に発展してしまう前に、自分から勇気をもって相談してみてほしい。

投稿者: ノック

民俗学ZINE作家。 「バズらないモノづくり」をテーマとする「ノンバズル企画」を主宰。民俗学専門ZINE「民俗学は好きですか?」を企画・執筆・製本・販売しています。「民俗学とは『生きること』を探求する学問」をテーマに、民俗学の魅力をわかりやすく、面白く、奥深く紹介していきます。

「泣き声を聞いただけで虐待を疑って児童相談所に通報した結果……」への34件のフィードバック

  1. 言葉を喋らない言葉子供は意味のわからないギャン泣きをすることもあります。本当にそれだけで通報された方を知っています。その方はとにかく子供に愛情を注いで子供の事だけを考えて子育てをしています。なのに通報された事はかなりショックで体調を崩してしまいました。
    そう言う事例もあることを認識したください、確かに児童相談所は通報がなければ動けず本当に虐待された子供を救うには誰かが通報しないと助けれませんそれも事実です。しかし、それを正義だ!正しい事だ!と自己満足の正義を振りかざすのは間違いないです、通報するなら本当に起こっていることを確かめる努力をしてから通報したください。
    安易な通報が家庭を壊すことは本当にあります。通報する人は本当よく考えてから通報しないと

    1. 僕は「正義」という言葉が大嫌いです。だって、実に一面からしか物事をとらえていない言葉だと思いませんか? 自分から「俺は正義だ!」って振りかざすやつの心意気がしれません。
      だから、「正義を振りかざす」という指摘は心外です
      正義もクソもないんです。どれだけ正義っぽい御託を並べようと「通報すること」しかできないんです。
      「みんな、正義感に基づいて通報しよう!」というよりは「通報することしかできないよ、残念ながら」という話なんです。
      本当に起こっていることを確かめる努力、確かにそれができればベストですよね。泣いてる子どもの家に乗り込んで行って、なんで泣いてるのかちゃんと確認できるのであれば、それがベストかもしれません。
      僕にはそっちの方がよほど「自己満足の正義を振りかざす」行為に映りますが。近所のやつがいきなり家にやってきて、窓の外からじろじろ様子をうかがってたり、「あんた、虐待してんじゃないの?」って確認しに来た方がよっぽどショックだと思いますよ。
      素人がそれを勝手にやる方がむしろ危険だから、児童相談所に通報する、というシステムがあるのではないでしょうか。
      あと、通報した側の経験から言わせてもらうと「安易に」通報することはないです。「さすがにこれはいくら何でもアウトだ」と思ったから通報するんです。
      もちろん、あなたのおっしゃることも一つの意見だと思います。身近でそういう事案があったというあなたの立ち位置も理解できます。それでも、現状、われわれ素人は『余計なことをせず通報する』ということしかできないのではないでしょうか。それ以上のことをしようとすると「自己満足の正義を振りかざす」ことになってしまうのではないでしょうか。

      追伸:本当に愛情をかけて子どもを育てていたであろうお母さんが、たった一回の衝動的な虐待で子どもを死なせてしまった、なんてニュースもありました。本当に心が痛みます。

  2. 自分も、一度だけ通報した事があります。
    結論から言えば、通報して良かったと思っています。
    ああ良いことをした、とかではなく。

    「全然付き合い無いし事情も知らないんですが、とにかくママさんの方が限界っぽいです、ママさんの方を保護とかしてあげてほしいです」

    十年程の間、ほぼ週一で聞かされていた怒鳴り声。
    ほとんど言いがかりみたいな、子供の行動テンポが自分の理想通りにならないってイライラを叩き付けるばっかりの、
    最後は「もういい!どっか行け!」という咆哮で締め括られる、あの声。
    近所だけど顔もよく見たことないご家庭だけど、
    正直詳しい事情は知らない訳だけど、
    ひょっとして俺が怒られてるんだろうか?って位、はっきり言って、苦痛でした。
    それが聞こえなくなったし(あの怒鳴り声に吃驚して起こされる事も多かった)、
    最近では該当の親子が、楽しそうに会話しながら窓の外を通り過ぎる事もしばしばあります。

