エロ漫画に飛び込め!

作ったZINEを販売できるイベントを常に探して、あちこちにアンテナを張っています。

ただ、話だけ聞くとよさそうなイベントでも、実際に足を運んで自分の目で見てからでないと、次回に出店できるかどうかを決められません。

6月の末には池袋で販売イベントがあると聞いて視察に行ってきました。

で、行って見てびっくりしたのですが、まあ行く前からうすうす気づいてたんですが、

エロ同人誌がメインのイベントだったんですね。右も左も、アラレもない姿の少女のイラストばかり。

とはいえ、マンガがメインの販売イベントでも僕のようなZINEが売れるのは5月に参加したコミティアでわかったので、エロ漫画メインでも正直問題ありません。

というわけで、エロ漫画を無視して探すは「僕と同じようなタイプの同人誌を売ってる人はいるか」。

そのイベントでも、「資料系」と呼ばれるエロも色気のないマニアックな同人誌を売ってる一角を見つけたんです。好きな電車を紹介する同人誌、みたいなの売ってる人たちを。

ただ、いくつか問題があったんです。

エロ漫画がメインのイベント、ということで、「資料系」がある一角は会場のはずれの方。

おまけに、会場内の人の群がり方にばらつきがあって、人気サークルの周りには人がいっぱいいるんだけど、そうじゃないところには人がほとんどいない。

結果、導線というものが完全に死んでいて、資料系が並ぶ一角の前を、人が全然通らないんですね。

これでは売れるどころか立ち読みする人もいない。おまけに、出展料も結構高い。いやぁ、見に来てよかった。「このイベントに出店しても意味ないな」ということが確認できた。

で、今日は秋葉原のイベントに行ってきました。もちろん、僕が出店する余地はあるかどうかを見るために。

さてどんなイベントか、と会場に入ると、右も左もエロ、エロ、エロ!

……やっぱりかぁ~。まあ、うすうす気づいてましたよ。そもそも、主催してるのがエロ同人誌をいっぱい売ってるメロンブックスさんなんだから。

ただ、実は僕のZINEはメロンブックスさんにも置いてもらってて、そこそこ売れてるので、エロ漫画メインのイベントでもまだ売れるチャンスがあるかもしれない。

というわけで、「資料系」の同人誌がないかどうか探してみます。

すると、今回はけっこういたんですよ。資料系の同人誌の人たち。全体の3割くらいいたかもしれない。

場所もそんな外れの方ではなく、お客さんもちゃんと前を通ってる。

出展料も安いし、これは次回出てみる価値はあるかもなぁ。

ただ、ここにくるお客さんは当然、エロ漫画のついでに面白ものないかな、という感じだろうから、いつもの「民俗学は好きですか?」だけでは、ちょっと弱いかも。だけど、ちょうど小説「くらやみ坂のナツミ」が完成間近だから、「民俗学は好きですか?」と「くらやみ坂のナツミ」の抱き合わせでいけるかも。

あと、やっぱりアウェーになると思うから、売り方もちょっと工夫しないと。

あ、「くらやみ坂のナツミ」にエロ描写は全くないので、念のため。

あの頃のヴィレヴァン

ああ、あの頃のヴィレヴァンはよかったなぁ……。

20年前、大宮のとあるビルの5Fにヴィレヴァンことヴィレッジヴァンガードがあって、僕はそこに足しげく通っていたんです。

何の店なのかよくわからない外観。中に入ってもやっぱり何の店なのかよくわからない。マリオとかカービィとかのグッズがあると思えば、ほかの店にはないような雑貨、癖の強すぎる本、オリコンチャートに入ってないCD、碑文谷教授のビデオ……。

