諏訪を旅してきました。15年ぶりです。
学生の頃、民俗学の先生が「諏訪の民俗は他と違う!」というのを力説していて。
そのうえ、先生いわく「諏訪の人は顔立ちもよそと違う!」
それはさすがにないだろう、炎上案件ですぜ先生と思いながらも、「諏訪がほかとは違う」というのがずっと記憶に残ってました。
調べれば調べるほど、あの周辺は歴史がとても深い。それも、数万年単位で。
まず最初に行ったのが、富士見町にある井戸尻考古館。
もともと、縄文時代のすごい史料館が「井戸尻」というところにあるという噂は耳にしていたんだけど、少し前に大宮の博物館で縄文の企画展をやっていた時に、すごいと思う土器の多くが井戸尻考古館から借りてきたものだと書いてあって、おまけにそれが諏訪の近くだと知って、いつか行ってみたいと思っていた場所です。
今回の諏訪と歴史を巡る旅は、この縄文の扉がある町から始まるのです。
駅の名前は「信濃境」という山梨から長野に入ってすぐの、まさに長野県の玄関口にあたる駅です。山の斜面に作られた駅で、駅を出て考古館までは15分ほどただひたすら下り坂。
自然豊かな場所で、きっと縄文の時代からそんなに風景が変わってないのでしょう。
さて、井戸尻考古館を見学してきたのですが、驚いたのがその出土品の量。バスケのコートぐらいの広さの部屋にずらりと並べられた土器、土偶、石器。「県内各地から集めました」って感じの量なんだけど、出土したのは全部信濃境駅の周辺だというのだから、驚きです。たった一つの地域からこれだけの量の遺物が出土したのか、と。まさに、縄文の都。
そんな信濃境から電車に揺られてさらに山の奥へ。諏訪湖の近くのゲストハウスで一泊しました。
長野県のど真ん中。周囲を2000m3000mクラスのの山に囲まれ、もしかしたら日本で一番海から遠い場所かもしれない。
そんなところに、海と見まがうばかりの巨大な湖があるのです。険しい山々を越えた先の標高750mのところにあるまさに「天上の一雫」。
古代人が山を乗り越えた先にこの諏訪湖を見つけた時、どれほど驚いただろうか。
船旅をしていた時は、何もない海の上を見て、今まで自分が生きていた世界は何て狭かったんだ!と価値観がぶっ壊れたわけです。
一方で、この諏訪は周囲を山に囲まれ、真ん中には海のような湖があり、その周りを囲む街の規模もかなり大きい。まるで世界の縮図みたい。
ここに来ると逆に世界というのはこの山々に囲まれた湖のある一画だけで、あの山の向こうにはもう何もないんじゃないかと錯覚を起こすから不思議です。
そして、諏訪はそう思わせるだけの説得力があるんですよ。諏訪湖全体が、諏訪大社の祭神であるタケミナカタなんじゃないか、この湖とそれを囲む町全体が一つの聖域なんじゃないかと思わせるだけの力が。
タケミナカタは蛇や竜の姿で描かれることが多い神様ですが、諏訪の街中も無数の川が蛇のように走り、諏訪湖めがけて集まっていきます。
そしてそれはやがて天竜川として、浜松の遠州灘めがけて山々を駆け下りる。
この諏訪湖と天竜川の境目も見てきたのですが、諏訪湖の方が、天竜川よりも水位が高いんですよ。それを水門で調整して、天竜川に少しずつ水を流している。
ということは、水門ができる以前の天竜川には、もっととんでもない量の水が流れていたことに……。
まさに、山の上の天から駆け下りる竜そのものです。
諏訪は長野県のほかの場所に行くにも起点にしやすい場所なので、また近いうちに訪れたいものです。