去年のよかったこと3つ

去年はZINE作りの活動の中で、3つ「よかった」ことがありました。

一つ目は、去年の3月に行った琵琶湖旅行

ただの旅行じゃありません。ZINEの原稿にするための取材旅行であり、交通費、宿泊代、訪れた先の入館料などをぜんぶZINEの売り上げで賄ったんです。

ふだん、ZINEの売り上げはそのまま次の制作費やイベント出店料などに回しているんだけど、琵琶湖まで旅行に行ってもその分のお金が確保できた、ということです。

家から離れたところに取材旅行に行きたい、その費用も自腹を切るのではなくちゃんと売り上げの中から賄いたい、というのは僕の念願でした。夢が一つ叶いました。

ちなみに、昨日もまた取材旅行に行ってきました。山形です。2年続けて行けるのはうれしいことだけど、わざわざ取材旅行に行くからには面白いZINEにしなければ。

二つ目は、雑誌「スペクテイター」に記事が掲載されたこと。

雑誌自体は先月末の発売だけど、「記事を書いてほしい」と依頼され、実際に作業をしていたのは去年の年末のことです。

ZINEの売り上げはずっと黒字で、旅費も賄えるほどだと言っても、それを仕事にできているほどじゃない。

ZINEを売りつつ、出版社の仕事もできればなぁ、と常々考えていました。

そしてついに去年、そのチャンスが来たんだけど、正直、ビビりました。

雑誌という媒体の中で、「民俗学とは何か?」を説明する文章を書く。そんな大役、自分に果たせるのか、と。「誰だ、こんな陳腐な文章を書いたのは!」と海原雄山みたいな顔したエラい人に怒られるんじゃないか、と。……いや待てよ、そいつ誰だ。

ただ、「怒られるかもしれないからやりません」じゃなくて、「やってから怒られよう」って思ったので、引き受けることにしました。

何より、喉から手が出るほど欲しかったのが「実績」です。「雑誌の仕事したいです。やったことないけど、やらせてください」よりも、「雑誌の仕事したいです。やったことあります。読んで判断してください」の方が、断然いいに決まっているので。

そして三つ目が、去年の6月ぐらいの話。

都内の小さなイベントに出店していた時です。小さいイベントなのでそんなにお客さんは来ません。

そこに、大学生くらいの若い女性がやってきました。

ひとしきり僕の作品を見た後で一言「あの、民俗学って何ですか?」

……全く何にも知らないのか! まったく、そんなド素人のお客さんはね……。

……大歓迎! あなたのような人を僕は待ってた!

とはいえ、民俗学を全く知らない人に、口頭でイチから説明するのはなかなか大変です。口をあっぷあっぷさせながら、必死に説明しました。

するとそのお客さん、なんと1冊買っていってくれたんです。

その時思ったのです。「今日の仕事は果たした」と。

大きなイベントでZINEがたくさん売れるのも大事だけど、民俗学を知らない人の「入り口」になる、このたった一冊には、計り知れない価値がある。

去年のイベント販売の中で、一番印象に残っているシーンなのです。

やるべきことをやり続けていれば、こんな風に思いもよらなかったことがいろいろ転がり込んできます。これもまた、船で学んだことです。

社会の風向きはどうしようもないし、時代の流れは待っちゃくれない。未来は誰にもわからない。

信じられるのは自分の「行動」だけ。変えられるのは自分の「生き方」だけ。

自分の心すら、移ろいやすく流されやすい。信じていいのは「行動」だけだし、自分を形作るのもまた「行動」だけ。

なので、これからもまたZINEを作り続けるのです。その「行動」のみが唯一にして最大。

ああ、でも「メディアの仕事が忙しくて、ZINEを作るヒマがありません!」なんてセリフも、言ってみたいかも。

ただ「流されてるだけ」

ここ最近考えているのが、「僕たちは自分の意志で何か行動しているように見えて、実は流されてるだけなんじゃないか」ということです。

はたして、僕は普段の生活の中でどれだけ「自分の意志で何かを決意して行動しているか」と振り返ってみると、実はただただ流されてるだけ、そんなことの連続なのように思えてきます。

「この映画を見たいんだ!」と映画を見に行くのか、なんだか話題だから見に行かなくちゃと「映画を見させられてる」のか。

「このドラマが好きなんだ!」とドラマを見てるのか、サブスクで見放題だからと「ドラマを見させられてる」のか。

「ゲームで遊んでる」のか、ガチャに振り回され、「ゲームにもてあそばれてる」のか。

最近はマンガが無料で読み放題!みたいなアプリの話をよく聞きます。あれだって、マンガを「読んでいる」のか、特に読みたいわけでもないマンガを「読まされている」のか。

「電車に乗って、行きたい場所に行く」のか、仕事に行かないといけないから「電車に乗せられてる」のか。

さらに電車に乗ると、広告の映像が流れてるんです。これまた「見させられてる」わけです。

なんなら、ファミマに並んでる時も広告が流れてます。あれも「見させられてる」わけです。

で、広告に目を通してみると「30代になったら投資は当たり前! さあ、投資を始めよう!」なんてことが書いてあります。何か目的があって投資をするんじゃなくて、「つべこべ言わずに投資をしよう! みんなやってるよ! 乗り遅れるな!」と迫ってくる。果たしてお金を「投資している」のか、言われるがままにただ「ぶん投げてるだけ」なのか。

去年は大きなイベントとして万博があったけど、あれも心の底から「行きたい」と思って行ったのか、実は「行かされてた」だけなのか。

今年は冬季オリンピック、野球のWBC、サッカーワールドカップとスポーツイベントが続くけど、これまた「心の底から好きだ! 見たい!」と思ってみるのか、ただ何となく「見させられている」だけなのか。

そうやってふと立ち止まって自分の暮らしを振り返ってみると、実はただ流されてるだけってことの連続です。

そんなに目くじらを立てなくても、とも思うけれども、こういう日常の「流されてるだけ」を積み重ねていくと、流されるのが当たり前になって、それが思考のクセになります。

そうなると、何か人生の大きな決断をしなければいけない時も、なんとなく「流されてるだけ」になってしまうんじゃないか。

たとえば、大学の学部を選ぶとき、「どうしてもこの学部じゃなきゃヤダー!」と決意していくのか、「就職に有利だし……」となんとなく流されていくのか。

だから、流されてなるものかと、サブスクを見ることをやめて、ゲームもやらず、マンガは紙の本をちゃんと買って読んで、電車やファミマの映像はなるべく見ないようにして、オリンピックも紅白も見ない、「自分で決意したわけではない物」にはなるべく触れないように、そんな風に暮らしています。

「何でも自由に決めていい」「何でも自由に行動していい」と言われるとかえって困ってしまう、誰かかわりに決めてくれ、管理してくれた方がラクだ、そんな人が世の中には結構いると聞きます。

そんなバカな、と思うんだけど、こうも「自分で決意したんじゃなくて、ただ流されているだけ」ってことばっかりだと、「自分で決意する・覚悟を決める」ってのがどんどんできなくなっていくのも当然なのかもしれません。

我、狼ちゃうねん

去年の夏に御岳山で狼の護符をもらってから、不思議と街で子犬に吠えられるようになりました。道路の反対側を歩いているのに、わざわざ足を止め、振り向いて吠えるんです。迷惑な話ですよ。

もしかしたら、狼の護符を手に入れたことで、狼が憑いたのかもしれません(大まじめ)。

吠えるのは決まってちっちゃい犬です。ちっちゃい犬ってのは、大型犬を見るとビビッてキャンキャン吠えるものです。狼なんてすれ違った日にゃ、そりゃ、道路の反対側でも足を止めてキャンキャン吠えるでしょう。

僕は犬が苦手なので、狼のオーラがにじみ出てるというのなら、そいつを全開にして子犬を黙らせるのに使います。街で子犬とすれ違う時は、わざと狼のオーラを出すようにしています。我は狼なるぞ、犬っコロめ、そこのけそこのけ、道を開けい!

