ピースボートの悪評を書き込むやつをバカだと思う2つの理由

我ながら過激なタイトルだと思う。半分釣りであり、半分本気である。もちろん、悪評のうちのいくつか、例えばピースボートは自衛隊批判してたのに自衛隊に護衛してもらってる、とかは本当である。ただ、僕は悪評が間違ってるという話をしたいのではない。正しかろうが間違ってようが、次の二つの理由から、悪評を書くやつはバカだ、という話だ。


バカだと思う理由① 悪評が逆効果になっていることに気づいていない

数日前、僕の書いた「評判を無視してピースボートの船に乗ってみたら、こんな毎日だった」という記事の閲覧数が突如、倍近くに跳ね上がった。

急に閲覧数が上がった理由を調べてみると、次のニュースが見つかった。

ピースボートも一枚かんでいるICAN。ノーベル平和賞を受賞したことで話題になった団体だが、この団体の事務局長が安倍首相との面会を申し込んだのだところ、安倍首相は面会を断った。

ところが、ICANがこの時期に面会したいと言ってきた時期が、首相の東欧外遊とぴたりと重なっていたのだ。東欧外遊の予定はICANが面会を申し込む前に発表されていた。そのため、「ICANは安倍首相を批判するために、わざと無茶な日程で申し込んだ! 自作自演だ!」という批判が巻き起こった。

ICANが首相を批判するためにわざとやったのか、本当にうっかりしていたのかはわからない。ピースボートという団体をよく知る立場から言わせてもらえば、「あの団体だったら本当にうっかりやらかした可能性が高い」と思うのだが、これは推測の域を出ない。一方で「わざとやった」も推測の域を出ない。

どっちにも解釈できるような話は、どっちにも解釈してはいけない。

とはいえ、『わざとやった!』という解釈も決して無理がある解釈ではない、というか、普通はそう思う(笑)。

問題は、「わざとやった!」という悪評が巻き起こった時期と、僕のブログの閲覧数が跳ね上がった時期が、ぴたりと符合する、という点だ。悪評のおかげで閲覧数が上がっているのだ。

とはいえ、こういった閲覧数のバブルは長くは続かない。3日目をピークに徐々に閲覧数も下降線をたどる。

ところが、7日目にして再び閲覧数が前日の1.5倍に上がる。今度は何が起こったのかと調べてみると、産経新聞が次のような記事を乗せていた。

「【政論】ノーベル平和賞のICAN事務局長の来日、安倍政権批判目的だった?主要運営団体は『ピースボート』」

要は、産経新聞が寝た子を起こしたわけだ。おかげでこちらは閲覧数がV字回復である。

どうして、ピースボートの悪評が出ると、僕のブログの閲覧数が上がるのだろうか。

理屈としては非常に簡単。「ピースボートはとんでもない団体だ!」という悪評を書き込むと、「どれどれ、ちょっと調べてみよう」とネットで調べる人が出てくる。

この際、圧倒的に多いのが「ピースボート 怪しい」という検索である。その数、「ピースボート 評判」「ピースボート 悪評」「ピースボート 洗脳」「ピースボート 左翼団体」という検索の約4倍。

そして、「ピースボート 怪しい」で検索した場合、トップに出てくるのは私の件の記事である!(2018/1/24現在)

記事を読んでもらえばわかると思うが、基本的には「地球一周の船旅は楽しかったよ」という話や、「核武装反対派だったけど、ピースボートの企画に参加したら考えが変わった」という話を書いている。この記事を読んでピースボートに悪印象を抱くことはまずないだろう。

アンチにしても産経新聞にしても、「ピースボートやICANは自作自演をするとんでもない団体だ!」ということを主張したかったのだろう。

ところが、その悪評が僕の「地球一周楽しかったよ」という記事の閲覧数を上げている。完全なる逆効果である。

この手の輩をバカだと思う理由がこれだ。「悪評が逆効果になっていることに気づいていない」のである。

僕のブログの閲覧数が上がったということは、当然、本家本元のピースボートのホームページはもっと閲覧されていることだろう。

図らずも、悪評が宣伝になっているのである。しかも、ピースボート側としては、新聞にまで取り上げてもらっているのに、一切広告費を払わなくていい。

こういった、逆効果になっていることに気づかないバカは世の中にたくさんいる。例えば、このブログでも何度か取り上げた「選挙に行け!」と恫喝する輩だ。「選挙に行かないと大変なことになるぞ!」「日本がどうなってもいいのか!」「戦争になったらお前らのせいだ!」。この手の恫喝が全く人を動かす力がないのは、近年の投票率の低さから見ても明らかであるのに、同じ主張を繰り返す。トライ&エラーは大切だが、エラーを出し続けているにもかかわらず、何も改善せず全く同じ主張を繰り返すのはバカだとしか言いようがない。

他にも逆効果の例がある。ちょうど今日、電車を待っていると外国人のグループがペチャクチャ大声でしゃべっていた。すると、一人の老人が「うるさい!」と注意した。

そこからは大口論。注意された側は「悪いことは何もしていない!」と大声で反論。さらに「うるさい」と注意した本人がそれに対して大声で言い返すものだから、結果的にさらにうるさくなった。ただペチャクチャしゃべっていた時と比べると、不穏な空気というおまけつきである。

「選挙に行こう」も「うるさい人を注意する」も、正しい行動なのだろう。少なくとも本人はそう思っているはずだ。しかし、その行動の結果が全くの逆効果であるのならば、やり方や言い方を変えるとか、何か改善しなければならない。

悪評は言われた側からすれば投資いらずの宣伝である。キングコングの西野亮廣はこのことを熟知して、自身の悪評を宣伝に利用している。僕は彼のツイッターをフォローしているのだが、先日「キンコン西野を絵本作家だなんて認めない!」というヘイトツイートが流れてきた。どうしてヘイトツイートが流れてきたのかというと、他でもない西野氏本人がリツイートしていたからだ。

西野氏曰く「アンチを手放してはいけない」。理由はアンチは勝手に宣伝してくれるから。

以前、「サイテー!キングコング西野はゴーストライターを使っていた!」というタイトルのブログがあった。どんな記事だろうと読んでみると、まさかの西野氏本人のブログだった。西野氏曰く「アンチは記事を読まずにタイトルだけで悪評とともに拡散してくれる」とのこと。うっかりクリックしてしまった僕も、まんまと乗せられてしまったわけだ。

悪評は宣伝なのだ。そのことに気づかないという点でもバカである。

さて、先日、産経新聞の記事について僕はこのようなツイートをした。

産経って結論ありきの文章書くのか。これは紙媒体の文体ではない。 僕のブログのPV数急上昇の原因はこれか。中途半端な批判はかえって宣伝になるみたいだ。産経さんにはこれからも感情的な煽り記事で、僕のブログのPV数向上に貢献していただきたいものだ。

狙いは産経新聞の批判ではない。再び燃え上がった炎上の火を長持ちさせるため、あえてピースボートの悪評記事を拡散させてみた。つまり、産経のピースボートへの悪評記事を読んでもらい、そこから興味を持って検索してもらって、僕のブログに来てもらおうという魂胆だ。他人炎上商法、放火商法である。

結果、面白いデータが得られた。

このツイートを呼んで産経の記事のリンクをクリックした人より、僕のプロフィールをクリックした人の方が倍の数いたのだ。

つまり、「産経ってそんなひどい記事書くのか」という人よりも、「産経の悪評を書いてるこいつは何者?」と思った人の方が多かったのだ。

結果的には僕の宣伝になったのだから結果オーライだが、必ずしも悪評は人を狙い通りに動かせるわけではないということを再確認した。

バカだと思う理由② 「ネットでピースボートについて調べてみてください!」という人に限って、ネットで調べていない

たまにこういう悪評を見る。「ピースボートはとんでもない団体です! ネットで調べてみてください!」。

その言葉通りに「ピースボート」と国内最大手のヤフーやグーグルで検索してみよう。

ピースボートの公式サイトやウィキペディアが出てくる。ウィキペディアはピースボートのいいことも悪いことも書いているので、これだけでは「とんでもない団体」かどうかはわからない。

そこから先は割と好意的な記事が並ぶ。

他にもいろいろと検索してみよう。

例えば「ピースボート 怪しい」。圧倒的な検索数を誇る検索ワードだが、前述の通り、トップに出てくるのは私の記事だ。他にもトップに好意的な記事が並ぶ。

次に「ピースボート 評判」これもなんと、私の記事がトップだ。悪いね、私ばかりトップで。その後も好意的な記事が並ぶ。

ここまで、好意的な記事と悪評の記事の割合は3:1といったところか。あと、「人によって評価は変わるよ」という記事もある。

「ピースボート 洗脳」だと少し様相が変わる。割合は半々といったところか。ただ、僕に言わせればほとんどが洗脳のやり方や洗脳とマインドコントロールの違いといった基本的なことすら知らないまま書いている、話にならない駄文ばっかりだが。

最後に、「ピースボート 左翼団体」。これは悪評記事が3割といったところか。

何が言いたいのかというと、私の記事は結構上位に来ているという自慢だ! いや、違う。自慢したいのもあるけど、今言いたいのはそうじゃない。

何が言いたいのかというと、「割と好意的な記事の方が多く検索されている」というものだ。

つまり、「ピースボートについてネットで調べてください!」という人は、ネットで調べればピースボートについての悪評がいっぱい出てくると思っているようだが、実際は違うのである。

だからバカだというのだ。「ネットで調べてください」と言っている本人が実はネットで検索すらしていない。ネットで検索していないくせに「ネットで検索すれば、ピースボートが悪い団体だとわかってもらえる」と勝手に思い込んでいる。実際は好意的な記事が多く検索されていることを検索エンジンが証明している。

「ネットで調べてください!」という人に対しては「ネットで調べてからモノ言え、バーカ」と影で嗤っている。

 

 

最後に

この記事はあえて突っ込みどころを残してある。この行まで読まずに途中で辞めた人や、読まずにタイトル見ただけの人が「バカがバカな記事を書いてるぞ。お前こそバカだ!」みたいな悪評を誰かが書いて拡散してくれれば……、僕の思うつぼである(笑)

小説 あしたてんきになぁれ 第13話「降水確率25%」

都立公園で行われる大収穫祭の当日になった。志保は施設の人たちとクレープ屋を開き、ミチはバンド仲間とライブに出演する。そこに客として訪れる亜美とたまき。四者四様の祭りが始まる。

「大収穫編」クライマックス! 「あしなれ」第13話、スタート!


小説 あしたてんきになぁれ 第12話「夕焼けスクランブル」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


プロローグ

「ほら、行くぞ!」

ドアの外にいる亜美のがなるような声が「城(キャッスル)」の中に響く。十月に入り亜美の露出も少しは抑え目になってきたが、それでも胸のふくらみはしっかりと強調されている。

「……行かなきゃ、ダメですか?」

たまきは亜美から数m離れたところで、力なく言った。靴は履いているものの、玄関に置かれたマットの上から動こうとしない。

「志保が祭りで店やるってのに、ウチらが行かなかったら、カワイソウじゃん。ミチのバンドもライブするんだろ? オモシロソウじゃんか。お前、あのバンドの曲好きだって言ってただろ」

「ミチ君の歌は好きですけど……、あのバンドの歌はあんまり……」

たまきは下を向いたままぽつりと言った。

「どっか具合悪いのか?」

「……べつにそういうわけでは……」

「だったら別にいいじゃん。デブショウはよくないって。どうせあれだろ、具合が悪いわけじゃないけど、気分がすぐれないとかいうヤツだろ。大丈夫だって。祭り行ったらなんだかんだ楽しくって忘れるって。ほら、来いよ!」

亜美がたまきの手を強く引っ張った。たまきは特に抵抗するでもなく引っ張り出された。

都立公園に向けて二人は手をつないで歩き出す。手をつなぐ、というよりは、亜美がたまきのことを、キャリーバッグのように引っ張っている、と言った方がいい。たまきは相変わらず抵抗するでもなく、とぼとぼと歩き続ける。

「祭りなんて久しぶりだなぁ。ジモトは大っ嫌いだったけど、祭りだけは好きだったなぁ」

ウキウキと楽しそうな亜美は、下を向いたままのたまきを引きずるように歩いて行った。

 

シーン1 志保

写真はイメージです

二日にわたって行われた「東京大収穫祭」は、小雨が降っていた一日目と違い、二日目は天気に恵まれ、昨日よりも多くの人が訪れ、賑わっていた。フランクフルト、ケバブ、焼きそばと様々な屋台が夜の公園をパレットのように染め上げる中、志保が通う施設の出店したクレープ屋は、混みすぎず空きすぎず、ちょうどいい感じだった。

志保は接客担当だった。客の注文を聞き、横にいるトッピング担当に注文を伝える。注文を渡してお金を受け取り、お釣りを渡す。ブースの奥では、トクラがせっせとクレープの生地を焼いていた。淡い黄色の生地をホットプレートの上に落として広げる様は、何度も練習した甲斐あってか、なかなか様になっている。香ばしいたまごの香りがブース内に充満している。

「カンザキさんって、接客とか向いてるよね」

志保の隣でトッピングをしていた少女がそう声をかけた。

「そうかな。前にちょっと、スーパーの試食のバイトとかしてただけだけど。またそういうのやってみようかな」

志保は少しはにかんだ。そこに

「おっす!」

と聞きなじんだ声が聞こえ、志保は顔を上げた。

「あ、亜美ちゃん! たまきちゃん!」

二人の同居人が店の前に立っていた。

「あら、お友達?」

仕事がひと段落したトクラが声をかける。

「はい。二人とも来てくれたんだ」

「そりゃ、志保ががんばっているところ見ないと、なぁ、たまき」

亜美に言われて、たまきはどこか申し訳なさそうに笑った。相変わらず、堅い笑顔だ。

「えー! せっかく来たんだから、食べていってよ! いろいろメニューあるよ」

メニューは一番シンプルなプレーンと、アイスを追加したもの、さらにそれぞれイチゴ、キウイ、バナナを乗っけたものの全5種類だ。

「たまき、何にする?」

亜美とたまきはメニュー表、と言っても5種類しかないのだが、を見つめながら何やら話している。

ふいに背中をつつかれ志保が振り返ると、そこにはトクラがいた。

「カンザキさんのお友達って、あんまり、カンザキさんっぽくないね」

「……私っぽくないって、どういう意味ですか?」

「ほら、系統が違うっていうか。あの二人、ビッチとぼっちって感じじゃん。どこで出会ったの? 学校?」

この数日で少しトクラのことが志保にもわかってきた。この人は悪気があって言っているのではないのだ。いつだって、ただ思ったことを口にしているだけなのだ。

とはいえ、「ビッチとぼっち」は二人には申し訳ないが、なかなか的を射ているような気がする。「ぼっち」はさすがに言いすぎだとは思うが、確かにたまきの口から、学校や地元の友達の話を聞いたことがない。

「じゃあ、あたしはなにっちですか?」

志保は少しおどけた感じでトクラに尋ねた。

「あんたはね、コッチ」

トクラは、志保の肩に手を置くと、不敵に笑った。

トクラに触られた部分からぞぞぞと悪寒が志保の背中を駆け抜けていく。ふと前を見るとビッチ、じゃなかった、亜美が笑いながら近づいてきた。どうやら、トクラの言葉は二人には聞こえなかったらしい。

「ウチら二人ともアイス乗っけたやつで」

「ありがとうございまーす。四百円になりまーす」

志保はわざと語尾を伸ばしておどけたように言ったが、亜美とたまきは

「は?」

「え?」

とだけ言い、凍りついたように志保を見ていた。

「……二人とも、どうしたの?」

「いや、四百円って高くね?」

亜美がそういうと、隣でたまきが申し訳なさそうにうなずく。

「何言ってるの。クレープなんてこんなもんだよ。むしろうちは利益を求めてるわけじゃないから、安い方だよ」

「はぁ? こんなうっすい生地に生クリームとアイス乗っけて四百円? バカじゃねーの?」

亜美が大声を出すととなりでたまきも不安そうに志保を見ながらつぶやいた。

「クレープって、卵焼きとか目玉焼きの仲間ですよね……」

「そうだよ! こんなうっすい卵焼きが、四百円とかマジであり得ない!」

「二人とも何言ってるの? 卵焼きじゃないし! 小麦粉だよ!」

後ろでトクラがケラケラ笑っているのが聞こえる。三人のやり取りがよっぽど面白いらしい。

「え? 二人とも、クレープ食べたことないの? デートとかでクレープ食べない?」

「ウチ、デートに財布、持ってかない主義だから」

亜美の答えに、またトクラがゲラゲラと笑う。

「たまきちゃんは? デートいってクレープ……」

「……私がデートしたこと、あるわけないじゃないですか」

「あ、ごめん」

「……謝られると、なんか余計に……」

「ごめん……」

いつの間にかトクラの笑い声も収まり、急に静かになる。公園内で流されているJ-POPのBGMがよく聞こえる。

「何言ってんだよ、たまき。お前、いつもミチとデートしてんだろ」

今度は亜美がケラケラ笑いながら言った。とたんにたまきが、ものすごいスピードで振り向く。

「違います。あれは、私の行く先にたまたまあの人がいるだけです。そもそも、私はあの人のこと嫌いだし、あの人はあの人でべつにカノジョさんいるし、そもそもあの人も私のこと恋愛対象じゃないってはっきり言ってるので、デートなんかじゃないです」

「……お前、そんな早口で喋れたんだな」

「え?」

亜美の言葉をたまきは牛のように反芻する。

「たまきちゃん、……ミチ君となんかあった?」

「……べつに、ないですけど」

今度は、いつものたまきのスピードだった。

 

結局二人は四百円払ってクレープを買った。

「あれ? カンザキさんの言ってた、『裏切りたくない友達』って」

トクラが志保の横に立って問いかけた。

「……はい」

「ふーん」

トクラは志保の顔を覗き込む。

「ま、やれるだけ頑張ってみれば?」

トクラはどこか憐れむようにそう言った。

志保は思考を切り替えようと、亜美とたまきに話を振る。

「二人とも、どう? 美味しい?」

志保の問いかけに二人は顔を見合わせた。

「……甘いな」

「はい、甘いです……」

「でしょ? クリームもアイスも、生地にもこだわっているからね」

志保は満足げな顔を浮かべた。二人が、口を真一文字に閉じていることに、志保は気づいていない。

 

シーン2 亜美

写真はイメージです

志保のクレープ屋を離れた二人はほかの屋台を見て回った。そのうちの焼きそば屋で亜美が500円の焼きそばを買ってきた。

「食うか?」

亜美はパックに入った焼きそばをたまきに差し出したが、たまきは静かに首を横に振るだけだった。

亜美は口を使って割り箸を割ると、モリモリと焼きそばを食べ始めた。夜の公園を背景に、湯気が街灯に照らされ、なんだか神々しい。

「やっぱウチ、こういうののほうが好きだわ。あ~、これで呑めたらなぁ~!」

亜美が傍らにある自動販売機を恨めしそうに眺める。

「お前、ほんとにいらないの? さっき、クレープ食べただけだろ」

「……大丈夫です」

たまきは静かにそういった。

「……さっきのクレープさ、どうだった?」

亜美は頬張った麺を飲み込むと、たまきに尋ねた。

「……甘かったです」

「甘すぎじゃねぇ、あれ?」

亜美の言葉に、たまきはこくりとうなづいた。

「志保の味付けじゃねぇよな、あんな甘いの。誰の趣味だ?」

亜美の問いかけに、たまきは首を傾げた。

「たまにいるんだよなぁ。甘ければいいとか、辛ければいいとか、量が多ければいいとか思ってる店。ぜんぜん美味しくねぇんだよ。辛いだけだったり多いだけだったりで、美味しくねぇの。なんなん、あれ?」

「……さぁ」

たまきはまた首を傾げた。

ふと、亜美はたまきの前に来ると、少しかがんで目線を合わせた。

「お前さ……、楽しんでる?」

「え……あ……」

「答えに詰まるなよ、そこで」

亜美はそういうと、箸でつまんだ焼きそばを、たまきの口へと突っ込んだ。

「むぐっ!」

「祭りはな、楽しまないとダメなんだよ」

亜美は残りの焼きそばをかきこむと、傍らのゴミ箱にパックを放り込んだ。ポケットから四つ折りにした大収穫祭のチラシを取り出す。

「……ここ真っ直ぐ行くと、ライブのステージか」

たまきの方を見ると、ようやく焼きそばを飲み込んだところだった。

「よし、ステージの方、行ってみようぜ」

「ミチ君の出番はまだだったと思いますけど……」

たまきも自分の貰ったチラシを見る。ミチのバンドの名前は9時ごろの登場と書かれている。今はまだ8時半。チラシには「DJタイム」と書かれている。

「お前なぁ、そんな、友達が出てるとこだけ見ればいいやって考えだから楽しめねぇんだよ」

たまきは口を真一文字に結んでいたが、亜美はたまきの右手首を掴むと、引っ張るようにステージに向けて歩き出した。

「亜美さん、痛い……」

そんな声が聞こえたような気がしたが、亜美は意に介せず、ずんずん歩いていく。

急に、たまきの足が急ブレーキをかけたかのように重くなった。

亜美も立ち止まって振り向く。

「どした?」

亜美の問いかけに反応することなく、たまきは、林の奥をずっと見ていた。

公園内の道沿いに、10mの間隔で街灯が置かれている。しかし、林の奥にはその光もほとんど届かない。目を凝らせばかろうじて、中の様子がぼんやりと見えるくらいだ。

「なんもないじゃん」

亜美は、たまきの手を引っ張った。

「はい……、何もないです」

たまきはそういうと、また亜美に手を引かれるままにとぼとぼと歩きだした。亜美には心なしかたまきがさっきよりもうつむいているように見えた。

 

二人は階段を駆け降りていく。階段を下りて行った先に大きな広場があって、普段は何にもないのだが、今夜は奥にステージが組まれている。

ステージの上にはDJブースが置かれ、サングラスをした色黒のDJがスポットライトを一身に集めている。ターンテーブルに手を置いて操作したかと思うと、ふたつのターンテーブルの間に置かれたミキサーで、何やら調整している。亜美はよくクラブに行く方だが、DJが機械のなにをいじれば音がどう変わるのか、亜美にはよくわからない。よくわからないんだけど、ステージ上に立つDJの姿は様になっていてかっこいい。

「なんかさ、前にもこういうのあったよな。二人でクラブ行ってさ……」

「……二人じゃなかったです。亜美さんの友達がいっぱいいました」

「そうそう、で、あんとき、志保に会ったんだよな」

「今日は志保さんに会ってから来ましたから、……あの時と逆ですね」

ステージの前には十代の後半から二十代の前半くらいの男女が入り乱れている。踊る、というよりも体を揺らす感じ。クラブに出入りするようなコアな音楽ファンという感じではなく、なんとなく集まってきた祭りの客がほとんどで、流れる曲もJ-POPのヒット曲ばかりだ。

亜美はたまきの手を引っ張ったまま、その群れに入っていこうとした。が、ここにきてたまきの足が、地中に錨でも沈めたかのように動かない。

「……大丈夫だって。ここにいる連中は、クラブにいた連中とは全然違うから。ライトな層だよ。ほら、ダンスのステップとか知らない感じじゃん。大丈夫だって」

亜美はにっと笑いながらたまきにそう言ったが、たまきはむなしく首を横に振るだけだ。

「私は……あそこで……見てます」

たまきは、広場のはしっこに植えられている木の根元を指さした。

「お前……ここまで来て、遠くから見てるってないだろう。ほら、行こうぜ。楽しいから」

亜美はもう一度、たまきの手をグイッと引っ張ったが、たまきはまたしてもむなしく首を横に振るだけだった。

「ったく……、しょうがねぇなぁ。じゃあ、そこで待ってろよ」

そういうと亜美は、たまきの手を放して群れの中へとわけ入っていった。

ステージからは軽快なロックサウンドが流れている。色とりどりの服を着た若者たちがステージの前を雲海のように埋め尽くし、踊るように体を揺らす。

人ごみと言っても、満員電車のように密集しているわけではない。ところどころ隙間が空いていて、空いたスペースを埋める名フットボーラ―よろしく、隙間をぬって亜美は前の方へと進んでく。

軽くステップを踏みながら群集の真ん中あたりまで来ると、右手を振り上げ、ギターのカッティングに合わせて亜美は体を揺らした。亜美が体を揺らすたびに、シャツの胸のところにかかれた英語が、豊満な胸の上下に押されて揺れる。

DJは続いてユーロビート風のナンバーをかけた。前の曲とBPMはほとんど一緒で、アウトロがフェイドアウトしていくと、次の曲が自然に耳に入ってくる。

ふと視線を感じ、右前方に目を向けると亜美の視界に、二十歳ぐらいの男性が映った。三人ぐらいだろうか、何やら話しながら踊っている。ヒップホップ系のファッションに身を包んでいた。