    この展開は自分の通報とは無関係だったのかもしれないけど、それでも。

    「虐待してないのに通報されてショックで体調を崩す」てのは、
    そもそもそのママさんが「いっぱいいっぱいで子育てしてた」って事で、
    通報でその「極限状況」がはっきりしてしまった、って事では。
    「あの人通報されたのよ」とか周囲が責める→益々病む、って流れなら、
    その「周囲」とやらは体調崩したママさんにとっては排除すべき悪環境なんだし、
    そもそもそんなに打たれ弱いか弱い母ちゃんなら、強制的にでも相談窓口と接点持たせた方が絶対いい。
    「きちんとしなきゃ、こんなこと出来ないのははずかしい」って思いこみ過ぎて、
    自分でSOSが出せない「善人」、いっぱいいますよ。
    そういう人たちの為にも。

    もしも「こちらの死角から煙」が立ち上る家を見かけたら、
    「いやでもBBQ中なのかもしれないし…」とか言ってないで、
    「通報されたご家庭のお気持ちが」とか配慮のある風でおもんばかってないで、
    少しでも早く「BBQか火事か見極め出来そうな専門家」に知らせる、ってのは、絶対、必要だと思います。

  3. 私もあまりにも酷い子供の泣き声がというか、叫びに近いような泣き声が毎日(ほぼ一日中)聞こえてくる状況に陥り、自分の精神が持たなかったので通報しました。
    人の生活には寧ろ首も突っ込みたくない主義ですが、子供の泣き声を耐えるのは苦しかったからです。

    おまけにこんな虐待のニュースが毎日放送されているなか、自分も加害者になってしまうのではと苦しめられるんです…。
    だから私は今後もこのような状況に陥った場合は通報し続けると思います。

    もし自分が親の立場になって通報されたとしたら、虐待をしていないのなら何もショックは受けないと思います。
    寧ろ子供の泣き声について相談させていただくと思います。

    1. >自分も加害者になってしまうのではと苦しめられるんです…。

      僕も同感ですね。結局は、「良いことをしたい」というよりも、「自分が後で嫌な思いをしたくない」から通報するんだと思います。でも、動機は褒められたものではなかったとしても、結果それが子供を救うことに繋がればそれでいいと思います。そもそも、別に褒められたくて通報するわけではないですからね。

      逆にどんなに立派な御託を並べても、何もしませんでした、誰も救えませんでした、見殺しにしました、では意味がないですから。

  4. 通報された側です。

    筆者さんの言われる通り、私も虐待をしているつもりなく、周りからみたら虐待になっているのか不安もありました。
    しかし、
    訪問された警察の方いわく、おとうさんが息子のお腹を蹴っている姿をみたとの通報。
    一度目は息子が先生を蹴ったのをみたという通報。
    二度の通報があり家に来たとのことでした。

    二度とも加害者、被害者ともに否定しています。

    おそらく誰かから嫌がらせを受けているのだろうと、被害届のようなものを出しましたが
    匿名でこわいのがこういうものだと、自分が被害者になって分かりました。

    また通報されたら子供が強制的に児相につれていかれるのでしょうか?こういった事実がないのに、、、、

    1. 貴重なご意見ありがとうございます。
      たしかに、匿名での通報はいわゆる「魔女狩り」のようになってしまう危険性をはらんでいます。
      悪意ある虚偽の通報など、論外です。
      これに関しては防ぐ手立てがありません。「人の悪意」を止める方法がないからです。もしあるのなら、この世から犯罪は消えています。
      ですので、通常の犯罪と同様に、「警察などの法的手段で対処する」しかないです。
      また二度目の通報=即保護ではないと思います。一時保護は「通報が多いから」ではなく「明らかに危険な状況だから」するものですし、一定の基準が存在します。。
      とはいえ、児相が毎回完璧な対応ができるのであれば、虐待死なんて起きないわけです。児相のルーズさが問題子供を死なせてしまう時もあれば、児相の対応が行き過ぎて家庭を壊してしまう可能性もあります。
      実際、児相に子供を「連れ去られた」と感じる保護者も多いようです。児相の対応が行き過ぎてしまったケースです。
      それに不安を感じているわけですよね。
      でしたら、いっそ思い切って、そちらから児童相談所に育児の相談を定期的にしてみたらいかがでしょうか。
      何せ「相談所」ですから。児童相談所の本業は「地域住民の育児の相談に乗ること」であり、一時保護とか虐待への対策はその一環にすぎません。
      普段から児相の職員さんと綿密なコミュニケーションをとっていれば、身の覚えのない虐待を疑われた時に潔白を証明するための大きな武器になると思いますよ。

