映画「タイタニック」を船旅経験者が見るとこう映る・前編

映画「タイタニック」は1997年に公開された、世界的に大ヒットした映画だ。実際の豪華客船沈没事故を描いている。子供のころにタイタニックは一度見ているが、「船旅を経験した今、この映画を見たらどう映るんだろう?」と興味を持って、ビデオ屋で借りてきた、前編195分とあんまりにも長い映画なので、今回はその前編だ。


タイタニック号沈没事故の基礎知識

映画「タイタニック」は貧乏な青年ジャックと、お嬢様のローズの恋を描く映画であるが、その舞台となるタイタニック号は実在した船で、この船が沈没してしまうというのもまた、実際にあった事件である。以前に監督のインタビューを見たときは、「ジャックとローズの恋物語以外はすべて史実に沿っている」と胸を張っていた。

タイタニック号は1912年4月10日に、イギリスのサウサンプトンをアメリカに向けて出航した。今から100年以上前の話だ。

1912年がどういう年かというと、中華民国が誕生し、夏目漱石が存命で、通天閣が完成し、「いだてん」の金栗四三がオリンピックに参加した年である。日本では明治が終わり、大正が始まった。

さて、タイタニック号である。当時は世界最大の豪華客船で、「絶対に沈まない船」と言われていた。それが1週間もたたずに沈んでしまったというのだから、笑えない。

その重さは46328t。ピースボートのオーシャンドリーム号が35000tだから、結構でかい。100年前の船だと思うとなおさらだ。飛鳥Ⅱが50000tだから、あの飛鳥Ⅱとそんなに変わらない。

100年前にこんな船が出てくれば、まさに「夢の船」である。

乗客は1500人ほど。一説には2000人以上が乗っていた、とも言われている。

その速度は23ノット。オーシャンドリームがだいたい17ノットぐらいだったから、かなり早い。

この当時、船こそが国と国とを、大陸と大陸を移動できる唯一の大型の乗り物であり、船会社はどこもそのスピードを競っていた。タイタニック号はその競争から一線を画していたというが、それでも結構早い。

タイタニック号が沈没したのはカナダ沖。オーシャンドリーム号がジブラルタルからメキシコまで2週間近く擁していることに比べると、わずか6日でカナダ沖までたどり着けるのは、結構なスピードである。

タイタニック号はこのカナダ沖の北大西洋で、氷山に衝突して穴が開き、沈没した。

衝突してすぐに沈んだわけではない。徐々に水が入って行って、映画の中では2時間40分で沈没したと語られている。映画「タイタニック」の上映時間とほとんど同じだ。

映画の中の説明では、船の前方に穴が開き、そこから水が入ってくる。おそらく3等の客室があったであろうと思われるフロアは壊滅的なぐらい水に埋まり、その水がどんどん後方へと流れていく。前方が水で満たされてしまったため、重さで前方だけ水に沈み、後方は持ち上がり、タイタニックはまるで水泳選手が飛び込んだその瞬間かのように縦になる。だが、そもそも船は縦になるように作られてなどいないのでその重さに耐えられず、ぽっきりと折れる。もう助からない。

「タイタニック」って何の映画だろう?

さて、では実際に映画「タイタニック」を見てみようとビデオ屋に足を運ぶ。

タイタニックほど有名な映画ならすぐ見つかるだろう、と高をくくっていたが、あることに気づく。

ビデオ屋では古い映画はジャンルごとに分類されている。

「タイタニック」のジャンルってなんだ?

「タイタニックはどんな映画ですか?」と聞いたら10人中8人くらいは「船が沈む映画です」と答えるだろう。

だったら、パニック映画だろうか。と思ったけど、そもそも近所のTSUTAYAには「パニック映画」というジャンルの棚はなかった。

そもそも、「タイタニック」を「お化けトマト大襲撃」みたいな映画と一緒にしてはいけないような気もする。

じゃあ何だろう。アクション映画? いや、船は沈むけど、派手なアクションで乗りり切るとかそういう話じゃなかったと思う。

それでもまさかとは思うけど、と探してみるとなんと、アクション映画の棚に「タイタニック2012」が置いてあるじゃないか!

