引き算、掛け算、割り算

久々に、四角大輔さんの話をラジオで聞いていたんです。

芸術家の日比野克彦さんとの対談だったんですけど、大輔さんの方がゲストという立場で自己紹介みたいなところから話していく感じ。「ミニマリズムとは何ぞや」いたいな感じで。

そういった話を聞きながらふと思ったのが、「僕の生き方って、『足し算』ではないかもなぁ」ということでした。

人生のステップアップに合わせて、欲しいものを手に入れて、必要なものを買って、という生き方ではないなぁ、性に合わないなぁ、と。

むしろ、どんどん荷物が少なくなってる感じがします。そういう意味では、僕もミニマリストに近いのかもしれません。いろんなものを「いらねぇや」と捨ててます。

たとえば、飲み会に行ったとき、腕時計の話になったんです。

どんな腕時計をしてるのか、いくらしたのか、奮発したよー、そんな話。

でも、僕はその話題に全く入れなかったんです。

なぜなら、そもそも僕、腕時計してないんです。いらねぇや、って。

時計が目に入るところにあると、時間を常に意識してせかせかしちゃうので、思い切っていらねぇや、って腕時計するのやめたんです。

最近は、スマホカバー使うの、やめました。重くて邪魔だし、いらねぇや、って。

スマホ落としたらどうするんだって? 落とさなきゃいいんじゃないかな。

そうやって振り返ってみると、僕は自分の生き方において、足し算よりも引き算の方を大事にしてるんじゃないかな。欲しいものを足していくよりも、いらないものを引いていく。

とはいえ、僕も仙人じゃないので、何もかも捨てて山奥で裸一貫で霞を食って生きていきたいわけではありません。

ゼロになるまで引き算してるわけじゃなくて、好きなことややりたいことはちゃんと残しておいて、引き算で生まれた時間で好きなことをする。

つまり、今度はかけ算をしているわけなんです。好きなこと、やりたいことに使う時間を、何倍にも増やしていく。

たとえば、SNSを見る時間とか、ゲームする時間とか、誰かの悪口を言う時間とか、そういうのはどんどん引き算していって、空いた時間をモノづくりに当てる。やりたいことに対して、もともとの何倍もの時間を当てられる。

だからと言って、好きなことばかりしているわけにもいかない。働かなきゃいけないし、畑も耕さないといけない。「出来上がったZINEを印刷・製本する」という、おもしろくもなんともない作業もしなければならない。

だから、1日のうちで何にどのくらい時間を使うかを、きちんと割り振る。これはわり算です。

こんなふうに考えていくと、なるほど、僕の生き方は、引き算・掛け算・割り算で成り立っているんだなぁ。あれもこれもと足し算していくんじゃなくて、いらないものを引き算して、やりたいことを掛け算して、時間を割り算していく。

そして最後に、ホントに必要なものを、最後に足し算すればいいのかな、と。

この前は6000円のちっちゃい台車を買いました。イベントの時の運搬に必要だったんで。軽くて使いやすいんですよ。腕時計の話はできないけど、ちっちゃい台車の話なら大歓迎ですよ。

終わりなき旅!

久々に横浜に行ってきました。

横浜のハンズで行われた、ZINEの販売を委託するイベントに参加していたので、せっかくだからひさびさに横浜に行ってみるか、と。

前に横浜に行ったときは、鎌倉に行ったついでに立ち寄って、夕飯にラーメンだけ食べて帰ったので、そういえばガッツリとした横浜観光を久しくしていない。今回はガッツリと横浜を堪能します。

しかし、横浜駅前って意外と横浜家系ラーメンのお店ないんですよ。逆に札幌ラーメンのお店が目立ってたよ。

むしろ、埼玉の駅前の方がまだ横浜家系を見つけやすい。横浜家系とはいったい……。

そしてひさびさに訪れました、大桟橋。

イヤぁ、懐かしいなぁ。

……という言葉は嫌いです。

「懐かしい」と言ったとたんにもう、「懐かしい」の対象は過去形じゃないですか。

「思い出話に花を咲かせる」なんて、ちっとも興味がありません。超どうでもいい。

僕にとっての「旅」や「冒険」は過去形ではありません。現在進行形です。

旅の定義が、目の前の景色を次々と変えて刺激を得ることなのだとしたら、ぼくにとってZINE作りは旅そのもの。

巻を重ねるごとに、自分の興味だったり、モノの見方だったりが、少しずつ変わっていっていることを実感します。

そして、作ったからには売らないといけない。でないと、誰も読んでくれない。

ZINEを売るために、今まで行ったことのない町に行って、入ったことのないお店に入って、会ったことのない人に会う。まさに、旅です。

ここ最近は、中央線沿線を攻めています。ヘン……ステキな街が多いんですよ。

作品だけなら、もっと行動範囲が広い。北は北海道から、南は長崎まで、僕がまだ行ったことのない都道府県や知らない町にも、作品が届いて行っています。まあ、北海道も長崎も、行ったことはあるんですけど。

そう、モノづくりは旅なのです。船旅をしていた時は、船が世界中どこへでも連れてってくれた。今は、作ったZINEが知らない土地へと連れてってくれる。

だから、僕にとって旅はまだ終わっていないんです。

「旅に出て価値観が変わりました! 君もパスポートをとって旅に出よう!」としたり顔で言う人を見るたびに、「別に旅人だけがえらいわけではなかろう。海外に行くのがそんなにえらいんか」と思ってきた僕なのですが、それってやっぱり、別に移動するだけが旅じゃないとどこかで思ってるからかもしれません。

たしかに、海外を旅するのはとても楽しいし、刺激的。

でも、「旅に出て価値観が変わりました!」と言う人に限って、「これまでに100か国以上を訪れ……」みたいなのを経歴に書いたりして、「いや、数でマウントとるんかい!」と呆れかえることなんてしょっちゅう。それのどこが「価値観が変わった」と言えるんだい。

旅がもたらす刺激や感動と同じものが旅じゃないなにかでも得られるんだったら、それはそれでいいじゃないか、と思うのです。別に旅することや海外に行くことにこだわらなくていい。旅の日数や行った国の数でマウントとるよりもよっぽどマシ。

いや、海外に出向した友達とか、旅に出た友達とか、マジでリスペクトですよ。ただ、「自分が動き、景色を変える」という意味では、ZINE作りと旅は何ら変わらない、そう思っているのです。

4年目と10冊目

民俗学エンタメZINE「民俗学は好きですか?」、いよいよ10冊目が完成しました。

1冊目の完成から、ちょうど4年が経ちました。

4年と言うと、大学生だったら卒論書いて卒業してなければいけない時間です。

アスリートだったら、オリンピックやらワールドカップやらの大きな大会が4年周期でやってくるので、4年でひとくくりって考えの人が多いみたいです。

そして、僕は4年でちょうど10冊という区切りを迎えたわけです。よくもまぁ、飽きずに続いたなぁ。

こうやって10冊を並べてみると、我ながら圧巻ですねぇ。

……青、紫、黒、寒色多いな。

10冊目が出せるということを4年前に考えていたか、と考えると、微妙なところですね。10冊目まで出したい、と思っていたと思うけど、別に何の確証も保証もなかったわけで。

で、いま、次の10冊、次の4年をどうするかって考えてます。次の4年。おお、アスリートみたいだ。

これからのZINE作り、これからの販売方法、これからの宣伝の仕方、これからの活動、次の4年をどうするか、プロデューサー目線でいろいろと考えてる最中です。

4年やって気づいたのが、クリエイターとしてモノづくりをするときと、プロデューサーとして販売や宣伝について考えている時では、使う脳みそが違う、思考回路が違う、考え方が違うということ。

モノを作るというのは、数字では評価できないもの。

モノを売るというのは、数字でしか評価できないもの。

この二つは、根本から違うんです。

WEBライターやってた頃は、「こういう文章が読まれますよ」みたいなマニュアルがよくありました。「読まれる要素」みたいなのを次々とぶっこんでいくわけです。

今はもう、そういうことはほぼやめました。

モノづくりをしているときは、「どう言う文章が読まれる?」とか「どういうZINEが売れる?」みたいなことは一切考えない。自分が作りたいように作る!

