小説 あしたてんきになぁれ 第19話「赤いみぞれのクリスマス」

クリスマスイブの夜、「城」ではパーティが開かれていた。だが、ミチが姿を見せない。亜美にせかされてミチを探しに言ったたまきが遭遇した光景とは……?

あしなれ、第19話。衝撃のクリスマスがやってくる!


第18話「労働と疲労のみぞれ雨」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


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「たまきちゃんはさ、クリスマスに何かするの?」

そう尋ねたミチを、たまきがきょとんとした目で見た。

「くりすますっていつですか?」

「え? クリスマス、知らないの?」

「いや、クリスマスくらい知ってますけど……、そうじゃなくて、クリスマスって今から何日後ですか?」

たまきがあほの子みたいな質問をしたのは、別にくりすますを知らなかったからではない。

たまきには日付の感覚がない。今日が何月何日なのかわからない。なのでクリスマスは今から何日後なんだろう、という意味で「くりすますっていつですか?」と聞いたのだが、ミチにはたまきがクリスマスが何月何日かをを知らない、とんでもなく世俗に疎い子のように映ったようだ。

「今日が十二月十四日だから、ちょうどあと十日後だよ」

「そうですか」

どうやら、いつの間にか十二月になっていたようだ。道理で寒いと思った。しかし、十日後は二十四日、それはクリスマスイブで、あくまでもクリスマスの前日ではないだろうか。それくらい、たまきだって知っている。

たまきはいつもの公園に絵を描きに来ていた。いつものように階段で歌うミチと同じ段に腰を掛ける。木々はいつの間にか葉を落とし、夏場はおしりが焼け付きそうなくらい熱かった地面もすっかり冷たくなっている。

ミチは座布団のようなものを敷いていた。自分もああいうのを買おう、とたまきはひそかに心に思った。

「予定ですか。特にないです」

たまきはミチを見ることなく言った。

「俺はね、海乃さんとデート」

ミチが聞かれてもいないのにしゃべり始めた。口から白い吐息が、蒸気機関車の煙のように現れては、消える。

「二人で映画見た後、食事に行って、で、そのあとは……、まあ、ねぇ?」

「そこまで聞いてないです」

たまきが雪のように真っ白なスケッチブックに、うすい灰色の線を引きながら答えた。

「……まだあの海乃って人とお付き合いしてるんですか?」

たまきは、少しミチを視界に入れながら尋ねた。

「え、なにその、早く別れちまえ、みたいな言い方。あ、もしかしてやきもち焼いてる?」

「そんなわけないです」

たまきがすかさず答える。

クリスマスの予定なんてたまきにはない。これからクリスマス、年末年始、バレンタインと一年の行事の中でも特に浮かれやすいイベントが集中してやってくるが、たまきに何かが関係あったためしがない。せいぜい小学校の頃に父親にバレンタインのチョコレートを渡したぐらいだ。たまきにも父親が好きだった時代があったようだ。

毎年この時期は外に出ることなく、誰かと触れ合うことなく、できるだけ静かに、できるだけ厳かに過ごしたいと思っている。うかつにイベントごとに触れてみても、自分が惨めなのを確認するだけだ。

その一方で、なんだか嫌な予感がする。いつかのお祭りみたいに、無理やりイベントごとに巻き込まれそうな、いやな予感が。

少し鳥肌が立ってきたのは、きっと冬の寒さのせいではないはずだ。

 

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「田代さんって、クリスマスって何かするんですか?」

喫茶店「シャンゼリゼ」の休憩室。志保が休憩でやってくると、十五分前に休憩に入った田代が何か本を読んでいた。今は志保と田代の二人っきり。

田代は本に目を通しながらも、志保とたわいもない雑談をしていた。その中で、志保が思い切って田代ののクリスマスの予定を尋ねてみた。

もしも「カノジョとデート」なんて言葉が出てきたら、その瞬間、なんだか試合終了のホイッスルが鳴らされたような、絶望的な気分になるだろう。ドーハの悲劇のように立ち上がれない志保がそこにいるはずだ。

「24日は昼間ではシフトに入ってるけど、夜から旅行に行くんだ。北関東に二泊三日でスキー」

「誰と?」という質問を志保は下の上で転がして、ぐっと飲みこんだ。

それを尋ねてしまったら、答え次第ではいよいよもって試合終了のホイッスルかもしれない。そう思って、一度は飲み込んだのにもかかわらず、

「誰と……行くんですか?」

と尋ねてしまった。

志保はこの想いを終わらせたいのかもしれない。

と、同時に、強く思っているのだ。まだ夢を見ていたい、と。

「大学の連中。男7人で行くんだぜ。華がないよね。むさいにもほどがあるでしょ」

クリスマスの日に女性との予定が一切ない、ということは田代は今、いわゆる「フリー」なのだろうか。

いや、もしかしたら遠距離恋愛、というのもあり得る。少なくとも、可能性はゼロではない。

志保の中で、「このまま夢を見続けていたい」という気持ちよりも、「0.1%でも可能性があるなら、つぶしておきたい」という気持ちが天秤にかけられ、そして、一方に大きく傾いた。

「いいんですか? クリスマスにカノジョさん放っておいて」

大きな賭けだ。この答えのイエスかノーかで、田代にカノジョがいるかどうかがはっきりとする。返答次第では試合終了だ。

言ってしまってから、田代が口を開くまでのほんのわずかな間に、志保は激しく後悔をした。ここにきて急に「このまま夢を見続けていたい」という気持ちが強くなり、一度傾いたはずの天秤が再びぐらぐら揺れる。

「そんなのいたら、男同士でスキーなんて行かないよ」

その答えは、志保が望んでいたものだった。望んでいたものだったからこそ、最初、志保は自分が自分に都合の良い聞き間違いをしたのかもしれない、と思った。

その言葉が都合の良い聞き間違いではなく、確かに志保の鼓膜を打った、現実の存在だと確信した時、思わずカズダンスを踊りたくなる自分に志保は気づいた。「カズダンス」なんて言葉の存在しか知らないのだけれど。

「志保ちゃんは、クリスマスなんか予定とかないの?」

「ありません。カレシとか、いないんで!」

クリスマスの予定がないことも、カレシがいないことも、こんなに誇らしく言えることはそうそうないだろう。

どうやら、休憩時間が終わっても立ち上がれそうだ。立ち上がるどころか、走り出したい気分だ。

 

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「お前ら、クリスマスなんか予定あんのか?」

たまきと志保が「城(キャッスル)」でごろごろしていると、どこからか帰ってきた亜美が帰って早々尋ねてきた。

おととい感じたイヤな予感がどうやら的中しそうだ、とたまきはうんざりした思いで顔を上げ、

「あるわけないじゃないですか……」

と力なく答える。

「志保は?」

「ないよー」

志保が小説をを読みながら答えた。

「バイト先のヤサオとどっか行ったりしねぇの?」

「ヤサオって……、田代さんのこと? あのね、まだ亜美ちゃんが思ってるような関係じゃないから。それに、田代さん、クリスマスはスキーに行くからいないよ」

「ふーん、ちゃっかり予定聞いてるんだ」

亜美の言葉に、志保は頬を赤らめて、本で顔を隠した。

「く、クリスマスになんかするの?」

志保が本で顔を隠しながら尋ねた。

「パーティに決まってんだろ」

たまきは嫌な予感が的中して、頭をもたげた。

「トモダチいっぱい呼んで、パーティするからな。そうだ、ミチも呼ぼうぜ。あいつ、ギター持ってるから、たまきの誕生日の時みたいに、また弾いてもらおうぜ」

「ミチ君、カノジョさんとデートするみたいですよ」

たまきが口をはさんだ。

「なんだよ、お前もちゃっかり予定聞いてるんだな」

「……むこうが勝手にしゃべったんです」

「あれ、ミチって今日、下のラーメン屋でバイトしてる?」

「そんなこと知りません」

「まあいいや。ちょっと、ミチんとこ行ってくるわ」

そういうと亜美は「城」を出ていった。

ものの数分して、亜美は戻ってきた。

「ミチ、映画見た後カノジョと一緒に顔出すってさ」

たまきは、亜美がどんな脅しを使って、ミチに承諾させたのかと思うと、ミチがカワイソウに思えてきた。

「ミチ君、休憩中だったの?」

志保が訪ねた。

「いや、元気にバイトしてたぜ」

志保は、亜美がラーメン屋に入って、勤務中のバイトに話しかけただけで何も食べずに出てきたのかと思うと、お店の人がカワイソウに思えてきた。

 

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そんなこんなでクリスマスイブがやってきた。

「城」の中には亜美の「トモダチ」の男7~8人がやってきて、いつもより賑やか、そして、いつもより男臭い。男たちの何人かは亜美の客でもあるらしい。とにかく、みんなチャラい。

テーブルの上にはだれのものかわわからないがパソコンが置かれ、そこから音楽が流れている。クリスマスソングでも流せば雰囲気が出るのだろうか、どちらかというと夏を想起させるようなダンス音楽がどむっどむっっと流れている。

傍らにはギターが置かれていた。ミチのものだ。ミチが午前中に置いていったのだ。亜美の話では、夜にカノジョと映画を見た後、ここに顔を出すらしい。

テーブルの上には志保が作った簡単な料理や、コンビニで買ってきた小さなケーキや酒のつまみが並べられていた。

一方、亜美はというと、コンビニで買ってきたフライドチキンをほおばりながら、男たちと談笑している。志保が思わずほほを赤らめてしまうような卑猥な言葉も平気で飛びっている。

たまきはどうしているのかというと、この部屋にはいない。

パーティが始まる前から、ドア一つ隔てた衣裳部屋に引きこもって、出てこない。

「ほら、たまき、出て来いよ。楽しいから」

亜美が衣裳部屋のドアに向かって話しかける。いつからか、たまきは返事をしなくなった。

「お前らだって、たまきの顔、見たいよなぁ」

亜美が男たちの方を見てそう言うと、男たちも

「見たい見たい」

とニヤニヤしながら言う。クラスに何人か、ああいった、おとなしい子をからかって楽しむ男子いたなぁ、と志保は思い出していた。

「それ! たーまーき! たーまーき! たーまーき!」

酒の入った亜美が頭の上で両手をたたき、囃し立てる。それに合わせて調子のよさそうな男が数人、亜美に乗っかって囃し立てる。

そんな風にあおったら、ますますたまきは出てこれなくなるんじゃないか、志保はそう感じていた。

思い返せば、大収穫祭の時にたまきをパレードに誘っても、たまきは静かに首を横に振るだけだった。

志保はトレイにケーキを二つのせ、ジンジャーエールの入った紙コップと、いくつかのお菓子を追加すると、衣裳部屋の扉をノックした。

「あたし。そっち行っていい?」

ドアがゆっくりと開き、まるで塹壕から戦場をうかがう兵士のように、たまきが顔を出した。

たまきは無言でうなづくと、志保を中に招き入れた。

「なんだよ、お前までそっち行くのかよ」

亜美が不満そうな声を漏らすと、

「あ~あ、華がなくなる」

と男たちがあからさまにがっかりしたような声を上げる。

「なんだよお前ら! ウチがいるだろ!?」

「てめぇなんか女のうちにカウントしてねぇよ!」

「んだとてめぇ! てめぇだってウチとヤッたことあんだろうがよ!」

「あんときはカノジョに振られたばっかで、どうかしてたんだよ!」

品のないやり取りも、ドアを閉めると静かになった。

「となり、いい?」

またしてもたまきは無言でうなづき、ソファの右端に腰かけた。志保は空いたスペースに腰を下ろす。

「……こっちに来て、よかったんですか?」

たまきが申し訳なさそうに尋ねた。

「ああいう男子、タイプじゃないから」

そういうと、志保はトレイをテーブルの上に置いた。

「たまきちゃんの分のケーキ、持ってきたよ。まだ食べてないでしょ? あたしも」

そういうと、ジンジャーエールの入った紙コップを持った。

「メリークリスマス」

「めりー……、くりすます」

紙コップが触れ合っても、きれいな音は鳴らなかった。

 

午後八時になった。

「ミチの奴、遅くねぇか? 七時半に映画終わったらすぐ来るっつってたのに」

亜美が時計を見ながらイライラしたように言う。

「オンナと一緒なんだろ? そのまま、メシでも食いに言ったんじゃねぇか?」

とヒロキが答える。

「あ? ウチが来いっつってんのに来ないとか、あいつふざけんなよ?」

亜美はそういうと立ち上がった。

「ちょっと、探させてくるわ」

「あ、そこは『探してくる』じゃないんすね」

シンジという痩せてひょろひょろした男が言った。

亜美は衣裳部屋の扉を勢いよく蹴飛ばした。

「たまき! そこにいるのはわかってんだ! 出て来い!」

ドアがゆっくりと開く。顔を出したのは志保だった。

「そんな大声出さなくても聞こえてるって。あと、ドア、乱暴にしないで。壊れるから」

奥ではたまきが、硬直したように志保の背中を見ている。

「たまき、お前、ちょっと映画館まで行って、ミチいねぇか探してこい」

「あたし行こうか?」

と志保が言ったが、亜美は

「いや、たまきに行かせる。こいつ、クリスマスだっていうのに引きこもってうじうじしやがって。ちょっとは外に出て、クリスマスの空気を吸ってきなさい!」

と玄関を指さしながら言った。

「そんなのたまきちゃんの勝手じゃん、ねぇ?」

そういうと志保は後ろを振り返ったが、たまきはおもむろに立ち上がると、ニット帽を頭にすっぽりとかぶって、

「……行ってきます」

と衣裳部屋を出た。

「いいの? 大丈夫?」

「……まあ」

「映画館の場所、わかる?」

「……まあ」

今のたまきには、チャラい男ばかりのこの「城」より、外の方がまだましな気がした。

「たまき」

亜美は靴を履こうとするたまきの肩に手を置くと、

「これで好きなもん買っていいぞ」

と百円玉を三つ手渡した。

たまきはぺこりと頭を下げると、「城」を出ていった。

 

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外に出てからものの一分で、たまきは三つの間違いに気づいた。

一つは、クリスマス・イブの夜は、薄手のジャンパーではどうにもならないほど寒かった、という事。

一つは、外の方がまだましだろうと思って出てみたけれど、中も外も大して変わらなかった、という事だ。

若いカップルだったり、大学のサークルかなんかの集団だったり、そこかしこにクリスマスを満喫している人だらけだ。

大体、クリスマスに歓楽街に来るなんて、誰かと食事やお酒を楽しむという、素敵なクリスマスの予定がある人なのだ。

たまきは下を向きたくなった。こんな風に下を向いてしまう人も、今の歓楽街ではたまきぐらいなものだ。

そして三つ目の間違いは、クリスマスの歓楽街には、あまりにも人が多すぎるという事だ。

この中から、ミチを探し出すだなんて、絶対に無理だ。

そう思いつつも、たまきはとりあえず映画館へと足を進めた。映画館は「城」のある太田ビルから見て、歓楽街のちょうど反対側にある。

映画館に向けてとぼとぼと歩く。案の定、ミチは見つからないし、海乃っていう人は会ったことはあるはずなんだけれど、顔が思い出せない。

数分経って、映画館に着いてしまった。

映画館には当たり前だが映画のポスターがあった。ポスターには

「愛し合う二人。だが、彼女の命の終わりが近づいていた……。クリスマスに起きた奇跡の実話を感動の実写化!」

と書いてある。

「命の終わり」という文言にひかれて、あらすじを読んでみたが、どうやらヒロインは病魔に侵されていて余命いくばくもない、という設定らしい。

こういった映画で悲劇のヒロインになるのはいつだって病人だ。

たまきは映画に全然詳しくないが、「自殺してしまうヒロイン」というのはあまり見ない気がする。

病気だろうが自殺だろうが、死は死だ。若くして死んでしまうことには変わりない。

病気で死ぬのはカワイソウだけど、自分から死ぬのはカワイソウじゃない。きっと、そういう事なんだろう。

 

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たまきは3分ほど、そこに立って映画館から出てくる人を見ていた。吐いた息が白いもやとなってメガネをくもらせ、指でこすってそのくもりを取る。そんなことを何度も繰り返すが、一向にメガネのレンズにはミチの姿は映らない。

もしかしたら、こことは違う場所にも出口があるのかもしれない。そう思ったたまきは、映画館の入っているビルの周りをぐるっと回ってみることにした。何より、じっとしていたら凍えてしまう。

映画館があるのは比較的に人通りが多い場所だが、その周りをぐるっと回ろうとすると、映画館のわきにあるとてつもなく狭い道を通ることとなった。いや、道というよりも隙間に近いかもしれない。

そこを抜けると、さっきまでたまきがいた通りとは映画館をはさんで反対側の道路に出る。少し広くなったが、人通りはない。

たまきは右折してその路地を歩き始めた。しかし、ビルとビルのはざまにあるようなこの道は人通りが全くなく、この道沿いに映画館の入り口などないことは明白だった。

室外機のファンの音がたまきの鼓膜を軽く揺らす中、突如、耳慣れない鈍い音が冷たい空気を打つように響いた。

たまきははっとして振り返る。

先ほどたまきが曲がってきたところのもっと奥に、人影が見えた。

立っている人影が二つ。一つはスーツを着ている。もう一つは茶色いロングヘアー。きっと女の人だろう。

スーツを着ている方が足をぶんと振ると、さっきの鈍い音が聞こえた。

人影の足元に何かが転がっていた。

たまきは目を凝らす。どうやら、転がっているのも人間のようだ。

「てめぇ、わかってんのかぁ!」

スーツを着た男か大声を出しながら、うつぶせに転がっている人間を蹴り飛ばす。また鈍い音が響いた。

人がけんかをしているのを見るのはたまきにとって初めてだった。いや、けんかと呼ぶにはあまりに一方的かもしれない。

こんな時、通りすがりの人はどうすればいいんだろう、そんなことを想いながらたまきは遠巻きにけんかを見ていた。

ふと、その様子をわきで見ている女性がこちらを向いた。女性は離れたところから見ているたまきに気付かなかったようだが、たまきはその顔に見覚えがあった。

海乃だった。ほんの一瞬、たまきにその表情を見せただけだったが、たまきに海乃がどんな顔だったかを思い出させるには十分だった。

再び、鈍い音が響く。倒れている方のうめき声も聞こえる。たまきの口からは、真っ白い吐息があふれ出る。

たまきは、気が付いたらけんかの方へと歩みを詰めていた。近づくたびに、革靴が肉を打つ音が、より大きくたまきの鼓膜にを震わす。

蹴られた拍子に、倒れている方がごろりと反転した。

左目は青くうっ血し、右頬は赤く腫れあがっている。それでも、たまきはそれが誰であるのかがわかった。

「ミチ君……」

たまきのつぶやきよりももっと小さい声で、ミチは

「知らなかったんです……」

と、蚊の羽ばたきのように言った。

「てめぇ、知らねぇで済むと思ってんのかよ!」

「ごめん……なさい……」

「ごめんで済むと思ってんのか、ああ!?」

スーツの男がミチの右腕を強く踏みつけたミチは悲鳴を上げる力すらないのか、声帯が石臼にすりつぶされたかのようなうめき声を出すだけだった。

たまきはその様子をじっと見ていた。

そうはいっても、決して傍観していたのではない。

頭の中では、今すぐ飛び出して暴力をやめさせようとする正義感のあるたまきと、男の暴力がやむまで物陰に隠れようとする臆病なたまきと、戻って亜美やヒロキに助けを求めた方がいいと考える冷静なたまきが、目まぐるしく入れ替わっていた。

結局、何をどう決断したのかはたまき自身にもわからない。たまきがわかっていることは、一歩前に進み出て、声を発したことだった。

「あの……、ぼ、暴力はよくないと……思います」

言葉を発した瞬間、冬の冷え切った空気が、いっそう張り詰めるのをたまきは感じた。

最初に反応を見せたのは海乃だった。言葉を発することはなかったが、「なんでこの子がここにいるの?」と言いたげな驚いた表情を見せた。一方、地面に転がっているミチは、たまきに気付いたのか何か声を発したが、よく聞き取れないかすれたうめき声でしかなかった。