特に犬に寄ってこられると困るのが、自転車に乗ってる時。

犬は結構な確率で自転車に興味を持ち、走ってる自転車に近寄って来るのです。動くものに狩りの本能で反応しちゃうんだとか。

犬と十分距離をとってすれちがおうとしても、犬の方から寄ってきてすごく危ない。

で、最近のリードはするすると勝手に伸びるやつだから、距離をとっててもどんどんリードが伸びて近づいてくる。

飼い主がリードを止めればいいのだけど、のんきにスマホなんぞを見て、犬の動きに気づいてない。なんだなんだ、飼い主のモラルは犬以下か?

というわけで、自転車に乗ってる時も狼のオーラを意識して犬とすれ違うわけです。我は狼なるぞ、犬っコロめ、ひき殺されたくなくば近寄るでない!

さて、先日。街を歩いていると向こうからやってきたのはなかなか町で見ない大型犬。犬種には詳しくないけど、たぶんシベリアンハスキーとかそんな感じです。

若干ビビりながらも、いや、ビビったからこそ、狼のオーラを発動です。小型犬なら道の反対を歩いていても、ビビッてキャンキャン吠えまくる狼のオーラです。まあ、大型犬は落ち着いてるから、ビビッて吠えまくることはしないでしょう。それでも、「む、こやつ、狼か! ……できるな」と警戒してくれればそれで十分。

シベリアンハスキーと距離をとると、我は狼なるぞとオーラを発して威圧しました。

するとどうでしょう。シベリアンハスキーがニッコニコしながらこちらに近づいてくるじゃありませんか。

はっ! まさか狼のオーラは小型犬には威嚇・恐怖の対象でも、大型犬にとっては仲間・同類だと思われてる?

ちがう! 我、人間なり! よく見ろ!

いや、犬は視覚が悪いという。だからこそ、嗅覚がものすごく発達してるわけで……。

ま、まさか、狼の匂いが出てるというのか?

ちがう! 我、狼ちゃうねん! 人間やねん! 狼、ちゃうちゃう! ちゃうちゃうやねん! あ、チャウチャウって犬の名前だっけ。 チャウチャウちゃうねん。人間やねん。

民俗学へのまなざし

ここ最近、民俗学への向き合い方、ものの見方が少しレベルアップできたかな、という手ごたえがあります。

そのきっかけとなったのが、去年の2月ぐらいに見たドキュメンタリー映画「鹿の国」(今日もまた見てきたのだ)。

長野県の諏訪地方に伝わる「ミシャグジ信仰」を追いかけたドキュメンタリー映画です。

映画にすっかりハマった僕は、ミシャグジ信仰にまつわる本を読んだり、実際に諏訪を訪れたりしたのですが、その過程で少し考え方が変わってきたんですよ。

「ミシャグジ信仰とは何か」、と何か言葉で説明できる答えがある、そんな風に最初は思っていたんだけど、どうやらそんな割り切れたものじゃないらしい。「ミシャグジとは、ミシャグジである」。何の説明にもなってないんだけど、そうとしか言えないのです。

ミシャグジはいまだに「謎の信仰」と呼ばれていて、「ミシャグジとは○○です」と説明するのがなかなか難しい。ある人は精霊のようなものだと言い、ある人は自然のエネルギーのようなものだと言い、結局何なのかよくわからない。ミシャグジについて詳しい人ほど「よくわからない」という。

「学問」なんて枠組みで考えると、ついつい「ミシャグジとはつまり○○なのだよ」と言葉で説明したくなるんだけど、どうもそういうものじゃないみたいなんですよ。「ミシャグジとはすなわち、ミシャグジである」と、解釈だの分析だの考察だのを加えず、そのままあるがまま見るしかないんじゃないか。

さてさて、夏ごろになって、ZINE「民俗学は好きですか?」の最新号となる第14号を作っていました。テーマは狼信仰。

あれこれ調べて知識や情報をいっぱい身に着けて書くのだけど、なかなか筆が進まない。どうも何かが足りない。

そうだ、聖地に行こう!

ということで、狼信仰の聖地、青梅の御岳山の上、御嶽神社を訪れました。

行ったからと言って、別に何かあるわけではないんですよ。オオカミいないし。

ただ、「こういう山を武蔵野の人々は聖地として崇めたんだなぁ」と現地でぼんやりと考えたのです。

すると、不思議と原稿が進むようになったのですよ。なんか「狼信仰」の本質に触れた気がして。

これもミシャグジ信仰と同じ、言葉とか理論とか分析とかではわからない、本質はもっと別のところにあって、五感を研ぎ澄ますことで初めてとらえられるものなんじゃないか。

極めつけが秋に訪れた奈良の三輪山。「この神社はこの山、森そのものを崇めているんだなぁ」と思ったその時、急に呼吸が乱れ軽く体調不良に。さらに持っていった電化製品が次々に壊れる。

大和朝廷は稲作による富と武力で云々……、と事前に考えていた理論、理屈、歴史観は一気に吹っ飛びました。「やっぱ、三輪山には何かあるんだ!」と。

どうにも日本の民俗、歴史、信仰には理屈だけではとらえきれない何かがある。

学問とは「いかに自分は詳しいか、正しいか」ではなく、「いかに自分はわかってないか」を確かめるためにあるんじゃないか。

というわけで、「研究よりも探求」、「知識よりも認識」、「細かい考察よりも鋭い洞察」「百の分析よりも投じる一石」が最近のぼくのテーマなのです。

とはいえ、それでも理屈をなかなか捨てきれない頭でっかちなのが現代人です。

それでも、「理屈抜きであるがままに物事を見る」というのに少し近づけたのかな、と思います。あるがま~ま~の心で~♪

日本がやべぇぞ!

映画を見てきました。とある監督による地方のお祭りの記録映画をいくつかまとめたもので、古いものでは60年近く前の映像です。白黒で画質も悪く、ザーザーノイズが流れるような代物です。

長野県の「遠山の霜月祭」などのお祭りが記録されていて、奇妙な仮面をかぶった人々が舞を踊っていました。別の祭りでは、40年ほど前のもので、町中総出で夜通しで盆踊りを踊るというもの。

日本にはまだまだ知らない祭りがいっぱいあるなぁ、行ってみたいなぁ、と思って地図で盆踊りの街を調べてみて、絶句。

……最寄り駅、どこ?

映像を見るとそこそこ大きな町に見えるのだけど、なんと最寄り駅が山を一つ越えた先!

民俗学なんてものをかじってみると、こんなことしょっちゅうです。ここ、おもしろそうだな、行ってみたいな、と思って調べてみると、「ここ、新幹線だけでいくらかかるの?」「最寄り駅が遠すぎる!」「泊まるところあるの?」「っていうか、がけ崩れで3年前から通行止めじゃん!」の連続です。

おまけに今年は「ここ、先週クマ出たって書いてあるんだけど!」が追加されてます。

船旅なんぞに行くと、「世界を旅して価値観が変わりました!」「世界を100か国旅しました!」なんて人をよく見るけれど、おい、日本ナメンな! ヤベェとこいっぱいあるんだからな! 日本語と日本円が通じるなら旅なんてラクショーとか思うなよ!

というわけで、そんなやべぇ日本の都道府県で行ったことない場所をなくそうとちょっとずつ旅をしているわけです。

今年は滋賀県、長野県、奈良県を訪れ、そのうち滋賀県は初上陸でした。初めての琵琶湖と初めての比叡山を満喫してきました。

とはいえ、さすがに「行ったことのない県」がどんどん減っているんですよ。東京から福岡までは、新幹線が通ってる県は全部行ってます。

去年は岐阜を抑えて、今年は滋賀を抑えたので、いよいよ近場で「行ったことのない県」が減ってきました。

そうなると今度は、「行ったことある県」もまた魅力的に見えてくる。

特に、愛知と京都。名古屋駅と京都駅で乗り換えてばっかりで、実はほとんど歩けていません。「せめて、夕食だけでも!」「せめて、一駅分だけでも!」と申し訳程度に歩いてるだけで、がっつり旅した気分にはなれない。

名古屋とか京都とかメジャーすぎるだろ~、なんて思っていると、なかなか回れないものです。

来年は、名古屋や京都で乗り換えばかりしてないで、「一度じっくり腰を据える!」と意識して旅するのもいいかもしれませんねぇ。

視力のマイナスって何?