      1. ありがとうこざいます。
        そうですね。相談所ですものね。
        児相言って相談してこようと思います。身の潔白を証明するためにも、自分の経験値を増やすためにも、、、このまま悶々としているだけでは何らかの病気になってしまいそうな気もしています。

        気力のあるうちに、行動に移そうと思います。
        またコメントするかもしれません。
        よろしくおねがいします。

        1. 何らかの力になれたのならよかったです。
          僕は虐待の専門家でも何でもなく、ただ「通報した経験がある人」にすぎませんが、それでよいのであればまたコメントしてください。

  5. 通報する判断が難しいですよね…

    ここ数週間、近所の子供の泣き声(ギャーーーーーーッ!!!アーーーーーーッ!!)と金切り声(キィーーーーーッ!!!キャァァーーーーー!!!)が夜7時〜0時過ぎまで断続的に響いてて、通報したほうがいいのか悩んでてここにたどり着きました。
    親御さんの怒鳴り声や叩く音はなく、子供さんの泣き声と金切り声しかしないので虐待とは考えにくくて。
    ただ、親御さんの話し声やなだめる声などもまったくしないので、もしかしたら置き去りにされてるのかも…やっぱり通報したほうがいいのかなと、悩みます。

    1. 文面からの情報しかわからないので判断しかねますが、僕だったら通報しますかね。虐待じゃないけどギャン泣きするというのはよくある話ですが、「数週間」というのがどうしても引っかかります。
      むしろ、素人では判断しかねる状況だと思いますので、通報して児相の方に判断をゆだねるというのも一つのやり方だと思います。まさか、素人が他人の家を覗いて虐待してるかどうか確かめるわけにもいきませんしね(こっちが通報されます、警察に)。児相の方に確かめてもらうしかないかと。
      児相に通報する際に、「はっきりとわかっていること」と「よくわからないこと・自分の推測や想像でしかないこと」をきっちりとわけて伝えることが大事だと思います。

      1. 返信ありがとうございました

        そうですね、判断は児相の方にゆだねるのがいいですね。
        「数週間がひっかかる」という視点は無かったのでなるほどと思いました
        昨日も深夜に叫び声が聞こえたので、虐待ではないと思うが、と断って児相に通報しました。
        ちなみにうちは窓に防音施工をしてますが、それでも聞こえてくるので相当な大音量なのだと思います。

  6. 子育てした事が無い奴に何がわかる?
    なぜ泣いているのか分からないから母親は必死で泣き止ませようとしているのに、その苦労すら理解せずに通報?
    そうやって心に余裕がない人が増えたから子育て家庭が減ってんだよ。
    じゃあ、しつけはどうやるんだよ?
    泣かさずにやれってのか?
    こういう文章見て安易に通報する奴が増えると今以上に子育てし辛い環境が作られていく。その自覚あんのか?

    1. 貴重なご意見と存じます。
      ですが、敬語も使えない人間が子供に何をしつけるというのでしょうか。
      文章から、子育ての悩みで心に余裕をなくし、虐待の一歩手前まで追い詰められているという印象を受けましたが、自覚はございますか?
      そのストレスをここにぶつけている分には別に構いませんが、もしその矛先がお子様に向けられてしまうかと思うと、気が気ではありません。
      一人で悩まないで、お近くの児童相談所に相談してみてはいかがでしょうか。そのための相談所です。

  7. 泣き声ではないですが。。。
    以前大きな公園で、食事も飲み物も持たされず、何時間も一人で放置された6歳くらいの男の子がいました。
    何度かあったためネグレストかな?とも思いましたが、判断できず、結局通報できませんでした。
    私はその時自分の判断に自信がなく、そんなことで通報なんてとまわりのママさん達に思われることに躊躇したんだと思います。
    仮りに違ったとしても連絡をしていれば、そこはプロが判断してくれたのにと、いまだに後悔しています。
    それぞれのご家庭に事情や教育方針があり、何が正しいのか私にはわかりません。
    ただ、情報を伝えておけば、その情報の積み重ねがひとつの判断材料になったのかも知れないと思います。
    通報された方はショックだと思いますが、まともな方であれば、疑われた行為を反省するのではないでしょうか。
    また同じような事があれば、勇気をもって相談をしたいと思っています。

