小説 あしたてんきになぁれ 第29話「パーカー、ときどきようかん」

田代とよりを戻した志保、花見の準備を進める亜美、そして、春に着る服がないたまき、今回はそんなお話。


第28話「こうした方がいい、時々、こうしたい」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


写真はイメージです

勝負服、と言われてたまきが最初に思い浮かんだのは迷彩服だった。自衛隊の人が迷彩服を身にまとい、自動小銃を構える光景だ。勝負する人が誰かと勝負するときに着ているのだ。立派な勝負服のはずだ。

ところが、志保の言う勝負服は、たまきがイメージする勝負服とはずいぶん違っていた。志保の言う勝負服とは「雑誌の表紙に載ってそうなオシャレな服」のことを言うらしい。さっきから衣裳部屋のクローゼットからいくつかの服を取り出しては、首をひねる、その繰り返しだ。どの服もオシャレな服なのだが、たまきの乏しいファッション語彙力では「どれもオシャレ」以上の細かい描写ができない。

「うーん、違うんだよなぁ。もっと優しい感じで、それでいて媚びない強さが欲しいっていうかさぁ」

と志保はなんだか指揮者が演奏者にアドバイスするかのようなことを言っている。

「つーかさ、なんで勝負服が4着もあんだよ? ここぞってときに着る服だろ? 普通1着だろ?」

志保の様子を見ていた亜美が口を出す。最初は志保の服選びに楽しそうに付き合っていたが、志保のあまりの優柔不断さに飽きてきたらしい。

両手に服のかかったハンガーを持つ志保は、くるりと亜美の方を向いた。

「あのね、亜美ちゃん。イマドキね、ウルトラマンだって相手や状況に合わせていくつもの姿を使い分けて戦うんだよ?」

志保の言いたいことはどうやら「勝負服は複数あっていい」ということらしい。

それにしても、とたまきは不思議に思う。

志保はこれからデートに行く予定のはずだ。なのに、なぜ「勝負服」だなんてものが必要なのだろう? たまきの認識では、デートというのは恋人同士が仲良くする行動のはずだ。いったい誰と勝負するのだろう?

でも、たまきたちが住む町は日本最大の歓楽街であり、治安もあまりよくないと聞く。もしかしたら町で悪者に絡まれて、戦うことになるのかもしれない。たまきが一人で街を歩いているときはそんな人に襲われたことはないけれど、一人で歩いているよりデートしている人の方が、なんだか絡まれやすそうな気がする。

でも、それだったらやっぱり迷彩服の方がいいんじゃないだろうか。

ちなみに志保は「勝負下着」なるものも持っているらしい。下着で勝負する人だなんて、たまきはお相撲さんぐらいしか思い浮かばない。あれ? お相撲さんってパンツはいて戦うんだったっけ?

「亜美ちゃんだってさ、こんなかにいくつもあるんじゃないの? 勝負服」

志保はクローゼットの中にずらりと並ぶ亜美の服を見て言う。

「勝負服?」

亜美も自分の服を見るが、

「うーん、ガキの頃の空手大会で、大一番ってときは必ず道着の下に学校の体操着着こんでたけど、勝負服っていうとあれくらいかなぁ」

と亜美は、本当に勝負するときに着ていた服装を挙げた。

「ねえ、亜美ちゃんはどれがいいと思う?」

志保は両手のハンガーをグイっと亜美に押し付けて尋ねる。

「知らねーよ。お前の勝負服なんだから、お前が着たい服を着ればいいだろ?」

亜美の言葉を聞いた志保は、何かはっとしたように目を開いた。

「そうだよね……」

そういうと志保は手に持った二つのハンガーに目を落とすが、すぐさま、

「あー、でも、どっち着よう~?」

とふりだしに戻ってしまった。

そんな志保を横目に、たまきは五日ぶりに出かける準備を始める。とはいえ、化粧をすることもなければ、服で悩むこともない。いつものジャンパーを羽織って、いつものニット帽をかぶって、いつものリュックを背負って……

