6年目突入!

僕の立ち上げたZINEレーベル「ノンバズル企画」も、今月で活動5周年になりました。

5年間、長いような、短いような、体感にして5年くらいというか。

まさか5年後も活動を続けてられるとは、30%くらいしか思ってなかったですよ。いや、やり続けるつもりではいたけど、どうせ誰にも見向きされないんだろうと思ってましたから。その覚悟で始めたことですから。

というわけで、今月から6年生です。

5年目は「予算管理」を意識し始めた年でした。どんぶり勘定はやめて、「前回までの売り上げがこれくらいだから、今回の予算はこれだけ!」を徹底してやるようになりました。

参加したいイベントがあってもむやみに応募するんじゃなくて、まずは予算とにらめっこ。参加するだけの予算がなかったら、もちろん参加は見送ります。

でも、ちゃんと予算を管理するようになったことで、「予算があまって余裕があるから、台車が買える! 椅子も買おう!」と、今までケチって渋っていた備品が買えるようになりました。

お金を使わないための予算管理であると同時に、お金を使うための予算管理なのです。

あと、最近は予算の中で「広告費」という名目を用意するようになりました。

このイベントに参加しても採算は取れないだろうけど、宣伝にはなるぞ、みたいなときに使うお金。これまた、「予算のうちのこの部分は広告費! 採算は取れなくていい!」と腹をくくったからこそできること。

予算管理って大事なんです。

それに加えて、6年目は「スケジュール管理」も今まで以上に徹底していこうと思ってます。

なんのスケジュールかというと、製作スケジュールですね。

何月はこれをやって、何月までにこれをやって、今週はあれをやって、来週はこれをやって……。

どうしてスケジュール管理にこだわるのかというと、今年から同時に二冊のZINEを作るからです。

これまで作ってきた「民俗学は好きですか?」シリーズに加えて、いま、小説「くらやみ坂のナツミ」を執筆しています。年末の文学フリマ東京に向けて製作中です。

二冊同時に作っているからこそ、スケジュール管理が重要。どっちがどこまで進んでいるのか。どっちの製作が遅れているのか。どっちの製作を優先し、どっちにより時間を割かなければいけないのか。

スケジュール管理を模索しながら、探り探りでやっています。

今のところ、「民俗学は好きですか?」の制作に支障はないし、「くらやみ坂のナツミ」も予定通りに書き進んでいます。

予算管理も、スケジュール管理も、二冊同時製作も、全てが挑戦です。いや、モノづくりと販売はいつだって挑戦です。

結果の出る出ないは別として、挑戦し続けることこそが一番大事だと思うのです。すべての挑戦者に幸あれ。

8年前のドカ雪

この前は久々のドカ雪でした。畑仕事をはじめて、はじめて、はじめての冬です。あれ? はじめて一個多いかな?

人や車が往来する道路には雪は残らなくても、畑にはしっかり雪が残ってました。

屋外の流し場にも雪が積もって泡風呂みたいになってました。

雪の中で野菜の様子をチェックしようと「トンネル」と呼ばれる装備を外そうとするけど、雪解けの泥でぐちゃぐちゃ。ただ野菜の様子を見たかっただけなのに泥遊びをする羽目に。

ニュースを見てると参考までにと、8年前の大雪の映像を流してました。

ああ、懐かしいなぁ。

2015年2月14日。あの日のことはいまだに忘れない。血のバレンタインならぬ、ドカ雪のバレンタイン。

その日、大好きなHOME MADE 家族のライブが、さいたま新都心のライブハウスであったんです。

ところが、異例の大雪。電車は動くのか、ライブは開催されるのか、そもそもHOME MADE 家族は会場に来れるのか。不安は尽きません。

ただ幸いなことに、さいたま新都心はぎりぎり徒歩圏内だったので、交通機関が止まっても会場に行ける。大雪の中をひいひい言いながらライブハウスまで歩きました。

無事ライブも始まり、HOME MADE 家族はステージに立つなり、「今日は本当によく来たな!」。ふつうのライブの10倍くらい歓迎されました。

会場はいつものライブより若干すきまがあって、ああ大雪で諦めて来れなかった人もいっぱいいたんだろうなぁ、と。

そして始まるライブ。「アイコトバ」「少年ハート」などの定番の名曲から、新曲まで、ライブパフォーマンスがすぐ目の前で繰り広げられます。その曲で飛び跳ねたり踊ったりするぼくたちオーディエンス。

武道館で一万人を前に歌ったり、テレビで電波に乗せて歌ったり、ラジオで何度も流れたりして、大勢の人が聞いてる曲たちを、今日このライブハウスに大雪のなか必死でたどり着いた数百人のためだけに今歌ってくれてる、これはライブの究極の醍醐味だなぁ。たぶんアーティスト側の視点でも、「大雪の中で必死で来てくれた限られた人たちのためだけに歌う」ということはなかなかないんじゃないかな。

それから半月ほどして、毎週見ていた深夜の番組「さまぁず×さまぁず」を見ていた時です。

「さまさま」はさまぁずの二人がお客さんの前でトークをする、というだけのシンプルな番組。でも、毎週録画するほど好きでした。

さまぁずの二人がお客さんの前に出てきて、あいさつをしてからトークが始まるのですが、その回は出てくるなりお客さんに向かって、「今日は本当によく来てくれた!」といつもの10倍の大歓迎。

ああ、あの日だ。あの日の収録だ。

きっと、さまぁずの二人も、お客さんも、ひいひい言いながらテレ朝のスタジオに行ったんだろうなぁ。

君たちはどう疲れをとるか

最近、「いかに疲れをリカバリーするか」に力を入れています。

一流のアスリートは「どれだけ練習するか」よりも、「いかに体をケアして、いつも通りの実力を発揮するか」に力を注ぐって言います。

僕も一流の市民なので、「いかに疲れをとって、次の日も元気に動けるか」を考えねばなりません。

たとえば、マッサージチェア。近所のイオンに100円200円でできるマッサージチェアがあって、たまに使うのですが、凝りがほぐれてホニャホニャになります。

よし! マッサージチェを買おう!

