小説「あしたてんきになぁれ」 第40話「バイト、ときどきファミコン」

たまきと亜美が出会ってから約一年、たまき、初めての○○! 「あしなれ」第40話スタート!


第39話『お葬式、ところによりバスケ』

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち

歓楽街の神社のところで大通りを渡り、南へ行く。デパートのわきを抜けると、大きな画材屋さんがある。

その画材屋さんのわきの路地裏に、多くのラクガキがひしめいている。

たまきはスケッチブックを買った帰りに、そこをのぞき込んでいた。もっとも、ここにラクガキがいっぱいあると知っててのぞいたのではない。ちょうどここに自販機がいっぱいあるので、なにかペットボトルでも、とのぞいてみたところ、ラクガキをたくさん見つけたのだ。

とたんにたまきは自販機そっちのけで、例の鳥のラクガキを探し始めた。

狭い路地を行ったり来たりして、時にはぴょんぴょん飛び跳ねて、探す。建物と建物の隙間を見つけたら、顔を近づけて探す。

そうやって何分も何分もかけて探したけれど、見つけることはできなかった。

たまきは、ため息をついた。

鳥のラクガキを探し始めてからというもの、一か月でほどでたまきは三十個近くのラクガキを見つけ出した。

こんなに次々と見つけられるなんて、これはもしやギネスも狙えるんじゃないか、などと考えたりもした。ギネスにはたまにすごくくだらない世界記録がある。だったら、「鳥のラクガキ探し世界一」があってもいいだろう。たまきだって人生で一度くらいは何かの世界一になってみたい。

ところが、それからぷっつりと発見が止まってしまったのだ。最後の発見から十日間、全く見つけられていない。

ビルの隙間に顔を突っ込み、屋上に目を凝らし、「立ち入り禁止」と書かれた金網があれば向こう側をのぞき込む。前に探したところでも、新たに描きこまれているかもと、もう一度探してみる。それでもさっぱり見つからない。

見つけたラクガキのうちのいくつかは歓楽街から離れたところにあった。そんなラクガキがほかにもないかと「遠征」することも考えてみたけれど、一人で電車に乗って知らない街に行ったら、帰ってこれる気がしない。誰かを誘おうにも、亜美はこんなこと絶対興味ないだろうし、志保は最近新しくバイトを始めたらしくいろいろ忙しそうだ。

もう一度だけ、ラクガキがないか裏路地を探してみた。ほかのラクガキはいっぱいあるのに、あの鳥のラクガキだけが見つからない。

代わりに張り紙があるのを見つけた。

『落書き厳禁! 迷惑してます!』

志保が言ってた通り、やっぱりラクガキは迷惑なことらしい。ラクガキをきれいに消すのにはうんとお金がかかるという。そんな迷惑なラクガキを探し回っているたまきの行動も、やっぱり迷惑なことなのだろうか。

たまきは『城』に帰るべく歓楽街に向かってとぼとぼと歩き出した。

鳥のラクガキはすべて同じ人が描いた、とたまきは思っている。お絵かき好きのカンだ。そして、お絵かき好きだからこうも思う。

どうして、その人は新作を描かないんだろう。

お絵かき好きだったら、新しい絵を描きたいはずだ。たまきがスケッチブックを新調してでも新しい絵が描きたいように。その人だってお絵かき好きなら新しい絵を描きたいはずだ。

もっとも、このラクガキの場合、絵のデザイン自体はほとんど変化がない。いつも同じ、白い鳥が羽ばたく姿を描いている。

だけど、描かれる場所が毎回違う。作者の人はきっと、「なにを描いたか」よりも「どこに描いたか」の方を重視しているのだろう。作者の人にとって、ビルの壁とか、貯水タンクとか、陸橋の橋げたとかは、絵の背景であり、額縁であり、むしろ主役なのかもしれない。

とにかく、お絵かき好きならば新作を描きたいはずだ。だけど、少なくともたまきの目には、どれも最近描かれたようには見えないのだ。中には劣化がかなり激しく、明らかに何年か経過してるものもある。

帰り道でたまきは、カレー屋さんの隙間の室外機をのぞき込む。だけどやっぱり、鳥のラクガキは見つからない。

 

画像はイメージです

「ただいまです……」

たまきが『城』のドアを押し開けた。

部屋の中からは、バンとかドカンとかピコーンといった音が聞こえる。志保はバイトでいないはずだから、おおかた亜美がゲームでもやってるのだろう。

部屋の中に入ってみると、案の定、亜美がソファの上に胡坐をかき、コントローラーを握りしめ、テレビ画面をにらみつけて、ピコピコやっていた。テーブルの上にはゲーム機。亜美が中古で買ってきたやつだ。

「あー、くそっ! 殺す! ぶち殺す! 死ね! 死ね!」

亜美は画面をにらみつけながら、日常生活ではとても言わなそうな過激な言葉を吐き散らかす。いや、亜美なら日ごろから言ってるかもしれない。

「ああ、たまき、おかえり」

亜美は画面から目を離すことなく言った。

「あ、ちょ、ちょっと待て、おい!」

亜美が突如声を張り上げたのでたまきはビクッとなったけど、亜美は相変わらず画面から目を離さない。

「待て待て待て待て、おい、ふざけんなよ! あ~!」

亜美がコントローラーを投げだした。コントローラーは宙を舞ってソファの上に落ちた。

画面にはゲームオーバーの文字。まあ、画面を見なくても何が起きたかさすがのたまきにもわかってはいたが。

どうやら二世代前の格闘ゲームをやっていたらしい。亜美はそういった一昔前のゲームを中古でよく買ってくる。今のゲームと比べるとだいぶ画面は粗いし、できることも限られるけど、その分安くお店で買えるので、万が一「クソゲー」を買ってしまっても、あまり財布は痛くならずに済む。だから、よくわからないゲームでもとりあえず試しで買ってみることができる。万が一つまらなくても、数百円の損でしかない。

画面はいわゆる「セレクト画面」に切り替わり、モニターからは懐かしのファミコン音楽が流れている。亜美は床に無造作の置かれた段ボール箱の中から、ごそごそと何かを取り出した。

ゲームのコントローラーだ。二本目となるコントローラーを、亜美はゲーム機につなげる。

「よし、たまき、おまえもやるか?」

その質問をする前にコントローラーをつなげたということは、暗に「やれ」と言っているようなものだ。

「お前も変なラクガキなんて探して外うろついてないで、たまにはまったりイエでゲームでもしたらどうだ?」

いつもは「ひきこもってないで、外で遊んできなさい!」と言ってるくせに。

まあ、バーだのクラブだのに連れまわされるのに比べれば、ゲームはだいぶ抵抗が少ない。たまきは亜美の隣にちょこんと座ると、コントローラーを握った。

「いいか、必殺技の時はちゃんと技の名前を叫ぶんだぞ。そうすれば……」

「ダメージが三倍になるんですよね」

たぶん、そんなギミックのゲームはまだ開発されていない、とたまきはうすうすわかっていたけど。

 