そこで志保が声をかけた。

「たまきちゃん、そのジャンパー着てくの?」

「……はい」

大しておしゃれでもないジャンパーだけど、これしかないのだから、これを着ていくしかない。

「もう3月なんだし、今日は特にあったかいから、そのジャンパーじゃちょっと暑いんじゃない?」

「そうですか」

そういってたまきはリュックを下すと、ジャンパーを脱いだ。

そのまま再びリュックを背負い、外に出ようとする。

「ちょっと待って。何も羽織っていかないのはさすがに寒いんじゃないかな」

「そうですか」

そういうとたまきは、さっきのジャンパーを羽織った。

「いや、だから、そのジャンパーじゃ暑いんじゃ……」

「そうですか」

たまきは再びジャンパーを脱いだ。

「でも何も羽織らないのは……」

「そうですか」

と言ってたまきが再びジャンパーに手を伸ばした時、亜美が口をはさんだ。

「二択かよ!」

ジャンパーに手を伸ばしたまま、たまきの手が止まる。そのままたまきは、亜美の方を見た。

「そのジャンパーじゃ暑いっつってんだろ!」

「でも、何か羽織った方がいいって……」

「だから、そのジャンパーより薄手のなにか、だろ! なんでそのジャンパーを着るか着ないかの二択なんだよ!」

そんなこと言われても、たまきは「上着」と呼べるものをこのちょっと厚手のジャンパーしか持ってない。

「しょうがないなぁ。じゃあ、あたしの貸してあげる」

そう言って志保は両手のハンガーを放り出すと、クローゼットの中をガサゴソとあさる。

「え……でも……志保さんの服じゃ、サイズが合わないんじゃ……」

「上着だったら別にサイズがぴったりな必要ないって」

そう言って志保はクローゼットの中から何かを選び取った。

「これなんかいいんじゃないかなぁ」

志保が選び取ったのは、鮮やかなピンクのカーディガンだった。

「今日みたいなあったかい日は、これくらいがちょうどいいって」

舞い散る桜のような鮮やかなピンク色を目にしたたまきは、思わず後ずさった。

「あの……えっと……それ、着なきゃダメですか……?」

「なんで? かわいいじゃん。きっと、似合うよ」

志保は保険の外交員のような笑顔だ。

「でも……その……その服、なんか……女の子っぽくないですか……?」

「たまきちゃん、女の子じゃん」

「そうなんですけど……そうなんですけど……」

たまきの中では「生物学的に女性であること」と「女の子っぽい格好をすること」は別なのだ。

誰が決めたか知らないけど、「女の子っぽい」はどういうわけか「華やかであること」らしい。フリフリのナントカとか、ヒラヒラのナニナニとか、ハナガラのアレコレとか、華やかすぎてもういっそ花そのものになりたいんじゃないかと思えるような服が「女の子っぽい」と呼ばれる。

たまきは花になぞなりたくないのだ。あんなに目立って、虫も人もわんさか集まってくるようなものにはなりたくない。

葉っぱでいい。注目されることもなく、ひらりと落ちて、朽ち果てる。そうだ、葉っぱでいい。

そう考えると、やっぱり迷彩服のような「隠れやすい服」の方がたまきには似合っているのかもしれない。

問題は、迷彩服はジャングルとかで隠れるために着るのであって、街中で迷彩服を着たら、むしろ目立つということだ。

あと、今度は男の子っぽくて、たまきには似合わない。

 

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結局、たまきは何も羽織ることなく外に出たのだが、やっぱり寒い。ニット帽をいつもよりも目深にかぶってみるけれど、寒さの解決にはならなかった。素直に志保のカーディガンを借りればよかったとも思うけど、ピンクのカーディガンを着て街を歩くとなると、今度は心が寒くなる。たまきに暖色は似合わないのだ。

ふと、たまきは足を止めて、人の流れに目を凝らしてみる。こうやって見てみると、実に様々な服装の人が街を歩いているものだ。

ちょっと前までは寒色系のコートを羽織った人が多かった。冬になるとなぜか服の色も落ち着いたものになる。

それから少し暖かくなって、街を行く人のファッションも、少し華やかになり、バリエーションも増えた気がする。

待ちゆく人の一人一人を見ていると、みんなおしゃれだ。それは単に、おしゃれな服を着ているというだけでなく、髪型が凝っていたり、染めていたり、毛先の一本一本に気を使っていたりする。さらには、ピアスだの、ネックレスだの、指輪だの、アクセサリーをつけている人もいる。

サラリーマンと思しき男性がたまきの横を通る。ごく普通のスーツで、こういう真面目そうな人はやっぱりおしゃれとかしないのかな、と思ったけれど、よく見たらネクタイが黄色地にペンギンの絵が描かれたものだった。スーツという限られた中での、精いっぱいのおしゃれなのかもしれない。

なんだかこの町で自分だけおしゃれじゃないような気がしてきた。そもそも、東京というおしゃれな街は、おしゃれじゃない人が歩いていい場所ではないんじゃないだろうか。たまきみたいなおしゃれじゃない子が東京を歩くと、「おしゃれ警察」がやってきて、「こいつ、おしゃれじゃないぞ! 逮捕する!」とどこかへ連行されてしまうのではないだろうか。

学校の授業に「おしゃれ」なんてないのに、なんでみんなおしゃれに服が着れるのだろうか。たまきは、顕微鏡の使い方やリコーダーの吹き方よりも、友達の作り方とか、おしゃれな服の着方を教えてほしかった。どうして学校はいつも、本当に必要なことを教えてくれないんだろう。

 