作ってから、頭を切り替えて、売ることを考える。「作る」と「売る」で完全に思考を切り替えるのです。

切り替えた後で、「これ、おもしろいのかな?」「これ、どうやって売ればいいんだろう?」と頭を抱えるのです。

……だから今、頭を抱えてるんですよ。

最新号の特集のテーマはずばり「匣」、すなわち「箱」。

これを一体どうやって売っていけばいいのか……。「匣のプロモーション」なんて何をやっていいやら見当がつきません。

……いやいや、その前に。

「特集 匣」って何だよ!

こんなミステリアスなZINEでも、この前のイベントではちゃんと売れていました。世の中って不思議ですね。

「幻日のヨハネ」を語りたい!

今期のアニメ「幻日のヨハネ」が面白かったから語らせてくれ!

この「幻日のヨハネ」、説明が必要なアニメで、ラブライブシリーズの最新作なんです。

ラブライブとは何かというと、女の子のアイドルが主人公のアニメ・ゲームのプロジェクト。アニメの中だけでなく、声優さんたちが実際にアイドル活動をするんです。

このラブライブグループの2代目のグループが「Aqours(アクア)」。9人組のグループで、紅白に出場したり、東京ドームでライブしたりしています。

で、このAqoursを主人公にしたアニメが「ラブライブサンシャイン!」。静岡県沼津市を舞台に、女子高生たちが廃校の危機にある母校を救うためにアイドル活動をする、というお話。2クール全26話。

僕は最初、「女の子たちがキャッキャして、オタクにゲームやCDを売りつけるためのアニメなんでしょ、どーせ」とナメた態度で見始め、

最終回で号泣していました。

その後、再放送で2周目の視聴に入り、

「面白いアニメだったけど、2周目だし。展開もオチも知ってるし」とナメた態度で見始め、

最終回でまた号泣していました。

で、今回の「幻日のヨハネ」はこの「ラブライブサンシャイン!」のスピンオフなのです。

Aqoursのメンバーに津島善子というキャラがいまして、この子がAqours随一の濃いキャラクターで、いわゆる中二病。黒魔術に憧れ、「堕天使ヨハネ」を自称し、周りからは「はいはい」と軽くあしらわれる、そんなキャラです。

……やっと「ヨハネ」が出てきましたね。

「幻日のヨハネ」は「善子ちゃん」ではなく「ヨハネ」を主人公に、異世界都市ヌマヅを舞台に、Aqoursメンバーと同じ名前同じ顔よく似た性格の女の子たちが活躍するアニメなんです(ちなみに、善子ちゃんは「サンシャイン」では主人公ではなく、あくまでメンバーの一人)。

「幻日のヨハネ ~SUNSHINE IN THE MIRROR~」のあらすじ

歌手になる夢を抱き「ヌマヅ」から「トカイ」へと出ていったヨハネ。でも夢を掴めずにヨハネはヌマヅへと帰る。そこで母親から出された夏の宿題が「自分にしかできない楽しくてたまらないことを見つけなさい」。ヨハネとだけ言葉を交わすことのできる犬(オオカミ?)のライラプス、そして幼馴染のハナマルをはじめとする同年代の女の子たちとの触れ合いを通して、ヨハネは宿題の答えを探していく。一方で、町では怪しい事件も起き始め……。

まあ、これまた「Aqoursファンに向けたおふざけのスピンオフでしょ、どーせ」とナメた態度で見始め、

いまドハマりしています。

スピンオフだけど、世界観も人間関係も完全に別物なので、Aqoursを全然知らない人が見ても楽しめます。

もちろん、Aqoursを知っているともっと楽しい。元ネタである「サンシャイン」を反映してる部分だったり、ちがう部分だったり、「このキャラはこうアレンジしてきたかぁ」という部分で楽しめます(ヨハネと比べると善子ちゃんはもっとひねくれてる、とか)。

なにより、Aqoursの9人がそろった時の雰囲気がすごくいい。ほんとになんとも言えない「雰囲気」がいいんです。

それに、Aqoursが歌う主題歌「幻日ミステリウム」もすごくかっこいい! まるで世界の破滅に立ち向かうアニメかのようなシリアスさ!活動期間も10年近くになり、ソロで音楽活動をしている声優さんも多いので、楽曲としてのクオリティがすごくいいのです。

Aqoursやラブライブを好きになる入り口がこの「幻日のヨハネ」だった、そんな人がいてもいいと思います。

ZINEフェス埼玉出店記

先日、浦和パルコで行われたZINEの販売イベント「ZINEフェス埼玉」に出店してきました。

「ZINEフェス」は普段は吉祥寺パルコで行われているのですが、今回は初めての浦和開催。今まで、イベントに出店するためにあちこちに行き、6月には往復3000円をかけて高崎まで行っていたのに、今回、なんと交通費が0です。会場まで歩いて行きました。

地元、ということでわかるのですが、浦和パルコのお客さんは吉祥寺パルコのお客さんとは、どうも客層が違う。

吉祥寺という街は、商店街におしゃれな雑貨屋がずらりと並ぶ街です。吉祥寺パルコの中にもやはりおしゃれなお店がいっぱい。実際、イラストや写真などのアート系のZINEがよく売れます。アート系ではなく読みもの系のZINEを作る僕にとってはアウェーです。

一方の浦和はと言うと、

浦和におしゃれな雑貨屋さんがずらりと並ぶ場所なんてあるわけないじゃないですか。はっはっは。浦和の商店街に何があるかって? 日高屋だよ。浦和パルコにどんなお店があるかって? ノジマ電器だよ。

じゃあ、浦和パルコによくくるお客さんとはどういう人なんだろうか。どんな人をターゲットにして売ればいいんだろうか。

よく浦和パルコをうろついてて、

本屋さんとか好きで、

「民俗学」ってワードに反応しちゃう人っていうと……、

ワシのことやないかい!

そうか。ワシみたいな人を相手に売ればいいんだな。

そして実際にイベントが始まってみるとあらびっくり。

吉祥寺の時の倍ぐらいのスピードで瞬く間に完売してしまったのです。吉祥寺では一度も完売したことないのに……。

やはり、同じパルコでも吉祥寺と浦和では客層が違っていた! そして、浦和の方が完全にホームだった!

ZINEを作り始めて5年目、「どこかに僕のZINEがよく売れる町はないかね」といろんな場所のイベントに参加してきたけど、まさかの地元がよく売れるとはなんという青い鳥。

そういや、好きなアニソンの歌詞にあったなぁ。「探してたものは実は近くにあって、信じられないほど遠回りして見つけ出すんだ♪」

それにしても、どうして浦和の方がこんなに売れ行きがいいのだろうか。

実はちょっと思い当たる節があって。

吉祥寺になくて浦和にあるもの。それはプロサッカーチームとあともう一つ、古本市。

浦和は毎月古本市が開かれていて、もう40年以上続いてるんです。僕も毎月楽しみにしています。

40年のあいだ毎月古本市が開かれるって、これは全国でも相当珍しいのではないでしょうか。

おしゃれな雑貨屋が集まる吉祥寺にアート系ZINEを楽しむ人が集まるように、40年古本市がつづく浦和には読み物系のZINEを楽しむ人が集まるのではないか。

じゃあ、アートと読み物の違いって何だ? ただの絵・写真と文章の違いなのか?

