小説 あしたてんきになぁれ 第37話「イス、ところにより貯水タンク」

亜美とたまきが、謎のコワモテおじさんに遭遇? 「あしなれ」第37話、スタート!


第36話「ナワバリ、ところによりラクガキ」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


東京は、外から見るとまるでお城のようだ。だからなのか、歓楽街のビルの5階にあるそのスナックの名前を『城(キャッスル)』という。もっとも、店としてはだいぶ前につぶれていて、今は三人の家出少女が勝手に住みついている。

そのひとり、たまきは屋上に上って、街を眺めていた。『城』のある太田ビルは歓楽街の中でもかなり高い建物のため、屋上に上ると街の様子がよく見える。

とくに、何か用事があるわけでもない。ただぼんやりとたまきは街を眺める。西の空には黒い雲が黙々と広がって、夕日を覆い隠している。あの雲がこっちに来たら、この辺にも雨が降るかもしれない。

「よっ」

声がした方を振り返ると、階段の前に亜美が立っていた。

「……どうかしたんですか?」

「こっちのセリフだよ。屋上で何やってるんだよ。まさか、また飛び降りようってんじゃないだろうな」

「……別に、そういうつもりじゃないです」

そもそも、「また飛び降り」と亜美は言うけれど、たまきがここから飛び降りたことなんて、一度もない。飛び降りようと、思い詰めていたことが何回かあるだけだ。

亜美は、手摺によりかかるたまきの横に来ると、手摺に背中を預けた。

「じゃあさ、おまえ、ここで何やってんのさ」

「別に……特に用事は……」

「屋上なんか来て、何か楽しいわけ?」

「楽しくはないですけど……高いところで風に吹かれてるのは、キライじゃないです」

「おまえ、ゲーセンよりも屋上にいたいって、それはもうビョーキだぞ」

何の病気だというのか。仮に病気だったとして、別に治さなくてもいいような気がする。

かつてのたまきだったら、こんなときは「どっかいってくれないかな」なんて考えたものだけど、今はもう、そんな風には考えない。

ひとりで屋上で風に吹かれてるのは「嫌いじゃない」けど、そこに友達が加わると、少しだけ、気分がいい。

「なに笑ってんだよ」

亜美はそういうと、煙草に火をつけた。

亜美の携帯電話が鳴った。ロック系の着信メロディーが鳴り響く。

「はいはいもしもしー」

亜美は背もたれから離れた。

「なに? 周りうるさくてよく聞こえないんだけど。 そこ、どこ? 近い?」

亜美は電話とは反対側の耳を押さえた。電話のむこうはガヤガヤと騒々しく、声がはっきりと聞き取れない。

「わかったわかった。とりま、これから行くから、ちょい待ってろ」

亜美はそういうと電話を切った。

「たまき、ちょい出かけるから……」

亜美が屋上を見渡すと、たまきの姿はなかった。

まさか、と亜美は手摺から身を乗り出して、下の道路に目をやった。

道路には、特に異変はなかった。その中で、少し足早に遠ざかる姿があった。

たまきだった。とりあえず、生きていて、元気に走っている。

屋上から飛び降りて、そのまま着地して走ってる。というわけではあるまい。たぶん、亜美が電話してる間に階段を下りたのだろう。

亜美に黙ってどこかに出かけるような子じゃなかったのだけど、まあ、屋上でぼおっとしていたひきこもりのたまきが、どこかに出かけていったのはいいことだ。走ってるのはもっといいことだ。ランニングにでも目覚めたのだろうか。

亜美は、携帯電話をとじてポケットに突っ込むと、屋上を下りる階段へと向かった。

 

写真はイメージです

亜美が呼び出されたビルは、区画の角にある。大通りと裏路地が交わるところにあって、バーやキャバクラなどが入っている、焦げ茶色のタイルのビルだ。客向けの入り口が大通り沿いに、従業員向けの鉄扉が裏路地の目立たないところにあった。

亜美は裏路地の鉄扉の前にいた。少し前に到着して、人を待っている。

「亜美」

声がした方を振り向くと、大通りの方から舞が曲がってきたところだった。

「さっきの電話じゃよくわかんなかったんだけど、どういう状況なんだって?」

「さあ、ウチもよくわかんねぇんだよ。なんか、電話のむこうがうるさいし、シンジもテンパってるし」

シンジというのは、亜美に電話してきた男だ。

「とりあえず、ケガ人が出てるみたいなこと言ってたから、ウチから先生に電話したってわけ」

舞は深くため息をついた。

「シンジの方から直接あたしに連絡すれば話早いだろうに……。つまり、そういう冷静で合理的な判断ができないくらい混乱してる状況、ってことだな」

「いや、どうだろう。シンジ、バカだし、本気で先生に直接電話すればいいって思い浮かばなかったのかもよ」

「……どっちみち、頭が痛い案件だな」

舞は頭をかきながら、鉄扉を開けてビルの中に入る。亜美がそのあとにつづく。

目的地は3階にある、ヒロキが経営しているバーである。つまりは、亜美の言う「ナワバリ」の中心地だ。

薄暗い蛍光灯の階段を二人は上り、しゃれた英語の名前が書かれたバーの前に二人は立った。

亜美が電話を受けた時は、ガヤガヤと周囲の音がうるさくて、シンジの声が聴きとれないぐらいだったけど、店の前はそれとは打って変わって静かである。もっとも、店内は防音の造りになっているはずなので中がどうなっているかはわからない。壁にもドアも窓ガラスがないので、視覚的にも、店内の様子は全くわからない。