ヒロキのようなならず者、といった感じではない。大学生かフリーターかといったところだろう。

何度か視線を配るが、やはり3人のうちの一人はこっちを見ている。亜美の顔を見た後、ゆっくりと足の付け根まで見下ろし、そこからまた視線を上げて、胸元へ戻る。

金は持っていなさそうだが、遊び相手としてはちょうどいいかもしれない。

亜美は、手を後ろに組んで微笑みながら彼らのもとに近づくと、声色を少し上げて、甘えるように言った。

「なぁに? チラチラ見て」

 

シーン3 ミチ

写真はイメージです

ミチは歌っているときが何より好きだ。特に、ライブのように聞いてくれる人が大勢いる中で歌うのは最高だ。

とはいえ、そんなに何度もライブをして歌っているわけではない。未だに、一番最初にバンドのボーカルとしてステージに立った中学校の文化祭を越える人数の前で歌ったことはない。

あの時は演奏が終わり、ステージから降りて控室となっっているテントで倒れこんだ。

全身から吹き出した汗がその場で蒸発して、客席からの拍手と溶け合っていくのがわかる。

共にステージに上がったメンバーから何か声をかけられたが、ちっとも頭に入ってこなかった。

あの瞬間を何度でも味わいたい。それが、ミチがミュージシャンを志した理由だった。

とはいえ、今のバンドではリズムギターというポジションだ。

少し前まではあまり楽しくなかった。演奏にいっぱいいっぱいであるのもそうだし、ギターをバカにするわけではないが、あくまでもミチは歌を歌いたいのだ。

それでも、最近、音楽に関する考え方が少し変わってきた気がする。二週間ほど音楽から遠ざかっていた時期もあった。

仙人の前で歌って「ヒット曲の切り貼り」とこき下ろされてからはそのことばっかり考えていたが、頭を冷やして考えてみると、「声はよかった」とか「メロディも悪くない」とか、実は意外と褒められていたような気がする。

正直、歌声には自信があった。そもそも、中学のバンドでボーカルをしていたのも、カラオケに行ったときに「ミチって、歌、めっちゃうまくね?」と友人に褒められたのがきっかけだ。

だからミチにとって、声よりもメロディを「悪くない」と言われたのは、少し意外なことだった。

二週間ぶりにギターに触ったとき、鼻歌を歌いながらギターを奏でていた。鼻歌のメロディに合う音を探してギターをいじくる。

すると、いろいろと発見があった。こんな風に弦をはじくと、こんな音がするのか。こんな音が出せるのならば、こんな曲が作れるかも。

ギターを始めたときは間違えないように演奏するので精いっぱいだったが、いつしか、ギターを奏でるのが楽しくなってきた。

 

ギターを弾くのが楽しくなってくると、今までつまらなかったバンドでの練習も楽しくなってきた。

「ミチ、最近なんかあったか?」

バンドのリーダーであり、ミチのギターに師匠でもあるギタリストがそうミチに問いかける。仙人にこき下ろされてふさぎ込んでいたことは言いたくなかったので、

「最近、カノジョできたんスよ」

と答えておいた。

「マジか?」

「マジっす。今度のライブにも来てくれるって」

リーダーは腕を組むと、

「じゃあお前さ、次のライブで、コーラスやってみる?」

とミチに行った。

「マジっすか?」

「ああ、マジで」

さっきから、「マジ」しか言っていないような気がする。

「お前元々、ボーカル志望だろ? これでうまく行ったらさ、ツインボーカルの曲とかやろうと思っててさ」

「マジかよ……」

 

というわけで、今夜のライブはギターだけでなく、コーラスも担当する。ボーカルにハモるだけでなく、リードボーカルの裏で違う歌詞を歌うパートもある。ミチにしてみれば、これまでのこのバンドでの活動で最大の見せ場だ。ずっと正式メンバーなのかサポートメンバーなのか自分でもわからないポジションだったが、これをこなせば胸を張ってメンバーであると言える気がする。それどころか、きっと来てくれているはずの海乃にもかっこいいところが見せられる。

そう思うと、いつもよりも緊張が増す。イベントとということは、普段のこじんまりとしたライブよりも多くのお客さんが来てくれているはずだ。それを考えてしまうと、余計に緊張が増す。

だから、ミチはさっきから掌に「米」の字を書いては、ぺろりと食べる動きをしていた。

「お前、さっきから何やってんだ?」

バンドのボーカルがミチに話しかける。

「緊張しないおまじないっす。手に『米』って書いて……」

「『人』じゃね?」

ボーカルの言葉に、ミチは思わず手の動きを止めた。

「……じゃあ、『米』ってなんの時にやるんすか?」

「さあ? 腹減った時じゃね?」

なんだか、ミチは余計に緊張してきた。そんなタイミングで、舞台袖の方から声が聞こえる。

「そろそろスタンバイしてくださーい」

 

夜の野外ステージから聴衆の方を見下ろす。普段、ライブハウスで歌うときは客席は真っ暗で、ステージ上だけライトが当たっているので客の顔はほとんど見えない。最前列の何人かの顔が見える程度である。しかし、今日のステージでは、観客のスペースの後方から強烈なライトが会場全体を照らしているので、観客たちの様子がよく見える。

ざっと百人たらずといったところだろうか。中学の文化祭のころに比べればまだ少ないが、本格的に音楽を始めてからこれだけの人数の前で演奏するのは初めてな気がする。少なくとも、いつも隣にたまきしかいない、なんて状況に比べれば、だいぶ違う。

ミチは海乃の姿を探した。しかし、真っ先に目に入ったのは、観客スペースの中央で「ミチ―!」と大声を出している金髪ポニーテールの少女、亜美だった。亜美は見覚えのない男と肩を組んでいる。亜美がいるのなら、たまきや志保もいるかもしれないと観客スペースを探したが、それらしき顔は見つからなかった。

一方、海乃は最前列にいた。最前列にいたので、逆にすぐ見つけることができなかった。茶色い髪を結んだツインテールの髪型をしている。ミチと目が合うと、小さく手を振った。

観客スペースの百人のオーディエンスを見渡したときよりも、心拍数がぐっと上がった。

「こんばんは。レイブンスターズです。今日は、盛り上がっていこうぜぇ!」

ボーカルのあいさつに、オーディエンスがわっと沸く。

ベーシストがベースで低音のメロディラインを奏でる。4小節奏でたところで、ドラムが割って入り、ドラムの音を合図にミチもギターを奏で始めた。

ステージの上手から見る客席は、まるで夕方の海のようだ。色とりどりのファッションに身を包むオーディエンスはさながら、夕日を反射して煌めき、うねる海原だ。

跳ねるようなドラムの音に合わせて、ミチはギターを激しくストロークした。「ロック(ゆれて)&ロール(ころがる)」という言葉の通り、体を激しく揺らし、音を譜面の上に転がしていく。互いの楽器は恐竜の咆哮のように爆音を奏で、その音と同調するようにオーディエンスも体を揺らす。

曲の終わりにミチは激しく体を動かして最後の一音を奏でると、右の人差し指を天に付けて突き立てた。

本当にやりたい音楽とは、少し違うのかもしれない。それでも、今、自分は輝いている。そのことが実感できた。

 

3曲目のバラードもいよいよサビに入る。ボーカルの歌声が伸びるところで、ミチがコーラスを入れる。

――I love you baby

歌詞としては簡単なフレーズだが、ファルセットを使った歌唱法で、ただ歌えばいいというものではない。両手でギターを弾きながらスタンドマイクの前に口を持って来て、自分の声を通す。

サビが終わり、ミチはマイクの前をすっと離れた。手元を確認しようと視線を落とすと、海乃が微笑んでいるのが見えた。ミチは、微笑み返すとピックで優しく弦をはじいた。

 

5曲の演奏を終え、ミチたち「レイブンスターズ」はステージを降りた。実行委員のシャツを着た女性に促されるまま、控室のテントへと進む。

しばらくは拍手や歓声が響いていたが、やがて観衆の興味はトリに控える歌手へと移っていった。彼女はレイブンスターズのような一般公募ではなく、メジャーデビューして半年ほどで、実行委員から招待されて出演する、いわばこのイベントの目玉である。知名度はまだまだ低いが、注目度は高い。

中学の文化祭の時に比べると、ミチは落ち着いていた。あの頃に比べると、だいぶ場馴れしてきたらしい。

ギターケースを背負って控室となっていたテントを後にすると、

「みっくん」

と声をかけられた。その方を向くと、海乃が近寄ってきた。

「よかったよ~」

海乃は両の手のひらを見せながらとことこと歩いてきた。ミチも同じポーズで構えると、海乃とハイタッチをした。

「なに、カノジョってその子?」

リーダーの問いかけに、ミチは笑顔で返事する。

「へぇ、かわいいじゃん」

かわいいと評されて、海乃の笑顔はますます明るくなった。そのさまを見ていると、ミチは心臓をきゅっと軽く握られたような感覚を覚えた。

海乃はミチの方に向き直ると、手をぶんぶんさせながら言った。

「ギター、すごいかっこよかったよ~。コーラスもやってたよね。あたし、ぐっときちゃった」

「マジっすか? 最前列にいましたよね」

「うんうん、いたいた。みっくん、手を振ってくれたよね」

海乃の言葉を聞きながら、ミチはふと公園の奥の雑木林の方を見た。

仙人のおっさんは、今日の演奏を聴いてくれたのかな。聴いていたのなら、いったいなんていうのだろうか。

「みっくん」

再び海乃に呼びかけられて、ミチは彼女の方に視線を戻した。

「今日、この後どうするの?」

「……この後はバンドのみんなと打ち上げっす」

「じゃあさ、その後でいいからさ……会えない?」

言葉と言葉の間の空白で、海乃は悪戯っぽく微笑んだ。

「……いいっすけど、十二時過ぎるかもしれないっすよ?」

「……いいよ」

海乃はうつむきがちに、それでいてミチの目をしっかりと見据えながら答えた。ミチはさっきよりも心臓を強くつかまれた気がして、思わず視線を落としたが、シャツの胸のふくらみが目に入り、そこに視線が釘付けとなった。

「……マジっすか」

 

シーン4 たまき

レイブンナントカというバンドの演奏が終わって、スタッフらしき人たちがステージ上の配置転換をした後、着飾った女性が一人、マイクを持ってやってきた。聴衆もどんどん増えていく。

女性はステージ上であいさつをした後、歌い始めた。女性にしては低い声だ。

歌詞は、ミチがよく歌っているような歌に少し似ていた。

ふと、たまきの視界にミチが映った。ステージ横のテントの前で、女の人としゃべっている。女性の方は後ろ姿なので顔はわからないが、あの海乃っていう人だろうか。

「たーまき」

後ろからとつぜん声をかけられて振り向くと、そこには亜美が立っていた。亜美の周りには3人ほど見知らぬ男性がいる。

「ウチ、これからこいつらと飲みに行くから」

「……この人たち、誰ですか?」

「ん? さっきできたトモダチ」

なんで亜美さんはそんなに簡単に友達が作れるんだろう。

「なに、この子? 友達?」

男の内の一人が亜美に尋ねる。いつも亜美の周りにいる男と比べると、だいぶ爽やかだ。

「そうそう、一緒に住んでるの。でさ、ウチはこいつらと飲みに行くけど、たまきはどうする? 来る?」

たまきはぶんぶんとかぶりを横に振った。

「ま、そういうと思ったよ。部屋のカギ、渡しとくから先帰って」

亜美はたまきに鍵の入った財布を渡した。鍵には赤い紐で鈴が結び付けられている。

財布を渡すとき、亜美はたまきの耳元でささやいた。

「預かってて。千円くらいだったら、使っちゃっていいよ。なんか買って食べたら?」

そういえば、さっき亜美は「デートに財布は持っていかない主義」だと言っていた。あの男たちに飲み食い代を払わせるつもりだろう。

「今夜はかえんねぇから」

……ラブホテル代も払わせるに違いない。

 

亜美は男たちに囲まれ、そのままどこかへ行ってしまった。

たまきは、財布の中の鈴のついた鍵をしばらく眺めていた。ステージからはアップテンポなビートに乗って、さっきの歌手の歌声が聞こえてくる。

たまきはとぼとぼと歩き、広場を後にした。志保と合流しようと、クレープ屋のあった方へと歩いていく。

暗い闇の中にそこだけ光のチューブのように道が伸び、その中を色とりどりの服を着た若者たちが歩いている。男子の集団はワイワイはしゃぎながらフランクフルトを頬張り、カップルは恋人つなぎをしながら綿菓子にむしゃぶりつく。

人の流れに逆らう形で、たまきはクレープ屋を目指していたが、ふと、歩みを止めた。

ちょうど、店が途切れた一角だ。街灯と街灯の間にあり、その奥には林が広がっている。いや、広がるというよりも、鬱蒼とした茂みに闇を閉じ込めているようだった。

その闇の中にどれだけ目を凝らそうと、何も見出すことができない。

ほんの一週間ほど前には、そこにベニヤづくりの庵があった。椅子に腰かけ、仙人やホームレスのおじさんと一緒にミチの歌を聴いていた。

だが、祭りの間はいなくなるという仙人の言葉通り、庵は跡形もなくなくなり、後には木が生い茂るだけ。いつもたまきの隣で歌っていたミチはステージ上で輝き、今頃カノジョといちゃいちゃしている。志保はたまきの知らない人とクレープを焼き、亜美は知らない男の人たちとどこかへ行ってしまった。たまきがいつも来ていた公園も、見知らぬ人たちが行きかう。

「わしらはここにいてはいけないからな」

そんな仙人の言葉が、たまきの頭の中で響く。

 

クレープ屋の前まで来たが、お客さんはおらず、志保は施設の人たちと談笑していた。そろそろ午後十時になろうとしている。二日にわたって開かれた祭りも、終わる。

志保が談笑する中、たまきはなかなか声をかけられないでいた。なんだか、志保とのあいだに川が流れて風が吹いているかのように冷たさを感じる。

志保がたまきに気付いたのは、たまきが辿り着いてから2分ほどたってからだった。

「あ、たまきちゃん」

志保はクレープ屋の屋台から出てきた。

「もう、お店は終わりだよ。あれ、亜美ちゃんは?」

「……なんか、知らない男の人たちと、どこかへ行きました。……今夜は帰らないみたいです。だから、鍵は今、私が持ってます」

そういうと、たまきは少し声のトーンを落とした。

「志保さんは今日、帰ってきますよね……」

幼い日に、夜中に姉を起こして、一緒にトイレへ行ってほしいと頼んだ時もこんな喋り方だった気がする。

志保は、背後の屋台を見やると

「ごめん。この後、施設のシェアハウスで打ち上げがあって、今夜はそのまま泊まると思う」

「……そうですか」

実は、たまきは、なんとなくそんな気がしていた。風も急に強くなったように感じられる。

「一人で、帰れる?」

「……いつも、ここ来てますから」

たまきは志保の目を見ることなく答えた。

屋台から、志保を呼ぶ声が聞こえた。志保が振り向くと、トクラが立っていた。

「カンザキさん、そろそろ行くよ」

「あ、ちょっと待って」

志保はたまきに向き直ると、少し腰を落として、たまきの目線に合わせて言った。

「この後、パレードに参加するんだけど、たまきちゃんも来る?」

「……ぱれーど?」

たまきは視線を上げて志保に聞き返した。志保はポケットからサイリウムを取り出した。縁日で売っていそうな安物だ。

「これもって音楽かけながらみんなで練り歩くの。広場からメイン通りを抜けて、公園の外を一周するんだ」

なんのためにそんなことを……、という疑問をたまきはぐっと飲み込んだ。もう、そんな余計なことをしゃべる気にもならない。

「たまきちゃんも一緒に、来る?」

志保の誘いに、たまきはむなしく首を横に振った。

「私……、お店とかやってないし……」

「あ、そういう、お店出した人だけとか、そういうんじゃないの。サイリウム買えば、だれでも参加できるんだよ」

志保はやさしく言ったが、それでもたまきは首を横に振る。

「ね? 一緒にいこ? 仮装してる人とかもいるし、楽しいよ、きっと」

それでも首を縦に振らないたまきを見て、声を出したのは志保の後ろにいたトクラだった。

「もう、いいじゃん。その子、行きたくないって言ってるんだから」

そう言ってトクラは志保の肩をたたいた。志保も困ったように笑うと、

「じゃあ、たまきちゃん、一人で帰れる?」

そこでたまきは初めて首を縦に振った。

「それじゃあ、気を付けて帰ってね」

志保はそういうと、微笑みながらたまきに小さく手を振り、くるりと向きを変えると、トクラとともに屋台の方へと戻っていった。しばらくすると、屋台からカラフルなサイリウムを持った一団が出てきて、広場の方へと向かって行った。その中には志保の姿もあった。同い年ぐらいの女の子と、何やら楽しそうに話している。

今度は志保に言われた言葉が頭の中で鳴り響いていた。どこかで聞いた言葉だと思ったら、むかし中学校の先生に言われた言葉に似ていた。

「ね? 学校いこ? クラスの子もいっぱいいるし、楽しいよ、きっと」

 

メイン通りを少し外れた芝生の上をたまきは歩いていた。緑の芝生の上を闇が漂い、たまきはふらふらと、蛾のように街灯の下へ向かって歩いていく。

街灯の下には木製のベンチがあった。このあたりは人気が全くなく、傍らに置かれた青い自動販売機の光が、さびれたホテルのような雰囲気を醸し出している。

たまきはベンチに腰を下ろすと、こうべを垂れた。

亜美や志保、ミチの顔が浮かんでは流れるように消え、また浮かぶ。それらはいずれも色のないモノクロで、なんだか、昔の映画を見ているようだった。

たまきは一人、客席に座ってスクリーンに映る銀幕のスターたちを眺めている。たまきもスクリーンの向こうへ行きたいのだが、どうしてもいけない。近づけば近づくほど、自分とは違う世界の映像を映写機で映しているだけのように思えてならない。

ふと、目の奥が震えるのを感じる。瞳からこぼれた雫がメガネのレンズをぬらし、たまきの視界がゆがんだ。

喉の奥から地響きのような激しい嗚咽が走り、こらえようと思ったが口から洩れてしまった。たまきはメガネをはずすと傍らの、ベンチの空いたスペースにそっと置いた。

そしてたまきは身を大きく前へ乗り出して、突っ伏した。

上半身を折りたたみの携帯電話のように曲げ、たまきは膝をまとうスカートに目頭を押し付ける。

静寂に包まれた夜の公園のベンチ。遠くではテンポの良い音楽がかかり、ほかに聞こえるのは自販機から洩れるなにかの機械音と、たまきの嗚咽と鼻をすする音だけだった。

 

写真はイメージです

ふと、だれかが落ち葉を踏んだ音がした。たまきは顔をあげてそっちを見た。

見たと言っても、メガネをはずしてしまったのでよく見えない。おまけに、涙にぬれて視界はぐちゃぐちゃだ。かろうじて、目の前の影が人かもしれない、ということしかわからない。たまきの身長よりも大きな影が見えるが、都心の真ん中にくまはいないはずなので、人の影で間違いないだろう。ふと、その影が声を発した。

「もしかして、たまき?」

聞き覚えのある声にたまきは傍らのメガネを手に取って装着した。それでもまだ若干視界はなみだで歪んではいたが、目の前にいるのが誰かくらいは識別で来た。

「……舞先生?」

薄手のジャンパーを羽織り、ジーンズをはいた舞がそこにいた。

「やっぱお前か! メガネ外してたから、最初わかんなくてさ。どこかでこの子みたような、って考えてたら目がお前に似てるなってきづいて。いやぁ、メガネ外すと、だいぶ印象変わるな」

「……よく言われます」

たまきは舞から視線をそらすと、袖でメガネを上へと押しやり、残ったなみだの雫をふき取った。泣いてたことなんて、気づかれたくない。

舞はその様子を見て、口元を少し緩めた。ふと横の自販機に視線を移すと、

「自販機あるじゃん。なんか飲むか? おごるぜ」

というとショルダーバッグから財布を取り出した。

「なにがいい? えっとね、リンゴジュースと……」

「……それでいいです」

がこんと缶が落ちる音が二回した後、舞の手には二本の缶が握られていた。舞はそのうちのリンゴジュースをたまきに手渡すと、

「となり失礼」

と言ってたまきの隣に腰を下ろした。コーラの缶のプルタブを開け、グイッとのどに押しやる。

二酸化炭素を吐き出すタイミングで舞がたまきの方を見やると、たまきはまだプルタブと格闘していた。小さな親指をプルタブに引っ掛けるが、何度やっても親指が外れてしまう。

「なんだ、お前、開けられないのか。かしてみ」

舞はたまきから缶を受け取ると、あっさりとプルタブを開けてたまきに返した。たまきは申し訳なさそうに缶に口をつけた。

舞は、再びコーラを飲むと、声帯の、さらに奥から息を絞り出すように言った。

「ああ、やってらんねぇよなぁ」

その言葉にたまきは、水をかけられたかのように驚き、舞を見た。

「そう思わんかね。今、あいつら何やってるか知ってるか? パレードだってよ。遊園地でもないのにパレードなんかして何すんだよ。あんなの、写真うつりがいいからやってるだけだろ」

舞が飲んでいるのは確かにコーラのはずなのだが、もう既に酔っぱらっているかのような口調で舞は続ける。

「だいたい、なんなんだよ、この祭り。『食物に感謝を』? だったら、畑にでも行って農家のおっさんとかに『いつもありがとう』っていやぁいいじゃねぇか。東京のど真ん中の公園でやる必要なんか、一個もねぇだろ。たまき、なんでこんな祭りが毎年毎年開かれてるか知ってっか? みんな自分がリア充だって確かめたいだけなんだよ。企画してるやつらも、店出してる奴らも、ステージでてる奴らも、ワイワイ盛り上がってる客もみんな、自撮り写真とか撮って、『私たち、やっぱりリア充だったんだねぇ~♡ よかったねぇ~♡』って確かめ合って安心したいだけなんだよ。一生ともだち申請でもやってろ、バーカ」

舞はまたコーラを口に含んだ。そして、たまきの顔を見ると少し照れたように、

「なんだよ。何笑ってんだよ」

とぼやいた。

「…笑ってました、私?」

「笑ってるだろ」

「その……、舞先生って、こういうイベントごと、嫌いなんだなぁって」

「志保の頼みじゃなかったら、絶対こなかったね。楽しくねぇもん」

舞は缶から口を話すと、つぶやいた。

「昔っからこういうイベントごとが嫌いでな、こんなんだから、ガキの頃から友達も多くない」

「そうなんですか?」

たまきが今日一番のテンションで聞き返した。街の不良たちに先生と慕われている姿からはちょっと想像できない。

でも、とたまきは視線を落とす。舞は「多くない」といったのだ。たまきのように、友達がいなかったわけではない。だいたい、舞がたまき側の人間なんてことはあり得ない。

「でも、先生、結婚してたじゃないですか……」

「ん? なんだよ。友達少ないのに結婚したのは変だって言いたいのか?」

「カレシだって……、いたわけですよね」

「まあ、何人かとは付き合ったな」

やっぱり。とたまきは肩を落とす。少なかったとはいえ友達がいて、カレシがいて、一度は結婚して、舞はやっぱりたまきとは違う側の人間なんだ。舞だけじゃない。亜美も志保もミチも、少し仲良くなれたように思えたけど、やっぱり私とは違う側の人間なんだ。

「でもなぁ、カレシは何人かいたし、結婚もしたけど、ついぞ恋人はいなかったなぁ」

舞のその言葉に、たまきは半ばあきれたように返した。

「……カレシと恋人ってどう違うんですか?」

「一緒なのか?」

その言葉を聞いてたまきは、舞を見た。舞もたまきを見ている。

「……私には、その違い、わかんないです。だって、私、カレシとか、友達とか、そういうのいなくて……」

「友達ならいるじゃねぇか。亜美とか志保とかミチとかさ」

そして、舞は飲み干したコーラの缶を傍らに置いた。

たまきは言葉を返さなかった。何か言いたかったのだが、「友達」という言葉が鼓膜を打った途端に唇がけいれんして思うように動かせない。舞の耳に聞こえたのは、鼻をすする音と、しゃっくりのような嗚咽だった。

「お前、何泣いてんだよ」

「だって……だって……」

たまきは嗚咽を交えながら、言葉をつづけた。

「亜美さんも志保さんもミチ君もみんな、お、お祭りを楽しんでて、わ、わたしだけ楽しめなくて、い、いろいろ気を遣わせて、『い、いっしょに行こう』って言ってくれて。でも、ち、ちがうの。わ、わたしは、あ、亜美さんと志保さんに……」

たまきは、そこで言葉を切ると、袖で涙をふいた。泣くなんてわかってたら、ハンカチを持ってくればよかった。

声帯がけいれんして嗚咽を繰り返す。そうやって、たまきのことばを喉の奥へ奥へ通し戻そうとする。

でも、今、この気持ちを誰かに伝えなかったら、もう一生誰にもこの気持ちを伝えられないような気がした。この願望にきちんと言葉をつけてあげなければいけないような気がした。

たまきは、大きく息を吸うと、声を上げた。

「わ、わたしは、ふたりに、い、こ、こっち側に来てほしかった!」

小刻みに震えるたまきの背中を、舞がさすった。大粒の涙が頬からぽろぽろこぼれ落ちる。

「わがままなのはわかってるけど……わ、わたしは、『い、いっしょに祭りに行こう』とか、『こ、こ、こっちに来れば楽しいよ』とか、そ、そういうのじゃなくて……、わたしは、ふたりに、いっしょにおまつりをぬけ出してほしかった! ずっといっしょにいてなんてわがままは言わないから、ほんの2,3ふんだけでいいから、二人に、いっしょにこっち側に来てほしかった!」

たまきの嗚咽は止まらない。

「こんなふうに、に、にぎやかなところからはなれていっしょに……。でも、わかってもらえなくて、みんな、お祭りにな、なじめてて、わ、わたしだけなじめなくて、、うまく言えなくて……、いっ、えっ」

あとはもう、言葉にならなかった。言いたかったことはまだまだたくさんあるのに。

舞は、たまきの背中を優しくさすりながら、優しく微笑むと、静かに、囁くように言った。

「たまき……あたし、今夜お前のところ泊まろうか?」

つづく


次回 第14話「朝もや、ところにより嘘」

舞の家に泊まることとなったたまき。そこで舞はたまきに話す。「人はさみしさからは絶対に逃げられない」。翌朝、たまきはミチと海乃に鉢合わせする一方、志保はある人物と再会する。

つづきはこちら!