考え出すときりがないのだけど、ZINEを作り始めて5年目にして地元が初めて教えてくれることがある。やっぱり青い鳥です。

時間の流れが早い?

一般的に、年を重ねるごとに1年の感覚がどんどん短く感じるようになる、って言いますよね。もう6月、もう8月、もう10月、すぐクリスマスが来て、大みそか、お正月。そんなバカな。だってついこの間もお正月だったじゃん! このまえ初詣行ったばかりなのに、って。

僕も御多分に漏れずそのように感じていまして、そのうち人生なんてあっという間なんて焦りを感じていたんです。

……ですが。

この前、吉祥寺に行った時のこと。

町を歩きながら、そういえば去年の今ごろ、初めて吉祥寺を訪れたんだよなぁ、と思い出します。その時は吉祥寺に新しくできたZINEのお店の見学に行っていて、あれからそこが主催するイベントにも何回か出展させてもらって……。

え、これ、ぜんぶ1年以内の話?

体感では1年半ぐらいかと思ってたのに。

ほかのことを思い出してみても、「あれからまだ1年たってないの?」なんて驚くこともちらほら。

まあつまり、「1年前って何やってたっけ?」と振り返ってみると、1年ってちゃんと長いんだなぁ、ということに気づいたんです。

すなわち、短く感じていたのは「1年の長さ」じゃなくて、「ルーティンの感覚」の方だったんですよ。

毎年同じように年末が来て、大みそかになって、お正月になって、というルーティン、これが短く感じるようになっていたんです。

「もう8月!? いやだ~! 早い~!」というのもおんなじで、1月、つまり「お正月」というルーティーンを基準に考えちゃうから、時間の流れが速いように感じちゃう。

ということは、基準となる1月にルーティーンのようにお正月を過ごすのをやめて、毎年何か違うことをすれば1年を短く感じることがなくなる、のかもしれません。

時間の流れと言うと、1日の長さも早く感じる日もあれば長く感じる日もあります。

この前、日中は働いて、夕方になって飲み会に行って、二次会にも参加して、酔った友人の介抱をして、ようやく帰路につこうという時にふと思ったのです。「ふう、ようやく一日が終わる。長い一日だった」と。

あれもこれもと詰め込んだ一日を送ったら、いつもよりも長く感じた。

ということは、予定をいっぱい詰め込んだ方が、1日が長く感じるんじゃないか。

つまり、生き急いでいるように生きる方が、実は一日が長く感じる!

なんてこった! あれもこれもと予定を分刻みに詰め込んで、生き急いでいるように見えるような人が、実は人生をゆったりと楽しんでいたなんて!

Be “stay foolish”

マイメン・ゲバラがついにやってくれました。

「蒸風呂兄弟」なるユニットを組んで、車にサウナをのっけた「サウナカー」をかついでこの8月に世界を巡る旅に出たんです!

あ、ちがった。サウナカーに乗って旅に出ました。車かついでない。

いまごろモンゴルの空の下だとよ。

数か月前に連絡が来て、これこれこういう活動をしてるから、応援してくれないかと聞いた時、僕は素直にうれしかったんですよ。

30歳過ぎてこんなバカなことを純粋にやってるやつがいるのか、と。

僕も「民俗学のZINEを作って、売る」というバカなことをやっているという自負があるんですけれど、だからこそ思うんですよ。30歳を過ぎたたりから、「おバカ」を実践する人が少なくなってるなぁ、と。

体感では20代の頃の5分の1ぐらいですかね。

飲み会に行っても、話題が「仕事」「家庭」「投資」の話が増えてきた気がします。

そんな中でサウナカーに乗って旅に出るというおバカなことをゲバラが本気でやっている、というのが嬉しかったんです。

でも、それと同時に、なんだか悔しかったんですよ。

僕もゲバラとはベクトルが違うけど、「自分で紙媒体を作って、自分で売る」というおバカなことをやっているという自負があります。

だからこそ、この「おバカ」や「ワクワク」という領域で負けたくない。

いや、勝ち負けじゃないのはわかってます。っていうか、別にゲバラに勝とうとは思ってないし、「おバカ」の領域でゲバラに勝てるとも思ってない。

ただ、負けたくはないんです。

肩は並べていたいんです。

次にあいつに会えた時に「お前はすごいなぁ。俺にはもうあんなことはできないや」なんてことだけは言いたくないんです。

最近はそんなことばかり考えてますね。もっとワクワクできるはずだ。どうすればワクワクでゲバラに勝てる、と。

ZINEを作って売るという活動に少し慣れてきたところもあって、だからこそ思うんですよ。まだまだ、もっともっとワクワクできるはずだ、と。

今年の春にもそんなことがあって。

学生時代からの友人が、仕事でメキシコに引っ越したんです。

もちろん、彼は遊びに行ったわけではないけど、それでもやっぱり見知らぬ国に移住するのは、挑戦であり、冒険です。

彼の話を聞いてるうちに、こうしちゃいられない! と前々から考えていたシェア畑をレンタルしました。そっちが海を渡るなら、こっちは土を耕してやるぞ!と。

これまたやっぱり、友達が何かに挑戦しているさなかに、ぼんやり椅子に座って「応援してるよ~。頑張ってね~」と言ってるだけ、というのがイヤなんです。むしろ、張り合うことが僕なりの応援です。

旅をしてる人がえらい、海外に行く人がえらい、とは思わないけど、やっぱり旅をしてる人は偉いです。

さて、先日、寝転がってぼんやりラジオを聴いてたら、どこかで聞いたようなイントロが。秒で跳び起きました。その曲は88の出港曲「HOME」だったのです。

で、HOMEをラジオで聞きながら思ったのです。

そうか、僕が本当に負けたくないのは、船旅をしていた時の自分だ、と。あいつなんだ、と。

まだ10年もたっていないのに、「冒険はもうやめたよ。大人になったのさ」とだけは言いたくない。

あいつに、あの頃の自分に、勝ちたい!

とりあえず、当面はいま作っている「民俗学は好きですか?」のvol.10を、もっと面白く、もっとワクワクするものに仕上げることですね。

10冊目になってZINEの方向性もだいぶ固まってきたようにも思えるし、ここらでそろそろぶっ壊したくもあるし、これもまた冒険です。

自分が面白いと思えることをやって、それを見て面白がってくれる人がいたら、最高です。

小説 あしたてんきになぁれ 第39話「お葬式、ところによりバスケ」

 

お寺でバイトを始めた志保、そして、あいかわらずラクガキ探しをするたまき。あのキャラの過去にも少し触れるかも? 「あしなれ」第39話、スタート!