と思ったけど、いくつか問題が。

まず、シンプルに値段が高い! 旅館に泊まって温泉に浸かった方がマシじゃ! ってくらいの値段がします。

おまけにデカくて場所をとる。

マッサージチェアを買ってしまったら、今ある椅子は邪魔なので捨てなきゃいけません。壊れてもいないのにマッサージができないただの椅子だから捨てられるとは、なんて不憫な子。

あと、マッサージチェアではいつも全身コースでやってるんだけど、

よくよく考えると、別に全身やってもらう必要はなくて、腰だけだったり、背中だけだったり、肩だけだったりでいいような……。

でも、せっかくだしもったいないからと全身コースで10分15分ほどやってみるんだけど、終わってからやっぱり思う、「腰だけでよかったな……。肩とか腕とか、いらんかったな……。そのぶん腰を重点的にやってもらえばよかったな……」

全身やってもらう必要がないんだったら、あんなにバカでかい必要もないわけで。もっとコンパクトなものにして、その時その時で必要な個所を重点的にマッサージすればいいのでは……。

というわけで、マッサージ器具があるお店をいろいろとまわってみました。

で、この前2000円ぐらいで買ったのがのが、このイボイボ付き鉄アレイみたいなやつ。樹脂なので鉄よりずっと軽いけど。

これを椅子と背中・肩の間に挟んだり、足で挟んだり、布団においてこれの上に直接寝たり、

これだけで硬くなった筋肉がほぐれて、ホニャホニャになります。

あと、こいつを枕元に置いておけば、朝起きれないときにこれを背中と敷布団の間に挟めば、「痛い! 痛い! 起きる! 起きます!」ってこともできます。

痛いということは、それだけ筋肉が凝り固まってるということ。どうやら寝てるだけでもそれなりに筋肉が固まってしまうようです。だから朝がだるいのか。

80㎏まで耐えられるので、僕が全力で踏んづけなければ大丈夫。

いま、さらに5000円の「超電動ブルブルボール」、と僕が勝手に呼んでるやつを買おうかどうかを考えています。イボイボと電力、二つの力を使いこなせれば、さらなるホニャホニャの境地に達することができるんじゃないか、と。

あと、イボイボは加減を間違えるとかえって体を痛めるし。

理想は、疲れを残さず、翌日も元気に動き回ること。

今のところ、イボイボのおかげで翌日に疲れが残らなくなりましたとさ。

これは発明だ!

引き続きですね、大人数の飲み会には参加したくない、っていう話です。

思えば、そもそも居酒屋の机自体が、20人、30人という大所帯の飲み会に向いてないんじゃないですかね。

どこのお店に行っても、お客さんが大所帯となると、机をくっつけて、テトリスの長~い棒みたいな形にしてます。

これだと、何十人で来ようが結局、隣と正面とはす向かいの5人ぐらいしか会話できません。遠く離れた席で会話が盛り上がってても、聞こえやしない。だったら最初から四、五人で来るのとそんなに変わらないじゃないか。

そういえばあのダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に描かれているのも、長~い机でした(しかもなぜか、全員が同じ方を向いている)。これだと端っこの人は、イエス・キリストの話が聞けていなかったかもしれません。

イエス「この中に裏切り者がいる……」

弟子「え、なになに? よく聞こえない」

絵をよく見てみると、一番左端の弟子はイエスの方に向けて身を乗り出しています。やっぱりよく聞こえてないじゃないか。

右端の3人は話に夢中でイエスの方を見ていません。やっぱり聞こえてないじゃないか。

なにが「最後の晩餐」。これじゃまるで「よくある飲み会」です。最後の晩餐なんだから、もっと配慮した机を用意してあげてよ……。

そういや、イエスはもともと大工じゃないか。だったら、その場で机をのこぎりで半分に切るとかさ、色々と工夫が……。

なんの話だっけ?

やっぱり、細長い机っていうのがよくない。

特に、僕は左利きなので、僕の左側に右利きの人が来ると、高い確率で食事の時に肘がぶつかっちゃう。

つまり、細長~いテーブルの場合、僕が座れる席は列の一番左端の二か所しかないんです。

だからいつも、しゃべれる相手は、正面、横、はす向かいの4人だけ。

どーりで大人数の飲み会が楽しくないわけだ。

そう考えると、中華料理屋の丸テーブル、あれこそ、大勢で食事する時にうってつけの机なんじゃないのか?

細長いテーブルだと、テーブルをどう並べようが「一番遠い人」はめちゃくちゃ遠くなります。

でも、丸テーブルなら「一番遠い人」はなんと真正面に来る!

これは、発明だ!

しかも、中華の丸テーブルなら真ん中が料理を乗せてぐるぐる回るから、後輩が料理を取り分けるみたいな気づかいもいらない!

これは、発明だ!

そうなんですよ。「円」という図形は、数学的には「中心から同じ距離の場所を線で引いたら浮かび上がる図形」なので、丸テーブルの真ん中に料理を置けば、全員から等しく同じ距離になるのです。

これは発明だ!

そのうえ、丸テーブルに左端なんてない!

これは発明だ!

よし、特許をとろう!

飲み会がしたい2

飲み会がした~い。

と、ちょうど1年ぐらい前にも書いた気がします。

……気がする、どころじゃないです。記録をさかのぼってみれば、1年前にちゃっかり書いてます。「飲み会がしたい」と。

そしてこうも書いてます。仕事の愚痴とか、家庭の話とか、趣味の話とか、

そういう話はしたくないんだ、と。

話たくないし、聞きたくない。そもそもそんなに興味がない。

そもそも、数千円の会費払って、日程調整して、わざわざ電車に乗って出かけて、わざわざ顔を突き合わせて、する話が仕事の愚痴とか、アニメの話とか……。

そんなの電話でいいじゃん!

近況報告? 知らん。他人の近況なんぞちっとも興味がない。逆に、自分の近況を語るのも、僕自身が一番興味がない。

なんなら今、友達とオンラインで通話して、アニメのとか特撮とかの話をしながらこの文章を書いています。やっぱり音声だけで十分じゃないか。その方がリーズナブルだし。

せっかく顔を突き合わせるんだったら、僕はもっと熱い話がしたい。いま何に挑戦してるのか、いま何に熱くなっているのか、そんな話がしたい。飲み会が終わって、帰りの電車で一人になってもまだ熱さが残る、「よーし、あいつには負けないぞ!」と火がついて、帰ったらすぐに作業に入る、そんな飲み会がしたいのです。

飲み会といえば、最近は大人数での飲み会はもう断るようになってきました。多くても10人くらいまで。居酒屋でテーブル二つぐらいまで。それ以上の大人数での飲み会はもう、最初から断るようにしています。

大人数の飲み会って思い返してみても、あんまり楽しいと思ったことないな、と思って。

もっとああすりゃよかった、こうすりゃよかった、あっちのテーブルの方がよかったな、この話題には入っていけないな……。

帰りの電車で反省点しか出てこないんだもの。いったい何しに行ったんだか。

そんで出てくる話題はというと、仕事の愚痴だったり、家庭の愚痴だったり、アニメの話だったり、近況報告だったり……。

ほんと、何しに行ったんだか。

だったらもういっそのこと、最初からいかなくてもいいんじゃないか。「ひょっとしたら楽しくなるかも」ぐらいのレベルだったらもう、最初からいかなくていいんじゃないか。

だいたい、大人数になると往々にして、あまり話したことない人だったり、下手したら初対面の先輩後輩がいたりするものです。

そういう人たちとお酒の席で打ち解けるほどの話術も、盛り上がる鉄板ネタも、こちとら別に持っていないわけですよ。

だからこの先は、自分が楽しめる飲み会かそうでないか、しっかり見極めてから参加しようと思うのです。

あ、でもお花見とかはいちおう声だけはかけてほしい(めんどくせぇな)

小説「あしたてんきになぁれ」 第40話「バイト、ときどきファミコン」

たまきと亜美が出会ってから約一年、たまき、初めての○○! 「あしなれ」第40話スタート!