舞はドアノブに手をかけ、ドアを開けた。

まず最初に飛び込んできたのは、殺気立った男たちの叫び声だった。次に、金髪の男が倒れこむ光景と、テーブルか何かが倒れる音。そして、何かがドアの方へ、つまり、舞の方にめがけて飛んできた。

舞はとっさにドアを閉めた。飛んできたなにかは、舞が慌てて閉めたドアにぶつかり、ガシャンと派手な音をたてて割れた。

舞は、ドアが開かないように背中で押さえつけた。突然何かが飛んできたことと、自分の手が信じられない反射でドアを閉めたことに、二重に驚いているようだ。

「ビビった~。あっはっはっはっは」

そう口を開いたのは亜美の方だった。

「いま飛んできたのって、ワイングラス?」

「……さあ。ガラス製だとは思うけど、音からして、もっと重いやつだろ。ビールジョッキとかじゃないのか?」

「それ、当たってたらヤバいヤツじゃん。先生、いまメッチャいいタイミングでドア閉めなかった?」

「自分でも驚いてる」

「あっはっはっはっは。マジウケる!」

「笑ってる場合じゃないぞ。あたしがドアを閉めるタイミングがあと少し遅かったら、割れたガラスの破片がお前の目に入って、失明してたかもしれないぞ」

「あっはっはっはっは。ナニソレ、ウケる」

亜美は腹筋を押さえて笑っている。

舞は、背中のドアに体重を預けた。

「とにかくだ、これは医者を呼ぶタイミングじゃねぇ。もっと前の段階だ」

「でも、けが人出てるって言ってたよ。治してやんないの?」

「いま飛び込んで行ったら、あたしがケガするだろ、バカ!」

舞の背中越しに、ドアがどしんと揺れた。おそらく、向こう側で誰かがドアに思いきりたたきつけられたのだろう。

「医者は、事件とか事故とかが終わってから呼ぶもんなんだよ。大乱闘の真っ最中に医者を呼ぶんじゃないよ」

「じゃあ、どうすればいいのさ」

「お前には常識がないのか」

舞は亜美の顔を見たが、なさそうだな、と判断して話を進めることにした。

「こういう時は警察を呼ぶんだよ。小学生でも知ってるぞ」

「えー、ケーサツ~?」

亜美は露骨に嫌そうな顔をした。

「なんだその顔は。別に、おまえが警察呼ぶ必要はないだろ。あたしが通報しとくから、おまえは警察来る前にとっととどっか行けばいいだろ」

「だって、ここ、ウチらのナワバリだよ? ナワバリの中にケーサツ入れるとか、ないわ~。 ナワバリで起きたモメゴトは、ナワバリの中でウマくやるってのが、ジョーシキじゃね?」

「勝手に常識を作るな!」

「それにさ、『小学生でも知ってる』っていうけどさ、小学生はこういう時、ケーサツじゃなくて先生を呼んでくるんじゃないの?」

「じゃあ、その先生を呼んで来い! どこの学校の先生を呼んでくるつもりだお前は!」

「だから、先生呼んできたんじゃん」

亜美は舞を指さした。

「だから、医者の先生を呼ぶタイミングじゃねぇっつってん……」

そこで舞は、ふと言葉を切った。ドアから離れると、何かを考えるように顎に手を当てる。

「先生か、先生……ふむ……」

舞はカバンから携帯電話を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。

「もしもし? あ、ママ? 久しぶり」

「ママ?」

亜美が不思議そうに舞の電話を見る。

「あー、しばらく海外にいたんだよ。いや、ただの友達との旅行だ。またそのうち顔出すから。それよりさママ、今って大丈夫? 今どこいる?」

そういうと、舞はその場の状況を伝えた。

「じゃあ、そこなら十分もかかんないか。とりあえず、あたし、ビルの前で待ってるから……、あ、場所わかるの? うん、じゃあ分かった」

舞は携帯電話を切った。

「え、誰か来んの? 『ママ』ってことは、もしかして、先生の母ちゃん?」

亜美が面白そうに尋ねてくる。

「いや、そういうんじゃねぇんだ。『ママ』ってのはまあ、あだ名みたいなもんだな」

「先生なの、その人?」

「まあ、それに近い感じかな」

舞はドアの方に目をやると、時計の方を見た。店の外には特に怒号も衝撃音も聞こえてこないが、それがかえって不気味だった。

 

