細野晴臣の足跡 狭山アメリカ村の旅・完結(はっぴいえんど)編

かつて、細野晴臣をはじめとした多くのミュージシャンが住んだという埼玉県狭山市。細野晴臣が住んでいたという1970年代の香りを求めて、僕は再び埼玉県狭山市へと向かった。細野晴臣の時代から40年以上。国道16号が通り、風景はだいぶ変わったが、当時の雰囲気はいまだに残っていた。細野晴臣の足跡を求めるたび、これにてはっぴいえんど?


細野晴臣の足跡を求める旅 前回の3つの出来事

1.自由堂ノックは、かつて細野晴臣をはじめとしたミュージシャンの多くが住んでいたという、埼玉の「アメリカ村」へと向かった。

2.入間市駅から歩いて15分のところにあるアメリカ村、「ジョンソンタウン」を訪れた。

埼玉・入間の住宅街にアメリカの町が!~ジョンソンタウンの旅~

3.ところが、細野晴臣たちが住んでいたのは、「入間市駅」の隣の「稲荷山公園駅」だった!

というわけで、今回、僕は西武鉄道の稲荷山公園駅を訪れた。

埼玉県狭山市、稲荷山公園駅の旅

 

駅前には「ポプラ」というコンビニがあるだけ。南は自衛隊基地、北は稲荷山公園である。

 

ここが稲荷山公園。またの名をハイドパーク。90年代まではアメリカ風の住居が並んでいたらしい。10年前には、細野晴臣が中心となって、「ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル」というイベントも行われた。

 

坂を下りて町へと抜ける。

 

稲荷山のふもとにある愛宕神社。愛宕信仰は火防の神様。自衛隊や米軍の基地のある町にはピッタリかもしれない。

 

一方で、19世紀初頭からここではお稲荷様を祀っているらしい。お稲荷様は農業の神様だ。この当たりも耕作地として田畑が多かったのだろう。

 

すぐそばには、こんなのもある。

 

馬頭観音だ。年代は大正13年。このころまで、この当たりは馬での往来がされていたのだろう。

 

また、野仏があるということはそこが古い道であることも表している。稲荷山をぐるっと回るこの道は古くから存在していたらしい。おそらく、入間基地ができる前はもっと遠くまで伸びていたのだろう。

 

この駅の近くで、洋風の家を見つけた。

 

これは前回訪れたジョンソンタウンの写真。見比べてみると、白く長い板で作られた壁がよく似ている。

 

「鵜ノ木」。それがこの当たりの地名らしい。

 

こんな感じの平屋住宅に細野たちも住んでいたのだろうか。おそらく、この当たりがアメリカ村だったのだろう。

 

こんな感じの団地などもある。

 

すぐ近くを国道16号線が入間川と並行して走っている。

 

16号沿いに建てられていた。これも馬頭観音だろうか。

 

自動車屋さんにアメリカの星条旗。

 

国道を渡ると、国道に並行して伸びる商店街があった。

この道を狭山方面へと進むと、途中で県道340号線に合流する。この道は宿場町だった入間から狭山へと続くものだった。この町で細野たちミュージシャンも買い物をしていたのだろうか。

 

道沿いには長栄寺というお寺がある。

 

釣鐘もあり、町の中心として時を告げる役割も担っていたのだろう。

 

19世紀中ごろの馬頭観音だ。やはり、入間と狭山の間を、馬を使って往来していたのだろうか。

 

狭山と言えば狭山茶だ。商店街より北には茶畑がある。

狭山茶を生んだのは京都の宇治だった。宇治で取れたお茶が壺に入れられて江戸へ運ばれる。

お茶は美味しく飲まれるからいいが、問題は壺である。狭山茶が来るたびに壺が増えて、余る。

この増えていく壺をどうしようかとなった時に考え出されたのが、「江戸でもお茶を作って京都に送ればい」というものだった。

そうして、「壺に入れて送り返すためのお茶」として作られたのが狭山茶だったのだ。

 

入間川から水をとっている用水路。この当たりが肥沃な農地であったことの名残だろうか。

 

入間川だ。まっすぐ歩けば、細野たちが住んだアメリカ村から10分ぐらいでつく。彼らもこの入間川を見ていたのだろう。

入間川には個人的な思い出がある。ピースボートのポスターを貼り続け、乗船代99万円分の最後の1枚を張った町が狭山市だった。最後の1枚を張り終えた僕は、入間川を眺めながら、植村花菜の「猪名川」という曲を聞いていた。

 

川と音楽というと、井上陽水を思い出す。細野晴臣の一つ年下にあたる彼は、細野がこの町に移り住んだ73年に「夢の中へ」が初めてのヒットを飛ばしていた。

その年の暮れに出したアルバム『氷の世界』に「桜三月散歩道」という曲がある。歌の主人公が恋人に、町を離れて川のある土地に行こうと語りかける歌なのだが、町を離れる理由がすごい。

なんと、「町へ行けば人が死ぬ」というのだ。

73年という時代は、高度経済成長のしわ寄せがすでに顕在化していた。いわゆる四大公害病は既に裁判が始まっていたし、71年には公害に対する警鐘を鳴らした映画「ゴジラ対ヘドラ」が放映された。また、コインロッカーに乳児を置き去りする事件が問題となっていた。都市の肥大化により、人々のライフスタイルに変容をきたしてきていた。

「人が死ぬ」は大げさだが、急速に発展した都市生活は、どこか閉塞感があるものだったのではないだろうか。

だから、細野晴臣は東京を脱出し、井上陽水は川を目指した。

川は自然の中にあっても都市の中にあっても、大雨で増水でもしない限り、常にゆったりと流れている。川に集う人々も散歩やジョギング、サイクリングなどどこかゆったりしている。