先日、久々に飲み会とやらに呼ばれました。

その帰り道の電車の中。仲間の一人がレーシックの手術か何かを受けるとやらで、「視力」の話題になったんですよ。で、視力がいくつだとかそういう話になったわけです。

……初めて知ったんだけど、視力の「マイナス」って何? 視力ってゼロになったら失明するんじゃないの?

首をかしげながら電車を降りたのでした。

で、調べてみると、メガネとかの矯正の度合いをマイナスで表してどーのこーのとのこと。

し、知らんかったなぁ。なにせ、メガネやコンタクトに縁がないもので。

しかし、視力話を聞きながらふと思い返してみると、周りにメガネやコンタクトの人、多いなぁ。

子どものころはメガネキャラの子の方がかなり少数派だったけど、いつの間にか周りのメガネ率がずいぶん増えた気がする。

特に年齢の近い大学の同期だの先輩後輩だのを思い返してみると、もうほぼ周りはメガネ・コンタクトを使っている気がします。

もしかして、30代も半ばになって、視力に何一つ問題がない私って、もはやおかしなレベルなのではないか?

人の5倍は本を読んでいるので、それなりに目を使っているわけで、なのに視力が落ちたという実感が全くありません。

両親はともに視力が悪いので、お前も35歳ぐらいになったら視力が落ちるのだよ、と恐怖の予言をされながら育ったのですが、いざその年齢を迎えても視力が下がる予兆すら全くない。

調べてみると、30代だと75%が視力1.0未満、とのこと。

しかし、視力検査なんてもう何十年もやってないなぁ。いったい私の視力はいくつなんだ?

パソコン上で簡単に検査できるサイトがあったので測定してみたところ、両目ともに2.0!

1.5以上が9.2%だそうなので、たぶん「両目2.0」は5%ぐらいです。

ところが、その後出てきた乱視の検査コーナーで、まさかの乱視の傾向あり!

複数の線が表示されていて、どの線も同じ太さ・濃さで描かれているんだけど、濃淡にばらつきがあるように見えたら乱視です、と書いてあって、たしかに濃く見える線と薄く見える線がはっきり違うように見えるんですよ。

なんてこった! 乱視の自覚なんてなかったぜ!

……ところが、ほかのサイトの乱視検査をやってみたところ、全然そんなことなくて。

よくよく考えると、視力検査をしてる時に片目を手で隠してやっていたんですね。その影響でぼやけていたようです。

まったく、人騒がせな。視力検査の後に乱視検査を置くんじゃないよ。

そして、視力検査をしてたら、目が疲れました。もしかして、視力検査が実は一番目に悪いんじゃ……。

狼と蛇のベストマッチ?

今年はあちこち旅に行きました。

3月には初めて琵琶湖を訪れて、比叡山の日吉神社や延暦寺などを巡ってきました。

5月には去年に続いて諏訪を訪れ、諏訪大社の上社と下社を見てきました。

7月には奥多摩に御岳山に行き、武蔵御嶽神社に参拝しました。

そして11月は奈良に行き、三輪山の大神神社に行ってきました。

民俗学なんてものをかじっているので、どうしても各地の「聖地」に関心が行き、足を運ぶことになります。

そして、どういうわけか行く先々で不思議な現象に見舞われてる気が……。

春に滋賀県に行った帰り、東京駅で新幹線を降りた後、耳鳴りがずっと続く、なんてことがありました。

騒がしいところでは別に気にならないんだけど、静かなところに行くと「ピー」という音がかすかだけどずっと聞こえてる。それも、左耳だけ。

耳鳴りの原因を調べてみると、「ストレスが原因です」と書いてある。

冗談じゃない。琵琶湖のほとりで一泊二日の旅を満喫してきて、何がストレスじゃぁい!

さいわい、20日ほどで聞こえなくなりました。あれはいったい何だったのか……。

夏に行った武蔵御嶽神社は、関東における狼信仰の聖地です。ZINEの取材も兼ねて訪れ、狼が描かれた魔よけの札をもらってきました。

それ以降、道でよく、小型犬に吠えられるんですよ。

広い道路の反対側にいるのに、わざわざ足を止めて、こっちに吠えてくるんですよ。

よく、小型犬と大型犬がすれ違う時に、小型犬の方がビビってキャンキャン吠えまくるのを見るけど、まさか僕の後ろに狼の霊を引き連れてるとか、そんなことは……。

なので、吠えてくるトイプードルとかダックスフンドとかに対しては、「犬畜生め、我は狼なるぞ」と念で威嚇しています。

極めつけが、奈良の大神神社。

大和朝廷発祥の地とされる場所です。この大神神社は、神社のある三輪山そのものが御神体として崇められていることで有名です。古代史をかじった人なら、一度は訪れたいまさに聖地オブ聖地。

というわけで、ウキウキ気分で参拝したんだけど、参拝を終えた後、なぜか足が震えはじめ、呼吸が乱れてきたんです。

……これはアカン、この神社強すぎる、とそそくさと神社を後にしました。三輪山の神は蛇の姿で現れるというけど、どことなく蛇の気配を感じながら参道を逃げるように通り抜けました。その後30分は息が整わなかったなぁ。

その4日後、スマホが壊れました。

その次の日、カメラが壊れ、万歩計の電池が急になくなりました。

すべて、大神神社に行くときに持っていたものです。

なんか故障が続くなぁよくないなぁ、と思いながら家で印刷をしていると、プリンターが急に止まりました(すぐ直ったけど)。

マッサージ器もなんだか調子がおかしいです。

……プリンターもマッサージ器も、持っていった覚えはないんだけどなぁ。

一方でいいこともあって、朝の運試しでタロットカードを引くんですけど、その日の運勢が当たる確率が上がったような気がします。

狼だけでなく、今度は蛇も連れてきちゃったのかなぁ。道でカエルを見かけたら「我は蛇なるぞ」と威嚇してみることにします。

狼さんと蛇さん、ケンカしないでね。

小説「あしたてんきになぁれ」 第46話「炎天下、ところによりスパイ」

志保の不審な行動を目撃してしまった亜美。志保の疑念を晴らすため、亜美とたまきが取った行動は……。


第45話「ため息ときどき舌打ち、ところによりバスケ」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


画像はイメージです

亜美は「城」のある太田ビルの階段を上る。肩からはバッグをぶら下げ、その中にはさっきコインランドリーで回収した衣類が入っている。本当は今日は洗濯当番ではなかったはずなのだけど、たまきから急に、どうしても代わってほしい、と頼まれたので、しぶしぶ引き受けた。大きな入道雲の影が、歓楽街の空気を薄暗く染め始めていた。

ビルの5階にある潰れたキャバクラ、「城(キャッスル)」。その入り口の黒いドアを亜美は開ける。そして、半分ほど身を部屋の中に入れた時だった。両側からいきなり、パーンッとクラッカーがはじける音が響いた。