写真はイメージです

歓楽街の中で、たまきはきょろきょろとあたりを見渡していた。

屋上から見えたとあるビルに行きたくて、勢いよく飛び出してしまったものの、その目的地がどこにあるのかはわからない。とりあえず、近くまでは来ているはずだ。だけど、屋上から見た時はビルの上の部分しか見えなかったのに、いま、地上から見ると下の部分しか見えないので、どれが目当てのビルかわからなくなってしまったのだ。たしか、こげ茶色のレンガのようなビルだったと思うのだけれど。

ふだん走らないくせに、珍しく走ったものだから、たまきは息が切れてしまった。息を整えながら、目指すビルを探してうろうろしている。

そんなこんなで、飛び出してきてから二十分ほどたっただろうか。そろそろ帰らないと、亜美が心配しているかもしれない。暗くなる前に一度戻って、屋上からもう一度どこのビルだったかじっくりと探した方がいいかもしれない。

裏路地でそんなことを考えていた時、向こうから誰かやってくるのが見えた。何気なくそちらに目をやるたまき。

身の丈2メートル、とまではいかないけれど、かなりの大男が、たまきの方に向かって歩いてくる。

黒いスーツなのだけれど、サラリーマンには見えない。スーツの内側には柄物のシャツ。首には金のネックレス。手にも金のリング。それも、一つや二つではない。たまきからは右手しか見えなかったけど、きっと、左手にもいっぱいアクセサリーをつけてるんだろう。

でも、何よりも目を引いたのが、ひと睨みで相手を気絶させそうないかつい顔と、スキンヘッドだった。うっすらと髪の毛の残る坊主頭ではない。まったくのつるっぱげだ。頭皮がむき出しに、いや、そのごつごつとしたカタチは、頭蓋骨の形状がそのまま剥き出しになっているかのようでもあった。

コワモテおじさんだ……。

たまきは、その男の威圧感に圧倒され、目が釘付けになりながらも、声を出さぬようにして、その男が通り過ぎるのを待った。

ふと、たまきの鼻を、ヘンな匂いがくすぐった。仙人の棲む「庵」に出入りしていて、変な臭いに慣れているたまきだったけど、それとはまた違う「ヘンな匂い」。なにか、強烈な薬品とか、そんな感じの印象を受けた。

コワモテおじさんは、裏路地と大通りが交わるところにあるビルの、鉄の扉を豪快に開けて、中に入っていった。そのビルは、こげ茶色のレンガのような作りだった。

あれ、もしかして、このビルかも。

たまきはビルに近づいてみた。壁の色が、確かに似ている。ビルの高さは四階建て。屋上から見た時の高さにも近いような気もする。

試しに入ってみようと思ったたまきだったけど、コワモテおじさんの入った後についていくのはなんか怖かったし、ドアに「従業員専用口」と書いてあったので、別の入り口を探すことにした。

 

写真はイメージです

舞が電話をしてから、十分が過ぎた。その間、亜美が店の中を覗こうとして、舞が止める、というやり取りが三回繰り返された。

亜美の我慢の限界がいい加減切れそうになった時、階段の方から大きな足音が響いてきた。こっちに近づいてくる。亜美と舞は、自然とそちらに視線を向けた。

最初に見えたのが、スキンヘッドの男が階段を上ってくるところだった。次第に男の全貌が見えてくると、亜美は思わず「げ」と声を漏らした。

身の丈2メートルとまではいかないけれど、亜美の背後にあるドアをくぐれるかギリギリの大男だ。黒のスーツに柄物のシャツ。デザインは、何かの花だろうか。首や指に金のアクセサリーをジャラジャラとつけている。

コワモテおじさん来ちゃった……。

男は仁王像のような仏頂面のまま亜美と舞の方に近づいてくる。近づくにつれ、男が「ヘンな匂い」を放っていることに、亜美は気づいた。

乱闘に加勢しようとする、新手だろうか。

空手とケンカの心得が多少ある亜美だったけど、どう見ても勝てる相手じゃない。どうしようかと考えあぐねていると、男は舞の方を見て、仏頂面をくしゃっと崩した。そして、

「やだー! 舞ちゃん、久しぶりじゃなーい。海外旅行に行ってたなんて、聞いてなかったわよぉ?」

と、亜美が思ってたよりも2オクターブぐらい高い声で話し始めた。

「なんでママにいちいち、旅行先言わなきゃいけないんだよ」

と、舞。

「え? ママ? これが? おっさんじゃん?」

と、戸惑う亜美。

「どこよ、海外ってどこよぉ?」

と、迫るおじさん。

「ヨーロッパだよ。ドイツとか、フランスとか」

「えー、アタシも行きたかったぁ。行ってくれれば、休み合わせられたのにぃ!」

「ヤダよ。ママみたいなバケモノが来たら、アタシの友達が逃げ出すだろ?」

「ちょっと、バケモノはひどくない? まあ、舞ちゃんだから許すけどぉ」

と言いながら、おじさんは舞の肩をバシッとたたいた。

「いたたっ! 力が強いんだよっ!」

「ごめーん。でも、アタシを置いてきぼりにしたことと、バケモノ呼ばわりしたこと、これでおあいこじゃなーい?」

と、おじさんは白い歯を見せて笑った。そして、

「で、どういう状況なんだって?」

と、急に声のトーンを落とした。この感じだと、まだ「ちょっと声の高いおじさん」と言ったところだ。

「あたしにもよくわかんねぇんだ。コイツに呼び出されて、ここに来て、ドア開けたらいきなりビールジョッキ投げつけられたから、あわててドア閉めて、それっきりだ。それが十分前」