たまきの操る女性キャラの体力ゲージがじりじりと減っていく。これで三回戦目。ここまでは操作に不慣れなたまきの二連敗だ。操作に不慣れだからと言って亜美が手加減するなんてことはない。

三回戦目にして、だいぶたまきのキャラの動きもスムーズになった。それでもまだ、意味もなくぴょこぴょこ飛び跳ねたりと、無駄なモーションが多い。

「はあっはっはー。小学生の時コイツを極めたウチに挑もうなんて、百年早いんじゃ、ぼけぇ!」

誘ったのはそっちじゃないか、とたまきは思ったけど、特に何も言わない。

「くらえ、爆裂ストレート!」

亜美の叫びとともに、亜美が操る男性キャラの必殺技が発動した。真っ赤な炎を纏うエフェクトで、パンチがたまきのキャラに迫る。ちなみに、技名がホントにそんな名前なのかはたまきには確認する術がない。

たまきのキャラのゲージはもはや三分の一ほど。この必殺技で勝利を確信した亜美。だが、たまきのキャラは絶妙なタイミングでしゃがみ、必殺技は空振りに終わった。

「なにぃ? そんなバカな! おのれぇ!」

亜美がマンガの悪役のようなセリフを吐く。

亜美は技の名前を叫びながら、必殺技に必要なコマンドを入力しているのだ。そのタイミングでよければいいということぐらい、いいかげんたまきでもわかるのだ。

画面をにらみつける亜美を横目に、たまきは頑張って一個だけ覚えた必殺技のコマンドを入力する。もちろん、無言で。

画面に必殺技の発動シーンが現れる。

「させるかぁ!」

回避しようとジャンプの黄色いボタンを亜美は押す。だけど、このゲームの仕様では、必殺技の発動シーンが流れたら、もう何を入力しても受け付けてくれないのだ。回避したかったら発動シーンが流れる直前に動く必要がある。たとえば、相手が技の名前を叫びながらコマンド入力を始めたタイミングで、とか。

たまきのキャラの華麗なるキックが炸裂した。何発も連続して相手に叩き込む技だ。

「おい! ジャンプだっつってんだろ! おい!」

亜美が無意味にボタンを連打するも、技の発動中では受け付けない。そもそも、攻撃されてから回避しようとしたって遅いのだ。亜美はこのゲームを小学生の時に極めたんじゃなかったのか。

亜美のキャラの体力ゲージが、三割ほど吹っ飛んだ。残りは半分ほどだ。これで、勝負はまだわからなくなった。必殺技のゲージはお互いにすっからかん。

「ちっ、なんでこんなにゲージ少ねぇんだよ」

それはもちろん、必殺技を放った直後だからだ。相手に何度か攻撃を当てないとゲージはたまらない。

 

最初に亜美が二連勝するものの、その後たまきが二回連続で勝ち、負けず嫌いの亜美がそのあと一勝した。ここまでで亜美の三勝二敗だ。

そこでやめておけばよかったものの、勝利に気を大きくした亜美が「よし、もっかいやろうぜ」と再戦を申し込んだところ、今度はたまきが勝った。

ここで引き下がればよかったものの、「次はぜってー勝つ!」と往生際の悪い亜美が再戦を申し込む。ところが、これまたたまきの勝利で終わり、これで四勝三敗でたまきの勝ち越し。二度目の二連敗がこたえたらしく、亜美はとうとうコントローラーを投げ捨てた。

「おまえさ」

亜美がゲーム機からカセットを引っこ抜きながら言った。

「もしかしてこのゲーム、やったことある?」

「……まあ、ちょっとだけ。……お姉ちゃんが持ってたんです」

「どーりで、おかしいと思ったよ。操作に慣れるのやけに早いし、足払いとか妙な技知ってるし」

亜美としてはゲームセンターの楽しさを理解しないたまきにゲームで負けたというのが納得いかない。憎らし気な目でたまきをにらみつける。

「なに、笑ってんだよ」

「だって私、勝ちましたから」

「おまえ、ボウリングに行ったときも、ゲーセンに行ったときも、ぜんっぜん笑わなかったのに、なんでウチに格ゲーで勝った時だけ笑ってんだよ!」

「……だって私、勝ちましたから」

「つーかおまえ、ゲームやったことあるんだ」

「……私のこと、何だと思ってたんですか」

別にたまきは江戸時代からタイムスリップしてきたわけではない。れっきとした現代っ子である。まあ、一般的な現代っ子と比べると、ゲームへの関心も、やった回数も少ないんだろうけど、それでもちょっとぐらいやったことはあるのだ。

「え、ほかなんかやったことある? 」

「えっと……」

たまきはおぼろげな記憶をたどる。

「なんかその、お城があって……」

「城が出てくるゲームなんていっぱいあるぞ」

「その、悪いやつが出てきて、戦って……」

「いや、だいたいのゲームがそうだよ」

「えっと……空が青くて……」

「空なんか世界中どこ行っても青いだろ」

「えっとえっと……その……さんディーっていうんですか? 奥行きがあって……、そうだ、お城の中に絵が飾ってあって、そこからいろんな世界に行けるんですよ」

「ははーん」

亜美はようやく、ゲームの見当がついた。

「そりゃ、ロクヨンだな、たぶん」

「ロク……?」

「友達が持ってて、ウチも結構やったよ。あれだろ、ステージの中に隠されたスターを集めて回るんだろ?」

「そうだった気が……」

たまきの記憶の底から、鮮やかなゲーム画面の記憶がよみがえってきた。

「ウチも思い出してきたぞ。タワーの上とかさ、火山の中とか、洞窟の底とか、いろんなとこにスターが隠してあんだよ。でさ、ムズいワザとかマスターしねぇと、そこいけねぇんだよ」

「たぶん、それです」

「ふーん」

亜美はゲーム機を段ボールの中にしまった。

「一年も一緒にいるのに、そんな話したのはじめてだな」

「え……」

たまきは、キッチンにある小さな窓の方を見た。

今は六月の初め。亜美と出会ってこの『城』に棲みつくようになってから、もうすぐ一年が経とうとしている。

「そっかー、もう一年になるかー」

と亜美。「もう一年」なのか「やっと一年」なのか、たまきにはちょっと判断がつかない。

「お前、この一年でさ」

「はい……?」

「カレシできた?」

たまきは答えない。

「沈黙ということは……イエスか」

「ノーですよ」

今度は間髪入れずに返した。

たまきは天井を見上げた。

この一年で、自分は何か変わったのだろうか。たまきを取り巻く環境は少しずつ変わってきているのかもしれない。だけど、たまき自身は何か変わったのだろうか。相変わらず、学校にも仕事にもいかず、ひきこもっているだけではないか。この『城』の中にいれば友達がいる。それはたまきにとってこの上ない進歩だ。だけど、そこから一歩外に出れば、どこにも行くところがない。