街ゆくおしゃれな人たちとすれ違い、その都度なんだか肩身の狭い思いをしながら、たまきはあることに気づいた。

「勝負服」というのはもしかして、街を歩く人全員に対して勝負する服なのではないだろうか。

なにせ、デートをするときに着る服なのである。女の子も男の子もひときわおしゃれな服を着たいはずだ。

なのに、街で自分よりもおしゃれな人とすれ違って、恋人がそっちの方に見とれていたら、悔しいじゃないか、たぶん。街ですれ違う誰と比べても勝てるほどのおしゃれな服、それが勝負服なのではないか。

 

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すれ違う人とのおしゃれ勝負に負けっぱなしのまま、たまきはいつもの公園にやってきた。うつむいたまま歩くが、うつむいているのは別におしゃれ勝負に負けっぱなしだからではない。いつもたまきはこんな感じだ。もしかしたら、前を向いて歩くと自分が負けっぱなしなことに気づいてしまうから、無意識にうつむいているのかもしれない。

いつもの階段までとぼとぼと歩き、腰かけて絵を描き始める。

絵を描き始めると、季節の変化というものにも気づいてくる。この前まで公園の木々は葉を落としていたが、いつしか葉っぱが生えているだけでなく、徐々につぼみや花も芽吹いている。あとしばらくしたら、お花見シーズンになるのだろう。

お花見。たまきには関係のないイベントだ。

しばらくすると、後ろから声が聞こえた。

「お、たまきちゃん、やっと来たな!」

ミチの声である。

「来てますよ」

たまきはミチの方を見ることなく答える。

「たまきちゃん、ここしばらく来なかったでしょ?」

「まあ」

「なんで来なかったんよ」

「……まあ」

数日外出しないことぐらい、たまきにとっては大した問題ではない。ミチのように、用もないのに外をうろちょろしているほうがおかしいのだ。

「寒くないの、それ?」

おそらくミチは、たまきの服装を見ていっているのだろう。

「……まあ」

ミチはいつものようにたまきのすぐ横に腰かける。

たまきもいつものように、すっと横に動いて間隔をあける。

いつものように、たまきの隣でギターケースを地面に置く音が聞こえる。

いつもならここで、ケースをあけてギターを取り出す音が聞こえるのだが、たまきの鼓膜に入り込んでいたのは、紙袋が立てるがさがさという音だった。

たまきはその音を聞いた時、驚いた猫のように、反射的にミチとの間隔をさらにあけた。前にもこの音に聞き覚えがあったからだ。

前にこの紙袋のがさがさという音を聞いたのは、今からひと月ほど前だった。確かバレンタインデーで、ミチから執拗にチョコをねだられた時だ。

今度はなんなんだろう。いったい何をねだられるんだろう。

たまきは毛を逆立てた猫のように、この上ない警戒心をもって、ミチの方を見た。

「たまきちゃん、今日、何日だかわかる?」

「……さあ」

「三月十八日だよ。じゃあ、4日前は何日だったでしょう」

「三月十四日」

「大正解!」

この男はたまきのことをバカにしているのだろうか。いくらたまきが学校に行ってないといっても、引き算くらいできる。

「では、三月十四日は何の日だったでしょうか?」

ミチがにやにやしながら尋ねてくる。

「……誕生日ですか?」

「いや、それ、先月だから!」

「……ですよね」

つい2週間ほど前、ミチの誕生日をなんとかスルーしたのだ。こんなに早く次の誕生日が来るわけない。

「先月、バレンタインデーだったでしょ?」

「……はい」

「じゃあ、今月は何?」

「……ひなまつりですか?」

三月のイベントだなんて、それくらいしか思い浮かばない。

「ホワイトデーだよ、ホワイトデー」

なんだっけ、それ。

ホワイトデーとは、バレンタインデーにチョコをもらった男子が、女子にお返しをする日である。バレンタインデーは古代ローマに起源をもつのだが、ホワイトデーの起源はごく最近の日本にある。歴史の差が表れてしまっているのか、バレンタインデーに比べると、いまひとつパッとしない。

これまでたまきはバレンタインデーというイベントをスルーしてきた。必然的に、ホワイトデーも関係ないことになる。

ところが今年は、何の気の迷いか、ミチに百円のチョコをあげてしまった。

義理チョコだし、何か見返りを期待していたわけではないので、そのまますっかり忘れていたし、ましてやホワイトデーなんてイベントが自分にやってくるだなんて思っていなかったのだ。