第38話「地図ときどき異界、ところにより二丁目」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


画像はイメージです

「それじゃ、今までカレシがいたことないの?」

ミチのお姉さんの問いかけに、たまきは無言で頷いた。

「付き合うまでいかなくてもさ、デートしたりとかさ」

またしてもたまきは無言で、首を横に振った。

「じゃあ、このまえミチヒロと出かけたのが、ほんとに初めてってこと?」

たまきは頼りなさげに、うなずいた。

ここはスナック「そのあと」、いまはランチタイムである。

ランチの焼きそばを食べに来たたまきに、ミチのお姉ちゃんは彼女の恋愛遍歴を聞いていた。まじめでおとなしそうな印象だけれども、同年代の男の子の家にいきなり転がり込んでお泊りする度胸を持っている。見た目に反して、実は意外と男を手玉に取る魔性の女なのではないか……。

と思って聞いてみたのだけれど、さっきからたまきは、申し訳なさそうな返事ばっかり。

「クラスの男子からさ、かわいいとか、言われなかった?」

「とくには……」

「え~? たまきちゃんのクラスの男子、見る目ないなぁ」

見る目があるどころか、たまきが彼らの視界にはたして入っていたのかどうか、疑わしい。

「片思いとか、それくらいあるでしょ?」

「……別に」

「……この人かっこいい、とかさ?」

「かっこいい……?」

「クラスの男子じゃなくてもさ、芸能人とかでさ、いない?」

「かっこいい……」

たまきはしばらく、宙を見つめていたが、

「……ライオン……とか?」

ダメだこりゃ。

「たまきちゃんぐらいの年ごろだったら、ふつうはもっと男子に興味あるんじゃないの?」

「私は……ふつうじゃないので……」

なんだか尋問しているみたいで、ミチのお姉ちゃんは気が引けてきた。

話題を変えようと、たまきの荷物に目を向けてみた。グレーのリュックサックの中から、丸めた白い紙が飛び出している。

「その紙は何? 宝の地図か何か?」

と半ば冗談めいていってみた。それに対してたまきは、

「まあ、それみたいなものです」

と、少し意外な返答をした。

「え、ほんとに宝の地図なの?」

「まあ、地図であることは間違いないんですけど……」

「へえ。見せて見せて」

たまきはカウンターの上に地図を広げた。例の「鳥のラクガキ」の場所を示した地図である。

その横にたまきはスケッチブックを置くと、たまきが模写した鳥のラクガキの絵を見せながら説明した。

「へぇ。こんなところにそんなものあったかなぁ?」

ミチのお姉ちゃんは地図の中の自宅に近い部分を見ながら言った。

そこにドアが開いて

「姉ちゃん、メシ~。あ、たまきちゃん来てるの」

とミチが入ってくる。

「……こ、こんにちは」

「……何してんの? 二人とも」

ミチはカウンターの上の地図を見て、次にたまきと姉を見て、首をかしげる。

「あ、わかった。これ先輩たちのナワバリの地図でしょ?」

なんか前にもそんなことを言われた気がする。

いま、ミチのお姉ちゃんにした説明を、もう一回ミチにするのは面倒だな、とたまきが思った時に、お姉ちゃんのほうがスケッチブックを手に取り、

「なんかね、こういうラクガキ、探してるんだって」

「ラクガキ?」

ミチがスケッチブックの鳥をのぞき込み、もう一度首をかしげる。

「そ。あんた、見たことない?」

「えー、ないけど」

そういうとミチはたまきの方を向いた。

「ラクガキなんて探して、どうするのさ」

「どうする……?」

どうすると聞かれても、困る。

返事のないたまきに、ミチも興味を失ったのか、たまきのすぐ隣のイスに座ると、

「姉ちゃん、メシー」

とだけ言った。

「ちょっと待って」

「待ってるから、メシー」

「イヤそうじゃなくて、この絵、よく見せて」

お姉ちゃんは再びスケッチブックを手に取り、鳥の模写を見つめる。

「姉ちゃん、メシー」

「うるさい。そこら辺の草でも食ってなさい」

お姉ちゃんは弟を軽くあしらうと、たまきの方を向いて、

「もしかしたらこれ、見たことあるかもしれない」

と言った。

「ほんとですか?」

「うん、変なところにラクガキあるなぁ、って思ったやつが、こんな絵だった気がしてきた」

ミチのお姉ちゃんは、今度は地図の方を向く。

「この地図で言うとね~……」

と、地図の下の方を指でなぞっていたが、

「あ、これ、地図の外側だ」

と、お姉ちゃんは、地図からはみ出して外側を指さした。

「このへんの線路沿いにね、線路をまたぐ道があってね、その下に公園があるのよ。そこに階段があってね、そこの天井にこんな絵があった気がするのよ」

説明を受けたけど、たまきにはいまいち、場所の状況がわからない。

「ミチヒロさ、知らない。線路沿いにあっちの方に行くと、橋の下に公園があるの」

「えー。知らねぇけど」

いまだ空腹のミチは口をとがらせながら答える。

「橋はわかるでしょ。線路をまたぐ道路のやつ」

「二つとなりの駅にある、あれ?」

「そーそーそーそー。あんたさ、いまからそこにたまきちゃん連れてってあげなよ」

「え?」

「は?」

ミチとたまきが、同時に互いを見て、それからお姉ちゃんの方を見る。

「やだよ。オレ、これからメシなのに。姉ちゃんが連れてってあげなよ」

「あたし、これから夜の営業に備えて寝るんだもん。そんなとこまで行ってる暇ないって」

「俺のメシ、どうすんのさ」

「だから、そこら辺の草でも食べてなさいって」

「あ、あの、私、迷惑になるんで、もう帰り……」

「いーのいーの気にしないで。どーせこいつ、今日は何の予定もないし、自分の部屋にこもって、エロ本読むくらいしかやることないんだから。だったら、リアルな女の子と一緒にいる方が、まだ健全でしょ」

エロ本読む代わり扱いされるのは、たまきにとってメーワクなのだが。

 

線路沿いにあるんだったら線路沿いに歩いて行けばいいんだから、案内されなくたってわかる。と思っていたたまきだったが、それは少し考えが甘かったようだ。どうやらまず線路沿いに道が続いていないらしく、確かにミチに道案内してもらわないとたどり着けなさそうだった。ミチは家の近くで買ったハンバーガーの包みを抱えて、むしゃむしゃとハンバーガーを食べながら歩いている。たまきはその少し後ろを、うつむきがちにとぼとぼと歩いていた。

「そうだ、もっかい地図見せて」

ハンバーガーを食べ終わったミチが、口のケチャップを拭きながらたまきの方を向く。たまきは少し不服そうに、リュックから地図を取り出して見せた。

「なんかさ、小学校の授業でさ、こういう地図作らなかった?」

たまきの反応はない。

「たまきちゃん、小学生みたいなことやってるよね。かわいい」

こいつケトバしてやろうか、とたまきはミチをにらみつけた。

 

画像はイメージです

行真寺は都心のど真ん中、何車線もの車が走る大通り沿いにある。境内は木々に囲まれ静けさに包まれ、騒がしい都市の中での一つのアジールになっている。

ところが、今日に関しては少々騒がしい。多くの人が出入りしている。どうやら、誰かの葬儀が行われているらしい。

志保がこの寺でバイトを始めてから十日ほどが経った。これまでに三回ほど、簡単な掃除や片付けのバイトをしていたけど、お葬式の対応は今日が初めてだ。

人と接すること自体は、普段の喫茶店のバイトでやっているので問題はない。むしろ、得意分野である。ただ、お葬式となると少し勝手が違う。

喫茶店の時は「明るく笑顔で」が基本中の基本なのだけど、お葬式の受付でニコニコ笑っているのは不謹慎だろう。かといって、仏頂面というのも礼儀に欠ける。住職からは「涼しげな笑みでお願いね」といきなりハードルの高いことを言われた。とりあえず、喫茶店での営業スマイルをかなり水で薄めた、そんな顔をしている、つもりだ。寺の備品にあった女性ものの喪服を借りて、髪を後ろで束ねて、志保は受付の応対をしていた。