    1. コメントありがとうございます。判断に迷いますよね。ただ公園でぼおっとしていただけかもしれないし。
      何度もあったのならば、自分の中で通報する基準を設けてみるのもよいかもしれません。「夜の何時以降だったら通報する」とか「何時間以上だったら通報する」とか。
      「ここまでは様子を見よう」「このラインを越えたらさすがにアウト」というのを決めておくとよいかもしれませんね。
      その後のご近所との関係性を考えると、躊躇してしまうのは当然ですが、一番大切なのはその子の命、その子の将来だと思うので。

  8. 興味深く読ませていただきました。
    ノックさんがご家庭を持たれた際にはぜひ、子育てを奥さまの仕事と言わず、積極的になさってあげてください。それだけでも、回り回って、いろんな方が幸せになりますよ!パパが子育てに参加するおうちのこはのびのび育つそうです。ノックさんみたいな思考のできるパパなら、きっとお子さんも楽しく過ごせるでしょうね。
    さて、本題に入りますが、もう少し、子育てする方々に優しい言葉をかけてあげてもよいのかなと思います。
    わたしも、子どもを持つまでは、ドライな感覚で子育て家庭をみていました。ギャン泣きさせる親や通報を嫌がる家庭に対して「子どもを持てばわかるとか、わからないとか言って拒絶してくるけど
    そういうことじゃないだろ」とも思っていました。
    でもね、やっぱり、子どもを持つと、その考え方も変わります。特に女性は、身体にも心にも環境にも、予想だにしなかった変化が起きるんです。
    ただ、行政に繋げれば良いというものでもなかったりするんですよ。
    たったひとこと、優しい言葉が欲しいときもある。背中をさすってもらいたいときもある。
    つまり、わたしが言いたいのは、わたしのいくつか前にコメントした方に、もっと優しくしてあげても良かったのかな?ということです。
    鋭利な言葉よりも、やわらかい言葉の方が納得できることもあるんです。たとえ相手が牙を剥いていても、その心が辛いと察するだけの力があるのなら、やわらかく、優しい言葉を選んでほしかったですね。
    でも、舐められちゃうとかガツンと言ってやらな!とか考えてしまいますよね。すごくわかります。ひとりで何かを表現し続けるって大変なこと。わたしも自営なのでよく悔しい思いをするのです。
    発信を続けているノックさんには、わかってもらいたいところだなと思い、今回は筆をとらせていただきました。
    これからも、楽しく拝読させてください。
    頑張ってくださいね!

    1. ありがとうございます。
      僕としては気を使っているつもりだったのですが、「ちょっと優しさが足りないな」と映ってしまったのならば、「所詮はつもりでしかなかった」という事なんでしょう。難しいですね。
      正しいことを言うより、優しいことを言う人間になりたいと思っているのですが、なかなかに道のりは険しそうです。
      ……もしかしたら、若干、ドライな本音が漏れてしまっていたのかもしれません。

  9. 初めまして。本日、賃貸で、隣人について通報しました。なぜかベランダで何かを激しく叩く音やベランダで子供を怒鳴る声や子供の悲鳴のようなキャー!という声やギャン泣きが毎日聞こえていたからです。私も通報を迷って二週間悩みました。ベランダでの騒音のため、単純に騒音がうるさくて迷惑なだけなら管理会社に騒音トラブルとして相談ですが、わざわざベランダで怒鳴り、子供の悲鳴のような声やギャン泣きまでされるので、児童相談所に電話しました。児童相談所が隣人に何を話すか分かりませんが、場合によっては、隣人がベランダでの話し声には気をつけようとか思ってもらえれば、虐待防止だけでなく騒音トラブル解決の一石二鳥的なことにならないかな?という私の勝手な期待もちょっとありますが…。虐待じゃなくてももう少し静かにしていただきたいので、管理会社へはまだ電話してませんが、管理会社への相談も検討しているので。
    とにかく、近隣に聞こえると分かりそうなものなのに、なぜいつもベランダで叱るのか?という点も気になってしょうがなく、二週間も悩んで精神的に参ってきたので、正義ではなく自分が楽になりたいだけで通報しました。うちも3歳の子供がいるので、子供が泣くのは当たり前とか子供が言うことを聞かずにイラッとしてしまう時もあるとか、そういう気持ちは理解できるつもりでしたが、私はベランダで怒鳴ったことはないので。
    でも私の勘違いであってほしい。虐待じゃなければいいんだとは思います。