たまきには、この街で暮らしているという感覚が、いまだにない。

そんなことを考えていると、玄関のドアが開いた。

「ただいま~」

志保が帰ってきた。今日はどこかで新しいバイトをしていたはずだ。

「おかえりー」

「おかえりです……」

「あ、たまきちゃん、いた」

志保は靴を脱ぐと、まずキッチンによって手を洗ってから、たまきの方に近づいてきた。

「たまきちゃんさ、バイトする気ない?」

「……え?」

天井を見つめていたたまきは、驚いて顔を志保の方に向けた。勢いよく首を動かしたた目にメガネが少しずれてしまっているが、たまきは気づかない。

「お、何だ? たまきにバイト? おもしろそーじゃん」

驚きと戸惑いで固まってしまったたまきの代わりに、亜美が身を乗り出す。

「どんなバイト? ウチもやってみたい!」

「亜美ちゃんはダメ」

「なんでだよ!」

「ダメっていうより、ムリ」

「あ、あの……」

たまきが言葉を挟み込む。

「亜美さんじゃダメだったりムリだったりするバイトを、私に、ですか?」

「そ。たまきちゃんじゃないとダメなの」

そう言って志保は優しく微笑んだ。

 

画像はイメージです

時間を少し戻して二時間ほど前。時間は午後の二時ごろ。場所は志保のバイト先である、行信寺の境内である。

今日はお葬式があるわけではなく、寺の掃除が志保の主な仕事だ。箒でさっさと落ち葉を掃いている。

「志保ちゃん」

住職に声をかけられて、志保は振り向いた。寺の敷地にある墓地の中から、住職が手招きをしている。

「ちょっと来てくれるかしら」

「はい」

志保が近くまで来たのを確認すると、住職は墓地の奥にある裏門にむかって歩き出した。志保も後をついていく。

「志保ちゃんはさ、絵って得意?」

「絵、ですか?」

志保の絵は別に上手くも下手でもない。ノートの片隅にちょっとしたラクガキが描ける程度だ。

「別に、フツーだと思いますけど……」

そうこうしてるうちに、裏門を抜けて道路へと出る。

墓地の周りは高いブロック塀で囲まれている。ふつうの家の塀よりもかなり高い。おそらく、お墓が見えないようにという配慮のためだろう。

ブロック塀は、スプレーなどで描かれた落書きで、ほとんどびっしり埋まっていた。文字なのか、記号なのか、落書きの上に落書きを重ねられているので、何を描いたかもう判別不能というものがほとんどだ。

「うわぁ……、すごいですね……」

「まあ、アタシは別に好きに描けば? って思ってるんだけどねぇ」

住職の方はさほど気にしていないらしい。

「でも、今この町内で落書きに対して厳しく取り締まっていこう、ってことになってるのよ。そうなると、ほかのお店やビルが頑張って落書き対策してる中で、ウチだけ落書きを野放しにしておくわけにはいかないのよ」

「じゃあ、この落書きを消すってことですか?」

「それも考えたんだけどね、消してもどうせまた落書きされるだけみたいなのよ」

「……そうですよね」

「でね、こういうのは落書きを消すんじゃなくて、上から新しくきれいな絵を描くってやり方が効果あるみたいなの」

「あ、わかります。よく線路の下とかに絵が飾ってあったり、ペンキでカワイイ絵が描いてあったりしますよね」

「そうそう。それでね、ウチもせっかくお寺なんだから、なんか仏教画みたいなのでも描いてみたらどうかしら、と思ったのよ。仏様の絵をね、なんかこう、親しみやすい感じで」

そこで住職は肩をすくめてみせる。

「思ったんだけどね、アタシ、絵は全然ダメなのよ」

「そうなんですか」

「絵筆をゴシゴシやってるとね、つい力が入りすぎて、絵筆がバキッて折れちゃうの」

それは「絵が下手」というのとは少し話が違う気がする。そもそも、絵筆ってそんな簡単に折れるモノなのだろうか。あと、絵筆を動かす擬音が「ゴシゴシ」と歯ブラシみたいなものであってるのだろうか。

「それでね、志保ちゃんに頼めないかなと思ったんだけど……」

「あたしですか? ム、ムリですよ」

クマさんやウサギさんを描けというなら志保の画力でもなんとかなるかもしれないけど、仏像さんを描くとなるとさすがに無理である。

「志保ちゃんの周りでやってくれそうな人いないかしら。たとえば、いつも通ってる施設の人とか、別のバイト先の喫茶店だっけ?の人とか」

「し、知りませんよ」

志保の通う施設では、絵画を使った治療法は行っていない。施設の人の画力なんて知らない。ましてや、バイト先の人の画力なんてもっとわからない。カレシの田代の画力だって知らないのだ。

「それか、不法占拠してるビルの友達とか……、あらいけない。道端でする話じゃないわね」

そう言って住職は口に手を当てたのだが、志保は

「それだったら……一人……心当たりが……」

と答えていた。

 

「そ、それで……私なんですか?」

「だってたまきちゃん、絵が上手いじゃん」

「好きですけど……上手いかどうかは……」

たまきは志保から目をそらした。

「それに私、仏教画とかわかんないし……」

「そーだよ、たまきにはムリだぜ」

と口を出してきたのは亜美である。

「こいつにホトケサマなんて描けるわけないだろ。そのつもりで描いても、いつの間にか恐怖の大魔王になってしまいました、ってのがオチだろ」

たまきは無言で頷く。悔しいけれど、たぶん、その通りなのだ。

「だいたいさ、大丈夫なのか、その寺って」

「失礼だなぁ。あたしのバイト先だよ?」

と志保が口をとがらせる。

「だってさ、その寺の坊さんってのが、キャラが濃すぎて何が何だか。坊さんで、オネェキャラで、おまけにコワモテの大男って、何個属性あんだよ。多すぎるだろ。ポケモンだってタイプは二つまでだろ。情報多すぎて全然イメージがわかねぇんだよ」

「知らないし」

ふつうは、情報は多い方がイメージがわきやすいのではないだろうか。

志保はたまきの方を向いた。

「仏教画だなんて堅く考えなくていいんだよ。住職さんは親しみやすくって言ってたから、なんかこう、ほにゃーっとした、もにゃーっとした絵の感じで」

志保は両手を広げながら言った。だが、志保の言い方は漠然としていてあまりイメージがわかない。

たまきは志保を見るでもなく、亜美を見るでもなく、テーブルの上に置かれた水色の置時計を見ていた。なんだか、長身が逆回転を始めたかのような錯覚を覚える。それでいて、秒針はいつもより早く動いているような気もする。