一方、男はたまきをにらみつけた。視線がたまきの心臓を貫いたかのような痛みに襲われる。ここまで人から敵意を向けられるのも、初めての経験だった。

「おい、こいつ誰だ。知り合いか?」

男が海乃の方を見た。

「……たまきちゃんっていう、……彼の知り合いの、ひきこもりの子」

海乃が口を開いた。その声にはいつもの張りはなく、どこか震えているようにも聞こえる。

「ひきこもり? ひきこもりが何で外にいるんだよ?」

どうしてこんな時にまでひきこもりがついて回るのかたまきにはわからなかったが、今はそのことを抗議してもしょうがない気がする。

「あ……あの……」

たまきは自分でも心臓が恐怖で高鳴っているのを感じた。

「ミ、ミチ君が何をしたのかは知りませんけど、やっぱり、その、暴力はよくないんじゃないかって……。ちゃんとその……、落ち着いて話し合って……」

けんかの止め方の教科書があるとしたら、きっとたまきのやり方は模範解答なのだろう。だが、そんな教科書があったらこうも書いてあるはずだ。模範解答通りのことを言っても、うまくいかないことの方が多い、と。

「てめぇ、こいつのオンナかなんかか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

「じゃあ、黙ってろ」

男はミチをつま先で軽く蹴飛ばした。

「こいつはな、年端も行かないくせに、人の嫁に手を出したんだ。だとしたら、何されても文句は言えねぇよな!」

男は再びミチを強く蹴り飛ばした。

「……知らなかったんです」

と再びミチは小さくつぶやいたが、

「知らねぇで済むわけねぇだろ!」

男がさらにミチを強く蹴る。

「海乃って人の旦那さんですか……」

たまきは海乃を見た。海乃は困ったような表情をしているが、だからと言って自分から何かをするような雰囲気はない。

海乃のダンナによる何発目かの蹴りがミチの脇腹に入った時、たまきは自分でも驚いたのだが、駆け出し、ミチと男の間に入るように立った。

「もう、や、やめてください!」

「あ?」

海乃のダンナが背の低いたまきを憎悪のこもった眼でにらむ。

「確かにその、不倫、なのかな、はいけないことだと思います。でも、もう、十分じゃないですか。これ以上はもう……」

「十分? 何が十分なんだよ。どけよてめぇ!」

海乃のダンナはたまきの肩を払いのけた。そのままたまきは地面に倒れこむ。メガネがアスファルトに強くぶつかり、衝撃が走った。

どさっという鈍い音がしたが、その直後に、再びミチが蹴られる音をたまきは聞いた。今度はミチが絞り出すようにうめいた。

たまきは立ち上がると、メガネのずれを直し、ミチに背を向けて走り出した。

突き当りを右に曲がってしばらく走ると、映画館のある通りに戻れた。町全体はネオンやイルミネーションで彩られ、待ちゆく人の顔も笑顔で輝いている。すぐ近くで暴力沙汰が起きているなんて嘘みたいだ。もしかしたら、それこそ映画の世界の出来事だったのかもしれない。

だが、男に突き飛ばされた方の感触と、地面にぶつけたほほの痛みは確かに本物だった。

たまきは「城」に向けて走り出した。

途中、何度も人にぶつかる。そのたびに「ごめんなさい」と小さくつぶやき、再び走り出す。が、クリスマスの夜、多くの人でにぎわう歓楽街は人の波が邪魔して、なかなか思うように走れない。おまけにまじめに走ったのなんか中学2年の体育以来で、息も切れてきた。

ふと、わきを見るとそこにコンビニがあった。

たまきは思い出した。以前にもこのコンビニの公衆電話を使ったことがある、と。

携帯電話全盛の時代になってもなお、緑の公衆電話は、たまにそこを訪れる誰かのために待ち続けていた。

たまきは受話器を手に取り、亜美からもらった百円玉を入れる。

たまきは、志保の携帯電話の番号を思い出す。確か、前に志保が語呂合わせで教えてくれた。最初が090、そのあとは確か……。

ピポパというボタンを押す音が、粉雪のように小さく鼓膜を打つ。

 

たまきが「城」を出て行ってもう十分くらいたつだろうか。

そろそろ帰ってくる頃なんじゃないかと思ったとき、志保の携帯電話が鳴った。

携帯電話を開いて確認してみると、メールが一通届いていた。

差出人は田代。

志保の心臓は驚き、高鳴っていた。少し震える指でメールを開く。

メールの内容は、ゲレンデに雪が降り積もっているというなんてことないメッセージと、辺り一面真っ白な、ゲレンデなのか豆腐なのかよくわからない写真だった。

なんてことのないメッセージなのだけれど、志保は口元を緩ませた。

“スキー楽しんできてくださいね”となんてことのないメッセージを返す。

送信して携帯電話を閉じ、テーブルの上に置こうとした瞬間、着信音が鳴った。

いくらなんでも返事が早すぎると思い携帯電話を開くと、今度はメールではなく電話だった。

「公衆電話」と書かれた着信先を見る。公衆電話からだなんていったい誰だろう。志保は警戒しつつも、通話ボタンを押した。

「もしもし……」

電話の向こうからは激しい息遣いが聞こえる。ほかにも、がやがやと町の喧騒が漏れてくる。

「あの……、どちら様で……」

「……ミチ君が……!」

「え?」

「ミチ君が死んじゃうよー!」

 

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たまきは受話器を置くと、来た道を引き返した。

白い息が口から御香の煙のように出ては、消える。

十二月の冷たい空気はたまきの肌を引きはがすかのようだったが、たまきは意に介せず走り続けた。

映画館のわきの細い路地に再び入っていく。遠ざかるたびに街の喧騒が小さくなっていく。

再びさっきの裏通りに戻ってきたたまきは、左に曲がった。

そこには、先ほどまでとさして変わらぬ光景があった。地面に転がっているミチと、ミチを蹴り続ける海乃のダンナ。それをただ見ているだけの海乃。違うところがあるとすれば、ミチはもう、うめき声も上げないという点だろうか。

再びたまきはどうしたらいいのかわからなくなって、ただ見ているしかなかった。暴力を止めなきゃという正義感の強いたまきが、何度もたまきの背中を押そうとするが、冷静なたまきがそれを押しとどめる。自分が行ってどうなる、さっきだって何もできなかったじゃないか。

ミチがあまりにも痛々しそうなのと、自分があまりにも無力なのとで、たまきは泣きたくなっていた。

そうこうしているうちに、海乃のダンナはミチを蹴るのをやめ、裏通りのさらに奥へと向かった。

もう終わったのかと思ったたまきはミチのところに向かおうとしたが、海乃のダンナはすぐに戻ってきた。

手にはビール瓶が握られていた。それを海乃のダンナがどう使うつもりなのかは、すぐにわかった。

「ダメ……それは……ダメ」

走って体力をすっかり使い果たしたたまきだったが、余力で何とか駆け出すと、ミチと海乃のダンナの間に割って入った。

海乃のダンナはたまきを一瞥すると、

「なんだよ、まだいたのかよ。どけよ」

とだけ言った。一方、たまきは

「それはダメです……それは……」

と半ばうわごとのように言った。

「ミチ君が悪いことをしたっていうのはわかります。でも、もうこれ以上は……」

いつもより少し早口になっていることに、たまき自身が気が付いていない。

一方、海乃のダンナは、部屋に散らかったゴミでも見るかのようにたまきをにらみつけた。

「うるせーな、てめーにかんけーねーだろ。どけよ。殺すぞ!」

「どうぞ」

間髪入れずにたまきはそういうと、海乃のダンナの方を見た。

海乃のダンナはビール瓶を持った右手を振り上げたが、たまきと目があい、一瞬、腕が硬直したかのように固まった。が、

「どけよ!」

と怒鳴ると、左手でたまきを払いのけた。たまきはよろけて、冷たいアスファルトの上に座り込む。

それでもたまきはすぐに起き上がり、再び、ミチと海乃のダンナの間に割って入った。

たまきは海乃の方に目をやった。海乃は相変わらず困ったような顔をしていたが、たまきと目が合うと、目線をそらした。

「どけっつってんだろ!」

と、海乃のダンナが再びたまきの肩に手を置いたとき、

「たまきに何してんだてめぇ!」

という、たまきには聞きなじみのある声がその鼓膜に飛び込んできた。と同時に、何かがこちらに駆け寄る足音。

声のした方にたまきが目を向けると同時に、足音が消えた。足音が消えたのは、足音の主が地面をけって宙に飛び上がったからだ。

たまきの視界に飛び込んできたのは、スニーカーのつま先だった。それがたまきの視界の右端を掠めた。スニーカーからは、細い足がすらり伸びている。

スニーカーは海乃のダンナの脇腹をほぼ正確にとらえた。海乃のダンナがうめき声をあげて黒い道路に倒れこむ。ほとんど一瞬の出来事だったが、たまきにはなんだかスローモーションに感じられた。

「たまき、大丈夫か!? お前、血ィ出てるじゃねぇか!」

スニーカーの主、亜美はたまきの肩に手を置いた。亜美に言われて、たまきはさっきから軽い痛みの走る右の頬に手を置いた。手のひらを見てみると、うっすらと血がついている。そういえば、最初に突き飛ばされた時に、地面に顔をぶつけた。その時、擦ったか何かで切ったかしたらしい。

「おい、てめぇ誰だ! なにす……」

海乃のダンナが起き上がりながらそう怒鳴りかけたが、亜美の後ろを見て、口をつぐんだ。

亜美の後ろには、なんともガラの悪い男たちが数人立っていた。「ナントカ組の人たち」と言えばそのまま信じてしまいそうである。

一番最後に路地裏に入ってきたのは志保だった。志保は息を切らせながら、誰かと電話している。

ヒロキがしゃがみこんでミチの様子を見ていたが、しゃがんだまま口を開いた。

「こいつミチって言って、俺の中学の後輩なんすけど、なんか粗相しましたかね?」

口元には営業マンのような笑みを浮かべているが、目は笑っていない。

「……そいつが人の嫁に手を出したから、仕置きしたまでだよ。も、文句あるかよ。悪いのはそいつだろ?」

たまきは海乃のダンナを改めて見た。さっきまで、凶暴な人間のように思えたが、こうしてヒロキたちと見比べてみると、普通のサラリーマンのようにも見える。

「本当なのか?」

ヒロキがミチに尋ねた。

「……知らなかったんです」

ミチが油の切れかかったロボットのように答える。

「……そうか。たとえ知らなかったんだとしても、人の嫁に手を出したんだ。お前が悪いよな」

「……はい」

ミチの言葉を確認すると、ヒロキは立ち上がった。

「とりあえず、ウチの後輩が失礼しました。こいつにはあとで俺からもよく言っておくんで、もうお宅の嫁さんとは会わないってことで、今日のところは勘弁してもらえないっすか?」

相変わらず、ヒロキの目は笑ってなかった。そして、口元も急に引き締まる。目線は海乃のダンナから、彼が手に持つビール瓶の方に向けられる。

「それともあれっすか? これだけボコボコにしといて、まだ足りないっすか? それだと、俺らも態度変えなくちゃいけないんすけど?」

海乃のダンナは半歩後ろに下がると、手にしていたビール瓶をそっと地面に置いた。

「い、いや、そのガキがもう嫁と会わねぇっつーなら、それでいいんだよ。おい、帰るぞっ!」

海乃のダンナは何か焦ったように海乃に言うと、その場から立ち去ろうと路地の奥へと向かった。海乃はヒロキたちを一瞥した後、ミチの方を見ることなく、旦那の後についていこうとした。

だが、海乃がちょうどたまきたちに背を向けた時、

「納得いかねーんだけど」

という亜美の声が路地裏に響き、海乃とその旦那は足を止めた。

「ミチがボコボコにされてる理由はわかったよ。やりすぎなんじゃねぇかって気もすっけど、まあ、今は置いといてやるよ。でもよ……」

そういうと亜美は海乃を指さした。

「不倫はイケナイっていうんだったら、その女も同罪だろ? それに、ミチはこいつが結婚してるだなんて知らなかったっていうなら、一番悪いのはこの女じゃねぇかよ。だったら、こいつをミチと同じくらいかそれ以上にボコすっていうのが、スジなんじゃねぇの? それともなにか? まさか、『自分が結婚してたなんて知らなかったんです~』とかいうつもりか? あ?」

そういうと、亜美は今度は海乃のダンナの方を見た。

「てめぇもおかしいだろ。なんでミチはボコしてんのに、てめぇの嫁には手ぇだしてねぇんだよ」

「うるせぇな、てめぇには関係ねぇだろ!」

「関係ねぇだと?」

ちょうど志保は電話を終えて亜美を見た。亜美の周囲の空気が変わったことが一目でわかった。

「ふざけんじゃねぇぞ、おい! こっちはミチだけじゃなく、たまきまでケガさせられてんだぞ! 関係ねぇっつったら、たまきが一番関係ねぇじゃねえかよ!」

海乃とその旦那につかみかかろうとする亜美を、志保がすんでのところで後ろから抑えた。

「ダメだよ亜美ちゃん! 手を出しちゃ!」

「じゃあお前、納得してんのかよ! なんでこのオンナだけ無傷なんだよ! おかしいだろ!」

「納得してないけど……、でも、いろいろ事情があるんじゃない? 奥さんケガしてたら近所や親戚にDV疑われるとか……、よくわかんないけど……」

「はぁ? くだらねぇ。それだけのことしたんだろ、このオンナは」

「とにかく、こっちから手を出すのはダメだよ。さっき、むこうの通りからこっち見て何か話してる人がいたの。もし、この騒動に気付いて警察に通報されてたら、警察来たとき亜美ちゃんが暴力ふるってたら、もう言い訳できなくなっちゃうよ。あたしたちのうちだれか一人でも問題起こせば、三人ともあそこにはいられなくなっちゃうよ!」

「じゃあお前はたまきがケガさせられたの、赦せんのかよ?」

「それは、……赦せないけど……」

志保の力が少し緩んだ。亜美は志保を振りほどくと、海乃に近づいた。

「おい、なにすんだてめぇ。余計なことすんじゃねぇよ!」

海乃のダンナが怒鳴った。

「何、このオンナ、かばうの? 裏切られてんのに? もしかして、まだこの女に惚れてんの? だから殴れないってわけ? 中学生かよ」

そういうと亜美は指の間接をぱきぱきと鳴らす。

「オンナだから顔は勘弁しといてやるよ。近所が気になるっつーなら、ちゃんと服で隠せるところにしといてやっからよ。ガキの頃に空手で鍛えた中段蹴りを見せてやるよ」

ああ、それで飛び蹴りとか得意なんだ、とたまきは妙に納得した。

一方、志保は焦ったように、亜美の肩に手を置いた。

「ダメだって亜美ちゃん!」

「じゃあ、このままこのオンナ無傷で帰せっていうのか? そんなの、筋が通らねぇじゃねぇかよ!」

亜美が志保の方を見る。その一瞬のスキをついて海乃のダンナは

「おい」

と海乃に声をかけた。二人が、再び亜美に背を向けて路地の奥に消えようとする。

「おい、逃げんのかよてめぇら!」

亜美が叫んだ時、

「いいんじゃないですか?」

という声が、背後から聞こえた。

抑揚のないその声に亜美と志保だけでなく、ヒロキたち、そして立ち去ろうとしていた海乃とその旦那も声の主を見た。

声の主であるたまきは、大勢の人間から注目されるという、苦手な状況にもかかわらず、淡々と話した。

「いいんじゃないですか? このまま帰ってもらっても。もし志保さんの言う通り警察でも来られたら、いろいろ面倒ですし」

「何ってんだよ。お前、こいつらにけがさせられたんだぞ! なのに、無傷で帰るって、そんなスジの通らねぇ話……」

「こんなの、けがのうちに入りません」

たまきは右の手首を左手で軽く握った。

「それに、その人たちが無傷だとも思えませんし」

「何言ってんだよ。どう見てもこいつら、無傷じゃねぇかよ」

「あ、もしかして、すぐに傷にはならないけど、あとでじわじわ効いてくる技を使ったとか……」

と志保が言ったあと周りを見渡して、

「そんなわけないよね……。ごめん、今のは忘れて……」

と恥ずかしそうに下を向いた。

「確かに、その人たちはけがはしてません。でも、その海乃っていう人は、旦那さんを裏切ったんです。その傷って一生残るんじゃないですか?」

たまきは、海乃たちとは、そして誰とも目線を合わせることなく言った。

「このまま帰ったって、もう今まで通りってわけにはいかないと思います。旦那さんは海乃っていう人を疑いながら生きていくことになると思うし、海乃っていう人は疑われながら生きていく。そうなると海乃っていう人はさみしくなって、きっとまた同じことすると思います、どうせ」

たまきの吐息が白く浮かび上がる。

「でも、二回目はこうはいかないと思います。ずっと深く、もっと痛く、決して治らない傷がつくと思います。一生その痛みに苦しみ続ける。もう遅いけど、その時になって初めて……」

その時になって初めて、たまきは海乃の目を見た。

「地獄を見ればいいんじゃないですか?」

冬の空気が凍り付いたかのような静寂が一帯を襲った。

亜美は右手をそっと、ジャンパーのポケットにしまった。志保は目を見開いたまま動かなかった。

亜美が連れてきた男たちは、たまきから少し距離を取った。

海乃のダンナはバツの悪そうにたまきから目をそらした。

海乃はそれまで困ったような表情だったが、たまきの言葉を聞くと急に眼を釣り上げて、小柄なたまきをにらみつけた。

「なに? あんたなんかに何がわか……」

そう言いかけた海乃だったが、ふいにおびえたような目になった。

「やめてよ……そんな目で見ないでよ……」

そう言うと海乃は踵を返して、路地の奥へと足早に歩いて行った。

「おい、待てよ!」

海乃のダンナがそのあとを追いかけていく。

十二月の冷たい風が、夜空の闇と、町明かりの間の隙間を縫うように吹き渡った。

 

ミチはヒロキに背負われて、舞のマンションに担ぎ込まれた。志保が電話をしていた相手は舞だったらしい。地理的に、病院に行くよりもその方が近かった。

舞は手慣れた調子でミチの手当てをする。舞によると、このようなけんかによるけが人の治療をするのは半月に一回くらいあるらしい。ただ、ミチがこんなけがをしてきたのは初めてだという。

舞は、けがの治療に必要な情報をミチや、ヒロキや亜美たちから聞いていたが、どういう経緯でミチがこうなったかについては尋ねなかった。

ミチの治療が一通り済むと、絶対安静という事で、ミチは舞の家に一晩泊ることになった。ミチの治療が終わると、ヒロキたちは「クリスマスの続きをしに行く」と言って出ていった。寝室にミチは寝かされ、リビングルームには女子だけが残った。

「しかし、先生がクリスマスだってのに家で仕事してて助かったよ」

「お前、イヤミか」

舞が亜美をにらみつける。

「でも、電話してきたときのたまきちゃん、いじらしかったなぁ」

志保がソファにもたれながらそう言った。

「いじらしい?」

亜美が首をかしげる。

「電話の向こうからすごい焦った感じで『ミチ君が死んじゃうよー!』って」

「私、そんな子供っぽい言い方してません」

たまきが口を尖らせた。

「いやいや、してたって。いやぁ、あの時のたまきちゃん、いじらしかったなぁ」

たまきは「いじらしい」という言葉の意味がよくわからなかった。よくわからなかったが、きっと今、自分はいじらているのだろう。

「じゃ、ウチらもそろそろ帰ろうぜ」

そういって亜美が立ち上がったが、

「待て待てお前ら」

と舞がそれを制した。

「お前ら、勝手にけが人運び込んできて、あたしに全部押し付けて帰る気か。誰か一人残って、手伝え」

「じゃあ、たまき置いてくよ」

と亜美が言ったので、たまきは驚いて亜美を見た。

「な、なんで私なんですか?」

「だって、ウチらの中じゃお前が一番ミチと仲いいだろ」

「べ、別に仲良くなんかないです」

たまきは顔を赤くして否定した。

「亜美さんの方こそ、私よりも長い知り合いじゃないですか」

「いや、確かにそうだけど、なんかいつもヒロキの後ろついてきてただけで、これと言って深い知り合いでもなかったしな。ちゃんと話すようになったのは、たまきが来てからだぜ」