えー、あれ、アクション映画だったのか⁉ と思ってよく見てみると、「タイタニック2012」。タイタニックは97年の映画のはず。そっくりな名前の別の映画のようだ。

ならばサスペンス映画? 確かにタイタニック号の事故にはいくつか謎はあるけれど、その謎がメインの映画じゃなかったと思う。

恋愛映画? 確かに、ジャックとローズの恋を描いた映画であり、恋愛要素は強い。

実際、恋愛映画の棚にタイタニックはあった。

ただ、タイタニックを「恋愛映画」と認識している人がどれだけいるだろうか。10人中8人はやっぱり「船が沈む映画」だと思ってるんじゃないだろうか。

映画「タイタニック」の前半部分

物語はタイタニック号の沈没から84年後の1996年、海底に沈むタイタニック号から1枚の絵が引き上げられ、それが報道されたことから始まる。

この絵をテレビで見た101歳の老婆が、タイタニック探索チームのもとを訪れる。

なんと、ローズというこの老婆は84年前、17歳の時にタイタニック号に乗っていた生き残りだという。物語は彼女の思い出話として始まる。

1912年4月10日。「世界最大の豪華客船」「不沈船」「夢の船」と様々な称号で呼ばれたタイタニック号がイギリスはサウサンプトンを、ニューヨークに向けて出港する。

その5分前、この映画のもう一人の主人公、貧乏画家のジャックが慌てて船に飛び乗る。

今だったら「5分前に飛び乗る」なんて絶対に無理だろう。新幹線じゃないんだから。

船に乗る前にパスポートの確認とか、手荷物検査とかあって、乗ったら乗ったでまずは避難訓練がある。その後出航の準備が整ってようやく出航するのだ。

ジャックは3等船室に案内される。そこには2段ベッドが二つあるだけ。ちなみに相部屋だ。

この辺はオーシャンドリーム号によく似てる。

オーシャンドリーム号の安い船室は、船室にシャワー室があるぶん、もうちょっと広いが、二段ベッドしかない相部屋、といういいではほとんど変わらない。

3等の乗客が乗るスペースではほかにも、夜に音楽とダンスでバカ騒ぎする描写などが描かれており、どことなくピースボートでの船内生活を思い出させる。

さて、映画を見て気になったのが、

船酔いで苦しむ人の姿が見えない、ということ。

僕が船に乗っていた時は、1日目は船酔いに悩まされた。

僕の感覚では、乗客の3分の1は船酔いに苦しめられていた気がする。

ところが、映画の中ではジャックもローズも、その周りの人たちも、まるで丘の上のホテルにいるかのようにくつろいでいる。

「初日」はそんな生易しいもんじゃないぞ!

もちろん、個人差があるが、酔う人は酔う。体が船に慣れていない分、症状はよりひどい。

23ノットというハイスピードで進んでいたら、登場人物の25%くらいは船酔いにやられて、死んだ魚のような眼をしていておかしくない。食事ものどを通らない。

大西洋はそんなに揺れないんじゃないか、とも考えたが、決してそんなことはない。

むしろ、大西洋は、揺れる。

ジブラルタル出航の日、地中海から大西洋に出た瞬間にいきなり揺れが大きくなったくらいだ。僕が船に乗っていた108日間の中で一番大きな時化に出会ったのも大西洋だった。船が大きく揺れ、一瞬浮いたんじゃないか、と錯覚したほどだ。

大西洋は揺れるはず。そして、初日はもっとみんな死んだ魚のような眼をしているはず。

ちなみに、僕の船酔い対策は意外にも「動き回ること」である。

じっとしていた方がよさそうな気がするが、じっとしていても船は揺れるのを止めてくれない。

自分の意志とは裏腹にゆらゆら揺れているから気持ち悪くなるのである。こういう時は歩き回ったり、音楽に合わせて踊ったりすると、自分のペースで動くため、次第に酔いが治る。科学的根拠はないが、身をもって実証済みだ。

また、映画の中ではジャックが乗船早々にイルカを発見しているが、そんな簡単にイルカは見つからない。

さて、物語はジャックとローズの出会いへと移っていく。ローズは上流社会の令嬢だったが、家は没落寸前で、そんな家を救うために親の決めた相手と結婚することに。上流社会での数十年先まで見通せる日々は退屈を通り越して絶望的で、ローズは船から身を投げようとするがそこをジャックに救われる。