川のそばにはマイナスイオンだけではなく、常に「自然のリズム」が流れているのだ。そして、人は川に来ることで「都市のリズム」から「自然のリズム」に、自分のリズムを戻すことができる。

古来から日本では川が異界との境界だった。現在でも地方においても都市においても、川の上に家が建つことはなく、埋め立てて家が建ったらそこはもう川ではない。川は特別な空間だ。そこに来ることで、人は自然のリズムに戻れる。

細野晴臣が住んだ73年当時、この一帯はおそらく入間川に並行して伸びる小さな街道沿いの農村だったに違いない。そこに稲荷山を背にぽっとあらわれたアメリカ村。細野たちがこの町で暮らした時の景色はそんな感じだったのだろう。

 

そのまま、この街が音楽の聖地、ボヘミアンの町となっていたらどんなに面白かっただろう。入間市のジョンソンタウンとつながり、この一帯の景色もだいぶ変わっていただろう。

ただ、逆に下手に都市化することなく、街道沿いには小さな町が続き、まだ川に行けば「自然のリズム」を思いっきり感じられる環境だ。

細野晴臣の足跡をたどる旅は、この辺ではっぴいえんどにしようと思う。

 

 

では、ばいにゃら。

 

ピースボートで本当に洗脳されるのか、元参加者が検証してみた

「ピースボートに乗ると左翼団体に洗脳される」。これはネットでまことしやかに飛び交う噂だ。その噂が本当かどうか今回は検証する。いったいどういう人が洗脳されやすいのか。どういう風に人は洗脳されるのか。ピースボートでそれは当てはまるのか。ぜひ、自分の目で確かめてほしい。


ピースボートに乗る人は洗脳されやすいのか?

まず、一体どういう人が洗脳されやすいのかを検証していく。ネットで調べてみると、「洗脳されやすい人の特徴」というのはいろいろあるらしいが、いくつかのサイトに共通して書かれていたのが次の6つだ。

・日々の生活に強いストレスを感じている

・まじめ

・人を疑うことを知らない

・自信過剰

・一人で結論を出せない

・スピリチュアル好き

この6つがピースボートの参加者に当てはまるか検証していこう。

日々の生活にストレスを感じている?

いきなりだが、これは結構当てはまる人が多いと思う。学校だったり、仕事で行き詰ってしまい、ピースボートに参加するという人は僕個人の実感としては結構多い。

まじめ?

みないい人である。約束はちゃんと守るし、頼まれた仕事はちゃんとやる。

しかし、「社会のレールを疑わない」という意味でまじめかどうかと聞かれたら、「不真面目」と答えざるを得ないだろう。

アートだったり、芸能活動だったり、海外留学だったりと、世間の常識などなんのその、ぶっ飛んだ生き方をする人が多い。だいたい、「仕事辞めて船に乗りました」なんて言ってる時点でぶっ飛んでいるのだ。

一方で、国際情勢や社会問題に強い関心を持つ人も多いのもまた事実。「真面目」という観点では「人それぞれ」という答えになるだろう。

人を疑うことを知らない?

これはあまり当てはまらない。ピースボートに乗ろうとする人は、だいたいが「左翼団体がどうとか、評判悪いけど、この団体、大丈夫かな?」という思いを抱いて説明会に行く。

ボランティアスタッフとして活動していればなおさら。ポスター貼りで心無い言葉を浴びせられ、人間不信になるなど一度や二度の話ではない。

おまけに、寄港地に乗ったらタクシーでぼったくられ、常にすりに警戒する。特に、女の子と一緒にタクシーに乗った時の警戒心はMAXに達する。

人を疑うことを知らない人間は、寄港地で間違いなく死ぬ。運が良ければ、財布を無くして帰ってくるだろう。

自信過剰?

『俺が騙されるわけないだろ』と思っている人ほど騙されるらしい。これは、本当に人それぞれだと思う。

一人で結論を出せない?

これに関しては全く当てはまらない。「地球一周したい」というと、だいたい家族も友人もひっくり返る。

むしろ、「家族の説得」がどうやら地球一周の壁の一つらしい。

つまり、多くの人が一人で地球一周を決めるのだ。

僕に関していうと、家族には全くないしょで資料を取り寄せた。

ピースボートの参加者は、行動力の塊みたいない人が多い。自分の意志でズバズバ決めて、行動していく人ばかりである。

スピリチュアル好き?

これもまた人それぞれ。少なくとも、船内で宗教の勧誘などの活動をすることは禁じられている。

こうやって見ていくと、「ピースボートに乗る人は洗脳されやすいか」の答えは、「人それぞれ」だと思う。むしろ、一般社会よりやや騙されにくい人たちのような気もする。

ピースボートは洗脳しようとしているのか?

では、ピースボートの団体の方はどうだろうか。

これまた調べてみると、洗脳のプロセスとして次の6つが挙げられるらしい。

・寝不足にして思考を鈍らせる

・怒鳴って人格を否定される

・不安にさせる

・依存させる

・日常から切り離す

・刷り込む

この6つがピースボートに当てはまるか検証していこう。

寝不足に追い込む?

これは完全に当てはまらない。何時に起きて何時に寝ようが個人の自由だ。僕はよく昼寝をしていた。

深夜12時くらいになると、居酒屋を除き、もうみんな寝ている。夜更かししてても楽しいことなどない。深夜アニメも深夜ラジオもないのだ。

起きるのは人それぞれ。朝日を拝もうと早起きする人もいれば、10~12時台に起きてくる人もいる。

ただし、船内チームによっては寝不足になるチームもある。

怒鳴って人格を否定する?