そう言うと、亜美はたまきの肩に手を置いた。

「というわけで、よろしく」

「……わかりました」

たまきはどこか納得いかないようだ。

「なんだよ、あいつの看病、いやか?」

「いやじゃないですけど……、その……、私が一番ミチ君と仲がいいっていうのが、納得いかないというか……」

「ふふ。そう思ってるの、たまきちゃんだけだよ、きっと」

志保が手を後ろに組んで笑った。

「あの人のこと、嫌いだし……」

「はいはい、わかったわかった。じゃあ、志保、帰るぞ」

そういうと亜美と志保は玄関へと向かった。

「あ~、まだイライラするなぁ。おい、志保、帰りにバッティングセンター寄って乞うぜ」

「バッティングセンターってあそこ? こんな夜中にやってないでしょ」

時計はもうすでに十時を回っていた。

「知らねぇのか。あそこ、朝までやってんだぜ?」

「うそ?」

そういいながら、二人は舞の部屋から出ていった。

「まったく、あたしにも仕事かあるってのに。今度から大けがするときは事前に予約してくれ」

舞がパソコンに向かいながらぼやいた。

舞の部屋に残った、というか、残されたたまきは舞を不安げに見た。

「あの……看病って……私は何をすれば……」

「ん? まあ、そんな難しいことは頼まないさ。そうだな。あたしここで仕事してるから、とりあえずミチのところに行って、夜食くうかどうか聞いてきて。あとは、基本的にはミチのところにいて、あいつの様子になんか変化あったら、例えば、頭痛いとか気分悪いとかいったら教えてくれ。ま、ないと思うけど念のためだな。あたしが見ててもいいんだけど、ちょっと集中して仕事したいんで。頼めるか?」

たまきはこくりとうなずいた。

「あとはトイレか。あいつ、右手今使えないから、たぶん一人でトイレとか無理だな。教えてくれればあたしが世話するから。あ、それともお前やる? 何事もけいけ……」

「舞先生にお願いします」

たまきは即座に頭を下げた。

 

寝室のドアをそろりと開ける。

部屋の中は暗かった。

だが、窓から月明かりなのか歓楽街の明かりが漏れてくるのか、うっすらと光が差し込んでいて、窓際のベッドに寝かされているミチの顔がほのかに青白く照らされていた。

顔の腫れたりうっ血になったりしたところにはガーゼが貼られている。少しはましになったが、痛々しいことに変わりはない。

右手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。舞によると、ひねって捻挫をしたあとで踏まれたらしい。ミチは殴られて倒れた時に、手のつき方を誤ってひねってしまったと言っていた。

ミチはたまきが入ってきたのに気づくと、右手を見せて

「……お揃い」

と言って力なく笑った。お揃いと言っても、たまきは手首だけに巻いているのに対し、ミチは右腕の肘から先全体がぐるぐる巻きだ。

たまきはドアの向こうから顔を出したまま尋ねた。

「舞先生が、夜食たべますかって……」

「……食う」

たまきは振り返ると、舞にそのことを伝えた。そうして、たまきは部屋の中に入ってきた。化粧台のいすに腰掛ける。

「……具合はどうですか? 気分が悪いとか……、頭が痛いとか……」

「腕が痛い」

「知ってます」

たまきの言葉にミチは笑ったが、すぐに顔をしかめて、右腕を見た。

「いってぇ……。あのおっさん、やりすぎだろ。確かに、俺もまあ、悪いことしたなと思うけどさ、知らなかったっつってんだからさ、ここまでやることないじゃん、ねぇ」

たまきと話して少し元気が出たのか、ミチは再び笑みを浮かべてたまきを見た。

だが、化粧台のイスに腰かけたたまきは、ミチをまっすぐに見ていた。

それは、いつだったかたまきがミチをにらみつけた時の目に近かったが、にらみつけるというよりは、何かを訴えかける、そんな強い目だった。

「なに……どしたの?」

「……みたいなこと言ってるんですか……」

「え?」

「いつまで被害者みたいなこと言ってるんですか?」

静かだが、それでいてどこか怒りのこもったたまきのこれまでにない口調に、ミチはたじろいだ。

「え、いや、なに言って……、俺、被害者……」

「知ってましたよね?」

たまきの肩と口は、少し震えていた。

「海乃って人が結婚してるって、ミチ君、知ってましたよね!?」

つづく


次回 第20話 冷凍チャーハン、ところによりカップラーメン

それでは、ここで問題です。たまきはいったいいつ、「海乃は結婚している」と気付いたのでしょうか。

①第11話、初めてたまきが海乃に会ったとき

②第13話 「大収穫祭」の会場で海乃を見かけた時

③第14話 ラブホの入り口で海乃に会ったとき

④第18話 ラーメン屋で海乃を見た時

ヒントはすでに書いてあります。答えこちら


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

風俗店街と外国人街の奇妙な関係 新宿編

今まで、このブログでは西川口と上野を歩き、「風俗店街と外国人街はなぜか近い場所にある」という事を検証してきた。そのことについてもう一つ見ておきたい場所が東京にある。そう、日本最大の風俗街・新宿歌舞伎町と、コリアンタウン・新大久保の一帯だ。新宿から新大久保にかけて歩いて、食べてきた。

日本最大の風俗街・歌舞伎町

新宿・歌舞伎町。言わずと知れた日本最大の歓楽街・風俗街だ。

日本はおろかアジア最大の歓楽街だとか、日本で最も暴力団の事務所が集まっている場所だとか、黒い噂は後を絶たない。

しかし、どれだけ探しても暴力団の看板はない。そりゃそうか。表立って「○○組事務所」なんて書いてあるわけがない。

でも、表に出ないだけで、その手の事務所はあるのだろう。以前、総武線に乗っていたとき、明らかにガラの悪い男が電話で怒鳴っているのを見たことがある。その男が

「てめぇ、あとで歌舞伎町の事務所に来い!」

と怒鳴ったのを聞いて、

「うわっ、本物だ! 本場の人だ!」

と肝を冷やしたことがある。

一方、歌舞伎町の北側はホテル街となっている。

しかし、「歌舞伎町」というのだけれど、歌舞伎に関する施設はない。落語の見れる末広亭の方が近い。

元々は名前の通り歌舞伎が見れる施設を造る予定だったのだが、結局実現しなかった。「大泉学園」みたいなものだ。

歌舞伎は見れないけど、映画とゴジラなら見れる。

東京を代表するコリアンタウン・新大久保

歌舞伎町のホテル街を抜けた北側、大通りを渡ったところから新大久保駅までの一帯は、日本有数のコリアンタウンとして知られている。

韓国料理屋や、韓流スターのグッズのお店などが並ぶ。お店からはK-POPが流れる。

 

ハングル文字のドン・キホーテもある。ドンキは歌舞伎町にもあるのだけれど。

 

韓国語カラオケもある。以前、西川口で中国語カラオケの店を見かけたけれど、韓国語カラオケならKARAとか歌えそうな気がする。日本語の歌詞でなら、だが。

 

今、新大久保一帯ではやっているグルメがこれ。

チーズとジャガイモを油で4分揚げたやつだ。注文を受けてから揚げるので、4分は意外と長い。韓国人らしきお兄ちゃんたちが揚げてくれる。

さて、新大久保駅から、今度は大久保駅の方に向かって歩いていく。

 

このあたりにまで来ると、韓国以外にもいろんな国のお店が出てくる。

 

霊界都市・新宿

さて、日本最大の風俗街・歌舞伎町と、日本有数のコリアンタウン・新大久保が隣接している、というのは東京に住んでいる人からすれば、わざわざあらためていう事ではないだろう。

しかし、この一帯にはもう一つの顔がある。

それが「霊界都市」「東京の端」という側面だ。

世界一の乗降者数を誇り、都庁がある「大都会」新宿が、「東京の端」と言われてもピンとこないだろう。

だが、江戸時代には「内藤新宿」は、東京と外の世界の境界の町だった。ここから甲州街道を通って西へと旅立っていく。

上野編でも言及したので繰り返さないが、こういった境界線上には寺社仏閣が多く建てられる。

そして、新宿は寺社仏閣が多い。

たとえば、新宿2丁目は今はゲイバーの町として知られているが、この町には正受院、成覚寺、太宗寺と3つものお寺がある。新宿2丁目の公園に立って、ぐるっと360度一周すれば、3つのお寺全てが視界に入る。

四谷に行くとさらに寺が密集している。これらの寺は江戸時代の初期に、麹町から移設されてきたものらしい。

江戸時代、新宿一帯は江戸の端、異界の入り口だったのである。

実際、江戸時代にはこのあたりの怪談話が多かった。

有名な四谷怪談。これは創作だが、「四谷だったら幽霊が出てもおかしくないよね」と思われているからこそ、あの話は受け入れられたのではないか。これがもし「日本橋怪談」だったら、「うそつけ、あんなところに幽霊なんかでないよ」と突っぱねられていたかもしれない。

まとめ

前回の上野、今回の新宿、その共通点をまとめてみよう。

・風俗店街と外国人街が隣接、混在している。

・どちらの町も、江戸において中と外の境界、異界との入り口にあった。

なぜ、風俗店街と外国人街は密接しているのか。

その謎ときについては次回に譲ろうと思う。

僕は、「第二次世界大戦」がかかわっているのではないかとにらんでいる。

オカルト!?ピースボートの船が海上で消滅した恐怖体験の噂と真実

海では科学の常識を超えたことが起きる。生活の痕跡は残っているのに誰もいない船、全員が何かにおびえるようにして死んでいた船、などなど……。そしてこれから話すのは、「海上でピースボートの船が丸1日消滅した」という、世にも奇妙な体験談。ただのオカルトなどではない。まぎれもない真実である。

ピースボートのだれも覚えていない1日

僕が乗っていたピースボート第88回クルーズ。108日をかけて地球を一周した。

ところが、11月21日、船がどこで何をしていたか、一切の記録が残っていない。

ピースボート88回クルーズは11月19日にタヒチの楽園、ボラボラ島を出発し、11月24日には最後の寄港地、サモアに到着した。

11月20日は間違いなく太平洋の南半球側を航海していたはずだし、11月22日も太平洋上にいた。事実、この日については船内新聞などの記録が残っている。

11月21日の記録だけがどこにもない。

記録がないだけではない。

記憶もないのだ。

11月21日だけ、誰も覚えていないのだ。

その日、船はどこにいたのか、船内で何をしていたのか、船内で何が起こっていたのか、

誰一人覚えていない。

僕自身、まったく覚えていない。

その日、ピースボートの船は完全に海上から消滅したのである。

そして、翌日、まるで何事もなかったかのように、再び姿を現した。

姿を消していた24時間もの間のことは、誰も覚えていない。

まるで「サンチアゴ航空513便」だ。

サンチアゴ航空513便とは、1989年にブラジルの空港に、35年前に消息を絶った飛行機が突然着陸した、という事件だ。中を調べてみると、なんと92人の乗客は全員白骨化していたという……。

サンチアゴ航空513便は帰ってくるのに35年もかかったが、ピースボートは1日で帰ってこれた。幸い、乗客は白骨にならなかったが、その間のことをだれも覚えていない。

いったい、どういう事なのだろうか……。

怪奇!ピースボートの船内は1日が25時間ある

この奇妙な謎を解くカギはピースボートの船内にある。

なんと、ピースボートの船内は1日が25時間あるのだという。

前々からピースボートについて、やれ左翼洗脳だのカルトだのピンクボートだの海上のビジネスホテルだの海上の老人ホームだの船室がまるで雑居房だの、怪しい噂がささやかれているが、もはやそんな次元ではない。そう、次元が違う。異次元だ。ピースボートの船内は通常とは時間の流れが違う、異次元空間なのだろうか。精神と時の部屋なのだろうか。悪の力が3倍になる魔空空間なのだろうが。

……おふざけはこのあたりにして、そろそろ種明かしをしよう。

国によって、地域によって標準時間が違う。だから、時差がある。

飛行機で旅をすると目的地の標準時に合わせて、飛行機の中でいきなり時計をずらすわけだ。「目的地のロンドンは日本より9時間遅いので、時計を9時間遅らせてください」といった感じに。

一方、船旅は一気に何時間も時計をずらすことはない。海の上でも港でも、今いる場所の標準時間に時計を合わせる。

船内には「時差調整日」という日があって、文字通りこの日に時差を調整する。前いた場所の標準時間との時差はわずか1時間。ピースボートの船はほとんどが西へ西へと進むので、地球上を西へ約1500万キロ進むと、標準時間が1時間遅れることになる。なので、時差調整日の深夜12時になったら、時計の針を深夜11時に巻き戻す。

結果、1日が25時間になるのだ。なんか、得した気分である。「わーい! 1日がもう1時間増えたぞ!」と、ちょっとだけはしゃぐ。

それを時差を乗り越える分だけ繰り返す。日本に帰ってくる頃には計、24時間分増えているわけだ。

ところがこのまま日本に帰ってくると、非常に困ったことになる。

例えば88回クルーズが帰ってきたのは12月6日なのだが、ピースボートの船内のカレンダーは12月5日になっているのだ。

このずれを直すため、日付変更線をまたぐタイミングで、丸一日無かったことにするのだ。24時間増えちゃった分、24時間消すのだ。これを「消滅日」という。なんだか、ツタヤで借りられるSF洋画の日本版タイトルみたいだ。

88回クルーズでは11月21日が消滅日、つまり、なかったこととなった。

「日本時間11月21日」なら、たしかにピースボートの船は存在していた。だが、「船内時間11月21日」はどこにもないのだ。

これが、「ピースボートの消えた1日」の真相である。

ちなみに、サンチアゴ航空513便の真相であるが……、

あれ、ただのホラ話である。ハイ終了。

不可思議!ピースボートは同じ1日を繰り返す……

以上は、「西に向かっていった時」の話である。

勘のいい人なら、もう気付いているだろう。

東に向かっていったら、逆の現象が起こる。

時差を乗り越えるたびに、1時間ずつ減っていく。1日23時間。なんだかちょっと損した気分だ。

そして、日付変更線を乗り越えると、

そう、昨日と同じ1日を繰り返す。

みんな大好き、タイムリープである。

神秘!タイムスリップするピースボート

船内で新年を迎える冬クルーズではこういうことをする、らしい。

大みそかの夜、日付変更線をまたぐ形で、船を南下させるというのだ。

つまり、船の真ん中を日付変更線が貫く形になる。

すると、船の片側は新年、船の片側は前の年、という状況が発生する。

船の右から左を行ったり来たりするだけで、新年と前の年を行ったり来たりできるわけだ。まさに、夢のタイムスリップである。

風俗店街と外国人街の奇妙な関係 上野編

以前、西川口を訪れた時にあることに気付いた。外国人街があるところには、なぜか風俗街がある。偏見かもしれない。だが、確かにこの二つは、少なくとも東京近郊においては、同じような場所にあるように思える。なぜだろう。その謎を解き明かすために上野一帯へと足を延ばしてみた。


北の玄関口、上野

上野はかつては「北の玄関口」と呼ばれていた。

 

「上野発の夜行列車降りた時から」で始まる石川さゆりの歌を知っているだろうか。僕は子どものころ、この歌は上野の歌だと思っていたが、タイトルもサビも「津軽海峡冬景色」。上野ではなく津軽の歌である。

その出だしでどうして「上野発の~」とうたっているのかというと、「上野発=東北行きの列車」というイメージが強いからだ。

上野の町には石川啄木の歌碑も残っている。

「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」

上野は啄木の時代から「北の玄関口」だった。上野の停車場の周辺には、東北からやってきた人、東北へ帰っていく人であふれていた。岩手県出身の啄木は、東京で暮らしながらも故郷の方言が聞こえやしないかと上野駅にやってきたわけだ。

ちょっと前までは、宇都宮線も高崎線も上野発だった。上野は、北の玄関口なのである。

それは、東京にとって「境界」部分にあたることを意味しているのではないか。

東京都心でありながら、東京と東北の境界部分にあたる街、それが上野である。

こういった村や町の境界部分は、異界との接触部分とされ、昔から妖怪などが多く出ると言われていた。

いや、別に東北と異界だと言っているわけでも(いつの時代の話だ)、外国人街や風俗店街を妖怪扱いしているわけではない(どこの差別主義者だ)。ただ、境界部分は中心部とは明らかに違う雰囲気をたたえる、という事を言いたいのだ。

境界の町、上野

実際問題、上野から日暮里あたりまでは、江戸の中でも境界にあたる街である。

上野で有名なお寺が寛永寺だ。もっとも、最寄り駅は隣の鶯谷なんだけど。

このお寺は陰陽道マニアにはちょっとたまらないお寺だ。

このお寺は江戸城から見て北西の方角、鬼門の方角に建てられ、霊的な守護を担っているのだ。

こういう例的な守護を担うとお寺や神社いうのは、だいたい境界に建てられる。お寺なのに「キョウカイ」とはこれいかに、とツッコんではいけない。

地方の村に行くと、お寺や神社が街のど真ん中にあるというのは、よっぽど大きな町の目玉となるようなところぐらいで、山の裾にひっそりとたたずんでいるのが大半だ。

どうして山の裾なのかというと、里は人が住む世界、山はモノノケやカミサマが住む世界、そして山のすそ野はその境目にあたるからだ。そういった場所には、不思議とお寺や神社がある。神様やご先祖様と接する場所である宗教施設を置く場所として、境目が一番ふさわしかったのであろう。

思えば、鎌倉も市街地にお寺はほとんどなく、たいがいが山のすそ野である。京都だって清水寺なんかは山の入り口にある。

長々と書いたが、要は、江戸城を例的に守る役目で建てられた寛永寺がある上野一帯というのは、江戸の境界部分にあたるのではないか、という話だ。

厳密には、江戸の北限は南千住あたりだと言われている。

しかし、この上野一帯も一つの境目だったと思う。いろいろと見逃せないことが多いのだ。

たとえば、地形。上野駅の北側、線路の西側は断崖となっており、東側とはかなりの標高差がある。

この写真は線路の西側から南東を向いて撮った写真である。目線の高さから標高差があることがわかってもらえると思う。

そして、上野駅と鶯谷駅の間には、小さなお寺が多い。お寺の隣に別の寺。一種の寺町だ。

この一帯は寛永寺の山内寺院というらしい。

さらに、寛永寺の北側には、東京都心を代表する墓地、谷中霊園がある。

谷中霊園ができたのは明治初期だ。江戸自体から明治にかけて、この一帯は寺や霊園を置く場所として知られていたのだ。

上野とは、江戸の中心部から見て、江戸の内と外の境目の一つだったと思われる。今でも、東京都心と下町の境目にあたる街だろう。

むしろ、境目にあったからこそ、北の玄関口として上野が選ばれたのではないだろうか。

アジアンタウン上野

そんな境目には中心部にはない何かがある、ような気がする。

その一つが、アジアンタウンとしての上野だ。

上野名物アメ横の、とくに御徒町寄りのところは今、中国系や韓国系、トルコ系の料理屋台が並び、東京のど真ん中でありながら異国情緒の溢れるところとなっている。

また、このすぐ近くには、外国人向けの食材を売る店もある。面積としてはけっして広くはないが、密度の濃いアジアンタウンが形成されているのだ。

また、中央通りをはさんだ反対側に行くと、やけに焼き肉屋が多い。ハングルの看板もちらほら見受けられ、このあたり一帯は小規模なコリアンタウンなのではないかと思わせる。

エロの町、上野

一方、上野の中町通りには、キャバクラやストリップ劇場など、エロいお店が密集している。

今日日キャバクラなんぞはどこの町にもあるものだが、ストリップ劇場はなかなか珍しい。

さらに、この少し北、不忍池沿いには、ピンク映画専門の映画館がある。これなんか今日ではさらに珍しい。

その近くには下町風俗資料館が……、ってこれは風俗違いか。

だが、これだけに終わらない。

上野駅の北、鶯谷駅。

鶯谷周辺は寛永寺や谷中墓地があるのはさっき見てきたが、この一帯は東京有数のラブホテル密集地帯としても知られている。

そして、ここから小竹通りを1km北上すると、三河島駅だ。この一帯はコリアンタウンとして知られている。

御徒町駅から三河島駅までの南北約3kmの直線状に、上野駅を中心としてアジアンタウンと歓楽街、ラブホ街、コリアンタウンが連なっている。

これは、偶然なのだろうか。

まとめ

結論はまだ書かない。

というのも、もう一つ見ておきたい町があるからだ。結論を書くのは、その町を見てからだ。

とりあえず、今回は以下のことにもう一度言及して終わりにしよう。

・上野は、北の玄関口であり、寺や霊園が多い「境界」に当たる。

・アメ横がアジアンタウンと化している。

・上野を中心とした、御徒町から三河島までの南北に延びる約3kmのラインに、アジアンタウン、歓楽街、ラブホ街、コリアンタウンが連なっている。

小説 あしたてんきになぁれ 第18話「労働と疲労のみぞれ雨」

喫茶店「シャンゼリゼ」でバイトを始めた志保。自分一人、お金を稼いでいないたまきは焦りを感じ、仕事についていろんな人に聞いて回る。

クソ青春冒険小説改め、ニート完全肯定小説「あしなれ」第18話スタート!