「ラクガキの上から……」

たまきは呪文を唱えるようにつぶやいた。

「私……その……やってみます……」

という声は、音楽で言うところのデクレッシエンド、つまり語尾になるほど音が小さく、聞き取りづらかった。

「え?」

「その……バイト……やります」

たまきの答えは亜美にとって、そしてバイトに誘った志保にとっても意外だったらしく、目をぱちくりしている。

「おい、たまき、イヤならイヤってはっきり言っていいんだぜ」

「ちょっと、なんであたしがたまきちゃんに無理強いしてるみたいな言い方するの?」

「あ、あの、私、やります……! やってみたいです……!」

たまきは教室の一年生のように、勢いよく手を挙げた。

「それじゃ、住職さんに電話しておくね」

「でもさおまえ、前に先生に面接の練習してもらった時、ダメダメだったろ。大丈夫なのかよ」

と亜美が、自分は舞にブチギレられて履歴書をゴミ箱に叩き込まれたことを、それこそ記憶ごとゴミ箱に放り込んだかのような口ぶりで言う。

「そ、それは……」

と不安げに志保を見るたまき。

「うーん、面接なんてあるのかなぁ。そもそも、あたしも面接してもらってないし」

「あ、あの、そんなに絵が上手じゃなくてもいいんですよね……」

「大丈夫。ほにゃーっと、もにゃーっと、描けばいいんだよ」

「ほにゃーっと、もにゃーっと……」

たまきはそれこそ念仏のように唱えた。

 

たまきが志保に連れられて行信寺に行ったのは、それから幾日か経ってだった。天気予報では九州が梅雨入りしたとか言ってたけど、東京はまだからりと晴れている。

墓地にある裏口から二人は境内へと入る。

住職からは「履歴書はいらないけど、描いた絵があるなら持ってきてほしい」と言われたので、リュックサックにいつもののスケッチブックが入っている。もっとも、学校に行かず仕事もせず、公園で絵を描いていることしかしてないたまきにとっては、このスケッチブックこそが履歴書なのかもしれない。

墓地を抜けたところで住職が待っていた。なるほど、話に聞く通り、いかつい顔をした大男だ。だけど、住職はニコニコと笑顔で待ってていたため、怖い印象を受けない。

あれっ、とたまきは思った。なんかこの人に見覚えがある。どこかで会ったりしていただろうか。だけど住職が、

「はじめまして」

とあいさつしたので、たまきはそれ以上考えることはやめた。

「住職の知念です。あなたがたまきちゃんね」

たまきは無言で頷く。

「あらあら、かわいい子じゃない」

ここでもまた、クラゲのかわいいだろうか。

たまきの顔に浮かんだ不安の色を察したのか、住職は口に手を当てた。

「あらやだ。最近じゃそういうのってセクハラになっちゃうのよね。ごめんなさいね。嫌だわぁ、アタシったら」

たまきは、志保の半歩後ろに下がり少しだけ志保の体で身を隠すように立つと、志保の服のすそを軽くつかんだ。それを見て住職はまた困ったような笑みを見せる。

「そうよねぇ。こんなデカいおじさんがオカマ口調でしゃべってたら、怖いわよねぇ。いいのよ気にしなくて。アタシは慣れてるし、その反応の方が普通だもの」

違うのだ。たまきはオネェキャラだからだとかコワモテだからだとかではなく、初対面の人間には誰に対してもこうなのだ。そのたまきの態度がどうやらいらぬ誤解を与えてしまったらしい。

「それで、住職さん」

と切り出したのは志保である。

「たまきちゃんのバイトの件なんですけど……」

「そうそう。お仕事の内容はもう聞いてるわよね」

「え、えっと……」

たまきが口をパクパクしながら不安げに志保を見る。

「あ、はい。説明しました。さっき入ってきた裏口の壁に落書きがいっぱいあったでしょ? あの上から新しく絵を描く仕事。大丈夫だよね、たまきちゃん」

たまきは無言でうなずく。

「大丈夫みたいです」

「たまきちゃんは絵が好きなんだって?」

「えっと……その……」

「中学のとき美術部だったんだよね? それで今でも好きでよく描いてて」

志保が代わりに答える。

「これまでにバイトの経験はあるのかしら?」

「その……えっと……」

「今回が初めて、だよね?」

「……です」

腹話術の人形みたいに口をパクパクさせるたまきを住職は微笑みながら見ていた。

「じゃあ、絵を持ってきてくれてるのよね。見せていただこうかしら」

たまきはリュックからスケッチブックを取り出すと、いちど志保を見て、志保が頷くのを見てから、住職に渡した。

住職はスケッチブックをめくると、驚いたように眉を引き上げた。驚きの理由は想像がつく。「まさかこんな画風とは」と言ったところだろうか。

「なるほどなるほど」

と、住職はスケッチブックをめくりながら一人うなずく。

「それでお仕事の内容なんだけどね、まず、どんな絵を描くか簡単なスケッチを作ってもらうわ。そうね、ちょうどこんな感じで、鉛筆で描いてもらう形で。アタシが大まかなイメージを伝えてそれを絵にしてもらう形になるけど、まあ、絵の技術的なこととかはたまきちゃんにお任せするわ。必要な機材はアタシの方で手配しておくけど、アタシも美術には疎いから、そういうことも含めていろいろと打ち合わせしないといけないわね。もうじき梅雨が来るから、その間にそういうことは済ませちゃいましょう。梅雨が明けたら、作業に取り掛かってもらうわ」

「あの……その……えっと……」

たまきはまたしても不安げに口をパクパクさせる。それを見た志保が何かを察したのか口を開いた。

「あ、あの、住職さん。バイト代ってどんな感じですか?」

「そうそう、その話もしなくちゃね」

と住職は話し始めた。たまきは志保の横で

「あの、その、ちがう……」

とごもごも言っていた。

「こんな感じで大丈夫かしら?」

「たまきちゃん、バイト代、今の話で大丈夫?」

「え、えっと、その……」

「うん、初めてだからよくわかんないよね。まあでも、妥当な金額だと思うよ。っていうか、あたしより多いんじゃないかな」

「えっとえっと……」

たまきはそれとは違うことがさっきから聞きたいのに、志保はなかなか翻訳してくれない。そこでたまきは腹をくくった。これは、自分がちゃんと日本語でしゃべるしかないんだ、と。

「あ、あの、私って、採用なんでしょうか……」

住職は最初、きょとんとしていた。なにせ住職はこの時初めて、「あの」とか「えっと」以外の、ちゃんとしたたまきの声を聴いたのである。最初誰がしゃべってるのかわからなかったのだ。

少し間をおいてから、住職は

「もちろんよ。あなた、なかなかいい絵を描くじゃない。声もカワイイし。もっと自信もっていいわよ」

と言ってから、

「あらヤダ、今のもセクハラになっちゃうのよね」

とひとり呟いた。

 