お葬式の主役、という表現が正しいのかはわからないけど、遺影で見る故人はけっこうな年のおじいさんらしい。「西山家葬儀」と書かれているので、きっと西山さんなんだろう。参列者は家族以外にも仕事関係と思われる人がかなりいる。

それにしても、ずいぶんこわもての人が多い気がする。もちろんお葬式なのだからにこやかにというわけにはいかないけど、悲しいから神妙な顔をしているというよりも、もともと眼光鋭い人ばかり集まってる、そんな気がするのだ。遺影の中の故人にしても、一応笑っているのだけど目が笑っていない。その眼光の鋭さを隠しきれていない、そんな感じがする。

今は住職の読経も終わり、出棺前の休憩時間、といったところだろうか。志保のもとに住職がやって来た。

「この後の確認、いいかしら?」

「あ、はい」

「このあと出棺したら、お片付けね。祭壇は業者の方が片付けるから、志保ちゃんはイスやテーブルの方をお願いね」

「はい」

「よかったわぁ。やっと3日以上続いてくれるバイトさんが見つかって」

そんな会話をしているとき、寺の入り口に黒い車が横づけるのが見えた。中から喪服姿の男が数人おりてきて、こちらに向かってくる。

もう出棺間近なのに、今ごろ弔問客だろうか、と志保が受付の準備をし始めた時、住職がそれを手で制した。

「ここはもういいから、片付けの準備に入ってちょうだい」

「え、でも、いま参列の方が……」

「いいから」

住職はそれこそ涼しげな笑みでそう言った。わけがわからないが、とりあえず志保はその場を離れる。

だけど、やっぱり気になる。少し歩いてから志保は振り返った。

「住職、久しぶりじゃな」

新たに現れた参列客もまた、眼光の鋭い壮年の男だった。鼻の下の髭がまたなんとも言えない威厳を醸し出している。

「お久しぶりでございます。そろそろ出棺よ?」

「その前に、死んだオヤジさんに最期の挨拶でもと思うてな」

やけに声の大きい男である。その声量だけで相手を威圧する。おまけに、コワモテだ。確かに、志保が受付をしていたら、それだけでビビってテンパってしまったかもしれない。

とその時、寺の事務所の入り口が、ガラガラとけたたましい音をたてて開いた。そして、中にいたはずの参列客が数人、雪崩のように志保の横を通り、受付の方へと押し寄せた。

その中の一人が怒鳴る。

「東野、貴様、どの面下げてきたんだ!」

これまたとんでもない声量で、驚きのあまり志保は数センチ飛び上がった。怒鳴った男は四十代ぐらいだろうか。赤っぽい色付きのメガネをしている。例にもれず、眼光は鋭い。

一方、怒鳴られた方のコワモテヒゲおじさんは、全く臆することなく、メガネの方をにらみ返した。

「なんじゃ、わしかてオヤジさんには世話になったんじゃ。最期にあいさつにっていうのが礼儀じゃろ」

「おんどれ、何が礼儀だ! 貴様が裏切ったせいで、親父は死んだんだ!」

『おんどれ』だなんて日本語が生で使われる場面を、志保は初めて目撃した。

気づけば境内は、コワモテヒゲおじさんの一派と、コワモテメガネおじさんの一派が睨み合う、まさに一触即発という状態になった。戦国時代ならこれから互いに名乗りを上げるところだけど、名乗りどころが銃声が響き渡りそうな雰囲気である。

志保はそばにあった松の木の後ろに隠れて、なるべく自分の気配を消すように努めた。亜美の持つ「トラブルをおもしろがる才能」か、たまきの持つ「気配を完璧に消す才能」のどっちかが欲しいところだ。

そこに響く「パンッ!」という甲高い音。一瞬だけまさか!と思ったけど、それは住職が手をたたいた音だった。

「まあまあみなさん。故人さまもそりゃ生前はいろいろございましたけど、すでに拙僧による読経も終わり、あらゆる煩悩を捨て去り、これから仏様の御元へと旅立たれる時よ。残された方々がこのようにいがみ合っていたら、故人さまも安らかな成仏ができないわ。みなさん、いろいろ遺恨はございましょうけど、故人さまを思う気持ちは一緒ということで、ここはひとつ穏便に……」

「住職、これはわしらの問題じゃ! あんたはひっこんどれ!」

ヒゲおじさんが住職をにらみつけた。

「そうだ、あんたが口出しする問題じゃないんだよ!」

メガネおじさんが同意する。いがみ合ってるわりに、ヘンなところで意見は一致するらしい。

そしてメガネおじさんは住職に一歩詰め寄ると、

「だいたい、オカマのボウズなんて、キモいんだよ! バケモノが!」

と吐き捨てるように、それこそ、噛んでいたガムやたばこをそのままポイ捨てするかのように、言い放った。

志保の立っている場所からは住職の顔は見えなかった。松の陰に隠れているので、その松の木が邪魔してたのだ。だから住職の表情はわからないけど、さすがにこれはマズいんじゃないか、と肝が冷えた。

木の陰から志保はそっと住職の顔をのぞき込む。住職の横顔は最初、志保にはひきつっているように見えた。

だが、次の瞬間、住職は笑い始めた。最初は笑いをかみ殺すように。そして、次第に声を上げて笑い始めた。引きつっていたのはどうやら、笑いを耐えている表情だったようだ。

「な、何がおかしい。男のくせに女みたいにしゃべったり、不自然で気持ち悪いと思うのは当然だろ! みんなそう思ってるんだよ!」

メガネおじさんはさらに悪態をついたけど、それを聞いても住職はますます声を上げて笑うだけだった。

「ごめんなさい。ごめんなさいね。だけど、おかしくて……」

どうして住職が謝るんだろう、と志保は思った。

「だけど、ここまでストレートに言われたのも久しぶりで、まあたしかに、みんな口に出さないだけで心のどこかでは思ってるんだろうけど……」

そう言いながら住職は、メガネおじさんの真正面に立った。

「いいかしらボウヤ。『みんなそう思う』ってことはね、アタシだって自分を客観的に見たらそう思う、ってことなのよ。自分はふつうじゃない、ほかの男子と違う、おかしい、異常だ、バケモノ、キモチワルイ。悪いけどね、あなたが思いつく程度の悪口なんて、アタシがアタシ自身に何千回も自問自答してきたことなの。何度も何度も自分を否定して否定して否定して否定して、それでも答えが出なくて、そういう月日を積み重ねて、アタシは今ここに立ってるわけ。なのにいまさら、レベル1みたいな悪口を、さも会心の一撃みたいな顔してぶつける人がいるんだって思うと、おかしくてね。レベル1なのに」

住職は笑いながらそう言った。意地でも、皮肉でもなく、本当におかしくて笑っているように見えた。

「相手のプライドをへし折りたかったらね、もっとウィットにとんだ悪口を言わないとダメよ。相手が何度も自問自答してきたような言葉じゃなくて、相手がずっと耳を塞いできたような痛烈な一言を、ね」

そういうと住職は、メガネおじさんにそっと耳打ちするように言った。

「だからボウヤはいつまでもボウヤのままなのよ」

メガネおじさんはすでにプライドをへし折られたような顔をしていた。今言った住職の言葉のどれかが、おじさんがずっと耳を塞いできた言葉なのだろう。

「それと、あなたは『不自然で気持ち悪い』っていうけど、この街のどこに自然があるのかしら。地面はアスファルトに覆われて、木よりも高いビルに囲まれて、車が排ガスを撒き散らして走る、こんな不自然な街で暮らしてて、気持ち悪くないのかしら、ボウヤ」