小説 あしたてんきになぁれ 第17話「ガトーショコラのち遺影」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


写真はイメージです

「じゃーん!」

志保はそういいながら衣裳部屋から出てくると、ソファとテーブルの間の狭いスペースをモデルのようにすました顔で歩く。足先に力を入れながらたまきと亜美の前まで来ると、くるっと回ってみせた。

志保が「シャンゼリゼ」でバイトを始めて4日目。制服を洗濯するために持ち帰ったついでに、「城(キャッスル)」での一人ファッションショーが行われた。

「シャンゼリゼ」のホールスタッフの女性用制服は白いブラウスに黒いズボンという清潔感があふれるいでたちだ。エプロンのような前掛けをスカートのように腰から垂らしている。

「なんかさ、思ったより、フツーだな」

亜美が少しがっかりしたように口をとがらせる。

「もっとメイドっぽいのを想像してたよ」

「いや、シャンゼリゼ、そういう喫茶店じゃないから」

志保が制服のままソファに腰かけた。

「でも、似合うと思います」

たまきがそういうと、亜美と志保の視線がたまきに集中した。

「似合う? メイド服が? あたしに?」

「お、たまき、お前メイド趣味か? 志保、ちょっと『おかえりなさいませ。ご主人様』って言ってみろよ」

そういって二人はけらけらと笑う。

「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて、その、今の制服が志保さんに似合ってるっていう意味で……」

たまきは弁明しながら、顔を赤らめて下を向いた。

「ふふ、ありがと」

志保はそう言って優しく微笑むと、

「でも、メイド服はあたしより、たまきちゃんの方が似合うと思うなぁ」

と、たまきにとっては余計な一言を付け足した。

「え? それってどういう……」

たまきが顔を赤くしたまま志保を見る。

「たまきちゃんてさ、いつもどちらかというとふんわりとした、もこもことした服着ること多いじゃん。メイド服もそんな感じだし、小柄で童顔でかわいい系だから、あたしよりもメイド服に合うと思うよ」

「お、確かにそうかもな。ほら、『モエモエキュン』って言ってみろよ」

たまきは今度は、顔を赤めるとそっぽを向いた。そんな何の意味もなさそうな言葉、絶対にいうもんか。

 

十一月の冷たい風がガタガタと窓ガラスを揺らす。それが目覚ましの代わりであるかのように、たまきはのそのそと起き上がった。

とある日のひるすぎ。志保はバイトに行ったらしく、いない。亜美はどこかに行ったらしく、いない。そういえば夕べもいなかったから、「仕事」に出かけたまんま帰ってきてないのかもしれない。

たまきはやることもなく、「城」の中をぼうっと眺める。

そう、たまきはやることがない。

今までは、亜美の「稼ぎ」を三人でやりくりしていた。だが、志保がバイトを始めると、いよいよもって働いていないのはたまきだけになってしまった。まあ、亜美を「労働者」に含めていいのか疑問が残るが、お金を稼いでいるのは間違いない。

志保がバイトの面接に受かった、という話を聞いた日から、たまきはどことなくいたたまれなさを感じていた。シブヤで感じた場違いな思いとはまた違った、自分はここにいてはいけないかのような何とも言えないいたたまれなさ。

自分も何か働かなければ。そんな焦燥感がたまきの心にまとわりつくように離れなかった。

でも、とたまきは遠くを見る。遠くを見るようで、実は自分の眼鏡のレンズを見ているのかもしれない。

たまきにできる仕事なんて、果たしてあるのだろうか。

まだ眠気の残る頭を回転させてみても、「絵を描く」以外にできそうなことが見つからない。

でも、絵を仕事にできる人なんて、きっと一握りだろう。ゴッホも生前は絵が1枚しか売れなかったという。

そもそも、たまきはどうしたらバイトを見つけられるのかを知らない。「ハローワーク」という言葉を何となく聞いたことがあるが、何か関係があるのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えていると、ぐぅうとたまきのおなかが鳴った。

たまきは死にたい。

なのにおなかが減る。

だから、ご飯を食べに行く。

たまきに弁証法はまだちょっと早いみたいだ。

 

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太田ビルの階段をこつこつと下る。2階のラーメン屋のドアを開ける。券売機にお金を入れていると、

「いらっしゃいませー!」

という店員の大声が聞こえ、たまきは帰ろうかと思ったが、もうお金を入れてしまったので、仕方なく「ミニチャーハン」のボタンを押した。

午後二時過ぎのラーメン屋は都心の歓楽街とはいえ人はまばらだ。

食券を持ってカウンターのいすに腰掛ける。カウンターの向こうから見慣れた顔がたまきを覗き込んだ。

「いらっしゃい、たまきちゃん」

ミチがにこっと微笑むと、たまきの前に水の入ったコップを置いた。。

「……こんにちわ」

たまきが目線を合わせることなく答える。

「ひとり? 珍しいね」

「まあ……」

ミチはたまきの食券を手に取ると厨房へと向かっていった。直後に会社員風の男性が入ってくると、ミチは再び、

「いらっしゃいませー!」

と声を張り上げ、笑顔で接客に向かう。

たまきはミチの姿を、羨望とあきらめのまなざしで追いかけた。

あんなの、私には無理だ。

人から見られる場所にずっといて、楽しくないのに笑顔を見せ、知らない人と話す。

それができないからたまきは学校に行けなくなったのに、ミチにとってはきっと何でもないことなんだろう。

世の中にはたまきにとっては苦痛でしかないような仕事を、「楽しい」と言ってのける人がいる。志保も「あたし、接客業好きかも」なんて楽しそうに話していた。

たまきは「接客業」と書かれた紙を、頭の中でごみ箱に捨てた。

ミニチャーハンが運ばれてきた。軽い絶望感をチャーハンの味でごまかすように、たまきはレンゲを口へと運ぶ。

控室らしき扉から女性が一人出てきた。その顔にたまきは見覚えがあった。ミチのカノジョの海乃という人だ。ラーメン屋の制服に身を包み、ウェイブのかかった髪を後ろで結んでいる。海乃はたまきと目が合うとたまきを指さし、

「あ、ひきこもりのたまきちゃん!」

と声を上げた。

どうしてわざわざ「ひきこもり」をつけるのだろう。だったら、「会社員の田中さん」に会ったら、「あ、会社員の田中さん!」というのだろうか。きっと、いや、絶対に言わないだろう。

「みっくん、休憩入っていいよ」

海乃はミチに声をかけると、両手を開いて胸の前で構えた。ミチも同じようにして海乃に近づくと、

「イエーイ!」

と両手をタッチした。その様子をたまきはぼんやりと眺める。

あの二人はいつもあんなことをしているのだろうか。

 

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「4番テーブルのお客様、コーヒー二つとモンブラン、あとチーズケーキです」

志保はそういうと伝票をキッチンに置こうとした。洗い立ての制服が「シャンゼリゼ」の照明の光の粒子をやさしく反射している。

「志保ちゃん」

そう言って近づいてきたのは田代だった。

「注文、本当に『チーズケーキ』だった? 『レアチーズケーキ』じゃなくて?」

「え……あ……確認してきます……!」

田代に言われて自信がなくなった志保は、もう一度注文を聞きなおしに客のいるテーブルへと戻っていった。

「すいません……! 『チーズケーキ』じゃなくて、『レアチーズケーキ』でした。本当にごめんなさい!」

キッチンへ駆け寄ると志保は深く頭を下げた。

頭を上げようとすると、何かが志保の髪に触れた。それは、志保の頭をやさしくポンポンと叩く。

「気にしなくていいよ。俺もさ、新人の頃よく間違えたからさ」

志保の髪にやさしく触れていたのは、田代の右手だった。志保は田代の腕を見上げる。

色は白く、細く、欠陥が浮き出ている。しかし、細いながらも、筋肉の質感を確かに感じさせる。

優しくも、見た目には表れないたくましさがある、そんな腕だった。

「ん? どうしたの、志保ちゃん?」

いつの間にか田代は腕を引っ込め、ぼうっとしている志保を不思議そうに眺めている。

「あ、いえ、その……、大したことじゃないんです。あ、あたし、ホール戻りますね」

そういうと志保はキッチンとホールの境にあるのれんをくぐってホールへと戻った。戻ったところで、一回、深く深呼吸をする。

チーズケーキとレアチーズケーキ、メニューに紛らわしいのがあるから気を付けること。これは、研修の最初の段階で言われていたことだ。こんなの、かつての志保だったら一回で覚えられたはずだ。志保は暗記、記憶力には絶対の自信を持っていた。

ところが、実際ホールに立ってみると、研修の時に聞いた忠告を忘れて二つのメニューを混同し、指摘されるまでそれに気づかなかった。

まだバイトに入りたてだから、という言い訳も考えたが、実は志保はここ1年ほどで記憶力が徐々に落ちていることを痛感していた。

記憶力だけではない。体力も確実に落ちている。「城」へと続く階段を上がるたびに息が切れている。

これも薬物の影響なんだろうか……、と思考がそっちに切り替わりそうになるのを、志保はすんでのところで食い止める。

今は、バイトに集中! そう自分に言い聞かせた志保だったが、直後、髪の毛に田代の腕が触れた感触が蘇る。

鼓動が高鳴るのを確かに感じた志保は、田代の方をちらりと見る。

田代は若い女性客を接客していた。その姿に、志保は言いようのない嫉妬を覚える。

今はバイトに集中! 集中! そう志保は自分に言い聞かせた。

 

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次の日、たまきは一人でいつもの公園を訪れていた。

シブヤで買った黒いニット帽をかぶり、同じくシブヤで買った黒いセーターを着こみ、誕生日にもらったリュックサックを背負っている。

いつの間にか公園の木々はすっかり葉を落とし、細い枝のみを空に向かって伸ばしている。

たまきは「庵」の前にやってきた。樹木が葉を落としたことで、前よりも「庵」は外から見やすくなっている。

庵の前に置かれた椅子に仙人が腰かけ、カップ酒を飲んでいる。

たまきはぺこりと頭を下げて仙人にあいさつすると、「庵」の方へと近づいていった。

「やあ、お嬢ちゃん」

仙人がたまきを見て目じりを下げる。

「……こんにちは」

たまきはそういうと、仙人の隣に腰かけた。

リュックサックからスケッチブックを取り出すと、無言で仙人にそれを見せる。

「どれどれ……」

仙人はスケッチブックを眺める。その様子を、たまきは恐る恐る横から見る。仙人は無言のままスケッチブックの絵を眺めているが、表情からしてけっしてつまらないわけではなさそうだ。

仙人は厚手のジャケットを着ている。これからどんどん寒くなるのに、こんなところで生活していて大丈夫なんだろうか。

「よかったよ」

そういって仙人はスケッチブックを返した。

「実にお嬢ちゃんらしい、いい絵だった。技術も初めて会ったころよりは上がっておる」

「でも……、売り物にはならないですよね……」

たまきはスケッチブックをリュックサックにしまいながら、伏し目がちにそう尋ねた。

「まったく売れんわけではないとは思うが……、金もうけをしようと思うんだったら、話は別だな。お嬢ちゃんの絵は、いわゆる商業的な絵とは少し違う」

つまりは、よほどの物好きではないと買おうとは思わないということだろう。

「そうだな……、お嬢ちゃんの絵だけを売るとなると少し難しいかもしれんが……、例えば、本の挿絵とか、お嬢ちゃんの画風を生かせるものと一緒に売るなどという方法はあるかもな」

仙人はそういうと、カップ酒をぐびりとあおる。

「その……、ゴッホみたいに……、ものすごい値段で売れるなんてことは……」

「絵に何万も何億もの金を出すやつなんて、絵の価値がわからん奴だ。価値がわからんから金額に置き換えるんだ。考えてもみなさい。絵なんて、キャンバスに絵の具を塗って、額縁で囲っただけ。原価二万円くらい。だとすれば、どんなに高くても絵の値段なんて10万くらいが本来の値段だ。それが『芸術性』とやらでウン千万にもウン億にも跳ね上がるわけだが、芸術性を金額であらわそうとする時点で、そもそも芸術がわかっとらんということではないのかね」

そういうと、仙人は再びカップ酒を口に含む。

「同じ芸術でも本やレコードは、中にどんなことが書かれていようが、どんな曲が入っていようが、それで値段が変わることはまずない。まあ、中古なら多少の変動はあるかもしれんが、芥川の小説は文庫でも何十万とか、ビートルズのレコードは何千万とか、そんな馬鹿な話はない。誰の作品だろうと、本はみな同じ値段だし、レコードはみな同じ値段だ。要は、『芸術性』に値段なんて最初からついちゃおらんのさ。それを買い手が勝手にやれ希少価値だなんだと、芸術とは関係のないところで値段を釣り上げた結果、フィンセントの絵は何億という値段になってしまった。ばかばかしい」

「あ、あの……」

芸術論を語る仙人に水を差すのはなんだか申し訳ない気がしてきたが、たまきは勇気を振り絞って質問をぶつけた。

「仙人さんは……、普段どうやってお金を稼いでいるのですか……?」

たまきの問いかけに仙人はにやりと笑う。

「はっはっは。『稼いでいる』、か。稼いどったら、こんなとこにはいないなぁ。まあ、それでもいいなら話してやろう。」

仙人は空になったカップ酒の便を傍らに置いた。

「わしは主に空き缶を拾って生活しとる」

「空き缶……ですか?」

「そうだ。道に落ちとるのもそうだし、ごみ箱に捨てられてるものもある。それを拾っておる」

「拾ってどうするんですか?」

「売るのさ。空き缶をつぶしてリサイクルしとる業者にな」

「その……空き缶拾いって……、一人でするんですか?」

「ん? ……ああ、そうだな」

たまきの質問の意図がわかりかねたのか、仙人は少し怪訝そうな顔を見せた。

たまきは、少し体を、仙人の方に傾けた。

「わ、私にもできますか?」

今度は仙人は驚いたようにたまきを見た。

「お嬢ちゃん、空き缶拾いがしたいのか? お嬢ちゃんはまだ若い。そんなホームレスの真似事なんぞしなくても、もっといい仕事はたくさんある。空き缶拾いの話なんか聞いたって、お嬢ちゃんの役に立つとは思えんがなぁ」

「それでも……いいので……」

たまきの言葉に何か切実なものを感じ取ったのか、急にまじめな顔つきになって、あごのひげを触りながら、

「そうだな……」

とつぶやいた。

「まあ、基本は体力勝負だ。丸一日自転車を走らせ、町中のごみ箱をめぐり、ごみ袋がパンパンになるまで拾う。一袋、2キロぐらいかな」

「にきろ……」

「その袋を二つ、三つと一気に運ぶ」

そんな重いもの、持ったことあるかな、とたまきは不安になってきた。

「パンパンになった袋が二個か三個ぐらいになるまで集めるのが普通だな」

「それで、いくらくらいになるんですか……」

「そうだな……、缶の種類によっても違うんだが……、大体1キロ100円以内だな」

重いごみ袋を持って一日中駆けずり回って、千円にもならない。

いや、そもそも、稼げる稼げない以前に、たまきにこういった仕事はできない可能性の方が高そうだ。ジュースの缶を一人じゃ開けられないのに、その缶を何キロも担いで街を回るなんて。

たまきは「力仕事」と書かれた紙も、頭の中のごみ箱に入れた。

 

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それから何日かして、たまきはまたリストカットをした。前に切った時から十日経っていた。

たまきは亜美に連れられて、舞の家を訪れた。

たまきの手首に包帯を巻きながら、舞は亜美に向かって話しかける。

「どうしてたまきを連れてきた」

「だって先生が、たまきが切ったら必ず見せろって……」

亜美が舞の冷蔵庫から勝手に拝借したチョコを食べながら答える。

「だからって血がどろどろ流れてるのに連れてくる馬鹿がいるかよ。電話すればこっちから行った。傷口から雑菌が入って炎症を起こすことだってあるんだぞ! タオルがガーゼ当てて、傷を高く掲げて、あたしが来るまでおとなしく待ってろ!」

「先生、なんか医者みたい」

「医者だバカ! 今まであたしのことを何だと思ってたんだ!」

舞が亜美をキッとにらみながら言った。

「でも、医師免許はもう捨てちゃったんでしょ?」

「いやいや、病院勤務を辞めただけで、医師免許はちゃんとまだ持ってるぞ」

舞は深いため息をつくと、たまきの腕の包帯をぎゅっと縛った。

「よし、終わりだ」

たまきは舞にぺこりと頭を下げる。

「大体、今回の傷は結構深いぞ。その状態でお前らここまで歩いてきたのか? よく通報されなかったな」

舞が余った包帯を救急箱にしまいながら言った。それに対して、亜美があっけらかんとして答える。

「あ、歩いてきたんじゃなくて、ビデオ屋の店長がビルのわきに自転車止めてたから、それ借りて後ろにたまき乗せて……」

「アウトだバカヤロー!」

救急箱を片付け始めた舞が声を上げた。

「アウト? なんで? あ、さっき言ってた、バイキンがウンタラとかそういうの?」

「二人乗りが普通にアウトだって言ってんだよ!」

「え? なんで?」

「そういう法律だバカ!」

舞が救急箱を乱暴に戸棚に押し込めながら、がなる。

「でも、たまき、血ぃ出してんだよ? ほら、救急車ってそういう時、何でもありじゃん?」

「救急車は何でもありじゃねぇし、そもそもお前は救急車じゃねぇ!」

「じゃあ、走ってくればよかったの?」

「連れてくんなって最初から言ってるだろ!」

舞はソファの上にどさりと体を投げ出すと、深々とため息をついた。

「もうやだ……、疲れた……」

「たまき、先生疲れたってさ。ちゃんと謝んな」

「ごめんなさい」

「たまきにじゃねぇよ! 亜美、お前との会話に疲れたんだよ!」

「え、なんで?」

意味が分からない、と言いたげな亜美の顔を見て、舞はまたため息をつく。

「ねえねえ、なんでウチと話してると疲れるの?」

「たまき……、助けてくれ……」

舞はゾンビにでも襲われたかのようにげっそりとした顔でたまきの方を向いた。急に話を振られてたまきは驚く。

「え、わ、私ですか? た、助けるってどうやって……」

「なんでもいい。話題を変えてくれ。あたしはもう、コイツとの会話に疲れた……」

そんなこと言っても、すぐに思いつく話題なんて……。

「ら、ライターのお仕事ってどういうのなんですか?」

たまきの言葉に、亜美も舞も驚いたような目でたまきを見た。

「お前、急にどうした?」

「え、だって、舞先生が話題変えろって……」

「いや、そうだけど、お前の口から仕事の話が出るとはな……」

「変ですか……?」

たまきは少しうつむきがちに尋ねたが、舞は、

「大丈夫だ。お前はもともとヘンだから」

と、どう解釈したらいいのかわからないことを言った。

「お、たまき、仕事にキョーミがあるのか?」

亜美が身を乗り出して尋ねる。たまきは、

「……いえ……その……」

とこれまたどう解釈したらいいのかわからないことを言った。

「じゃあさ、今度、ウチのシゴトバに社会科ケンガ……」

「絶対に嫌です」

今度はたまきははっきりきっぱり言葉にした。

「ライターの仕事か……、そうだな……」

舞は少し天井を見つめるようなしぐさを見せた。

「少なくとも、病院に勤めていたころよりは気が楽だな。朝、電車乗らなくていいし、あまりに人に会わなくていいし、ある程度の融通は効くし」

「わ、私にもできますか?」

たまきはまた、舞の方に体を傾けて尋ねた。

「なに書くのさ?」

「え……!」

舞の言葉に、たまきの顔が少しこわばる。

「日本は識字率が高いから、『文章を書く』程度だったら、ほとんどの人ができる。だからこそ、何か突出した才能や個性が必要になってくる。あたしの場合は医者だったから医療系に特化した記事を書くようになったけど、お前はどうするつもりだ?」