たまきと志保は改めて住職に連れられて、裏の通りのブロック塀の前に立った。スプレーでのラクガキが所せましに描かれて、何が何だかわからない。

「まずはこの壁一面を青いペンキか何かで塗りつぶして、その上から絵を描いてもらおうかと思ってるの」

と住職が言う。

たまきは視線を壁のあちこちに走らせていた。

もちろん、ここに例の鳥のラクガキがないかを探すためだ。だが、あまりに多くのラクガキが入り乱れているので、一瞥しただけではあるかどうかわからない。

それでも、こういう場所に引き寄せられたということは、やっぱりあの鳥のラクガキが自分を呼んでるんじゃないか、たまきにはなんとなくそう思えるのだった。

 

つづく


次回 第41話「ローラーのちハケ、ところにより筆」

ついにたまきのバイト生活が始まる! 続きはこちら


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

冬がはじまるよ♪

今年は「冬がはじまるよ♪」がラジオで流れる前に、冬がはじまっちゃってる気がしますね。

まったくもって、無作法な冬ですよ。入場曲を流さずにいきなり入場してくるなんて。

そういえば、今年の夏、あいつも無作法でしたねぇ。

ラジオで「若者のすべて」が流れてるのに、ずっと居座ってるんだもの。

9月ぐらいにあっちの番組でもこっちの番組でも「若者のすべて」が流れて、一日に二度も聞くなんてこともあったのに、

まだ居座ってやがる。

まあ、「真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた♪」だから、ピークが去っただけで夏が終わったとは言ってないんですけど。

でも、あの曲はどこのラジオDJも「夏ももう終わりだなぁ」と思った時に流す曲です。そして、リスナーも「夏ももう終わりだなぁ」と思いながらしみじみと聞くんです。

だから夏よ、とっとと家に帰れ! 下校のチャイムはもう鳴ってるだろ!

「街灯の明かりがまたひとつついて帰りを急ぐよ♪」って歌ってるんだから、夏も急いで帰りなさい!

無作法といえば、秋も無作法です。今年は秋をあまり感じなかった。まったく、秋の定番のあの曲がラジオで流れてるというのに……。

……秋の定番のあの曲?

そんなのあったっけ?

童謡とかだとちらほらありそうだけど、ラジオじゃ流れないしなぁ。

そう考えると、秋って無作法の前に不憫なやつなんです。

秋が始まるときにはその期待感よりも「夏の終わり~♪」と名残惜しそうに歌われ、

秋が終わるときは惜しまれるどころか「冬がはじまるよ♪」と楽しそうに歌われる。

バンプには「冬が寒くて本当によかった♪」なんて言われる始末。秋は中途半端な気温で悪かったな。

毎年こんな感じなので、とうとう秋がへそを曲げて今年は来なかったのかもしれません。

ふだんはろくに期待もしてないくせに、いざ秋が短いと「今年の秋、短くない?」「このまま夏と冬だけなのかな。やだなぁ」と、人間ってやつは勝手です。

秋だって楽しいじゃないか。オクトーバーフェスとか、ハロウィンとか、秋のイベントですよ。

そもそも、こういうイベントは元々は収穫祭でしょ? 実りの秋。楽しい秋。世のミュージシャンはもっと秋の歌を歌うべきですよ。

たとえば、「飲める飲める飲めるぞー、酒が飲めるぞー♪」と毎月何かしらのイベントで酒を飲む唄「日本全国酒飲み音頭」で11月はどう盛り上げられているかというと……。

「11月はなんでもないけど、酒が飲めるぞ~♪」

……もうやめようか、この話。

7回目の文学フリマを終えて

先日の「文学フリマ東京37」では、今までとは少し違ったことがありました。

いつの間にか、知り合いが増えてるんですよ。

「前に鎌倉のイベントでお会いした○○です」

「ツイッターをフォローさせてもらってる××です」

「まえに湯島のイベントに出店してた時に買いました」

「あの時助けていただいた鶴です」

「あの時助けていただいた亀です」

「あの時笠をかぶせてもらった地蔵です」

そんな人たちがブースにZINEを買いに来てくれたんです。これまではあまりそういうことはなかったけど、今回は「前に買いました」って人が増えた気がします。少しずつ、見える景色が変わってきているのかもしれません。

そういうことがあると、時間とお金をかけて鎌倉までイベントに参加しに行ったり、大した売り上げにもならないのに湯島のイベントに参加したり、そういうのは無駄じゃなかったんだなぁ。

イベントとか委託販売とかの中には、どう考えても赤字になるようなものもあるわけですよ。去年は高崎の本屋さんのイベントに参加したりして。浦和から高崎までの交通費を考えると、絶対黒字にはならない。

だから、そういう時には「広告を配りに行くんだ」と割り切ってやってます。広告なんだから、お金を回収できなくて当たり前!と。

そういう意味では、売り上げ的には黒字にならなかったイベントで出会った人が、ZINEを買いに来てくれるというのは、広告としては大成功です。

かといって、広告にばかりお金を使うわけにもいかない。

これからはもっと予算の使い方というものをしっかり考えていかないとなぁ、と思う今日この頃なのです。

まあ、別にこれまでもどんぶり勘定をしてたわけじゃないんですけど、でも、予算のうちのいくらを何に使うか、なんて細かいことは考えずにやってたわけで。

紙や印刷に使うお金、イベント出店に使うお金やそのための交通費、広告費、取材費、新作のために初めて予算の内訳をしっかり書き出してみたら、結構予算ギリギリでした。

おまけに、「民俗学は好きですかとは別に、1年かけて新しいZINEを作ろうと企画しているのだから、予算が削れる削れる。

それでも、その予算がどこから出てるかと言うと、6月からの半年分のZINEの売り上げでして、さらに「売り上げの2割ぐらいは手元に残るように」と予算配分したら、結構ギリギリになってしまった、というお話。

生活費とかに一切手を付けることなくZINEを作れてるのはありがたいことです。

引き算、掛け算、割り算

久々に、四角大輔さんの話をラジオで聞いていたんです。

芸術家の日比野克彦さんとの対談だったんですけど、大輔さんの方がゲストという立場で自己紹介みたいなところから話していく感じ。「ミニマリズムとは何ぞや」いたいな感じで。

そういった話を聞きながらふと思ったのが、「僕の生き方って、『足し算』ではないかもなぁ」ということでした。

人生のステップアップに合わせて、欲しいものを手に入れて、必要なものを買って、という生き方ではないなぁ、性に合わないなぁ、と。

むしろ、どんどん荷物が少なくなってる感じがします。そういう意味では、僕もミニマリストに近いのかもしれません。いろんなものを「いらねぇや」と捨ててます。

たとえば、飲み会に行ったとき、腕時計の話になったんです。

どんな腕時計をしてるのか、いくらしたのか、奮発したよー、そんな話。

でも、僕はその話題に全く入れなかったんです。

なぜなら、そもそも僕、腕時計してないんです。いらねぇや、って。

時計が目に入るところにあると、時間を常に意識してせかせかしちゃうので、思い切っていらねぇや、って腕時計するのやめたんです。

最近は、スマホカバー使うの、やめました。重くて邪魔だし、いらねぇや、って。

スマホ落としたらどうするんだって? 落とさなきゃいいんじゃないかな。

そうやって振り返ってみると、僕は自分の生き方において、足し算よりも引き算の方を大事にしてるんじゃないかな。欲しいものを足していくよりも、いらないものを引いていく。