    1. コメントありがとうござます。

      >「二週間も悩んで精神的に参ってきたので、正義ではなく自分が楽になりたいだけで通報しました。」
      ともすれば批判されかねない心情を、正直に話してくださった勇気に感謝します。
      これは僕の勝手な推測ですが、無関係の大人でも精神的に参るような叱責は、当の子供本人はさらに耐えられないのではないでしょうか。
      詳しい事情は存じ上げませんが、文章から判断する限り、「間違いなく正しい!」とまでは言えなくても、あなたの立場で果たすべき責務は果たしたと言えると僕は思います。
      逆にこれ以上のことはできませんしね。

  10. 通報された側です。
    私の娘は泣きが強く、一度泣くとちょっとしたことでずーっと泣き続けます。酷いときは2〜3日原因を変えて泣きます。
    例えば1日目やりたいことがダメって言われた〜1日中泣く
    2日目昨日泣きすぎて疲れて不機嫌〜1日中泣く
    3日目もう丸2日泣いてて自分ママも疲れ果てて泣く〜1日中泣く

    って感じです。んである日ふと我に返りママごめんなさい…わがまましちゃった…と言います。
    私も声がでかく、綺麗な言葉を使えないので

    話を聞いて下さーい。泣くのやめてくださーい。

    と泣き声に負けないように言っていたら通報されました。
    児相の方とは事情を話し、何度目かの通報の時に泣きが強い時の動画を見せました。
    放置しても、構っても抱っこしても暴れて泣く娘の動画を見て納得してくれましたが、ご近所の方からすると虐待なんでしょうね。
    おかげで娘は泣くだけで知らないおじさんが家に来て知らないおばさんに裸にされると恐怖を感じ、トラウマのようになってます。
    まだ幼稚園児なのにわがままを言ってダメと言われると歯を食いしばって我慢します。

    泣いていいよ?

    と言うと

    またあのおじさんが私を連れて行こうとする…

    と目を真っ赤にして我慢します。
    たまたま虐待防止条例の施行時期だったためテレビで児相の人は子供を保護すると言う内容の特番を見たらしく、娘の中では泣くと連れて行かれると感じたそうです。
    何日も泣くことがなくなって親としては助かりますが、まだ幼稚園児。泣いて喚いて暴れてわがままをしたい年頃なのに変に物分かりのいい我慢する自分を表に出さない子になってしまったように感じます。
    最近は泣きそうになったらあえて外に出てご近所のおばさま達に事情を説明して一度わーって泣かせてからおばさま達と共になだめるようにしました。
    そのおかげか少しは前の自己主張が戻ってきたかな?と感じますが…
    児相の通報も大事ですが、誤報だった時に親より子供へのストレスも考えて欲しいかな?と思います。それは通報する人より児相や警察に求めることかもしれません。
    通報された親も、子供も少なからず不安な時間を過ごします。
    私の場合はご近所の方との交流があり、相談する事で泣き声すごい理由や急に泣かなくなりおとなしくなってしまった理由を話せましたが…都会ではそうもいかないのかな?と感じます。以前都市部に住んでたときは隣の家の人すら知らず、もしあの時に通報され、娘が大人しく泣かない子になってたら…
    これで通報されなくなる。と安心してしまったかもしれません。
    通報された人や通報した人をピックアップしがちですが…
    通報で助かる命もあれば、誤報で失われる個性もあると言うことをわかってほしい。そして誤報だったときは子供のケアをしてくれるシステムが有ればとつくづく思います。
    私は現在子供の心理について勉強し、極端に泣かせず、適度に泣けて自分の意見を言えていた子供の個性を取り戻そうとしてます。

    1. >最近は泣きそうになったらあえて外に出てご近所のおばさま達に事情を説明して一度わーって泣かせてからおばさま達と共になだめるようにしました。

      この部分がものすごく重要に思えました。ただ、都市部ではなかなか難しいと思うので、児童相談所に通報される前に、自分から相談しに行くという選択肢がもっと一般的になれば、トラウマを抱える子供も減るのかな、と思います。

  11. 通報されたことがあります。
    疲れ果て、悲しくなってビクビク生活するようになりました。
    とりあえず絶対に泣かさないように、そうすると躾の甘くなります。
    2歳の子供を泣かさないようにするのは不可能です。
    「聞かれている」前提で大きな声で状況説明をして叱ったりしました。
    通報された後は服を脱がされ写真を撮られました。母親の私と子供は何を悪いことしたのでしょうか。うるさくしたからですか?無邪気に服を脱ぐ子を申し訳無い気持ちで横目で見てました。
    後からきた婦警は同情してくれました。「私は男の子育ててるけど、蹴っ飛ばすわよー(笑)」と(それはどうなのと思いましたが冗談でしょう)。
    通報することは自分は安全な場所から子供がいる家庭を壊す可能性を充分に考えてください。健全な家庭からすればあなたが虐待者です。
    せめて警察や児童相談所は通報者に報告を入れて欲しいです。虐待はあったのかなかったのか。