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

こんなもの食えるか!ピースボートの寄港地での印象深い食事8選

今回は、ピースボートの寄港地で食べた食事について紹介する。「食」は最も簡単な異文化交流である。「口に合わない」ということですら、異文化交流であり良い思い出である。今回は寄港地で出会った口に合わない料理や食べきれない料理など、食事にまつわるエピソードを紹介する。


ピースボートの寄港地での食事①

フィリピンの民族料理

まず紹介するのは、88回クルーズ最初の寄港地だったフィリピンのショッピングセンターで食べたシシグ

こんな感じで、お皿の上にはっぱをしいて、その上にひき肉料理(だったと思う)が乗っけられた。

これが、強烈ににんにくの味が効いているのだ。濃い!

一方で、あとからやってきた焼きそばが、今度は味が薄い!

一方は味が濃くて、一方は味が薄い。ということは混ぜてみると……。

ベストマッチ! ちょうどいい味になりました。みんなもシシグを食べるときは、味の薄いものと混ぜてみよう!

ピースボートの寄港地での食事②

インドの激辛カレー

「おなかを壊す人もいるので注意すること」

これが、インド上陸前にカレーについて言われた衝撃的な話だった。

辛すぎておなかを壊すって、そんなやつおまへんやろ~。チッチキチ~。

となめきって上陸した僕だったが、さっそくインドカレーの洗礼を受ける。

おやつを食べようと立ち寄ったマクドナルド。

まず、驚いたのがインドのマクドナルドは油で揚げたチキンをパンにはさんでハンバーガーとして提供する。インドでは牛は神獣だから食べてはいけないのだ。ちなみに、結構おいしい。

そして一緒に頼んだシャカシャカポテト。

このシャカシャカポテトに入れたカレー粉がめちゃくちゃ辛い!

ポテトの味付けでこのレベルか! 日本でやったら「嫌がらせか!」っクレームくる辛さだぞ?

何か甘いものはないかと探したら、マクドナルドでチョコアイスを売ってました。くそぉ、商売上手め……。

そんな洗礼を浴びた後、いよいよカレー屋さんへ。

シャカシャカポテトであのレベルなのだから、まともにカレーを食べたらおなかどころか舌が壊れる、そう考えた僕は野菜カレーを注文した。野菜の甘みで辛さを抑える作戦だ。

僕は本来左利きで、スプーンも左手で使うのだけれど、ここはインドの文化にならって右手で食べてみた。う~ん、食べづらい。

そして肝心の味の方は……。

野菜の甘みなど無意味!

「食べ物を粗末にしない」がポリシーだったが、悶絶した挙句半分近くを残した。

「本場のインドカレーは口に合わない」。それを知ることもまた異文化交流である。

ピースボートの寄港地での食事③

アラブのパサパサした食事

ドバイ上陸前に、乗船していた大学教授の講義があった。

ピースボートで大学教授が講義した、と書くと「左翼的な講義か!?」と反応する人もいそうだが、普通の地理と文化の話だる。

アラブは乾燥しているので、米のような水を使って栽培する植物は育たない。なので小麦料理が多いのだそうだ。

実際、ドバイのスーパーで買った小麦のおやつは、とってもパサパサしていた。

また、日本のスーパーでは入ってまず生鮮食品、野菜売り場で新鮮な野菜が手に入るが、アラブで新鮮な野菜や果物を売っている場所はほとんど見かけなかった。代わりによく見るのがドライフルーツの量り売りだった。

ピースボートの寄港地での食事④

トルコで正体不明のメニューを頼んでみた

みんなでトルコのレストランで昼食をとった時のこと。

トルコ語も英語もわからない僕は、思い切って全く分からない料理を注文してみた。

すると店員さんが「スモール(これ、小さいよ)」

和食屋さんの小鉢みたいなのを想像したが、お金がないので「それでお願いします」と注文。

そして出てきたのがこちら。

食べかけにて失礼。

トマトとナスとひき肉の料理だ。これがとてもおいしかった。トルコのナスは日本のナスと比べるとジャガイモのような食感だった。

そして、量もまた適量。

一方、僕以外の人はみんな大盛りの料理がやってきた。

トルコ人の「スモール」は日本人にとっての「普通」だったのである。

ピースボートの寄港地での食事⑤

ギリシャの甘ったるいお菓子

口に合わないのは辛いものだけではない。甘すぎるのもまた口に合わない。

ギリシャでかった洋菓子がまさにそうだった(向こうのお菓子は全部洋菓子か)。

これがとにかく甘ったるい。

真ん中の赤い部分が甘ったるいのはまだわかる。

その周りのカタ焼そばみたいなやつも実は、甘ったるいのだ。

あんまりにも口に合わず、その辺のごみ箱に捨ててしまおうかと考えたが、食べ物を粗末にしないのが僕のポリシーであるため、「口に合わないなぁ」と思いながら完食した。

ピースボートの寄港地での食事⑥

メキシコのポテトとドンタコス

メキシコのコズメルに行ったときの話。町を一通り散策して、おやつを食べることに。小さめのファンキーなレストランに入って、ポテトフライにチーズをかけたものを注文した。

これが結構ボリューミーだった。ガストのポテト程度を想像していたのだが、普通の食事ぐらいの量はある。

「この後、夕飯食べられるかなぁ」と不安になる量だった。終盤はもはや満腹中枢との戦いだったと記憶している。

その夜、スーパーによった僕は、そこでドンタコス、によく似たお菓子を見つけた。

ドンタコスは日本のお菓子だが、メキシコっぽいパッケージだ。

ならば、本場メキシコのドンタコスはいったいどんな味なのか、買って食べてみた。

……本場のドンタコスは、日本のドンタコスより少し酸味がある。

まあ、だいたい本場の味って、キムチもそうだけど、酸っぱいよね。

ピースボートの寄港地での食事⑦

ペルー人大食い伝説

友達と二人でペルーのリマを観光した時のこと。別の友人から「ペルーは中華がおいしい」という情報を仕入れたので、中華料理屋に入った。

そこで僕は、焼そばだったか、皿うどんだったか、とにかくそういった麺料理を注文した。

パーソナルサイズとファミリーサイズがあり、当然ファミリーサイズを注文する。

だが、やってきた料理はどう見ても2.5人前。

顔を見合わせる僕ら。「もしかして、間違えてファミリーサイズ頼んじゃった?」

しかし、店員さんに確認するも、「パーソナルサイズ」とのこと。

明らかに2.5人前なのだが、「パーソナルサイズ」だったらしい。これまた満腹中枢との戦いだった。

その2日後、ビジャ・エルサルバドルという土煙の舞う町で現地の子供たちと交流するツアーに参加した時のこと。

ビジャ・エルサルバドルの街並み

みんなでいっしょに、近所のレストランで昼食をとった。

出てきたのは山盛りのポテトとチキンの丸焼き。あまり裕福な地域ではないのだが、こんなにもがっつりとしたものを食べれるとは。

ペルーの子供はこんながっつりとした料理を食べるのだなぁ。

と思ったら、子供たちはみんなチキンを残してた。そりゃそうだ。

っていうか、子供に合わせたメニュー出せよ! なんで、大人と同じもの持ってくるんだよ!

ピースボートの寄港地での食事⑧

タヒチは何もかも高い

タヒチのレストランから

最後に紹介するのはタヒチのグルメ。

と言っても、味ではなく物価の話。

タヒチはとにかく、何もかもが高い。

日本だったら100円のアイスがタヒチだったら400円。終始この感じだ。

「タヒチはいいところだけど、物価が高いから住めない」と仲の良いスタッフに行ったところ、「でも、現地で商売すればタヒチの物価にあった収入になるんじゃない?」と返ってきた。


どうだっただろうか。口に合わない料理も、食べきれない料理も、みな異文化交流である。ときには「よくわからない料理」を頼んでみるのもまた面白いものだ。

小説 あしたてんきになぁれ 第12話「夕焼けスクランブル」

不法占拠を続ける三人娘のところにも秋の足音が聞こえる。

施設で知り合ったトクラに引っ掻き回される志保。

ミチの思わぬ発言に腹を立てるたまき。

そして、なぜか「城」にいない亜美。

「あしなれ」第12話、三者三様の秋をお楽しみください。


第11話「惚気の長雨、口下手の夕暮れ」

「あしたてんきになぁれ」によくでてくるひとたち


写真はイメージです

屋上から西の空を見て、志保は思わず目を止めた。

つい半月ほど前のこの時間はまだまだ夕焼け空が広がっていたのだが、いつの間にか日は短くなり、空はすっかりすみれ色に染まっている。藍染のようなグラデーションの空の手前には無数のビルが城塞のようにそびえたち、窓の灯りは洞窟にちりばめられた宝石のように煌めいている。

洗濯物を細い腕にかけながら、志保はそこに影法師のように立ち尽くした。

空の色が菫から藍、そして紺へと、水の膜に色素を落としたように移り変わり、志保はそこで何かに気付いたかのように目を見開いた。

「なに見とれちゃってるんだろ」

そう自嘲気味に笑うと、洗濯物を腕にかけたまま、搭屋へと入っていった。

 

写真はイメージです

「確かに迷惑じゃねぇ、とは言ったけどさ」

京野舞は煙草に火を付けながらいった。傍らにはバラのように赤く染まったガーゼが数枚置かれている。

「二週間で三回も呼び出されると、流石にイライラするぞ」

「……ごめんなさい」

たまきは真新しい右手首の包帯をさすりながら言った。

「イライラすると、手元が狂うからヤなんだよ」

「……ごめんなさい」

「そんなうなだれんな。別に、怒ってるわけじゃねぇから」

舞は珍しくにっこりと笑う。

「なんかあったか?」

「……特には……」

たまきは髪をとかして、前髪で左目を隠した。

「で、お前はクレープ屋でもはじめんのか?」

舞は、テーブルの上に積まれたお菓子の本を見ながら、志保に言った。

「そうなんですよ」

志保が笑顔で返す。

「なに、ほんとにやるの?」

志保は、施設の仲間と一緒に「大収穫祭」でクレープ屋をやることを話した。

「へぇ、あの施設、そういうこともやってるんだ。大収穫祭ね……。クレープ屋って、施設に通ってる人全員出るの?」

「……三分の一くらいですかね。有志だけなんで」

「ふーん」

舞がぷはぁと煙を吐き出す。

「イベントは二週間後です。先生もぜひ、来てください!」

志保は目を輝かせていった。舞は、

「……まあ、お前が施設でどんなことに取り組んでるか、見とかなきゃな」

とだけ答えた。たまきには、どこか感情が入っていないようにも聞こえた。

「……ところで、お前ら、メシは食ったのか?」

「これからなんですけど、今日、クレープつくる練習で帰るのおそかったからどうしようかって話してたところなんです」

志保が読みかけのお菓子の本を閉じて答えた。

「あたしが作ろうか?」

「え? いいんですか?」

「コミュニケーションって大事だろ?」

そう言って舞はドアの方を見る。

「この前はこんなタイミングであいつが帰ってきたんだけど、……今日は帰ってこないな」

舞が言う「あいつ」とは、この「城(キャッスル)」の最初の住人、亜美のことである。

「なんか最近……、ちょくちょくいないよね」

志保の問いかけにたまきはこくりとうなづいた。

「どこ行ってるんだ、あいつ? 昼間っから援交か?」

「さあ、隣町のヘアサロンに行くって言ってたけど……」

志保の言葉に、たまきは首をかしげる。

「この前もそんなこと言ってましたよ。隣町の理髪店に行くって。美容院って、そんなに頻繁にいくようなところですか?」

「……その割には、髪型、特に変わってるようには思えないけどなぁ」

「……亜美ちゃん、何やってるんだろ?」

三人の視線が、壁に掛けられた亜美の絵へと向かう。

「私たちに言えない、何か危ないことでもしてるんじゃないでしょうか……」

「援交してるっておおぴろっげに言うやつが、これ以上何を隠すんだよ」

舞が腕組みしながら言う。

「……いけないクスリの売人とか」

「もしそうだとしたら、真っ先にあたしに売りつけてるとおもうよ」

「同居人が売人だったら、お前、即、施設入所だからな」

舞が苦笑いしながら志保を見た。

「じゃあ、ピストルの売人とか……」

「とりあえず、売人から離れようぜ」

舞が呆れたように笑う。

「まったく、どこほっつき歩いてんだか」

舞はそう言いながら亜美の似顔絵を見ると、

「それにしてもこの絵、よく描けてるな」

と言ったので、たまきは思わず下を向いた。

「ほんと、よく亜美ちゃんの特徴捉えてますよねぇ」

「街の似顔絵屋さんにでも描いてもらったのか?」

舞の問いかけに、誇らしげに答えたのは志保の方だった。

「たまきちゃんが描いたんですよ。亜美ちゃんの誕生日プレゼントに」

「マジで?」

舞がたまきの方を振り向く。たまきはピンクのクッションを掴むと、顔全体に押しつけるように抱きしめた。

「はぁ~、たまき、お前にこんな特技があるとはなぁ。あたし、絵ごころ全然ないから、尊敬するよ」

舞はまるで鑑定士のように手に口を当て、描かれた鉛筆の線まで覗き込むように見ていた。こんな風に、絵をじろじろ見られるのが嫌だから、たまきは飾りたくなかったのだ。

「いや、大したもんだよ」

それでも、褒められるのはなれていないので戸惑うが、悪い気はしない。

 

結局、亜美は帰ってこなかった。

舞は、「ちりこんかん」という、たまきの食べたことのない料理を作った。舞の作るちりこんかんという料理は、豆とひき肉に少量のケチャップとスパイスを混ぜて茹でたものだった。

「おいしい~!」

志保が感嘆の声を上げる。

「先生と結婚するだんなさんは幸せ者だよ」

志保は年にちょっと釣り合わない感想を述べた。

「いや、あん時は忙しかったからな、ダンナにつくってやる余裕なんてあまりなかったよ。むしろ、ダンナが作ってくれた方が多かったな」

舞はモリモリとちりこんかんを頬張りながら言ったが、たまきと志保のスプーンを持つ手は完全に止まってしまった。

「えー! 先生、結婚してたの!?」

志保が驚嘆の声を上げる。たまきの左手はスプーンを口元に運んだまま止まり、重力で垂れ下がったスプーンから豆がコロコロとこぼれ落ちる。

だが、驚いたのは舞も同じようだった。

「え、あ、『結婚してたの』か……。『してた』という意味では……、イエスだな。っていうかお前ら、亜美から聞いてなかったのか?」

「全然」

志保とたまきが同時に首を横に振った。

「そうか。あいつには会ったばかりのころに、『ねえねえ、先生ってカレシいないの』って感じでしつこく聞かれて、べつに隠すことでもないから話したんだがな。あいつ、口軽そうだからてっきりお前らにも喋ってるもんだと思ってた」

舞が亜美の口調を真似すると、志保はくすりと吹き出した。

「意外と口が堅いんだね、亜美ちゃん」

「……聞きだすのに興味はあっても、喋ることに興味ないんじゃないですか?」

たまきはようやく思い出したかのようにちりこんかんを口に運んだ。

「あれ? 『結婚してた』ってことは……」

志保はちょっと言いづらそうに舞を見たが、舞はあっけらかんと

「ああ、別れたぞ。まだ、二十代だったころの話だ」

と答えた。志保は

「へぇ~」

と感心したようだったが、

「あれ? じゃあ、もしかして、先生ってお子さんとかいるんですか?」

と目を輝かせた。

「お前、ガキなんていたら、今頃こんなところでおまえらの面倒なんて見てねぇよ」

「……ですよね」

志保はばつの悪そうに笑った。

 

写真はイメージです

「やっぱり、イチゴとバナナはマストでしょ」

トクラはホワイトボードに書かれた「イチゴ」と「バナナ」の文字を赤ペンで丸く囲んだ。

東京大収穫祭まで残り2週間を切った。今日中にメニューの最終決定を決めなければいけない。

「メロンとか、どうですか?」

志保は手を上げて提案してみたが、トクラは

「高い」

と一蹴した。

「色合い的には三色クレープってことでバランスいいと思ったんだけど」

「カンザキさん、メロンが緑なのは外側で、中はオレンジ色だよ。だったら、キウイがいいんじゃないかな」

おじさんが横から提案する。

「で、アイスはどうするの?」

志保の隣に座っていた女の子が訪ねた。アイスをクレープにれるか否かが、ここ数日の焦点だった。コンビニで買ったアイスを混ぜて試作したりしていたのだ。

「あたしはアイス入れたいんだけどな」

トクラは、赤ペンで「アイス」の文字の下に二重の線を引いた。

「でも、祭りは十月でしょ? アイスに需要があるかなぁ」

おじさんは首をかしげるが、トクラは

「真冬じゃないんだし、アイスは絶対喜ばれるって。十月って言ってもまだはじめだし。アイスが入ってるクレープって、よくあるよね、カンザキさん?」

急に名指しで質問をされて、志保は戸惑いつつも答える。

「え、あ、あると思いますよ? っていうか、なんであたし?」

「だって、そういうところ、よく行きそうな雰囲気だもん」

そうかしら、と志保は思いながらも、そういえば、高校の通学途中にクレープ屋があって、トモダチやカレシと行ったな、なんてことを思い出した。

「アイスを入れるとしてさ、どこでアイス買うの? コンビニやスーパーのアイスじゃ、足りないでしょ?」

志保の隣の少女が尋ねる。

「業務用、っていうのがあるんじゃないの? 昔、ヨーロッパに行ったときに、バケツみたいなのに入ったアイス、食べたことあるよ」

トクラがジェスチャーを交えて話した。

「その、業務用アイスっていうのは、どこで売ってるのかな?」

「さあ、問屋とかじゃない?」

トクラがどこか無責任に言った。

話が煮詰まってきた。こんな調子で今日中に決まるのかな、と志保が壁に掛けられた時計に目をやると、そこにはシスターが立っていた。

「ちょっといいかしら」

シスターはいつものように上品にほほ笑みながら歩み寄ってきた。

「この前皆さんにしていただいた検査ですけれども……」

検査というのは検便のことだ。飲食物を扱う屋台をやるということで、検便が行われたのだ。

もしかして、自分だけ薬物とか別の検査もされているんじゃないか。志保は検便の容器を見ながらそんなことを考えていた。もちろん、財布の一件以来もう二か月も薬を絶っているのだから、検査されたところで何も出てこない。何も出てこないはずなんだけど、なんだか不安な自分がいる

だから、これからシスターがどんな話をするのか、不安でしょうがない。「神崎さん、ちょっと別室に来てくださる?」とか言われたらどうしようかと、ありえないはずのことを考えてしまっているのだ。

一度そう考え始めると、どうしてもその考えがぬぐえない。二カ月も薬を絶っているのだから今更検査で何かが出てくるなんてありえないのだが、どうしても何か見つかってしまうような気がしてしまう。

「全員検査は合格でした」

シスターの言葉に志保は胸を締め付けていた鎖が突如消えたかのような解放感に抱かれ、笑みをこぼした。

ため息をついて顔を上げ、トクラの足が視界に入る。ふと気になってトクラの顔を見ると、トクラはにこにこ笑っていた。

……トクラさんもパスしたんだ。

もちろん、今回の検便はばいきんかなにかの検査であって、薬物の検査ではない。冷静に考えれば、教会が抜き打ちで検査をするとも考えられない。

それでも、志保はトクラが検査をパスしたことが、そして何よりも、トクラが何食わぬ顔で検査を受けていたことが引っ掛かった。

 

写真はイメージです

ひと月ぐらい前までは蝉の声がやかましかった公園だが、秋を迎えて少しずつ落ち葉も目立ち、ギターの音がよく通るようになった。

ミチは林の中にビールの空き箱をひっくり返して用意した台の上に立つと、じゃらりとギターを鳴らす。彼の前方にはいくつか椅子が並べられ、ホームレスたちが腰かけている。

「えー、今付き合ってるカノジョを想って作りました、新曲です。タイトルは、あー」

ミチはギターのネックに手をかけたまま、右上を見た。

「『アイラブユー』です」

少し小さめの椅子に腰かけたたまきが、少し微笑んでミチを見上げながら、ぱちぱちと手をたたいた。しかし、その隣の仙人は口を堅く結び、ミチをまっすぐ見据えながら腕組みをしている。

ミチはジャカジャカとギターを軽くストロークして、歌い始めた。

 

――陽炎揺らめく夏の中で

――煌めく小さな光

――まるで海のように

――僕を包み込んでくれた

 

――そうさ君の微笑みは

――まさに天使の笑顔

――まるで空のように

――僕を包み込んでくれた

 

――好きだ好きだ愛してる

――ずっと大事にするからね

――好きだ好きだ愛してる

――ずっと守り続けるよ

 

そんな歌が3番まで続く。ハイトーンな声のキーを少し落として、ミチはゆったりと歌い上げた。

歌終わりに優しくストロークをして曲を終えると、ミチはやりきったという表情で頭を下げた。

「ありがとうございました」

たまきが軽く微笑みながらぱちぱちと拍手をする。だが、仙人は目をつむったまま動かない。とはいえ、背筋がしっかり伸びているので、寝ているわけではなさそうだ。

「……どうでした?」

ミチは仙人の顔を窺うように身をかがめた。

「……歌声はよかった。メロディも悪くない」

前にもそんな感想を聞いたな、とミチは苦笑いする。

「それで、歌詞の方は……」

「今、どこから指摘しようか、考えている」

仙人のその言葉に、ミチは肩を落とした。

「そうだな。好きなのか愛しとるのか、どっちなんだ?」

「え?」

ミチがギターを肩から外しながら、仙人に聞き返した。

「歌の中で『好き』とも『愛してる』とも言っていただろう? 結局、どっちなんだと聞いている」

「そんなの……どっちもですよ」

ミチは困ったように口をとがらせた。

「で、どっちなんだ?」

横で聞いていたたまきは思う。仙人が同じ質問を繰り返すときは、相手の出した答えに納得していないときだ。それは、相手に何かを気付いてほしい時でもある。

「だから……、どっちもですって」

ミチは、もう勘弁してくれというような目で、仙人を見た。

 

写真はイメージです

自動販売機とはよくよく考えると不思議な装置だ。軽い百円玉を入れると、ズシリと重い液体を入れた缶が出てくるのだから。あの百円玉のどこにこれほどの重さがあるのだろうと不思議に思う。

志保は身をかがめ取り出し口に手を突っ込み、黄色い缶の炭酸飲料を取り出した。

プルタブに指を賭けたところで、志保は声を聞いた。

「よかったね。検査、引っかからなくて」

志保は鞭に撃たれたかのように左側を見た。通りの奥から、トクラがこちらに向かって歩いてくる。

教会から駅へと続く住宅街の道は、塀から顔を突き出した木々の緑によって彩られていたが、ところどころ黄色い葉っぱも交じってきた。

志保はトクラをじっと見ていた。

「なに? どしたの、カンザキさん」

トクラが怪訝そうに首をかしげる。

「……いえ」

志保はトクラから目をそらすと、缶のプルタブを開けた。トクラは歩調を速めると志保のそばまで来て、囁くように言った。

「私たちの検便ってさ、やっぱ、クスリの検査までされてるのかな?」

「さ、さあ」

志保は冷たい缶を両手でしっかり包み込むように持つ。

「されてたら、やばいよね」

「それってどういう意味ですか?」

志保は反射的にトクラの方を見た。トクラは右上を見上げたが視線を戻して、言葉を選ぶように言った。

「ほら、施設がプログラムの受講者に黙ってそういう検査してたら、信頼関係ってやつが崩れちゃって、ヤバいよね、って話。まあ、あの施設はそんなことするところじゃないけどさ」