第39話『お葬式、ところによりバスケ』

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち

歓楽街の神社のところで大通りを渡り、南へ行く。デパートのわきを抜けると、大きな画材屋さんがある。

その画材屋さんのわきの路地裏に、多くのラクガキがひしめいている。

たまきはスケッチブックを買った帰りに、そこをのぞき込んでいた。もっとも、ここにラクガキがいっぱいあると知っててのぞいたのではない。ちょうどここに自販機がいっぱいあるので、なにかペットボトルでも、とのぞいてみたところ、ラクガキをたくさん見つけたのだ。

とたんにたまきは自販機そっちのけで、例の鳥のラクガキを探し始めた。

狭い路地を行ったり来たりして、時にはぴょんぴょん飛び跳ねて、探す。建物と建物の隙間を見つけたら、顔を近づけて探す。

そうやって何分も何分もかけて探したけれど、見つけることはできなかった。

たまきは、ため息をついた。

鳥のラクガキを探し始めてからというもの、一か月でほどでたまきは三十個近くのラクガキを見つけ出した。

こんなに次々と見つけられるなんて、これはもしやギネスも狙えるんじゃないか、などと考えたりもした。ギネスにはたまにすごくくだらない世界記録がある。だったら、「鳥のラクガキ探し世界一」があってもいいだろう。たまきだって人生で一度くらいは何かの世界一になってみたい。

ところが、それからぷっつりと発見が止まってしまったのだ。最後の発見から十日間、全く見つけられていない。

ビルの隙間に顔を突っ込み、屋上に目を凝らし、「立ち入り禁止」と書かれた金網があれば向こう側をのぞき込む。前に探したところでも、新たに描きこまれているかもと、もう一度探してみる。それでもさっぱり見つからない。

見つけたラクガキのうちのいくつかは歓楽街から離れたところにあった。そんなラクガキがほかにもないかと「遠征」することも考えてみたけれど、一人で電車に乗って知らない街に行ったら、帰ってこれる気がしない。誰かを誘おうにも、亜美はこんなこと絶対興味ないだろうし、志保は最近新しくバイトを始めたらしくいろいろ忙しそうだ。

もう一度だけ、ラクガキがないか裏路地を探してみた。ほかのラクガキはいっぱいあるのに、あの鳥のラクガキだけが見つからない。

代わりに張り紙があるのを見つけた。

『落書き厳禁! 迷惑してます!』

志保が言ってた通り、やっぱりラクガキは迷惑なことらしい。ラクガキをきれいに消すのにはうんとお金がかかるという。そんな迷惑なラクガキを探し回っているたまきの行動も、やっぱり迷惑なことなのだろうか。

たまきは『城』に帰るべく歓楽街に向かってとぼとぼと歩き出した。

鳥のラクガキはすべて同じ人が描いた、とたまきは思っている。お絵かき好きのカンだ。そして、お絵かき好きだからこうも思う。

どうして、その人は新作を描かないんだろう。

お絵かき好きだったら、新しい絵を描きたいはずだ。たまきがスケッチブックを新調してでも新しい絵が描きたいように。その人だってお絵かき好きなら新しい絵を描きたいはずだ。

もっとも、このラクガキの場合、絵のデザイン自体はほとんど変化がない。いつも同じ、白い鳥が羽ばたく姿を描いている。

だけど、描かれる場所が毎回違う。作者の人はきっと、「なにを描いたか」よりも「どこに描いたか」の方を重視しているのだろう。作者の人にとって、ビルの壁とか、貯水タンクとか、陸橋の橋げたとかは、絵の背景であり、額縁であり、むしろ主役なのかもしれない。

とにかく、お絵かき好きならば新作を描きたいはずだ。だけど、少なくともたまきの目には、どれも最近描かれたようには見えないのだ。中には劣化がかなり激しく、明らかに何年か経過してるものもある。

帰り道でたまきは、カレー屋さんの隙間の室外機をのぞき込む。だけどやっぱり、鳥のラクガキは見つからない。

 

画像はイメージです

「ただいまです……」

たまきが『城』のドアを押し開けた。

部屋の中からは、バンとかドカンとかピコーンといった音が聞こえる。志保はバイトでいないはずだから、おおかた亜美がゲームでもやってるのだろう。

部屋の中に入ってみると、案の定、亜美がソファの上に胡坐をかき、コントローラーを握りしめ、テレビ画面をにらみつけて、ピコピコやっていた。テーブルの上にはゲーム機。亜美が中古で買ってきたやつだ。

「あー、くそっ! 殺す! ぶち殺す! 死ね! 死ね!」

亜美は画面をにらみつけながら、日常生活ではとても言わなそうな過激な言葉を吐き散らかす。いや、亜美なら日ごろから言ってるかもしれない。

「ああ、たまき、おかえり」

亜美は画面から目を離すことなく言った。

「あ、ちょ、ちょっと待て、おい!」

亜美が突如声を張り上げたのでたまきはビクッとなったけど、亜美は相変わらず画面から目を離さない。

「待て待て待て待て、おい、ふざけんなよ! あ~!」

亜美がコントローラーを投げだした。コントローラーは宙を舞ってソファの上に落ちた。

画面にはゲームオーバーの文字。まあ、画面を見なくても何が起きたかさすがのたまきにもわかってはいたが。

どうやら二世代前の格闘ゲームをやっていたらしい。亜美はそういった一昔前のゲームを中古でよく買ってくる。今のゲームと比べるとだいぶ画面は粗いし、できることも限られるけど、その分安くお店で買えるので、万が一「クソゲー」を買ってしまっても、あまり財布は痛くならずに済む。だから、よくわからないゲームでもとりあえず試しで買ってみることができる。万が一つまらなくても、数百円の損でしかない。

画面はいわゆる「セレクト画面」に切り替わり、モニターからは懐かしのファミコン音楽が流れている。亜美は床に無造作の置かれた段ボール箱の中から、ごそごそと何かを取り出した。