「亜美ちゃん、二十歳のお誕生日、おめでとうー!」

と、志保の声。少し遅れてたまきが遠慮がちに、

「お、おめでとうです……」

と、たまきにしては精いっぱいの大きな声を出す。

亜美はというと、なんだか不思議そうに二人の顔を見比べた後、

「ん? 今日って、うちの誕生日だったっけ?」

とつぶやいた。

「何言ってるの? 八月十七日、今日、誕生日でしょ?」

と志保。

「ん? そうか。今日、十七日か……」

と、亜美はまだ何か納得してないかのようにつぶやく。

「ん? じゃあ、これやるために、たまき洗濯当番代わってくれっつったのか?」

「ま、まあ……」

「今日の夕飯は亜美ちゃんの好きなからあげだよ。もう、山盛り作るからね。あとね、舞先生からビールもらったから、もう堂々と飲んでいいよ」

「そうか……、あんがと」

そういうと、亜美は靴を脱いで、洗濯ものをしまいに衣裳部屋へと入った。

衣裳部屋の扉がバタンと閉じると、志保とたまきは顔を見合わせる。

「亜美ちゃん……、なんかおかしくない?」

「……はい、変です」

「自分の二十歳の誕生日を忘れてたなんて、亜美ちゃんに限って、そんなことある?」

「去年は何日か前から大騒ぎしてましたからね……」

「からあげにもお酒にも反応薄いし……、絶対、変だよ」

亜美が衣裳部屋から出てきた。志保は亜美に詰め寄る。

「亜美ちゃん、どうしたの? なんか悩みでもあるの?」

「……悩み?」

「そうだよ。なんか様子が変だよ。悩みがあるなら正直に言ってみたら?」

亜美は、志保の目を見つめた。

「なに? あたしの顔になんかついてる?」

「お前さ……、瘦せたんじゃね?」

亜美にそう言われて、志保はバツの悪そうに顔を赤らめた。

「しょ、しょうがないでしょ。ピョンくん夏休み何かと忙しくて、全然会えてないんだから!」

亜美は志保のことをじろじろと見ていたが、

「ふーん」

とだけ言うと、

「屋上でタバコ吸ってくるわ」

と、部屋から出て行ってしまった。

「……やっぱり、亜美ちゃんおかしいよ! いつもと全然違う!」

「やっぱり何か悩み事でしょうか……?」

「かもしれない……。たまきちゃん、ちょっと亜美ちゃんの様子見てきてくれるかな?」

「え、わ、私ですか? 私が行くんですか?」

たまきはきょろきょろと部屋の中を見渡したけど、自分と志保以外代わりに行ってくれそうな人は誰もいない。

「あたしはこれからからあげ作らなきゃだし、それに、あたしがこれ以上あれこれ聞いたら絶対ケンカになると思うんだよねぇ」

「でも、私が聞いても教えてくれないんじゃ……」

「いや、たまきちゃんならいける。たまきちゃんは何というかさ、ほかの人には面と向かって言えないことでも話せちゃうオーラがあるんだよね。なんというかさ、ほら、ペットのネコに話しかけるみたいなさ、ほかの人にはない、たまきちゃんの唯一無二のオーラがあるんだよ」

たまきは、褒められているのか、ちょっと馬鹿にされているのか、判断がつかなかった。だけど、亜美の様子がおかしいと気になるのはたまきも同じだ。靴を履いてドアの外に出る準備を始める。

ドアノブに手をかけてから、たまきは振り返った。

「志保さん……」

「……どうしたの?」

「私も……最近……志保さん、少しやせたと思ってます」

「え……、たまきちゃんもそう思うんだ。じゃあ、あたしもからあげモリモリ食べちゃおうかな」

そういって、志保はキッチンのほうに向かった。しばらくすると、

「あれ?」

と志保の声がする。

「え? ちょっと、なんで?」

「ど、どうしたんですか?」

外に出てドアを閉めようとしていたたまきが、中に戻ってキッチンを覗く。志保の前には、亜美が住む以前からあったという電子レンジ。レンジの前にはチンして食べるご飯のパックが3つ置かれている。

「やだ、あたし、ご飯あっためるの忘れてた! えー、ちょっと、なんで、もー! あーもーやだ!」

その様子をたまきは後ろから見ていた。

なんだか最近、志保は自分のミスに自分で苛立つことが多い気がする。

 

たまきは階段をのぼり、屋上へと出る。

屋上では、亜美が柵にもたれかかっていた。たまきのほうに背中を向けているので、たまきが屋上に来たことには気づいていないらしい。

なんとなく、声をかけづらいたまきは、亜美の後ろでちょこちょこと立ち位置を変えながら、その表情をうかがっていた。

どうも、亜美はどこを見るでもなく、遠くを見つめているように見える。手にはタバコ。少し険しい表情だ。何か考え事をしているのかもしれない。

亜美の指に挟まったタバコが、時折ペン回しの要領でくるくると回る。

その様子をたまきはしばらく眺めていたが、ふと、あることに気づいた。

亜美のタバコに、火がついていない。

亜美は「タバコを吸う」と言って出て行ったはずなのに、火のついていないタバコを、口にくわえることもなく、ただ指先でくるくる回しているだけなのだ。

ふと、くるくると回していたタバコが、亜美の指先からポロリと零れ落ちた。

「あ……」

タバコは眼下の道路に向かって落ちていく。亜美は真下の道路を覗き込むと、

「あーあ……」

とつぶやいた。

やっぱり、いつもと比べて何かがおかしい。亜美がタバコを吸わずに指先で回しているだけなのもヘンだし、いつもの亜美ならタバコをうっかり落とせば、舌打ちの一つぐらいしてもおかしくないはずだ。

「あ、あの……」

たまきは、ようやく亜美に声をかけた。

「ん? たまきか。どうした?」

「えっと……その……ヘンです……」

「ヘン? 何が?」

「その……亜美さんの様子が?」

「ウチの?」

亜美は、超意外、とでも言いたげに目を丸くする。

「いや、ヘンなのウチの方じゃねぇだろ」

「まあ、そうなのかも知らないですけど……」

たまきも、自分のほうがヘンな子だという自覚がある。

「たまき……」

「はい……」

「志保ってさ、アイツ、明日どっか行くとか、聞いてる?」

「……え?」

「バイトとかさ、施設とかさ、デートとかでさ」

なんで突然、亜美はそんなこと聞くんだろう。

「……私は、別に何も聞いてませんけど……」

「だよな。アイツ用事あるときは、いつも先に言うよな」

「あの、それってどういう……」

「ってことは、明日はここにいるってことか……」

亜美はもう一度、遠くを見てから、たまきに視線を戻した。

「たまき、明日、ゲーセン行くぞ」

「え? わ、私は別に……」

亜美はたまきのそばに来ると、がっしりと肩をつかんだ。

「行くぞ、ゲーセン。明日な」

そういうと亜美は、階段を下りていく。

「よーし、もう、今日は考えるのはやめ! 食うぞ、からあげ~! 飲むぞ~!」

たまきは、亜美に掴まれた左肩に手を置いた。ちょっとだけ、痛かった。

 

翌日の午後、志保が携帯電話を取り出したのを見て、亜美は立ち上がると、たまきに「よし、行くぞ、たまき」

と声をかけた。

「あれ? 二人とも、どこ行くの?」

と志保が尋ねる。

亜美は少し間を開けてから、

「……バッティングセンターだよ」

と答えた。

あれ? とたまきは首をかしげる。ゲームセンターに行くんじゃなかったのか。

「バッティングセンター? この炎天下に? あそこ、屋根ないでしょ?」

「……そうだよ」

志保は亜美の後ろにいるたまきを見る。

「たまきちゃんも一緒なの?」

「……まあ」

「……また亜美ちゃんが、絶対来いよとか脅しをかけたんでしょ?」

「……ちげーよ。その……、たまきが絵の参考にしたいからバッティングフォームを見たいっつーからさ」

またしてもたまきは、首をかしげる。もちろん、そんなことを言った覚えはないし、たまきに野球漫画を描く予定もない。

「……ふーん」

志保は、携帯電話の画面に視線を戻した。おそらく、カレシの田代とメールか何かの最中で、亜美とたまきの動向よりも、メールの文言のほうが気になるに違いない。

 