「あらぁ、それじゃ今、中でケンカ祭りってわけ?」

「もう全員死んでたりしてな」

舞が医者にあるまじきジョークを飛ばす。

「この店、防音がしっかりしてるから、外からじゃなんもわかんねぇんだ。で、こいつがケーサツはやだっていうから、ママなら何とかしてくれるんじゃないかって思って」

舞が亜美を指さしながら話す。

「ふーん。で、この子は?」

「ママ」が亜美を見て尋ねた。

「こいつは亜美。この辺に棲みついてて、あたしが面倒見てる、野良猫だ」

「ふふ、カワイイ子じゃなぁい」

そういうと、「ママ」は亜美をじっくりと見た。春になってますます露出の高くなり、肩なんて完全に出ている亜美の姿を、上から下まで丁寧に見る。だが、その視線にいやらしさは全く感じない。なんだか検査されてるみたいだ。

温かみはあるけれど、どこか冷徹さを兼ね備えたその視線から、亜美は逃れたい衝動に駆られたが、逃げても無駄と体が悟っているのか、思うように足が動かない。

この時になって亜美は初めて、「ママ」が放つ「ヘンな匂い」の正体が香水であることに気づいた。亜美の嗅ぎ慣れないタイプの香水だ。

「ママ」はやがて、亜美の右肩に彫られた、青い蝶の入れ墨に目を止めた。

「あなた……それ……」

「あ?」

「誰か身近な人、亡くしてるのかしら?」

「……は!?」

そのとき、「ママ」が上ってきたのとは違う階段から、ガンガラガタンと何かが倒れる音がした。音に反応してそっちを向いたのは舞だけだったが、特に人の姿は見えない。おそらく、階段にいる誰かが掃除用具でも倒したのだろう。いくつもの店が入っているビルだ。亜美たち以外に人がいても何ら不思議はない。

割と大きな音がしたにもかかわらず、亜美と「ママ」は微動だにしなかった。「ママ」は亜美の入れ墨をじっと見据え、一方の亜美はまるで心臓を撃ち抜かれたかのような顔をしている。

先に口を開いたのは、「ママ」の方だった。

「あら、ごめんなさい。アタシ、いきなり失礼だったかしら。でも、蝶々ってアタシの業界じゃ死者の魂とか、そういう意味で使われるのよ」

「し、知らねぇよ!」

亜美が少しかすれた声で言った。もしかしたら、さっきからの数秒間、呼吸そのものが止まっていたのかもしれない。

「別にこれ、そういう意味じゃねぇし。っていうか、ウチが選んだデザインじゃねぇし! その……、彫り師がウチのイメージにぴったりだっつって……、だから、全然そういうんじゃねぇし……!」

「あら、そうなの。とにかく、失礼なこと聞いちゃったわね。謝るわ。ごめんなさいね」

そういって、「ママ」は右手を差し出した。亜美は「ママ」から目線をそらして、その手を取って握手した。

「ママ、ママ、本題に戻っていいか?」

舞が少し呆れたように声をかける。

「そうだったわね。えっと、このお店の中の騒動を、とにかく静めてくればいいのね?」

そういうと「ママ」は、ドアノブに手をかけた。舞と亜美は、ドアの隙間から何か飛んできてもいいように、ドアから離れた。

亜美は、「ママ」との握手の感覚がまだ残る右手を、ズボンのすそでこすった。

空手をかじっている亜美は、握手した時に「ママ」がかなり鍛えていることが分かった。

だが、ドアのむこうには、ざっと数えても十人以上はいたはずだ。おまけに彼らはみな殺気立っているから、凶器を使うことすらためらわないかもしれない。いくら「ママ」が強そうだからって、そんな連中相手に何とかなるものだろうか。

「ママ」はドアノブをひねり、ほんの数センチだけ、ドアを開けた。

とたんに廊下に飛び込んでくる、男たちの怒号、何かが倒れる音、何かが割れる音。

どうやら、亜美に電話が来てからの十数分近く、こいつらはずっと暴れ続けていたらしい。なんとも元気な連中である。

ママは少しだけ開いたドアに足をかけた。

そしてそのまま、足を使ってドアを勢いよく開いた。蝶番を中心にドア板が回転し、壁に思いきりたたきつけ、派手な音を出した。

その音で、店の中の動きも音も、一瞬止まった。視線が一気にドアの方に集められる。すると彼らが目にするのはスキンヘッドの大男。状況が呑み込めずにぽかんとしているものもいれば、明らかな敵意を投げつける者もいる。