本だけ見ても、雑学系、オカルト系、謎の旅行記、マニアックすぎる写真集……。エロ本ですらオシャレな写真集かのように置いてありました。

店内は細かい通路が入り組んでいて、360度どこを見渡しても刺激的なサブカルグッズばかり。何なら、天井からも変な人形が吊るされていたりします。

薄暗い店内に流れるのは、ジブリのジャズアレンジとか、J-POPのテクノアレンジとかパンクロックアレンジとか、聞いたことがあるようで聞いたことのない曲ばかり。

そして、やっぱりヴィレヴァンと言えば、短い言葉にユーモアと皮肉が詰まったポップ! あのポップが読みたくて通ってた部分もあります。

そんな「あの頃のヴィレヴァン」で一番覚えているのが、ドラえもんの第6巻だけが入荷されて山積みになっているという、奇妙な光景です。

ドラえもんの原作は第6巻の「さようならドラえもん」で一度連載が終わって、第7巻の「帰ってきたドラえもん」で連載が再開されるんです。だから、「さようならドラえもん」は事実上の最終回と言われ、あの「ドラ泣き」の映画の元ネタとなったお話。

そのお話を収録した第6巻がだけが山積み、いや、ドラ積みになっているのです。

でも、この第6巻の意味を知らない人が見ると、「なぜか6という中途半端な巻数だけ入荷して山積みになってる」という、わけわからない光景にしかならない。

でも、わかる人が見ると、にやっとなる。

ユーモアとジョークに溢れた品ぞろえと中毒性のあるポップが好きで、しょっちゅう通っていました。

あの頃のヴィレヴァン、商品よりももあのお店の独特の空気がいまのぼくに確実に影響を与えてます。ZINEの販売ブースを作るときも、何とかしてあのヴィレヴァンのような雰囲気を出せないかと試行錯誤したり、ヴィレヴァンを意識しまくったポップを何枚も書いたり。

だけど、どうも最近のヴィレヴァンはピンとこない。

人気キャラのぬいぐるみとか、おしゃれなリュックとか、スマホケースとかが並んでて、でも、全然「あの頃」のようにピンと来ない。

一番がっかりしたのがポップです。そこにはユーモアも皮肉もなく、ただ商品の名前とか種類とかサイズとか、「見りゃわかりますけど」ということしか書いてない。

いったいどうしちまったんだ、ヴィレヴァン。

そしたら数日前、「なぜヴィレヴァンはダメになったのか」という内容のネット記事が話題になってたんです。

かつてのヴィレヴァンは独特のセンスであふれていた。だけどイオンモールに出店し、ファミリー層を意識することでトゲのあるセンスが失われ、よくある雑貨屋に成り下がってしまった……、という内容。

そしてこのネット記事を皮切りに、「あの頃のヴィレヴァン至上主義ゾンビ」たちがネット上にわらわらとわいてきたのです。

あの頃のヴィレヴァン(おおよそ20年前)こそ僕の私のサブカルの原点。センスに溢れた品揃えを、サブカルに詳しすぎる店員さんが、ユーモアのあるポップで紹介してくれた。なのにイオンに出店して以来、ただの雑貨屋、キャラクターショップになっちまった。ああ、あの頃のヴィレヴァンはよかった……。

驚きましたね。「あの頃のヴィレヴァン」に憧れ、「今のヴィレヴァン」に物足りなさを感じてる人がこんなにもいたのか、僕だけじゃなかったのか、と。

あの頃のヴィレヴァンは、「欲しいものが置いてある店」ではなかった。

「置いてあるものが欲しくなる店」だったんです。

何か欲しいものが決まっててお店に行くんじゃなくて、全くの無目的にお店に入り、店内をぐるぐる回ってるうちに、なにこれなにこれなんじゃこりゃ?とおもしろいものがいっぱい見つかって、ついついほしくなってしまう、それがあの頃のヴィレヴァン。