そう言ってトクラは笑う。志保は、炭酸水をのどに流し込むと、駅に向かって歩き出した。

「カンザキさんって、シャブやってたんだよね」

「……あまり大きな声で言わないでもらえますか」

「ああ、ごめんごめん」

トクラはそう言いつつも、悪びれた感じではない。

「売人の番号って残ってるの?」

「……消しました」

財布を返しに行った日の昼に、売人の番号は携帯電話から消去した。一緒にいた亜美にも確認してもらっている。

「なんだ」

「……残ってたらどうするつもりだったんですか」

「教えてもらうに決まってんじゃん」

トクラはケラケラと笑いながら、そう答えた。その言葉に志保は足を止めた。二、三歩進んでトクラが気付き、振り返る。

「どしたの? あ、やっぱり、番号残ってた?」

「……トクラさんは、何のために通っているんですか?」

二種間ほど前にも同じことを訊いた気がする。

同じ質問を繰り返すということは、答えに満足していないからであり、相手に何かを気付いてほしい時でもある。

トクラは笑みを浮かべながら、志保の質問に答えた。

「行かないと、周りがうるさいから」

さっきまでアスファルトを照らしていた太陽が雲の影に隠れる。志保は睨むようにトクラを見ていたが、トクラはひるむ様子もなく言葉をつづけた。

「カンザキさんはさ、あそこのプログラムで、本当にクスリやめられると思ってるの?」

「そのために、私は通っています」

手にもったアルミ缶が少しへこむ。

「もう、周りを裏切りたくないんです」

「裏切るよ、どうせ」

トクラは不敵に笑いながら志保に近づく。

「あの施設に通ってても、クスリの再犯で捕まったやつを何人か知ってるし、実は私自身あそこに通うのは2回目だったりするの。まじめに通ってたんだけどね、逮捕されちゃっていけなくなっちゃった」

「施設のやり方が間違ってる、ってことですか」

施設の職員はみな親切で、志保は上品な感じが少し苦手だが、好感を抱いていた。それを悪く言われるのはいい気分がしない。

何より施設のやり方が間違いだということになると、この二カ月が無駄になってしまう。

「いや、あの施設はよくやってる方だとおもうよ。どこもあんな感じだと思うし、実際、依存症に対する取り組みではあそこはまあまあ有名な方だし」

トクラは志保に最接近すると、囁くように告げた。

「間違ってるのはね、私たち」

志保は自分の呼吸とトクラの呼吸が同期するのを感じた。手にもつ缶がベコベコへこみ、その冷たさがやけに志保の手の熱を奪っていく。

「薬物の再犯率はね、私やカンザキさんくらいの年だったら、40%くらいかな。それに、再犯率っていうのは、逮捕されないとカウントされないからね」

「……トクラさんは、もう治療する気がないってことなんですか」

いつしか志保の声は震えていた。

「ほんっと、カンザキさんって十年ぐらい前の私に似てる。まあ、私はカンザキさんほど真面目じゃなかったけどさ。それでも、本気でクスリをやめたいって思ってたり、自分の努力次第で何とかなるって思ってたり、周りを裏切りたくないってところとか、ホントそっくり」

志保は、自分の息が少し粗くなっているのを感じていた。

「だから、ほっとけないっていうか。ほら、ドラマの結末知ってて再放送見てるときってさ、最後死んじゃうキャラとか出てくると、教えたくなるじゃない、その人の宿命ってやつを」

その言葉に、志保は急に恐怖を感じた。

この人とあたしはちがう。あたしはこの人のようにはならない。

さっきまでそう思っていたのに、急にトクラをそんなふうに見れなくなっていた。

どうあがいたって、あたしはこの人みたいになる。

きっとトクラには、神崎志保という少女が、まるで自分の再放送を見ているかのように映っているんだろう。ドラマの再放送ってやつは、どうあがいたって絶対に過去に見た最終回と同じ結末に行きついてしまうのだ。

上空では雲が流れゆき、再び太陽が顔を出した。秋の澄んだ空気が灯に照らされ、トクラの顔がさっきよりも軽く見える。

まるで、志保とトクラのあいだにへだたりなんてないと言わんばかりに、はっきりとトクラの顔が見える。

志保の指先が小刻みに震える。トクラはそんな志保をからかうように見ると、再び囁くように告げた。

「ねぇ、シャブって、どんな味?」

「……どんなって」

思わず答えそうになった時、志保の頭の中で警報機が鳴り響く。

その質問に答えてはいけない。

思い出してはいけない。

忘れよう忘れようとこの二か月頑張ってきたのに。

心臓の奥から何かが電撃のようにほとばしる。

止まらない震え。

うっすらと滲む汗。

開いた瞳孔。

動悸。

日差しに照らされた緑の木々たちがモノクロになってぐにゃりと歪む。

「どうしたの、カンザキさん?」

トクラが悪戯っぽく微笑む。志保は小刻みに震える手で缶を持ち上げると、再び口の中に液体を流し込んだ。

炭酸水から揮発した二酸化炭素がのどをびりびりと刺激するが、何の解決にもならない。

 

写真はイメージです

夏場ともなるとアスファルトが熱を湛え、たまきは階段以外の場所で絵をかくことも多かったが、九月の終わりが近くなり、再び地べたに腰かけられるようになった。ミチは階段の中ほどに腰かけ、ギターを弾きながら鼻歌を歌っている。たまきは同じ段に腰かけ、公園の絵を描いている。二人の間は人が一人二人通れるくらいに空いている。そうでなくても、広い階段だ。二人ぐらい腰かけたところで、大して邪魔にはならない。

二十分ほど、二人は会話をすることがなかったが、突如ミチが語りかけた。

「なんかないの? 質問とか」

何を聞かれているのかわからず、たまきはミチの方を向いて首をかしげた。たぶん、漫画やアニメだったら、たまきの頭上に「?」とマークが浮かんでいたはずだ。

「『カノジョのどこが好きなの?』とか、『カノジョってどんな人なの?』とか、『デートはどこ行くの』とかさ」

「なんでそんなこと聞かなきゃいけないんですか?」

たまきの頭上の?マークが増えた。

「志保ちゃんはこの前、いろいろ聞いてくれたよ」

「志保さんですから。私、志保さんじゃないんで」

たまきは表情を変えることなく答えた。

「だったら、二人のこと応援してるよ、とかさ」

「なんで応援しなくちゃいけないんですか?」

応援なんて言うのは、自分のことが十分にできている余裕のある人が有り余った力でやるものだと思う。

そもそも、「頑張って学校に行け」という応援なのか脅迫なのかよくわからない言葉を浴び続けてきたたまきにとって、「応援」がはたして良いものなのかよくわからない。

たまきの無表情っぷりに、ミチは不満のようだ。カノジョの話をしたくてしょうがないらしい。

「普通さ、もっと友達の恋愛に関心も……」

「友達じゃないです。知り合いです」

それに、たまきは「ふつう」ではない。そんなことはもう、わかりきっている。

ふと、たまきの頭に亜美の言葉がよぎった。

「あいつ、地味な女がタイプだって言ってたぞ」

だが、この前見た海乃って人は、おしゃれな茶髪に顔はばっちりメイクをし、ミニチャーハンを運んできた手には色とりどりのマニキュアがぬられてことも覚えている。とても「地味」とは思えない。

「地味な女の子がタイプなんじゃなかったんですか?」

たまきはミチの方を見ることなく尋ねた。深い意味はなく、ただ「聞いてた話と違うな」という違和感から来た質問だった。

「え?」

とミチがたまきの方を見る。

「……あの海乃って人、地味には見えなかったので」

地味というのは、露出の少ない黒い服を好み、化粧をせずにメガネをかけ、髪の毛をいじることもなく、口数少なく大きな声も出さない人、つまりたまきみたいな女のことを言うのだ。

「う~ん、恋愛するんだったら、おしゃれで、スタイル良くて、話してて楽しい子がいいかなぁ」

「じゃあ、地味な子が好きっていうのは、なんだったんですか」

これまた、話の流れで出てきた素朴な疑問である。深い意味などない。

「ああ、地味な子が好きっていうのはね、恋愛対象の話じゃなくて……」

たまきは何気なく、ミチの方を見た。ミチとたまきの目があう。

「エッチの対象」

「え?」

たまきの左手から小さな鉛筆がポロリと落ち、階段に当たってカランと音を立てる。そのままカンカラカンと下に転げ落ちていったが、たまきは気づいていないのか、ミチの方を見て目を見開いたまま動かない。

ミチは身を乗り出し、たまきとの距離をぐっと詰める。

「地味な子ってさ、エッチの経験とか、そもそも付き合ったことないって子おおいじゃん」

たまきは呆然としたままうなづく。自分がまさにそうだ。

「そういう子をなんていうかさ、穢してみたいっていうかさ。どんな顔してどんな声出すんだろうって」

たまきは急激に体が下腹部から熱くなるのを感じていた。

「ち、ちなみに……」

いつもの1.5倍の早口でたまきが尋ねる。

「私って、地味ですか?」

「うん」

ミチが、何をわかりきったことをとでも言いたげにうなづく。

「ってことは私も……」

「もちろん、エッチの対象だよ」

ミチがたまきをいやらしい目で見ていることはうすうす気づいていたが、こうも恥ずかしげもなく断言されると、顔が紅潮していく原因が怒りなのか恥ずかしさなのか、自分でもわからなくなってくる。

「たまきちゃんってさ、自分では気づいてないのかもしれないけど、目はわりとパッチリしてるし、ロリっぽいかわいらしさがあるっていうかさ……」

「そうですか……」

この場合、何と返事をしたらいいのだろう。

「それに、亜美さんみたいに巨乳ってわけじゃないけど、そこそこおっぱいあるし」

充血してきた目をたまきは下に向ける。

「バージンでしょ? エッチしたらどうなるんだろうって思うとさ、一回ちょっと壊してみたいなぁ、って」

たまきは蒸気機関車の煙のように早く立ち上がり、赤くなってきた目でミチを見下ろすと、いつもより強い口調で言った。

「私、帰ります!」

「え、ああ。おつかれ。またね」

片手を上げるミチに素早くたまきはお辞儀をすると、たまきにしては珍しく、たまきにしては本当に珍しく、階段を一段飛ばしで登っていった。

 

写真はイメージです

「あの子絶対クスリやってるって」

「だって、あのやせかた、おかしいもん」

「うーわ、犯罪者じゃん」

雑踏をすれ違うたびに、そんな声が聞こえる。

そのたびに志保は足を止めて振り返り、声の主を探す。

なんだか、今視界に入っている全員がそう言っていたような気がして、志保は雑踏の中を縫って駆け出す。

すぐに息が切れて立ち止まる。震える手であたりを探るが、手をつないでくれる人は誰もいない。

駅から歓楽街へ戻るには、三途の川のように大きな道路を横切らなければならない。残念なことに歩行者用の信号は赤になったばかりで、色とりどりの車が濁流のように目の前を横切る。

さっきから、様子がおかしい。とってもおかしい。

またしても声が聞こえる。

「ねえ、シャブってどんな味?」

声の主はトクラだった。驚いてあたりを見渡すと、雑踏の中にトクラの姿がちらりと見えたが、すぐに見えなくなった。聞こえるのは車の騒音だけで、頭上の電光掲示板から流れるなんかのCDの宣伝すらもよく聞こえない。

トクラは何であんなことを言ったのか。志保は頭をかきむしりながら考える。いや、無理やりにでも考えないと、クスリ以外のことを考えないと、どうにかなってしまう。

「教えたくなるじゃない、その人の宿命ってやつを」

またトクラの声が聞こえる。記憶の中のトクラかもしれないし、さっき見かけたトクラなのかもしれない。

どうせいつかこうなるのが宿命なのだとしたら、戦うのなんて時間の無駄、ということなのだろうか。だからあの人は志保にクスリを思い出させようとした。どんなに頑張ったって、どうせいつか自分の手でその頑張りを捨ててしまうのだから。だとしたら、早い方がいいじゃない。頑張って頑張って、また亜美ちゃんやたまきちゃんを、舞先生を、そしてあたし自身を裏切って悲しませるくらいだったら、いま裏切った方が、みんなダメージ少なくて済むんじゃないの?

「やっちゃえば? どうせいつか裏切るんだったら、いま裏切った方が、みんなのためだよ」

今度はトクラが耳元でささやいてきた。志保はとっさに振り向いた。

そこにトクラはいなかった。

いたのは、志保だった。

いるはずのない、自分だった。

囁いたのは、志保の声だった。

恐怖に駆られた志保は、踵を返して走り出そうとした。

横断歩道の一番目の黒い空白を踏みしめたとき、志保の目に最初に飛び込んできたのは、赤く光る歩行者用の信号機だった。

次に右側を見た。25mほど向こうに青い乗用車が見える。車の姿と、タイヤが地面にこすれる音が、少しずつ大きくなっていく。

首から下はアスファルトを踏みしめたまま硬直して動かない。志保は、唯一動かせる首だけを後方に向けた。

信号待ちをする人々が鉄柵のように並んでいる。彼らは、まだ自分たちが何を見ているのかを理解できていないようだ。

その人ごみの中から、程よく日焼けした腕が伸びてきて、志保の右腕を掴み、そのまま勢いよく引っ張った。

「危ない!」

知らない誰かの声と、タイヤの摩擦音が響く中、志保は、その知らない誰かの胸に倒れこんだ。

 

信号は赤だ。今、飛び出したら死ねるんじゃないだろうか。

いつもは足元を通り過ぎるタイヤを見ながら、たまきはそんなことを考えてしまうのだが、今日に限って真っ赤に染まる信号をにらみながらじっと待っている。

考えれば考えるほどに頭に来る。もちろん、ミチのことだ。

ミチが時々たまきの胸元や足の付け根あたりを見たりと、たまきのことをいやらしい目で見ているのは察していた。それだけでも嫌だけど、まだ「男の子ってそんなものなのかな」と思うことで納得してきた。

ところが今度は、エッチをしてみたいと言ってきた。それも、「壊す」だの「穢す」だの。

いったいミチは、女の子のことを、たまきのことを、なんだと思っているのだろうか。壊すだけ壊して、穢すだけ穢して、どうせ責任とか取らないんだろう。わかってる。ミチはたまきのことが好きだとか、女として見てるとか、そういうんじゃない。弱そうな女の子を支配して、自分のものにして、遊びたいだけ。つまり、私はミチ君にとって都合のいいおもちゃってわけ。あ~、もう、君付けなんかしなくていいよ、あんな人。あの人にとって私は、あの人がバイト代ためて買ったハーモニカみたいなものなんだ、きっと。自分のものにして、遊ぶ。それだけ。

だいたいさ、あの人はカノジョさんがいるはずなのに、ほかの女の子とそういうことしようっていうのが、許せない。亜美さんみたいに好きでもない人とエッチできる人がいるっていうのは理解しているし、それが亜美さんの生き方なんだから、私はとやかく言わないけど、亜美さんと違って、ミチ君、じゃなかった、あの人には本命のカノジョさんがいるはず。なのに、ほかの女の子にああいうこと言うなんて、私だけじゃなくて、カノジョさんにも傷つけるよ。

カノジョさんがギターで、私がハーモニカ、そういうことなんだろう。あの人は結局、どっちも持って置きたかったんだ。

あ~、むかつく!

 

ぷんすかと腹を立てながらも、たまきは横断歩道を渡り終えた。お店が立ち並ぶ歩行者天国の大きな通りを、すたこらさっさと歩いていく。

1分ほどでまた信号待ちだ。たまきはスケッチブックの入ったカバンを胸の前でしっかりホールドすると、赤信号をにらみつけた。

ふと、聞きなじんだ声が鼓膜を打つ。

「ほんとにもう、大丈夫なんで」

声がしたほうに顔を向けると、志保の姿がそこにはあった。街路樹によりかかり、ペットボトル片手に何やら話している。

話している相手は知らない男性だ。見た感じ大学生くらいだろうか。顔だちにこれといって特徴はないが、服装はおしゃれな感じで背が高い。

「本当に大丈夫? 具合が悪いなら、救急車を呼ぶとか……」

「いえ、もう本当に大丈夫なんで。すいません。お時間お取りしてしまって……」

志保は相手にしきりに頭を下げている。

「そう……。疲れてるみたいだから、帰ったら、ゆっくり休みな」

男性はそういうとその場を立ち去った。たまきは少し時間を空けてから、志保に近づいた。

「……志保さん」

たまきの声掛けに志保は驚いたようにたまきを見た。

「い、いつからそこにいたの?」

「……い、今通りかかったんです」

いつになく早口でたまきが答える。

しばらく静寂が流れる。

「たまきちゃん、顔赤いよ?」

「志保さんこそ……、顔白いです」

信号が青になったタイミングで、どちらが言い出すでもなく、二人は歓楽街へ向けて歩き出した。志保はたまきの左側に立つと、するりと手を伸ばし、たまきの左手を握った。

こんなことは前にもあった。何もないのに、志保が手をつなぐなんてことはない。さっきの男性と何かあったのだろう。

こういう時、亜美さんなら何か聞くのかな。

たまきは結局、志保に何も聞かなかった。優しさから聞かなかったのでも、興味がなかったのでもない。どうしたらいいのかわからなかった。

 

写真はイメージです

手をつなぐ、と言ってもいわゆる恋人つなぎみたいなものではない。志保が差し出した細い左手に、たまきがそっと右手を添える程度のものだ。

志保の手の震えがたまきの手に、たまきの手の温かみが志保の手に、それぞれゆっくりと伝わる。

「手をつなぐ」という行為は互いの手の細菌を移しあう行為である。だが、互いに移しあうのは、細菌だけではないようだ。

「あ!」

たまきより少し前を歩いていた志保が声を上げた。少しうつむきがちだったたまきが顔を上げると、亜美がヒロキと腕を組んで歩いてくるのが見えた。

向こうは志保とたまきに気付いていないようだ。車が何台も並んで通れそうな広大な歩行者天国の斜め前から二人は腕を組んで歩いてくる。視界の端に移っている志保とたまきには気付いていないようだ。

手をつなぐよりも、腕を組んだ方が仲がよさそうに見える。

「よくさ、好きでもない男の人と、ああいう風に腕組んだり、エッチしたりできるよね。あたしは無理だな」

「……私もです」

「亜美ちゃんって、男の人の前だとキャラ変わるよね。甘え上手っていうか……」

「……ビジネスライクなだけだと思いますよ」

二人は、大通りへと出て信号待ちをしている亜美とヒロキの背中を見つめていた。寄り添うようにたたずむ二人の影は、秋の西日に照らされ、心なしか少し隙間があるように映っていた。

 

つづく


次回 第13話「降水確率25%」

10月に入り、ついに大収穫祭が開催される。クレープ屋ではりきる志保、祭りを楽しむ亜美、ステージ上で輝くミチ、そして、たまき。4人それぞれの祭りが始まる。「大収穫祭」編、いよいよクライマックス!

続きはこちら!


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

見学も可能!ピースボートのオーシャンドリーム号の船内はこんな感じ

今回はピースボートの船、オーシャンドリーム号の船内について書こう。108日をこの船内で暮らした僕にとってはもはや家であるこの船は、定期的に見学会も行われている。ただ、ピースボートの見学に行ってもなかなかオーシャンドリーム号の全容把握しづらい。だって、デカいもん。この記事を読めば、見学会での理解が深まる……はず。


ピースボートの船は時代によって変わる

ネットを見ているとピースボートの船はひどい、という記事を見ることがある。

これについては、残念ながら、事実だった。

「事実だった」という言い方をするのは、「過去にはひどい船もあった」のは事実だからだ。何でも、船体に穴が開いたらしい。

ピースボートは自分で船を持っているわけではなく(そんなお金はないはず)、船会社から船を借りている。オーシャンドリーム号は2012年からチャーターしている船だ。

僕はオーシャンドリーム号に不満はないし、オーシャンドリーム号になってから船に対する悪評は聞いたことがない。

ちなみに、ピースボートが船を持っているわけではないと書いたが、最近になって「エコシップ」なるオリジナルの船を建造し始めたらしい。オーシャンドリーム号よりも大きく、2020年の就航を目指しているのだとか。就航後はオーシャンドリーム号と並行して海を走るそうだ。

オーシャンドリーム号の概要

「地球一周の船旅」と言われると、豪華客船の旅を想像しがちかもしれない。

そんな想像を抱いてオーシャンドリーム号に乗ると、ずいぶんとがっかりしてしまうらしい。

だから、先に言っておこう。オーシャンドリーム号は豪華客船ではない。海の上の合宿所、よくて海の上のビジネスホテルである。

だから、安いのである。

オーシャンドリーム号はパナマ船籍だ。法律上の問題で、日本船籍にすると手続きがいろいろめんどくさいからパナマ船籍にしている、ということを聞いたことがある。

総重量は35000t。地球一周できる船はある重さ以上ないといけない、と国際法で決まっているらしい。

速度は大体17ノットくらい。時速にすると約30km。何と、車の方が早い。どうりでゆっくり離岸していくと思った。

以前聞いた話では、船が1日かけて進む距離と飛行機が1時間で進む距離は同じらしい。飛行機って速いね。

屋上を含めて11階建て。ただし、乗客が立ち入れるのは4階から上である。

オーシャンドリーム号の船内 4階

4階には「リージェンシー」という大きなレストランがある。ホテルの高級レストランを想像してもらえるとわかるだろうか。

朝は和食が食べられ、昼はチャーハンなどが食べられる。ちなみにどちらも食べ放題。

夜はシェフが腕によりをかけた料理が食べられる。

船内の食事について詳しくはこちらへ!

毎日がタダで食べ放題? ピースボート船内の食事は実はこんな感じ

オーシャンドリーム号の船内 5階

5階はレセプションがある。寄港地でのツアーの追加やキャンセルはここで行う。また、酔い止めをもらったり落とし物が届いていたり(僕はなくしたパソコンが届けられていたことがある)もらったり、とにかくお世話になりっぱなしの場所だ。

オーシャンドリーム号の船内 6階

6階はオーシャンドリーム号のいわば商店街みたいなものだ。売店と美容院がある。

売店ではお菓子から日用雑貨、文房具、星座版といろんなものが揃っている。

美容院は予約制で、確か3000円だったと思う。

僕は美容院が予約でパンパンだったので、ベリーズシティの路上編みこみ屋さんみたいなところで切ってもらった。僕史上最も短い髪型になって、会う人会う人に驚かれた。

オーシャンドリーム号の船内 7階

7階前方にあるのは「ブロードウェイ」というイベントスペースである。ステージがあり、400人規模の客席がある。航路説明会や水先案内人の講演のほか、かくし芸大会、M-1グランプリ、のど自慢、紅白歌合戦、ダンス大会、新喜劇、ミュージカルと大規模なイベントが行われる。

ちなみに、僕はこのステージでかくし芸とカラオケとラップのライブを行ったことがある。照明の具合にもよるが、後ろの客席は意外と見えないので緊張せずに済む。

オーシャンドリーム号の船内 8階

4階から7階までは実はほとんどを客室が占めている。

だが、8階に客室はなく、そのすべてがオープンスペースだ。

まず、前方から。「スターライト」と呼ばれるイベントスペースがある。規模は200人ほど。バンドのライブをはじめ、割と軽めだけど、集客が見込める企画が行われる。

僕はこのステージでもラップをしたことがある。スターライトのステージは丸く、周囲270度ほどを客席に囲まれていて、客席との距離も近く、顔もよく見える。

8階中央を締めているおはフリースペースだ。ソファが置かれていたり、畳が敷かれていたりして、みんな、特に若者がまったりしている。ここでも企画が行われ、よくモノポリーを畳の上でやって遊んだ。

フリースペースの両脇は「プロムナード」と呼ばれる廊下だ。大きな窓があり、外の様子がよく見える。何か作業をするときは、海を見ながらというのが優雅なスタイルだ。

このプロムナードにはパソコンが置かれていて、インターネットができる。ただし、有料で時間制限があり、そのうえ、海の上はつながりにくい。

ネット環境について詳しくはこちらへ。

ピースボート乗船で初めて知った、海の上のアナログすぎる生活体験

8階の後ろの方はピアノの演奏を聞きながらお酒が楽しめる「ピアノ・バー」、お酒とカラオケが楽しめる「クラブ・バイーア」がある。それについてより詳しくはこちらへ。

毎日がタダで食べ放題? ピースボート船内の食事は実はこんな感じ

さて、8階の一番後方は屋外、オープンデッキだ。バーベキュー大会やアコースティックライブといったイベントが行われる。

プールやジャクジーもある。僕はよく、出港式でジャクジーで足湯をしていた。

ちなみに、ここで初めて知ったのだが、正しくは「ジャグジー」ではなく、「ジャクジー」である。

オーシャンドリーム号の船内 9階

9階中央はオープンデッキだ。「リド」と呼ばれるレストランがあり、朝は洋食が食べられ、昼は麺類、夜は丼物が食べ放題だ。

また、このスペースでは夏祭りや大動会も行われる。

リドの後ろには「パノラマ」というレストランがある。パノラマは屋内と屋外、二つの席がある。朝も昼も洋食系だ。

夜は「なみへい」という居酒屋になり、いつも賑わっている。合言葉は「船に終電はない」。

レストランについて詳しくはこちらへ。

毎日がタダで食べ放題? ピースボート船内の食事は実はこんな感じ

オーシャンドリーム号の船内 10階

10階はそのほとんどがオープンスペースだ。防球ネットがあって、ちょっと狭いけどサッカーやバスケができる。

また、スポーツジムもある。こちらもちょっと狭いけど。また、サウナもある。

10階にも客室があるが、10階の客してゃほかの会よりも豪華だ、と言われている。

オーシャンドリーム号の船内 11階

11階に屋根はない。要は屋上である。

あるのはジャクジーだけ。

ちなみに、夜は立ち入り禁止だ。勝手に入ると警備の人に怒られる。

怒られた本人が言っているのだから、間違いない。

オーシャンドリーム号の見学会

オーシャンドリーム号は年内に3回ほど見学会を行っている。地球一周の旅から帰り、次の旅までの間。年によってばらつきはあるが、だいたい春と夏と冬だ。横浜だけで行われる時もあれば、全国を回る時もある。

興味を持った方は是非見学会に行ってみるといい。実際に船を見ながら「ここで暮らすのか」と考えるとテンションが上がる。

ちなみに、あなたが見学会に行くことで、僕へのキャッシュバックは

……まったくない。

小説 あしたてんきになぁれ 第11話「惚気の長雨、口下手の夕暮れ」

「明日なんかどうでもいい」と援助交際で生活する少女、亜美。「明日が怖かった」と覚醒剤に手を出し、厚生施設に通い始めた少女、志保。「明日なんかいらない」と自殺未遂を繰り返す少女、たまき。3人は歓楽街のつぶれたキャバクラを不法占拠しながら暮らしている。今回は3人が出会って2か月がたったころのお話。

「あしなれ」第11話、スタート!