    1. >通報することは自分は安全な場所から子供がいる家庭を壊す可能性を充分に考えてください。

      おっしゃる通りです。万が一、虐待でもなんでもなかったら、人様の家庭をぶち壊してしまうかもしれない。

      だから、通報するときって、ものすごく悩むんです。ものすごく怖いんです。二度と味わいたくないくらい怖いんです。だって、通報する方を選んでも、しない方を選んでも、取り返しのつかない結果になるかもしれないのだから。

      「よその家庭に土足で踏み込む責任」と、「子供を見殺しにしたという十字架を背負う恐怖」を天秤にかけるんです。そして、どちらかを覚悟を決めて選ばなければいけないんです。

      もちろん、覚悟を決めたからどんな結果になってもいいというわけではありません。あなたやお子さんが味わった苦痛に比べればたいしたことではないのかもしれません。

      ですが、通報する側は「あなたの家庭を死ぬほど心配した赤の他人」であって、けっして「安全な場所」にいるわけでも、よその家庭を壊す可能性を考えてないわけでもない、ということをご理解いただければなぁ、と存じます。

      追伸:この返信もどのように受け止められるんだろうと考えると、怖くて仕方ないです。

      1. コメントを全文読ませていただきました。
        私の子供夫婦も幼児虐待の3回も誤報をされて嫁がうつ病を発症し大変な状態になっています。
        誤報は決まって嫁が一人のお父さんがいない日を狙って誤報されています。
        当然、毎回、警察、児童相談所が来て体の検査、事情聴取されており、何もなかったことを確認して帰って行きます。
        もちろん市役所、警察、児童相談所にも相談していますが、児童虐待の誤報については、解決していません。

        現在は、私を含めて親戚が交代で子供夫婦の家に行くことでとりあえず対応しています。
        この誤報された側がどれだけ精神的にも時間的にも大変なことかを理解されていますか?
        もし、嫁に何かあった場合、裁判訴訟も検討しています。

        あなたが本当に人の家庭を死ぬほど心配しているとは思えません。本当に心配しているのであればその家庭を調べてあなたが通報した家の親を訪ねてみましたか?
        親が出て謝ってくれるのであれば大丈夫と思いますが、居留守を使うようであれば通報すべきでしょう。ただ心配だから通報するのは軽率だと思わずるおえません。自身が悩んだから考えたから通報してもいいのでしょうか?
        どのような結果になってもいいというわけではないと言っているのであれば、その後の責任をどのように取るつもるでしょうか?
        その家庭を壊すつもりは無いと言っても現実には壊しているかもしれない。
        やはり、自己満足での考え方としか思えません。
        幼児虐待の通報は義務だとしても無責任な通報はすべきではないと考えます。
        誤報した家は、だいたい見当がついているので証拠が明確にして解決していきます。

        1. >あなたが本当に人の家庭を死ぬほど心配しているとは思えません。本当に心配しているのであればその家庭を調べてあなたが通報した家の親を訪ねてみましたか?

          本文にも書きましたが、「どこの家から聞こえてくるのかがわからない。家の外に出て場所を確かめてやろう、と思ったが、靴を履いているうちに泣き声がやんでしまった」ので、確かめられませんでした。もっと早く動き出すべきでした。

          このように、泣き声しか聞いておらず、現状を確認することができなかったので、誤報であることがめちゃくちゃ怖かったです。おっしゃる通り、誤報だった場合、責任の取りようがないので。

          ですので、本文にも書きましたが、児童相談所の方とのやり取りで、わからないことははっきりと「そこまではわからない」、見てないものははっきりと「見てない」と伝えました。児童相談所に誤った印象を与えて「虐待ありき」の対応になってしまうことを防ぐためです。

          本文にも書きましたが、通報する側が誤報を防ぐためにはとにかく正直に話すことが重要です。

          「無責任な通報はするべきではない」というのももちろんわかります。ですが、実際に確かめに行ったところで、親が出て謝るような形でうまくごまかされてしまえば、素人には「誠実な対応」だったのか「表向きの取り繕った対応」だったのかは見抜けないからです。