そもそも、ミチに「ホワイトデーにお返しをする」という発想があったことに驚きだ。

「あの……その紙袋の中身が……ホワイトデーのその……」

「そうだよ」

たまきはこれまた最大の警戒心をもって紙袋を凝視する。茶色に紙袋に、どこかのお店のロゴが書いてあるが、何のお店なのかたまきにはわからない。

「そんなビビんないでよ。姉ちゃんと二人で選んだんだからさ」

それを聞いてたまきの警戒心が跳ね上がった。さっきのが最大だと思っていたが、まだ上があったとは。

ミチのお姉ちゃんは、たまきのことをネコに似てると言ってからかってくるような人だ。紙袋の中身はもしや、ネコの餌とか、ネコの首輪とかではないのか。

ガサゴソという不安な音とともに、紙袋の中身があらわとなった。

第一印象は「青い布」だ。たたまれた青い布の塊だ。

「薄群青だ……」

そう、たまきはつぶやいた。

「え?」

「これ、薄群青って色ですよね」

「そうなの? ブルーだと思ってた」

たまきは学校にいたころ、美術部にいたので、色にはちょっとだけ詳しい。一口に「青」といっても濃淡いろいろあるが、これは「薄群青」という色に近い。

ミチがたたまれた布を広げ、徐々にその姿があらわとなる。

洋服だ。薄群青の、長袖の洋服だ。

服の真ん中の部分がぱっくりと開いて、チャックがついている。たぶん、ジャンパーと同じように、服の上から羽織るタイプの上着なのだろう。

襟首のところにはフードがついている。

「これって……ジャンパーですか?」

「いやいや、パーカーだよ」

「ぱーかー……?」

「ヘンな色の名前は知ってるのに、パーカーは知らないの? ヘンなの」

そういうとミチはたまきの背後に回り、薄群青のパーカーをたまきの肩にかける。たまきはされるがままにそでを通す。

「姉ちゃんが、たまきちゃんは絶対このサイズだって言ってたんだけど、サイズ大丈夫かな」

たまきはパーカーの袖や裾を見た。たまきには少し大きかったようだが、上着ならちょっとくらい大きくてもよいのかもしれない。

「お、似合う似合う。かわいいじゃん」

そういって、ミチは笑った。

何より、パーカーはあったかい。亜美の言っていた「ジャンパーより薄手の何か」にぴったりだ。

「あの、これっていくらしたんですか……」

「えっと、二千円くらいかな?」

「二千円!?」

たまきにとっては、ずいぶんと大金だ。

「あの……こんな高いの、もらえません……!」

「なんでよ?」

「だって、私があげたチョコ……、百円ですよ……」

「だからさ、来年のバレンタインとか誕生日とかでお返ししてくれればいいから」

「来年……ですか……」

来年なんて生きてるかな、とたまきは首をかしげる。

「これで来年、プレゼントあげる理由がない、なんて言わないでしょ」

たまきはしばらく黙っていた。

「その……とりあえず高いものあげておけば私が喜ぶなんて思ってるんだったら……心外です」

たまきはミチの目を見ることなく言った。だけど、パーカーの暖かさはどうにも否定できなかった。

 

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かえりみち。

たまきにしてはめずらしく、たまきにしては本当にめずらしく、とぼとぼと下を向くことなく、まっすぐ前を向いて歩いていた。

行きと帰りでたいした違いは無い。もらったパーカーを羽織ってみただけである。薄群青の無地で地味なパーカーだ。

たったそれだけの違いなのだけれど、少しだけ何かのレベルが上がったような気がして、道行くおしゃれさんとすれ違っても気後れしない。それでもおしゃれ警察が来たら、「こいつ、もらったパーカーを羽織ってるだけだぞ!」と逮捕されてしまうのだろうか。

ふと、たまきは立ち止まり、ショーウィンドウに映る自分を見ると、ニット帽を脱いでみた。また何かのレベルがちょっとだけ上がった、様な気がした。

経験値を上げてちょっとだけレベルが上がった勇者の気分で、たまきは太田ビルの階段を登る。5階の「城」のドアの前に立ち、ドアノブに手を伸ばそうとしたときに、少し上から声をかけられた。