第10話「真夏日の犬と猫とフンコロガシ」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


写真はイメージです

長月の長雨はなかなかやまない。

雨の中わざわざ「城(キャッスル)」にやってきた舞は、「迷惑だ」と言いながらも笑いながらたまきの右手首に包帯を巻き始めた。

「ごめんなさい」

というたまきの伏し目がちな謝罪に対して舞は、

「お前が遠慮してあたしを呼ばずに自分で処置して、傷口を化膿させる方がもっと迷惑だから、切ったら必ずあたしを呼べ」

と、笑いながら返す。

「おどろいたよ~。トイレ開けたら、たまきちゃんの手首から血が流れててさ、たまきちゃんがそれ、じっと見てるんだもん」

志保はそういうとソファに深く沈み込み、本を読み始めた。お菓子の作り方に特化した本だ。

「いつぶりだっけ、リスカするの」

舞が、包帯がほどけないようにたまきの手首にしっかりと固定しながら尋ねた。

「……八月の半ばです」

「その前は?」

「……七月の終わりごろ……」

「お前が勝手に一人で処置したやつな。やっぱり、二週間に一回くらいか」

たまきは無言でうなづいた。二週間に一回、無性に死にたくなる時がある。別になにか嫌なことが二週間ごとにやってくるわけではなく、普段の生活の中でため込んだ毒素が限界になるのが、二週間という期間なのだとたまきは解釈している。

「志保、お前はどれくらい経つ?」

急に話を振られて、志保が驚いたような顔をして舞の方を見た。

「え? な、なんの話ですか?」

「クスリやめてからどのくらい経つかって聞いてるんだ」

「……一か月ちょっとですね。自己ベスト更新中です」

「……ほんとに使ってないんだろうな」

その言葉に、志保はさみしそうに下を向いた。

「……あたしのこと、信じてないんですか」

「人としては信じてるし、信じたい」

舞はたまきから手を放し、志保の方に向き合って、言葉をつづけた。

「だが、医者としては信じていない。残念ながらな」

「……ですよね」

志保は視線をとしたまま、左手で右の腕をさすった。

そこに、

「とう!」

という掛け声とともに、亜美が勢いよくドアを開けて帰ってきた。

「たっだいま~! あれ、先生、来てるんだ。さてはたまき、また切ったな?」

たまきが申し訳なさそうにうなづく。

「亜美、お前どこ行ってたんだ?」

「え? 隣町の理髪店」

亜美の答えにたまきは首をかしげたが、舞は

「理髪店? お前もそんなとこ行くんだな、つーか、そんな言葉知ってるんだな」

と言いながら、救急セットをカバンの中にしまった。

「志保~、晩飯は?」

「先生がせっかく来たから、一緒に外で食べないかって」

「マジで? おごり?」

亜美が目を輝かす。一方、たまきは憂鬱そうに体育座りをしている。極力外に出たくないのだ。

「あたしのおごりだ」

勝ち誇るような笑みの舞に向かって亜美は、

「ゴチになります!」

と、勢い良く頭を下げた。

 

写真はイメージです

東京の街並みは遠くから見るとまるでお城みたいだ、と言ったのはいったい誰だっただろうか。城郭のような高層ビルと城壁のような雑居ビルの群れの中に、中庭のように歓楽街が広がっている。

その中の太田ビルというビルの5階にある「城」という潰れたキャバクラに亜美、志保、たまきの三人は住み着いている。不法占拠というやつだ。

一階からコンビニ、ラーメン屋、雀荘、ビデオ屋、そして「城」と積みあがっている。上に行くごとにいかがわしさが増し、3階の雀荘にはガラの悪い人たちが出入りしている。4階のビデオ屋にいたっては、店長が金髪のパンチパーマにサングラスという強面だ。

そんなわけで、まともな人間ならば5階まで昇ろうなどとは思わない。5階まで、ましてや屋上に上る人など、よほど宿に困っているか、お金に困っているか、何が困っているかもわからず死のうとしている人くらいだ。

しとしとと続く雨音の中、コンクリート製の階段を下りて、4人が階下のラーメン屋へと向かう。一列に並ぶ姿は、なんだか某ファンタジーゲームみたいだ。

「へいらっしゃーい!」

自動ドアをくぐると、野菜を炒める音を暖簾のようにくぐった野太い声と甲高い声の大合唱。店内は凸の字型にカウンター席が伸び、奥にはテーブル席が三つほど。夕飯時だが、それほど混んでない。

4人は入口で食券を買うと、カウンターに座った。亜美、志保、そして舞は食券をカウンターの一段高くなったところに置き、それを見てたまきはそっと食券を同じところに置いた。

「いらっしゃい」

カウンターの向こうから顔を出し、ニッと笑顔を見せたミチに最初に気付いたのは亜美だった。

「は?」

続いて志保が

「あれ?」

舞が

「ん?」

最後にたまきが

「あ」

と声を上げた。

「何やってんだお前、こんなところで」

舞の問いかけにミチは笑顔で

「バイトっす」と返す。

そういえば、バイト始まったって言ってたし、飲食店っぽいことも言ってたなぁ、とたまきはぼんやりと考えた。

「なんでこのビルなんだよ」

亜美が半ばあきれたように質問した。

「いや、先輩がこの上のビデオ屋で働いてて、よくこの店連れてってもらってたんすよ。そしたらバイト募集って書いてあっから、応募してみたらすんなり通っちゃって」

ミチがにやにや笑いながら答えた。

たまきは背筋がぞわぞわするのを感じた。自分の生活圏に苦手な男子が入ってくると、なんだか背中がぞわぞわしてたまらない。

ミチはたまきの方に近づくと、

「びっくりした?」

と聞いてきた。たまきは、

「……あんまり」

と返す。

「っていうかたまきちゃん、ミニチャーハンでいいの!?」

とたまきの食券を見てミチがびっくりしたような声を出した。たまきは無言でこくりとうなづいた。

「ハイ、とんこつ醤油、とんこつ醤油大、レバニラ炒め、ミニチャーハン、ギョウザ一丁!」

厨房の奥からほーいと野太い声が聞こえ、ミチも厨房の奥へと向かっていた。あとに残るはなにかを炒める音ばかり。

たまきがぼうっとしていると、亜美が隣のたまきを肘で突っつく。

「あれじゃね? ミチ、お前のことおっかけてここでバイトしてるんじゃないの? あいつ、地味な女が好みだって言ってたぜ?」

にやける亜美の言葉を、たまきはかぶりを振って否定した。

「ないです。ミチ君、バイト先に好きな人いるって言ってました」

そういってからたまきは気づいた。バイト先って、ここじゃないか。

じゃあ、ここにいるのかなと思ったの同時に、たまきの背後からするりと手が伸びてきた。

「お待たせいたしました。ミニチャーハンととんこつ醤油大です」

女性の声に、たまきは声のした方を見る。

二十歳ぐらいだろうか。茶色く柔らかそうな髪を後ろでまとめている。かわいらしい顔立ちはいかにもモテそうだ。

「みっくん」

女性が声をかけると、ミチが厨房の奥から顔を出した。

「休憩入っていいよ」

「はい」

ミチがこれまで見せたこともないくらい顔をほころばせているのがたまきの目に映った。

 

四人が店を出ると、廊下の角でたばこを吸っていたミチが、あわててタバコを傍らのバケツに放り込んだ。灰交じりの黒い水の中にタバコがひとひらポトリと落ちる。ミチは舞の顔を見て、ばつの悪そうに笑った。

「ん~、べつに未成年だからって止めやしないぞ、ミチ。お前の寿命が減るだけだからな」

舞が皮肉めいた笑顔を見せる。

「ねえねえ、ところでさぁ」

と志保が妙ににやにやしながらミチの方に近づいた。

「ミチ君が好きな女の人って、さっきの店員さん?」

「ちょ! 誰から聞いたんすか!」

志保がクルリとたまきの方を振り向き、たまきが申し訳なさそうに下を向く。

「なかなかかわいい人じゃん」

「まあ、お前には高嶺の花だな」

意地悪そうに笑う舞に対し、ミチは

「実はですねぇ……」

と含み笑いで切り出した。

「え? まさか、もう付き合ってるとか?」

「なに? ヤッたの?」

亜美まで身を乗り出してくる。

「いや、そういうわけではないんすけど……」

ミチのその回答に亜美は

「なんだ」

とつまらなそうに背負向けたが、志保は

「なになに? そういうわけではないってどういう関係?」

と目を輝かせてミチに迫る。

「……2回くらいデートしてるっていうか……、今週末も約束してるっていうか……、キスしたっていうか……」

「え―!! なにそれ! つきあってんじゃん!」

志保が、雨粒がはじけ飛ぶんじゃないかというほどの大声を出す。

「いや、ちゃんと、付き合ってくださいとか言ったわけではないんすけど……」

「いやいや、つきあってんじゃん、それ!」

「……やっぱそうなんすかね」

「ガキっぽい顔しといて、やることやってんな」

舞が感心したように言う。

「えー、カノジョ、名前なんて言うの? 学生?」

「海乃(うみの)さんって言います。二十歳の専門学校生っす」

「二十歳? 年上じゃん! 年上カノジョじゃん!」

「ええ、まあ……」

ミチは困ったように笑っているが、本当に困っているわけではないようだ。店の白い外壁に、ミチの薄い影が儚く揺れる。

「えー! よかったじゃん! おめでとう!」

「あ、ありがとうッす。あ、デートの写真見ます?」

「えー! みたいみたい!」

「おっ、カノジョ、なかなかかわいいじゃん」

「先生もそう思うッすか?」

そんなやり取りを見ていたたまきだったが、盛り上がる輪の横をすり抜けると、階段を上っていった。

なんで志保がミチにカノジョができたという話を、あんなに喜べるのかがよくわからない。

ああいう他人の幸せを素直に祝福できる人っていうのは、余裕がある人なんだろう。今現在、志保にカレシはいないはずだが、たぶん、志保はその気になればカレシを作れるのだと思う。その余裕があるから、あんなに素直に他人の祝福が祝えるのだ。

なんだかんだ言って、志保はあっち側の人間なんだと思うと、階段の蛍光灯の灯りよりも、外の暗さの方がより一層強く、ミチや志保の弾んだ声よりも長雨の雨音の方がより一層大きく感じられた。

誰が誰と付き合うとか、たまきには関係ないし、どうでもいい話だ。

 

写真はイメージです

「城」のドアに手を書けてガチャリとドアを開ける。右手首の新しい傷がねじれて、また痛む。

鍵は亜美が持っていたはずだから、亜美は先に戻っているらしい。

「城」の中は明かりがついていて、亜美が冷蔵庫の中からビールを出して飲んでいる。亜美の「客」が手土産に持ってくるのだ。

「・・・・・・ただいまです」

たまきは力なくそう言うと、亜美から少し離れたソファに腰を下ろした。

「下、まだ騒いでんの?」

「はい」

二人は特に目を合わせることなく会話をしている。

「よく盛り上がれるよな、志保のやつ。他人のコイバナでさ」

「……亜美さんって、私のことはあれこれずかずか聞いてくるくせに、ミチ君のカノジョさんの話は、興味ないんですね」

「え? だって、あれくらいの男子が付き合うって、フツーじゃん。興味ないし。ヤッたってんなら、また別だけど」

私にとってはその「ふつう」がどれほど手を伸ばそうとも届かないものなのに……。

たまきは下を向きながら考え、ふと気づいた。

そうか。私は普通じゃないから、亜美さんは面白がって私のことをずかずかと聞いてくるんだ。

私が普通じゃないから……。

「何やってた? 下」

「……なんか、ミチ君のデートの写真見てました」

「ナニソレ?」

亜美が半ばあきれたように笑う。

「ヒトのノロケ写真見て何が楽しいの?」

「・・・・・・さあ。『幸せのおすそ分け』じゃないですか?」

「ナニソレ?」

亜美がいよいよあきれ返ったような顔をする。

「そーいや、中学のダチでウザい奴いたなぁ」

エアコンの音がせせらぎのように静かに流れる。その音を背景に亜美は話し出す。

「カレシの話ばっかする奴がいてさ、それこそ、『幸せのおすそ分け』つって。『カレシさえいればもう、何もいらない!』とかほざくんよ」

部屋の中をエアコンの音がノイジーに流れる。

「だからウチ、そいつに『なんもいらないんだったら、財布の中身全部よこせ』つったらよ、そいつ固まって、なんか言いわけ始めてやんの」

「……カツアゲじゃないですか」

今度はたまきが呆れたような顔をする番だった。

「はぁ? 先に『なんもいらない』っつったの、向こうだぞ? いらないんだったらウチが欲しいからよこせっつっただけだぜ?」

亜美はテーブルの上に足を投げ出しながら、半笑いで語気を強める。

「な~にが幸せのすそわけだよ。『すそ』ってズボンの余ったところだろ? すそなんかいらねぇんだよ。現ナマよこせっつーの」

亜美は缶ビールをあおる。

「結局、だれも幸せなんて、他人にはビタ一文渡す気なんてねぇんだよ」

空っぽになったアルミ缶をべこっと潰すと、亜美はテーブルの上に置いた。ふと、そこに置かれたチラシに目が行く。

「……なにこれ」

そこには「東京大収穫祭」と書かれていた。

「なんか、志保さんがそこでクレープ屋やるみたいです」

「クレープ屋? なんで?」

「施設の人たちと一緒にやるそうですよ」

「へ~」

亜美は興味深そうにチラシを眺めている。

「お、ライブステージとかあるじゃん。面白そ~」

「ミチ君のバンドも出るみたいですよ」

「なんだよ。みんな出るじゃん。ウチらもなんかやろうか」

「……何やるんですか」

たまきがソファの上で体育座りをしながら尋ねた。

「お笑いオンステージってのあるぞ。二人でコンビ組んで出ようぜ」

「……嫌です」

「……ツッコミ弱ぇなぁ」

 

写真はイメージです

「あ~、むずかしい~」

トクラがおたまを片手に苛立ちを見せる。

教会の中の小さなキッチンで、志保は数人の人たちとともに、クレープを作る練習をしていた。リーダーのトクラがホットプレートの上のとろりとした生地をおたまで広げるが、なかなかきれいな円形にならない。おまけに、生地の厚さにどうしてもムラができてしまう。

「クレープ屋とか、どうやってるんだろ?」

トクラが長い黒髪をかき分けながらつぶやく。

「なんか、ヘラ使ってるみたいですよ?」

トクラのつぶやきに志保が答える。

「ヘラ?」

「なんか、竹とんぼみたいなの」

「竹とんぼ?」

トクラがホットプレートを覗き込みながら首をかしげた。

「あ~、イライラする」

ホットプレートの上には、いびつなクレープのなりそこないが置かれたまま、キツネ色の焦げ目を作っていた。

 

「トクラさんって、美人だよね~」

二十歳ぐらいの女の子がつぶやく。確か、彼女はギャンブル依存症だと言っていた。

噂のトクラ本人は、トイレに行っている。

すると、中年のおじさんが口を開いた。

「トクラさんのお母さんは女優さんだって聞いたことあるよ」

「女優さん? 誰ですか?」

志保が訪ねた。「トクラ」なんて女優、聞いたことない。

「あくまでもそういう噂。お母さんっていうのも、大物女優らしいけど、普段は芸名で活動しているらしいよ」

「ふ~ん」

「にしても、トクラさん、遅いなぁ。もう一回練習したいのに」

おじさんがトイレの方をちらりと見る。水の流れる音がして、トイレからトクラが出てきた。

「よーし! もう一回、練習やろうよ!」

「トクラさん、みんなと話してたんですけど、専用の道具を買ってきた方がいいのかなってなって、あたし、帰りにちょっとデパート行ってみようかなって……」

志保の申し出をトクラは大声で遮った。

「だいじょーぶだいじょーぶ! ねー、生地、どこどこ?」

「生地はそこにあまりが……」

志保が言い終わらないうちに、トクラは生地の入ったボウルを手に取ると、泡だて器を突っ込み、勢いよくかき回しだした。

「ああ、もうかき回さなくていいんですよ! あまり、空気は入れない方が……」

志保の言葉も無視して、楽しそうにトクラは生地を泡立てる。

 

写真はイメージです

駅までは歩いて5分くらいのところにある。施設のある教会を出た志保は、駅へと向かう道の途中、ふと、視線を感じた。

振り返ると、トクラが歩いているのが見えた。トクラも志保を見つけると、にっこりとほほ笑む。

志保は少し歩くスピードを落とした。トクラも少し歩みを速めたらしく、すぐに志保の横に並んだ。

トクラの年は三十歳前後だろうか。並び立つと、決して小柄ではない志保よりもトクラのほうが背が高い。モデルのような顔立ちで、「女優の娘」とうわさされるのも納得ができる。少なくとも、それなりの風格があるのだ。

だが、その眼にはどこかゾッとさせるものもあった。

彼女は危険ドラッグの常習者だとどこかで耳にしたことがある。……自分もあんな目をしているのだろうか。

「カンザキさんも通いなんだ」

「あ、はい」

「電車? バス?」

「電車です。4駅先の……」

志保は繁華街のある駅の名を口にした。

「へぇ。あそこ住んでるんだ。すごいとこ住んでるね」

「い、いや、それほどでも……」

家賃を払っていないものだから、何とも言えない。

「トクラさんはどこの駅ですか?」

「私はバス」

「近いんですか?」

「まぁね」

志保もはっきりと数字を覚えているわけではないが、このあたりの家賃は高そうなイメージがある。「トクラは女優の娘」という噂の信憑性がまた一つ増した。

駅へと続く大通りはバスがけたたましく地面を揺らして走るが、人通りはあまりない。志保は、トクラの目を見ることなく、ぽつりと言った。

「……トイレの中で何してたんですか?」

「……聞くんだ」

志保はトクラの顔を見ていたわけではないが、声の感じから、トクラが笑っているのはわかった。

アスファルトに二人の影がくっきりと映される。そこだけ、光も熱も拒絶しているかのようだ。

「……トクラさんは、何のために通ってるんですか?」

「真面目だねぇ、カンザキさん」

トクラが歩みを止めたのを察し、志保も足を止める。トクラの方を向くと、相手も視線を落とし、志保の目を覗き込んでいた。

「その真面目さに首を絞められないようにね。じゃ、また」

そういうと、トクラは踵を返して、軽い足取りでバス停へと向かっていた。

 

携帯電話全盛の世の中となったが、駅前やコンビニの前、公園など、公衆電話を探そうと目を凝らせばまだまだ見つかる。

歓楽街のコンビニの前にある公衆電話に、たまきは十円玉を入れた。受話器を耳に当てながら自宅の番号を押すと、パ、ポ、ポ、と音が鳴る。

全部で十個のボタンを押すと、受話器からプルルルルと呼び出し音が流れる。

たまきは電話が大嫌いだ。自分からかけるのも、かかってくるのも大嫌いだ。

呼び出し音が途切れた。誰かの息遣いが聞こえた途端に、たまきは受話器を叩きつけるように戻すと、都立公園に向けて足早に歩きだした。

 

写真はイメージです

「東京大収穫祭」。その言葉を見聞きするのはいったい何度目だろう。

たまきは都立公園の木立の下の掲示板に貼られたチラシを見ていた。

「東京大収穫祭」と書かれたチラシは、志保が「城」に持ってきたものと同じものだった。

そういえば、ミチがイベントが行われる場所を「この公園」と言っていたような気がする。時期は十月の初めごろ。あと一カ月もすれば、この静かな公園が人で埋め尽くされてしまうのだろう。

たまきは下を向いて、とぼとぼと歩きだした。

たまきがよく訪れる公園で開かれる祭りには、志保やミチも参加する。

身近な存在となりつつある大収穫祭だったが、きっとそこに、たまきのような人間が入り込む余地はない。

そんな風に歩きながらおもむろに顔を上げたとき、再びたまきの目に「東京大収穫祭」という画数の多い6文字が飛び込んできた。

ただし、今度はチラシやポスターのような類ではない。それは上下に揺れながら、少しずつたまきから遠ざかっていく。

それは、人の背中に書かれた文字だった。濃いピンクのTシャツの背中に、白い字で例の6文字が書かれていたのだ。

書かれていた文字はそれだけではなかった。あと4文字、「実行委員」という文字が添えられていた。

同じTシャツを着た人2人が、たまきの少し前を歩いている。どういうわけか二人とも右側を見ながら、何か話している。おそらく二十歳くらいであろう女性二人だ。

「でもさ、ここは屋台とかブースとか置く予定じゃないし、べつにいいんじゃない?」

「でも、人が来た時に、あそこが目に入ったらみっともないよ」

二人の女性は林の奥の方を見つめながら何か話している。

あの林の奥には、仙人さんたちの庵があったはず……。

たまきにしては珍しく歩調を速め、女性たちとの距離を少しつめた。

「それに、あんな林の奥だったら目立たない、っていうか見つからないって」

「ダメダメ。イベントの時はああいうところが休憩場所みたいな感じになるんだってば。人目に付きにくいからって誰も来ないとは限らないんだよ」

「でも、去年の大収穫祭の時、あの掘立小屋、あったっけ?」

「……イベントの1週間前には、もうなかったよ。でも、その前の視察ではあったよ。おととしもそうだった」

「毎年、視察の時にはあるけど、本番の時にはなくなってるってこと?」

「ホームレスなりに気を使ってるんじゃない?」

右側の女性はそう言って笑った。

「どうせ毎年いなくなるなら、戻ってこなければいいのに」

もう片方の女性も大声で笑う。

「っていうか、さっきのおっさん見た? 昼間っから酒飲んでなかった?」

「サイテー。どうせどっかいくんだったらさ、酒飲んでないでとっとと出てけばいいのにね」

「っていうか、飲んでないで、働けよ」

「ほんとそれ」

そう言ってまた笑う。笑い声も話し声も、間違いなく庵まで届いているだろう。

たまきはいつしか、彼女たちの後を追うことをやめていた。立ち止まり、その後ろ姿をじっと見ている。

ことし最後かもしれないセミの鳴き声のリズムが、たまきの鼓動と同調して、響く。

笑い声は聞こえても、後ろからでは彼女たちの表情はよくわからなかった。

追いかけていって何か言い返してやりたいが、口下手なたまきにはその「なにか」にあたる言葉が思い浮かばない。

さっき見たイベントのチラシの文字が頭にちらつく。

『みんな、来てね!』

月並みな言葉が残酷に嗤う。

仙人さんは、「みんな」の中に入っていないんだ……。

なんで? 仙人さんは、ここにはいてはいけないの?