ゲームのコントローラーだ。二本目となるコントローラーを、亜美はゲーム機につなげる。

「よし、たまき、おまえもやるか?」

その質問をする前にコントローラーをつなげたということは、暗に「やれ」と言っているようなものだ。

「お前も変なラクガキなんて探して外うろついてないで、たまにはまったりイエでゲームでもしたらどうだ?」

いつもは「ひきこもってないで、外で遊んできなさい!」と言ってるくせに。

まあ、バーだのクラブだのに連れまわされるのに比べれば、ゲームはだいぶ抵抗が少ない。たまきは亜美の隣にちょこんと座ると、コントローラーを握った。

「いいか、必殺技の時はちゃんと技の名前を叫ぶんだぞ。そうすれば……」

「ダメージが三倍になるんですよね」

たぶん、そんなギミックのゲームはまだ開発されていない、とたまきはうすうすわかっていたけど。

 

たまきの操る女性キャラの体力ゲージがじりじりと減っていく。これで三回戦目。ここまでは操作に不慣れなたまきの二連敗だ。操作に不慣れだからと言って亜美が手加減するなんてことはない。

三回戦目にして、だいぶたまきのキャラの動きもスムーズになった。それでもまだ、意味もなくぴょこぴょこ飛び跳ねたりと、無駄なモーションが多い。

「はあっはっはー。小学生の時コイツを極めたウチに挑もうなんて、百年早いんじゃ、ぼけぇ!」

誘ったのはそっちじゃないか、とたまきは思ったけど、特に何も言わない。

「くらえ、爆裂ストレート!」

亜美の叫びとともに、亜美が操る男性キャラの必殺技が発動した。真っ赤な炎を纏うエフェクトで、パンチがたまきのキャラに迫る。ちなみに、技名がホントにそんな名前なのかはたまきには確認する術がない。

たまきのキャラのゲージはもはや三分の一ほど。この必殺技で勝利を確信した亜美。だが、たまきのキャラは絶妙なタイミングでしゃがみ、必殺技は空振りに終わった。

「なにぃ? そんなバカな! おのれぇ!」

亜美がマンガの悪役のようなセリフを吐く。

亜美は技の名前を叫びながら、必殺技に必要なコマンドを入力しているのだ。そのタイミングでよければいいということぐらい、いいかげんたまきでもわかるのだ。

画面をにらみつける亜美を横目に、たまきは頑張って一個だけ覚えた必殺技のコマンドを入力する。もちろん、無言で。

画面に必殺技の発動シーンが現れる。

「させるかぁ!」

回避しようとジャンプの黄色いボタンを亜美は押す。だけど、このゲームの仕様では、必殺技の発動シーンが流れたら、もう何を入力しても受け付けてくれないのだ。回避したかったら発動シーンが流れる直前に動く必要がある。たとえば、相手が技の名前を叫びながらコマンド入力を始めたタイミングで、とか。

たまきのキャラの華麗なるキックが炸裂した。何発も連続して相手に叩き込む技だ。

「おい! ジャンプだっつってんだろ! おい!」

亜美が無意味にボタンを連打するも、技の発動中では受け付けない。そもそも、攻撃されてから回避しようとしたって遅いのだ。亜美はこのゲームを小学生の時に極めたんじゃなかったのか。

亜美のキャラの体力ゲージが、三割ほど吹っ飛んだ。残りは半分ほどだ。これで、勝負はまだわからなくなった。必殺技のゲージはお互いにすっからかん。

「ちっ、なんでこんなにゲージ少ねぇんだよ」

それはもちろん、必殺技を放った直後だからだ。相手に何度か攻撃を当てないとゲージはたまらない。

 

最初に亜美が二連勝するものの、その後たまきが二回連続で勝ち、負けず嫌いの亜美がそのあと一勝した。ここまでで亜美の三勝二敗だ。

そこでやめておけばよかったものの、勝利に気を大きくした亜美が「よし、もっかいやろうぜ」と再戦を申し込んだところ、今度はたまきが勝った。

ここで引き下がればよかったものの、「次はぜってー勝つ!」と往生際の悪い亜美が再戦を申し込む。ところが、これまたたまきの勝利で終わり、これで四勝三敗でたまきの勝ち越し。二度目の二連敗がこたえたらしく、亜美はとうとうコントローラーを投げ捨てた。

「おまえさ」

亜美がゲーム機からカセットを引っこ抜きながら言った。

「もしかしてこのゲーム、やったことある?」

「……まあ、ちょっとだけ。……お姉ちゃんが持ってたんです」

「どーりで、おかしいと思ったよ。操作に慣れるのやけに早いし、足払いとか妙な技知ってるし」

亜美としてはゲームセンターの楽しさを理解しないたまきにゲームで負けたというのが納得いかない。憎らし気な目でたまきをにらみつける。

「なに、笑ってんだよ」

「だって私、勝ちましたから」

「おまえ、ボウリングに行ったときも、ゲーセンに行ったときも、ぜんっぜん笑わなかったのに、なんでウチに格ゲーで勝った時だけ笑ってんだよ!」

「……だって私、勝ちましたから」

「つーかおまえ、ゲームやったことあるんだ」

「……私のこと、何だと思ってたんですか」

別にたまきは江戸時代からタイムスリップしてきたわけではない。れっきとした現代っ子である。まあ、一般的な現代っ子と比べると、ゲームへの関心も、やった回数も少ないんだろうけど、それでもちょっとぐらいやったことはあるのだ。

「え、ほかなんかやったことある? 」

「えっと……」

たまきはおぼろげな記憶をたどる。

「なんかその、お城があって……」

「城が出てくるゲームなんていっぱいあるぞ」

「その、悪いやつが出てきて、戦って……」

「いや、だいたいのゲームがそうだよ」

「えっと……空が青くて……」

「空なんか世界中どこ行っても青いだろ」

「えっとえっと……その……さんディーっていうんですか? 奥行きがあって……、そうだ、お城の中に絵が飾ってあって、そこからいろんな世界に行けるんですよ」

「ははーん」

亜美はようやく、ゲームの見当がついた。

「そりゃ、ロクヨンだな、たぶん」

「ロク……?」

「友達が持ってて、ウチも結構やったよ。あれだろ、ステージの中に隠されたスターを集めて回るんだろ?」

「そうだった気が……」

たまきの記憶の底から、鮮やかなゲーム画面の記憶がよみがえってきた。

「ウチも思い出してきたぞ。タワーの上とかさ、火山の中とか、洞窟の底とか、いろんなとこにスターが隠してあんだよ。でさ、ムズいワザとかマスターしねぇと、そこいけねぇんだよ」