とはいえ、僕も仙人じゃないので、何もかも捨てて山奥で裸一貫で霞を食って生きていきたいわけではありません。

ゼロになるまで引き算してるわけじゃなくて、好きなことややりたいことはちゃんと残しておいて、引き算で生まれた時間で好きなことをする。

つまり、今度はかけ算をしているわけなんです。好きなこと、やりたいことに使う時間を、何倍にも増やしていく。

たとえば、SNSを見る時間とか、ゲームする時間とか、誰かの悪口を言う時間とか、そういうのはどんどん引き算していって、空いた時間をモノづくりに当てる。やりたいことに対して、もともとの何倍もの時間を当てられる。

だからと言って、好きなことばかりしているわけにもいかない。働かなきゃいけないし、畑も耕さないといけない。「出来上がったZINEを印刷・製本する」という、おもしろくもなんともない作業もしなければならない。

だから、1日のうちで何にどのくらい時間を使うかを、きちんと割り振る。これはわり算です。

こんなふうに考えていくと、なるほど、僕の生き方は、引き算・掛け算・割り算で成り立っているんだなぁ。あれもこれもと足し算していくんじゃなくて、いらないものを引き算して、やりたいことを掛け算して、時間を割り算していく。

そして最後に、ホントに必要なものを、最後に足し算すればいいのかな、と。

この前は6000円のちっちゃい台車を買いました。イベントの時の運搬に必要だったんで。軽くて使いやすいんですよ。腕時計の話はできないけど、ちっちゃい台車の話なら大歓迎ですよ。

終わりなき旅!

久々に横浜に行ってきました。

横浜のハンズで行われた、ZINEの販売を委託するイベントに参加していたので、せっかくだからひさびさに横浜に行ってみるか、と。

前に横浜に行ったときは、鎌倉に行ったついでに立ち寄って、夕飯にラーメンだけ食べて帰ったので、そういえばガッツリとした横浜観光を久しくしていない。今回はガッツリと横浜を堪能します。

しかし、横浜駅前って意外と横浜家系ラーメンのお店ないんですよ。逆に札幌ラーメンのお店が目立ってたよ。

むしろ、埼玉の駅前の方がまだ横浜家系を見つけやすい。横浜家系とはいったい……。

そしてひさびさに訪れました、大桟橋。

イヤぁ、懐かしいなぁ。

……という言葉は嫌いです。

「懐かしい」と言ったとたんにもう、「懐かしい」の対象は過去形じゃないですか。

「思い出話に花を咲かせる」なんて、ちっとも興味がありません。超どうでもいい。

僕にとっての「旅」や「冒険」は過去形ではありません。現在進行形です。

旅の定義が、目の前の景色を次々と変えて刺激を得ることなのだとしたら、ぼくにとってZINE作りは旅そのもの。

巻を重ねるごとに、自分の興味だったり、モノの見方だったりが、少しずつ変わっていっていることを実感します。

そして、作ったからには売らないといけない。でないと、誰も読んでくれない。

ZINEを売るために、今まで行ったことのない町に行って、入ったことのないお店に入って、会ったことのない人に会う。まさに、旅です。

ここ最近は、中央線沿線を攻めています。ヘン……ステキな街が多いんですよ。

作品だけなら、もっと行動範囲が広い。北は北海道から、南は長崎まで、僕がまだ行ったことのない都道府県や知らない町にも、作品が届いて行っています。まあ、北海道も長崎も、行ったことはあるんですけど。

そう、モノづくりは旅なのです。船旅をしていた時は、船が世界中どこへでも連れてってくれた。今は、作ったZINEが知らない土地へと連れてってくれる。

だから、僕にとって旅はまだ終わっていないんです。

「旅に出て価値観が変わりました! 君もパスポートをとって旅に出よう!」としたり顔で言う人を見るたびに、「別に旅人だけがえらいわけではなかろう。海外に行くのがそんなにえらいんか」と思ってきた僕なのですが、それってやっぱり、別に移動するだけが旅じゃないとどこかで思ってるからかもしれません。

たしかに、海外を旅するのはとても楽しいし、刺激的。

でも、「旅に出て価値観が変わりました!」と言う人に限って、「これまでに100か国以上を訪れ……」みたいなのを経歴に書いたりして、「いや、数でマウントとるんかい!」と呆れかえることなんてしょっちゅう。それのどこが「価値観が変わった」と言えるんだい。

旅がもたらす刺激や感動と同じものが旅じゃないなにかでも得られるんだったら、それはそれでいいじゃないか、と思うのです。別に旅することや海外に行くことにこだわらなくていい。旅の日数や行った国の数でマウントとるよりもよっぽどマシ。

いや、海外に出向した友達とか、旅に出た友達とか、マジでリスペクトですよ。ただ、「自分が動き、景色を変える」という意味では、ZINE作りと旅は何ら変わらない、そう思っているのです。

4年目と10冊目

民俗学エンタメZINE「民俗学は好きですか?」、いよいよ10冊目が完成しました。

1冊目の完成から、ちょうど4年が経ちました。

4年と言うと、大学生だったら卒論書いて卒業してなければいけない時間です。

アスリートだったら、オリンピックやらワールドカップやらの大きな大会が4年周期でやってくるので、4年でひとくくりって考えの人が多いみたいです。

そして、僕は4年でちょうど10冊という区切りを迎えたわけです。よくもまぁ、飽きずに続いたなぁ。

こうやって10冊を並べてみると、我ながら圧巻ですねぇ。

……青、紫、黒、寒色多いな。

10冊目が出せるということを4年前に考えていたか、と考えると、微妙なところですね。10冊目まで出したい、と思っていたと思うけど、別に何の確証も保証もなかったわけで。

で、いま、次の10冊、次の4年をどうするかって考えてます。次の4年。おお、アスリートみたいだ。

これからのZINE作り、これからの販売方法、これからの宣伝の仕方、これからの活動、次の4年をどうするか、プロデューサー目線でいろいろと考えてる最中です。

4年やって気づいたのが、クリエイターとしてモノづくりをするときと、プロデューサーとして販売や宣伝について考えている時では、使う脳みそが違う、思考回路が違う、考え方が違うということ。

モノを作るというのは、数字では評価できないもの。

モノを売るというのは、数字でしか評価できないもの。

この二つは、根本から違うんです。

WEBライターやってた頃は、「こういう文章が読まれますよ」みたいなマニュアルがよくありました。「読まれる要素」みたいなのを次々とぶっこんでいくわけです。

今はもう、そういうことはほぼやめました。

モノづくりをしているときは、「どう言う文章が読まれる?」とか「どういうZINEが売れる?」みたいなことは一切考えない。自分が作りたいように作る!