メガネおじさんはもう、言い返す気力はないらしい。

 

やがて棺は霊柩車という排ガスを撒き散らす乗り物に乗せられ、アスファルトの道路の上を走りながら、ビル街の彼方へと消えていった。一触即発状態だった弔問客たちも、少し頭が冷えたのか、出棺と同時にほとんどが無言のまま寺を後にした。

「ふぅ~」

片付けが終わると志保はようやく緊張が解け、本堂の壁によりかかった。

「だいじょうぶかしら?」

と住職が尋ねる。

「ま、まあ、何とか……」

「そう。コワいところに居合わせちゃったから、またバイトさんにやめられちゃうのかと思ったわ」

「まあ、あたしもそれなりに修羅場はくぐってますから……」

志保は去年のクリスマスのことを思い出しながら答えた。

「でも、さすがに本物のヤクザの人たちを見たのは初めてだったから……」

「え?」

とそこで住職がしばらく何も言わなかったが、やがてさっきのように声を上げて笑い始めた。

「え?」

今度は志保が怪訝な顔をする番だ。

「だってあの人たち、歓楽街の暴力団とかじゃ……」

「ちがうちがう。あの人たちは都議会議員よ」

「え?」

「亡くなった西山先生っていうのが5年くらい前まで議員やってて、あそこにいた人のほとんどが、そういう関係の人たちよ」

「え? だって、あのメガネの人が『オヤジ』って……」

「だから息子さんよ。もともと父親の秘書をやってたんだけど、今は後を継いで都の議員をやってるわ。でもまあ、あのくらいの言い争いに勝てないんじゃ、大成しそうにないわねぇ」

志保はてっきり、杯を交わした「オヤジ」だと思っていたのだが、どうやら本当の親子だったらしい。

「でもだって、さっきの人が裏切ったせいで西山さんは亡くなったって……?」

志保の頭の中に、西山とかいう人に東野とかいう人の撃った銃弾が当たって倒れこむ、「仁義なき戦い」みたいなシーンが浮かび上がる。ちなみに、志保は「仁義なき戦い」を見たことは、ない。

「西山先生と東野先生は同じ党に所属していたのよ。それで、どこかの区長選の時に、その党からは西山先生が推薦した人を出馬させることになったの。ところがそこに東野先生も出馬を表明したのよ。つまり、同じ党で票を奪い合うことになったってわけ。結果、有利と思われてたその党は表を分け合う羽目になって、二人とも落選。別の党の人が区長になったわ。そのことで西山先生と東野先生は大揉めして、それから体調が悪くなった、らしいのよ」

「え、じゃあ、あの人たち、政治家だったんですか?」

「だからそう言ってるじゃない。まあ、都議会議員じゃ、若い子は知らないわよねぇ。地盤もこの辺りじゃないし」

「だって……その……、目つきが悪かったというか、顔がコワかったというか……」

住職もコワモテだけど、そういう生まれついてのコワモテと言うよりは、彼らはなんだか銃弾の雨を潜り抜けた末のコワモテ、そんな風に志保には見えていた。

「あら、品性がなくたって選挙には受かるわよ」

住職はさもありなんといった感じで答えた。

「でも、政治家の人にも……ああいう差別的な考え方の人っているんですね」

「逆よ逆。政治家なんて、あんなのばっかりよ」

住職は、もうすっかり慣れた、とでも言いたげな表情をした。

「そうなんですか?」

「そうよー」

住職は後片付けの手を止めることなく答える。

「志保ちゃんはそれなりに勉強ができる子と見たわ。だったら日本で、民主主義の国で政治家になるのに必要な要素って、何だと思う?」

「え、えーと……」

志保は答えあぐねた。質問の答えがわからないのではない。いくつか答えが思いついて、絞り込めないのだ。

「じゃあ、聞き方を変えるわ。政治家になるには、選挙に勝たなければいけない。選挙に勝つためには何が必要かしら?」

「そ、それは、やっぱり一票でも多く票をもらうことじゃ……」

「そうね。より多くの人に、この人の考え方がいいって共鳴してもらうことね」

住職は優しく微笑みながら、志保の方を向いた。

「つまり、多数派であること。これが絶対条件よ」

確かにそうなのかもしれない。志保も政治に詳しいわけではないけど、たぶん、同世代の子よりもニュースを見る方だ。確かに、オネエの総理大臣も、耳の聞こえない官房長官も、見たことがない。

「多数派の人が、私はみんなと同じ多数派です、って宣言して、やっと当選できるの。もちろん、少数派の立場から議員になる人もいるけど、でもよくテレビに出るような有名な先生たちって、だいたいが『多数派のおじさん』なのよ」

それにね、と住職は続けた。

「政治家の仕事なんて、急速に変わってく社会がこれ以上変わらないようにブレーキかけることなんだから。むしろ、頭が固くないとやってけないのよ」

志保には、住職の言ってることがよくわからなかった。社会を変えていくのが政治の仕事だと学校では教わったのだが。

「もしそうだとしたら……、社会はいつまでたっても変わらないってことですか?」

「でもね、社会は変わるわよ。かってにどんどんね」

住職はふと、どこか宙を見るような眼でつぶやいた。

「志保ちゃんは携帯電話持ってるかしら?」

「あ、はい」

「どう?」

「……どう、ってえっと……?」

「携帯電話持ってて、どう?」

「……どう?」

どうと言われても、困る。みんなが持ってるから持ってる。それだけだ。

「あたしが子供の頃は携帯電話なんてなかったわ。でも、いつの間にかみんな持ってるのが当たり前になってる。この世は諸行無常。色即是空。誰か偉い人が変えるわけでも動かすわけでもない。常に水のように移り変わっているのよ。もちろん、携帯電話は誰かが作ったものなんだろうけど、でも、それを持たなきゃいけないって政治に強制されてるわけじゃない。みんながケータイ欲しいなぁ、便利だなぁ、って思ってたら、いつの間にか持ってるのが当たり前になってた。そんなもんよ」

いつの間にか、本堂は葬儀仕様のモードから、普段通りの様子に戻りつつあった。

「いまから十年くらいしたらきっと、アタシみたいな日陰者でももうちょっと住みやすい社会になってるわ。でもそれは、誰か偉い人が変えるんじゃない、みんなが少しずつそうなったらいいなって思って、少しずつ変わっていくのよ。こうやってしゃべりながら作業してる間に、すっかり片付けが終わってるみたいに、ね。さてと、今日のバイト代を渡さなくちゃね」

そういって住職はパンッと手を叩いた。

 

画像はイメージです

たまきとミチは十五分ほど歩いていた。下り坂だ。線路から離れたところを歩いていたのだけど、坂の下に再び線路がまた見えてきた。駅舎があるのもわかる。

その駅舎のさらに奥に、線路をまたぐ大きな橋が架かっていた。

「姉ちゃんが言ってたの、あの橋だよ。あの下に公園があるんじゃないかな」

「……そうですか」

ふだんあんまり歩かないたまきはもう疲れ始めていた。そもそも、スナック「そのあと」に行くまでにけっこう歩いているのだ。帰りはお金を払ってでも電車に乗ろう、とたまきは考えていた。

たしかに、橋の真下には金網に囲まれた小さな公園があった。公園の中には階段があって、どうやら橋の上の歩道に出られるらしい。遊具は子供が乗るのかゾウとパンダの置物がある。あとベンチがいくつかと、バスケットのゴールがぽつんと立っているだけ。

「でさ……」

公園の中に足を踏み入れながらミチが言った。

「姉ちゃん、どこにそのラクガキあるっつってた?」

「えっと……」

どこだっけ?