「たぶん、それです」

「ふーん」

亜美はゲーム機を段ボールの中にしまった。

「一年も一緒にいるのに、そんな話したのはじめてだな」

「え……」

たまきは、キッチンにある小さな窓の方を見た。

今は六月の初め。亜美と出会ってこの『城』に棲みつくようになってから、もうすぐ一年が経とうとしている。

「そっかー、もう一年になるかー」

と亜美。「もう一年」なのか「やっと一年」なのか、たまきにはちょっと判断がつかない。

「お前、この一年でさ」

「はい……?」

「カレシできた?」

たまきは答えない。

「沈黙ということは……イエスか」

「ノーですよ」

今度は間髪入れずに返した。

たまきは天井を見上げた。

この一年で、自分は何か変わったのだろうか。たまきを取り巻く環境は少しずつ変わってきているのかもしれない。だけど、たまき自身は何か変わったのだろうか。相変わらず、学校にも仕事にもいかず、ひきこもっているだけではないか。この『城』の中にいれば友達がいる。それはたまきにとってこの上ない進歩だ。だけど、そこから一歩外に出れば、どこにも行くところがない。

たまきには、この街で暮らしているという感覚が、いまだにない。

そんなことを考えていると、玄関のドアが開いた。

「ただいま~」

志保が帰ってきた。今日はどこかで新しいバイトをしていたはずだ。

「おかえりー」

「おかえりです……」

「あ、たまきちゃん、いた」

志保は靴を脱ぐと、まずキッチンによって手を洗ってから、たまきの方に近づいてきた。

「たまきちゃんさ、バイトする気ない?」

「……え?」

天井を見つめていたたまきは、驚いて顔を志保の方に向けた。勢いよく首を動かしたた目にメガネが少しずれてしまっているが、たまきは気づかない。

「お、何だ? たまきにバイト? おもしろそーじゃん」

驚きと戸惑いで固まってしまったたまきの代わりに、亜美が身を乗り出す。

「どんなバイト? ウチもやってみたい!」

「亜美ちゃんはダメ」

「なんでだよ!」

「ダメっていうより、ムリ」

「あ、あの……」

たまきが言葉を挟み込む。

「亜美さんじゃダメだったりムリだったりするバイトを、私に、ですか?」

「そ。たまきちゃんじゃないとダメなの」

そう言って志保は優しく微笑んだ。

 

画像はイメージです

時間を少し戻して二時間ほど前。時間は午後の二時ごろ。場所は志保のバイト先である、行信寺の境内である。

今日はお葬式があるわけではなく、寺の掃除が志保の主な仕事だ。箒でさっさと落ち葉を掃いている。

「志保ちゃん」

住職に声をかけられて、志保は振り向いた。寺の敷地にある墓地の中から、住職が手招きをしている。

「ちょっと来てくれるかしら」

「はい」

志保が近くまで来たのを確認すると、住職は墓地の奥にある裏門にむかって歩き出した。志保も後をついていく。

「志保ちゃんはさ、絵って得意?」

「絵、ですか?」

志保の絵は別に上手くも下手でもない。ノートの片隅にちょっとしたラクガキが描ける程度だ。

「別に、フツーだと思いますけど……」

そうこうしてるうちに、裏門を抜けて道路へと出る。

墓地の周りは高いブロック塀で囲まれている。ふつうの家の塀よりもかなり高い。おそらく、お墓が見えないようにという配慮のためだろう。

ブロック塀は、スプレーなどで描かれた落書きで、ほとんどびっしり埋まっていた。文字なのか、記号なのか、落書きの上に落書きを重ねられているので、何を描いたかもう判別不能というものがほとんどだ。

「うわぁ……、すごいですね……」

「まあ、アタシは別に好きに描けば? って思ってるんだけどねぇ」

住職の方はさほど気にしていないらしい。

「でも、今この町内で落書きに対して厳しく取り締まっていこう、ってことになってるのよ。そうなると、ほかのお店やビルが頑張って落書き対策してる中で、ウチだけ落書きを野放しにしておくわけにはいかないのよ」

「じゃあ、この落書きを消すってことですか?」

「それも考えたんだけどね、消してもどうせまた落書きされるだけみたいなのよ」

「……そうですよね」

「でね、こういうのは落書きを消すんじゃなくて、上から新しくきれいな絵を描くってやり方が効果あるみたいなの」

「あ、わかります。よく線路の下とかに絵が飾ってあったり、ペンキでカワイイ絵が描いてあったりしますよね」

「そうそう。それでね、ウチもせっかくお寺なんだから、なんか仏教画みたいなのでも描いてみたらどうかしら、と思ったのよ。仏様の絵をね、なんかこう、親しみやすい感じで」

そこで住職は肩をすくめてみせる。

「思ったんだけどね、アタシ、絵は全然ダメなのよ」

「そうなんですか」

「絵筆をゴシゴシやってるとね、つい力が入りすぎて、絵筆がバキッて折れちゃうの」

それは「絵が下手」というのとは少し話が違う気がする。そもそも、絵筆ってそんな簡単に折れるモノなのだろうか。あと、絵筆を動かす擬音が「ゴシゴシ」と歯ブラシみたいなものであってるのだろうか。

「それでね、志保ちゃんに頼めないかなと思ったんだけど……」

「あたしですか? ム、ムリですよ」

クマさんやウサギさんを描けというなら志保の画力でもなんとかなるかもしれないけど、仏像さんを描くとなるとさすがに無理である。

「志保ちゃんの周りでやってくれそうな人いないかしら。たとえば、いつも通ってる施設の人とか、別のバイト先の喫茶店だっけ?の人とか」

「し、知りませんよ」

志保の通う施設では、絵画を使った治療法は行っていない。施設の人の画力なんて知らない。ましてや、バイト先の人の画力なんてもっとわからない。カレシの田代の画力だって知らないのだ。

「それか、不法占拠してるビルの友達とか……、あらいけない。道端でする話じゃないわね」

そう言って住職は口に手を当てたのだが、志保は

「それだったら……一人……心当たりが……」

と答えていた。

 

「そ、それで……私なんですか?」

「だってたまきちゃん、絵が上手いじゃん」

「好きですけど……上手いかどうかは……」

たまきは志保から目をそらした。

「それに私、仏教画とかわかんないし……」

「そーだよ、たまきにはムリだぜ」

と口を出してきたのは亜美である。

「こいつにホトケサマなんて描けるわけないだろ。そのつもりで描いても、いつの間にか恐怖の大魔王になってしまいました、ってのがオチだろ」

たまきは無言で頷く。悔しいけれど、たぶん、その通りなのだ。

「だいたいさ、大丈夫なのか、その寺って」

「失礼だなぁ。あたしのバイト先だよ?」

と志保が口をとがらせる。

「だってさ、その寺の坊さんってのが、キャラが濃すぎて何が何だか。坊さんで、オネェキャラで、おまけにコワモテの大男って、何個属性あんだよ。多すぎるだろ。ポケモンだってタイプは二つまでだろ。情報多すぎて全然イメージがわかねぇんだよ」