ピースボートの関係者から怒鳴られたことはない(怒られたことならあるけど)。もし、怒鳴られた人がいるとすれば、それは何か事件を起こした時くらいだろう。

人格を否定するどころか、何か特技がある人は一般社会よりも褒められやすい環境だと思う。

不安にさせる?

これは当てはまるだろう。社会問題系の企画やツアーに行った場合、不安どころか、打ちひしがれて帰ってくる人もいる。

ただ、それを消化する時間は山ほどある。

依存させる?

船を降りる日が近づくと、「終わってほしくない~!」となる。これを依存と呼ぶなら、学校の卒業間際の「卒業したくない~」も立派な依存と言えるだろう。

だが、現実は船を降りた後、皆それぞれの道を進んでいく。「船の生活に依存して抜け出せない」や「左翼団体の活動に依存して抜け出せない」といった事例は、まだ聞いたことがない。

だいたい、ピースボートで働いている人たちも、一生の仕事としているよりは、他にやりたいことが見つかったらそっちへ行くというスタンスの人が多いようにみられる。実際、ピースボートをやめて別の活動を始めたという元スタッフの話はかなり聞く。「依存」という観点からは当てはまらないだろう。

日常から切り離す?

これに関しては、ピースボートほど人を日常から切り離す団体などあるまい。日常はおろか陸上から切り離して、テレビもネットも見れない。「見せてくれない」のはなく、「そもそも電波が届かない」のだ。外部との連絡も取れない。これまた「連絡させてもらえない」のではなく、「そもそも電波が届かない」。カルト教団や変な左翼団体がかわいく見えるほどの隔離っぷりだ。

刷り込む?

確かに、社会問題を扱った企画は多いし、左翼的な人の方が圧倒的に多いのも事実だ。

だが、何らかの答えを押し付けるようなことはほとんどない。

「情報は与えたから、あとは自分で考えて答えを出せ」というスタンスだ。

考える時間も、議論を戦わせる相手もいっぱいいる。

「刷り込む」という観点からは、「グレー」という答えが適切だろう。

こうやって見ていくと、「不安にさせるような情報をたくさん提示する」という意味では洗脳の条件を満たしている。

しかし、「相手の思考力を奪う」という意味では全く満たしていない。

確かに、日常と地上から隔離されてはいるが、その分、参加者がバラエティに富んでいる。むしろ、多様な価値観、考え方に触れるいい機会だろう。

ピースボート程度で洗脳されるような人間は、おそらく地球上のどんな団体・会社・宗教に行ってもあっさり洗脳されて帰ってくるだろう。

むしろ、ブラック企業の方がよっぽど怖い。寝不足の頭に怒鳴って、刷り込んでくるのだから。まず、思考力を奪ってから、じわじわと会社色に染めていくわけだ。

ピースボートにおいて、洗脳よりよっぽど注意しなければいけないこと

ピースボートに興味がある人に僕から言いたいのは、洗脳よりもよっぽど注意すべきことがある、ということ。

それは、船を降りた後の「ポジティブシンキング」。

船に乗ると、ピースボートという団体うんぬんの前に、360度どこまでも広がる青い海を見た時点で価値観が吹っ飛ぶ。寄港地に降り立つたびに、「日本の常識」がいかに狭いものなのかを思い知らされる。

ピースボートが与えてくる情報よりも、船内生活や寄港地での自由行動中の体験の方がよっぽど強烈だろう。要は「船旅」のインパクトが強いのだ。

また、船の中ではイベント運営、ミュージカル、音楽活動、映像作りなど、さまざまなことにチャレンジできる。

「日本の常識がぶっ壊れる体験」と「いろんなことにチャレンジした体験」が合わさると、「世間の常識にとらわれず、何でもできる!」、「いっそ、日本を、世界を変えられるんじゃないか?」という、自己啓発本のようなポジティブ全能感を抱く人が多いようにみられる(ただし、思考能力を奪うほどではないので、安心してほしい)。

かくいう私も、その一人だった(笑)。

それは決して悪いことではない。特に、それまで自己評価が低かったり、目標が持てなかったりした人の場合はむしろ、「前向きになった」『明るくなった』と評されることもある。

だが、程度の問題である。何事も「ほどほどに」が大事なのだ。

前向きになるのは大事だが、卑屈だったころの自分を忘れてはいけない。

僕はこれを、「過去の自分が背中から銃を突き付けている」と表現している。根拠もなくポジティブなことを言ったりして、「輝いている自分」や「今、幸せな自分」をアピールしようとすると、かつての自分が背中から銃を突き付けて、「なんかかっこいいこと言ってるけど、もしかして俺のこと忘れちゃった? 卑屈で、嫉妬深くて、死にたがり。それがおまえだろ?」とブレーキをかけてくれる感覚。

だから、僕は「昔はダメダメだったけど、今はこんなに輝いています」という人があんまり好きじゃない。ブレーキのない自転車みたいなものだと思っている。

人間である以上、ダメダメな部分が残らないわけがない。むしろなくなったら、「悟りを開いたぞ!」と言って、「阿闍梨」「如来」を名乗ってもいいと思う。

実際は、ダメダメな部分が残っておるにもかかわらず、気づかない、隠している、という人が、この手のタイプには多いと思う。

それよりも、「昔はダメダメだったけど、今は昔より前向きです。でも3日に1日ぐらいは落ち込んで死にたくなります」という人の方が好きだ。

ただ、「ピースボートのに乗れば、みんなめちゃくちゃ前向きになるのか?」と聞かれれば、答えは「程度による」だ。「少し前向きになった」人もいるし、「めちゃくちゃ前向きになった」人もいる。当然だ。同じ船に乗っていても、人によって見える景色は全然違うのだから。