「なんだァ、てめぇ?」

金髪ロン毛が、「ママ」をにらみつけた。

「ダメよぉ、お痛しちゃ。みんな仲良く、ね。和を以て貴しとなす、聞いたことないかしら?」

しばしの沈黙、そして、一気に笑い声が店の中に溢れた。

「おい、おまえら、見ろよ。オカマがやって来たぞ!」

亜美は廊下の壁に背中をつけ、ドアのむこうをうかがった。

ドアにむこうにいるのは、十人どころではなかった。その三倍はいる。ただし、そのうちの三分の一は、すでにノビて床に転がっているのだけれど。

亜美から3メートル離れたところに、ひょろ長の男がテーブルの下に隠れてガタガタ震えていた。亜美に電話したシンジである。

「シンジ。おい、シンジ」

亜美が小声で手招きすると、シンジも亜美に気づき、

「あ、亜美さーん」

とすがるように亜美のもとに転がり出てきた。殴られたのか目の上にはこぶがあり、服はしわくちゃになってボロボロである。

「おい、何があったんだよ」

「タケシのチームが飲んでたんすよ。そしたら、そこにケイゴが仲間連れてやってきて、はじめは互いに無視してたんすけど、そのうち大げんかになって……」

「待て待て待て待て」

と割って入ったのは舞である。

「話が見えねぇ。タケシもケイゴもあたし知らないんだけど、なんでこの二人が同じ店にいるだけで大げんかになるんだ?」

「もともと仲悪いんだよ、あいつら」

「ナワバリ内の派閥争いってやつです」

「……くだらねえ」

舞は、深いため息をついた。

「ヒロキはどうした。あいつ、ここのオーナーだろ?」

「いま、ヨコハマに行ってて……」

その時、ガラス瓶が割れる音がした。さっきの金髪ロン毛が、テーブルにビール瓶をたたきつけて割ったらしい。

「ケガしたくなかったら、とっとと帰れや、おっさん」

ビール瓶を割ったのは、どうやら威嚇のつもりらしい。が、「ママ」は動じない。

大乱闘はひとまず止まっている。が、それは彼らの敵意が突如現れた謎の大男に向けられているからだ。

「帰れっつってんだろ!」

金髪ロン毛は別のビール瓶を手に取ると、その手を大きく後ろに振りかぶった。

これはさすがにマズいんじゃないか、と亜美が思うまでもなく、金髪ロン毛はビール瓶をテニスラケットのように勢いよく振り、「ママ」の左側頭部を直撃した。ガンッ! と、皮膚よりも骨にあたったんじゃないかという鈍い音とともに、ビール瓶は真ん中から砕け、水しぶきのように飛び散った。

亜美からは、ビンが当たった「ママ」の左側頭部がよく見えた。

少なくとも三か所、赤い筋が鈍く光っている。しばらくすると、そこから血液がこぼれ始めた。

亜美は、「ママ」が左手で両目を覆っているのに気付いた。最初、泣いてるのかと思ったけれど、その本当の意味が分かった時、亜美は鳥肌が立った。

「ママ」は両目にガラスの破片が入らないようにガードしていたのだ。たしかに、目に破片が入れば一大事である。

だけど、それは同時に、「瓶で殴られることそのものについては、特に気にしていない」ということでもあった。ふつうの人間ならばそもそも瓶をよけるか、瓶をガードしようとするか、何もできずに黙って殴られるか、だ。ふつうは、恐怖と動揺で何もできずにただ殴られるだけだろう。

なのに「ママ」は「目をガードする」という選択をした。あの状況でそれを選べるということは、やろうと思えばよけることだって止めることだってできたのに、あえてそれを放棄して、攻撃を受け止めて、急所だけ守ったということなのではないか。

実際、「ママ」が腕を降ろして両目があらわになった時、亜美から見えた横顔は、とても涼しげだった。痛がるようなそぶりは全くない。痛みを感じていない、というよりは、痛いんだけど気にしていない、そんな風に見える。

こういう表情、どこかで見たことあるぞ、と亜美は思った。

男たちがざわつき始めた。ビール瓶で殴られたのにこともなげに立っているというのは完全に想定外。動揺が広がっているのだ。

金髪ロン毛はおびえたような眼をしている。こいつらは、たいていのことは暴力や恫喝で主張を押し通してきたような連中だ。暴力で解決できないとなれば、それはもはや打つ手がないということだ。

「ママ」は金髪ロン毛に近づくと、右手で彼の頭を掴んだ。

「……おいっ! なにするんだ! やめろ! さ、さわんな!」

金髪ロン毛は「ママ」の腕を振りほどこうとするが、頭を振っても、「ママ」の腕をつかんでも、どうあがいても外れない。金髪ロン毛は「ママ」に蹴りを入れるが、ビール瓶で殴られて平気な人間が、いまさら蹴られたところで顔色一つ変わらない。

「ママ」は空いている左手で、近くにあった木製の椅子を掴んだ。見た目、かなり重そうなイスだが、「ママ」はそれを、背もたれの上部を片手でつかんで、やすやすと持ち上げた。その様子を見た男たちにも緊張が走る。