「知らないし」

ふつうは、情報は多い方がイメージがわきやすいのではないだろうか。

志保はたまきの方を向いた。

「仏教画だなんて堅く考えなくていいんだよ。住職さんは親しみやすくって言ってたから、なんかこう、ほにゃーっとした、もにゃーっとした絵の感じで」

志保は両手を広げながら言った。だが、志保の言い方は漠然としていてあまりイメージがわかない。

たまきは志保を見るでもなく、亜美を見るでもなく、テーブルの上に置かれた水色の置時計を見ていた。なんだか、長身が逆回転を始めたかのような錯覚を覚える。それでいて、秒針はいつもより早く動いているような気もする。

「ラクガキの上から……」

たまきは呪文を唱えるようにつぶやいた。

「私……その……やってみます……」

という声は、音楽で言うところのデクレッシエンド、つまり語尾になるほど音が小さく、聞き取りづらかった。

「え?」

「その……バイト……やります」

たまきの答えは亜美にとって、そしてバイトに誘った志保にとっても意外だったらしく、目をぱちくりしている。

「おい、たまき、イヤならイヤってはっきり言っていいんだぜ」

「ちょっと、なんであたしがたまきちゃんに無理強いしてるみたいな言い方するの?」

「あ、あの、私、やります……! やってみたいです……!」

たまきは教室の一年生のように、勢いよく手を挙げた。

「それじゃ、住職さんに電話しておくね」

「でもさおまえ、前に先生に面接の練習してもらった時、ダメダメだったろ。大丈夫なのかよ」

と亜美が、自分は舞にブチギレられて履歴書をゴミ箱に叩き込まれたことを、それこそ記憶ごとゴミ箱に放り込んだかのような口ぶりで言う。

「そ、それは……」

と不安げに志保を見るたまき。

「うーん、面接なんてあるのかなぁ。そもそも、あたしも面接してもらってないし」

「あ、あの、そんなに絵が上手じゃなくてもいいんですよね……」

「大丈夫。ほにゃーっと、もにゃーっと、描けばいいんだよ」

「ほにゃーっと、もにゃーっと……」

たまきはそれこそ念仏のように唱えた。

 

たまきが志保に連れられて行信寺に行ったのは、それから幾日か経ってだった。天気予報では九州が梅雨入りしたとか言ってたけど、東京はまだからりと晴れている。

墓地にある裏口から二人は境内へと入る。

住職からは「履歴書はいらないけど、描いた絵があるなら持ってきてほしい」と言われたので、リュックサックにいつもののスケッチブックが入っている。もっとも、学校に行かず仕事もせず、公園で絵を描いていることしかしてないたまきにとっては、このスケッチブックこそが履歴書なのかもしれない。

墓地を抜けたところで住職が待っていた。なるほど、話に聞く通り、いかつい顔をした大男だ。だけど、住職はニコニコと笑顔で待ってていたため、怖い印象を受けない。

あれっ、とたまきは思った。なんかこの人に見覚えがある。どこかで会ったりしていただろうか。だけど住職が、

「はじめまして」

とあいさつしたので、たまきはそれ以上考えることはやめた。

「住職の知念です。あなたがたまきちゃんね」

たまきは無言で頷く。

「あらあら、かわいい子じゃない」

ここでもまた、クラゲのかわいいだろうか。

たまきの顔に浮かんだ不安の色を察したのか、住職は口に手を当てた。

「あらやだ。最近じゃそういうのってセクハラになっちゃうのよね。ごめんなさいね。嫌だわぁ、アタシったら」

たまきは、志保の半歩後ろに下がり少しだけ志保の体で身を隠すように立つと、志保の服のすそを軽くつかんだ。それを見て住職はまた困ったような笑みを見せる。

「そうよねぇ。こんなデカいおじさんがオカマ口調でしゃべってたら、怖いわよねぇ。いいのよ気にしなくて。アタシは慣れてるし、その反応の方が普通だもの」

違うのだ。たまきはオネェキャラだからだとかコワモテだからだとかではなく、初対面の人間には誰に対してもこうなのだ。そのたまきの態度がどうやらいらぬ誤解を与えてしまったらしい。

「それで、住職さん」

と切り出したのは志保である。

「たまきちゃんのバイトの件なんですけど……」

「そうそう。お仕事の内容はもう聞いてるわよね」

「え、えっと……」

たまきが口をパクパクしながら不安げに志保を見る。

「あ、はい。説明しました。さっき入ってきた裏口の壁に落書きがいっぱいあったでしょ? あの上から新しく絵を描く仕事。大丈夫だよね、たまきちゃん」

たまきは無言でうなずく。

「大丈夫みたいです」

「たまきちゃんは絵が好きなんだって?」

「えっと……その……」

「中学のとき美術部だったんだよね? それで今でも好きでよく描いてて」

志保が代わりに答える。

「これまでにバイトの経験はあるのかしら?」

「その……えっと……」

「今回が初めて、だよね?」

「……です」

腹話術の人形みたいに口をパクパクさせるたまきを住職は微笑みながら見ていた。

「じゃあ、絵を持ってきてくれてるのよね。見せていただこうかしら」

たまきはリュックからスケッチブックを取り出すと、いちど志保を見て、志保が頷くのを見てから、住職に渡した。

住職はスケッチブックをめくると、驚いたように眉を引き上げた。驚きの理由は想像がつく。「まさかこんな画風とは」と言ったところだろうか。

「なるほどなるほど」

と、住職はスケッチブックをめくりながら一人うなずく。

「それでお仕事の内容なんだけどね、まず、どんな絵を描くか簡単なスケッチを作ってもらうわ。そうね、ちょうどこんな感じで、鉛筆で描いてもらう形で。アタシが大まかなイメージを伝えてそれを絵にしてもらう形になるけど、まあ、絵の技術的なこととかはたまきちゃんにお任せするわ。必要な機材はアタシの方で手配しておくけど、アタシも美術には疎いから、そういうことも含めていろいろと打ち合わせしないといけないわね。もうじき梅雨が来るから、その間にそういうことは済ませちゃいましょう。梅雨が明けたら、作業に取り掛かってもらうわ」

