『サクラクエスト』がつまらないと言われ続けた本当の理由

半年にわたって放送されてきたアニメ『サクラクエスト』が来週で最終回を迎える。この半年間、Twitterで「サクラクエスト」と入力すると、常にサジェストで「つまらない」と表示されてきた。なぜ、サクラクエストはつまらないと言われ続けてきたのだろうか。


アニメ『サクラクエスト』とは?

サクラクエストのあらすじ、何度も書いてきた気がしていい加減めんどくさいから、これ見て(笑)

「サクラクエスト」第2クールを振り返って見えて来たもの

第1クールについての分析は「『サクラクエスト』の描く町おこしの本質 彼女たちが間野山に留まる理由」という記事で描いたので今回は深く掘り下げない。

ただ、第1クールの最後に描かれた、「建国祭に人気ロックバンドを呼び、イベント自体は大成功だったけど、街の活性化にはつながらなかった」という展開はものすごく重要である。

この話をターニングポイントに、間野山の町おこしの方向性が大きく変わっていった。

第1クールでは間野山彫刻のPRや映画撮影の招致、B級グルメの開発やお見合いツアーなどが行われ、その集大成として建国祭が大々的に行われた。

一方、第2クールで行われた街おこしの活動は、次の通りだ。

・へき地の集落の老人たちにインターネットを教える

・へき地の集落のためにデマンドバスを運行させる

・間野山第二中学校の閉校式を行う

・体育館を劇の練習や、教室をブックカフェブックカフェにするなど、廃校を活用をする

・寂れた商店街に吊るし燈篭を配布する

・人気の洋菓子店のために商店街の店舗を貸す

第1クールと第2クールの違い、おわかりいただけるだろうか。

第1クールは間野山という町を多くの人に知ってもらうこと、多くの人に来てもらうことを主軸として活動していたのに対し、第2クールでは間野山に暮らす人々がより暮らしやすくなるために活動をしているのである。

つまり、第1クールの活動が外向きなのに対し、第2クールの活動は内向きなのだ。

その集大成がみずち祭りである。第24話ではテレビ局が建国祭の時のように協賛を持ちかける。

その条件が、間野山の小劇団で行う予定だった劇を、テレビ局が作ったアイドルグループにやらせてほしいということ。そうすれば、テレビ局もみずち祭りを宣伝し、多くの客が集まるという話だった。

だが、観光協会の丑松会長は、その提案を完全に却下し、テレビ局を追い返す。

建国祭が「外から人を呼ぶための祭り」だったのに対し、みずち祭りは「間野山で暮らす人のための祭り」であることを、会長は重視したのだ(ちなみに、この丑松会長が50年前、みずち祭りを途絶えさせた張本人である)。

数字を捨ててでも、祭りが町の人のためのものであること、間野山がそこで暮らす人たちの居場所であることにこだわったのである。

サクラクエストから学ぶ「町おこしの本質」

そもそも、多くの人に知ってもらう、多くの人に来てもらうというのは本当に町おこしの方向性として正しいのだろうか。

メジャーな町で建国祭に似た事例がある。

千葉県浦安市だ。

浦安と言えば、誰もが知ってる東京ディズニーランドのある町である。

だが、浦安の町がディズニーランドのおかげで賑わっているとは言い難い。ごく普通の町である。

理由は舞浜駅があるからだ。あの駅があるせいで、よそから来た人は浦安の町を観光することなく、いきなりディズニーランドの目の前に出てしまう。そして、ディズニーランド内で全て食事やホテルなどを済ませ、舞浜駅から帰っていく。結果、浦安の町自体の活性化にはつながっていない(そもそも、浦安駅からめちゃくちゃ遠い)。

そんな話を親にしてみたところ、「東京スカイツリーも同じだ」と言われた。どうやら、スカイツリーのおひざ元にある押上が、当初のもくろみ程人が集まらなかったらしい。

確かに、スカイツリーもずばり「スカイツリー駅」から徒歩数秒で行くことができ、買い物や食事も「ソラマチ」の中で完結してしまう。

「注目を浴びれば、人を集めれば、町おこしは成功」というのはもはや、幻想なのかもしれない。

サクラクエストというアニメは、単に数字上の成功を追いかけるのではなく、その町で暮らす人々が、ここに住み続けたいと思える居場所に町を変えていくことが、町おこしでは重要なのではないかと問いかけているのだ。

そして、この「数字上の成功を追い求めない」というのは、サクラクエストというアニメ自体にも言える話なのである。

「サクラクエスト」がつまらないと言われ続けた本当の理由

僕がサクラクエストに最初に惹かれた理由、それは『このアニメは媚びていない』という点だった。

そう、サクラクエストは媚びていないのだ。安易な数字上の成功を求めて作られたアニメではなかったのだ。

確かに、メインは5人の女の子であるがいわゆる「百合展開」と呼ばれるものもなければ、彼女たちのかわいらしさのみに頼った展開や、エロさのみを際立てた演出もほとんどなかった(たまにはあったけど)。