公園にたどり着くことばっかり考えながら歩いていたら、いつの間にか、公園のどこでミチのお姉ちゃんはラクガキを見たと言っていたのか、すっかり忘れてしまっていた。

たまきはとりあえず周りをきょろきょろと見渡したけど、それらしきものは見つからない。だいたい、これまでのラクガキもそんな簡単には見つからないところにばっかりあったのだ。今回だってちょっと見渡して見つかるような場所にあるはずがない。

とはいえ、モノがごちゃごちゃとあるような公園でもない。少し気合を入れて探せば、すぐに見つかるだろう。

たまきはベンチの後ろに回り、下から覗き込み、バスケットのゴールの周りをぐるぐる回り、パンダのおしりを覗いて、ゾウの鼻の下をうかがって、それから階段の周りをぐるぐる回った。一方のミチはたまきよりも背が高いので、もっぱら天井、つまり橋の裏側の部分を注意深く探した。

「ありました?」

たまきがミチのそばによって尋ねる。

「いや。つーか、あそこはさすがに届かねぇよ」

天井はミチの身長のさらに倍以上ある。

「でも、いつもそういう場所にあるんです」

「そんなの、どうやって描くのさ」

たまきは、少しだけ黙った後、答えた。

「魔法でも使ったんじゃないですか?」

半分は冗談のつもりである。

たまきは公園の中をもう一度ぐるぐるとまわる。ミチもそのあとにくっついて歩く。

それから、たまきは階段を上り始めた。足元を注意深く見るけれども特にそれらしきものは見つからない。

やがて橋の上に出た。橋の上はけっこうな大通りらしく、車がバンバン通る。

エンジン音があまり好きではないので、たまきはすぐに引き返した。ミチのお姉ちゃんは「公園」と言っていたのだ。橋の上の大通りは対象外と見ていいだろう。

階段の一番上からもう一度公園全体を見下ろすけど、やっぱり何も見つからない。

そうして今度は天井を見上げる。天井はミチがさっき探していたはず……。

「……あっ」

見つけた。

例の、鳥のラクガキである。

階段の真上にある天井に描かれていた。ミチのいた場所からはちょうど階段そのものの陰になって見えなかったのだろう。

たまきは手を伸ばしてみた。全然届かない。ここにラクガキするにはやはり脚立が必要だろう。

次に足元を見る。階段の中ほどだ。こんなところに脚立を立てて、果たして安定するのだろうか。

たまきはもう一度天井を見上げて、ラクガキを見た。少し煤けていて、ほかのラクガキよりも古い印象を受けた。

「あの、ミチくん、ありました……!」

たまきはそう言いながらミチの姿を探した。

たまきのいる場所から、踊り場を挟んでさらに下の段から、ミチはぼんやりと公園のバスケットがある方を眺めていた。

「あの……、ラクガキ、ありました」

たまきはとててと階段を駆け下りてミチのいる段の近くまで行った。

「あ、そう。見つかったの。よかったね」

ミチはもうすっかりラクガキへの興味を失っているようだった。いや、そもそもミチはここに来ること自体乗り気じゃなかった。もともとラクガキに興味なんてなかったはずだ。一生懸命探してるたまきの方がヘンなのだ。ミチがラクガキに興味を持たないのは別に不思議じゃない。

たまきにとって不思議だったのは、ミチの興味が公園にあるバスケットのゴールへと注がれていたことだった。

「その……バスケのゴールがどうかしたんですか?」

そう言いながらたまきは、どうかしてるのはラクガキなんかを追いかけまわしてる自分のような気がしてきた。

「いやさ……」

そこでミチは少し言葉を切って、一息ついてから続けた。

「姉ちゃん、ここで何してたんだろうなぁ、って思って」

「はぁ」

ミチの言ってる意味がたまきにはいまいちわからない。

「姉ちゃんさ、たまに原付で出かけるんよ。で、三十分ぐらいして帰ってくるんだけどさ、何か買ってくるわけでもねぇし、どこ行ってるんだろう、とは思ってたんよ」

「……はぁ」

「もしかしてさ、ここでバスケの練習とかしてたんじゃないかな、って思って。だって、姉ちゃんがこの辺に来る用事なんて、ほかにないもん。買い物はだいたい家の近くのスーパーで済ませてるし。スクーターの座席の下なら、小さめのボールだったらしまっておけるだろうし。」

たまきは、頭上のラクガキを見やった。たしかに、ちょっと通りがかったぐらいではなかなか見つけられないだろう。バスケの練習をしててみつけた、というのはありえない話ではない。

「そういえば……」

と、たまきは切り出した。

「お姉さんのお店って、バスケットに関するものがけっこう置いてありますよね」

「姉ちゃん、バスケやってたんよ。小中で。けっこうすごくてさ、キャプテンやってて、県大会でベスト4に入ったんだぜ」

「ふ、ふーん」

それがどれだけすごいことなのか、たまきにはピンとこなかったけど、とりあえずわかっているふりをした。

「試合も何回か見に行ったけど、姉ちゃん、めっちゃ活躍してたんよ。あのまま高校に行って続けてたら、もしかしたらいいとこまで行けたんじゃないかなぁって思うんだよ」

「どうしてやめちゃったんですか?」

「だって、高校いかなかったんだもん。中学出てすぐ働き始めたから」

ミチは、バスケのゴールを見つめながら言った。

「俺は高校いきなよって言ったし、施設も高校までの学費は出してくれるんだけどさ、姉ちゃんは早く働いてお金を稼ぎたいからって、就職したんだよ」

ミチは、ゴールから目線を落とした。

「……もしかしたら、俺のせいなのかもしれない」

「え?」

「そん時、オレ、まだ小学生だったから。姉ちゃん一人だけならもしかしたら高校いってバスケ続けてたかもしれないけど……。施設だって金持ちの道楽でやってるわけじゃないからさ、いつ潰れて俺ら放り出されるかもわかんないじゃん。それにさ、スポーツってカネかかるんだよ。部費だ、合宿費だ、遠征費だってさ……。施設のお金をそういうことに使うんだったら、俺や下の世代の子供たちのためにって考えてたのかも……」

ミチは、階段を降りて歩き始めた。たまきもその後ろをついていく。

歩きながらも、ミチの視線はバスケのゴールへと投げかけられていた。

「姉ちゃんはさ、バスケのことはもういいって言ってんだけどさ、店の中にバスケのグッズ置いたりしててさ、もういいっていうふうには俺には見えねぇのよ。……やっぱここでシュート練習とかしてたのかもなぁ」

たまきもゴールに目をやった。バスケットボールが放物線を描きながら、リングの真ん中に吸い込まれていく光景を思い浮かべながら。

でも、ミチのお姉ちゃんが一体どんな顔をしてシュートを打っているのかは、どうしても思い浮かべることができなかった。

 

帰りのたまきは電車に乗った。

ほんの十分ほどでいつもの駅に着いた。

駅の中は色んなキラキラしたものであふれている。

どこかの女優さんを起用したポスター。

映画の宣伝ポスター。

本屋さんに置いてある漫画の最新刊。

これらの後ろで、一体どれだけの「あきらめた人たち」がいるのだろうか。それも、自分ではどうしようもない理由で。そもそも、その人たちは本当にあきらめることができたのだろうか。

つづく


次回 第40話「タイトル未定」

たまき、初めてバイトに行く!? 続きはこちら


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

アニメ「ヴィンランド・サガ」について語りたい!