たまきはそら豆のおじさんの顔を思い出した。おじさんは仙人にあってから、笑顔が少し明るくなった。仙人にホームレスとしての生き方を教わっていると言っていた。仙人にあっていなかったら、今頃どうしていただろう。

たまきは、カバンからはみ出たスケッチブックを見た。たまきに絵をかくことの楽しさを思い出させてくれたのは、学校の誰かなんかじゃなく、ホームレスの仙人だった。

でも、きっと良識ある大人たちは、仙人がここにいてはいけないというのだろう。初めて仙人にあった時の、どしゃ降りの中でのミチの言葉がたまきの頭の中をぐるぐると廻る。

「ここおっさんたちの家じゃないじゃん。不法占拠だろ?」

……人間は、「ただ、ここにいる」、そんな当たり前のことをするのに、誰かの許可が必要らしい。

 

写真はイメージです

林の中を緑の落ち葉を踏み入って入ると、仙人をはじめとしたホームレスたちが数人いた。ベニヤ板のお化けのような庵の前に、折り畳み式のイスとテーブルを地面の上に置き、カップ酒で酒盛りをしている。

木陰の中をアルコールの幽かなにおいが漂う。

仙人はたまきを見つけると、笑いながら声をかけた。

「やあ、お嬢ちゃん」

「……こんにちは」

たまきはぺこりと頭を下げると、空いている椅子に座った。おじさんばかりのこの空間にも、少し慣れてきた。

「お嬢ちゃん、リンゴジュース飲むか?」

仙人は微笑みながらそう言うと、たまきにリンゴの絵の描かれたアルミ缶を差し出した。たまきはぺこりと頭を下げると、プルタブに親指を引っかける。

だが、何度やってもプルタブを持ち上げることなく、親指が外れてしまう。

「なんだ、開けられないのか。かしてみな」

仙人はたまきの手から感を取ると、ぷしゅっとプルタブを開けた。たまきはお礼にまた頭を下げると、両手で缶を持ち、飲み始めた。

少し飲んで缶を口から話すと、缶をテーブルに置き、たまきは視線を落とした。

「……怒らないんですか?」

「なににだい?」

「……さっきの人たちです」

この距離ならあの二人の会話は間違いなく聞こえていたはずだ。たまきは、自分の知り合いが馬鹿にされているのを聞いて、背筋から湯気のようなものが沸き立つ感覚と、胸の奥あたりが凍てつくような奇妙な感覚を同時に味わっていた。

「あの人たち、仙人さんたちのこと何も知らないのに、ホームレスだからってあんなふうにバカにして……」

だが、仙人はカップ酒をぐびっとあおると、はははと笑った。

「なぁに、百年たてば、歴史に笑われるのはあちらの方さ」

そう言って仙人はまた、はははと笑う。

「それに、『何も知らないのにバカにして』というのは少し違うぞ、お嬢ちゃん。何も知らないからバカにするんだ」

他のホームレスたちもゲラゲラ笑っている。

「絵を見せに来てくれたのかい? それは嬉しいが、お嬢ちゃんもあまりここには来ない方がいいぞ。さっきみたいな連中に、お嬢ちゃんも笑われてしまう」

仙人はハスキーな声で優しく言った。

「……笑われるのは、……慣れてます」

たまきは視線を上げることなく言った。

「仙人さんたちは……、お祭りのときはどうするんですか?」

「出ていくさ。わしらは、ここにはいてはいけないからな。毎年のことだ」

仙人はさも当り前のようにそう言った。カップ酒の最後の一滴をのどに押しやると、じっと自分のつま先を見つめるたまきの頭をぽんっと叩いた。

「なに、祭りが終わったら帰って来るさ。毎年のことだ」

それを聞いてたまきは視線を上げた。

「ただ、それもいつまで続くか、わからんけどな」

「……どういう意味ですか?」

「ここ数年、東京都がオリンピックを誘致しようとしとる。もし本当にオリンピックなんて来たら、わしらみたいなのはどこかに追いやられてしまうだろうさ。まあ、仕方あるまい。公園はみんなできれいに使うもの。その『みんな』の中に、わしらは入っていないのだからな。今から断食して、浮いたお金で都民税でも納めてみるか」

そういうと仙人はにやりと笑い、ほかのホームレスたちもゲラゲラ笑う。

 

林から出たたまきは、都庁を見上げた。ぶ厚い雲が日光を遮り、都庁に影を落としている。

いつかの亜美は都庁に向かって「バカヤロー!」と叫んでいたが、口下手なたまきには、今、自分の中でぐるぐる回っている感情に言葉を付けてあげることができない。

 

写真はイメージです

長月の夕暮はなかなかくれない。不死鳥の翼のように茜に染まった空に黄金色の雲が浮かび、一日の終わりをオーケストラのように彩っている。

亜美は煙草を片手に太田ビルの屋上へと出た。太田ビルはこの歓楽街ではひときわ古く、それでいて、ひときわ高い。東を見れば歓楽街が一望、とまではいかないがとてもよく見える。一方、西の空にはいくつものビルがそれこそ城郭のように立ち並んでいる。

ふと、柵に目をやると、小さな影が東側の策によりかかっている。

その影の正体がたまきだと気付いた時、亜美は初めてたまきとあった時のことを思い出し、汗が頬を伝り胸元へと落ちていったが、よく見るとたまきは柵に背中を預けて絵を描いているだけだと気付き、胸をなでおろした。

「ビビらせんなよ、おい。また死のうとしてるのかと……」

そう言って亜美はたまきに近づいたが、たまきがまるで睨むかのように西のビル群をじっと見据えながら、たまに視線をスケッチブックに落として絵を描いているのがわかり、亜美は何も言わずに横でそれを見ていることにした。

数分してたまきは絵を描きあげた。亜美はそれを少し離れたところから見る。

「相変わらず、お前が描くと魔王の城みたいだな」

そう言った途端、たまきは描かれた紙をスケッチブックから切り離した。たまきはプルタブも一人じゃ開けられない細い腕に力を込め、自分の描いた絵をやぶきはじめた。紙のちぎれる音が雷鳴のように亜美の鼓膜を打つ。まっすぐには破けず、途中で曲がり、結局、最後まで破ききることができなかった。

亜美はあわててたまきの正面へと回り込む。

「ごめん! ウチ、なんか余計なこと言っちゃった? いや、ウチはそういう絵、好きだよ? なんか、へヴィメタのジャケットみたいじゃん?」

亜美の言葉に、たまきはまるで、たった今亜美に気付いたように大きく目を見開いた。

「え? な、何の話ですか?」

「いや、ウチ、余計なこと言ったのかなって」

「え? 何か言いました?」

二人とも、夕焼け雲のように顔を赤くしている。

「だって、せっかく描いた絵を破ってさ、ウチの言ったことが気に入らなかったのかなって」

「え? いや、これは、その……」

たまきが恥ずかしそうに視線を落とす。

「この絵は……、最初から……、やぶくつもりで描いたんです……」

「え? なんで?」

下を向くたまきの顔を覗き込むように、亜美がたまきを見る。たまきは答えない。

「意味わかんない。ねえねえ、なんで最初っからやぶくつもりで、絵なんか描いたの?」

たまきはやぶれていびつな形になった紙を見つめた。描かれている都庁、らしき建物は引き裂かれ、たれ込めている。

「……私、口下手なんで」

そういうとたまきは、紙を手に、口を堅く結んで、搭屋へと入っていった。

つづく


次回 第12話「夕焼けスクランブル」

次回、トクラが志保を、ミチがたまきを、かき乱す!

続きはこちら!


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

毎日がタダで食べ放題? ピースボート船内の食事は実はこんな感じ

人間にとって一番大切なのは食事である。旅において大切なのも食事である。旅先でどれだけ素敵な景色に巡り合おうと、船内でどれだけ素敵な仲間に恵まれようと、ご飯がおいしくなければ台無しだ。今回はピースボートの船内の食事について書こう。ピースボートの船内は、毎日が実は……。


ピースボート船内の食事ってまずい?

ネットではたまに「ピースボートの食事はまずい」と書かれた文章を見る。

何も知らないアンチが書きこんでいるのかと思いいや、昔のピースボートの食事は本当にまずかったらしい。スタッフが「確かにまずかった」と言っていたのだから。

「昔の」と書いたのは、2017年現在ピースボートが使かってるオーシャンドリーム号よりも前の船の話だからだ。

僕はオーシャンドリーム号の食事しか知らない。

そしてオーシャンドリーム号の食事は……、美味い。安心してくれ。

ピースボート船内のレストラン

まず、ピースボートの船内には三つのレストランがある。そう、三つもあるのだ。これを理解していないとこの後の話はさっぱり分からない。

まずは4階にある「リージェンシー」。4回は乗客が立ち入れる一番下のスペースで、4階で乗客が立ち入れるのはこのリージェンシーだけだ。イメージはホテルの大きな食堂や結婚式場に近いかもしれない。三つのレストランのうちで一番豪華だ。

席はスタッフが案内してくれる。逆に言うと、こちらでは選べないのだが、知らない人と話せる機会だったりもする。

残る二つは9階にある。9階の中央にあるのが「リド」。真ん中は屋根がなく、プールがあってプールの周りをいすとテーブルが囲んでいる。

もう一つが9回後方の「パノラマ」。こちらは屋内だが、外にもいくつか席がある。

9階の二つは席が自由に選べる。

これらのレストランでの食事代は、すでに船代に含まれている。船内にいる限り、食費の心配をすることは全くない。

ピースボート船内の朝ごはん

まずは朝である。

4階のリージェンシーでは和食が食べられる。ご飯に味噌汁、しゃけの切り身や玉子焼きなど「ホテルで出てくる和食の朝ごはん」を想像してもらえるといい。

一方、9回の二つのレストランでは洋食を出している。トーストにスクランブルエッグなど。こっちは「ホテルで出てくる洋食の朝ごはん」を想像すればいい。

ちなみに、どちらも食べ放題である。朝から腹いっぱい食べようとする人は少ないと思うが。

朝ごはんのこぼれ話

エジプト、スエズ運河での朝。左側にアフリカ大陸の安定陸塊、右側にアラビア半島の砂漠が見えるという、この上なく贅沢な状態で朝ごはんである。

僕は仲の良いグローバルスクールのメンバーと一緒にリド(9階の屋外)で食事をとっていた。

ただ、スエズ運河の上というのはいつもこうなのか、ハエが大量発生していた。

うっかりハエを口にしないように気を付けながらの食事が強いられていた。エジプトの人たちは大変だなぁ、と思った朝だった。

ピースボート船内の昼ごはん

さて、お昼ご飯である。

4階のリージェンシーではよく、チャーハンが出ていたのが印象に残っている。普通のチャーハンだったり、キムチチャーハンだったり。

また、寄港地に停泊中でもリージェンシーは営業している。もちろん、ただなのでお金の節約にはもってこいだ。

こういうときはおにぎりや唐揚げといったメニューが多い。リージェンシーでの昼食を待ってから寄港地を散策したこともある。

9階中央のリドは麺料理が出てくる。うどん、そば、ラーメン、タイのフォーなどなど。若者に人気だ。

9回後方のパノラマではカレーだったり白身のフライをパンにはさんだり、フライドポテトだったりと洋食系だ。

ちなみに、どれも食べ放題である。そして、どこか一つのレストランしか行けないというルールは存在しないので、余裕があるものはリドとパノラマをはしごする、なんてこともよくある。

昼ごはんのこぼれ話

リドのラーメンは人気メニューだ。日本で食べるラーメンに比べればそれほどでもないのだが、とにかく船内でラーメンが食べられる機会はそうそうないので、大人気だ。割と早い段階でなくなってしまう。

ある日、8回のフリースペースでぼんやりしていると、「地球大学」という有料プログラムの受講生二人が声をかけてきた。「地球大学」とは船で地球を一周しながら、貧困や戦争など、世界のいろいろな問題について学ぶという有料プログラムだ。彼らはまいにち2時間ほど講義を受けている。

さて、僕に声をかけた二人は「我々は今、ある社会問題についての問題提起をするために、みんなの署名を集めている」と切り出した。いったい、どんな問題を扱っているのだろうか。貧困? それとも平和? 差別問題?

彼らが取り組んでいる問題、それは「地球大学生はリドのラーメンが食べられない、これは不公平だ!」という問題だった。

地球大学生はまいにち13時まで講義を受けている。ところが、講義が終わってリドに行ってみると、もうラーメンがなくなっているのだ。

同じ食事代を払っているのに、地球大学生だけラーメンが食べられない。これは不公平だ!

だから、ラーメンの日はなるべくおかわりをせず、地球大学生の分を残しておいてほしい!

というわけで、賛同してくれる人の署名を集めている、との話だった。

僕は署名した。「確かに、おいしいラーメンが食べられないのは不公平だ」と素直に思ったのと、「お前ら、よくそんなくだらねぇ話題で署名を集めよう、という気になったな。それこそ平和とか差別とか、もうちょいましな話題あっただろ?」という彼らの心意気に感動?したからである。面白ければそれでいいのだ。

あれ以来、僕はリドでラーメンのおかわりはしていない。

ピースボートのティータイム

午後三時になるとパノラマでティータイムがある。一口サイズの洋菓子と一緒にお茶を楽しめ、いつも大人気だ。

何か打ち合わせがあるときなどは「じゃあ、ティータイムでもしながら」と呼び出すのにとても便利だ。

ちなみに、無料のうえ食べ放題である。

もっとも、僕はあまり好きじゃなく、わざわざ売店でスコーンを買って(有料)食べていた。スコーンといっても洋菓子ではない、バーベキュー味とかチーズ味とかある、スナック菓子の方だ。

ピースボート船内の晩ごはん

夕食の目玉は何と言ってもリージェンシーである。豪華客船の旅っぽい、シェフが腕によりをかけた豪華な食事を楽しめる。これは残念ながら、食べ放題ではない。

また、誕生日の人は部屋にバースデーカードが届けられて、それを持っていけばバースデーケーキが出てくる。これは本人だけでなく、一緒に来たお友達も食べられる。僕も船内で誕生日は迎えなかったが、仲間のおこぼれで何回か食べた。

ただ、人によってはそういった上品な味が口に合わず、もっと庶民的などんぶり飯が食べたい、という人もいるだろう。

そんな奴いるのかと思うだろうが、そんな奴の本人がいまこの記事を書いている。

そういう人は9階のリドに行けばどんぶり飯が食べられる。スタミナ丼や牛丼のようなボリュームたっぷりのどんぶり飯だ。

こちらは食べ放題である。

ちなみに、この時間、「なみへい」という居酒屋として営業している。お酒はもちろんいわゆる居酒屋料理が食べられ、フライドポテトやたこ焼き、ラーメン、たまに新鮮なお刺身などが食べられるが、これはすべて有料なので注意すること。

酒を飲むか飲まないかで船内の生活費はだいぶ変わってくる。

晩ごはんこぼれ話

1日目の晩ごはんは何かどんぶり飯だった気がするのだが、船酔いがひどく、満足に食べられなかった。船内では腹が減っていなくても、ご飯は食えると気に食うべし。

晩ごはんこぼれ話

さて、さっきも書いたようにリドの夕食はどんぶり飯が基本だ。また、リージェンシーでは和食が食べられる。

そのため、地球一周の108日の中で、和食やごはんが恋しくなったことはない。よく、海外旅行だと和食やごはんが恋しくなると言うが、ピースボートの船内なら毎日食べられるのだ。

恋しくなったのは、チェーン店系の料理だ。

パナマのクナ族という部族のコミュニティを訪れたツアーの帰りのバス。横浜を出港して2か月がたていた僕と友人の女子二人は、「日本に帰ったら何が食べたい」で盛り上がっていた。

僕が挙げたのは地元・大宮のラーメンとうどん(うどんは「楽釜製麺」というチェーン店のものだ)。この「日本に帰ったら何が食べたい」という話題はとても盛り上がったと記憶している。

その日の夜、夢に大宮駅が出てきた。どうやら、よほど食べたかったらしい。

これが、地球一周の108日の中で僕が唯一、「日本に帰りたい」と思ったエピソードである。

船内のその他の食事処

実は、この三つのレストラン以外にも食事をができる場所がある。全部8階だ。あと、全部有料なので注意すること。

まずは、8階中央の「カサブランカ」。昼間はカフェとして、夜はバーとして営業している。カップめんもここで食べられる。

その後ろにあるのが「ピアノ・バー」。その名の通り、ピアニストの演奏を楽しみながらお酒が飲める。

8回後方にあるのがクラブ「バイーア」。ここでもお酒とカップめんが楽しめる。

バイーアの最大の特徴は「カラオケ機器がある」ということであろう。

ちなみに、カラオケ機器は一台だけ。自分の番が来るとクラブの中央に置かれたカラオケ機の前に立って、他のお客さんに囲まれながら歌うこととなる。

それでも、船内で唯一カラオケができる場所である。このカラオケとカップめん目当てで、僕は割とバイーアに入り浸っていた。

たぶん、船内の乗客は「なみへい」派と「バイーア」派にある程度わけられると思う。

カラオケはいつも多くの人が予約するので、1日2~3曲も歌えればいい方なのだが、何かのイベントの裏とかで一回、仲間内4人ぐらいで占拠したことがある(占拠と言っても、たまたま他のお客が来なかっただけなのだが)。運が良ければそういうこともできる。

また、船内で行われたオークションで友人が「カラオケ独占権」を落札して、仲間内で本当に占拠してしまったこともあった。

さて、8階の最後方、オープンデッキではたまにバーベキュー大会が行われる。これに参加するのは有料なのだが、結構いい思い出になるぞ。

夜食こぼれ話

以前、ピースボート地球一周の船内に持っていくべき、日本で簡単に手に入るアレとは?という記事にも書いたのだが、船内でカップめんは非常に人気だ。

寄港地でもカップめんは売っているが、現地の人向けの味なので、日本人の口には合わない。特にバルセロナで見た日清のカップヌードルは、パスタ風の味付けがされているような感じだった。

ただ、このカップめんはクルーズ終盤には売り切れてしまう。自分でいくつか持ち込んでおくことをお勧めする。

立憲民主党のツイッター#選挙に行かなかった理由42人の意外な真実

立憲民主党がツイッターで「#選挙に行かなかった理由」というハッシュタグで意見を募集した。「選挙に無理していかなくてもいい」と主張してきた僕にとっても、この立憲民主党の試みは興味深い(支持するしないとは別に)。なぜ、選挙に行かないのか。このツイッターに寄せられた意見をできる限り(42人分)収集し、分析してみた。


ツイッターでお説教する奴ら

まず、最初に言いたいのが、このハッシュタグをつけて「選挙に行かなかった人たち」にお説教をする奴らがいた、という残念な事実である。

選挙に行かなかった人たちに対して「民主主義に対する理解が低い」、「発想を転換しないとだめだ」、「もっと勉強しろ」、「日本がどうなってもいいのか」、「選挙権を取り上げろ」といった意見を書く輩が数名見受けられた。

まず、彼らの読解力の無さに絶望している。「#選挙に行かなかった理由」であって、「#選挙に行かなければいけない理由」を募集していますとはどこにも書いていない。

せっかく立憲民主党が「選挙に行かなかった理由を教えてください」と言っているのに、そのハッシュタグで頭ごなしに説教を始めたら、彼らは委縮して二度と本音を話してくれなくなるかもしれない。

そんな簡単なことすら想像ができない人間が「日本の将来を考えろ」と偉そうに語っている姿は、実に滑稽である。想像力の乏しい人間が想像する「日本の将来」とやらがどの程度のものなのか、ぜひ何かのハッシュタグをつけて聞かせてほしいものだ。

確かに、彼らの言っていることは正しい。

でも、全然やさしくない。

「日本がどうなってもいいのか」というが、こういう「他人の絶望に対する理解が低い」人間がのさばり、さも自分が高尚な存在化のように振る舞い、「意識の高い暴力」を平気でふるう社会はすでにどうかなってしまっていると思う。

一つ言えるとすれば、「選挙に行かなかった理由」をやさしく受け止めようとしない人間がいくら民主主義や日本の将来について語ろうと、そんなものはちっぽけな自尊心を埋めるためのおもちゃにすぎない、ということだ。彼らはさも、自分が大局を見ているかのように語るが、結局、何も見えていない。

長々と語ってしまったが、それでは「#選挙に行かなかった理由」の分析に入ろう。

#選挙に行かなかった理由「投票しても結果は変わらない」

職場の人曰く、「どうせ自民党が勝つんだから選挙に行っても無駄」だそうです。

心理学の用語で「ハロー効果」というものがある。簡単に言えば、「人は周りに流されやすい」という傾向だ。

例えば、事前のニュースで「自民大勝」と出れば本当に自民党は大勝するし、「希望の党、伸び悩む」と出れば本当に希望の党は伸び悩み、「立憲民主党、大躍進」と出れば本当に立憲民主党は躍進する。

事実、そうだったでしょ?

「あなたの投票で事前の予想を覆そう」などというのは、かなり非科学的な発言である。

#選挙に行かなかった理由「どこに投票しても変わらない」

投票して世の仲良くなったか?公約ちゃんと守ってるのか?

いまの投票システムは国民の意志を伝えるものじゃなくて政治家を肥えさせるためのシステムだぞ

公約破ったって何の責任も取らない奴らに国民の意思が伝わるわけがない

 

ママ友さん達は、「誰に入れたらいいか全然分からないし、入れても何か変わる気がしない」という感じでした。

 

どうせよくならない。政治を身近に感じない。

 

職場の9割は非正規、生活苦しいのに変わらないとあきらめムード。

 

私の周りはどうせ変わらないというのが多かった。

 

地方在住に友人の意見です

自分の一票で変わるという実感がわかない

 

どこだって同じ

 

生活にどのようにフィードバックされるのかがわかりづらいんです

 

同じ「変わらない」でも、こちらは「選挙の結果がどうであれ、今の生活はよくならない」という意味、すなわち、政治不信である。

「そんなことないよ! 君の選択で未来を変えられるよ!」……とでも意識高い系の人は言うのだろうか。

だが、「信じていないものを信じてください」と言って信じる奴はいない。

例えば、テレビの占いコーナーで「今日、素敵な出会いがあるかも!」といったところで、占いを信じない人は信じない。「いかにこの占いは当たるか」と説き伏せても効果はない。

そんな人に占いを信じさせる方法はただ一つ、本当に占い通りに素敵な出会いが起きることだ。

一回占い通りの日があってもまだ弱いだろう。3日連続で占い通り、ぐらいじゃないとたぶん効果がない。

すなわち、政治不信の人に政治を信じてもらうには、一票が云々というお説教ではなく、「政治で生活がよくなった」という実感である。

ただ、二度の政権交代を経て「結局何も変わらない」という結論を出したのならば、これを覆すのもまた大変なことである。

#選挙に行かなかった理由「投票制度の問題」

住民票を移動できないため

 

公示日の時点で帰国後3ヶ月たっておらず、投票権がなかった

 

都内に住む親友は、選挙に行かないと言っていました。理由は住民票を実家(千葉)から移してないから面倒とのことでした。

 

制度上投票できないのならばしょうがない。ちなみに、住民票を移す手続きは、ひっこす2週間前と2週間後に2回。それをうっかり忘れたらもう移せない。期限がある意味が分からない。

#選挙に行かなかった理由「仕事の都合」

旦那の話ですけど、内航船とか外航船とかの人は無理ですよね。戦争でもなったら船乗りなんてすぐ巻き込まれるのに!

 

仕事で忙しかったです!♡

 

海外出張のため公示前に出国して、投票日までに帰国できない場合はどうしようもないですよね?

