風俗店街と外国人街の奇妙な関係 上野編

以前、西川口を訪れた時にあることに気付いた。外国人街があるところには、なぜか風俗街がある。偏見かもしれない。だが、確かにこの二つは、少なくとも東京近郊においては、同じような場所にあるように思える。なぜだろう。その謎を解き明かすために上野一帯へと足を延ばしてみた。


北の玄関口、上野

上野はかつては「北の玄関口」と呼ばれていた。

 

「上野発の夜行列車降りた時から」で始まる石川さゆりの歌を知っているだろうか。僕は子どものころ、この歌は上野の歌だと思っていたが、タイトルもサビも「津軽海峡冬景色」。上野ではなく津軽の歌である。

その出だしでどうして「上野発の~」とうたっているのかというと、「上野発=東北行きの列車」というイメージが強いからだ。

上野の町には石川啄木の歌碑も残っている。

「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」

上野は啄木の時代から「北の玄関口」だった。上野の停車場の周辺には、東北からやってきた人、東北へ帰っていく人であふれていた。岩手県出身の啄木は、東京で暮らしながらも故郷の方言が聞こえやしないかと上野駅にやってきたわけだ。

ちょっと前までは、宇都宮線も高崎線も上野発だった。上野は、北の玄関口なのである。

それは、東京にとって「境界」部分にあたることを意味しているのではないか。

東京都心でありながら、東京と東北の境界部分にあたる街、それが上野である。

こういった村や町の境界部分は、異界との接触部分とされ、昔から妖怪などが多く出ると言われていた。

いや、別に東北と異界だと言っているわけでも(いつの時代の話だ)、外国人街や風俗店街を妖怪扱いしているわけではない(どこの差別主義者だ)。ただ、境界部分は中心部とは明らかに違う雰囲気をたたえる、という事を言いたいのだ。

境界の町、上野

実際問題、上野から日暮里あたりまでは、江戸の中でも境界にあたる街である。

上野で有名なお寺が寛永寺だ。もっとも、最寄り駅は隣の鶯谷なんだけど。

このお寺は陰陽道マニアにはちょっとたまらないお寺だ。

このお寺は江戸城から見て北西の方角、鬼門の方角に建てられ、霊的な守護を担っているのだ。

こういう例的な守護を担うとお寺や神社いうのは、だいたい境界に建てられる。お寺なのに「キョウカイ」とはこれいかに、とツッコんではいけない。

地方の村に行くと、お寺や神社が街のど真ん中にあるというのは、よっぽど大きな町の目玉となるようなところぐらいで、山の裾にひっそりとたたずんでいるのが大半だ。

どうして山の裾なのかというと、里は人が住む世界、山はモノノケやカミサマが住む世界、そして山のすそ野はその境目にあたるからだ。そういった場所には、不思議とお寺や神社がある。神様やご先祖様と接する場所である宗教施設を置く場所として、境目が一番ふさわしかったのであろう。

思えば、鎌倉も市街地にお寺はほとんどなく、たいがいが山のすそ野である。京都だって清水寺なんかは山の入り口にある。

長々と書いたが、要は、江戸城を例的に守る役目で建てられた寛永寺がある上野一帯というのは、江戸の境界部分にあたるのではないか、という話だ。

厳密には、江戸の北限は南千住あたりだと言われている。

しかし、この上野一帯も一つの境目だったと思う。いろいろと見逃せないことが多いのだ。

たとえば、地形。上野駅の北側、線路の西側は断崖となっており、東側とはかなりの標高差がある。

この写真は線路の西側から南東を向いて撮った写真である。目線の高さから標高差があることがわかってもらえると思う。

そして、上野駅と鶯谷駅の間には、小さなお寺が多い。お寺の隣に別の寺。一種の寺町だ。

この一帯は寛永寺の山内寺院というらしい。

さらに、寛永寺の北側には、東京都心を代表する墓地、谷中霊園がある。

谷中霊園ができたのは明治初期だ。江戸自体から明治にかけて、この一帯は寺や霊園を置く場所として知られていたのだ。

上野とは、江戸の中心部から見て、江戸の内と外の境目の一つだったと思われる。今でも、東京都心と下町の境目にあたる街だろう。

むしろ、境目にあったからこそ、北の玄関口として上野が選ばれたのではないだろうか。

アジアンタウン上野

そんな境目には中心部にはない何かがある、ような気がする。

その一つが、アジアンタウンとしての上野だ。

上野名物アメ横の、とくに御徒町寄りのところは今、中国系や韓国系、トルコ系の料理屋台が並び、東京のど真ん中でありながら異国情緒の溢れるところとなっている。

また、このすぐ近くには、外国人向けの食材を売る店もある。面積としてはけっして広くはないが、密度の濃いアジアンタウンが形成されているのだ。

また、中央通りをはさんだ反対側に行くと、やけに焼き肉屋が多い。ハングルの看板もちらほら見受けられ、このあたり一帯は小規模なコリアンタウンなのではないかと思わせる。

エロの町、上野

一方、上野の中町通りには、キャバクラやストリップ劇場など、エロいお店が密集している。

今日日キャバクラなんぞはどこの町にもあるものだが、ストリップ劇場はなかなか珍しい。

さらに、この少し北、不忍池沿いには、ピンク映画専門の映画館がある。これなんか今日ではさらに珍しい。

その近くには下町風俗資料館が……、ってこれは風俗違いか。

だが、これだけに終わらない。

上野駅の北、鶯谷駅。

鶯谷周辺は寛永寺や谷中墓地があるのはさっき見てきたが、この一帯は東京有数のラブホテル密集地帯としても知られている。

そして、ここから小竹通りを1km北上すると、三河島駅だ。この一帯はコリアンタウンとして知られている。

御徒町駅から三河島駅までの南北約3kmの直線状に、上野駅を中心としてアジアンタウンと歓楽街、ラブホ街、コリアンタウンが連なっている。

これは、偶然なのだろうか。

まとめ

結論はまだ書かない。

というのも、もう一つ見ておきたい町があるからだ。結論を書くのは、その町を見てからだ。

とりあえず、今回は以下のことにもう一度言及して終わりにしよう。

・上野は、北の玄関口であり、寺や霊園が多い「境界」に当たる。

・アメ横がアジアンタウンと化している。

・上野を中心とした、御徒町から三河島までの南北に延びる約3kmのラインに、アジアンタウン、歓楽街、ラブホ街、コリアンタウンが連なっている。

投稿者: ノック

民俗学ZINE作家。 「バズらないモノづくり」をテーマとする「ノンバズル企画」を主宰。民俗学専門ZINE「民俗学は好きですか?」を企画・執筆・製本・販売しています。「民俗学とは『生きること』を探求する学問」をテーマに、民俗学の魅力をわかりやすく、面白く、奥深く紹介していきます。

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