「どうする……?」

そんなこと言われても、人に話せるような引き出しがたまきには何もない。

やっぱりたまきは何の役にも立たない、「ひきこもりのたまきちゃん」のようだ。

「せんせー、ウチもしつもーん」

「疲れないやつにしてくれ」

舞が亜美を見ることなく言った。

「先生さ、ライターやめようと思った事あんの?」

「ん? 何度もあるぞ」

舞が、亜美が机の上に散らかしたチョコを食べながら言う。

「へぇ、いつ?」

「最近だとおとといくらいだな」

「ついこの前じゃん。なんかあったの?」

亜美もチョコをほおばりながら言う。

「よく仕事もらってた雑誌の廃刊が決まって、そうなると収入面で結構打撃でな、そろそろ廃業して、病院勤務に戻ろうかな、って頭によぎったよ」

「ライター辞めちゃうんですか?」

たまきが心配そうに舞を見た。

「ま、三か月に一回くらい、『廃業』の二文字は頭にちらついてるからな、この程度はよくある話だ。ライターに限らず、あたしみたいなフリーランスの欠点はとにかく不安定なところだな」

そういうと舞はたまきの目をまっすぐに見て、

「ちょっとは参考になったか?」

と言ってほほ笑んだ。

「……まあ」

「たまきにできる仕事はなさそうだ」と結論付けるのには、役に立つ話だった。

そんなたまきの肩を亜美がポンと叩く。

「ま、いきなりライターみたいな働いてんのか働いてないのかよくわかんない仕事よりはさ」

「お前に言われたくねぇよ!」

舞ががなる。

「とにかく、まずは簡単なバイトから始めてみたらいいじゃん」

「……亜美さんは私にアルバイトができると思いますか?」

「さあ、ウチ、やったことないからわかんない」

亜美は白い歯をにっと見せて笑った。その後ろで舞が深くため息をつく。

「何のバイトをやるにしてもたまき、まずは面接に受からんといけないぞ」

「はい……」

たまきがさみしげにつぶやいた。

それが問題なのだ。どんなアルバイトをするにしても、大体が面接で決めるという。

人と話すなんて、たまきが一番苦手なことなのだ。

「自信なさそうな顔してんな」

舞はそういうと微笑んだ。すると亜美が

「じゃあさ、コンビニで履歴書買ってきてさ、先生相手に練習すればいいじゃん」

どこか他人事のように言った。

「なんであたしがやらなきゃいけないんだよ」

「だって、先生、仕事なくなっちゃって暇なんでしょ?」

「……悔しいけど、暇だ!」

舞は本当に悔しそうに言い放った。

 

亜美がコンビニで買ってきた履歴書に、たまきが鉛筆で記入する。

「ほんとはボールペンの方がいいんだけどなぁ」

履歴書に書き込むたまきのつむじを見ながら舞が言った。

「さて、設定どうするかな……。あたしが学生の頃、ドラッグストアでバイトしてたから、それでいいか」

「……はい」

たまきが力なく答えた。

「……できました」

たまきは顔を上げると、自信なさげにそういった。

「じゃあ、はじめっか。えー、次の方どーぞー」

舞は病院の診察室の呼び出しみたいな感じで言った。

「……よろしくお願いします」

たまきはぺこりと頭を下げると、履歴書を舞の方におずおずと差し出した。

「たまき、こういうのは相手の読みやすい方向で渡した方がいいぞ」

舞が履歴書をくるりと上下反転させた。

「あ、ご、ごめんなさい」

たまきが力強く、メガネがずれるんじゃないかという勢いでぶんぶんと頭を下げる。

「ま、本番でやらなければいいから」

そういって舞は履歴書に目を通す。

氏名の記入欄にはひとこと「たまき」。

ご丁寧に、ふりがなの欄も埋めてある。ふりがなももちろん「たまき」。

「お前、名字はどうした?」

たまきは答えない。

「名字はどうした。家に置いてきたのか?」

たまきは下を向いたまま答えない。

「……ま、練習だしな」

舞はそう呟くと次に住所欄を見る。

今度は何も書いてない。

「ま、練習だしな……」

舞は自分に言い聞かせるようにそう言った。

「では、なぜうちのバイトを志望したのですか?」

「……え、えっと、なんて答えれば……」

「まあ、バイトだからな、そんなたいそうな動機じゃなくても大丈夫だよ。お金が欲しいからとかでもいいし、ウチから近かったからでもいいさ。ただし、はっきりと答えること」

「え、えっと、その、お金が欲しくて……、それで……」

たまきはまるで初めて日本語を話すかのような困惑した顔をしている。

「……たまき」

舞は、なるべく威圧しないように、声色を選んで話した。

「お前がそういうの苦手なのはわかるけど、面接の時ぐらいはちゃんと相手の目を見て話さないと、印象が悪くなるぞ」

「……はい」

たまきは申し訳なさそうにうつむくと、

「ありがとうございました……」

と言って履歴書を手に取って下がった。

その時、少し堅苦しい空気を、打ち壊すかのように亜美が手を挙げた。

「せんせー、ウチも履歴書できたから、面接してー」

「は? なんで?」

舞が心底イヤそうな顔をして亜美を見た。深く深くため息をつくと、

「次の方どーぞー……」

とやる気なく言った。

たまきが座って居た席に、今度は亜美が座る。亜美は片手で履歴書を

「ほい」

と舞に差し出した。舞は無言で受け取る。

氏名欄にはただ一言「亜美」。

何を気取っているのか「ふりがな」のところには「ami」と書いてある。

「だから、お前ら、名字を書け!」

舞があきれたように言った。

「えー、名字、必要なくない?」

「本名書かない履歴書なんかあるか、バカ」

「でもさ、ほら、キャバ嬢とかって、本名と違う名前で働いてるじゃん」

「おい、ドラッグストアって設定だろ……。それにな、キャバクラとか風俗だって、履歴書にはさすがに本名書くぞ」

「詳しいじゃん。先生、そういうのやってたの?」

「一般常識だ、バカ!」

舞はだんだんイライラしているかのように顔をしかめていくが、亜美はあっけらかんとにこにこしている。

「でもさ、先生、まだ若いし、スタイルいいし、キャバクラとかまだまだいけるんじゃない? 仕事なくなっちゃったんでしょ? キャバクラだったら稼ぎもいいし、この町だったら通いやすいじゃん。週末とか、シフト入れる?」

「面接してるのはあたしだ! お前は面接される方!」

舞が机の上の履歴書をバンバンと叩いた。

舞は深い深いため息をつきながら、住所の欄に目を通す。

住所欄には「東京都、城」。

もう、これにはツッコまないことにした。いちいちツッコんでいたら、寿命が縮まりそうだ。

舞は脚を組みなおすと、履歴書を見ながら言った。

「大体、お前の方こそ、いまみたいな暮らしをするくらいなら、キャバクラでも風俗でも、どっかの店に入った方が、まだましなんじゃないのか。十九歳が働けるのかどうか知らんけどさ」

すると亜美はあっけらかんとして、

「ウチ、人に雇われるの嫌いなんだよねー」

「じゃあ面接なんかやめちまえ!」

舞は亜美の履歴書をぐしゃりとつかむと、ごみ箱にたたきつける。

「ちょっと、捨てることないじゃん!」

亜美がごみ箱からしわしわになった履歴書を拾う。一方、舞はソファの上にごろりと横になった。

「もうやだー! 疲れたー!」

「たまき、先生疲れたってさ。カワイソウだから帰ってあげようぜ」

「は、はい。お、お邪魔しました」

「またねー」

「とっとと帰れー!」

舞がソファに寝転がったまま怒鳴った。

部屋のドアがばたりと閉じた。

 

写真はイメージです

志保が息を切らせて階段をのぼり、「城」へと帰ってきた。ドアの前で呼吸を整えると、軽くノックしてから中に入った。

中では亜美がソファに腰かけて、携帯電話をいじくっている。一方、たまきはその反対側のソファの上で、ひざを抱えて横になっていた。

「ただいまー」

「お、おかえり」

と亜美が反応した。少し遅れて、

「……おかえりです」

とたまきが力なく答えた。

「どうしたの? 元気ないね」

と志保が、いつものように声をかける。

たまきは返事をしなかった。その代わり、答えたのは亜美だった。

「たまきは今、仕事について悩んでるんだってさ」

「しごと?」

「ああ、自分にできる仕事がないつって」

志保がたまきの方を見る。たまきも志保の方をちらりと見ると、目線を下の方に外して、

「けっきょく私は、何の役にも立たない『ひきこもりのたまきちゃん』なんです……」

とつぶやいた。

「ちゃん?」

「あ……、いえ……、その……、ひきこもりちゃんなんです」

なんだか、言い直さない方がよかったような気もする。

「何の役にも立たないなら、私は何のために生まれてきたのでしょうか……」

「……なんだか哲学的だね」

「ウチらは何のために生まれてきたのだろうか。ウチらはなぜ生きてるのだろうか。ウチらはどこへ向かって歩いていくのだろうか」

と亜美がガラにもなく哲学的なことを言った。

「亜美ちゃんまでどうしたの?」

「たまにはテツガクしたくなる夜だってあるさ」

今はまだ夕方である。

「たまきちゃんが何の役にも立ってないなんて、あたしは思わないけどなぁ」

志保はそう言ってほほ笑むと、たまきのすぐ隣に腰を下ろした。

「でも、私は亜美さんみたいにお金稼いでないし、志保さんみたいに働いているわけでもないし……、料理ができるわけでもないのに……、本当にここにいてもいのかなって……」

まるで亜美はお金は稼いでいるけど働いていないかのような言い方だが、幸いにも、亜美はそのことに気付かなかったらしい。

一方、実は志保は「その言い方じゃ、亜美ちゃん働いてはいないみたい……」ということに気付いていたが、あえて気づかないふりをして話を進めた。

「わすれちゃった? たまきちゃんがいなかったら、今頃あたしは、ここにはいないんだよ?」

「え?」

たまきがうつむいた顔を上げて、志保を見る。

「あたしがライブハウスで財布盗んだとき、たまきちゃんが引き留めてくれなかったら、あたしは今頃ここにいないんだよ。みんなでシブヤでカラオケすることもなかったし、たまきちゃんの誕生日を祝うこともなかった。全部、あの時たまきちゃんが引き留めてくれたからだよ。本当に感謝してる」

たまきは、言葉が出なかった。

「だから、たまきちゃんが何の役にも立っていないなんて、そんなことないんだよ。ただ、ここにいる。それだけでたまきちゃんは十分あたしの、ううん、みんなの役に立ってるんだよ。ただ、ここにいる、それだけでいいんだよ」

「……そうなんですか?」

何もしなくても、そこにいるだけでだれかの役に立つ。本当にそんなことあるのだろうか。

「だいたいなぁ」

そういって亜美が携帯電話を置いて立ち上がった。

「役に立たないからここにいちゃいけない、生きてちゃいけないなんて考えてるのがそもそものマチガイなんだよ。『ただ、ここにいる、生きている』って当たり前のことしてんのに、どうして誰かの役に立ったり、誰かの許可を得なければいけないんだよ。役に立たなくたって、許可が下りなくたって、生きてくしかないじゃん。生きてんだから」

そういうと亜美は胸の前で腕を組んだ。

「だから、ウチらが家賃を払わなくたって、ただ、ここにいるだけなんだから、誰かの許可なんて必要ない!」

「それ言いたいだけでしょ、亜美ちゃんは~」

志保が苦笑した。

「でも……」

とたまきはまたうつむきがちに言った。

「やっぱり、私はいつも役に立っているわけじゃないし……」

志保はまだどこか不安げなたまきを見ると、少したまきの方に詰め寄った。

「たまきちゃんは、いまでもちゃんと役に立ってるよ。言ったでしょ? たまきちゃんがいるから、あたしは今、ここにいるんだって」

「でも、ただここにいるだけでいいっていうのはさすがに……」

「そんなことないよ。たまきちゃんはここにいるだけで、十分なんだから。例えば……」

そういうと、志保は亜美の方をちらりと見て、

「前々から思ってたんだけどさ、あたし、あの人と合わないんだよねぇ。たまきちゃんがいなかったら、今頃、自分から出て行ってるかも」

と言ったので、たまきは驚いて、志保と亜美の顔を交互に見比べた。

志保と亜美が合わないなんて、そんなことないだろう。だっていつも、二人で話してて、たまきはいつも話に入るタイミングを見計らって、結局は入れない。話題も学校の友達の話とか、恋愛話とか、メイク道具の話とか、テレビの話とか、たまきには縁遠いことを二人で話している。二人が性格合わないなんてそんなこと……、

「同感だね」

亜美がそういったので、たまきはますます驚く。

「ウチも前々から思ってたんだけどさ、ウチら、合わないよ」

「え? そうなんですか?」

たまきが大きく目を見開いて、志保の方を見た。

「だってさ、たまきちゃん、信じられる? あの人、誰とでもエッチできるんだよ?」

「おい! 今の言い方はゴヘイがあるぞ! 別に『誰とでも』ってわけじゃねーよ。ウチにだってオトコの好みぐらいあるわ!」

「でも、別にカレシ以外の人とも平気でエッチできるでしょ? そういうのを『誰とでも』っていうんです!」

「だってさ、毎回おんなじオトコとヤッてたらさ、飽きない?」

「飽きないよ! 何言ってるの⁉」

「でもさ、いくらカラアゲ好きでも、毎日カラアゲ食ってたら飽きるだろ? それと一緒だよ」

「恋愛とから揚げは一緒じゃないよ!」

そういうと、志保はたまきの方に向き直り、詰め寄った。

「わかったでしょ? あたし、あの人と合わないの。たまきちゃんが一緒にいてくれるから、何とかやっていけてるんだよ」

「そ、そうだったんですか……」

そんなに自分の存在が大事なのか、とたまきは不思議に思う。

「確かに、たまきの存在は大きいかもなぁ」

そういって亜美が、すぐ近くのソファに腰を下ろした。

「たまきの存在は何つーか、ウチら二人の間に入れる……ほら……」

「緩衝材?」

志保が亜美の方を見て尋ねる。

「そうそう、それ。コンドームみたいなもんだよ」

「え⁉」

たまきの表情がこわばり、志保が

「全然違うよ!」

と素っ頓狂な声を上げた。

「え? ちがうの? 似たようなもんだろ? だって、コンドームって、アレとアソコの間に……」

「もう、この人やだー! 疲れたー!」

志保はたまきの方を向くと、ぬいぐるみでも抱くかのように、勢いよくたまきに飛びついた。

「ふええ!」

慣れないことをされて、たまきが変な声を上げる。

「ねえねえ、なんでみんな、ウチと話してると疲れるの?」

「たまきちゃん助けてぇ!」

亜美が志保の体を揺さぶる。同時に、志保が抱きついているたまきの体も揺れる。

ゆっさゆっさと揺れながら、たまきは考えた。

こんな私でも、誰かのそばにいるだけで、抱きつかれるだけで役に立つのなら、

こんなに幸せなことはない。

……のかな?


次回 第19話「赤いみぞれのクリスマス」

クリスマス、何も起きないわけがない。

続きはこちら!


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

知識はあるけど知性がない、そんなやつを「知識デブ」と呼べ!

知識を自慢したがる人が多い。知識をひけらかし、自分より知識の少ないものを馬鹿にする、そんな人を、特にネット上でよく見かける。しかし、どんな知識もググればすぐに手に入る現代において、知識はそんなに価値がのだろうか。知識だけにかまけて、知性を磨くことをおろそかにしていないだろうか。


知識はあるけど、本質を見通せない人

過去に、このブログのコメント欄にこんな書き込みがあった。「どの記事か」を書いてしまうと、もはや名誉棄損になってしまうので、どの記事かは書かない。

僕の記事に対して、「前提が間違っている」「見当違い」というコメントだった。どうも僕が話題にしたことの専門家、専門の業者の方らしく、「なんでそんなこと詳しいの?」というくらい詳しかった。

批判は真摯に聞くとして、一方でこんな思いが沸き上がってきた。

確かに、僕の記事は前提が間違っていたのかもしれない。

……だから何だというのだろう。

前提に多少の間違いがあったとしても、結論は一緒ではないだろうか。結論部は変わらないのではないだろうか。

僕の前提が正しかったとしても、相手の前提が正しかったとしても、根本の部分は共通していて、結論部は変わらないはずなのだ。

そこのところ、むこうはどう思うのだろう、と考えて、「ずいぶんお詳しいですね。〇〇の原因などについてぜひ、詳しいお話をお聞かせください。」と返信した。「〇〇の原因」こそがズバリ、「結論部」にあたる箇所だ。

すると返事が返ってきた。「ずいぶんとお詳しいですね」という社交辞令に気をよくしたのか、長々と8行に渡って、最初の話題と「似たような事例」がつらつらと書かれている。

……あなたがその話題に詳しいことはわかったけど、僕は「似たような事例」を教えてくれなんて一言も言ってないんだよ。「〇〇の原因」についてどう思うかと聞いているんだよ。僕の導き出した結論と、あなたの思う結論が一緒なのかどうかを知りたいんだよ。

その肝心の部分に関してはたった一言、「〇〇が有名ですが、そこに答えがあるかと思います。」

その答えをあなたがどう考えているかを聞いてるんだよ! 「ここにあるかと思います」じゃなくて。

結局、この人は知識ばっかり豊富だが、「その知識がどのような結論を導き出すのか」「その知識でどうやって問題を解決するか」が全く見えていなかったのだ。

僕が気にしていたのは「前提がずれたら結論もずれるのか?」、その1点である。結論がずれないのであれば、多少の前提のずれは正直な話、どうでもいい。そして僕の考えは、「前提が多少ずれたところで、その根本の部分外れないのだから、結論はずれない」である。僕は相手に、前提がずれたら結論は変わるのか、変わらないのか、どう思うのか、むこうの意見を聞きたかったのだが、相手は全く関係ない知識を並べ立てたあげく、「そこに答えがあるかと思います。」=「私には答えがわかりません」と煙に巻いただけだった。

このように、「知識はあるのに、本質を見通す力のない人」を、僕は「知識デブ」と呼んでいる。必要以上にため込んだ知識が、かえって知性を圧迫している。

 知識はあるけど、教えない

SNSなんかを見ていると、政治問題に関してちょっと間違ったことを言うと、何か罪でも犯したかのように批判が集まる。やれ、バカだのアホだの、勉強してから発言しろだの、人格否定の集中砲火だ。

間違った知識をただすことはよいことだ。間違った知識をSNSに書いて、誰かがそれを信じて、それが広まるのはよくない。

だが、同時にこうも思う。

罵倒する必要なんて全くない、と。

ある程度強い言葉や皮肉を言わなければ伝わらない場合もある。だが、人格否定レベルの罵倒する必要などあるまい。

相手の知識が間違っている、そう思ったら、正しい知識を教えてあげればいいのだ。それこそが、知識を持つ者の責務ではないだろうか。

「教える」というのは、知識があるだけではできない。知性を必要とするものだ。「相手が何を理解していないのか」「何がわかっていないのか」「どう説明すればいいのか」に思いをはせる。これは知識ではなく知性が必要だ。相手の知識・知的レベルを推し量り、思いをはせることが重要だ。