そして、その周りを取り巻くキャラクターはじいさんばあさんが多い。「こんなにシニア層しか出てこないアニメも珍しい」という書きこみを見たこともある。

つまり、ビジュアル的にほとんど媚びていない。「ビジュアルで数字を稼ぐことを放棄している」ともいえる。

そして、シナリオ展開も大きな事件が起こるわけではなく、恋愛要素があるわけでもなく、地味と言われ続けた。「エンタメ要素で数字を稼ぐことを放棄してた」のだ。

サクラクエストで描かれていたのは、田舎のリアルな現実と、そこに向き合う若者のリアルな現実。夢との葛藤、アイデンティティとの葛藤、挫折と成功の繰り返し。

そんな彼女たちを取り巻く人たちも、過去に因縁を抱えていたり、さびれていく街を嘆いたり、そんな街を嫌ったり。

そんな中で、「数字上の成功を追い求めるのではなく、住民の居場所となれる町おこし」が描かれていく。

そんなアニメが、とりあえず美少女ばっかりたくさん出てきたり、とりあえずエロかったり、とりあえず恋愛要素を放り込んだり、とりあえず大事件が起こったり、とりあえずギャグを放り込んでみたり、とりあえず鬱展開になったりしたらどうだろうか。

商業的には成功できるかもしれない。

ただ、確実に「数字上の成功を追い求めるのではなく、住民の居場所となる街づくりが大切」という、半年もかけて紡いできたメッセージは薄れてしまうだろう。肝心のアニメそのものが「数字上の成功」を追い求めてしまったら。

「言ってることとやってることが違う」ということになってしまうのだ。

なぜ、サクラクエストがつまらないと言われ続けたか。

それは、安易な面白さを求めることを、安易な人気を求めることを切り捨てたため。

それは、本当にアニメが伝えたかったことをちゃんと伝えるため。

サクラクエストの各エピソードは実は、「居場所」というキーワードにつながっている。居場所とは、「ここにいていいんだ/ここで生きていこう」という想いが詰まった場所である。「縁もゆかりもないけど、縁はこれから作るもの」というセリフがあるが、サクラクエストというアニメはメインの5人がそれぞれ、仲間や街の人たちとの縁を紡いでいき、間野山に居場所を作っていく過程を描いている。

居場所を求めているのはメインの5人だけではない。50年前、みずち祭りがつぶれてしまったのは、若き日の丑松会長が、間野山を自分の居場所に変えようとして越した行動が原因だった(そのやり方が正しいかどうかは別として)。

また、蕨矢集落のエピソードも、バス路線廃止が迫り取り残されていく僻地の老人たちが、自らの居場所を守ろうとする話だった。

閉校式のエピソードは、真希が間野山で小劇団を立ち上げるというオチだった。東京に自分の夢の居場所を見つけられなかった真希が、地元の間野山でその居場所を見つけたのだ。

エリカの家でのエピソードも、間野山を居場所と思えないエリカと、間野山を居場所と感じるしおりを対比させて描いている。

そして、国王の由乃は終盤で「なぜ縁もゆかりもない間野山で頑張るのか」と問われ、「そこで必要としてくれる人がいるから」と答えた。第24話では「どこにいてもどんな仕事をしていても、自分の気持ち次第で刺激的にできる」と語っている。地元が嫌で、「普通」と言われ東京に居場所のなかった由乃が、たとえどこに行ったとしても、そこの人たちと縁を結び、全力で取り組めばその場所を自分の居場所にできるという自信を手にしたのだ。

第24話のラストで描かれたみずち祭りは、建国祭に比べれば地味なものだったかもしれない。しかし、本当に間野山に思い入れのある人たちが集まる祭りであることがうかがわれた。祭りとは、本来こういうものなんだと思う。サクラクエストというアニメは、間野山が観光地ではなく住民たちの居場所になっていく様を、そして、由乃たちが普通でも自分の居場所を築き上げていく様を描いたアニメだったのだ。

SNS全盛の昨今、ごく普通の人がフォロワー数や閲覧数、再生回数といった数字に振り回されてしまう。だが、そんな数字よりも大切なものがある。間野山という町にとってはそれが「そこで暮らす人の居場所であること」だったし、「サクラクエスト」というアニメにとってのそれは「そのメッセージをちゃんと伝えること」だったのだと思う。

目先の面白さに囚われ、数字の上での成功を求め、大切なものを見失ってはいけない。

数字より大切なものを大切にしたい人にとって、サクラクエストは決してつまらないアニメなんかではないはずだ。

 

2019/1/20 追記

サクラクエストの最終回から1年以上がたった。

驚いたことに、今でも「サクラクエスト大好きです」という方からコメントをもらう。むしろ、1年たってからの方が多い気もする。

しかも、リアルタイムで見ていた人ではなく、「最近見ました」という人が多い。

「つまらない」と言われたアニメが1年たってなお愛され、ファンを増やしているという奇跡。

サクラクエストは名作だと思うが、それにしてもなぜここまで愛されるのか。1年を経て、久しぶりにサクラクエストについて筆をとってみた。1年前には気づけなかったことを書いているので、興味のある方は是非。

「つまらない」と言われたアニメ『サクラクエスト』が起こした奇跡

投稿者: ノック

民俗学ZINE作家。 「バズらないモノづくり」をテーマとする「ノンバズル企画」を主宰。民俗学専門ZINE「民俗学は好きですか?」を企画・執筆・製本・販売しています。「民俗学とは『生きること』を探求する学問」をテーマに、民俗学の魅力をわかりやすく、面白く、奥深く紹介していきます。