画像はイメージです

外に出たたまきは、亜美の後ろをついていく。亜美はバッティングセンターとは違う方角に向かって歩き出し、一番近くにあるゲームセンターを通り過ぎて、なお歩く。

いったいどこに連れていかれるのだろう、とたまきは不安になる。いかがわしいところじゃなければいいけど。

ただ、真昼間なので、そこまでヘンなところには連れていかれないだろう、とも思った。いかがわしいところはたいてい、夕方になってからの営業だろう。

ふと、亜美の足が止まった。細い路地の奥を見ている。

ビルとビルの間に挟まった狭い路地。ちょうど日陰になっている。

「あ~、ここ、ちょうどいいな」

そういうと亜美は、路地へと入っていった。たまきも後をついていく。

たまきはこの場所に覚えがあった。前に鳥のラクガキを見つけた場所だ。

路地の奥まったところに自販機がある。亜美は自販機にお金を入れて、ボタンを押した。

たまきは自販機の裏を覗き込む。十センチほどの隙間があって、鳥のラクガキが相変わらずそのままである。それにしても、こんな狭いところ、本当にどうやって描いたんだか。

「なにやってんだ、おまえ?」

と亜美は言うと、たまきに

「ほれ」

とスポーツドリンクを渡した。

「ネッチューショーに気を付けよう、ってな」

たまきはボトルを受け取る。熱中症の怖さは、この夏、よくわかってる。

「それで……あの……話があるんですよね……たぶん」

たまきは、亜美の目を見上げた。

「……まあな」

「それって、志保さんに聞かれたくない話なんですか……?」

「ん、……まあ」

亜美はボトルのふたを開けた。

ビルとビルの間の狭い路地には日が差し込まず、黒い影がしっとりと地面を濡らしている。

 

写真はイメージです

着信音が鳴り響き、舞は飛び起きた。

ぼさぼさの長い髪をかきながら、窓の外を見る。

窓のむこうは、真っ暗闇。

頭がまだぼおっとする中、携帯電話を手に取った。

最初に目に入ってきたのは時刻の表示。午前四時である。

次に、電話をかけてきた相手の名前が目に入った。

「ママ」と書いてあるけど、実の母親ではない。行信寺の住職のことだ。

舞は軽く舌打ちをした後、電話をとった。

「もしもし?」

「やだー! 舞ちゃん、久しぶりじゃなーい!」

舞は、今度ははっきり聞こえるように舌打ちをした。

「ちょっと、なによ、今の舌打ち」

「ママ、こんな真夜中に勘弁してくれ……。寝てたんだよ……」

「真夜中? もうお昼過ぎじゃない?」

「今、海外にいるんだよ。スペインのバルサ」

舞は再び窓のむこうに目をやる。少し遠くに、かの有名なサグラダ・ファミリアが見える。あの古めかしくも斬新な独特のデザイン尖塔の中に、クレーンだの作業用の足場なども見え、この世界遺産がまだ建設中であることを物語っている。舞が子供のころは、生きているうちには完成しないといわれていたけど、技術の進歩で、どうやら何年後かには完成するそうだ。

「あら、舞ちゃん、このまえもヨーロッパにいなかった?」

「この前は友達との旅行。今回は取材だよ。で、何の用だ?」

少し頭がさえてきて、苛立ちも収まってきた。むしろ、異国の地で知り合いの声が聞こえることに、うれしさも感じる。

「ううん、ちょっとね……」

そこで住職は、少し声のトーンを落とした。

「……志保ちゃんのことでね」

「……なんかあったのか、あいつ」

舞が日本を離れるときに一番気がかりだったのが、不法占拠の野良猫三人娘である。亜美が何かトラブルを起こさないか、たまきがまたリスカしないか、気がかりではあるけれど、舞としてもあの三人のことを中心に生活しているわけではないし、仕事となれば東京を離れなければいけない時も多い。

ただ、あの三人の中で、志保に関しては「まあ、あいつなら大丈夫だろう」という信頼感と、「あいつが何か問題起こすのが、実は一番やばい」という緊張感がないまぜになっている想いがある。

なので、住職が志保の名前を出したとき、驚きがありつつも、すぐに緊張が走った。

「……志保がどうしたって?」

舞の声もトーンを落とす。

「まあ、大したことじゃないんだけどね……」

「……ホントに大したことなかったら、ママはわざわざ電話しないだろ。ママの勘は当たる。なんか引っかかることがあったんだろ?」

「本当に大したことじゃないんだけどね……、何日か前の、ちょっと志保ちゃんの様子がおかしかったっていうか……」

「どんなふうに?」

「うっかりミスが多いのよ。珍しく遅刻しちゃったり、頼んでたこと忘れちゃってたり、お客さんが来たのに気づかなかったり。どうしちゃったのかしらってくらい」

舞は、バルセロナの夜景を見ながら、携帯電話を耳に押し当て、住職の話に耳を傾けた。

「なんかね、落ち着きがないっていうか、少しイライラしてたっていうか……」

「それで?」

「だからね、聞いてみたのよ。何か悩んでることとか困ってることとかあるのかしらって」

「で、あいつはなんて?」

「彼氏とうまくいってない、みたいなことを話してたわ。まあ、ケンカしたというよりも、すれ違いが続いてて、なかなか会えてないみたいなの」

それを聞いた舞は、受話器に向かって深いため息をした。

「そのくらい、あのくらいの年の子にはよくある話だろ」

「そうなんだけどね。でも、あの落ち着きのなさ、もしかしたらって思っちゃったのよねぇ」

そういって、住職は言葉を切った。舞も現役ではないとはいえ、一応、医者である。住職が言わんとしていることを察した。

「クスリの症状……、いや、どっちかっていうと、禁断症状か……」

「まあ、アタシが志保ちゃんの事情を知ってるから、そう見えちゃってるだけかもしれないけどねぇ。どうかしら、お医者さんのご意見としては?」

「……本人のその様子を直接見たわけじゃないし、薬物依存は専門じゃない。何とも言えないよ。……むしろさ、そういうのはママのほうが詳しいんじゃないの?」

「まあ、アタシもそれなりに色々見てきたからねぇ」

「で、それなりに色々見てきたママの目からして、どうも引っかかると……わかった。日本帰ったら、あたしも志保の様子気にかけとくよ」

 

電話を切ると、舞はベッドの上に座った。ホテルの窓からは外の通りが見え、時折走る車のヘッドライトやハザードランプが明るく燈る。

何か月か前、志保が彼氏できたとはしゃいでいるのを見たときに、舞は一つ危惧していたことがあった。

それは、薬物依存が、そのまま彼氏依存にすり替わっただけなのではないか、ということ。

もちろん、薬物依存に比べれば、こっちの方がずっといい。

ただ、もしも薬物の代わりに依存している彼氏とうまくいかなくなった時、何か良くないことが起きるのではないか。それが舞の危惧だった。

舞は夜空を見上げる。今週いっぱいは日本には戻らない予定だ。ただ、少しスケジュールを調整すれば、早めに戻れなくもない。日本に戻ったら、あいつらの寝床に顔を出しとくか。

 