          「虐待かどうかはプロが判断する。素人が勝手に判断してはいけない。なので、まずは虐待を疑ったら間違いでもいいから通報してほしい」、これが児童相談所と、管轄する厚生労働省のスタンスです。

          そして、通報する際には「確証がない、見てない、わからない」ということをはっきりと伝える必要があります。「虐待でない可能性も高い」ということをしっかりと伝え、児童相談所が過剰な対応を取らないようにするためです。

          「無責任な通報」というのは、ここで「証拠がないのに断言する」「見てないことを見たという」「わからないことを想像で語る」、このような通報のことを指すのではないでしょうか。

          本当はとても不確かな情報なのに、通報者が「間違いなく虐待している!」と言ってしまえば、児童相談所の対応も当然「虐待ありき」で動いてしまうし、対応も過剰になり、「家庭を壊す」という結果につながりやすくなります。

          これらは思い込みによるものです。「この家では虐待が行われているに違いない!」と思い込んでしまうことで、見てないものを見たといってしまったり、知らないことを知ってると言ってしまったり、イメージを事実だと取り違えてしまう。少し難しい言葉でいえば「バイアス」といいます。

          このバイアスの恐ろしいのは、悪意があって嘘をついているわけではなく、人間なら誰しも、僕もあなたも、バイアスにかかったらこのようなミスを犯してしまうという点にあります。

          「こいつは間違ってる!」「こいつが悪い!」「こっちは被害者だ!」、一度そう思い込んだら、入ってくる情報すべてがその方向に引きずられ、誤った認識が形成されてしまいます。逆に、思い込みと反する情報はすべて「間違っている」と認識されてしまいます。

          無責任な通報をしないためには、思い込みや先入観を外し、「確証はない、見てない、わからない」という部分があることをはっきり伝え、児童相談所に間違った印象を与えないことが重要なのではないかと存じます。

          同じ人が3回通報するというのは、僕から見ても普通ではありません。おそらく、あなたの子供夫婦に対して「虐待しているに違いない! そうに違いない! 私は間違ってない!」というバイアスにかかっている可能性があります。

          法的手段を検討されているとのことですが、僕もそれしかないのかなと考えます。バイアスがかかっている相手に、口でいくら論理だてて説明しても無理です。「バイアスを外す」というのはかなり大変なことなのです。なので、法という第三者に判断をゆだね、裁判という形でそちらの正当性を裏付けるという判断はとても正しいと思います。

  12. 通報された事はありませんが
    小さい子を育てていますので、本文内にある記事の内容に問題があるとは私は思わなかったです。それどころか、これが嘘をついていると思われてしまう事に驚きました。
    もし、通報されるのなら、その後どうなりましたか?と確認していただく事が出来たらよいですね。また、その事を近所の方に言いふらしたりされていたら、そうじゃなかったらしいよと教えてあげてくださればなおよいです。

    1. >これが嘘をついていると思われてしまう事に驚きました。

      うがった見方をすれば、の話です。もちろん、その記事に嘘があるという証拠はありません。ただ、通報された側の主張しか書かれておらず、「私は被害者であいつは加害者」という流れで話が進む一方で、『本当は何が起きたのか』という客観的な裏付けは一切かかれていないので、鵜呑みにはできないという話です。

      人間はある程度の時間を与えれば、「一見して矛盾がなさそうなウソ」を簡単につくことができますし、それが嘘かどうかを言葉だけで判断するのは大変難しいです。一つの視点からのみで書かれた記事を鵜呑みにはできません。

      もちろん、それはこのブログ記事にも同じことが言えます。僕が一人の人間である以上、どうしても「通報した側の視点」でしか書けませんので。

      >その事を近所の方に言いふらしたりされていたら、そうじゃなかったらしいよと教えてあげてくださればなおよいです。

      風評被害が生まれる可能性がある、という点は盲点でした。確かに、児童相談所による周辺住民へのケアは必要なのかもしれません。

      一番怖いのが、虐待を疑ったんだけれども通報せず、その一方で「あの家は虐待をしているかもしれない」という憶測を言いふらすことですね。通報がないと、児相は事態を把握できないので、対処のしようがなくなります。

  13. たった今通報しました。

    〝子育てしたことない奴に何がわかる?〟って言ってる人。
    虐待されたことない奴に何がわかる?
    虐待で子供が亡くなったニュースを見る度に〝小さい頃に死ねて羨ましい〟って思う気持ち、わかるのかよ!