「たまき、こっち」

屋上へと続く階段の中ほどから、亜美が手招きしていた。手には黒っぽい何かが握られている。

言われるままに、たまきは屋上へと上がった。洗濯物が干してある。他には紙袋が置いてあるだけで、特段何か変わった様子は無い。

「中、入っちゃだめなんですか?」

たまきは亜美に尋ねてみた。

「今、ヤサオ来てんだよ」

ヤサオというのは、志保のカレシの田代に亜美が勝手に付けたあだ名である。

「志保がどういうところに住んでるのか見ておきたい、だってよ」

そういうと亜美は、紙袋の中から四角い何かを取り出して、たまきのほうに投げてよこした。たまきはあわててキャッチする。

「な、なんですか、これ」

「ヤサオのお土産。ようかんだってさ」

たまきが包み紙をはずすと、黒っぽいようかんが顔を出した。

カノジョの家に来て、お土産を買ってくるだなんて、大人だなぁ、とたまきはぼんやりと思う。

「何で入っちゃだめなんですか?」

「何でって、キマズイだろ」

そういって、亜美は舌打ちをした。

なるほど、とたまきは納得した。

「城」に平気でオトコを連れ込んだり、エッチなことをする亜美でも、「気まずい」と思うことがあるらしい。

だけど、たまきには、それ以上に何かあるような気がした。

「亜美さんは……、えっと、田代って人のことが、苦手なんですか?」

「キライだね」

亜美は屋上の柵のむこうに広がる青空を見ながら言った。

「おもしろくねーじゃん、あいつ」

どういう意味なのか、たまきには今一つよくわからなかった。

亜美は、足元の紙袋を拾う。

「こんなもの買ってきやがってさ」

「……気が利きますよね」

「気が利きすぎて、ヒクわ。ウチと大して年変わんねーのによ」

亜美は紙袋をパンパンとたたいた。

「志保に言わせるとさ、そういう時は素直にもらっておけば相手も喜ぶし、自分もうれしいつーんだけどさ、オトコから高いものもらってキャッキャと喜ぶオンナなんて、オンナはオトコからなんかモノもらって当然、って思ってるってことだろ? そういうオンナがよ、オトコにナメられんだよ。とりあえず、高いものあげとけば喜ぶって感じでな」

ぎくり、とたまきの中から、関節がずれたような音がした。

「で、でも、亜美さんだって、男の人からビールとかもらってるじゃないですか」

「そりゃそうだろ。ウチ、十九だから買えねーんだもんよ」

「デートに財布持ってかない主義だって……」

「これだからお前はおこちゃまなんだよ」

亜美の言葉に、たまきは不服そうにようかんをかじる。

「『おごらせる』と『おごってもらう』は全然違うんだよ」

たまきには、その違いがよくわからない。

「それにしても、このようかん、うまいな」

亜美はそう言ってようかんを頬張った。

「ところでお前、そのパーカー、どうした」

たまきよりもはるかにおしゃれな亜美が、たまきの服装が出かける前と少し変わっていることに気づかないはずがない。

「……まあ」

「ふーん、ウチの好みじゃねぇけど、まあ、いいんじゃね? いくらしたんよ」

「……二千……円……くらい……」

「金、足りなくなったらエンリョなく言えよ。お前は、金使わなさすぎなんだからな」

どうやら亜美は、たまきが適当に買ってきたと思ったらしい。たまきとしても、そのほうがいい。

 

「ああ、ここにいたんだ」

そういって、田代が一人、屋上へと階段を上ってきた。

「ごめんね。気を使わせちゃったね。もう帰るから」

「あっそ」

亜美は田代のほうを見ることなく、何やら携帯電話をいじっている。

亜美がどういう理由で田代のことが嫌いなのか、たまきには今一つよくわからない。でも、いくら嫌いだからってそれを態度に出さなくてもいいんじゃないか。たまきだってよく、ミチに「あなたのことは嫌いです」と言っているけど、だからと言ってあからさまな態度をとったりはしない。

たまきはそう思ったのだが、亜美は良くも悪くも、嘘がつけない性格なのだろう。良くも悪くもごまかせないのだ。

もちろん、亜美だってうそをつくことぐらいあるだろうし、男性の前で猫を被ることがあるのもたまきは知っている。一方で、ああこいつキライだなぁ、と判断したら、そういったことをぱたりとやめてしまうのだろう。おそらく、意識してやっているのではなく、自然とスイッチが入らなくなるのではないか。

そういう時はたまきがフォローに回れればいいのだが、たまきはたまきで、知らない人全般が苦手なのである。

結果、柵にもたれて背中を向けたままの亜美と、目を合わせられないたまきという、なんとも気まずい空気が生み出されてしまった。

そんな空気に気づいているのかいないのか、田代は二人のほうへと近づいてくる。

「えっと、亜美さんでよかったんだよね。で、そっちの子は……」

田代がたまきのほうを見る。そういえば、田代にちゃんと名前を言ったことがなかった。

答えたのは、たまきではなく亜美だった。

「ん? ああ、こっちはたまき。うちのザシキワラシ」

とうとう動物ですらない、妖怪扱いされてしまった。

「二人はここで志保ちゃんと一緒に暮らしてるんだよね?」

「……はい」

事実なのに、たまきはどこか自信なさげに答えた。

「えっと、二人はどれくらい勉強してるの?」

田代の言葉に、亜美とたまきは、きょとんとした感じで互いに顔を見合わせた。

「ベンキョー?」

「……ですか?」

「何の?」

亜美もたまきも、勉強なんてここ何年もしていない。

今度は田代がきょとんとした感じで尋ねた。

「何のって、薬物依存や違法薬物に関する勉強だよ」

そこで二人は、もう一度顔を見合わせた。

「え? おまえ、なんか勉強とかしてる?」

「いえ……別に……」

それからたまきは言い訳するように、特に田代に対して言い訳するように、付け足した。

「その……舞先生……知り合いのお医者さんに難しいことは任せてるので……」

「まあ、基本ウチら、先生に丸投げだよなぁ」

たまきはどこかで、舞の胃がキリキリときしんだような気がした。

「そうなんだ」

田代はあまり納得していないようだ。

「でも、薬物依存の患者と一緒に暮らすんだったら、そういう勉強も必要なんじゃないかな。本来だったらやっぱり、志保ちゃんはちゃんとした施設に入院したほうがいいと思うし」