たまきはスポーツドリンクを半分ほど飲んでしまった。亜美も同じくらいだ。スポーツドリンクを飲みながら、一向に話し出そうとしない。

亜美のくちびるがボトルから離れた。

「あのさ……」

「はい……」

「志保、やっぱ……痩せたよな……?」

「……はい」

「お前さ、志保のことで、ほかになんか気づいたことあるか?」

亜美は、たまきのほうを見ることなく尋ねた。

「……最近、うっかりミスが多くなった気がします。それで、自分のミスに、自分でイライラしてるのかなって……」

たまきは亜美の顔を見上げる。亜美は変わらず、たまきを見ようとしない。

「あの……、志保さん、どうかしたんですか?」

「……この前、見かけたんだよ、志保を、外で」

亜美は少しだけたまきを見たけど、すぐに視線を外した。

「あっちの、ギョエンの近くの裏通りで、たまたまな」

たまきは亜美の言う「ぎょえん」というのがどこなのかよくわからなかった。きっと「GYOEN」みたいなロシア語か何かの名前のおしゃれなバーのことだろう。

「なんか、知らねーオトコと会っててさ」

「え? う、浮気ってことですか?」

「ウチも最初はそーかなって思ったんだけどさ、そういう感じじゃねぇんだよ。なんか志保がそいつに金渡して、何かを買ってるように見えたんだよ」

「買ったって、何をですか?」

「さあな。結構な金額渡してたぜ。少なくとも三万円か、それ以上だな。でも、何を受け取ったかまでは見えなかった」

たまきは亜美をじっと見る。亜美が何の話をしたいのか、ぴんと来ない。

「えっと、それは志保さんが何か高い買い物をしてたって話なんですか?」

「ああ。でも、カネを渡すのははっきり見えたけど、何を買ったのかはわかんなかった。たぶん、かなりちっちゃいものだ」

「小っちゃくて、高いもの……」

たまきは考える。

「……ゲームのソフトとか、ですか?」

「いや、ふつー一万円もしねぇよ。どんなプレミアのゲームだよ」

亜美はちょっとだけ笑った。でも、すぐに険しい顔になった。

「ウチは……、クスリなんじゃねぇかって思ってる……」

さすがのたまきも、亜美の言う「クスリ」が風邪薬や胃薬の類ではないことぐらい、すぐにわかった。

「ウチはさ……、アイツを信じたいけどさ……なんだかんだでもう、一年も一緒にいるからな」

「で、でも……! 確かに志保さん、最近ちょっと変ですけど、その……、私たちに隠れてそういう薬をやってるようには、思えないです……!」

たまきは、いつもよりも少し早口でしゃべった。

「そーなんだよなー。何か隠し事してるって感じじゃねぇんだよなぁ。これでクスリ隠れてやってました、ウチらのこと騙してましたってなったら、アイツ、大女優だぜ?」

亜美はそう言って笑ったけど、たまきは笑う気にならなかったし、亜美も目が笑っていない。

しばらく、二人の間に沈黙が続いた。沈黙を破ったのは、意外にもたまきの方だった。

「あの、こういうのってやっぱり、舞先生に相談した方が……」

「いや、それはマズいだろ」

と亜美は即答した。

「なんでダメなんですか? だって、私たちだけじゃ……」

「なんでって、ダチを売るようなマネできるかよ」

たまきは「だちを売る」の意味がよくわからない。志保が何かを買ったという話ではないのか。

「じゃあ、どうするんですか……?」

「ウチもいろいろ考えたんだけどさ……」

亜美はようやく、たまきのほうに体ごと向き合った。

「アイツのこと、尾行するんだ」

「びこう、ですか?」

「そうだ。でも、アイツの犯行を突き止めるためじゃねぇぞ。アイツはクスリなんか買ってないって、志保の無罪をウチらが証明するんだ」

たまきは、亜美がちょっといたずらっぽく笑ったようにも見えたけど、気のせいだったかもしれない。

 

画像はイメージです

次の日。

「あれっ?」

と志保が声を上げた。

「ねぇ、誰か、アタシのカバン触った? いつもと場所が違うんだけど?」

志保が亜美とたまきに尋ねる。志保は、近くにいるたまきを見た。

「えっ? さ、さあ……その、私……よくわかんないです……」

たまきは助けを求めるように、後ろにいる亜美の方へと振り向く。たまきの表情を見て、亜美はため息をつく。

だめだこりゃ。たまきのやつ、ふだんは何考えてるのかちっとも顔に出ないくせに、隠し事とか、ないしょ話とか、そういうときに限って動揺がものすごく顔に出る。

「あー悪りぃ、たぶん、それウチだ。ゆうべ、アクセが見つかんなくて、あっちこっち引っ掻き回したんだよ。そん時、動かしたまんまだったかもしれない」

「そ、ならいいんだけど。じゃ、バイト行ってきまーす」

志保が『城』を出て扉が閉まるのと同時に、亜美とたまきは同時にため息をついた。

「ご、ごめんなさい……。私、そんなに動かしたつもりはなかったんですけど……」

「いや、アイツがキチョーメンなんだろ。志保だったら数センチずれてるだけで、いつもと違うとか言い出すんじゃね?」

つまり、この二人は共犯である。主犯が亜美で、実行犯がたまきだ。ゆうべ、志保が夕飯の料理をしているとき、亜美がテキトーにあれこれと話しかけて志保の注意を引く。その間にたまきが衣裳部屋においてある志保のカバンを漁る。目的は、志保のカバンに何か怪しいものはないか調べることと、志保のスケジュール帳を覗き見て今週の予定を書き写すことだ。

たまきは最初、そんなスパイかドロボーみたいなマネ、自分にはとても無理だと首を横に振った。しかし、亜美はたまきにやれと迫る。

「この実行犯はな、ウチよりお前の方がピッタリなんだよ」

「ほら、もう実行犯って言ってるじゃないですか……」

「いいか、お前は影が薄いからな、お前がリビングでゴロゴロしてても、衣裳部屋でコソコソしてても、トイレでおしっこしてても、屋上でぼんやりしてても、志保はお前の行動の変化にしばらくは気づかないんだよ。そのうえ、アイツが料理をしてる時を狙って、ウチが話しかけ続けるんだ。お前が何をしようと、志保は絶対に気づかない。おまえ、自分の影の薄さにもっと自信を持て!」

たまきは褒められてるのかちょっと馬鹿にされてるのか、判断がつかなかった。影が薄いのは自覚しているけれど、だからってドロボーの真似事みたいなことをして、絶対にばれないなんて自信はない。かたくなに首を縦に振らないたまきだったが、亜美に

「じゃあ、お前が志保に話しかけ続けて、アイツの注意ひく役をやるか?」

と言われて、そっちの方はもっと自信がなかったので、ようやく実行……役を引き受けることにした。

志保が料理を始めると、亜美が近づいて話しかける。

「で、最近どうだ? ヤサオとはうまくいってんのか?」

「どうしたの急に? ピョン君のことなんて興味ないんだと思ってた。うーん、相変わらず、あんまり会えてないんだよねー」

亜美が話しかけるのを合図に、たまきは衣裳部屋にそっと忍び込む。

衣裳部屋は、もともとはたぶんキャバ嬢の着替えや待機の場所だったのだろう。でっかいハンガーラックがあって、亜美によると最初からあったそうだ。今はそこに亜美と志保の服がたくさんかけられていて、その中にたまきの服も申し訳なさそうに引っかかっている。

もう一つ、大きな姿見の鏡も置いてあり、亜美と志保はここで化粧をしているが、たまきはせいぜい寝癖を直すぐらいにしか使ったことがない。

そのほかには亜美が大切にしている金庫があり、段ボールがいくつか積まれていて、中には冬服が入っている。そして、三人それぞれのカバンも、普段はこの部屋においてある。

志保の白いハンドバッグは、段ボールの上に置かれていた。

少し半開きになったドアからは、亜美と志保の話す声が聞こえる。志保はまだ、たまきの行動に気づいていないようだ。

一回深呼吸をすると、たまきはバッグの口を広げ、中をのぞいた。

お財布、化粧ポーチ、読みかけの本……、ひとまず、謎の白い粉だの注射器だののようなものは入っていない。

一安心したたまきだったが、もちろん、「いま、もってない」からといって、志保が無実というわけではない。

たまきは、バッグの中にあるピンク色の本に手を伸ばした。本と言っても、文庫本に比べるとずいぶんと薄い。

志保のスケジュール帳である。

申し訳なさでいっぱいになりながら、たまきはスケジュール帳を開いた。ぺらぺらとめくりながら、8月のページを開く。

丸っこいけどしっかりした字で予定が書きこまれている。たまきは亜美に渡されたメモ用紙に、この先2週間分の予定を書き写した。

志保の予定は「施設」「カフェバイト」「寺バイト」、そしてひとつだけあるハートマークの4パターンだった。ハートマークはおそらくデートなのだろう。

すべて書き写したところで、たまきはため息をつくと、再びドアの方を見る。志保がやってきそうな気配はない。

たまきは前のページをめくった。そこには8月の前半のことが書かれている。

たまきは8月12日の項目を探した。

その日が、亜美が志保の怪しい行動を目撃した日だと、亜美が言っていたのだ。

そこには、やっぱり丸っこいけどしっかりした字で、「カフェバイト 1時~4時」とだけ書かれていた。

たまきはスケジュール帳をバッグの中に戻した。もしかしたらバッグがちょっとずれたかもしれないけど、そこに気を配る余裕はたまきにはない。

たまきはいま一度深呼吸をすると、そおっとドアを開けて部屋の外に出た。

たまきがドアを閉めようとした途端、ものすごい勢いでぬいぐるみが宙を飛び、たまきの頭上をかすめ、ドアに直撃した。

「前から言おうと思ってたんだけどさ! ピョンくんのこと『ヤサオ』って呼ぶの、やめてよね! 絶対バカにしてるでしょ!」

「はぁ? てめぇの『ピョンくん』の方がよっぽどバカっぽいだろ! だいたいよ、あのヤサオのどの辺が『ピョン』なんだよ?」

「だから、ヤサオはやめてって言ってるでしょ!」

志保はソファの上のぬいぐるみを手に取ると、亜美に向かって投げつけた。亜美はそれを片手で払いのける。弾かれたぬいぐるみは宙を舞って、たまきの足元に落ちた。

たしかに志保の注意を引きつけているけど、何もけんかすることないじゃないか。

 