次の瞬間、「ママ」は椅子を床に思いきりたたきつけた。

椅子は四本の足がそれぞれ、てんでバラバラな方向へと飛んでいった。背もたれの部分はバッキリと折れ曲がり、木屑があたりに舞い散る。文字通りの木っ端みじんである。振り下ろした左腕の時計が、店のライトを反射して、何か勝ち誇ったかのように輝いている。

この「ママ」の行動に震え上がったのが、間近でそれを見させられた金髪ロン毛である。

もしも、「ママ」が振り下ろしたのが左腕ではなく右腕だったら、自分の頭が椅子と同じ運命をたどるかもしれないからだ。

「はぁ……はぁあ……」

金髪ロン毛は気の抜けた声を上げた。シルバーのズボンのまたの部分に何やら黒いしみができて、そこから雫がぽたぽたとこぼれ始めた。「ママ」が手を離すと、へなへなとその場に座り込んだ。

一番殺気立っていた男が情けなく床にへたり込んだことで、ほかの男たちも戦意をなくしたかのように亜美には見えた。

「みんな仲良く、ね」

「ママ」はにっこりとほほ笑んだ。

男たちの中の誰かが、ドアに向かって駆けだした。一人が動き出すと、ほかの者たちも一斉にドアをめがけて駆けだす。

「わあああああ!」

男たちは、沈没船から逃げ出す鼠のように、一斉にドアから飛び出していった。そのまま、階段を一気に駆け下りていく。

亜美の耳に、下の階から何か派手な音が聞こえた。誰か慌てて転んだのかもしれない。

最後に金髪ロン毛が、まるで足の使い方をすっかり忘れてしまったかのような動きで、店から這い出し、逃げていった。

「やれやれ、やっとあたしの仕事だよ」

舞は店の中に足を踏み入れると、ノックダウンして逃げることもままならない数人の手当てを始めた。

「あら、お店の責任者の子には残って欲しかったんだけど……」

「ママ」が亜美たちの方を見る。

「あ、あ、オレ、せ、責任者の代理っす」

シンジが恐る恐る手を挙げた。もともと乱闘にすっかりおびえ切っていたシンジだったけど、今はまた違う意味でおびえているようだ。

「ママ」はシンジに近づく。そのまなざしはやっぱり涼しげで、凶暴さなどみじんも感じられない。

「お店の椅子、壊しちゃって悪かったわね。弁償するわ。たぶん、これで足りると思うから。オーナーさんに渡しておいてくれる?」

「ママ」は、分厚い革の財布から、一万円札を十枚ほど取り出すと、シンジに渡した。

亜美は、木っ端みじんになった椅子の残骸に目をやった。

結局、「ママ」はだれ一人殴ることなく、乱闘を終わらせた。自分を殴らせ、イスを壊すことで、「ママ」自身は誰も殴ることなく、その強さを見せつけて事態を収束させたのだ。

「ヤダ、財布の中、空になっちゃったわぁ。オカネ、おろしてこないと」

「ママ」は亜美たちの方を向いて、親指と人差し指で丸を作った。

その姿を見て、亜美は「ママ」が何に似てるのかを思い出した。

子供のころ、祖父に連れられてよく行った地元のお寺の本堂に祀られていた、そこそこ大きな仏像。

「ママ」の涼しげな表情と、なんとも言えない威圧感は、その仏像によく似ていた。

 

写真はイメージです

たまきは、傍らで倒れているアルミ製のちりとりをそっと起こした。

こげ茶色のビルに入ったたまきは、屋上へと向かって階段を上り始めた。いかがわしいバーとか、いやらしいキャバクラとかの看板が並ぶビルだったから、入るのに少し勇気がいった。

3階を越えて4階へと続く階段を上っていた時だった。不意に3階あたりから

「は!?」

という大声がきこえた。それが、亜美の声にかなりそっくりで、驚いた拍子にたまきは踊り場にあった掃除用具を倒してしまった。ガンガラガタンと派手な音が階段と廊下に響く。たまきは慌てて倒してしまった掃除用具を起こしたのだった。

亜美の声がきこえた気がしてびっくりしたけど、亜美はさっきまで太田ビルの屋上にいたのだ。こんなところにいるわけない。

たまきは屋上の階までやって来た。塔屋の内側で、外に出るにはドアを開けねばならない。

たまきはドアノブを回した。鍵がかかっている。

だけどたまきは、ドアノブに、カギを回すつまみがついていることに気づいた。どうやら、中から開けられるタイプのようだ。

たまきは鍵を開けて、塔屋の外に出た。

屋上の一角に、大きな貯水タンクがある以外は、特に何もない。周りには同じ高さのビルが多く、あまり視界を遮るものはないけど、中にはもっと大きなビルもあるので、なんだか箱庭の中に入った気分だ。まあ、太田ビルの屋上とそんなに変わらない

たまきはまず、少し遠くに見えるはずの太田ビルを探した。

太田ビルはすぐに見つかった。区画にして二ブロックほど向こうだろうか。五階建てのビルがそんなにないうえ、屋上に洗濯物が干してあるからだ。今日の洗濯物はたまき自ら干したのだ。見ればすぐわかる。