    今私が心配しているのは、虐待があったかなかったかではなく、〝虐待があったとして通報したことが役に立ったのか〟ということ。

    おっしゃる通り、虐待しているのにしていないと嘘をつく親もいるでしょう。
    でも、嘘とは違い、自分のしてることが虐待だと思わないから否定する親もいるはず。
    もちろん本当に虐待なんかしていなかった場合もあるでしょうけど。

    子供は、善悪の価値基準を親から教わる。
    何もわからないうちに殴る蹴るされたんじゃ、自分が悪いと思うんだよ!
    成長してからまともな価値観を築くことは、本当に大変。
    悪いけど、子供時代、自分の何が悪いから怒らせるかわからずビクビクしてた身としては、自分は間違った子育てをしてないと確信した上でそれを誤解されることを心配する人の気持ちなんか考えてられない。

    子供夫婦が3回誤報されてお嫁さんが鬱病になったって言ってる人。
    本当に通報だけで鬱病? 物理的なサポートはしてるみたいだけど、お嫁さんに自分をいい母親だと思わせる自信を与えてる?
    近所の人の、誤報じゃなくて、嫌がらせの可能性がある。逆恨みされてもしょうがない理由は絶対にないと言える?
    そもそも、なんで一緒に住んでないのに誤報だって確信出来るの? 私の父だって外じゃへえこらしてる。

    この人はこんなこと言われて腹が立つかもしれないけど〝家族を侮辱されて腹が立つ〟ってことがどんなに幸せか学んだ方がいい。そういう学びも被虐待者を救う手段になる。
    私も鬱だったけど、いくつかの出会いに救われた。
    お嫁さんの鬱の原因が誤報だけだと思っているような文面に腹が立つ。

    1. >虐待されたことない奴に何がわかる?
      虐待で子供が亡くなったニュースを見る度に〝小さい頃に死ねて羨ましい〟って思う気持ち、わかるのかよ!

      幼いころに虐待された経験がある方、とお見受けしました。その立場からの意見は今までなかったので、貴重なご意見、ありがとうございます。

      ただ、事情を鑑みると感情的になるのはわかるのですが、もう少し穏便な言葉を選んでいただけるとありがたいです。コメント欄が荒れてしまうと、閉鎖せざるを得ませんので。

  14. 余計なことはするな。その家庭のことなんて、何も知らないのに、なぜ首を突っ込む?そのせいで、さらにその家族を追い込むことになるかもしれないのに。ただの自己満足でしょ。
    私は人付き合いが嫌いで、新興住宅街に家を建てた。そういうところなら、近所付き合いもしなくていいと思ったから。しかし、元々地声の大きい私が子供を怒ったら通報された。虐待なんてしてないのに。それ以来、鬱と人間不信。責任取れよ。

    1. 人の親だというのなら、赤の他人と話すときは、敬語をお使いになってはいかがでしょうか。
      この記事に対して不快な思いをされたのであれば、それは謝罪します。ですが、不快な思いを抱いたことは、相手に敬語を使わなくていいという理由にはなりません。「鬱と人間不信」も同様です。敬語を使わなくていい言い訳にはなりません。
      あなたの家庭のことは存じ上げませんが、敬語の使えない人間がお子様にどのようを教育なさっているのか、不安を感じざるを得ません。
      申し訳ありませんが、敬語も使えないような方の「虐待なんてしてないのに」は、まったく信用できません。「たかが敬語ぐらいで」と思うかもしれませんが、僕は「話の内容」よりも、「話し方・言葉遣い」の方を見て、その人を信用できるか、できないかを判断しています。話の内容はいくらでも嘘をつけるのに対し、話し方や言葉遣いで人間性を隠すことは難しいからです。
      貴方のおっしゃることが嘘だとまでは思いませんが、「虐待なんてしてないのに」を鵜呑みにすることはできません。
      あと、これは余計なことかもしれませんが、文章を見るに、心に余裕がない状態なのではないかということを推察します。ご家庭に首を突っ込まれることがお嫌いのようですので、これ以上さしでかましいことを申すつもりはありませんが、子育てにお悩みがあるのなら、専門機関へ相談することを強くおすすめします。そうすれば、「責任の所在」もおのずとわかると思いますよ。

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