次第に惹かれていく二人だが、二人の間には身分の違いという越えがたい壁が……。

要は、船上の「ロミオとジュリエット」である。確かに、「身分差のある恋物語」というのは面白いが、少々使いまわされてる感も否めない。

そしてスタートから1時間20分で、あの有名なシーンが訪れる。

セリーヌ・ディオンの歌う主題歌が流れる中、船の一番前で、ローズが両手を広げ、ジャックがそれを支えるという、タイタニックを代表するシーンだ。当時、多くの人が屋上とか遊覧船とかでこれを真似した。

客船に乗るのなら、一度はやってみたいシーンである。

だが、残念ながら、現代の客船ではこれをやることは難しい。

船の一番前には行けないのだ。

僕自身、船の一番前で「野郎ども、島が見えたぞー!」と叫ぶのが夢だったのだが、残念ながら、地球一周の108日間の中で一度もこれをすることはできなかった。

船の前方、特にブリッジ(操縦室)よりも前のスペースに行けるのは、作業員の人だけである。

スエズ運河とかパナマ運河とか、航海の中でも見どころとなるところでは船の前方がちょっとだけ開放されるが、それでも、「一番前」には近づくことすらできない。

ちなみに、この船の一番前というのはブリッジから丸見えなので、「船長にばれないようにこっそりと忍び込む」など絶対に無理だ。一歩足を踏み入れた時点で絶対にばれる。

船長をはじめクルーが居眠りでもしていれば話は別だが、そんな船は早晩沈むので、乗らない方がいい。

よしんば近づけたとして、ここでもう一つ残念なお知らせがある

船は、前方の方が揺れる。

当然、一番揺れるのは、一番前である。

そう、タイタニックのあの名シーンに必要不可欠な「船の一番前」は、船の中で一番揺れるのだ。

穏やかな波の日ならいいが、さっきも書いたように、大西洋は結構揺れる。

おまけに船の先端は波をかき切るため、波しぶきがかかる。

時化の日など、水が地上6階に相当する高さまで跳ね上がる。

これはもう、びしょぬれになる、程度では済まない。下手したら揺れと水で足を滑らせて頭を打ってあの世行きだ。

それでも、タイタニックに乗ってみたい!

さて、かの有名なシーンのところで、映画の時間軸は96年の時点へと戻る。上映時間もちょうど折り返し地点だ。

ローズが船の一番前で両手を広げてからわずか6時間後に、タイタニック号は氷山にぶつかってしまう。ここからが映画の見せ場なのだが、長いので今回はここまで。

最後に、僕のここまでの映画の感想を記そう。

ぶっちゃけ、ここまでの話は「船上のロミオとジュリエット」である。既視感が強く、どうしてこの映画がヒットしたのかいまひとつわからない。

ただ、既視感が強いのだけれど、やはり映画に引き付けられてしまう。「身分差のある恋物語」はやっぱり強い。

そして、船オタクとしてはこうも思う。

タイタニック号に乗ってみたい!

ただでさえ客船というだけで心躍るのに、20世紀初頭のアメリカの空気をたたえた船である。

1等客室はローズでなくても息が詰まってしまいそうだが、3等客室の飲めや歌えやのバカわさぎっぷりは、ピースボートで「船に終電はない!」とバカ騒ぎしていたころにそっくりだ(終電はないけどあまり騒ぎすぎると苦情が来ます)。

ああ、一度でいいから、タイタニック号に乗ってみたい。

たとえその船が6日後に沈む運命だとしても!

さて、次回はいよいよ、船が沈むクライマックスである。「船が沈む」とは一体どういうことなのか、どうすれば助かるのか、船旅経験者の目線で見ていきたい。

投稿者: ノック

民俗学ZINE作家。 「バズらないモノづくり」をテーマとする「ノンバズル企画」を主宰。民俗学専門ZINE「民俗学は好きですか?」を企画・執筆・製本・販売しています。「民俗学とは『生きること』を探求する学問」をテーマに、民俗学の魅力をわかりやすく、面白く、奥深く紹介していきます。