たまきは、太田ビルがよく見えるように屋上のすみに移動した。屋上のヘリは、たまきのおへそぐらいの高さの囲いがある。そして、囲いギリギリのところに貯水槽があった。白い貯水槽だけど少し古いものらしく、汚れでだいぶ黒ずんでいる。太田ビルが見える、屋上の西側の一辺は、3分の2ほどがその貯水槽と接している。たまきは、のこり3分の1の部分に立つと、囲いに背中を預け、左側にある貯水槽を見た。

そこに、白い鳥の絵があった。ペンキで描かれた、ラクガキだ。

それはここ数日、たまきが歓楽街周辺のあちこちで見かけたものと同じ絵だった。太田ビルの屋上から、これが見えたのが、たまきがビルを飛び出した理由だった。

メガネっ子のたまきの視力はメガネをかけていてもそんなにはよくない。これまではそんな絵が二ブロック先のビルの屋上にあることなんて、気づきもしなかった。実際、太田ビルから見えた絵は小さすぎて、たまきもここに来るまで、はっきりと同じ絵だと認識できたわけではない。別の場所でこの絵を見ていて、気になって頭に残っていたからこそ、気づけたのだ。

それにしても、とたまきは首をかしげた。またしても、問題はこの絵が描かれた場所である。

この絵は、貯水槽の西の側面の上部に書かれている。しかし、西の側面というのは、屋上の囲いとわずか数センチの余白を残して接している。たまきはいま、囲いに背中を預け、若干のけぞるようにして、ようやくこの絵が見れているのだ。

どうやってこの絵を描いたのか。

たまきは、左手を伸ばしてみた。小柄なたまきでは、どんなに腕を伸ばしても、絵にはまだ1メートル近く足らない気がする。もっと背の高い人でも、さすがに届かないだろう。

たまきは、囲いを見た。

どう考えても、これに乗るしかない。

たまきぐらいの小柄な人でも、この囲いの上に立てば、ギリギリ手が届くだろう。

ただし、うっかり足を滑らせれば、そのまま十数メートル下の地上まで真っ逆さまである。絵は貯水槽のかなり上のところにあって、一般的な身長の人でも、描こうとすれば目線よりかなり上の部分での作業になる。そうなれば、ずっと見上げっぱなしになり、自然と上体はのけぞる。

囲いは、幅がたまきの靴の縦の長さと同じぐらいだろうか。これでは、ちょっと足を滑らせたら大変なことになる。

実際に囲いの上に立ったらどれくらいの高さなのか、たまきでも絵まで手が届くのか、足元は安定しているのか、実際に囲いの上に立ってみたらわかるのだろうけど、さすがのたまきもそれをする勇気はなかった。いかに死にたがりとはいえ、「自分から飛び降りる」のと、「うっかり足を滑らせて落っこちる」は、似ているようでぜんぜん違うのだ。

これまで見つけた鳥の絵はいずれも、よりによってどうしてこんな場所で描いたんだろう、というものばっかりだった。決して不可能ではないけれど、わざわざこんなところで描かなくても、と思うような場所ばっかりなのだ。

たまきが囲いの上に立つのを諦めて、なにげなく向かいのビルに目をやった時、たまきは息をのんだ。

向かいのグレーのビルの屋上にも、同じ鳥の絵があったのだ。向かいのビルは高さが一階分低い。そこの屋上の塔屋の外壁に、同じ絵があった。

たまきは、再び走り出した。たまきにしてはすごいスピードでビルの屋上を駆け下り、一気に外に出る。そして向かい、つまり道路を挟んで西側にあるビルに飛び込んだ。

そのまま屋上まで一気に駆け上る。息を切らしながら登り切り、塔屋のドアノブに手をかけ、回した。

だが、ドアは開かなかった。鍵がかかっている。そして、今度は中から開けられるような仕組みは、見つからなかった。もっとも、こうやって簡単に屋上へは入れないビルの方が、ふつうなのかもしれない。

でも、だとしたら、いよいよもってどうやって鳥の絵を描いたのかわからなくなる。鍵がかかってたら、入れないじゃないか。

一瞬、隣のビルから入って飛び移る、という危険な方法が思いついた。だけど、そこまでしてラクガキをする理由が思い浮かばない。そもそも、隣のビルには入れたのなら、隣のビルでラクガキすればいいじゃないか。わざわざ別のビルに飛び移る理由がない。

もしかしたら、一連のラクガキは全部、魔法使いが描いているんじゃなかろうか。それならば、全て無茶なところに描かれているというのも納得できるのだけど。

 

たまきが階段を下りてビルから出てきた時だった。向かいのビル、つまり、先程までたまきがいた焦げ茶色のビルの、従業員専用と書かれた鉄扉が開いた。

そこから、まるで亜美の「友達」にいそうないかつい格好の男たちが、次々と飛び出してきた。驚いてたまきはその場に固まってしまったが、どうも様子がおかしい。誰もかれも血の気を失っていて、まるで何かから逃げるようにビルから飛び出し、てんでばらばらの方角に走り去っていった。中には、殴られたかのような跡がある人もいる。