画像はイメージです。

夕方、亜美とたまきの姿は、志保のバイトする喫茶店「シャンゼリゼ」の前にあった。シャンゼリゼは少し大きな通り沿いにあるけれど、車よりも歩行者のほうが多い。そんな通り沿いの、シャンゼリゼから見てはす向かいの路地に、亜美とたまきは身をひそめる。

亜美はペットボトルのドリンクを飲むと、携帯電話に目をやった。ちょうど4時を過ぎたところだ。

太陽に温められたアスファルトが放つ熱気が、容赦なく二人の肌を蒸しあげる。

志保を尾行するにあたり、亜美が目を付けたのが「カフェバイト」と書かれた日だった。志保の予定の中で、終わる時間が一番はっきりしていたうえ、『城』から見て場所も近い。亜美が志保の怪しい行動を見たときもカフェバイトの帰りだったというのもあって、カフェバイトの日を狙って尾行することになったのだ。『城』からずっと尾行するよりも、「シャンゼリゼ」の前で待ち伏せして、帰り道だけ尾行する方がばれづらいだろうという判断もあった。

「出て……来ませんね?」

たまきが不安げに亜美を見る。

「四時にバイト終わるっつっても、すぐに出てくるわけじゃないだろ」

亜美が汗をぬぐいながら答える。

「たまき、今のうちにおさらいだ。志保が出てきたら、まずお前が5メートルくらい離れて志保を尾行する。そのあとでウチが5メートルくらい空けて追いかける。大丈夫か?」

「あ、あの、やっぱり一緒に尾行しないんですか?」

亜美の作戦では、基本的にはたまきが一人で尾行することになってしまう。

「んなこと言ったってお前、ウチが志保の近く歩いてたら、バレるだろ?」

たまきは亜美の全身を今一度見る。鮮やかな金髪に、黒いキャップ。胸元がぱっくり空いたタンクトップ、肩からは青い蝶のタトゥーがのぞいている。下の方に目をやれば、おへそが丸出しで、銀色のピアスがついている。ズボンはボロボロで途中でちぎれているのだけど、亜美いわく最初からこういうデザインなんだとか。ボロボロズボンの切れはしからはむっちりとした太ももがしっかり見えている。

およそ、友達をこっそり尾行しようと言い出す人のファッションではない。

「たまき、お前なら大丈夫だ。堂々と後をついてけばそれでいいんだよ。5メートルも離れるんだぞ。お前なら、完全に風景に溶け込める。ちょっとぐらい目が合ったってばれるもんかよ。おまえ、もっと自分の影の薄さに自信持て!」

たまきは、褒められてるのかちょっと馬鹿にされてるのかよくわからなかった。

「でもでも、それでももし見つかったら……」

「見つかった時はお前、偶然のフリすればいいんだよ。あれー、志保さん、ぐうぜんですねー、えー、私ですかぁ? 私はちょっと散歩してるだけですぅー、いやー、偶然ですねー、って」

亜美はやけに高い声で、身振り手振りを混ぜてしゃべる。もしかして、いまのはたまきの物まねのつもりなのだろうか。たまきはこれ以上深く考えないようにして、シャンゼリゼの入り口に目を向けた。

数分ほどして、店のドアから志保が出てきた。たまきは一度深呼吸すると、尾行を始めた。

尾行と言っても、別にコソコソすることはない。亜美に言われた通り、だいたい5メートルの間隔をあけながら、志保の後を追っていく。

真夏の夕方の繁華街は、人が多い。なるほど、亜美のように奇抜なファッションをしていない限り、5メートル以上離れれば十分に風景に紛れ込める。少なくとも、「たまきが人一倍影が薄いからばれてない」わけではないのだ、と信じたい。

尾行して見て気づいたのだけど、志保はあっちこっちきょろきょろ見ながら歩いてる。もしかしたら尾行がばれてるんじゃないかとたまきは志保の挙動をじっと見るけれど、そういうわけでもなさそうだ。きょろきょろあちこち見るのがクセになっているように見える。

ふと、志保がくるりと振り向き、一瞬、たまきと目が合ってしまった。たまきは足が止まる。

志保はたまきに気づいていないらしく、また前を向くと何事もなく歩き出した。それでも、もしかしたらばれたんじゃないかと不安になるたまきは後ろを振り向き、後方を歩いている亜美に、助けを求めるように視線を飛ばす。

亜美はというと、のんきにフラペチーノなんぞを飲みながら歩いている。自販機で買ったものではない。プラスチックの容器にストローが突き刺さった、どこかのお店で買ったものだ。いったい、いつの間にあんなものを。

亜美はたまきの顔を見るなり、たまきの不安を察したのか、まっすぐ志保の方を指さした。ばれてないから、大丈夫だから、いいから行け! ということだろうか。

駅前の大通りを渡ったところで、志保の様子が変わった。明らかに落ち着きがないように見えるし、何かを探しているようにも見える。

たまきにも緊張が走る。また亜美の方を見る。亜美はまたしても志保の方を指して、口パクで「いけ」というけれど、亜美も志保の変化を察したのか、顔つきは少し険しい。

人ごみの中を縫うように、たまきは志保の後を追う。歓楽街の中心に近づくにつれてどんどん人が増えるので、数メートル近づいても、おそらくばれないだろう。たまきは歩調を速め、志保との距離を詰めた。

志保が帰り道とは違う方向の路地に入った。たまきはさらに歩調を速め、それでいて足音は立てないように、人の波の間に巧みに身を隠しながら、路地へと近づいた。

たまきが路地を覗き込む直前、がこん!と何かが落ちる音が聞こえた。

たまきが路地を覗き込むと、志保が身をかがめて、自販機の取り出し口からペットボトルを手にとるのが見えた。

「あ~、生き返る~」

志保はボトルの中のお茶をごくごくと飲むと、バッグの中からハンドタオルを出して汗を拭く。

たまきがほっとため息をつくと、隣に亜美がやってきた。

「おまえ、先、帰れ」

と亜美。

「『城』に誰もいないのは、ヘンだ」

確かに、三人そろって『城』を開けるという場面は、実はあまりない。たまきは無言でうなづくと、『城』に向けて歩き出した。

ふとたまきは、亜美の手にもうフラペチーノの容器が握られていないことに気づいた。一体、いつの間にどこに捨ててきたのだろう。

 

画像はイメージです

そこから10日ほどたった。その後、三回ほど志保を尾行したけれど、これと言って怪しい場面に出くわすことはなかった。

亜美は「なんもなけりゃそれでいいんだよ」とは言っているけれど、そういいつつもどこか納得していないようだ。志保にやましいところがないなら、自分が見たのは何だったんだろうと、説明がつかないからだろうか。

その日は曇り空だった。蒸し暑いけれど、日差しが降り注ぐ真夏日よりはましである。たまきは、久々にスケッチブックを抱えて、公園へとやってきた。

スケッチブックを広げ、鉛筆を握り、ふうっとため息をつく。相変わらず、特に描きたいテーマが浮かんでこない。お寺のバイトで「創作意欲」なんてものを使い切ってしまったのだろうか。