久々に熱く語りたいアニメに出会いました。

それが「ヴィンランド・サガ」

1と2で半年ずつ、1年間続けて見ました。これはヘタしたら人生観が変わるアニメです。

「ヴィンランド・サガ」がどんなアニメかというと、

舞台は千年前のイングランド周辺。「海の向こうにはヴィンランドという名の手つかずの大地が広がっている」という伝説があって、そこを目指す主人公トルフィンを描く物語なんだけど、

これが全然ヴィンランドに行かないの。

1クール目 トルフィン、バイキングの少年兵として戦場に立ち、秒速で闇堕ちする。ヴィンランドに行く気配まったくなし。

2クール目 トルフィンより、トルフィンが父の敵と狙う海賊アシェラッドに重点が置かれ、トルフィンは殺気と憎悪をにまみれた10代を送る。ヴィンランドのことなんてすっかり忘れている。

3クール目 アシェラッドへの復讐に失敗し、奴隷に身を堕としたトルフィン。殺気も生気もすっかりなくなって無気力な状態に……。

いつヴィンランドに行くんだよ。

奴隷に身を堕としたトルフィンだけど、森を切り開き麦を育て、奴隷仲間で初めての友達ができて、戦場にいた頃に比べればまっとうな生活を送ることで、まっとうな人としての感覚を取り戻していきます。

そうして感じはじめるのが、これまでの戦場での行為に対する「罪の意識」。夢の中で自分が殺してきた人たちがわらわらと現れ、トルフィンは「すまない……」っていうんだけど、命を奪ったことに対する「すまない」じゃないんですよ。

殺し過ぎて「あなたたちがどこの誰なのか思い出すことすらできない」ってことに対する「すまない」なんですよ。

そこから自分の犯した罪を背負って生きると決めたトルフィンは、「もう二度と暴力を振るわない」と誓い、「この世界から戦争と奴隷をなくすことはできないか」と考えるようになるんです。

でも、どこに行っても海賊が襲ってきて、戦争になる……。

そこで思い出すのが、幼き日に聞いたヴィンランドの伝説。海の向こうには海賊たちも知らない大地が広がっている……。

そうだ、ヴィンランドに行こう! そこに戦争も奴隷もない国を作るんだ!

ここまで第1話から9か月! 長かった!

昨今の「イントロをとばして聞く」とか、「映画をコマ送りで見る」みたいなせっかちな人たちを容赦なくふるい落とすアニメです。タイパなんて言葉、北海に沈めました。

こうして迎えた4クール目だけど、「二度と暴力は振るわない」と誓ったトルフィンの身に、次々と「戦わなければ生き残れない!」という試練が訪れます。まるでその信念を試すかのように。何せこの時代は「強い奴が殺して奪うのが当たり前」という世の中なのです。

それでも、「暴力は最後の手段。それに代わる最初の手段を見つける人になりたい」「戦わない。逃げる」という信念を貫こうとするトルフィン。その信念を貫き、いよいよヴィンランドへ向かう!

ここでアニメは終わります。続きはマンガでお楽しみください。僕も原作読みたい!

「ヴィンランド・サガ」には大きく二つの魅力があります。

一つが、トルフィンの考え方の変化を楽しむということ。殺気立った10代から、無気力な奴隷、罪への後悔を経て自分の使命を見出すまで、トルフィンという人間はその人生の中で少しずつ価値観を積み上げていくのです。彼の心情の変化を読み解き一人の人間の人生を追体験する楽しみがあるんです。

そしてもう一つが、「戦わない、逃げる」という生き様を定めてからの、過酷な時代の中でその生きざまを貫こうとする魅力。困難を前に兵士だったころの殺気を放ちながら「暴力は絶対に振るわない」という覚悟を決めているのがかっこいいんですよ。

偉大な何かを成し遂げる英雄というよりも、混沌とした時代の中でおのれの生きざまを貫こうとする男の生涯を描いたアニメ、それが「ヴィンランド・サガ」なのだと思います。

バズらない、突き刺され

先日、とあるイベントに出店した時のお話。

その日は10時間っていう長丁場だったんですよ。

会場は吉祥寺のパルコの地下一階。お客さんも文学フリマの時とは少し違う客層。あまり民俗学に興味なさそう。

つまり、アウェーなんです。

とはいえ、このイベントに参加するのは3回目なのでアウェーなのは百も承知だし、アウェーだけどそれなりに売れることもわかってるんです。

それでもやっぱり苦戦しました。さっぱり売れない、売れても1,2冊、そんな時間が後半は続きました。

今日はダメだなぁ、まあいい、アウェーでも学ぶことはあるさ、と半ばあきらめていた最後の1時間。そう、10時間の最後の1時間。いきなりこんなお客さんが現れたんです。

「ここに置いてあるのぜんぶ買うといくらになりますか?」

全部!?

その時は「民俗学は好きですか?」シリーズのうち、vol.5を除いた8種類がブースに並んでたんです。

「3200円です……」と答える僕。

「じゃあ、ぜんぶお願いします」

とお客さん。

ホントに全部っすか!? 今言ったとおり、3000円しますよ!?

MJじゃん! マイケル・ジャクソンの買い方じゃん!

3000円もあったら、ここからだったら特急で長野まで行けるよ?

3000円もあったら、ちょっとした飲み会に出席できるよ?

3000円もあったら、上手くやりくりすれば映画2本ぐらい見れるよ?

その貴重な3000円を私のために使うというのか?

こうして、最後の最後にして在庫は一気にはけたんです。

そして、思うんですよ。

僕が目指すべきものはこういうことなんじゃないか、と。

「より多くの人に」とか「ひとりでも多くの人に」みたいな作り方・売り方じゃなくて、「ひとりの人に深く突き刺さるものを作って、売る」なんじゃないかって。

「民俗学エンタメZINE」なんて銘打ってる時点で、興味ある人しか買ってくれないわけですよ。いきなり間口を狭めているわけですよ。マニアックなわけですよ。だったら、「より多くの人に」じゃなくて「たった一人に突き刺さる」を目指すべきでしょう。

今の世の中、やれ「フォロワー数何万人」とか、「チャンネル登録者数何万人」とか、人数の多さばかり取りざたされて、この「たった一人突き刺さるものが作れたか」は評価されにくいんじゃないでしょうか。

たしかに、「1万人の人が見たくなる動画」を作るのは大変です。

でも、「誰か1人が1万回見たくなる動画」を作るのはもっと大変。

さらに言えば、家族や友達など好みをよく知ってる特定の人に向けたものではなく、「見ず知らずの誰か1人が1万回見たくなる動画」なんて、もっと大変!

だけど数字の上ではどっちも同じ「1万回再生」です。

さらに言えば、「なんとなく見た人が1万人いたよ再生」とか、「熱心に見た人が100人いたよ再生」とか、見た人がどれだけの熱の入れようかを測る術はないわけで。

何でもかんでも数字で表せる時代だからこそ、数字では表せない価値ってものにもっと注目してモノづくりをしていきたいと思う今日この頃です。

「バズらない、深く突き刺され」をこれからのテーマにやっていこうかしら。

ちなみに、そのイベントは「吉祥寺ZINEフェスティバル」というのですが、明日もあってまた出店します。