だから、勉強ができる人=いい先生、とは限らない。「知識が豊富である」と「教えるのがうまい」のはまた別なのだ。

知識のない人を罵倒する人を見ると、教えるだけの知性がないのではないか、と思ってしまう。

教えることで有名な人に、池上彰さんがいる。例えば池上さんに、「どうしてアメリカと北朝鮮は仲が悪いんですか?」と質問したとしよう。ここで池上さんが「そんな簡単なことも知らないのか、バカ! 勉強してから発言しろ!」と言った日には、彼の仕事はなくなる。絶対にそんなことは言わないからこそ、池上さんの話は人気なのだ。

そういった初歩的な質問を投げかけられた時、池上さんはこういう。

「いい質問ですねぇ」

そういわれると、質問した側も悪い気はしない。「なんだ、バカみたいな質問でも、臆することなく言っていいんだ」とどんどん質問して、議論は活発化し、どんどん話は深まる。知識も深まる。

これが知性である。どうすれば相手が気持ちよく学習できるかに頭を働かせるのだ。それができない人が、知識のない人を「勉強しろバカ!」と罵倒する。ただ、自分の知識を自慢したいだけである。

これまた、知識デブである。知識ばっかり肥えて、教えるだけの知性が身についていない。

知識デブの知識自慢だなんて、デブの体重自慢のようなものだ。見苦しいことこの上ない。

ちなみに、なぜアメリカと北朝鮮は仲が悪いのか、の答えであるが、

興味がないから知らない。

知的メタボリックについて

「知識のある人」ならばもしかしたら、「知的デブ」が僕のオリジナルの言葉ではないことに気付いていたかもしれない。

「知識デブ」というのは、外山滋比古が提唱している「知的メタボリック」の言いかえである。「知的メタボリック」よりも「知識デブ」の方が、ことの危険性をより分かりやすく伝えられると思って、言い換えてみた。

だが、外山氏の「知的メタボリック」という言葉も、なかなか的を得た言い方だ。過剰な内臓脂肪が内臓や血管を圧迫して健康を害するように、過剰にため込んだ知識が却って知性を損なっている、というのが外山氏の言う「知識メタボリック」の本質だ。

知識があれば思考で苦労することがない。思考の肩代わりをする知識が多くなればなるほど思考は少なくてすむ道理になる。その結果、ものを多く知っている人は一般に思考力がうまく発達しないという困ったことが起こる。(『忘却の整理学」より)

外山氏は大学で教鞭をとっているなかで、日ごろよく勉強をしている学生の卒論よりも、あまり勤勉でない学生の卒論の方がしばしば面白い、ということに気付き、「知識が知性を邪魔しているのではないか」と考えるようになった。

外山氏の論はあくまでも「エッセイ」であり、学術的なものではない。が、知識があるのに知性がない知識デブが多いのは、検証したとおりである。知識の量ばっかりありがたがって、知性を磨くことをおおろそかにしたあげく、本質を見通すことも、他者に教えることもできずに、知識自慢しかできない残念な物知りで終わってしまう。「馬鹿の一つ覚え」とはよく言ったものだ。

いかに優れた名刀を持っていようと、それを握った人間に剣術の心得がなければ意味がないのと一緒である。

そもそも、今や何でも「ググれば一発」の時代である。物知りよりも「検索の早い人」の方が重宝される時代に、物知りであると自慢するなんて、それこそ知性がない証のようなものだ。一方、検索は「どうすれば目的の知識を引き出せるか」と頭を働かせることであり、検索の旨い人というのは、知性がある人だ。

たとえば、以前ラジオのクイズで「丸の内線の駅で、東京と霞が関の間にあるのは何駅だ」という問題が出た。

このクイズの面白いところは「検索クイズ」と言って、パソコンやスマートフォンで検索してもいい、むしろ、検索の早さを競い合う、という趣旨だった。

知性のない人は「東京と霞が関の間」と検索してしまう。ちなみに、これだと乗換案内が出てきてしまう。

知性のある人はここで、「丸の内線 路線図」と検索する。

路線図を出したら、あとは東京駅と霞が関を目で探す。東京の地理がだいたいわかっていれば、路線図のどの辺を探せばいいのかの見当はつく。

知性とは、こういうことだ。別に「答えは銀座駅だ!」と知らなくても、知性をもって正しい答えを導き出せる。

もちろん、知識は0では困る。だが、過剰な知識は知性を損なう。この辺も脂肪とよく似ている。つくづく、外山氏の知性に驚かされる。

まとめ

以前、友人からこんな話を聞いた。

ある学生が、「ググれば何でも調べられる時代なのに、どうして勉強しなければいけないのか」と先生に質問した。

先生は「知識を使えるようにしないと意味がないから」と答えたそうだ。

この「知識を使う」ということが知性の役目なのではないだろうか。

思えば、知識を活用して結論を導き出すことも、知識をわかりやすく他人に教えることも、「知識を使う」ということであり、その「知識の使い方」こそが知性なのかもしれない。

知識はあるけどその使い方を、燃焼の仕方を知らず、知識ばかりが無駄に肥大化し、知性を圧迫している。そんな知識デブは確実に存在する。

使い方を知らないから、せっかくの知識もただの自慢や、他人の罵倒ぐらいしかできることがない。知識が泣いている。

そんな知識デブは、あなたのすぐそばにいるのかもしれない。

いや、あなた自身が、知識に肥え太った、知識デブなのかもしれない……。

「やりたいことができない人」はダメ人間なのか?

「やりたいことがあったら、できない言い訳などせずに、やろう!」みたいな論調をよく自己啓発本とかで見る。まるで、やりたいことができない人間はダメ人間である、とでも言いたげである。しかし、本当にそうなのだろうか。「やりたいけどできない」の裏には、その人にとって何か大切なものが隠れているんじゃないだろうか。それを無視して、簡単に排除していいのだろうか。

やりたいことをやろう!

人生は、やりたいことをやるべきである。

なるべくやりたくないことを排除し、やりたいことをやる。

「やりたくないこと」を排除していくと、ストレスがなくなる。

ストレスがなくなるとストレスに対する許容量が増える。余裕が生まれる。

その結果、ちょっとくらいのストレスが気にならなくなる。

たとえば、駅に行ったら人身事故で電車が止まってる。いつ帰れるかわからない。これは結構なストレスだ。ほかの客の舌打ちなんかも聞こえてくる。日ごろからストレスの多い生活を送っていると、もうストレスの許容量がなくなり、結果「電車が止まってる」というストレスに耐えきれずに、いらいらする。ひどい人は駅員にあたる。

だが、ストレスの少ない生活をしていると、ストレスを受け入れる容量がまだたくさんあるので、「まあ、これくらいいいか」で済ますことができる。

こういったことは自分の身で実証済みだ。

人生は、やりたくないことを減らして、やりたいことをバンバンやるべきである。

だから、「やりたいけどできない」というのはよくない。「できない言い訳」は勇気を出してつぶし、やりたいことをばんばんやるべきだ!

……という論調が世の中多い。

実際、「やりたいこと できない」で検索をかけると、そういった論調が多い。

「世の中には、やりたいことをやる人と、やりたいことができない人がいる。お金がない、時間がない、自信がない、そういった理由でやりたいことにブレーキをかけている。でも、それはよくない! やりたいことをやって、人生を豊かにしよう!」

今回は、こういった論調に疑問を呈していきたい。

「くだらない理由」の裏にある大切なもの

以前、こんなことがあった。

友達に地球一周の旅の話をしていた。

一応言っておくと、自分から「オレの旅の話を聞きたいだろ?」と切り出したのではない。むこうから話してくれと言われて話しているのだ。

話し終えるとみんな「いいなぁ」と言う。

なので僕が「だったら行けばいいじゃん。何なら、スタッフとか紹介するよ」というと、友人の人がこう言った。

「履歴書に穴が開くと、社会にカムバックできなくなる」

なんだそのくだらねぇ理由、と正直その時は思った(口に出してはいない)。そんなくだらないことを気にしているのか、と。そういうくだらねぇ理由を考えなくて済む世の中になればいい、そう思った。

それから3年たった今、僕はこう考えている。

あの時「くだらねぇ」と思った理由の中に、友人の大切にしている何かがあったのではないか、と。

それを「くだらねぇ」の一言で斬り捨ててしまうことが、一番くだらないことだったのではないか、と。

「履歴書に穴が開くと、社会にカムバックできなくなる」ということは、その友人は「社会参加」、もっと言えば「働いてお金を稼ぐこと」に対しても価値を見出している、大切に思っている、ということではないだろうか。

それを理解しようともせず、「くだらねぇ」の一言で斬り捨てることが一番くだらないことではなかったのか。

大切だから、失うのが怖い

2017年に放送されていた「宇宙戦隊キュウレンジャー」にこんなシーンがあった。

主題歌の中で「考えてわかんないことは速攻近づこう Space jurney やらない理由など探さずに」という歌詞があるのだが、一方で、最終回直前にこう言ったやり取りがあった。

最終決戦前、ヘビツカイシルバーことナーガ・レイというキャラクターが、「怖い」という感情を口にする。

このナーガというキャラがけっこう変わったキャラで、彼は感情を持たない一族の出身だ。はるか昔、争いの絶えなかったその一族は争わないようにするために感情を捨てたのだ。

その一族の出身であるナーガは「感情を学びたい、手に入れたい」と旅に出て、やがてキュウレンジャーに加入する。そして、物語の中で少しずつ感情を学んでいく。

そのナーガが口にした「怖い」という言葉に、ナーガとずっと一緒に旅をしてきた相棒のバランスというキャラクターがこう答える。

「おめでとう。君は『怖い』という感情を手に入れたんだ。それは『今を失いたくない』という思いなんだよ」

最終決戦で勝てる保証などない。もしかしたら死んでしまうかもしれない。自分は生き残っても、大切な仲間を失ってしまうかもしれない。

それが、怖い。

「できない」という理由の裏にはこの「怖い」という感情が隠れていることが多い。

たとえば好きな人がいるとしよう。

面と向かって「君が好きだ」と叫んだら、振られてしまうかもしれない。

どうして振られるのが怖いのかというと、「今の関係」を失うのが怖いからだ。

「君が好きだ」という思いと同じくらい、「今の関係性を失いたくない、壊したくない」という思いも大切なのである。

それを「勇気を出して告白しよう!」とか、「思いを伝えないと先に進まないよ」と言ってしまうのは簡単。

でも、「君が好きだと言いたいけど、今の関係を失いたくないからできない」、ここまでがワンセットでその人の個性、その人の価値観である。

それを「後半部分だけ斬り捨てろ」というのは、道理が通らないのではないか。

それを「個性の尊重」と言えるのだろうか。「できる自分の価値観」を「できない人」に押し付けているだけではないだろうか。

それでもやりたいことをやりたい人へ

「やりたいけど、お金がないからできない」のは、その人にとってお金が大切だからである。

「やりたいけど、時間がないからできない」のは、その人が別の大切なことに時間を費やしているからである。

「やりたいけど、自信がないからできない」のは、その人が失敗を恐れているからである。失敗したって死にはしない。が、何かを失う。その「何か」がその人が大切にしているものである。

「やりたいけど、家族が反対しているからできない」のは、その人にとって家族も大切だからである。

「できない理由」の裏には、その人が大切にしている何かがある。

そもそも、大切でないものなんか、最初から天秤にかけたりしない。

自分の例になるが、僕が地球一周の船旅を決断できたのは、決して人より行動力があるからでも決断力があるからでもない。

当時僕は仕事をしていなかった。しかし、前の仕事でためたお金がけっこうあった。

天秤にかけるものがな~にもなかった。ただそれだけである。

仕事はしてなかったし、お金も「ある程度は使えるな」と大して重視していなかった。

たいして大切じゃなかったから、天秤にかけなかった。それだけだ。

「やりたい、でも……」と天秤にかけている時点で、それはとても大切なものなのだ。

それを「勇気がない」「行動力がない」「決断力がない」と捨てさせようとする。

それは、その人のことを考えているように見えて、

ただ、自分の「やりたいことができる人」の価値観を押し付けているだけである。

それは、優しさとは言えない。

もちろん、やりたいことはやるべきである。その方が人生は楽しい。

でも、「できない理由」もその人にとっては、失いたくない大切な「何か」である。

「やりたいこと」だけを優先して「できない理由」を「臆病だ!」「勇気を出せ!」と切り捨てさせようとするのは、その人の尊厳を踏みにじっていることに等しい。

しかし、「できない理由」だけを尊重して、「やりたいこと」を我慢するのも、やはり人生を無駄にしている。

ならば、道は一つだ。

本当にその人のことを考えるのであれば、「やりたいこと」と「できない理由」の両方を尊重するべきである。

つまり、「両方が実現できる方法を探す」べきなのではないか。

「好きだといいたいけど、今の関係を失いたくない」というのなら、かけるべき言葉は「勇気を出して告白しろ!」ではなく、「今の関係を維持したまま、好意を伝える方法」なのではないだろうか。

「やりたいけど、お金がないからできない」というのなら、言うべきは「お金を言い訳にするな!」ではなく、お金を稼ぎながらやりたいことを実現する方法ではないだろうか。

「やりたいけど、時間がないからできない」というのなら、言うべきは「仕事なんかやめちゃえ!」ではなく、「仕事をしながら短時間でやりたいことをする方法」か、「仕事の時間を減らす方法」ではないだろうか。」

「やりたいけど、家族が反対しているからできない」というのなら、言うべきは「家族のことなんか忘れろ!」ではなく、家族との関係を崩すことなく、やりたいことを実現する方法なのではないだろうか。

「やりたいこと」と「失いたくないもの」、両方を実現すること、それが一番「その人らしい生き方」のはずだ。

「やりたいことをやりたいなら、『失いたくないもの』を捨てろ!」と言えるのは、所詮は他人であり、その人にとっては相手の「失いたくないもの」なんてどうでもいいからである。むしろ「やりたいことをやれてる自分」に酔っているから相手に押し付けたいだけかもしれない。

やりたいことがあるけどできない人へ

できない理由はいろいろあると思うが、やっぱり何かを恐れているからだろう。

何を恐れているのかと言えば、リスク、つまりは、何かを失うことを恐れているのだ。

あなたが失うことを恐れているそれは、あなたにとってとても大切なもののはずだ。

でなければ、最初から天秤にかけて悩んだりしない。

「リスクを恐れずに!」「勇気を出せ!」「後先考えるな!」と他人に口で言うのは簡単。

でも、『失いたくないもの』を失って、傷つくのは自分である。

やりたいことをかなえたい。

でも、大切なものを失いたくない。

ならば、道は一つだ。

失いたくないものを守りつつ、やりたいことをかなえる。

両方を取りに行く。それしか道はない。

そして、それが一番「自分らしい生き方」である。

欲張り? 何を言っているのか。

天秤にかけている時点で、最初から欲張りなのである。

本当は両方手に入れたいのである。

やりたいけれどできない。そんなことを言うと、「自分の気持ちに素直になって」と「やりたいこと」だけを取らせようとする人が多い。

でも、自分の気持ちに素直になるのなら、

両方取りに行け。

旅好きな人の性格は意外と不寛容なんじゃないかというブログ

ピースボートの乗客に話を聞くと、よく「世界を回って、多様な価値観を知った」という。世界一周などを経験してる旅人は大体そういう。多様性が大切だ、と。……本当にそうだろうか。いや、実際、世界にはいろんな価値観の人間がいる。僕が問いたいのはそこではなく、「本当に世界を旅すると多様な価値観が身につくのか」という点である。


日本のパスポートは最強なのだから日本人は旅をするべき! なのか?

船を降りてまだ1年もたっていないとき、ピースボート主催のささやかなイベントに出席した。

その時のテーマは確か「日本人は恵まれてるんだから、旅に出ない理由はない!」とかそんな感じだったと思う。

どういう意味で「日本人は恵まれている」のかというと、「日本のパスポートは最強である」という理由らしい。

基本、日本のパスポートはどこの国へ行ってもすんなりと入国できる。こんなに信用度の高いパスポートを持つ国はそうそうないらしい。日本人は恵まれているのだ。

確かに、ネットで「日本 パスポート」と検索すると、サジェストに「威力」とか「最強」とか、なんだかドラゴンボールみたいな単語が出てくる。それだけ日本のパスポートはすごいのだ。

ところが、そんな世界最強のパスポートを日本は発行しているにもかかわらず、日本国民のパスポート所持率はわずか25%(2017年)。

ちなみに、アメリカ人は約4割がパスポートを持っていて、イギリス人はなんと7割がパスポートを持っているのだから、どうやら日本のパスポートの所持率は低いらしい。

20代に至ってはなんとパスポートの取得率は5%だという。なんと、消費税よりも低い。

ちなみに、僕は、「パスポートを持っている珍しい20代」である。地球一周の船旅が3年前なのだから、当然と言えば当然だ。

世界最強のパスポートを持っているのに、日本人が世界を旅しないのはもったいない! みんな、もっと世界を旅しよう! こんなに恵まれた国にいて、旅に出ない理由なんてない!

……というのがその時のイベントの趣旨だった。

その時はうんうん、もったいないなぁとうなづいていたのだが、3年たった今、ふと思う。

こんなに恵まれた国にいて旅にでない理由なんてない! 日本人はもっと旅をするべきだ!

……本当にそうなのだろうか。本当に、旅に出ない理由はないのだろうか。

旅をする人、旅をしない人

このことを考えるにあたり、自分の友達でよく海外に行く人と全く行かない人を思い浮かべて比較してみた。

毎年夏になると必ず海外に行く友人がいる。「その時期は日本にいない」なんて言われると、ああ、もうそんな時期か、なんて思う。

一方で、生まれてこの方海外なんて行ったことないんじゃないか、という友人もいる。

海外旅行によっく行く人と、まったくいかない人、彼らで何が違うのだろうか、と考えてみた。

さっきのイベントだと、なんだか行動力の差、もっと言えば勇気があるか、度胸があるか、積極的か消極的か、みたいな論調だった。みんな、もっと積極的になろう、海外に行こう、視野を広く持とう、と。

だが、周りの友人たちを比べても、海外に行くやつが特別度胸があるとか、海外に行かないやつが消極的で視野が狭いとか、そんな印象はない。語学力だって同じくらいだと思う。経済力も違いはないだろう。

果たして、海外によく行くやつと、全然いかないやつ、その差はいったい何なのか。

両者を比べてみて、一つの可能性に行きついた。それは、

海外によく行くやつはアウトドア趣味であり、海外に行かないやつはインドア趣味である!

というよくよく考えれば当たり前のことだった。

そう、海外によく行く友人は、アウトドア趣味なのだ。海外に限らず、普段からよくいろんなところに出かけている。

一方、海外に行かない友人はインドア趣味なのだ。普段から家の近くで過ごしている。

これはもう、趣味の問題である。

もちろん、すべての人間がこれに当てはまるわけではない。

だが、海外に行く人と行かない人の差は、度胸がないとか、視野がどうこうとかそういうのではなく、ただの趣味嗜好である、という可能性がある。

日本人は4人に一人しかパスポートを持っていないという。

それはそのまま、アウトドア派とインドア派の比率が1:3である。ということを表しているだけなのかもしれない。

20代の場合はパスポート所持率は5%しかない。さすがに20代の95%がインドア派である! とまではいわないが、今の20代はインドア派が多いのではないだろうか。

でなければ、秋葉原があんなに発展するわけがない。あの町は漫画とかゲームとかフィギュアとかアニメグッズとかパソコンの部品とか、「おうちで楽しむもの」を中心に売って今の姿となったのだ。。

そう、外に出ないでも、20代は結構楽しんでいるのだ。

僕らが旅に行かない理由

なぜ、今の若者は海外に行かないのか。

それはあれが足りないとか、これを知らないとか、今の20代に何かが不足しているわけではない。それは、「旅に出ることが正義」という旅人の中だけで通用する、意外と視野の狭い考え方である。

なぜ今の若者は海外に行かないのか。

別に行こうと思わないからである。

日本のパスポートは世界最強である。そんな恵まれた国に生まれた僕たちが、旅に出ない理由なんてない?

理由なんて腐るほどあるさ。

興味がない。

つかれる。

めんどくさい。

別に旅が好きじゃない。

そんな時間があったら家でアニメを見たい。

そんなお金があったら、日本のお寺やお城をめぐりたい。

そもそも、家から出たくない!