船に乗っていたら投票できない、というのは船で地球一周した経験のある僕にはとてもよくわかる話だ。

ネット投票を実施すれば、これらの問題もある程度解消できると思う。憲法改正よりもネット選挙の是非の方を議論するのが先だと思うのだが。

#選挙に行かなかった理由「体力的/距離的な問題」

私の母は今まで投票していましたが、今回は高齢(87)で体がきつくて歩いて投票所へ行けませんでした。

 

足腰の悪い80代の両親、電動車椅子で投票所へついても、体育館の中が自力で歩けない。選管に問い合わせたら「どうにもなりません」との回答。こんなことで選挙を諦めさせられているのはおかしいと思います。

 

金曜日に職場で大怪我をしました。日曜日はなんとしてでも投票所へ行こうと、上下のカッパと長靴を用意して雨脚が弱まるのを待っていましたが、終日大雨の中、慣れない松葉杖で出かけるのは危険と判断し、結果棄権となりました。

ネット投票ができたらと悔しかったです。

 

 

行きたかったのに行けませんでした。投票区から離れた病院に入院していると、選管の指定医院でない限り、不在者投票ができないそうです。総務省などにも確認しましたが、どうにもならないと言われ、郵送による投票も身障者手帳がないと不可能だそうです。

 

毎日のように寝込んで過ごし投票所にも行けない

 

投票所まで行くのが遠くて、交通手段もないし歩いて30分以上かかる。

……なぜネット投票の議論を国会でしない。憲法改正とかモリカケ問題とかよりも、明らかに優先度が高い気がする。これだけ実際に困っている人がいるのだから。

これらの意見をまとめてつぶさに思うのは、「本当は行きたかったんだけど、体力的な問題で行けなかった」ということである。「這ってでも行く」なんて口でいうのは簡単だが、実際はかなり大変なのだ。僕は、本当に這っていっている人を見たことがない。

以前、「選挙に行かないなら意志の示しようがないから、そんなやつの意見は聞く必要がない」と言われたことがあるが、その言葉がいかに視野の狭いものであるかが、これらの意見を見ると切に思う。

#選挙に行かなかった理由「選挙という制度が嫌い/無意味」

選挙自体が嫌い

自分の母がこれでした。

よくわからないから人に聞くとご近所トラブルになると言ってました。田舎なので…

 

日本の選挙は、安倍政権のような暴走政権が生まれやすく、その政権を国民が止めることが難しい制度になっている。

こんな制度の選挙では意味がない。

 

主人は現在の選挙制度に不満だから行かないのだそうです。

 

大別すれば『どこに投票しても変わらない』と同じ政治不信なのだろうが、こちらは「今の選挙のやり方では国民の意思を反映できない」という考え方だ。

こんな言葉がある。

「民主主義は最悪の方法だ。ただし、これまでの歴史の中のどの制度よりも優れた方法である」

つまり、「民主主義/選挙より優れた制度は今のところないけど、決して完璧じゃないってことを肝に銘じてね」という話だ。

選挙は最善ではあるが完璧な方法ではない。必ず、選挙では拾い切れない声が存在する。

例えば、自分の投じた一票が毎回結果に影響を及ぼさなかったとしたら、「今の選挙のシステムじゃ自分の意思は反映できないから、投票する意味がない」と考えるのも至極当然の発想ではないだろうか。

#選挙に行かなかった理由「興味がない/わからない」

都内で日本語を教えています。帰化して日本国籍を取得している人も複数いるので聞きましたが、「わからない」からでした。

 

今の私の周りの人たちが選挙に行かないのは、よくわからないから、ただただ無関心層、危機を知らない。

 

政策が多すぎるんですよ。イメージしやすい政策を掲げてほしかったです。(学生時代、選挙に行かなかった理由です)

 

勉強していないからどこがいいかわからない

 

選挙推進派が批判の槍玉にあげていたのは彼らのような人たちだろう。ここまで読んでいただければわかると思うが、「政治に無関心」という層は、どうやら選挙に行かない人たちの主流派ではないようだ。選挙推進派が「大局を見ているようで、実は何も見えていない」というのがあるていど証明できたのではないだろうか。

さて、彼らを選挙に向かわせるにはどうすればいいのだろうか。「政治に関心を持ってもらおう!」と考えたそこのあなた、ぜひ、次の項目も読んでほしい。

#選挙に行かなかった理由「軽い気持ちで行きたくない」

友達の話したことだけど、「ちゃんと勉強していないのに行けといわれて、軽い気持ちで投票したくない

 

政治の知識のないままに浅い知識で投票するのもどうかと…

 

初めての選挙の時に政治に関心がなく適当に書いたが、その党に入れたことをすぐに後悔したから。

 

政治そのものに関心があっても、正しい判断材料がなければ責任を持って投票できない。至極真っ当な意見だと思う。

各党のマニフェストを見比べるだけでひと手間である。昔、予備校の世界史の先生が「長い歴史の中で、勉強とは裕福な暇人がするものだ」と語っていた。裕福な暇人でなければマニフェストを読もうとも思わないのかもしれない。

かつて、民主党が政権を取った時にテレビのインタビューで「今まで自民党に入れていたけど、今回は民主党に入れた」とのんきに語るおじさんを見たことがある。「過去の投票に対して反省はないのか」と唖然としたのを覚えている。

同様のことは自民党が政権を奪還した時にもあった。「やっぱり、民主党じゃダメだ」。投票した責任というやつを感じないのか。

一票の重みを感じて投票に行かないのと、一票の重みを感じずに投票するのと、どちらが大罪なのだろうか。

#選挙に行かなかった理由「日本に興味がない」

日本に興味ないし

 

「まったく興味がないから」だそうです

 

「日本がどうなってもいいのか」と息巻いていた誰かさん、これが答えです。

たぶん、多くの人が「こんな無関心ではいけない/よくない」と思うことだろう。

考えてみてほしい。例えば、自分を愛してくれているとはとうてい思えない人間から「僕のことを/私のことを、愛してくれ!」と言われたら、どう思うだろうか。

たぶん、多くの人が警察にストーカーの相談に行くはずだ。

つまりは、そういうことである。自分への愛を感じられないものに愛を与える人はそうそういない。彼らが「日本に興味がない」というのは、日本が、政治や彼らの周りの人間が、彼らに関心を払わなかったことの裏返しではないだろうか。

「この国を変えたい」と思うには、「この国に自分の居場所がある」という実感が必要だ。

#選挙に行かなかった理由「生活に不満がなかった」

行かなくても生活に困らなかったから

 

「どうせ変わらない」と対極にあるようで似ている意見だ。「変える必要がない」、なるほど、それも確かに行かない理由だろう。

#選挙に行かなかった理由「政権争いにあきれている/信用できない」

「野党内でもめる」ことも理由です。

 

立候補者の演説がよいことしか言わないため、信用できない」

 

センセイと呼ばれ高そうだけどセンスの悪いスーツ着て普段は地主や業界団体としか付き合っていない脂ぎったオッサンが選挙の時だけ朝駅前で頭下げられても白ける。

 

90歳越えの祖母曰く、

昔の議員はいつも地元にいて、どんな人でどんな考えか分かっていた。常に口に出し発信していた。

それがだんだん選挙時しか町で見なくなり、見ても当たり障りのない挨拶化敵陣の批判しか言わない。

……だそうです、立憲民主党さん。

「どこに入れても変わらない」と同じ政治不信ではあるけれど、あちらが「政治は信頼できない」なのに対し、こちらは「政治家が信用できない」。要は、人としての政治家に不信感が強いわけである。

#選挙に行かなかった理由「入れたい候補がいない」

初めて選挙を棄権しました。

小選挙区は、携帯電話にNHKの受信料を付加するという自民党。政治塾に1日いっただけで立候補した地元で無名の希望。あとは共産・・・

比例は、ビラ配りしているのにもかかわらず私だけ配らない、立件の比例候補。こんな選挙は、初めてでした。

 

立候補者がいない

 

入れたい候補がいないから選挙に行かない。これまた、当たり前の話だ。

それでも白票でいいから選挙に行くべき、という意見をたまに見るが、白票にどんな効果があるのだろうか。無効票、すなわち、書き損じと一緒にされてしまうだけだ。だったら、投票に行かずに投票率を下げて社会問題にした方が効果的ではないだろうか。

#選挙に行かなかった理由「子連れの投票が難しい」

これだけ雨が続くと赤ちゃんを連れて投票所に行くのは困難

 

こういった意見がある一方、「子供を投票所に連れて行くべき」という意見もあった。

大人の投票する姿を見て育った子供は自然に投票に行くようになるのかなと思います。

 

残念ながら、この推測は的外れである。理由は簡単。子供の頃、毎回親の投票についていき、大人の投票する姿を見て育った人間がいま、この記事を書いている、ということだ。

#選挙に行かなかった理由「地域社会の問題」

ご近所の方は「町内の婦人会の人が受け付けをやっているのが嫌、プライバシーをのぞかれるのが嫌」という理由で行かないそうです。

 

たぶん、この婦人会の人たちは人のうわさをぺらぺらと喋り散らすのではないだろうか。「〇〇さんち、日曜日の昼間に投票に来てたわよ。日曜日だっていうのにどこにも行かないなんて、あれじゃお子さんがかわいそうよね~」なんて噂が立ってしまったら、もうその町では生きていけないのかもしれない。

#選挙に行かなかった理由「時間がなかった」

期日前は、朝7時に自宅を出て、大学の授業が終わって、バイトが終わると夜10時。選挙当日は、朝7時に遊びに行って、帰宅が夜21時。

月曜から土曜まで毎日15時間学業とアルバイトに励み、週に一度の休日を惜しむかのように遊び倒す。そんな彼/彼女に「遊びに行かずに投票に来い」なんて残酷なセリフは僕には言えない。

#選挙に行かなかった理由「深い絶望から」

病んでた頃はとにかく死ぬことしか頭になくて、投票に行く気など全く起こらなかった。一緒に行こうと言われるのも苦痛だった。

 

人生を諦めているから

 

社会への不満は投票へとつながるが、社会への絶望は投票にはつながらない。

立憲民主党さん、これが答えのようです

以上、42人分の声である。

巷で言われがちな「政治への無関心」というのは意外と少数、全体の15%ほどだった。

それよりも目立ったのが「政治を信頼できない、政治家を信用できない」という声だ。全体の4割ほどを占めていた。

しかも、これらの意見は「僕個人がそう思っています」というよりも「私の周りの何人かがそう言っていました」というパターンが多い。だとすると、選挙に行かなかった人の半分以上がそう感じている可能性があるということだ。

今回の選挙の「不投票率」は47.3%。この半分、つまり国民の4人にひとりが「政治は信用/信頼できない」と言っているわけだ。これは深刻である。

また、選挙のシステムの都合上、投票したくてもできなかったという声も多い。住民票の問題だったり、仕事の都合だったり、体力的な問題だったり。

こちらは全体の三分の一を占めていた。「不投票率」から考えると、国民の15%は行きたくても行けなかったということになる。

今の選挙のシステムは、どうやらやさしくないらしい。

選挙に行かなかった理由をまとめてみると、みんなちゃんと考えたうえでの結論だった、ということをひしひしと感じる。もちろん、その考え方自体が間違っている可能性はある。しかし、それでもちゃんと考えに考えた結果出した答えが「選挙に行かない」である場合が実は結構多いのだ。

選挙に行くのが面倒な奴らは選挙に行かなかった理由を考えるのもめんどくさいんだろう

 

というツイートがあったが、僕から言わせれば、選挙に行かなかった理由を考えるのを面倒くさがっているのは、こんな風に意識高い系のお説教を垂れている連中の方ではないのか。大局を見ているかのようで、実際ははなに一つ見ていないのだ。むしろ、自分の頭で考え、「選挙に行く」という常識を疑い、答えを出せる人間の方がまだ、視野が広いのかもしれない。

最後に、SEKAI NO OWARIの「Hey Ho」という楽曲の歌詞の一節を引用して終わりたい。

「君が誰かに手を差し伸べるときは今じゃないかもしれない。いつかその時が来るまで……それでいい」

無理して投票に行かなければいけない理由なんて、どこにもない。

小説 あしたてんきになぁれ 第10話「真夏日の犬と猫とフンコロガシ」

仙人に出会って少しずつ、自分の絵に対する考え方が変わってきたたまき。絵を描くことが好きだったことを思い出し、暗い絵しか描けないのではなく、自分の感情がそのまま絵に反映されることを知った。しかし、同じ日に仙人に出会い、歌を酷評されたミチはあれ以来公園に姿を見せていない……。

「あしなれ」第10話、スタート!


第9話「憂鬱のち誕生日」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


写真はイメージです

「だから……自販機が怖いんです……」

その男性はうつむきながら言った。志保(しほ)はその男性の右目の下のほくろをじっと見ていた。

部屋の中には十数個の椅子が丸く並べられて、様々な年代の人が座っている。志保はその中でも一番若かった。男性は四十代くらいだろうか。

「自販機が目に入ると、もう条件反射というか……、お酒のことを思い浮かべてしまうんです。スーパーとかはアウトですね……。お酒を買わないように財布は妻が持っていたのですが、どうしても欲しくなって、抑えられなくて……」

男性はそこで言葉を切った。志保にはその続きがわかるような気がした。

「……お酒を万引きしてしまったんです」

志保は一瞬、男性から目をそらしたが、すぐに視線を戻した。

「……お店ではばれなかったんですが……、買ったお酒を何気なく冷蔵庫に入れてしまって……、妻にばれてしまったんです。私が依存症ってわかってから、絶対お酒を買わないようにしていたんで、うちにお酒があること自体がおかしいってことでばれて……、妻に泣きながら責められて……」

志保は右腕をさすりながら、自分の母親のことを思い出した。

男性は話を切るとうつむいて、何も言わなくなった。嗚咽が漏れてくることから察すると、どうやら泣いているようだ。

シスターが男性のそばに立つと、優しく背中をさすった。シスターが何かを囁きかけ、男性が泣きながらうなづく。

誰かがぱちぱちと手をたたいた。それにつられて他の人も拍手を始める。

別に、男性の話が特段素晴らしい内容だったわけではない。話が終わったら拍手をする決まりだ。内容ではなく、自分と向き合うことができたことが素晴らしいのだ。

「よく話してくれました。さて、ほかに話してくれる方はいらっしゃる?」

 

都心から少し離れた住宅街にその教会はある。依存症患者たちのためのリハビリ施設が教会に併設する形で、多くの依存症患者を受け入れている。

多くの依存症患者はここに入所している。「入所」と言っても教会や施設で暮らしているわけではなく、近くにシェアハウスを作り、そこで共同生活している。

ただ、中には通院という形をとっている患者もいる。そのためには医師のお墨付きが必要だ。

志保は京野(きょうの)舞(まい)という医師の管理のもと、自宅から通院しているということになっている。自宅には姉と妹がいて、親の代わりに舞が保護者代わりという「設定」だ。

実際はだいぶ違う。志保は今「自宅」に住んではいないし、志保に兄弟姉妹はいない。

「城(キャッスル)」という潰れたキャバクラで不法占拠しているなんて知れたら、速攻で強制入所だろう。

本当の住所なんて教えるわけにはいかないから(そもそも「城」の住所なんて知らない)、施設には舞の住所と連絡先を、志保の住所・連絡先として教えている。舞は「まったく、あたしにも危ない橋渡らせやがって」と笑いながら言っていた。

 

「どなたか、ほかに話しても構わないという人は?」

シスターの問いかけに、志保はゆっくりと手を挙げた。

シスターは志保を見ると、にっこりとほほ笑んだ。

「神崎さん、よく手を挙げてくれました。では、お願いします」

志保はホワイトボードを見やった。そこには今日のテーマである、「依存症と戦うことの難しさ」が青いマジックで書いてあった。

志保は、一度大きく深呼吸をした。

「あたしは、一年ほど前からドラッグを使うようになりました……。……覚せい剤です。最初はやめる気なんてなかった……。でも、学年が上がって成績も体重も一気に落ちて、付き合っていた彼とも別れて、……クスリをやめたいって思いました」

そこで志保は一息ついた。

「でも、『やめたい』と『やめよう』は違うんですよね。『やめたい』て思っているうちはやめられない……。むしろ、彼を失って、どんどんクスリにのめりこんでいったんです……」

そこから志保はしばし沈黙した。「設定」上言っていいことと言わない方がいいことを選別していたのもあったが、「言いたくないこと」「思い出したくないこと」を思い出して戸惑っていたのもあった。

再び呼吸を整え、志保はしゃべりだした。

「初めてやめようって思ったのは……、今お世話になっているお医者さんに出会ってです。その人に、病気だから治せるって教えてもらって……、それまではずっと自分を責めてばっかで……」

そこでまた志保は黙った。ここから先は言いたくなかった。

でも、ここは言いたくないことを打ち明ける場だ。何もかも「言いたくない」では、きっと自分は変われない。

……変わらなければいけないのかな。

そんな思いが一瞬、志保の頭をよぎった。

「次にやめようって思ったのは……、ここに来る少し前でした……」

志保は、つばを飲み込んだ。

「あたし、クスリ欲しさに……、財布を盗んじゃたんです……。それも、最初あたしの……友達が疑われて……」

志保は震え声で続けた。

「でも、その友達はあたしのこと許してくれたんです……。こんなあたしのそばにいたいって言ってくれて……。もう一人の友達も、警察沙汰にならないように被害者の人のところにいっしょに謝りに言ってくれて……」

そこで志保はその時起こったすったもんだを思い出して、笑い出しそうになった。少しだけ気が楽になった。

志保は顔を上げると、1人1人の目を見ながら言った。

「この二人や、面倒を見てくれてる先生を裏切らないためにも、今度こそやめようて思っています。『やめたい』ではなく、『やめよう』って思ってます」

にこやかなシスターの笑顔が目に入った。

「……ただ」

そう言って、志保は再びうつむいた。

「毎日毎日、思うんです。どうせ自分は、また裏切っちゃうんじゃないかって。今は大丈夫でも、明日になったら裏切っちゃうんじゃないかって。それが怖いです……」

最後に、志保は震える声でこう言った。

「明日が来るのが……怖いです……」

志保は目線を上げることなく、軽く会釈をして話を終えた。ぱちぱちという拍手がやけに耳障りに聞こえた。

 

ミーティングが終わり、昼食に入る前にシスターから話があった。

「十月の初めに都立公園で『東京大収穫祭』というイベントが開催されます。もう六回目で、毎年行われているから知っている人もいらっしゃるかもしれませんね。この施設では毎年、依存症への理解を社会に対して啓発する意味で、また、皆さんの社会復帰支援も兼ねて、屋台を出店しています。もちろん、強制ではないので、参加したい方だけで構いません。参加したい人は私に申し出てください。来週の火曜日には、どんなお店を出すのかといた会合を始めたいと思います」

そう言えば、志保が通っていた学校もそろそろ文化祭の季節だった。

出たかったな、文化祭。

みんな、どうしてるんだろ。学校からいなくなったあたしを、どう思ってるんだろ。

そこで志保は思考を切り替える。

マイナスなことを考えると、また、クスリが欲しくなる。

あの事件以来、もうひと月ほど、クスリを使っていない。それが施設に通っているからなのか、「城」でともに暮らすあの二人の影響なのかはわからないが、少なくとも今までで最高記録だ。

やればできる。志保は自分にそう言い聞かせると、思考を切り替えた。

東京大収穫祭には中学校の時、当時の彼氏と一緒に出掛けた。「食べ物に感謝を」をコンセプトに、いろんな屋台が立ち並び、ステージではバンド演奏やお笑いライブなどが行われていた。

屋台もいずれも近くの学校だったり、団体だったりが出店していて、ステージ出演者もアマチュアバンドや駆け出しのお笑い芸人など、予算が少なさを逆手に取った手作り感のウリのイベントだった。

何かやらないときっと変われない、という思いと、もともとイベント好きという性格から、志保はこのイベントに携わるチャンスがあるならば、ぜひやってみたいと思った。

 

写真はイメージです

テレビから聞こえる「ポーン」という正午の時報の音でたまきは目を覚ました。別にずっと眠っていたわけではない。朝、志保が出かけるタイミングで目を覚まし、おやつを少し口にした後また眠ってしまった。

ぼんやりとした頭で、テーブルの上に置かれたメガネを探す。黒縁のメガネをかけても、視界がまだぼやけている。

ぼうっと人の顔が見えた。

次第に輪郭や目鼻立ちがはっきり見えてくる。同居人の亜美だ。満面の笑顔だ。それにしても、色彩が感じられず、白黒に映って見えるのはどういうことか。

それが自分が描いて亜美にプレゼントした絵だとわかり、さらに、それが額縁、というよりはフレームに入れられ、壁に突き刺さった画鋲につるされているのだと分かった時、たまきは仰天のあまり叫び声を上げた。

きゃー!というたまきの叫び声を聞いて、衣裳部屋から亜美が飛び出してきた。

「どうした、たまき! チカンか?」

「な、な、なんであの絵、飾ってあるんですか!」

いつになく慌てふためいたたまきが、顔を真っ赤にしている。眠気はすっかり覚めたようだ。

「ん? ああ、せっかく描いてもらったから、さっき雑貨屋で額縁買ってきたんだよ」

そう言うと、志保は満足げに飾られた絵を眺める。

「キャバクラの指名ナンバーワンみたいで、いいだろ」

「……外してください」

「なんで?」

うつむくたまきを亜美がわけわからんという目で見下ろす。

「だって、ここ、亜美さんの、その……、お客さんとか、友達とか、たくさん来るじゃないですか」

「……で?」

「……いろんな人に見られるじゃないですか……」

「いいじゃん。せっかく描いたんだから、いろんな奴に見せないと」

「……いやです」

たまきは消え入りそうな声を絞り出した。

「なんだよ。なに、おしっこ漏らしたみたいな顔してるんだよ」

「……漏らしてません」

「いや、そういう顔してるって」

亜美はどこかたまきの反応を楽しむように笑っている。

「なに? もしかして、たまき、自分が絵が下手だって思ってる? 大丈夫だって。たまきの絵はプロ並みだって」

何を持ってプロ並みなのか。亜美の適当な言葉をたまきは聞き流した。画力の問題じゃないのだ。

亜美がここに呼ぶ連中はチャラかったり強面だったりの男性ばっかりだ。そんな人たちが寄ってたかってたまきの絵をじろじろ見る。考えただけでも耐えられない。

「……上手い下手の問題じゃないんです。外してください」

「なんで? いいじゃん。ウチの顔描いた絵だよ? 描かれたウチがいいって言ってるんだから、いいじゃん」

「描いた私はいやなんです」

「でも、あの絵、ウチにくれたんだろ? 所有者のウチはあの絵見せたいんだから、いいじゃん」

「でも、描いた私が嫌なんです」

「知らねーよ、描いたやつのことなんか。ウチが持ってる、ウチの顔描いてある、ウチの絵だもん。ウチに決定権があるに決まってんじゃん」

そうなのかな、とたまきは思ったが、もう言い争うのも疲れてきた。たまきはソファの上にころりと転がる。

亜美は満足げに飾られた絵を眺めている。

「ゆくゆくはさ、ここに3人の似顔絵、飾ろうぜ」

「え?」

たまきの上半身が驚いたように跳ね上がった。拍子にメガネが少しずれて、たまきは左手でそれを直した。

「3にんの・・・・・・ですか?」

「そうそう。3人の似顔絵をここにならべんの」

「……亜美さんって、そういうの好きですよね」

たまきはドアにぶら下がるネームプレートを見ながらいった。

「……でも、その似顔絵って、誰が描くんですか?」

「お前に決まってんだろ?」

亜美は何をわかりきったことをとでも言いたげにたまきを見た。

「……いやです」

「なんで?」

亜美が首をかしげる。

「ああ、志保、髪型にウェイブかかってるもんな。やっぱ、描くの難しい?」

「……志保さんを描くのは……、嫌ではないです」

たまきはうつむきがちに返した。

「じゃあ、何が嫌なの?」

たまきは答えない。

亜美は、たまきにぐいと顔を近づけた。たまきは後ずさろうとするが、壁に当たってこれ以上バックできない。両手で壁どんされているため、左右にも逃れられない。

「はは~ん、お前の考えていること、大体わかってきたぞ」

亜美に至近距離で見つめられ、たまきは視線を落とす。

「お前、自分の顔、描きたくないんだろ」

たまきは静かにうなづいた。それを見届けると、亜美は満足げにたまきを壁どんから解放した。

「大丈夫だって。お前、まあまあかわいいから。ああ、でも、もっと自然に笑えるようにならないとダメだな」

「……そういう問題じゃないんです」

たまきは静かにかぶりを振った。

「じゃあ、何が嫌なの?」

「……なにがと言われても……、とにかく嫌です」

「気のせいだって。いいじゃん。描こうよ」

「……いやです」

「いいじゃんいいじゃん」

「……いやです」

「え~、べつにいい……」

「絶対に嫌!!」

いつになく声を張り上げるたまきに、亜美が驚いたように目を見開く。たまきの方は、泣きそうな目で亜美を睨んでいたが、やがて我に返ったのか、自信なさげに視線を落とした。

「……絶対に、嫌です」

「……わかったよ」

亜美は、たまきの肩にポンと手を置くと、ドアの方へと向かって行った。

「じゃあ、ウチ、隣町の美容院に行ってくるから」

「あれ? ついこの前も隣町の美容院に行ってませんでしたっけ?」

「……そうだったな。じゃあ、どうしよう、隣町の床屋いってくる」

首をかしげるたまきを残して、亜美はどこかへ出かけていった。

 

「あ、あの、シスター」

ミーティングが終わり、志保はシスターに声をかけた。シスターは微笑みながら振り向く。

この微笑みが、なんか暖かく、なんか苦手だ。

「どうなさったの、神崎さん」

シスターの上品でよく通る声が、志保の鼓膜を震わせる。

「あの、あたし、大収穫祭、やります」

シスターは静かにほほ笑んだ。

「やってくださるの? 神崎さん、ありがとう」

シスターは後ろを振り向いた。

「トクラさん」

シスターの声に、廊下で談笑していた女性が振り返った。年は三十歳ほど。確か、彼女も薬物依存だったはずだ。いわゆる脱法ドラッグに手を出したと言っていた気がする。

「神崎さんも手伝ってくれるそうよ」

トクラは志保に向かってほほ笑むと、軽く会釈した。志保も、会釈を返した。

 