全員が全員、「ポジティブバカ」になれるほど、世の中は、船旅は甘くない。

まとめ

・ピースボートに乗る人は、どちらかというと洗脳されにくい。

・ピースボートは確かに左翼的な情報は与えてくるが、思考力を奪うようなことはしないので、これで洗脳される人はよっぽどである。

・むしろ、前向きになりすぎることに注意した方がいい。

とりあえず、僕の周囲で「船を降りた後、憑りつかれたように左翼団体の活動に邁進している人」はまだ見たことがない。

小説:あしたてんきになぁれ 第3話 病院のち料理

援助交際で稼ぐヤンキーギャル・亜美と、自殺未遂を繰り返す地味な女の子・たまき。二人はクラブのトイレで倒れている少女を見つける。少女の名前は志保。明日がどうでもいい亜美、明日が怖い志保、明日がいらないたまき、3人の物語がいよいよ始まる。

「あしなれ」第3話、スタート!


第2話 夜のち公園、ときどき音楽

登場人物はこちら ⇒「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


たまきはパニックだった。

ただ、パニックだったと言っても、慌てふためくとか、喚き散らすとかそういうのではなく、ただただ目の前の状況を飲み込めずに、ぼうっと見ていた。

トイレのタイルの上に倒れていたのは、白い、透き通るような肌の少女だった。

だが、不思議と、きれいとは思わなかった。

たまきは亜美(あみ)の方を見た。

亜美はというと、あんぐりと口を開けたまま、倒れている少女を眺めていた。亜美もまた状況が呑み込めずにいるらしい。

「亜美さん……どうしよう……」

たまきが不安げに亜美の方を見ながら尋ねた。

「どうしようって……とりあえず、ヒロキ呼んできて」

「うん……」

たまきは頷くと、トイレを出てとぼとぼと歩いて行った。

冷静に考えれば、救急車を呼ぶ状況なのだろうが、それが思い浮かばないくらい、亜美は動揺していた。また、冷静に考えれば、走らなきゃいけない場面なのだろうが、とぼとぼ歩いてしまうくらい、たまきも動揺していた。

亜美は少女の傍らにかがみこんだ。

ふと、少女の横に落ちている何かを亜美は見つけた。

「これって……」

亜美はそれを拾った。

 

ヒロキがトイレに到着した。

ヒロキは無言で、それを見下ろしていた。

「ヒロキ、どうしたらいいと思う?」

亜美が尋ねた。

「どうしたらって、救急車だろ、フツー」

「あっ」

二人は、そこで初めて顔を見合した。

「後、こんなん落ちてたんだけど……」

亜美は、赤いハンドタオルに包んだ拾い物を見せた。

「……なるほど……」

それを見ただけで、ヒロキはすべてを察したようだ。

「しかし、だとすると余計まずいな……」

「何が?」

亜美が尋ねた。

「この店が犯罪の温床だっていうのは聞いたことあるだろ?」

「まあ、噂なら……。」

「だからこういうのとか、救急車とかそういう騒ぎを避けたがると思うんだ。警察に目をつけられたくないからな。救急車を呼ぶことを許してくれるかどうか……。」

「じゃあ、どうするの?」

「……先生に連絡したほうがいいんじゃねぇの?」

「わかった。」

たまきは、二人の会話の内容についていくので必死だった。

そんなに年は変わらないはずなのに、なんだか二人が大人に見えた。人とかかわるのを避けてきたものと、人と交わりあい、群れあってきた者の違いだろうか。

 

亜美は電話を切った。

「先生が車でこっち来るから、通り沿いで待ってろだって」

「救急車は呼ばなくていいんですか?」

「先生の家からなら、救急車より早く来れるんだってさ」

ヒロキの道案内で、店の外までたまきと亜美は少女を運ぶことになった。

亜美が頭を、たまきが足を持つ。たまきの肩には少女のものと思われる白いショルダーバッグ。

二人で運んでいるとはいえ、少女の体は身長にそぐわず軽かった。

店のスタッフに「病人が出た」といって裏口から出してもらう。

ぐるりと回って大通りに出ると、すでに舞(まい)の車が来ていた。黒いワゴン車で6人は乗れるはずだ。

舞はすでに車の前で待ち構えていた。

京野(きょうの)舞(まい)。もともと医者だったのだが、今は医療系専門のライターとして食べている。医者としてたまきや亜美の面倒を見ている。

亜美は舞のところに駆け寄った。

「聞いたぞ亜美、トイレで倒れてたんだって?」

舞は亜美をじろりとにらみつける。

「またトイレかよ。アンタ、トイレの神様でもついてるんじゃないの?」

トイレの神様って、そういう神様だったっけ、とそばで聞いていたたまきは思った。

「アンタ、三か月はトイレに入んない方がいいかもね」

「そんなぁ、無理ですよ」

「そんなことより……」

そこで舞が声のボリュームを落としたので、たまきには二人の会話はよく聞こえなかった。亜美が鞄の中からハンドタオルにくるんだ何かを見せて、舞が難しそうな顔をする。

やがて、亜美が戻ってきた。舞は携帯でどこかに電話していたが、やがて電話を終えると車の中の少女を見た。

「走りながら状況を聞く。お前ら乗れ。1分で病院に行くぞ」

言われるままに亜美とたまきは車に乗った。

「よし、ヒロキ、あんたが運転しろ。あたしはその子を診てる」

ヒロキは無言でうなづき、運転席に乗った。舞は最後尾で横たわる少女に声をかけた。

「大丈夫。もうちょっとだけ頑張れ」

 