知らない人コワい!

旅に出ない理由なんていくらでもある。

旅に出ない理由が、「本当は世界を旅してみたいけど、親が反対していて」とか、「お金がなくて」とか「幕府に禁じられてて」といった外的な抑圧が原因だった場合、それはなんとしても排除し、旅に出られるようにするべきだ。

ただ、性格、趣味嗜好の問題で、「別に行かなくてもいい」と思っているのであれば、

無理に海外を旅しなければいけない理由なんてない。

「そんなことない! 世界を旅するのは楽しいよ。旅に出れば考えは変わるって!」

というポジティブ旅人の声が聞こえてきそうだが、

「楽しいから行こう」はあまり勧誘の決め手にはならない。

こんな経験はないだろうか。相手にひたすら自分の趣味の話をして、あわよくば相手も同じ趣味に引きずり込もうとするのだが、「またその話か……」とうんざりされることを。

そう、いくら熱心に「楽しいよ!」「面白いよ!」と進めても、「そう? じゃあ、やってみるか!」と相手がなるのはごくまれで、それこそ95%はうんざりされて終わるのだ。

ちなみに、僕がこのブログでよくピースボートの話をするのは、「ピースボートは楽しいよ! 面白いよ!」と人に薦めたいから、ではなく、単にピースボートについての記事は閲覧数が高い、というデータに基づいてである。

日本のパスポートは世界最強である。なのに、なぜ日本の若者は海外に行かないのか⁉

そんなの、人それぞれである。無理強いはよくない。

旅好きの「国内蔑視」

そもそも、どうして「海外を旅すること」にこだわるのか。別に国内旅行だっていいじゃないか。

確かに、海外を旅することは楽しい。言葉の通じない国、まったく違う文化、食べたこともない食べ物。海外を旅することは刺激的だ。確かに、国内旅行よりは刺激が多い。

だが、日本国内も十分刺激が多い。

同じ日本でも都会と田舎は全然違うし、北と南も全然違う。山村と漁村も全然作りが、風景が違う。

土地によっていろんな郷土料理があるし、時には方言が全く聞き取れないときもある。

地球一周をして思ったことが「世界にはやばい国がたくさんある」ということだった。

そして、こうも思った。「日本だって同じくらいやばいはずだ」と。

別に僕は、「日本が世界で特別な国」だなんて思っていない。

それは「日本は世界で特別すごい国ではない」と思っていると同時に、「日本は世界で特別しょぼい国でもない」ということだ。日本には日本の魅力がある。

「世界を旅すること」というのは、世界のいろんな国の魅力を発見していくことだ。

その視点があるなら、日本の魅力だって見つけられるはずである。旅をする前は当たり前すぎて見逃していた日本の魅力に、世界を旅して養ってきた視点があれば、気づけるはずである。

ところが、どういうわけか日本の旅好きは「国内蔑視」がはなはだしいように感じる。「地球一周」を掲げるピースボートは団体の特性上、海外の話ばかりするのはしょうがないのかもしれないが、ピースボートとは本来直接関係のない人だったり団体だったりイベントだったりもみな、「海外へ行こう!」の一辺倒。

国内旅行がそんなにいけないのだろうか。もしも、「国内を旅したって、海外のような体験は得れない。やっぱり海外じゃなきゃダメだ」と考えているのだとすれば、

それこそ視野が狭いんじゃないだろうか。

「やらない理由」に愛をくれ

どうも、旅好きの多くは「やらない理由」に対してあまりにも不寛容なのではないか。最近、そんなことを考えている。

旅に行っていろんな国を見て回ることが正義であって、なんだかんだ理由をつけてやらないのはよくない、そういう風潮を感じる。

僕も昔は、それこそ船を降りた直後はそんな風に考えていた。

だが、最近こう考えるようになってきた。

「やらない理由」にその人らしさが出るのではないか、と。

「〇〇したいけど、××だからしない、やらない、できない」といった話を聞いた時、僕たちはつい「〇〇」だけがその人の本音であり、「××」の部分は本音を邪魔する障害だと考えてしまう。

その結果、「〇〇したいけど××だからやらない」という話を聞くと、「気持ちに素直になって」とか、「動かなきゃ何も変わらないよ」とか、「後悔してからじゃ遅いよ」とか、「男ならどんと行け!」とか、どっかのラブソングの焼き直しみたいなことを言って、「〇〇」を実行させようとする人が出てくる。「××」は完全な悪者だ。

だけど、違うのではないか。

「〇〇」が本音であって「××」は障害や言い訳なのではない。

「〇〇したいけど××だからやらない」、ここまでがセットとなってその人の「本音」なのではないだろうか。

「海外に行きたい!」「お店を持ちたい!」「結婚したい!」、こういったポジティブな「〇〇したい!」はその人の人間性がよく表れている。

一方で、「怖いから無理」「自信がないからやらない」「めんどくさいからいい」といったネガティブな「でも××だから……」にもその人の人間性が色濃く反映されているのではないだろうか。

「〇〇したい!」がその人の人格の光りの部分なら、「でも××だからやらない」は影の部分である。

そして、光と影の両方を理解することが大切なんだと思う。

「怖いけど勇気をもってやってみよう!」とか、「自信なんてなくたって大丈夫!」とか、「めんどくさくても動かないと始まらないよ!」という励ましの言葉は一見いいこと言っているようにも見える。

いいこと言っているように見えて実は相手の人格の影の部分を完全に無視している。

怖いとか、自信がないとか、めんどくさいとか、そういったネガティブなセリフをその人が吐くようになったのには、その人の人生に基づいたそれなりの理由があるはずだ。そこにその人の人生や価値観がもしかしたら凝縮されているのかもしれない。

もしかしたら、「でも××だから……」の部分にその人が大切にしているものが隠れているのかもしれない。

そして、ネガティブやコンプレックスがあってこその人間なのではないだろうか。

君が好きだと叫びたい。けど言えない。

会いたくて会いたくて震える。でも会いに行かない。

海外を旅してみたい。でもいかない、いけない。

こういう矛盾をはらむから、人間は面白いのだ。愛らしいのだ。

なのに、「でも××だから…」の部分を、あまりにも僕らはないがしろにしているのではないだろうか。

「世界を旅するといろんな価値観に気付く」「多様性が大事」だというのならば、「やらない理由もその人の個性」であることを認め、尊重しなければいけないはずだ。

もっと「やらない理由」を愛してやってもいいんじゃないだろうか。

みんながみんな旅をしなくたっていいじゃないか

日本のパスポートは世界最強なのに、日本人は75%がパスポートを持っていない。それでいいのか⁉

いいんです。むむっ!

旅に出る理由が人それぞれであるように、旅に出ない理由もまた人それぞれである。どちらを取るかは人それぞれだ。

海外のいろんな国を旅することが素晴らしいように、日本国内を旅することもまた素晴らしい。どちらを取るかは人それぞれだ。

「旅をしたい!」と思う気持ちにその人の個性が現れるように、「けどやらない、できない」という言葉にもまた個性が現れているのだ。どちらがより大事かは人それぞれだ。

そもそも、みんなが旅に出なきゃいけない理由なんかない。

旅をする楽しみは、わかるやつにだけわかる、マイナーな趣味、それでいいじゃないか。

「それじゃいけない! 旅をすることでいろんな価値観に気付ける! 人生が変わる! みんな、旅をするべきなんだ!」

でも、家でアニメを見て人生が変わることだってある。家で小説を読んで価値観が広がることもある。

何が人生を変えるのか。何が価値観を広げるか。

そんなの、人それぞれだ。

この、「そんなの、人それぞれ」という視点が欠けている旅好きがあまりにも多いんじゃないか。

そう思って今回、筆を執った次第である。

高橋歩の本に、もう一度だけ向き合ってみることにした

自由人・高橋歩と言えば旅人のカリスマだ。僕は「ここがヘンだよ旅人たち」という記事の中で、「旅は好きだけど、高橋歩の本は好きではない」という話をした。特に反響はなかったが(ないんかい)、やっぱり食わず嫌いはよくない、ということで、3年前に挫折した高橋歩の本をもう一度読んで、もう一度高橋歩に向き合ってみることにした。

夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。

高橋歩の名言で真っ先に思いつくのがこの言葉だ。

「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ」

「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。だから逃げるな」といった感じでとらえられる言葉のようだ。

ところが、僕なんかが読むと、どうもこの言葉は人を追い詰める言葉に聞こえてしまう。

別に逃げたっていいじゃないか。あんまり思い詰めると、かなう夢もかなわない。

一度逃げて、再び夢を追いかけたくなったら、同じ場所に戻ってくればいい。だって「夢は逃げない」のだから。ならば「自分」が逃げようがどうしようが、同じ場所で待っててくれてるはずだから、辛くなったら逃げればいいと思う。

「夢は逃げない。だから、またあとで戻っておいで」みたいな方が僕は好きだ。

と、ここまで考えて、ふと思う。

この言葉の初出はどこだ?

よもや半紙に習字で「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。 あゆむ」とだけ書かれて、蕎麦屋のトイレに飾ってあったわけではあるまい。

もしかしたら、元々はそれなりに長い文章の一部分で、インパクトのあるこのフレーズだけが独り歩きしているのかもしれない。

だとしたら、元々の文脈がわからないままにこの言葉を論評するのは反則ではないか。もしかしたら、元の文章にはめ込んでみると、すごく納得のいく言葉なのかもしれない。

これを機に、かつて挫折した高橋歩の本に、もう一度だけ向き合ってみよう。そういえば、ちゃんと最後まで読み通したことがない。ちゃんと読んだら、「なんだ、高橋歩、面白いじゃん」となるかもしれない。

そう思ったら、本を手元に置けばいい。「やっぱり、高橋歩は好きになれない」と思ったらブックオフに売り飛ばせばよい。

よし、もう一度だけ、高橋歩に向き合ってみよう。

高橋歩は逃げない。逃げるのはいつも……自分だ。

本が見つからない。探すのはいつも自分だ。

まず、地元の図書館に行き、「高橋歩」で検索をかける。

何種類か見つかったが、どれも部数は一冊ずつ。おまけに、どれも貸し出し中。

僕はさいたま市全体のデータベースに検索をかけている。さいたま市は合併に合併を繰り返した結果、市内に数えるのがイヤになるほどの数の図書館がある。

にもかかわらず、高橋歩の著書は一冊ずつ。数えるのがイヤになるほどの数の図書館の中で、同じ本は一冊しかない。案外、高橋歩は人気がないのかもしれない。

その一方で、本はすべて貸し出し中。やっぱり高橋歩は人気があるのかもしれない。

次に、近所のブックオフに行ってみた。

ところが、ここでも見つからない。

ブックオフに一冊もないとは、案外、高橋歩は人気がないのかもしれない。

一方で、ブックオフにないということは「買った人が著書を手放さない」ということだ。やっぱり高橋歩は人気があるのかもしれない。

そして、二件目のブックオフでついにこの本を見つけることができた。

「『夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。』、この言葉には初出があるのではないか。このフレーズだけが独り歩きしているのではないか」

初出は、本のタイトルだった!

そりゃ、独り歩きしますわ。だって、タイトルだもの。

ちなみに、表紙に写っている男の子は高橋歩、ではない。

高橋歩は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。

プロローグにこう書かれている。

この本は、高橋歩が、これから夢をかなえようとする仲間、後輩、読者たちとの飲みの場で、本気で語ってきた様々な言葉、エピソード、アドバイス、ユーモア、考え方を一冊にまとめた語録集だ。

重要なのは「飲みの場で」というフレーズだ。

どうやら、これから読む言葉は酒の席での言葉らしい。

なるほど、これまで高橋歩の文章は「距離が近い」と敬遠してきたが、「酒の席での言葉」だという前提なら、ある程度は納得できる。

さて、ページを進めていこう。

オレらが何かを始めるとき、世の中は必ずというほど「理由を説明しろ」と言ってくる。でもそんなもん、自分がただ「カッケェって思う」とか「鳥肌が立つ」とか「ああいう風になりてぇ!」とかで十分じゃね?

僕もそう思う。人生において重要な選択をするときほど、理由が他人にうまく説明できないというのは何回か経験している。

ただ、最後の「じゃね?」というのが非常に引っかかる。

この一言が、なんか全部を台無しにしているように僕には感じ取れてしまう。

もちろん、こういった口調がいい! という人もいるのだろう。

一方で、僕はこういった口調の本はちょっと受け入れられない。友達でもない人が急に「じゃね?」と話しかけてきたら、はっきり言って腹が立つ。

わかってる。これは「飲みの席での言葉」だということは。飲みの席の言葉なら別に語尾が「じゃね?」でもいいんじゃね?(せっかくなのでちょっと真似してみました)

しかし、まさか飲みの席の言葉を全部録音して、一字一句そのまま書いているわけではあるまい。本人や周囲の記憶に基づいて「こんなこと言ってたよね」と思い出して、本に収録しているはずだ。

だとしたら、語尾は果たして「じゃね?」でいいのか。「本に収録するんだし、語尾は『じゃない?』に変えようよ」という発想はなかったのだろうか。

本気さで勝つ、

アツさで勝つ、

バイブスで勝つ!

「新しいフィールドで挑戦しようとすると、」という出だしで始まる文章の一説。要は「初挑戦で実績なんてあるわけないのだから、やってみなきゃわからないに決まってる。初めてやるときは、本気さ、アツさ、バイブスくらいしかよりどころがない」ということらしい。

言っていることはわかる。初挑戦に実績なんてあるわけない。そりゃそうだ。

だが、いくら何でも考えがなさすぎないか? たぶん、「初挑戦で失敗していった人」の多くは「精神論でなんとななると思ってた」のではないだろうか。

あと、僕のように「何事も7割投球」というスタンスの人間は、こういうこと言われるともうどうしていいのかわからなくなる。

才能があろうがなかろうが、できるまでやれば絶対にできちゃうわけだからね。

人には向き不向きがあり、世の中にはどんなに頑張っても努力してもできないことがたくさんある。

BELIEVE YOUR 鳥肌

言いたいことはわかるんだけど……、「鳥肌」だけ日本語なのが中途半端に見えて、この言葉の良さを損ねている気がしてしょうがない。「鳥肌」も英語にするか、「鳥肌」をもっと簡単な英単語で置き換えるか……、

そもそも、わざわざ英語にしなくても「鳥肌を信じろ!」でいいんじゃね?(せっかくなのでもう一回真似してみました)。

日本の政治家に不満? ハイ、そう思う人は政治家になりましょう。

政治家になっちゃったらそれこそ高橋歩が嫌いそうなよくわかんないしがらみとかで身動き取れなくなってしまう。政治を変えたかったら、政治家にはならない方がいい。

あと、「政治家にならなくても政治に参加できるのが民主主義」っていうのを聞いたことがある。「政治に不満があるなら政治家になれ」っていうのははっきり言って視野が狭いと思う。もっとほかに道はいくらでもある

まず、やり過ぎる。そして気付く。自分なりのバランスはそれからで十分だべ。

「十分だべ」。

……どこ弁だ?

プロフィールには「東京生まれ」と書いてある。「だべ」について調べてみると、「だべ」は実は東日本で割と広く使われている方言らしい。

この本にはほかにも「だべ」という言葉がよく出てくる。

それまで特に訛りなど感じさせていないのに、たまに「だべ」という言葉を使われると、どうも文章のバランスが悪くなって引っかかる。訛るなら全部訛ってほしい。

本全体を通して、言っている内容はわかる。ツッコみどころもあるが、賛同できる個所もある。

だが、文章の細かい表現とかがどうしても気になってしまう。

「じゃね?」とか「だべ」とか「即〇〇」とか「最強!」とかこういったフランクな文体が、少しずつ僕の体力をそいで行く。僕の周りにこう言う言葉遣いをする人はいないので、慣れていないだけなのかもしれないが、「またこのフランク表現か……」と頭を抱え、気づけばページをめくる手が重くなっていく。本を読んでいてこんなにも体力を消耗したのは初めてだ。

読むのをやめようかとまで考えたが、今回のテーマは「もう一度だけ高橋歩に向き合ってみる」だ。最後まで読み通せば何か考えも変わるかもしれない。

高橋歩は逃げない。逃げるのはいつも……自分だ!

それに、そもそも僕が細かい表現とかを気にしている方がおかしいのかもしれない。表現などは些細な問題で、ところどころツッコみどころもあるが、「覚悟を決めろ」とか「まずは行動しろ」とか「直観を信じろ」とか、賛同できる個所は多い。

「僕が細かいのか? 僕がおかしいのか?」

そう思いながら本を読んでいた。135ページ目までは。

誰も矛盾を指摘しない。指摘するのはいつも僕だ。

135ページにはこう書かれていた。

本当に好きなようにやるなら、自腹でやれって想うよ。

この言葉を読んだとき、僕に衝撃が走った。高橋歩風に言えば「脳みそスパーク」……とはちょっと違うかもしれない。

なぜなら、この衝撃とは、「さっきと言ってることが違う!」という衝撃だったからだ。

わずか7ページ前にこう書かれていた。

友達から金を借りるのはイケナイことか?