ああ、あの頃のヴィレヴァンはよかった……。

イチローとハヤオ

前にちょこっと書いたけど、テレビでイチローさんがすごく考え深いことを言っていたってお話。

半年ほど前、イチローさんが高校の野球部を訪れて、直接指導するっていうテレビの企画をぼけーと見ていたんです。

その中でイチローさんが子供たちに伝えたいこととして言っていたのが、「とにかく、自分の好きなことがわからない大人が多すぎる」でした。

この言葉は僕にとって、かなり衝撃的なものとして、記憶に刻み込まれたんです。

まず、「多い」ではなく「多すぎる」って言い方が、一般論としてではなく実感と危機感がこもっているよう感じるんです。

そして何よりも驚いたのが、この言葉を野球界で生きてきたイチローさんが言ったってこと。

だって、野球界って、選手であれ、球団のスタッフであれ、それを取り巻く人々であれ、野球が好きな人が集まってくる場所なんじゃないのか?

そんな世界で生きてきたはずのイチローさんが「自分の好きなことがわからない大人が多すぎる」と言うのは、相当なことだなぁと思ったのです。

でも、本当にそうなのかな?

同年代の友達を見てみても、それこそ野球観戦に行ったり、映画を見に行ったり、バンド活動をしたり、アニメを見たり、ゲームに課金したり、推し活とやらをしていたり、好きなことをやってますよ。

学生時代よりもお金がある分、使えるお金も行動範囲も大きくなります。この前も好きなラジオのイベントが東京であったんだけど、「仙台から来ました!」なんて猛者のリスナーもいました。

とはいえ、イチローさんだってそんなことは百も承知で、そのうえで「好きなことがわからない大人が多すぎる」って言ってるはずです。なんたって、あのイチローさんですから。趣味を見つけなさいって話じゃない気がする。

ということは、好きなことを仕事にして生きていこう、ってことなのかな。昔、そんな広告があったなぁ。

ただ、イチローさんほど好きなことを仕事にすることの難しさを知ってて、それをストイックにやってきた人もいないと思うんですよ。「好きなことだけして生きていこうぜ! イエーイ!」なんてチャラついたことを言うとは思えない。なんてったって、あのイチローさんですから。

じゃあ、何の話をしてるんだろう?

これはもしや、仕事か趣味かという二元論を超越した、「生き方」という問題なんじゃないのか。

どんな仕事であれ、どんな生活であれ、自分の好きな「生き方」を貫いていく。

すなわち、「君たちはどう生きるか」

ハヤオのこの問いかけと、イチローのあの投げかけは、実は同じものだったんじゃないか?

ハヤオは実はイチローだったんじゃないか?

足してハチローなんじゃないか?

イチローさんが言う「好きなことがわかっていない大人が多すぎる」というのは、ハヤオの「君たちはどう生きるか」という問いかけに答えられない大人が多すぎる、ということだったのではないか。

「君たちはどう生きるか」は恐ろしく意地悪な問いかけです。

「僕はこう生きる!」と答えられたとしても、この答えはいつだって「暫定的」でしかないんです。

明日には気が変わってるかもしれない。生活環境が変わっているかもしれない。社会情勢が変わっているかもしれない。

明日になったら答えが変わってるかもしれないし、答えられなくなってるかもしれない。そうはならない、なんて保証は絶対に、ない。

だからこそ、何度も何度も、その都度その都度、自分に問いかけていかなければいけないんです。「いま、僕はどう生きるか?」と。

まるで、打席ごとに一球一球投げるピッチャーのように。

やっぱり、ハヤオはイチローで、ハチローだったんだ! ラピュタは本当にあったんだ!

生きていくには、理由がいる

久しぶりに、仲間たちに会った。

久々に会うということで、ここ数年の自分について、思い返していた。恥の多い人生を送ってるんじゃないかと。

そしたら、あることに気づいてしまった。

常に心の中にあったはずの鬱屈としたもの、仲間内の言葉で言う「メロウ」が、ZINE作りを始めてからいつの間にかなくなっていたのだ。

そもそもZINEづくり自体が「どうせいつか死ぬなら好きなことをして死のう」というネガティブな気持ちで始めたものだったのに。

ところが、ZINEを作り続けて、1冊完成すると、自然と「次も作ろう」という気持ちになる。誰に頼まれたわけでもなく、僕の一存「飽きた。やーめた」でいつでもやめられるはずなのに。