「あの……その……えっと……」

たまきはまたしても不安げに口をパクパクさせる。それを見た志保が何かを察したのか口を開いた。

「あ、あの、住職さん。バイト代ってどんな感じですか?」

「そうそう、その話もしなくちゃね」

と住職は話し始めた。たまきは志保の横で

「あの、その、ちがう……」

とごもごも言っていた。

「こんな感じで大丈夫かしら?」

「たまきちゃん、バイト代、今の話で大丈夫?」

「え、えっと、その……」

「うん、初めてだからよくわかんないよね。まあでも、妥当な金額だと思うよ。っていうか、あたしより多いんじゃないかな」

「えっとえっと……」

たまきはそれとは違うことがさっきから聞きたいのに、志保はなかなか翻訳してくれない。そこでたまきは腹をくくった。これは、自分がちゃんと日本語でしゃべるしかないんだ、と。

「あ、あの、私って、採用なんでしょうか……」

住職は最初、きょとんとしていた。なにせ住職はこの時初めて、「あの」とか「えっと」以外の、ちゃんとしたたまきの声を聴いたのである。最初誰がしゃべってるのかわからなかったのだ。

少し間をおいてから、住職は

「もちろんよ。あなた、なかなかいい絵を描くじゃない。声もカワイイし。もっと自信もっていいわよ」

と言ってから、

「あらヤダ、今のもセクハラになっちゃうのよね」

とひとり呟いた。

 

たまきと志保は改めて住職に連れられて、裏の通りのブロック塀の前に立った。スプレーでのラクガキが所せましに描かれて、何が何だかわからない。

「まずはこの壁一面を青いペンキか何かで塗りつぶして、その上から絵を描いてもらおうかと思ってるの」

と住職が言う。

たまきは視線を壁のあちこちに走らせていた。

もちろん、ここに例の鳥のラクガキがないかを探すためだ。だが、あまりに多くのラクガキが入り乱れているので、一瞥しただけではあるかどうかわからない。

それでも、こういう場所に引き寄せられたということは、やっぱりあの鳥のラクガキが自分を呼んでるんじゃないか、たまきにはなんとなくそう思えるのだった。

 

つづく


次回 第41話「ローラーのちハケ、ところにより筆」

ついにたまきのバイト生活が始まる! 続きはこちら


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

冬がはじまるよ♪

今年は「冬がはじまるよ♪」がラジオで流れる前に、冬がはじまっちゃってる気がしますね。

まったくもって、無作法な冬ですよ。入場曲を流さずにいきなり入場してくるなんて。

そういえば、今年の夏、あいつも無作法でしたねぇ。

ラジオで「若者のすべて」が流れてるのに、ずっと居座ってるんだもの。

9月ぐらいにあっちの番組でもこっちの番組でも「若者のすべて」が流れて、一日に二度も聞くなんてこともあったのに、

まだ居座ってやがる。

まあ、「真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた♪」だから、ピークが去っただけで夏が終わったとは言ってないんですけど。

でも、あの曲はどこのラジオDJも「夏ももう終わりだなぁ」と思った時に流す曲です。そして、リスナーも「夏ももう終わりだなぁ」と思いながらしみじみと聞くんです。

だから夏よ、とっとと家に帰れ! 下校のチャイムはもう鳴ってるだろ!

「街灯の明かりがまたひとつついて帰りを急ぐよ♪」って歌ってるんだから、夏も急いで帰りなさい!

無作法といえば、秋も無作法です。今年は秋をあまり感じなかった。まったく、秋の定番のあの曲がラジオで流れてるというのに……。

……秋の定番のあの曲?

そんなのあったっけ?

童謡とかだとちらほらありそうだけど、ラジオじゃ流れないしなぁ。

そう考えると、秋って無作法の前に不憫なやつなんです。

秋が始まるときにはその期待感よりも「夏の終わり~♪」と名残惜しそうに歌われ、

秋が終わるときは惜しまれるどころか「冬がはじまるよ♪」と楽しそうに歌われる。

バンプには「冬が寒くて本当によかった♪」なんて言われる始末。秋は中途半端な気温で悪かったな。

毎年こんな感じなので、とうとう秋がへそを曲げて今年は来なかったのかもしれません。

ふだんはろくに期待もしてないくせに、いざ秋が短いと「今年の秋、短くない?」「このまま夏と冬だけなのかな。やだなぁ」と、人間ってやつは勝手です。

秋だって楽しいじゃないか。オクトーバーフェスとか、ハロウィンとか、秋のイベントですよ。

そもそも、こういうイベントは元々は収穫祭でしょ? 実りの秋。楽しい秋。世のミュージシャンはもっと秋の歌を歌うべきですよ。

たとえば、「飲める飲める飲めるぞー、酒が飲めるぞー♪」と毎月何かしらのイベントで酒を飲む唄「日本全国酒飲み音頭」で11月はどう盛り上げられているかというと……。

「11月はなんでもないけど、酒が飲めるぞ~♪」

……もうやめようか、この話。

7回目の文学フリマを終えて

先日の「文学フリマ東京37」では、今までとは少し違ったことがありました。

いつの間にか、知り合いが増えてるんですよ。

「前に鎌倉のイベントでお会いした○○です」

「ツイッターをフォローさせてもらってる××です」

「まえに湯島のイベントに出店してた時に買いました」

「あの時助けていただいた鶴です」

「あの時助けていただいた亀です」

「あの時笠をかぶせてもらった地蔵です」

そんな人たちがブースにZINEを買いに来てくれたんです。これまではあまりそういうことはなかったけど、今回は「前に買いました」って人が増えた気がします。少しずつ、見える景色が変わってきているのかもしれません。

そういうことがあると、時間とお金をかけて鎌倉までイベントに参加しに行ったり、大した売り上げにもならないのに湯島のイベントに参加したり、そういうのは無駄じゃなかったんだなぁ。

イベントとか委託販売とかの中には、どう考えても赤字になるようなものもあるわけですよ。去年は高崎の本屋さんのイベントに参加したりして。浦和から高崎までの交通費を考えると、絶対黒字にはならない。

だから、そういう時には「広告を配りに行くんだ」と割り切ってやってます。広告なんだから、お金を回収できなくて当たり前!と。

そういう意味では、売り上げ的には黒字にならなかったイベントで出会った人が、ZINEを買いに来てくれるというのは、広告としては大成功です。

かといって、広告にばかりお金を使うわけにもいかない。

これからはもっと予算の使い方というものをしっかり考えていかないとなぁ、と思う今日この頃なのです。

まあ、別にこれまでもどんぶり勘定をしてたわけじゃないんですけど、でも、予算のうちのいくらを何に使うか、なんて細かいことは考えずにやってたわけで。

紙や印刷に使うお金、イベント出店に使うお金やそのための交通費、広告費、取材費、新作のために初めて予算の内訳をしっかり書き出してみたら、結構予算ギリギリでした。

おまけに、「民俗学は好きですかとは別に、1年かけて新しいZINEを作ろうと企画しているのだから、予算が削れる削れる。

それでも、その予算がどこから出てるかと言うと、6月からの半年分のZINEの売り上げでして、さらに「売り上げの2割ぐらいは手元に残るように」と予算配分したら、結構ギリギリになってしまった、というお話。