この後、高橋歩がサラ金に手を出し、友達からお金を借りたエピソードが続く。この2ページ前には

とりあえず借金ぶっこいてとにかく始めちゃって、1年後にはもう店つぶしちゃって、(中略)ヤツの方が、絶対にアツい。

要は、高橋歩は「やりたいことがあるなら貯金なんてしてないで、借金してでもやれ」と言っているのだ。

にもかかわらず、7ページ後に「自腹でやれ」。さらにその次のページでは

オレは、他人の金で自分の夢を追うようなまねはしない。

とまで言い切っている。借金をしたエピソードはいったい何だったんだろう。

果たして、高橋歩は、「とりあえず借金ぶっこいて」と「自腹でやれ」が矛盾していることに気付いていないのか、どちらかの発言を忘れてしまったのか。

それとも、借金を「他人の金」と認識していないのか。友達から借りようがサラ金から借りようが銀行から借りようが親から借りようが、借金はあくまでも「他人の金」だと思うのだが。

断わっておくと、僕は「矛盾」そのものは嫌いではない。人は矛盾をはらむ生き物だと思うし、時にその矛盾が「いやよいやよも好きのうち」のような人間らしさを醸し出す。

また、人は考えが変わるものである。このブログだって、1年前の記事と今の記事ではたぶん、言ってることが違う(笑)。

それでも、わずか7ページでころっと変わってしまうのはあんまりだ。

とはいえ、たった一か所の矛盾をついて鬼の首を取ったように「高橋歩の言うことはでたらめだ!」と叫ぶほど僕は小さい人間ではない。

しかし、これまで「この表現どうなんだろ?」とか「この内容には賛同できないなぁ」といった細かい違和感の蓄積を重ねた状態でこの矛盾した個所を読むと、もはやとどめの一撃。

この時、僕は駅のホームで電車を待ちながら読んでいたのだが、もし僕が超人ハルク並みの剛腕を持っていたら、「もうこんな本読めるかー!」と本を真っ二つに引き裂き、線路に投げ捨てていただろう。

もちろん、本を傷つけるのはよくないし、そんなことしたらブックオフに持っていけないし、そもそもそんな腕力がない。あと、線路に物を捨てるのもよくない。

そして、思い出す。

3年前に僕が途中まで読んでやめた「高橋歩の本」も、まさにこの本だったということに。

そして、まったく同じ個所で、同じように「さっきと言ってることが違う!」となって、同じようにそれまで貯めていた違和感が爆発し、読むのをやめたのだ。

正直、もうこれ以上読みたくないのだが、今回のテーマは「もう一度高橋歩に向き合ってみる」。ここでやめたら3年前の繰り返しだ。最後まで読み通せば、また考えが変わるかも。

高橋歩は逃げない。逃げるのはいつも……自分だ(泣)。

とはいえこんな状態で読んでも、もう何が書いてあっても全く響かない。全部空寒く感じてしまう。

最後まで読んで、げっそりとした気持ちで本を閉じた。

高橋歩は「人間」を語らない。語るのはいつも「オレ」だ。

この本を読んで引っかかっていたことの一つが、「オレはこうする」「オレはこうした」という話が多すぎることだった。

その都度「僕はあなたじゃない」と思いながら読んでいた。

だが、例えば岡本太郎なんかもよく著書で「僕はこう生きてきた」みたいな話をしている。だが、不思議とそれには引っかからない。

なぜだろう。高橋歩と岡本太郎、何が違うんだろう。

そう考えた結果行きついたのが「人間」というワードだった。

岡本太郎の場合「僕はこうして生きてきた」の根拠に「人間とはこういうものだ」という考えが横たわっている。「人間とはこういうものだと思っている。だから、僕はこうして生きてきた」という話を語っている。

高橋歩のような「一言メッセージ系」の先駆者である相田みつをも「にんげんだもの」というフレーズが有名だ。

「人間とは何か」、そこを突き詰めているから、「自分はこうだ」を「人間とはこうだ」までに突き詰めているから、その言葉は広く人の心に刺さる。どんな人が読んでも、その人が「人間」である限り、「ああ、わかるなぁ」という箇所があるのだ。

しかし、高橋歩の場合、たぶん「人間とは何か」と突き詰めていない。あくまでもどこまで行っても「オレの話」。「オレはこうしてきた」「オレならこうする」という話が多い。もちろん、自分の話をすること自体は悪いことではない。(何なら、この記事自体「僕の話」だ)。だが、「オレの話」で話が止まり、「人間の話」までに昇華されていない。

世の中には自分とは違うタイプの人間、違う考え方の人間がいて、そういった人には「オレの話」は通用しないんじゃないか、ということを考えていないのではないだろうか。

結果、読む人を選ぶ。「どんな人間」にも通用する話ではない。「オレ」に近いタイプの人間にしか共感できないのだ。

そして、どうやら僕は「オレ」から遠い人間らしい。

高橋歩にネガティブの気持ちはわからない。語る言葉はいつもポジティブだ。

もう一つ、僕が強く感じていたことだ(ああ、また「僕の話」だ)。

たとえば、友達がどうとか、仲間がどうとか、家族がどうとかいう話が出てくる。

そういった話を読むたびにこう思う。

それは、友達を作れる人の話、家族に恵まれた人の話だ……、と。

こういうところでまたじわじわと小さな違和感が蓄積されていく。

読み進めるたびにこう思うようになった。

「この人はネガティブな人の気持ちがわからないんだろうな……」と。

実際の高橋歩がどういう人物かはわからない。もしかしたら、本来の彼はとてつもないネガティブを抱えているのかもしれない。

だが、この本からそういったことを感じることはなかった。そういうタイプの人間に対する理解を感じ取れることはなかった。

人見知り、ひきこもり、死にたがり……、そういった人間に対してこの本は「やさしくない」、そう感じてしまった。

闇を抱えた人間にとって、栄養ドリンクが何よりもの毒となるときがあるのだ。

高橋歩だけが悪いのではない。自己啓発本はいつもこうだ。

もっとも、こういった「ネガティブな人にやさしくない」というのは、何も高橋歩だけの話ではない。いわゆる自己啓発本は大体こうだ。

たとえば、自己啓発本にはよく「やりたいと思ったことは、あれこれ言い訳せずにやれ! まず行動!」といったことが書かれている。

いつも思うのだが、

「やりたいこと」が「死にたい」だった場合、彼らは何て答えるのだろうか。まさか「死にたいと思ったら、あれこれ言い訳せずに死ね!」と答えるのだろうか。

たぶん、こういった本を書く人は、「世界一周をしたい!」「カフェを開きたい!」「好きなことして生きていきたい!」といったポジティブな人のみのことを考えていて、「死にたい」「消えたい」「切りたい」「殺したい」「壊したい」といったネガティブな「やりたい」を抱く人がいるなど、想定してないのだろう。

そういう人の言葉は、「死にたい」のようなネガティブなワードに置き換えると、途端に破綻をきたす。

たとえば、「これといった夢はないけど、しいて言えば自殺すること」だった場合、自殺をしたいんだけれどなかなか踏ん切りがつかない、そんな人だった場合、「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。」の「夢」を「自殺」、もっと言えば「死」に置き換えれば、「死は逃げない。逃げるのはいつも自分だ」という、自殺幇助ととられかねない言葉に変わってしまう。

だから、「ネガティブにやさしくない」のだ。「死ぬことが夢」なんてネガティブなことを考える人間が読むかもしれないということを、全く考えていないのだから。

「ネガティブな人」のことを最初から想定していない。存在しないものとして扱われている。これほど絶望的な扱いはないだろう。

まとめ

いろいろ書いたが、僕はけっしてただ単に高橋歩をディスりたかったわけではない。

以前にも書いたが、「旅人=高橋歩好き」というイメージが強すぎるように感じている。「旅が好きな人はみんな高橋歩が好き」と思われていて、そのように扱われている。「いや、俺、旅は好きだけど、高橋歩はあんまり……」と心の中で思っていても、「ノックも旅が好きなら、当然高橋歩のこと、尊敬してるよね」みたいなスタンスで決めてかかられ、「旅好きは高橋歩も好き」が大前提のように話が進む。

正直、肩身が狭い。旅好きのみんながみんな、あの雰囲気が好きなわけではない。あの雰囲気にあこがれているわけではない。

「旅好きはみんな高橋歩が好き、というわけではない。肩身が狭いのはいつも嫌だ」。結局僕が言いたかったのはこの一言だ。

さて、明日、ブックオフに行こう。

日本人が政治に無関心な理由は、「お前ら」のせいだ!

「日本人は政治に無関心だ」と言われて久しい。投票率も平成に入ってガクッと落ちている。どうしてこんなに日本人は政治に無関心なのか。偶然見かけたある光景から「もしかして“この人たち”が原因なのでは?」と考えて、筆を執ってみた。なぜ、日本人は政治に無関心なのか。

偶然、首相演説を見たお話

2018年9月19日、私用で秋葉原を訪れた。

夕方、大通り沿いを警察官が警備している。「あれ、歩行者天国は日曜のはず……?」と首をかしげていると、なんだか大きな声が聞こえる。

どうやら、駅前でだれかが演説をしているらしい。そういえば、ニュースでも連日、来たるべき選挙の話をしている。

警察官が警備しているが、別に通行禁止になっているわけではないので近づいてみると、100m先に、総理大臣の名前の書かれたたれ幕があった。どうやら、総理大臣が演説をしているようだ。そういえば、総理大臣は秋葉原では特に人気があるらしく、選挙前の最後の演説はいつも秋葉原に来る、なんて聞いたこともある。

総理大臣の名前を発見した時、最初に思ったのが「え、なんでいるの?」

なぜなら、連日ニュースでやっている来るべき選挙というのは、自民党総裁選だったからだ。

もちろん、僕に選挙権はないし、道ゆく人々の大半が選挙権を持っていない。

わざわざ警察官を動員して街頭演説するよりも、自民党本部で演説をした方が効果的ではないだろうか。

さて、選挙カーの周りには日の丸の旗をもって振っている一団が見える。彼らにも選挙権はないと信じたい。選挙権のある人、つまりは自民党員が選挙カーの周りを囲んでいて旗を振っているのだとしたら、それは「サクラ」である。

この話はニュースにもなっていて、総理に反対する人たちも大勢集まってヤジを飛ばしていたそうだ。

僕はこの日、秋葉原で総理大臣の演説があるなんて全く知らなかった。この日わざわざ日の丸やプラカードを持って行った人は、どう考えても「演説があることを知って秋葉原にやってきた人たち」だろう。つまり、日ごろから総理大臣の動向を気にしている、かなり政治参加への意識の高い層だ。

そして、その100m先には「総理大臣が来ていて、演説している」とわかっていて、「来てるみたいだねー」と話しているにもかかわらず、スルーして歩く大勢の人々。

一国の総理が来ているというのに、みんな関心がなさそうだ。確かに、自民党総裁選の選挙権はないとはいえ、生の総理大臣がいるのだから、もっと集客力があってもよさそうだ。

これが福士蒼汰とか広瀬すずとか、SEXY ZONEとかだったら、もっとパニック状態になっていたのではないか。そういえば、この前テレビで福士蒼汰が秋葉原でロケをしているのを見たが、あの時はどうだったのだろう。

秋葉原という場所柄、もしかしたら水瀬いのりとか上坂すみれとか宮野真守の方が集客力があるかもしれない。しかし、全員一発変換できるとは、人気声優パネェ。

少なくとも、この時は「選挙カーに書かれた文字が見える位置まで、難なく近づけた」程度の混雑だった。めんどくさかったから行かなかったけど、あと半分くらい距離は余裕で詰められたと思う。「一部の熱心な人たち」しか集まっていなかったのが現実だ。

「一強」などと言われているけど、総理は意外と人気がなかった。いや、選挙カーの周りにいた人が「総理をすごく好きな人」と「総理をすごく嫌いな人」だとすると、「みんな意外と総理に興味なかった」の方が正しいのかもしれない。

総理大臣を無視してアニメイトやソフマップに吸い込まれる人たちを見ながら、ふと思った。

今、選挙カーの前で日の丸を振っている人たち、選挙カーの前でプラカードをもって「やめろー!」と声をからしている人たち、

彼らは総理大臣ではなく、その反対側、興味なさそうに演説をスルーする人たちを見るべきなのではないか、と。そうすれば、自分たちがいかに「異常な存在」なのか気づけたのかもしれない。

そう、タイトルにもなった、日本人の政治のへの無関心の理由となった「お前ら」、それは、「政治への関心が強い人たち」のことだ。

そう、お前らのせいだよ。

「政治への無関心は悪」という発想を変えてみよう

おいおい、ひどい言い草ではないか。政治に関心があることが「異常」? ケンカ売ってるのか!

……と握った拳をひとまず開いて、話を聞いてもらいたい。

「政治に関心を持たないのはいけないことだ!」、そう思って「みんな政治に関心を持とう!」とか、「みんな選挙に行こう!」と声高に叫び続けて、

……効果があっただろうか。

ない。ないから、みんな総理大臣の生演説をスルーするのだ。

ここは発想の転換が必要だと思う。「政治には関心を持たなければいけない! 関心がないのは悪いことだ!」という今までの考え方をいったんやめて、「政治に関心を持たないのが普通。関心をもって、演説を見に行く方が異常」という発想に変えてみるのだ。

「政治に関心を持つのは当たり前だ! それを『異常』だと!?  ふざけるな!」、と怒りたくなる気持ちをぐっとこらえて、目を閉じて大きく深呼吸して、口に出してみよう、「私は異常」と。

逆に、これくらいの発想の転換もできないような頭の固さでは、何も変わらないぞ。「当たり前だと思っている大前提を疑う」ことが知性への第一歩だ。

日本人が政治に無関心な理由① ハードルが高すぎる

「政治に関心を持たないのが普通。関心を持つのは異常」としたうえで、話を進めていこう。

「選挙カーの前で日の丸を振る」という行為や、「選挙カーの前で批判に声をからす」という行為を客観的に見てみると、これは結構異常な行動だ。

「そんなことはない! 選挙を応援するのは、国民に認められた当然の権利だ!」

「政治家を声高に批判しちゃいけないのか! 言論弾圧だ!」

と言いたくなる気持ちを抑えて話を聞いてもらいたい。

政治家を応援するのも批判するのも、国民に認められた権利である。とくに、「批判」を封じ込めたら、民主主義が成り立たない。それはわかっている。

と、同時に、「こういったことを積極的にやる人は、異常である」ということも理解するべきだ。

「異常」という言葉が納得できないなら、「政治に積極的にかかわる行動はハードルが高いので、普通の人はやらない」という言い方もできる。

本人は気づかないのかもしれないが、「日の丸の旗をもって総理大臣を応援する」も、「プラカードをもって総理大臣を批判する」も、実は人前でやるには意外とハードルの高い行動なのだ。

そして、「本人は気づかない」というのが問題だ。

選挙演説のさなか、「がんばれー!」とか「とっととやめろー!」と声を張り上げるさなか、もし一度でも後ろを振り返って、自分たちを遠巻きに見ながらスルーしていく人たちの姿を見ればきづくはずなのだ。「あれ、僕たち、周りから浮いてる?」「変な目で見られてる?」と。

別に、周りから浮いているからやめろとか、そういうことを言いたいのではない。自分の信念に基づいて、周りに何を言われようと、信じたことを貫く。結構なことだ。

と同時に、「自分が周りからどう見られているか」を把握する俯瞰した視点も必要である。

そして、「自分たちの行動が新規参入を阻んでいるのではないか」と、自分を疑ってみることも大切だ。

人は、いきなりハードルの高いことはしない。

そして、「政治に関心を持つ=選挙カーの前で日の丸を振ったり、声を張り上げて非難すること」というイメージを持たれたら、それはもう「ハードルの高いこと」なのだ。「ふつうの人」は「あの一団の中には入りたくないな……」と敬遠する。

人間は、あまりにも熱心な人を見ると、ちょっとヒクのだ。

こういう経験はないだろうか。自分の好きなものを熱心に進めたけど、相手は「ああ……」と微妙な表情をされたこと。これと同じことが選挙カーの遠くの方で起こっている。

結果、「政治に関心を持つことはハードルが高い」というイメージを持たれ、敬遠される。

より分かりやすく言えば、政治に関心の強い人たちを指さして「ああはなりなくないな」「あれと一緒にされたくないな」と、一緒にされることを避けるようになるのだ。

だからこそ、政治に関心の強い人たち、お前らが日本人が政治に関心を持つのを阻んでいる、となるのだ。

政治に関心を持つこと自体は悪いことではない。立派なことだ。選挙カーの前で応援しようが批判しようが、それは国民に認められた権利で、誰に邪魔されるいわれもない。

一方で、「自分たちが周りからどう見られているか」を考える余裕を持つことも大事だ。「もしかしたら自分たちの存在が、ほかの人が政治に関心を持つのを阻んでいるのではないか」と、自分を疑ってみる頭の柔軟さが必要なのだ。

「政治に関心を持つのは当たり前のことだ! 政治に関心を持たないなんて、日本がどうなってもいいのか!」という脅迫・恫喝では、人間は動かない。

日本人が政治に無関心な理由② 右と左の罵りあいが口汚すぎる

ネットを見ると、SNSを見ると、右寄りの人は左寄りの人を口汚くののしり、左寄りの人は右寄りの人を口汚くののしる光景をよく見る。

左寄りの人は右寄りの人を「ネトウヨと呼び、右寄りの人は左寄りの人を「パヨク」と呼び、お互いがあいつらは馬鹿だ、あいつらはクズだ、あいつらは悪だと口汚くののしっている。

心当たりがある人は、ここで一歩引いて、さっきと同じように「自分たちを俯瞰して」考えてみてほしい。

この光景を見せつけられて、あの中に加わりたいなどと思う人がいるだろうか、ということに。

たとえば、駅で見知らぬ人がケンカしている。取っ組み合いとまではいかなくても、口汚くののしりあっているとしよう。

普通の人はこんな光景に遭遇したら、関わらないようにと距離を取って、避ける。「なんかアタマのオカシイ人たちがわめいてるぞ」と。よほど義憤にかられた人でないと、見かけた口喧嘩を止めるなんてことはしない。

それと同じだ。右と左が口汚くののしりあっていたら、「あいつらにかかわりたくない」と距離を取られ、避けられるのが「ふつう」なのだ。

だから、日本人が政治に無関心な理由は「お前らだ」ということなのだ。

「あんな連中にかかわりたくない」、そう思われているのだ。

日本人が政治に無関心な理由③ 文章が難しい

政治について語った文章、特にネットにある文章を読むと、難しく感じる。

なぜ、難しく感じるのか。

内容が難しいのではない。

ただ単に「漢字が多い」から難しく感じるのだ。

一般的に、文章のなかで漢字の割合は3割程度がのぞましいとされ、それより漢字の量が多いと読みづらく、それより漢字の量が少なくても読みづらい、とされている。

ところが、「政治に関心の強い人の文章」は漢字が多いのだ。

漢字が多いほうが頭がよいと思っているのだろうか。だが、残念ながら今や、変換キーを押せば「薔薇」みたいな難しい漢字も、書けないのに書けてしまう。漢字が多いのはもはや、全然賢くない。

むしろ、かしこい人の文章とは、漢字と仮名の配分に気をつかう文章だ。本を読んでいると、そのことを痛切に感じる。

たとえば、「たとえば」と書くときに「例えば」ではなく「たとえば」と書く。大学教授が文章でこういう工夫をする。「例」という漢字を知らないはずがない。知っていて、あえて読みやすいようにひらがな表記を選択しているのだ。

ここが、「本当に頭が良い人の文章」と、「頭をよく見せたい人の文章」の違いだ。「頭をよく見せたい人の文章」は、なんでもかんでも漢字変換して、結果読みづらくなる。

読みづらい文章は、当然敬遠される。最後まで読んでもらえない。読み飛ばされる。結果、主張がつたわらない。

こうして、「政治に関心の強い人の文章」は「読みづらい」と敬遠される。そして「政治そのもの」が「難しいもの」として敬遠される。

だから、日本人が政治に無関心な理由は「お前ら」だということなのだ。頭の良いアピールをしようと漢字を多用した結果、読みづらい文章を作っているのだ。

日本人が政治に無関心な理由④ バカは関わるな

先日、女優の吉永小百合がI-CANとともに核廃絶に向けたコメントをした、というニュースが流れた。

このニュースに対して賛否いろいろな意見があった。賛否があること自体は普通のことだ。

気になったのは「女優は政治に口出すな」というコメントがあったことだ。

まったくもって不可解なコメントである。職業にかかわらず、誰にだって政治に参加し、声を上げる権利はあるはずなのに。

それにしても、なぜ女優が政治に参加してはいけないのか。

女優になるのに学歴は必要ない。「バカは政治に参加するな」「声を上げるな」ということなのだろうか。吉永小百合は早稲田大学第二文学部を女優業をしながら次席で卒業しているのだが。

この「バカは政治に参加するな」という姿勢が、人を政治への関心から遠ざけている。

テレビでタレントが政治に関してコメントし、その知識が間違っていると、「政治クラスタ」が一斉に叩く。「こいつは馬鹿だ」「バカが政治を語るな」と。

もちろん、「知識が間違っている」のは問題だ。

だが、「間違っている人を見つけて、叩く」というのもまた問題なのだ。

本当に頭がいい人は、間違った知識の人を見つけたら、「教える」という方法を選ぶはずだ。

一方、実は頭がよくない人、頭が良いと見せかけたい人、頭がよくないことにコンプレックスを持っている人たちは、ため込んだ知識をだれかに教えてあげるなどということはせず、自分の頭の良さをアピールするために、他人を批判するために使う。知識が泣いている。

そうして「バカをたたく」ことによって、「政治にあまり詳しくない層」が関心を持つことを妨げているのだ。「半端な知識で関心を持ったら叩かれる」と。

「バカは政治を語るな」「バカは政治にかかわるな」という姿勢を見せる、こうすることで人は政治にかかわることを委縮してしまう。結果、政治から遠ざかる。

だから、日本人が政治に無関心な理由は「お前ら」だというのだ。「バカは政治にかかわるな」という態度をとることで、人々の関心を遠ざけ、結果、政治の話題は「自称頭のいい人たち」が「頭のいいアピール」をするためのおもちゃに成り下がっているのだ。

「お前ら」に告ぐ!

以上、長々と書いたが、要はこういうことだ。

「自分が周りからどう思われているか、俯瞰してみる視点を身に着けよう」

自分の行動が周りから「異常」と思われているかもしれない。

自分の行動が周りから「関わりたくない」と思われているかもしれない。

自分の書いた「ためになる」文章が人が読むと「読みづらい」文章かもしれない。

自分の言動が人を遠ざけているのかもしれない。

日本人の政治への無関心が問題となっている。だが、視点を変えてみると、「政治が『政治クラスタ』だけのおもちゃとなっている」こと、「『政治クラスタ』が、新規参入を阻んでいる」の方が本当の問題かもしれない。

自分を疑おう。自分は異常である。自分は変に思われている。自分は間違っている。

僕は自分で自分をそう疑いながら、この記事を書いている。