画像はイメージです

ネオンきらめく大通りから歓楽街に入る。カーラジオからは、若い男性アイドルの歌。

「ところでたまき、けがの調子はどうだい?」

舞が少女の顔色を見ながら言った。

「……大丈夫です」

たまきがボソッと答えた。

「亜美、お前はちゃんと月に一回検診に来なさい! 今月、まだ来てないでしょ!」

「大丈夫だよ、そんなの」

げ、という顔で亜美が答えた。

「え、亜美さん、どこか具合が悪いんですか?」

たまきが尋ねる。

「性病にかかってないかの検査だよ。セックスワーカーの基本」

舞が答えた。

「ヒロキ、アンタも最近こないね。ケンカ、やめたんだ」

「ちげーよ。けがしねーようになっただけだよ」

ヒロキが笑いながら答えた。

医者がこんなに余裕なら、たぶん大丈夫なんだろうな。

たまきはすぐ後ろの座席で横たわる少女を見ながら思った。

「しかしお前ら、何で救急車じゃなくてあたしに電話した?」

舞の問いに、先ほどのヒロキの考えを述べたのは亜美であった。救急車が着たら、店に迷惑がかかる。

しかし、舞は、「バーカ」と一言いうと、言葉を続けた。

「何も店のすぐそばに呼ばなくたっていいだろ。店から少し離れたところにきてもらえばよかったんだよ」

「あっ」

三人が同時に声を上げた。

「ま、うちから車出した方が早いし、もしかしたら、この子にとってはそれが良かった、なんてことになるかもね。そろそろ着くか」

舞は、後ろの座席で寝ている少女に少し目をやって言った。

 

病院につくと、医者らしき男性が出迎えた。

舞は車を降りると、男性と話し始めた。どうやら知り合いらしく、先ほどの電話の相手は彼のようだ。

やがて看護師たちがストレッチャーを持ってきて、少女をそれに乗せると、病院の中へと消えていった。

舞も男性医師と一緒に治療室へと入っていく。

「さてと」

そういうとヒロキは、踊りたりねぇと言って、来た道を戻っていった。

「……亜美さんは、どうするの?」

たまきは、少し背の高い亜美を見上げながら訊いた。

「残るよ。乗りかかった何とか、ってやつだ。たまきも残りなよ。今の時間、一人で帰るのは物騒だから」

たまきとしては、一刻も早く「城(キャッスル)」に戻りたかったのだが、そういわれると、残るしかない。

何より、ひとりで「城」までたどり着ける自信がない。

 

小田病院は、9階建ての総合病院だ。待合室も昼間なら患者でごった返しているのだが、夜の十時となると、誰もおらず、座っているのはたまきと亜美の二人きり。時折看護師や、パジャマを着た入院患者が点滴しながら歩いていくくらいだ。

静かである。音がすべて、白い壁と黒い影に吸い込まれてしまったみたいだ。

たまきは、壁にかけられた時計を見る。

夜の十時。

ちょうど、昨日、たまきが寝ているところに、亜美がミチを連れてきたのがこのくらいの時間である。

なんだか怒涛の二十四時間だった。実はそのうちの半分以上は、「城」でゴロゴロしていただけなのだが、それでも、たまきにとっては怒涛の二十四時間だった。

もしかしたら生涯で初めてだったかもしれない、「密室で男性と二人きり」。それから自分の過去に触れてしまい、大泣き。そのあと珍しく外出したら、ミチと再び会い、絵を見られる。さらに無理やりクラブに連れて行かれ、トイレで少女を発見する。

薄汚れた背もたれに寄りかかり、ふうっと息を吐いた。隣の亜美を見ると、携帯電話をピコピコいじっている。

 

深夜零時。亜美はゲームのキリのいいところで携帯電話から顔を上げた。隣のたまきはいつの間にか寝息を立てて、亜美の肩に首を預けて寝ている。

足音がした方に顔を向けると、舞が歩いてきた。

「終わったぞ」

舞はそういうと、手に持っていたコーラの缶を開けて飲み始めた。

「助かったの?」

「患者を死なせた直後に、コーラを飲む神経は持ち合わせていない」

亜美の問いに、舞は口からコーラのシーオーツーを吐きながら答える。

「じゃ、助かったんだ」

舞は無言でうなづいた。

「さてと、それじゃ、」

舞は一度言葉を切った後、続けた。

「あの子連れて帰るぞ」

「はーい。……えぇっ!」

亜美は大きく目を見開き、舞の方を見た。

「入院するんじゃないの?」

「医者の家に連れて帰るんだ。問題はないだろう。病院の許可はとってある」

舞はそういうと、コーラの缶に口をつける。

「たまき、帰るよ、起きて」

亜美はたまきの肩をゆすった。たまきは眠気交じりの声を上げた。

 

十二時半。たまきが舞の部屋のドアを開ける。まずたまきが部屋に上がり、電気をつける。白い壁が明かりに照らされる。

半開きになったドアを舞が足でさらに開けると、背中から部屋に入った。舞が少女の肩を持ち、亜美が少女の足を持っている。

寝室のベッドの上に少女を寝かせると、舞は棚の上からカップめんを三つ取り出し、お湯を注いだ。

「食え」

舞はそういうと、二人の前にカップめんを置いた。

「酒とかないんすか?」

亜美はそういうと、まるで自分の家のように冷蔵庫を開けた。

リビングルームにはドアのそばに、長方形のテーブルがあり、最大4人が座って食事ができる。その奥には二人掛けのソファと小さなテーブル、テレビがあり、ドアの反対側にある窓のそばには小さなデスクがある。デスクの上は本やら資料やらで散らかっており、雪のように積もった紙の隙間から、かろうじてノートパソコンが見える。