勉強だなんてそんなこと、たまきは考えたこともなかった。

それともうひとつ、たまきの心に強く引っかかった言葉があった。

「本来だったらやっぱり、志保ちゃんはちゃんとした施設に入院したほうがいいと思う」

今のたまきたちの生活は間違っている、遠回しにそういわれたような気がした。

「ベンキョーね、まあ、そのうちな。ああ、ようかん、うまかったよ。ありがとな」

田代が帰るまで、けっきょく亜美は、一度も田代を見ることはなかった。

 

「送信……っと」

亜美は携帯電話をぱたりと閉じると、たまきの方を向いた。

「たまきも来るだろ、花見」

「お花見……ですか……?」

「そ、花見。再来週くらいになるかな」

どうやら、携帯電話でやっていたのは、お花見の企画だったらしい。

どうせまた、亜美とつるんでるガラの悪い男たちが集まるのだろう。テレビで見る「お花見で騒ぐ、迷惑な若者たち」の絵面そのままの光景になるに違いない。

正直、そんなお花見、行きたくない。

いや、これがもし、田代みたいな人当たりのよさそうな人ばかりが集まるお花見だったとしても、やっぱりたまきは参加するのをためらうのだろう。

行ったところで、どうせなじめやしないのだから。

それでもたまきは、

「……まあ」

というあいまいな返事しかできない。

たまきも少しは亜美を見習って、嫌なものは嫌だとはっきり示せた方がいいのではないだろうか。

そんなことを考えてみるも、誘ってくれた亜美に悪いとか、断ったら嫌われちゃうんじゃないかとか、いろんなことがよぎってどうしても「行きたくない」とはっきり言えない。

そもそも、たまきのようにずっと友達がいなかった子にとって、友達から誘われる、というのはとてもありがたい、夢のようなことなのだ。断れるはずがないじゃないか。

「ところでさぁ、たまき」

柵にもたれたまま亜美は、たまきのほうを見ていった。

「お前にとって、志保って何よ」

「え、え?」

急になんだか恥ずかしいことを聞かれて、たまきは戸惑いながらも答えた。

「私にとって……志保さんは……志保さんです」

たまきにはそれしか答えが出てこなかった。

「だよなぁ。志保は志保だよなぁ」

「……亜美さん、その、ヘンなこと聞くかもしれないですけど……」

「ん? どした?」

そこから先の言葉がたまきには出てこなかった。

「おい、言えよ。気になるだろが」

亜美は体ごとたまきのほうを向くと、腰をかがめてたまきの目をのぞき込む。

「なんだよ。気にすんなって。どうせおまえの言うことは、いつもヘンなんだから」

「その……」

たまきは、いつもよりさらに自信なさげに言った。

「……私たちがここで暮らしていることは、間違っているんでしょうか」

不法占拠、つまり家賃を払っていない。おまけにそのメンバーが、援助交際娘と、薬物依存患者と、家出少女である。やっぱり、こんなの間違っているんじゃないだろうか。

「そんなの、百人に聞いたら、百人が間違ってるっつーに決まってんだろうが」

「やっぱり……」

亜美は煙草を一本取りだし、火をつけた。

「……だから?」

「え?」

たまきは亜美を見上げる。

「ああ、ウチらがやってることは間違ってるよ。だから? じゃあ、解散するか?」

「そ、そんなの……!」

こまる。ここが解散になったら、たまきはどこに行けばいいというのか。ここにいられなくなったら、いよいよ死ぬしかないじゃないか。

「な、ウチらの生き方が間違ってようが、それでしか生きていけねぇんだったら、そう生きてくしかねぇじゃねぇか」

亜美は携帯灰皿にたばこをぎゅっと押し付けると、灰皿のふたをぱたりと閉じた。蓋に断ち切られた煙が、何か断末魔のようにふわりと漂い、消えた。

つづく


次回 第30話「間違いと憂欝の桜前線」

自分たちのやってることは間違ってる……、遠回しにそういわれた気がしたたまきは思い悩む。間違ったことはしたくない。でも、家に帰りたくない。そして……お花見にはいきたくない。……2月公開予定!