ぽかん、とたまきがその様子を見ていると、

「あれ? たまきちゃん?」

と聞きなれた声がきこえた。

振り返ると、志保が手を振りながらこちらに向かって歩いてきた。

「どうしたの、こんなところで?」

「べ……別に……、散歩です。志保さんは、バイト帰りですか?」

「うん、そう。お夕飯の材料、買ってきたよ」

志保が手に持っていたレジ袋を持ち上げて見せた。

二人はそのまま、「城」に向かって歩き出した。

「めずらしいね、このへんうろついてるのって」

「べ、別に……」

たまきはこれ以上ツッコまれたくないので、視線を落とした。別にやましいことをしていた覚えはないのだけれど。

「そういえばさ」

と志保が切り出した。

「この前さ、このへんにさ、なんか警察の人、いっぱいいたのを見たよ」

「えっ?」

たまきは志保の顔を見た。それから、後ろを振り返る。

例の焦げ茶色のビルがたまきの目に入った。たまきの頭の中に、屋上でラクガキをしていた誰かが、足を滑らせて落っこちるシーンがよぎった。

「だ、だれか落っこちたんですか?」

「え?」

志保が怪訝な顔でたまきを見た。

「警察の人がいただけで、何があったかまではわからなかったけど……、誰か落っこちたの?」

「い、いや……別に……」

たまきは視線を落としたけど、再びまた、焦げ茶色のビルの方を振り返っていた。

つづく


次回 第38話「地図ときどき異界、ところにより二丁目」(仮)

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クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

奇跡の連続

ほんとは文学フリマで100冊完売を達成して、高らかに言いたかったんですよ。「ZINE作家ノックのシーズン2がここから始まります! おたのしみに!」と。

それを言うには、やっぱり「100冊」って数字がないと説得力がないじゃないですか。

ところが、現実の売り上げは86冊だったんですよ。これが「86冊も」なのか、「86冊しか」なのか、まだわかんないんですけど、いずれにしても、シーズン2の幕開けを高らかに宣言するには、ちょっと弱い。

文学フリマが終わって二三日は、実は「100冊に届かなかった……」という残念な気持ちの方が強かったのも事実です。

なにせ、半年間この「100冊」という壁を目標に、いろいろと準備してきたわけですから。半年もかけていろいろやったけど届かなかった、となると自分の力不足を感じざるを得ないわけで。

ところが、これが一週間たつとまた気持ちが少し変わってきていて。

売り上げの数字とはまた別の「反響」ってやつを、少しずつ感じているんですよ。

それはSNSだったり、生の声だったり。文学フリマとはまた別の場所でZINEが売れてたり。

ZINEを取り巻く環境も少しずつ、面白い方向に変わっていってる気がしますし。

文学フリマの次の週末は、紙を買いに行ったり、納品に行ったり、印刷したり、新作を作り始めたりと、かなりの時間をZINEにまつわることに当ててました。

それも、「また来月のイベントが迫ってるから」という、やらなきゃいけない理由がちゃんとあって、そこで収益を出せるだけの実績もある。

「前にもこのイベントに出て、これだけ売れてるから、このくらいの収益にはなるだろう。そのためには、これだけの部数を用意しないといけない」と、ある程度ソロバンもはじけるようになってきました。

材料の紙を買いに行くのも、表紙を印刷しに行くのも、電車に乗って納品しに行くのも、「この出費は後で利益として取り返せる」という自信があるから。

ZINE作りを始めた3年前には考えられなかったことです。あの頃は、自分の作品が売れる姿なんて想像できなかった。そんなことは奇跡だと思ってた。

いや、今でも奇跡なんですよ。自分の作ったZINEが1冊でも売れる、自分の作ったものに誰かが価値を見出して、お金を払ってでも買ってくれる、そのことは奇跡でしかないんですよ。奇跡の連続なんですよ。売れて当たり前、なんてことはないんです。

あのゴッホだって、生前は絵がたった1枚しか売れなかった。ゴッホのとってその絵は「奇跡の1枚」だったはず。

そう考えると、そもそも、3年以上もZINE作りを続けていること自体が奇跡なのかもしれません。

この前、友人と話していたら「続けていることがスゴイ」と言われまして。

たしかに、少なくとも「こんなこと、もうやめよう」って状況ではないことは確か。

自分が起こしたアクションに対して、それに見合う程度の結果は出ていて、それなりに反響もあって、応援してくれる人もちらほらいる。すくなくとも、「誰にも相手にされていないんだから、もうおやめなさい」という段階ではもう、ない。

まだ続けたいと思うし、まだ続けていいとも思う。もちろん、ものすごい追い風が吹いているわけじゃないんだけど、風が全然吹いていないわけでも、ましてや向かい風なわけでもない。

「まだ続けられる」っていうのは、それだけで大したものだし、それだけで奇跡なのかもしれません。

まだまだまだまだ止まんないよ