亜美は食卓の窓に近い方のいすに腰掛け、だらりと背もたれに体を預けている。たまきは、ソファの上で体育座りをしている。

三人はカップめんをすすっていた。テレビからはお笑い芸人の笑い声が聞こえる。

亜美は酒を片手にカップめんをすすっていた。もちろん、いけないことだが、舞は止めても無駄だという感じで亜美を見ている。

 

たまきは麺を食べ終わった。麺を食べ終わっただけで、スープはすべて残してある。同じタイミングで、亜美は麺とスープを完食し、ビールも一缶飲み終えた。

「ところで、あの子、何の病気だったんですか。」

たまきがつぶやいた。

舞は立ち上がると、少女の眠る寝室のドアを開け、中に入った。

茶色い長い髪。長いまつげの伏せられた眼。

眠っていても、たまきには少女が美人であることがわかった。

少女は長袖を着ていた。こんな時期に長袖を着るのは自分くらいと思っていたたまきは少し驚いた。

舞は、少女の右の袖をまくった。

少女の腕には、血のように赤い無数の点があった。。

「何ですか、これ?」

たまきは覗き込んだ。

少しの沈黙の後、舞は口を開いた。

「……注射器の跡だよ。」

薄暗い部屋を、さらに静寂がつつんだ。

「……注射器って……つまり……。」

たまきの疑問を遮るように、舞は答えた。

「検査で、この子の血液中から覚せい剤が検出された」

たまきは絶句した。少女は見たところ、自分とそんなに年が変わらない。自殺未遂を繰り返す自分が言えたことじゃないが、なぜこんな子が覚せい剤なんか……。

「だからここに連れてきた。あの病院にいたら、通報されるからね」

「なんでこんな子が覚せい剤なんか……。だって、覚せい剤って、どっちかっていうと亜美さんみたいな人が……」

「どういう意味だそれは! ウチだってさすがにドラッグは手を出してねーよ!」

ドアの向こうから部屋の中を見ていた亜美が大声を出した。

……快楽第一主義の亜美ですら手を出さないドラッグに、なぜこの子は手を出したのだろう。

「さてと、なんか持ってないかなぁ」

そういうと、亜美は少女のカバンの中をあさり始めた。

「ちょっと、亜美さん、何やってるんですか!」

たまきが亜美をたしなめる。

「別にとりゃしねーよ。何か、身元がわかるもんねーかなーと思って」

たまきは、次に自殺するときは、絶対に所持品のない状態にしようと思った。もし、死体が亜美みたいな人に見つかったら、何を見られるかわかったもんじゃない。

「お! 財布はっけーん」

亜美は人の財布の中身を見始めた。

「お! こいつ、結構持ってるぞ」

「亜美さん!」

「大丈夫。取ったりしねーって」

財布の中からは、数人の福沢諭吉が顔を出していた。

「クスリやるには金が要るからね。自力で稼いだか、犯罪に手を出したか、親からとったか……。確かに、そのくらいの年の子が持つにはおかしな金額だな」

舞が煙草に火をつけながら言った。

「お! 学生証はっけーん!」

亜美は、財布の中の、カードや会員証などを入れるポケットから、少女の写真の入ったカードを出した。たまきも、いけないと思いつつも思わず覗き込む。

学生証に描かれた少女の写真は、やはり美人だった。ぱっちりとした目、高い鼻、茶色く長い髪。そして、笑顔。

たまきには、こんな素敵な笑顔のできる人が、なぜ、覚せい剤などに手を出したのかがわからなかった。昔からほとんど笑わず、無理に笑えば似合わない、不気味だ、気味が悪いと言われてきたたまきには、こんなに美人で、こんなに笑顔が似合う人がなぜ……という思いが消えない。

「神崎(かんざき)志保(しほ)。星桜高校二年。」

亜美が生徒手帳に書かれた文字を読み上げる。たまきは、身分を証明する一切を家に置いてきてよかったと思った。もし、持っていたら、自殺して、亜美みたいな人に見つかった場合……。

「星桜高校? へぇー。進学校じゃん」

舞は灰皿にタバコの火を押し付けながら言った。

「先生、知ってるの?」

亜美が尋ねる。

「知ってるも何も、東京の女子はみんな一度はあこがれるものさ。偏差値高いし、制服はかわいいし」

「ウチ、東京の女子じゃないもん」

「……私も……」

「何だ、お前ら、東京出身じゃないのかい。じゃあ、どこの出身だ?」

とたんに、亜美は舞から目をそらし、たまきは下を向く。

「……言いたくないってか……。」

舞は二本目の煙草に手を伸ばした。

下を向いたたまきは、亜美の足元に転がっていた少女「志保」のカバンが目に入った。

人のカバンの中身を見てはいけないと思いつつも、たまきはカバンの中に手を伸ばした。

たまきの手がつかんだのは、手帳だった。

手帳にはプリクラが貼ってあった。「志保」を含む、たくさんの少女が写ったプリクラ。オレンジ色の字で「ずっとともだち」と書かれている。

別のプリクラは、「志保」と同じくらいの年の少年と映っているものだった。今度はピンク色で「だいすき」と書き込まれている。

「たくさんの友達」、「彼氏」。たまきがどれほど望もうと手に入らなかったこの二つを「志保」は持っているらしかった。なのになぜ、「志保」は覚せい剤なんかに手を出したのだろう。

 