作ってから、頭を切り替えて、売ることを考える。「作る」と「売る」で完全に思考を切り替えるのです。

切り替えた後で、「これ、おもしろいのかな?」「これ、どうやって売ればいいんだろう?」と頭を抱えるのです。

……だから今、頭を抱えてるんですよ。

最新号の特集のテーマはずばり「匣」、すなわち「箱」。

これを一体どうやって売っていけばいいのか……。「匣のプロモーション」なんて何をやっていいやら見当がつきません。

……いやいや、その前に。

「特集 匣」って何だよ!

こんなミステリアスなZINEでも、この前のイベントではちゃんと売れていました。世の中って不思議ですね。

「幻日のヨハネ」を語りたい!

今期のアニメ「幻日のヨハネ」が面白かったから語らせてくれ!

この「幻日のヨハネ」、説明が必要なアニメで、ラブライブシリーズの最新作なんです。

ラブライブとは何かというと、女の子のアイドルが主人公のアニメ・ゲームのプロジェクト。アニメの中だけでなく、声優さんたちが実際にアイドル活動をするんです。

このラブライブグループの2代目のグループが「Aqours(アクア)」。9人組のグループで、紅白に出場したり、東京ドームでライブしたりしています。

で、このAqoursを主人公にしたアニメが「ラブライブサンシャイン!」。静岡県沼津市を舞台に、女子高生たちが廃校の危機にある母校を救うためにアイドル活動をする、というお話。2クール全26話。

僕は最初、「女の子たちがキャッキャして、オタクにゲームやCDを売りつけるためのアニメなんでしょ、どーせ」とナメた態度で見始め、

最終回で号泣していました。

その後、再放送で2周目の視聴に入り、

「面白いアニメだったけど、2周目だし。展開もオチも知ってるし」とナメた態度で見始め、

最終回でまた号泣していました。

で、今回の「幻日のヨハネ」はこの「ラブライブサンシャイン!」のスピンオフなのです。

Aqoursのメンバーに津島善子というキャラがいまして、この子がAqours随一の濃いキャラクターで、いわゆる中二病。黒魔術に憧れ、「堕天使ヨハネ」を自称し、周りからは「はいはい」と軽くあしらわれる、そんなキャラです。

……やっと「ヨハネ」が出てきましたね。

「幻日のヨハネ」は「善子ちゃん」ではなく「ヨハネ」を主人公に、異世界都市ヌマヅを舞台に、Aqoursメンバーと同じ名前同じ顔よく似た性格の女の子たちが活躍するアニメなんです(ちなみに、善子ちゃんは「サンシャイン」では主人公ではなく、あくまでメンバーの一人)。

「幻日のヨハネ ~SUNSHINE IN THE MIRROR~」のあらすじ

歌手になる夢を抱き「ヌマヅ」から「トカイ」へと出ていったヨハネ。でも夢を掴めずにヨハネはヌマヅへと帰る。そこで母親から出された夏の宿題が「自分にしかできない楽しくてたまらないことを見つけなさい」。ヨハネとだけ言葉を交わすことのできる犬(オオカミ?)のライラプス、そして幼馴染のハナマルをはじめとする同年代の女の子たちとの触れ合いを通して、ヨハネは宿題の答えを探していく。一方で、町では怪しい事件も起き始め……。

まあ、これまた「Aqoursファンに向けたおふざけのスピンオフでしょ、どーせ」とナメた態度で見始め、

いまドハマりしています。

スピンオフだけど、世界観も人間関係も完全に別物なので、Aqoursを全然知らない人が見ても楽しめます。

もちろん、Aqoursを知っているともっと楽しい。元ネタである「サンシャイン」を反映してる部分だったり、ちがう部分だったり、「このキャラはこうアレンジしてきたかぁ」という部分で楽しめます(ヨハネと比べると善子ちゃんはもっとひねくれてる、とか)。

なにより、Aqoursの9人がそろった時の雰囲気がすごくいい。ほんとになんとも言えない「雰囲気」がいいんです。

それに、Aqoursが歌う主題歌「幻日ミステリウム」もすごくかっこいい! まるで世界の破滅に立ち向かうアニメかのようなシリアスさ!活動期間も10年近くになり、ソロで音楽活動をしている声優さんも多いので、楽曲としてのクオリティがすごくいいのです。

Aqoursやラブライブを好きになる入り口がこの「幻日のヨハネ」だった、そんな人がいてもいいと思います。

ZINEフェス埼玉出店記

先日、浦和パルコで行われたZINEの販売イベント「ZINEフェス埼玉」に出店してきました。

「ZINEフェス」は普段は吉祥寺パルコで行われているのですが、今回は初めての浦和開催。今まで、イベントに出店するためにあちこちに行き、6月には往復3000円をかけて高崎まで行っていたのに、今回、なんと交通費が0です。会場まで歩いて行きました。

地元、ということでわかるのですが、浦和パルコのお客さんは吉祥寺パルコのお客さんとは、どうも客層が違う。

吉祥寺という街は、商店街におしゃれな雑貨屋がずらりと並ぶ街です。吉祥寺パルコの中にもやはりおしゃれなお店がいっぱい。実際、イラストや写真などのアート系のZINEがよく売れます。アート系ではなく読みもの系のZINEを作る僕にとってはアウェーです。

一方の浦和はと言うと、

浦和におしゃれな雑貨屋さんがずらりと並ぶ場所なんてあるわけないじゃないですか。はっはっは。浦和の商店街に何があるかって? 日高屋だよ。浦和パルコにどんなお店があるかって? ノジマ電器だよ。

じゃあ、浦和パルコによくくるお客さんとはどういう人なんだろうか。どんな人をターゲットにして売ればいいんだろうか。

よく浦和パルコをうろついてて、

本屋さんとか好きで、

「民俗学」ってワードに反応しちゃう人っていうと……、

ワシのことやないかい!

そうか。ワシみたいな人を相手に売ればいいんだな。

そして実際にイベントが始まってみるとあらびっくり。

吉祥寺の時の倍ぐらいのスピードで瞬く間に完売してしまったのです。吉祥寺では一度も完売したことないのに……。

やはり、同じパルコでも吉祥寺と浦和では客層が違っていた! そして、浦和の方が完全にホームだった!