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

人の見残したものを見るようにせよ

流行りものに全然縁がない。

話題のアニメもマンガも見ていない。自分の好きなアニメばかり見ている。

流行りの映画も見ていない。そもそも、映画自体を見ない。

人気のユーチューバーの動画も全く見たことがない。っていうか、you tubeをほとんど見ない。もっぱら、ラジオばっかり聞いている。

ラジオを聞いてると、毎週ヒットチャートがある。

ここで上位にランクインするような曲も、正直好みではない。なるほど、一曲一曲は確かに素晴らしいのだけれど、それが「今週のベスト10」という形で出てくると、「あれ? 好みの曲が全然ないぞ?」となってしまう。

とんと流行りものに縁がないのだ。

そんなこと言ってないで、見てみればいいじゃないか、とも思うのだけれど、周りの人間も、ネットもメディアも、誰一人として、「ソレのなにがどう面白いのか」を教えてくれない。

「今流行ってます!」「話題です!」「フォロワー数〇百人!」「再生回数〇万回!」「チャンネル登録者数〇万人!」

これは「なにがどう面白いのか」について、何の説明にもなっていない。そんなにみんな面白い面白い言うのなら、なにがどう面白いのか、どこがどう評価されてるのか、もう少し詳しく説明してくれたっていいじゃないか。っていうか、説明できなければおかしい。

最近はラジオのゲスト紹介でも、フォロワー数がどうとか、楽曲の再生回数がどうとか、そんなことばかりだ。どういう特徴のどういう歌手なのかについてはあまり説明されない。

それでいよいよその歌手の曲を流すはこびになって、さて、そんなにフォロワーがいる新人歌手とは一体どんなものか、と聞いてみても何のことはない。「万人ウケはしそうだけど、特に個性はない歌」でがっかりとする。

一方で、自分の好きなアニメや歌は、そこまで注目されていない。僕はソレのなにがどう素晴らしいのか、きっちり説明できるのだけれど。

やはり僕がひねくれているのだろうか。

そんなことを考えていたら、「人の見残したものを見るようにせよ」という言葉を思い出した。

これは、民俗学者・宮本常一の「父の十か条」の言葉の一つだ。

宮本常一が故郷の島を離れるときに、父から言われた10の言葉。その一つが「人の見残したものを見るようにせよ」。

その言葉を胸に宮本常一は。高度経済成長で急速に日本が発展していく中、忘れられつつある伝統的な暮らしを営む人たちを見つめ続けた。

思えば、民俗学の父と呼ばれた柳田國男も、「脱亜入欧」「富国強兵」を掲げた政府に対し、農村にこそ見るものがあるのだという反骨から民俗学の道に入った。その辺は、拙著「民俗学は好きですか? vol.2」を読んでいていただければ。

はやりすたりを追いかけるのではなく、「人の見残したものを見る」、これこそ、民俗学の本質なのではないか。そもそも、民俗学をやる人間なんて、世間から見ればひねくれているのであった(笑)。

ネットやSNSが発達し、もっとエンタメやアートは群雄割拠の時代になるかと思ったけれど、実際は一極集中になっている気がする。「人気者」のフォロワー数だの再生回数だのはちょっと極端すぎている。

SNSを開けば「トレンド」が紹介される。you tubeを開けば「おすすめの動画」と言って人気ユーチューバーの動画を見させようとする。コンビニに行けば人気漫画のコラボ商品がある。

こうして、エンタメやアートの一極集中が起こる。そういう時代だ。

そういう時代だからこそ、人の見残したものをあえて見ようとする、ひねくれ者の真価が問われるのではないだろうか。

自分が被害者になっても同じことが言えるのか?

今日もどこかで悲惨な事件や事故が起きている。そのたびにテレビで「悲惨な時代だ」って言っちゃってる。

そういった事件事故について、ちょっと冷めたようなことを書くと、どこからともなく「自分や家族が被害者になっても同じことが言えるのか!」と言ってくる輩が出てくる。

だが、この言い方はおかしい。

だって、「当事者」と「第三者」が、同じことを言えるわけないじゃないか。

第三者の分際で、当事者の悲しみとか苦しみとか、わかるわけないじゃないか。

だから、「自分や家族が被害者になっても同じことが言えるのか!」というけれど、ただの第三者の分際で、被害者と同じことを言っているということの方が、おかしいのである。

「自分や家族が被害者になっても同じことが言えるのか!」と言うからには、その人は「自分や家族が被害者になっても、今と同じことが言える!」と思っているのだろう。

……その自信はどこから来た?

「自分や家族が被害者になっても、今と同じことが言える」と思っているからには、「自分はこの事件の被害者の悲しみや苦しみを完全に理解している!」と思っているのだろう。

……えっと、何を根拠に?