写真はイメージです

足、足、足。たまきの視界に足ばっかり映って見えるのは、たまきがうつむきながら歩いているからだろう。

「城」から都立公園までの道のりで、たまきは風景よりも地面の模様やマンホールの形の方がよく覚えている。

駅から都立公園の方に向かうにつれ、視界に見える足の数は減ってくる。

うつむき加減でスカートのすそを掴み、とぼとぼとたまきは都立公園に入っていった。

いつもの階段を見下ろすが、誰もいない。

たまきは肩から掛けたカバンをしっかりと胸の前で抱きとめると、とぼとぼと公園を一周した。

演劇の練習をする集団。水彩画を描く老人。コーヒーを飲んで仕事をさぼってるスーツの男性。照りつける日差しの中、いろいろな人が都立公園で思い思いの時間を過ごす。

たまきはまた、元の階段に戻ってきた。階段の中ほどまで下ると踊り場の木陰に腰を下ろす。スケッチブックを取り出すと、いつものように都庁の絵を描き始めた。

蝉の声がやかましい。

絵を描き始めて十五分ほどだろうか。たまきは自分の左横に気配を感じた。

「となり、いい?」

聞き覚えのある声にたまきは勢いよく振り向いた。

「となり、いい?」

そこにはミチの屈託のない笑顔があった。

たまきは無言でうなづいた。

ミチはたまきのすぐ左隣に腰を下ろした。即座に、たまきの腰が右にスライドし、二人の間には、人が一人通れそうなスペースが空く。

それを見てミチは笑うと、担いでいた黒いギターケースをおろした。太陽光を十分に吸ったケースに触れて、「あっつ!」と声を上げる。

ミチはギターを取り出し、チューニングをし始めた。

蝉の声も、なんだか最初の一音を待ちわびているようだ。

「それでは聴いてください。ミチで、『未来』」

まるでラジオのような、誰に聞かせるでもない曲紹介をしたあと、ミチはギターを奏でて歌い始めた。

「未来」。二週間くらい前にミチがホームレスたちの前で歌い、「仙人」に酷評された曲だ。それ以来、ミチはこの公園に姿を見せなかった。

それから約二週間、たまきは2~3日に一回、この公園を訪れた。何枚も何枚も絵を描いた。まるで、自分が絵を描くことが楽しい、絵を描くことが好きだというのを確かめるかのように。

一方で、公園に来るたびに言いようのない不安に襲われ、たまきはため息をついていた。

公園に来るたびに園内をぐるりと一周する。殺意のこもった日差しに照らされ、汗がたまきの頬を伝い、ハンカチでそれをぬぐう。

結局、たまきの不安は晴れることなく、たまきはいつもの階段に戻ってくる。踊り場に腰を下ろすと、なぜだかため息が出てきた。そんなことを二週間続けていた。

 

写真はイメージです

ミチのギターがストロークを奏でると、不思議とたまきの中の言いようのない不安が晴れていることに彼女は気づいた。あるのはいつも通り、「できれば死にたい」という思いと、絵を描くことへの楽しさと、言いようのない安心感である。

ミチのややハスキーなハイトーンが二週間ぶりに、階段の熱せられた空気を震わせている。

――僕の歩く今が未来になる

――夢もいつか「今」に変わる

――明日を変えなければいけないんだ

――未来が僕を待っている

ミチは「未来」を歌い終わると、「ありがとうございました」とだれに言うでもなく口にした。

ミチの歌が終わり、一瞬の静寂が訪れたが、すぐに蝉の声がそれを引き裂く。

蝉のスキャットの合間を縫うように、たまきがポツリとつぶやいた。

「……もう、来ないのかと思ってました」

「え?」

ミチの虚を突かれたかのような返事に、いったい自分は何を言ってるのかとたまきはそっぽを向いた。

「ああ、この前、俺が歌をボロカスに言われたこと?」

ミチは屈託のない笑顔を見せながらいった。

「それで俺がここ来なくなったって思ったんだ」

「だって……、この前、『死にたくなった』って……」

たまき自身、その言葉を本気にしていたわけではないが、この二週間、公園に来るたびにその言葉が頭をよぎった。

「死なねぇよ。『死にたくなった』とは言ったけど、『死のう』なんて言ってねぇし」

ミチはケラケラと笑いながらいった。

「あれ、もしかして、俺がショック受けて引きこもってるとでも思ってた? そんなだせぇことしねぇって」

引きこもり=ダサいという図式は少しショックだったが、たまきは珍しくミチの目を見て話を聞いていた。

「ちょうど、バイトが始まったんだよ。それで、仕事覚えなきゃでしばらく忙しくてさ。すっげぇ、疲れるし。ここに来る余裕なくて」

「そうですか」

たまきはもう興味がないかのように、スケッチブックに視線を戻した。

「なんのバイトか知りたい?」

「別にどうでもいいです」

「まだ教えらんないなぁ。知ったら、ぜってぇびっくりするから」

前にもそんなことを言っていたような気がする。

「ほんと、超大変でさぁ。立ちっぱなしだし、厨房熱いし、メニュー覚えんの大変だし」

何のバイトかは教えてくれないが、飲食店で間違いないようだ。

「でもさ、でもさ」

ミチはやけに嬉しそうにたまきに話しかけた。

「そのバイト先の先輩がさ、めっちゃかわいいんだよ!」

「へえ」

たまきが気のない声を上げる。

「超優しいんだ。『ミチ君、わからないことがあったら、なんでも聞いてね』って」

それは、バイトの先輩として、当たり前のことではないだろうか。そう思いつつもたまきは、自分がその当たり前のことをできる自信がなかった。「わからないことがあっても、絶対話しかけないでください」って言ってしまいそうだ。いや、それすら口にせずに、相手から逃げ回るかも、

そういえば、以前ミチは「地味な子が好み」と言っていた。その「先輩」も地味な人なのだろうか。まあ、どうでもいい話だ。

「ほんともう、厨房の天使って感じ。まあ、その人、厨房入んないんだけどさ」

たまきがぼんやりと考えている間にも、ミチはずっとその「厨房の天使」の先輩の話をしていたらしい。

「芸能人で言うとさぁ……」

と誰かの名前を引き合いに出されたが、たまきはその芸能人の名前を知らなかった。

「ほんと、先輩の笑顔見てるだけで、バイトの疲れ吹き飛ぶよ」

「疲れてないのなら、公園に来ればよかったじゃないですか」

言ってしまってから、たまきはばつの悪そうに顔をそむけた。自分だって、特に疲れてるわけでもないのに、学校に行かなかったくせに。

いや、疲れていたのかもしれない。中学の制服は鎧のように重く感じられたし、教室の扉は鋼鉄のように感じられた。

いざ、教室に入ると、毒ガスでも充満してるんじゃないかと思うくらい息苦しかった。

ふと、ミチが喋るのをやめていることにたまきは気づいた。ゆっくりと顔をミチの方に向けてみる。

ミチは視線を落とし、自分のギターを見つめていた。

「……結局、逃げてたのかもな……」

蝉の喧騒の中に、ミチはそう、ポツリと言葉を置いた。

その言葉にたまきは返事をするでもなく、ミチの方を見続けた。

「バイトはいつも夜からで……、昼間、うちでゴロゴロしてると、ギターが目に入るんだよ……。そのたんび、あのおっさんに言われたこと思い出して、ため息ついてさ。それまではアパートだからあんまり音たてないようにギター弾いて、曲作ってみたりしてたんだけど……、なんか、ギター見ると、嫌なことしか思い出せなくて……」

そう言ってミチは深いため息をついた。さっきまで「先輩」の話をしていた時の笑顔は、すっかり雲の影に隠れた。

「そういや、音楽も聞いてないな……。シャットアウトしてたんだ。途中でこれじゃだめだって思って、古本屋の二階のCDショップ行ったけど、結局何も買わなかったし、何も聞かなかったし。なんか、アーティストのポスターとかジャケットみるたびに、嫌なことしか考えなくてさ」

「……いやなこと、ですか」

たまきの問いかけに、ミチは苦笑いした。

「俺、本当にプロになれるのかなぁって」

ミチは照れるように笑いながら続けた。

「中学の文化祭で友達4人でバンド組んでさ、俺、ボーカルだったんだよ。そん時、めっちゃモテて。カノジョとかできてさ」

「カノジョとか」の「とか」にいったい何が当てはまるのか、たまきには疑問だったが、そのまま聞き流した。

「それでプロのミュージシャンになろうって思って……。かっこいいじゃん?」

炎天下の下でミチは語りながら、どこか肋骨の間を隙間風が通っているのを感じていた。

ミチがたまきの方に目をやると、普段の三割増しで生気を感じられない目でこっちを見ている。こういうのを「ジト目」とでもいうのだろうか。

ミチと目が合ったことに気付くと、たまきはさみしそうに、右手首の包帯に目を落とした。ぐるぐると手首に巻きつけられた包帯は、夏の日差しの下でうっすらと汗ばんでいる。

ミチの話に出てきたのは、「中学」とか、「文化祭」とか、「友達4人」とか、「カノジョ」とか、たまきが望もうと手の届かなかったものばかりだった。

自分がどれほど望もうとも手の届かなかったものを、ミチはあって当たり前のように話している。いや、ミチが当たり前のように抱いている「プロのミュージシャンになりたい」という夢自体、たまきが持っていないものだった。

そんなミチを、たまきは、やっぱり好きにはなれなかった。

他人が当たり前のように手にしているものが、自分がどんなに背伸びをしても決して届かないものだと分かった時、こんなにも死にたくなるものなのか。

だが、たまきがそんなことを考えているなんて、ミチには伝わっていないらしい。当然だ。地球から月を見て、月がどんなに寂しいところかなんて想像もつかないだろう。

「……やっぱり浅いか」

ミチは自嘲するように笑った。

「そんなさ、『モテたいから』とか『かっこいいから』なんて理由で音楽やってる奴が作った曲なんて、人の心打つわけなんてないよな。あのおっさんの言う通り、つぎはぎでしかなかったんだよ……」

「それでも私は……、好きですよ……。ミチ君が作る歌」

たまきはミチの目を見て、珍しくミチの目を見てつづけた。

「確かに、歌詞はどこかで聞いたことあるような言葉ばっかりでしたけど……」

それを聞いてミチが寂しそうにはにかんだ。

「でも、ミチ君が歌うと、不思議と、私でも気持ちが明るくなるというか……。やっぱり、ミチ君の歌には、何か、特別な力があるんじゃないかって……」

そこまで一気にいうと、たまきは視線を落とした。

「……すいません。私、音楽のことなんか何にも知らないのに、……えらそうなこと言って」

「いや……、うれしいよ。1人でも……、その、なんていうか、ファンがいてくれて」

たまきは、お尻を動かしてミチから少し距離を取ると、再びミチの目を見た。

「……なのに、どうしてまた戻ってきたんですか。……どうして、戻ってこれたんですか」

「来月さ、この公園で『大収穫祭』ってイベントやるんよ」

ミチは恥ずかしそうにはにかんだ。

「そのイベントでライブもあって、ウチのバンドがそれに出場することになってさ」

「……それって、すごいことなんですか?」

「いやいや全然。応募して、抽選に当たればだれでも出れるんだぜ?」

ミチはケラケラと笑った。

「で、いつまでもバックれてないで、練習しなきゃなって思って。2週間もサボってたらさ、流石に心の傷っていうの?も癒えるし」

たった2週間でへこんでたのが治った。やっぱり、ミチ君は私とは違う「あっち側」の人なんだと、たまきは街路樹の向こうの都庁を見つめながら思った。

 

ミチはギターおもむろにギターを奏でだした。

いつものミチの曲に比べると、少しスローテンポだ。

8小節イントロを奏で、ミチは歌い始めた。

 

――路地裏を歩く野良犬が一匹

――陽の光を避けるようにビルの影へ

――誰もいない公園で

――ひとり吠え続ける

 

――「僕には夢があるんだ」

――「僕には明日があるんだ」

――「僕には未来があるんだ」

――そんな風に歌ってたら、ゴミ捨て場のフクロウに笑われた

 

――夢の意味も知らないくせに

――自分が誰かも知らないくせに

――ラジオから流れてきた誰かの歌で

――知ったつもりになってただけ

――ただ吠えていただけ

 

声が伸びるところで、ミチのハイトーンな声が少し掠れる。たまきは、絵を描く手を止めてじっとミチの口元を見ていた。

ミチはポケットからハーモニカを取り出すと、吹き始めた。そういえば、前に「ハーモニカが欲しい」と言っていた気がする。

 

――いつの間にか日が暮れる

――黒猫のしっぽがゆらゆら揺れる

 

――あれほど好きだった歌も口ずさむのをためらって

――頭上のポスターを眺めては電柱にピスをかける

――ゴミ捨て場のフクロウの声と

――月の下の黒猫のしっぽと

――いつか抱きしめたウサギのぬくもりが

――潮騒のように響く

 

――夢の意味も知らないくせに

――自分が誰かも知らないくせに

――届きもしないフリスビー追いかけて

――足がもつれ転んだだけ

――ただ遊んでいただけ

 

たまきにはところどころ歌詞の意味が分からなかった。それでも、ただ明るいだけではない。今まで聞いたミチの歌では一番好きだと思った。

 

ミチがギターを弾くのを終え、たまきは、ぱちぱちと小さな拍手をした。

「この歌はいつ作ったんですか?」

「昨日」

ミチがチューニングをしながら答える。

「なんてタイトルなんですか?」

「タイトルかぁ……。そうだなぁ……」

ミチはしばらく黙っていたが、やがてたまきの方を向いて答えた。

「……『犬』」

「……それがタイトルですか……?」

「う、うん」

ミチが決まりの悪そうにたまきを見ている。

「前から思ってたんですけど……」

ミチの不安そうな目からたまきは顔をそらした。

「ミチ君って、名前付けるセンスないですよね……」

「知ってる……」

ミチが自信なさげにうつむく。

「たまきちゃんが名前付けてよ」

「え?」

たまきは目を大きく見開いてミチの顔を見た。

「たまきちゃんだったら、なんてタイトルつける?」

たまきはしばらく黙っていたが、ミチの目を見てこう言った。

「……『犬の歌』?」

ほんの一瞬、時間が止まったかのような静寂が訪れた。

そして、二人はお互いの顔を見て、同時に笑い出した。

ミチはケラケラと笑い、たまきはクスリと吹き出した。

夏の日差しの中、二人は声を出して笑った。

 

一通り笑ったところで、階段の上の方からハスキーな声が聞こえてきた。

「それにしても、『ゴミ捨て場のフクロウ』はちょっとひどいんじゃないか?」

ミチとたまきが振り返ると、そこには仙人がにやりと笑いながら立っていた。

「げ」

「きゃ」

ミチはこの上なくばつが悪そうに顔をこわばらせ、たまきは驚いた拍子に鉛筆を落とした。

「ち、違うんす。あれは、思いついた言葉をそのまま言っただけで、ベ、べつに深い意味は……」

ミチは立ち上がると、仙人に駆け寄った。

「なるほどなぁ。お前さんには、そんな風に見えとったのか」

「いや、ち、違うんす!」

たまきは「ゴミ捨て場のフクロウ」の意味が分からず、二人のやり取りを首をかしげながら見ていた。

仙人は歩みを止めることなく階段を下り続ける。

「声はよかった。メロディも悪くない」

たまきは階段の上の道を見上げる。さっきよりも顔がこわばっているように見えた。

「だがな……」

ミチの顔がますますこわばる。なんだか、たまきまで緊張してきた。

「歌詞がところどころ、なんの例えなのかわからん」

「……はい」

この前と違い、ミチは素直にうなづいた。

「表現し、伝える以上、わかりづらいのはよくないなぁ」

「……おっさんの画家がどうこうっていう話もわかりづらかったっすよ?」

二人の男は、互いに顔を見合わせ、同じタイミングで笑った。

仙人は、ミチの肩に手を置いた。アンモニアの臭いがミチの鼻腔を突いたが、ミチは顔をしかめることなく、むしろ、ほころばせた。

「ま、この前の歌に比べれば、お前さん自身の言葉で書こうとしてるってのは伝わってきた。前より良いんじゃないのか。まだまだ粗いけどな」

ミチが少し、ほっとしたように顔をほころばせた。

「ただなぁ、『ゴミ捨て場のフクロウ』はやっぱりひどいなぁ」

「すんません……」

仙人よりも少し高い位置にいるミチが頭を下げた。

「『年老いたフンコロガシ』じゃだめか?」

「え?」

仙人の言葉に、ミチが眉をひそめる。

「『ゴミ捨て場のフクロウ』の部分を、『年老いたフンコロガシ』にするのではだめか?」

「……べつにいいっすけど、フクロウよりひどくないっすか?」

「好きなんだ。フンコロガシが」

そういうと仙人は笑った。

 

写真はイメージです

「う~ん、一回整理しよ?」

その日の夕方。西日が照らす「城」の屋上で、志保が困ったように笑った。志保は施設から帰って来るなり、亜美から絵を飾る飾らないの論争を聞かされた。

「たまきちゃんは、絵を飾るのが嫌なんだね?」

「いやです」

たまきがきっぱりと言った。

「それに対して、亜美ちゃんは絵を飾りたい」

亜美が無言でうなづく。

「作者の意見を尊重すべきか……、所有者の意見を尊重すべきか……、亜美ちゃんの肖像権を尊重すべきか……」

志保は腕を組んで考えていたが、数秒して笑顔で

「わかんない」

と言った。

「でも、二対一でウチの勝ちだろ?」

「でも、こういうのって、作者に権利があるんじゃないんですか?」

二人の権利者の訴えを志保は裁判長よろしく聞いていたが、「そういえば」と切り出した。

「本で読んだことがあるんだけど、美術館ってホントは絵を展示したくないんだって」

「なんで? あいつら、絵を見せて商売してるんだろ?」

「絵を光にあたると痛んじゃうから、ほんとは人に見せたくないんだってさ」

「なんだそりゃ?」

「絵を百年残すためには、光に当てない方がいいんだよ」

亜美は腑に落ちない感じだったが、たまきはピンとひらめくものがあった。

「それです。絵が痛んじゃうんで、見せないでください」

珍しくたまきが勝ち誇ったように、亜美を見上げてる。

だが、亜美はたじろぐ様子もなくこう返した。

「なに、お前、あの絵、百年残したいの?」

「え?」

ぽかんと口をあけるたまきに、亜美が続ける。

「百年残すつもりなんだったらお前、全身描けよ。ウチのナイスプロポーションが百年後にも残ったのに」

「百年も残ったら、たまきちゃんの絵も歴史的資料として博物館に飾られてるかもね」

「え?」

たまきは、自分の絵が百年後、博物館に展示され、誰とも知らない人にじろじろ見られている光景を想像した。

「いや、もしかしたら、こいつの絵がすごい評価されてて、何億って値段になってるかもしれない」

「ありえるねぇ。それこそ、ゴッホ展みたいに、大行列ができたりして」

「え? え?」

たまきはただただ困惑している。

「そうなると、あの絵は天才画家たまき先生、十五歳の時の貴重な作品、ってことになるな。うん、保存した方がいい。どっか暗いところに大事にしまって、百年残そう」

「わあ、なんか、ロマンがあるね」

盛り上がっている年上二人に向かって、たまきは申し訳なさそうに言った。

「あの……、痛んじゃってもいいんで、今のままでいいです……」

 

つづく


次回 第11話「惚気の長雨、口下手の夕暮れ」

さ~て、次回の「あしなれ」は?

・ミチに新展開!

・志保、クレープを焼く

・たまき、怒る

の三本です。続きはこちら


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

ピースボート地球一周の船内に持っていくべき、日本で簡単に手に入るアレとは?

ピースボート地球一周の船旅は、約3か月かかる。3か月も船にいると、もはや宿泊というよりは引越しである。今回は、ピースボート地球一周の船旅に持って行った方がいいものを、筆者の経験と後悔と一緒に綴っていこうと思う。


ピースボートの船の中には売店がある

まず、何でもかんでも買い込んでいく必要はない。船の中には売店があるので、日用品は意外とそこで手に入る。文房具のような日用品だけではなく、スナック菓子やおせんべい、アイスクリームも売っている。コンビニで手に入るようなものは、だいたいこの売店で手に入るとおもう(最新の少年ジャンプは手に入らないぞ)。

僕は船に乗る前に星座早見盤を買って船に持ち込んだが(わざわざ東京の専門店にまで行った)、売店で売っていた。

しかも、星はそんなによく見えない(笑)。

地球一周にはこれを持って行け① 方位磁針

マルセイユで迷子になったことがある。いつのまにか海岸線からかなり離れてしまい、現在地もわからず途方に暮れた。

わかっていたことはただ一つ「西に行けば海に出る」。

そして、僕はどっちが西かわかっていた。方位磁針を持っていたからだ。僕は方位磁針だけを頼りに、海岸線にたどり着いた。

「方角がわかる」というのはとても大切だ。

寄港地でタクシーに乗るとき、僕は必ず方位磁針を手にしていた。

運転手さんには悪いが、万が一用である。ちゃんとタクシーが目的地に向かっているのか、言葉がわからないことをいいことに変なとこに連れてかれてないか、確認するためだ。

特に、女の子を連れている時は、用心深く方位磁針を見ていた。

最近は、スマートフォンで方角がわかるアプリがあるらしい。

地球一周にはこれを持って行け② パソコン

特に何に使う予定もなかったが、ノートパソコンを船に持っていった。

だが、船内では結構パソコンが重宝される。

例えば僕は新聞局に入って船内新聞を作っていたが、原稿を書くのにパソコンは必需品だった。

他にも、映像を編集したり、スライドショーを作ったり、何かとパソコンを使う。映像編集ソフトなどが使えると、船内でいろんな仕事を任せれたりする。

なにより、デジカメに撮ったデータをデジカメから移せる。これは大きい。

また、パソコンを持ち込む際には、必ずUSBメモリも一緒に持っていくこと。これでデータのやり取りができる。

地球一周にはこれを持って行け③ おもしろTシャツ

友達ができると、船内生活はとても楽しくなる。

しかし、人見知りで人に話しかけられない。そんな人もいるはずだ。

そんな人にぜひ持って行ってほしいのが「おもしろTシャツ」

つまりは、おもしろいTシャツだ。

僕の場合、「HOME MADE 家族のライブTシャツ」と「新日本プロレスと仮面ライダーウィザードのコラボTシャツ」がとても役に立った、こちらから話しかけなくても、このシャツに興味を持った人が話しかけてくれて、そこから友達の輪が広がったからだ。

趣味丸出しのシャツとかを持っていたら、持っていくと友達の輪が広がるかもしれない。

地球一周にはこれを持って行け④ カップラーメン

地球一周の船旅に絶対持っていくべきもの、それがカップラーメンである。

海外のカップラーメンは、日本人の口には合わない。現地の人向けの味付けになっている。

寄港地で全く口に合わないカップラーメンをすすってみるたびに、日本のカップラーメンが恋しくなっていく。

フィリピンのスーパーで日本のカップラーメンを買ったが、「輸入品」ということで日本のカップラーメンより2.5倍ぐらい高かった。

ちなみに、船内でカップラーメンは買える。いくつか種類もあり、粉末スープを入れてお湯まで注いで出してくれる。ただでさえ作るのが楽なカップラーメンで、ここまで楽をしていいのか。

夜中に目の前でカップラーメンを食べられると、その匂いと音につられて自分もカップラーメンを注文してしまう。夜食テロである。ピースボートの船内でもテロに遭遇するのだ。

しかし、このカップラーメンにも限りがある。クルーズ終盤になると、売り切れになってしまう。

そこでものをいうのが、「日本から持ってきたカップラーメン」である。クルーズ終盤になるとカップラーメンの早い者勝ちという状況になってしまうが、自分の持ち込んだカップラーメンは誰にも取られず、ゆっくり食べることができる。

もし、もう一度ピースボートに乗れるなら、スーツケースの中にカップラーメンを詰めて乗り込みたい。

番外編 地球一周の船内にとんでもないものを持ち込んだ奴がいた

ある日、自分の船室のドアを開けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。

何と、部屋の一番奥のスペースに、ONE PIECE全巻(当時は78巻まで)がずらりと並んでいたのだ。

その場で僕は叫んだ。

「誰だ、ONE PIECE全巻持ってきたやつはー!」

どうやら、部屋メン(同室のメンバー)の一人がONE PIECE好きで、全巻部屋に持ってきたらしいのだ。

出港直前に自分のONE PIECEコレクション(当時は78巻まで)に別れを告げた僕だったが、一週間ほどで他人のものとはいえ、ONE PIECEに再会した。

この部屋メンは寛大なことに、僕を含むほかのメンバーも自由にこの本を読んでもいいということにしてくれたので、僕は108日の船内生活において、ONE PIECEだけは全く不自由がしなかった。いつでも部屋に戻ればONE PIECEが読める。ベネツィアに寄港した日にウォーターセブン辺を読むなんて贅沢なこともできた。彼には感謝しかない。