生活費とかに一切手を付けることなくZINEを作れてるのはありがたいことです。

引き算、掛け算、割り算

久々に、四角大輔さんの話をラジオで聞いていたんです。

芸術家の日比野克彦さんとの対談だったんですけど、大輔さんの方がゲストという立場で自己紹介みたいなところから話していく感じ。「ミニマリズムとは何ぞや」いたいな感じで。

そういった話を聞きながらふと思ったのが、「僕の生き方って、『足し算』ではないかもなぁ」ということでした。

人生のステップアップに合わせて、欲しいものを手に入れて、必要なものを買って、という生き方ではないなぁ、性に合わないなぁ、と。

むしろ、どんどん荷物が少なくなってる感じがします。そういう意味では、僕もミニマリストに近いのかもしれません。いろんなものを「いらねぇや」と捨ててます。

たとえば、飲み会に行ったとき、腕時計の話になったんです。

どんな腕時計をしてるのか、いくらしたのか、奮発したよー、そんな話。

でも、僕はその話題に全く入れなかったんです。

なぜなら、そもそも僕、腕時計してないんです。いらねぇや、って。

時計が目に入るところにあると、時間を常に意識してせかせかしちゃうので、思い切っていらねぇや、って腕時計するのやめたんです。

最近は、スマホカバー使うの、やめました。重くて邪魔だし、いらねぇや、って。

スマホ落としたらどうするんだって? 落とさなきゃいいんじゃないかな。

そうやって振り返ってみると、僕は自分の生き方において、足し算よりも引き算の方を大事にしてるんじゃないかな。欲しいものを足していくよりも、いらないものを引いていく。

とはいえ、僕も仙人じゃないので、何もかも捨てて山奥で裸一貫で霞を食って生きていきたいわけではありません。

ゼロになるまで引き算してるわけじゃなくて、好きなことややりたいことはちゃんと残しておいて、引き算で生まれた時間で好きなことをする。

つまり、今度はかけ算をしているわけなんです。好きなこと、やりたいことに使う時間を、何倍にも増やしていく。

たとえば、SNSを見る時間とか、ゲームする時間とか、誰かの悪口を言う時間とか、そういうのはどんどん引き算していって、空いた時間をモノづくりに当てる。やりたいことに対して、もともとの何倍もの時間を当てられる。

だからと言って、好きなことばかりしているわけにもいかない。働かなきゃいけないし、畑も耕さないといけない。「出来上がったZINEを印刷・製本する」という、おもしろくもなんともない作業もしなければならない。

だから、1日のうちで何にどのくらい時間を使うかを、きちんと割り振る。これはわり算です。

こんなふうに考えていくと、なるほど、僕の生き方は、引き算・掛け算・割り算で成り立っているんだなぁ。あれもこれもと足し算していくんじゃなくて、いらないものを引き算して、やりたいことを掛け算して、時間を割り算していく。

そして最後に、ホントに必要なものを、最後に足し算すればいいのかな、と。

この前は6000円のちっちゃい台車を買いました。イベントの時の運搬に必要だったんで。軽くて使いやすいんですよ。腕時計の話はできないけど、ちっちゃい台車の話なら大歓迎ですよ。

終わりなき旅!

久々に横浜に行ってきました。

横浜のハンズで行われた、ZINEの販売を委託するイベントに参加していたので、せっかくだからひさびさに横浜に行ってみるか、と。

前に横浜に行ったときは、鎌倉に行ったついでに立ち寄って、夕飯にラーメンだけ食べて帰ったので、そういえばガッツリとした横浜観光を久しくしていない。今回はガッツリと横浜を堪能します。

しかし、横浜駅前って意外と横浜家系ラーメンのお店ないんですよ。逆に札幌ラーメンのお店が目立ってたよ。

むしろ、埼玉の駅前の方がまだ横浜家系を見つけやすい。横浜家系とはいったい……。

そしてひさびさに訪れました、大桟橋。

イヤぁ、懐かしいなぁ。

……という言葉は嫌いです。

「懐かしい」と言ったとたんにもう、「懐かしい」の対象は過去形じゃないですか。

「思い出話に花を咲かせる」なんて、ちっとも興味がありません。超どうでもいい。

僕にとっての「旅」や「冒険」は過去形ではありません。現在進行形です。

旅の定義が、目の前の景色を次々と変えて刺激を得ることなのだとしたら、ぼくにとってZINE作りは旅そのもの。

巻を重ねるごとに、自分の興味だったり、モノの見方だったりが、少しずつ変わっていっていることを実感します。

そして、作ったからには売らないといけない。でないと、誰も読んでくれない。

ZINEを売るために、今まで行ったことのない町に行って、入ったことのないお店に入って、会ったことのない人に会う。まさに、旅です。

ここ最近は、中央線沿線を攻めています。ヘン……ステキな街が多いんですよ。

作品だけなら、もっと行動範囲が広い。北は北海道から、南は長崎まで、僕がまだ行ったことのない都道府県や知らない町にも、作品が届いて行っています。まあ、北海道も長崎も、行ったことはあるんですけど。

そう、モノづくりは旅なのです。船旅をしていた時は、船が世界中どこへでも連れてってくれた。今は、作ったZINEが知らない土地へと連れてってくれる。

だから、僕にとって旅はまだ終わっていないんです。

「旅に出て価値観が変わりました! 君もパスポートをとって旅に出よう!」としたり顔で言う人を見るたびに、「別に旅人だけがえらいわけではなかろう。海外に行くのがそんなにえらいんか」と思ってきた僕なのですが、それってやっぱり、別に移動するだけが旅じゃないとどこかで思ってるからかもしれません。

たしかに、海外を旅するのはとても楽しいし、刺激的。

でも、「旅に出て価値観が変わりました!」と言う人に限って、「これまでに100か国以上を訪れ……」みたいなのを経歴に書いたりして、「いや、数でマウントとるんかい!」と呆れかえることなんてしょっちゅう。それのどこが「価値観が変わった」と言えるんだい。

旅がもたらす刺激や感動と同じものが旅じゃないなにかでも得られるんだったら、それはそれでいいじゃないか、と思うのです。別に旅することや海外に行くことにこだわらなくていい。旅の日数や行った国の数でマウントとるよりもよっぽどマシ。

いや、海外に出向した友達とか、旅に出た友達とか、マジでリスペクトですよ。ただ、「自分が動き、景色を変える」という意味では、ZINE作りと旅は何ら変わらない、そう思っているのです。