そう、「自分や家族が被害者になっても同じことが言えるのか!」というお決まりのフレーズは、さも被害者の方に寄り添っているように見せて実は、全くの無関係のクセに当事者ヅラをするという、とんでもない暴挙だったのだ。

第三者の分際で当事者ヅラをする。これほど冒涜的なことがあるだろうか。「冒涜」の「冒」は「おかす」、「涜」は「けがす」という意味がある。まさに、人の心に土足で上がり込んで、踏み荒らすような行為である。

そもそも、第三者が冷静に判断しないで、いったいどこの誰が冷静に物事を見れるというのか。

ああ、戦争ってやつは、こうして起こっていくのかもなぁ、とまで考えてしまう。戦前の投票率は70%近くあった(普通選挙ではないけど)。かのヒトラーが政権を獲得した時の選挙も、同じくらいだ(普通選挙ではないけど)。投票率が上がる時というのは、残念ながら、みんなが政治に関心を持った時ではない。みんなが感情的になって判断ミスをした時だ。

もちろん、相手の気持ちに寄り添う、相手の気持ちをおもんばかる、ということは大事なんだけど、やっぱりどこまで行っても、相手の気持ちを完全に理解できるものではない。第三者が当事者ヅラをするのはいくら何でもやりすぎだろう。

それこそ、自分が被害者になったら、イヤだと思うぞ。

バッドエンドで構わない

10月を勝手に第二の誕生月に思っている。

ピースボートの大宮ボラセンの説明会に行ったのが、2014年の10月1日なのだ。覚えやすい日付のせいか、なぜか今でも覚えている。

その1年後の2015年の10月1日には、オーシャンドリーム号に乗ってヴェネツィアにいた。説明会に言った時点では、まさか1年後にヴェネツィアにいるとは思ってもみなかった。

ちなみにその日は、僕の人生の師匠と仰ぐ人の一人、四角大輔さんが船を降りた日でもある。

そんなこんなで10月、もっと言えば10月1日は、誕生日よりも節目を意識しがちな日だ。

僕の作るZINE「民俗学は好きですか?」のvol.1も、2019年の10月発行だ。これは10月が僕にとっての第二の誕生月なので、そこに合わせて製作したのだ。

そんなこんなで、10月になるとふと自分の道を振り返りたくなる。

というわけで振り返ってみたところ、一つ思い出したことがあった。

それは、自分にとってZINEを作るということは、長い長い自殺行為なのだった、ということだ。

出版不況と言われて20年近くたつ中で、エンタメの主流が動画づくりである現代において、手作りの紙媒体を作ったところで、売れるわけがない。

ましてや、その中身が民俗学だなんて、だれも見向きもしないに決まっている。

つまり、お金にならない。

仕事そっちのけでそういうことを続けていると、いずれお金が底をつきて野垂れ死にするだろう。

おおむね15年くらいかかって野垂れ死にできるのではないか、と考えている。

自殺するのにいたくて苦しいのはやっぱりイヤである。どうせ死ぬなら楽しい方がいい。というわけで行きついたのがこのやり方なのである。

とまあ、ネガティブなことを思い出してみたのだが、この1年を振り返ってみると、いろいろイベントに参加してみたり、宣伝してみたり、アングラの生き残り戦略を研究してみたりと、バリバリ生への執着があるのだった。

人は言葉より行動に本心が現れる。ということは、僕も口では「これは自殺なのです」と言いつつ、本当は生きるためにやっているのだろう。

だとすると「自殺」という言葉は少しそぐわない気がするのでやめよう。普通の人はそもそも、「自殺」なんで物騒な言葉を使うこと自体に抵抗があるのだろうが、僕は実態にそぐわないので言葉を変えることにした。

なるほど、確かに制への執着はある。だからこそ、自分の活動についていろいろと考え、よい方向に転がるようにと日々精進しているのだ。

だが一方で、だめならだめで、野垂れ死にすればいい、とも考えている。

生への執着と、死への憧憬。矛盾しているけど、僕は人間とは矛盾だと考えているので、自分の内面に矛盾する何かを抱えているということは、むしろ誇らしい。ようやくチンパンジーから人間になれたような気がする。

この矛盾する内面を一言で表すなら、「バッドエンドでも構わない」ということになるだろうか。

やりたいことをやるだけやって、その結果がバッドエンドだとしても、それは別に構わない、といったところか。

むしろ、僕にとって「生きる」ということは、明らかにバッドエンドにしかなりそうもないことに人生を賭けることなのかもしれない。そうすることでしか、「生きている」という実感が沸かない。

さて、先程、「自殺」という言葉は実態にそぐわないからやめよう、と書いたが、あえてバッドエンドの道を歩くだなんて、やっぱり自殺行為な気がする。

つまり僕にとって、自殺行為こそが「生きる」ということなのだ。自殺行為に出てはじめて、生きているという実感が沸くのだ。自殺行為をして初めて、生への執着が沸くのだ。

生きてる、ただその実感が欲しかった。誇れなくても、誉められなくてもいい。