ZINEを作り始めて5年目、「どこかに僕のZINEがよく売れる町はないかね」といろんな場所のイベントに参加してきたけど、まさかの地元がよく売れるとはなんという青い鳥。

そういや、好きなアニソンの歌詞にあったなぁ。「探してたものは実は近くにあって、信じられないほど遠回りして見つけ出すんだ♪」

それにしても、どうして浦和の方がこんなに売れ行きがいいのだろうか。

実はちょっと思い当たる節があって。

吉祥寺になくて浦和にあるもの。それはプロサッカーチームとあともう一つ、古本市。

浦和は毎月古本市が開かれていて、もう40年以上続いてるんです。僕も毎月楽しみにしています。

40年のあいだ毎月古本市が開かれるって、これは全国でも相当珍しいのではないでしょうか。

おしゃれな雑貨屋が集まる吉祥寺にアート系ZINEを楽しむ人が集まるように、40年古本市がつづく浦和には読み物系のZINEを楽しむ人が集まるのではないか。

じゃあ、アートと読み物の違いって何だ? ただの絵・写真と文章の違いなのか?

考え出すときりがないのだけど、ZINEを作り始めて5年目にして地元が初めて教えてくれることがある。やっぱり青い鳥です。

時間の流れが早い?

一般的に、年を重ねるごとに1年の感覚がどんどん短く感じるようになる、って言いますよね。もう6月、もう8月、もう10月、すぐクリスマスが来て、大みそか、お正月。そんなバカな。だってついこの間もお正月だったじゃん! このまえ初詣行ったばかりなのに、って。

僕も御多分に漏れずそのように感じていまして、そのうち人生なんてあっという間なんて焦りを感じていたんです。

……ですが。

この前、吉祥寺に行った時のこと。

町を歩きながら、そういえば去年の今ごろ、初めて吉祥寺を訪れたんだよなぁ、と思い出します。その時は吉祥寺に新しくできたZINEのお店の見学に行っていて、あれからそこが主催するイベントにも何回か出展させてもらって……。

え、これ、ぜんぶ1年以内の話?

体感では1年半ぐらいかと思ってたのに。

ほかのことを思い出してみても、「あれからまだ1年たってないの?」なんて驚くこともちらほら。

まあつまり、「1年前って何やってたっけ?」と振り返ってみると、1年ってちゃんと長いんだなぁ、ということに気づいたんです。

すなわち、短く感じていたのは「1年の長さ」じゃなくて、「ルーティンの感覚」の方だったんですよ。

毎年同じように年末が来て、大みそかになって、お正月になって、というルーティン、これが短く感じるようになっていたんです。

「もう8月!? いやだ~! 早い~!」というのもおんなじで、1月、つまり「お正月」というルーティーンを基準に考えちゃうから、時間の流れが速いように感じちゃう。

ということは、基準となる1月にルーティーンのようにお正月を過ごすのをやめて、毎年何か違うことをすれば1年を短く感じることがなくなる、のかもしれません。

時間の流れと言うと、1日の長さも早く感じる日もあれば長く感じる日もあります。

この前、日中は働いて、夕方になって飲み会に行って、二次会にも参加して、酔った友人の介抱をして、ようやく帰路につこうという時にふと思ったのです。「ふう、ようやく一日が終わる。長い一日だった」と。

あれもこれもと詰め込んだ一日を送ったら、いつもよりも長く感じた。

ということは、予定をいっぱい詰め込んだ方が、1日が長く感じるんじゃないか。

つまり、生き急いでいるように生きる方が、実は一日が長く感じる!

なんてこった! あれもこれもと予定を分刻みに詰め込んで、生き急いでいるように見えるような人が、実は人生をゆったりと楽しんでいたなんて!

Be “stay foolish”

マイメン・ゲバラがついにやってくれました。

「蒸風呂兄弟」なるユニットを組んで、車にサウナをのっけた「サウナカー」をかついでこの8月に世界を巡る旅に出たんです!

あ、ちがった。サウナカーに乗って旅に出ました。車かついでない。

いまごろモンゴルの空の下だとよ。

数か月前に連絡が来て、これこれこういう活動をしてるから、応援してくれないかと聞いた時、僕は素直にうれしかったんですよ。

30歳過ぎてこんなバカなことを純粋にやってるやつがいるのか、と。

僕も「民俗学のZINEを作って、売る」というバカなことをやっているという自負があるんですけれど、だからこそ思うんですよ。30歳を過ぎたたりから、「おバカ」を実践する人が少なくなってるなぁ、と。

体感では20代の頃の5分の1ぐらいですかね。

飲み会に行っても、話題が「仕事」「家庭」「投資」の話が増えてきた気がします。

そんな中でサウナカーに乗って旅に出るというおバカなことをゲバラが本気でやっている、というのが嬉しかったんです。

でも、それと同時に、なんだか悔しかったんですよ。

僕もゲバラとはベクトルが違うけど、「自分で紙媒体を作って、自分で売る」というおバカなことをやっているという自負があります。

だからこそ、この「おバカ」や「ワクワク」という領域で負けたくない。

いや、勝ち負けじゃないのはわかってます。っていうか、別にゲバラに勝とうとは思ってないし、「おバカ」の領域でゲバラに勝てるとも思ってない。

ただ、負けたくはないんです。

肩は並べていたいんです。

次にあいつに会えた時に「お前はすごいなぁ。俺にはもうあんなことはできないや」なんてことだけは言いたくないんです。

最近はそんなことばかり考えてますね。もっとワクワクできるはずだ。どうすればワクワクでゲバラに勝てる、と。

ZINEを作って売るという活動に少し慣れてきたところもあって、だからこそ思うんですよ。まだまだ、もっともっとワクワクできるはずだ、と。

今年の春にもそんなことがあって。

学生時代からの友人が、仕事でメキシコに引っ越したんです。

もちろん、彼は遊びに行ったわけではないけど、それでもやっぱり見知らぬ国に移住するのは、挑戦であり、冒険です。

彼の話を聞いてるうちに、こうしちゃいられない! と前々から考えていたシェア畑をレンタルしました。そっちが海を渡るなら、こっちは土を耕してやるぞ!と。

これまたやっぱり、友達が何かに挑戦しているさなかに、ぼんやり椅子に座って「応援してるよ~。頑張ってね~」と言ってるだけ、というのがイヤなんです。むしろ、張り合うことが僕なりの応援です。

旅をしてる人がえらい、海外に行く人がえらい、とは思わないけど、やっぱり旅をしてる人は偉いです。

さて、先日、寝転がってぼんやりラジオを聴いてたら、どこかで聞いたようなイントロが。秒で跳び起きました。その曲は88の出港曲「HOME」だったのです。

で、HOMEをラジオで聞きながら思ったのです。

そうか、僕が本当に負けたくないのは、船旅をしていた時の自分だ、と。あいつなんだ、と。

まだ10年もたっていないのに、「冒険はもうやめたよ。大人になったのさ」とだけは言いたくない。

あいつに、あの頃の自分に、勝ちたい!

とりあえず、当面はいま作っている「民俗学は好きですか?」のvol.10を、もっと面白く、もっとワクワクするものに仕上げることですね。

10冊目になってZINEの方向性もだいぶ固まってきたようにも思えるし、ここらでそろそろぶっ壊したくもあるし、これもまた冒険です。

自分が面白いと思えることをやって、それを見て面白がってくれる人がいたら、最高です。