そうしてZINEを作り続けているんだけど、それで生活できているわけではないし、もうちょっと社会人としてちゃんとした方がいいのかなぁ、という不安はずっとある。

でも、たしかにちゃんと就職して、ガシガシ働いて、年相応の責任を負って、まともに社会人をしていれば、「生活」はして行けるんだろう。

だけど、その道を行く場合、ぼくはいま「生存」してるんだろうか。仕事帰りに電車に飛び込んだり、夜中にベランダから飛び降りたり、そういうことをしないと言い切れるだろうか。

そんな風に考えていくと、どんなに命は尊いと言っても、人は何か「生きる理由」がないと生きていけないと思うのだ。

僕にはZINE作りしかないし、ZINE作りがあるし、ZINE作りがあるから生きていける。

人はパンのみで生きるにあらずっていうけどまさにその通りで、理由もなく漠然と生活を続けられるほど人は強くない。生きる理由が見つからなかったり失ってしまったり、自ら命を絶つ人ってそういうことなんじゃないか。

この前テレビでイチローがこんなことを言っていた。世の中には自分が何を好きなのかわかっていない大人が多すぎる、と。それってつまり、生きる理由が見つからないまま生きてる大人が多すぎる、ってことなんじゃないか。

理由もなく生きていけるほど人は強くない。理由がなければ生きていけないし、理由があれば生きていける。

僕の場合は学生時代の「民俗学」であり、10年前の「船旅」であり、今の「ZINEづくり」というわけだ。

10年前の大宮ボラセンはまさに、「生きる理由」がある場所だった。

だから、そのボラセンがなくなると聞いた時、ぼくは思ったのだ。かつての僕のような人たちのために、鬱屈したものを抱える人たちのために、この街に「大宮ボラセン」は必要だ、と。

どうすれば、あの頃の大宮ボラセンのような場所を作れるか。この10年、ことあるごとに考えるんだけど答えは見つからない。見つからないけど問いを繰り返す。

10年前の自分に「その件はもうやめた。あきらめた」なんて言いたくなかったから。

でも一方で僕は、10年前の自分にこう言いたい。

「鬱屈したものを抱える人たちのために」

……キミさ、そこにどうして、「自分」を入れていないんだい?

まさかキミさ、「自分はもう大丈夫」「自分にはもう必要ない」「自分はもう卒業した」とでも思ってたのかい?

だとしたらキミさ、それは調子に乗ってるってやつだよ。キミは理由もなくただ漠然と生きることなんてできないんだから。何かの拍子に「理由」を失ったら、キミはあっさり死んでしまうんだよ。

だいたいさ、「鬱屈したものを抱える人たちのために」ってさ、それはいったい、どこの誰のことを言ってるんだ?

よーく考えてみろ。大宮ボラセンにこだわってるとキミが一番感じている人間は誰だ?

ほかでもない、キミ自身だろ?

そんなことはない。仲良しのあの人や、スタッフだったあの人の方が、ってキミは思ってるだろ?

でも、他人の気持ちを自分の気持ち以上に感じ取ることは、不可能なんだ。

となると、大宮ボラセンにこだわっていると「キミが一番感じている」人間は誰だ?

キミ以外ありえないだろ?

だったら、名前も顔もわからない誰かのためなんかじゃなく、「自分のために大宮ボラセンを作りたい」でよかったんだよ。

「誰かのために」だから答えが見つからないんだ。そりゃそうだ。誰かって、誰やねん。そもそもの問いが曖昧過ぎるから、答えが見つからないんだ。

ストレートに「自分のために」でよかったんだ。

だってきっと、他人に手を差し伸べることより、自分に手を差し伸べることの方が、難しいんだから。

「生きる理由」を見出し続けて、自分で自分に手を差し伸べ続ける。結局、キミにはそれしかできないし、キミにはきっとそれができるんじゃないかな。