写真はイメージです

頭が痛い。志保の目を覚ましたのは、グワングワンと揺れるように響く頭の痛みだった。

起き上がる。一瞬、痛みは高まったが、少しずつおさまってきた。あたりを見渡す。

知らない部屋だった。志保が寝ていたベッドは右側の白い壁沿いに置かれており、反対側の壁には本棚やCDラックが置かれている。そして、志保自身は覚えのないパジャマを着ていた。

部屋の中を見渡した志保は、ベッドのわきのいすに座り、こちらを見ている人物に気付いた。

黒い髪に黒いメガネ、黒い長袖の服を着た少女だった。メガネの左側のレンズはほとんど前髪に隠されている。メガネの奥の、眠たげに開いた眼はあどけなさが残るが、どことなく、生気というものを感じさせない。右手首の白いのはよく見れば包帯だった。

志保は少女と目があった。少女は、一言、

「あ、起きた」

とやはり生気を感じさせない声でつぶやくと、部屋の外へと出て行った。

「先生、亜美さん、起きました」

やがて、少女と共に女性二人が入ってきた。

一人は、二十歳前後の女性だった。金髪の長い髪。思わず目を背けたくなるほど露出の高い服を着ている。

もう一人は三十代前半と言ったところか。黒髪のストレート。煙草をくわえ、エプロンをしてた。

黒髪ストレートの方が志保へ近づいた。

「おはよう。気分はどうだい」

「え……、ちょっと頭が痛いですけど……」

志保は問われるままに答えた。

「うん、大丈夫だ」

「あの……、ここはいったい……」

志保は周りを見渡しながら尋ねた。

「昨日のことは覚えてる?」

「……なんとなく……」

「アンタはクラブで覚せい剤を打って倒れた。認めるね」

「……はい……」

「クラブで倒れてひっくり返っているところを、ここにいる亜美とたまきが見つけて、アタシのところに連絡してきた」

「あの……、あなたは……」

「京野舞。医者」

黒髪ストレートはそういうと、煙草の煙を吐き出した。

「薬物中毒なんて、さすがにウチじゃどうにもならないから、知り合いの病院に連れてって治療した。そんで、連れて帰って、今に至る。以上!」

志保の心の中には不安が募っていた。この人は自分が薬物中毒であることを知っている。っていうことは……。

「……あたし、これからどうなるんでしょうか……。やはり、警察でしょうか……」

「そんなの……」

医者の女性はそういうとくるりと背を向けた。

「自分で決めな。さあ、メシにするぞ」

 

ドアの向こうはリビングルームとなっており、長方形のテーブルに、湯気と香りが沸き立つ料理が並べられていた。壁の時計は十二時を示している。日差しが窓から差し込む。テレビからは女性タレントの笑い声。舞が最初に腰を下ろし、残りの三人はそれぞれ、舞に支持された場所に座った。黒髪メガネの少女の名はたまき、金髪少女の名は亜美というらしい。

隣には亜美、正面には舞、はす向かいにたまき。

「先生、なんか、ウチとたまきと志保、量ちがくない?」

志保は命の恩人とは言え、初対面の人間に呼び捨てにされるのが何か納得できなかった。

「当然だろ。一人一人、症状が違うんだから」

そういうと舞は、隣に座ったたまきを見た。たまきの前にはご飯とみそ汁、そして中盛りの肉野菜炒めが湯気を立てている。

「お前はまず食べろ。量を食べろ」

次に舞は志保を見る。献立は一緒だが、肉野菜炒めは肉の割合が多い。」

「アンタはやせすぎ! もっと肉を食え!」

「せんせー、うちも肉食いたい!」

亜美が不満を言った。亜美の肉野菜炒めは野菜多めだ。

「お前はどうせろくなもん食ってないんだろ。野菜食え。」

亜美は渋々、箸をつけ始めた。

 

豚肉を頬張りながら、志保は隣の亜美と、はす向かいのたまきを見ていた。

たまきは左手の箸でつつくように食べていた。もやしをピンセットみたいに箸でつまんで、小さな口へと入れている。そのスピードも遅く、料理に手を付けることなく、ぼんやりと皿の上も見ているときもある。

食欲がないんだろう、と志保は思った。志保にもそういうときがある。

一方、亜美はたまきの三倍のスピードで野菜炒めを食べていた。かきこむ、といった感じだ。

ただ、皿の一角にはピーマンがたまっている。わざと残しているようだった。

志保は疑問だった。この二人はいったいどういう関係なんだろう。姉妹? 友人? 先輩後輩?

だが、いずれもしっくりこない。この二人、あまりにも違いすぎるのだ。

たまきは全身黒ずくめ、といった感じだった。たぶん、カラー写真で撮っても、白黒写真で撮っても、そんなに変わらない。上から黒い髪、黒いメガネ。夏には珍しい、黒い長袖の服に黒いロングスカート。さらには黒い靴下。

だが、最も印象的なのは、メガネの奥の目だった。左目は、メガネの前で目を覆うように隠している前髪で見えない。しかし、右目だけで十分印象に残った。

あどけなさを残す目だ。だが、生気というものが感じられず、誰とも目を合わせない。初対面の志保はもちろん、舞、亜美とも目を合わせようとしない。

一方、亜美は正反対だった。金髪の長い髪を後ろで結んでいる。袖がなく、胸の谷間を強調した服。腿まで見えるパンツ。捕まらない範囲で見せられるところはすべて見せている、といった感じだ。右肩には小さな青い蝶の入れ墨が、舞い飛ぶように彫られてある。

よくしゃべり、よく笑い、よく食べる。悩みなどなさそうに笑っている。

 