ふと、背後に気配を感じた。

「たまきちゃん、久しぶりじゃん!」

ミチの声である。

「しばらく来なかったけど、どうしたのさ?」

「……まあ」

特に描きたいものが浮かばなかったのもあるし、炎天下の公園に来る気がしなかったのもある。

そもそも、この男は炎天下の公園に毎日、「世の中」に対して歌うためにやってきていたのだろうか。酔狂である。

「たまきちゃん、見て見て、これ」

と、ミチは携帯電話を見せた。写真が表示されている。青いバイクだ。

「バイト代ためて買ったんだよ~。去年の春に免許は取ったんだけど、肝心のバイクが買えなくてさ~。やっとだよ~」

ミチは、携帯電話をさらにたまきの目の前に近づける。

「かっこいいでしょ?」

たまきは返答に困る。この手の乗り物に全く興味がないのだ。なので、

「……まぁ」

と、どうとでも取れる返事をしたのだけど、ミチは

「でしょ~」

と、かなり好意的に受け取ったようだ。

絵は描けないわ、ミチは話しかけてくるわで、たまきはとっととこの場を離れたくなった。

ふと、公園の時計を見ると、三時半を指している。

四時からはまた、亜美と合流して志保の尾行をする予定だ。

「あの、私、予定があるんで、今日はこれで……」

そういってたまきが立ち上がると、ミチは

「予定ぃ? たまきちゃんがぁ? 嘘ぉ!」

と、にわかには信じられないといった表情をした。そういえば、バイトを始めたといったときも、こんな感じだったような気がする。

失礼なミチはもう無視して、たまきは公園の出口へと歩き出す。

もしかしたら、ちょっと心が弾んでいるのかもしれない。

バイトが終わってやることもなくため息ばかりついて「引きこもりのたまきちゃん」に戻ってしまっていたけれど、ここしばらく「志保を尾行する」というやることが急にできて、「あれ、私、これから何をすればいいんだろう」という状態から、一応脱却できたのが、ちょっと嬉しいのかもしれない。

そうだ、私は志保さんの無実を証明するためにやってるんだ、とたまきは自分に言い聞かせた。だいたい、「志保がクスリを買ってるかもしれない」というのは亜美が言ってるだけで、亜美だって「何かを買ってるのを見た」ぐらいでしかない。亜美の目撃情報なんて、これほどあてにならないものがこの世にあるだろうか。きっと、たまきにはわからない化粧品か何か買ったのを、亜美が見間違えたんだ。このまま尾行を続けて、何も起きず、ほんとに亜美さんは人騒がせなんだからと笑い飛ばす、それでいいんだ。

たまきは公園を出て、駅のむこうの繁華街を目指す。ビル街のむこうから入道雲が顔を出し、時折ゴロゴロと遠雷の音が聞こえているけれど、たまきはまだ気づいていない。

 

つづく


次回 第47話「追走、のち土砂降り」(仮)

……来年春公開予定。心して待つように。


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

富士登山、最初の試練

前回のあらすじ

富士山に登る計画を立てようとしたら、4つもルートがあることを初めて知るのでした。ポケモンだって最初は3匹の中から選ぶってのに、もうひとつ選択肢が多いだなんて……。

さて、どのルートから登ろうか。もちろん、登りやすさ・難易度も大事だけど、家からのアクセスの良さもかなり重要。我が家から最適なルートはどれだろうと、例の富士山公式サイトを見て見ました。

……吉田ルートへ向かうアクセス方法だけで、かなりの数が書いてあるんだが。

たぶん、東京都内から直通バスが何本も出てる吉田ルートが、アクセスとしては一番いいんだろうけど、そのアクセス方法が多すぎる。

4つのルートのどれにしようで悩んでたのに、どのルートがアクセスいいんだろうで調べてみると、さらに多くの選択肢が出てくる。なんてこった。決められないじゃないか。

東京の主要駅はどこ選んでも富士山への直通バスが出てるみたいです。便利なんだけど、どこでもいいって言われると、かえって困る。

東京駅からもバスが出てるし、秋葉原からもバスが出てる。秋葉原なんて、東京駅から2駅しか離れてないじゃん!

今年からは、お台場と富士急ハイランド・河口湖の直通バスが始まったそうです。お台場と富士山の直通って、その需要、コアすぎるだろう。

乗り換えを考えると東京駅が一番いいんだろうけど、いや待て、秋葉原も同じ路線……。いや、山梨へ行くなら新宿の方が近い……。いや、池袋の方が……。いや、いっそ一番めんどくさそうなお台場から……。

まさか、富士山の試練はここからもう始まっているのか……? いくつもある同じような選択肢の中から、一つに決断できるか。これぞ富士山の最初の試練……。

山では、わずかな判断の遅れが命取りになります。ましてや日本最高峰の富士山ならなおさら。「東京駅か、新宿駅か」、これしきのことを決断できないようなヤツに、富士山に入る資格はない! ……のかもしれない。

いや、でも、大げさとも言い切れない。乗り換えが効率的なのを選ぶか、ちょっとでもお金が安いのを選ぶか、何を判断の基準にするかが、富士登山において重要なことなのかもしれない。

そういえば、アニメ「ヤマノススメ」では初めての富士登山に挑んだあおいちゃんが高山病になるシーンがあったなぁ。ちょっと頑張ってみるか、リタイアするか、その判断をどこで下すか……。やっぱり、「電車で行くか、バスで行くか」「どの駅からバスに乗るか」を決められなければ、どのルートで登るかも決められず、命にかかわるような判断も間違える……。

あ~、でも、どの駅から、いや、どの登山ルートにしようかなぁ~。

富士山は知らないことだらけ

あたしゃ何にも知らないのね、とつくづく嫌になりますよ。

4年後に富士山に登ろう! と計画して、まずは富士登山に必要な装備って何だろう、とググってみたところ、「富士登山オフィシャルサイト」なんてものが出てきました。

いや、オフィシャルって何だよ! 誰が書いてるんだよ! 富士山か! 富士山がパソコンで書いて更新してるのか!

もちろんそんなわけなくて、環境省と山梨県と静岡県が共同で運営しているサイトなのでした。

さて、さっそくサイトを開いてみると、衝撃の文字が!

「2025年の登山シーズンは終了しました」

ガーン!

シーズン終わったんかい!

ってか、シーズンがあったんかい!

あたしゃ、そんなことも知らなかったよ。

サイトによると、富士登山ができるシーズンは9月上旬から7月上旬に2か月間だそうです。

10月ぐらいが涼しくてよさそうだ、と思ってた僕は早くも出鼻をくじかれました。

さて、富士登山に必要な装備はどんなもんかとサイトを見ていると、さらに衝撃の言葉が。

「7月山頂 平均気温5℃」

……寒い! 7月なのに寒すぎる!

100m登れば0.6℃下がるので、標高3776mだと下界より25度くらい下がる計算なのはわかってたけど、いざ「7月は5℃です」と書かれると、いかに寒いかがわかります。

そういや、今年の夏、ケーブルカーで奥多摩・御岳山の山頂に行った時、万全の熱中症対策をしてきたのに、全く意味ないほど涼しかったもんなぁ。あそこより2000m以上高いんだぜ。

そりゃ、10月とか無理だわ。

さらに、4年後の登山を思い描きながらサイトを見ていると、まだまだ知らないことがありました。

なんと、富士山には、登山ルートが4つもあるんです。

なんとなく、登山口は1個だと思ってたけど、まあ、あんなにデカいんだから、そりゃルートもいっぱいあるかぁ。

えっと、一番カンタンなルートはどれですか……。あんまりトラップとか敵キャラとかがいないルートで……。

なんてこった。冒険のプランを組もうと思ったら、まずどのルートか選ぶかで全然違うなんて。なんだか、ポケモンの最初の3匹のうち1匹を選ばなければいけない、みたいな話です。そう、冒険はいつだってなにかを選択することから始まり、家に帰って洗濯して終わるのです。

あんなにデカくて、東京からもよく見えるのに、富士山、知らないことだらけだなぁ。日本には、そして世界には、まだまだ知らないことばかり。だから面白いんですね。