「で、この後どうするの?」

舞が箸を置き、志保の目を見ながら尋ねた。志保は目を伏せた。

「……警察でしょうか……」

志保は三十分前と同じセリフを口にした。

「アンタがやっているのは、立派な覚せい剤取締法違反。アンタの年なら少年院行きだ。けどね……」

そういうと、舞は目に力を込めた。

「少年院で、あんたの病気が治るとは限らない。っていうか、アタシには思えない」

「病気……」

志保は、舞の言葉をオウムのように繰り返していた。

意外。そんな目をしている。

「少年院に行く女ってのは、薬物中毒者が多いんだ。そんな連中が同じ雑居房で暮らしてみな。確かに、社会と隔離することで、強制的に麻薬に手を出さなくなるかもしれないけれど、横のつながりってのができる可能性は否定できない」

そこまで言うと、舞は、コップの中の水を飲んで、言葉を続けた。

「薬物中毒者に対する対処は、なにも、刑務所だけじゃない。最近は、薬物中毒専門の病院や、施設があるんだ。そういうところに行くって道もある」

舞は、志保に一層近づいた。

「どっちに行くかは、アンタが決めな。警察行くってんなら、付き添ってやる。病院行くっていうなら、紹介してやる」

志保の中では、「病気」という言葉が響いていた。

そんな二人の会話を割るように、亜美が目を輝かせながら尋ねてきた。

「ねえねえ、何でドラッグなんてやったの?」

「えっ?」

志保はたじろいだ。

「……亜美さん……!」

たまきがボソッと声を上げた。

「そういうこと聞いちゃだめですよ」

「別にいいじゃん。ウチら、こいつの命の恩人だよ?」

「恩着せがましいですよ。私、亜美さんの、そういうところ、なんていうか……」

たまきはそこで言葉を切って、しばらく考えてから、言葉を続けた。

「……苦手です……。」

「たまき、はっきり言ってやっていいんだぞ。嫌いなら嫌いって」

食事を終えた舞が、煙草に火をつけながら言った。

「……怖かったんです……」

三人の会話を、志保のかすかな声が遮った。

「え?」

「明日が来るのが……怖かったんです……」

それっきり、志保は下を向いたまま、話さなくなった。

「明日……」

亜美とたまきは、異口同音につぶやいていた。

しばらくして、志保が口を開いた。

「……警察、行かなくていいんですか?」

「医者としてはそっちを勧めるね。法律的にはアウトだとしても。ちゃんと治療を受けるなら、アタシはあんたを通報したりしない」

病気なんだ……。治せるんだ……。そんな思いが志保の中に芽生えていた。

「……よろしくお願いします……」

志保はそう言った。

 

食事も終わり、舞は皿洗いを始めた。

「手伝います」

志保が舞の横に立ち、皿を洗い始めた。

「お、慣れてるねぇ。料理とかするの?」

「まあ、一応……」

「そういえばさ……、アンタ、家はどこ? 親は……?」

その質問に、志保は顔をうつむけた。

「おいおい……コイツもかよ……」

二人の会話を聞きながら、亜美は見ながらぼんやりと煙草を吸っていた。

「……料理か……」

亜美は天井に向かっていく白い煙の帯を見ながらつぶやいた。

「……使えるな」

それを聞いて、たまきはにがそうな顔をした。

「……また悪巧みですか?」

「ウチがいつ、悪だくみをしたよ?」

「……私を助けたのも、悪だくみだと思ってますけど……。で、何、企んだんですか?」

「料理だよ。料理が足りなかったんだよ」

亜美は煙草を灰皿に押し付けた。

「ウチんとこに来る男がみんな『お前は色気があるけど女っ気が足りない』っつってるんだよ」

「……私はどっちもないですけどね……」

「アバウトな言い方だろ? 『色気』と『女っ気』ってどう違うんだよ。で、ずっと考えてたんだけど、『女っ気』っていうのは『女の子らしさ』だと思うんだよ」

「……『色気』と『女の子らしさ』はどう違うんですか……」

「……いや、わかんねーけど……。まあ、で、どうしたら『女っ気』が出てくるか考えてたんだけど、やっぱ、『料理』だと思うのよ」

「……女の子が料理できなきゃいけない、っていう時代はもう古いと思いますよ。現に、私たち二人とも、料理できないじゃないですか」

「わかってないなぁ。要は、オトコがオンナに何を求めてるか! 『オトコの理想のオンナ』をいかに演じるか。それがわかんないから、あんたはモテないんだよ」

「……別にモテたいと思ってないし……」

「てなわけでだ」

亜美は、体ごとたまきに向きなおった。

「ウチはあの子を『城』に迎え入れようと思うんだ」

たまきが「やっぱりね」と言いたげに亜美を見た。

「やっぱり、ビジネスは日々進化させないと」

そう言って亜美は笑うと、首を志保の方に向けた。

「志保―っ! あんた、行くとこないんでしょ? ウチこない?」

「え?」

志保が驚いたように振り返った。

「家出してるんでしょ? ウチらも同じ。ウチんとこきなよ」

「アンタねぇ。薬物中毒者と一緒に暮らすということがどういうことか……」

舞はそこまで言いかけたが、そこでしばらく黙った後、

「フム。まあ、やってみれば?」

と、娘にペットを許可するような口調で言った。

「あ……じゃあ、行くとこないし……、お世話になります……」

志保は、ぺこりと頭を下げた。

 

写真はイメージです

「……ここ……お店だよね?」

ネオンきらめく雑居ビルの5階。白く光る「城(キャッスル)」と書かれた看板を前にした志保が言った。

「ここはね、ウチらの城」

そういうと、亜美はドアを開けた。

ほのかな電灯をつけると、二人暮らしには広い間取りに、壁に沿っておかれたソファと、三つのテーブルが見える。

テーブルの上は雑誌やリモコン、ぬいぐるみなど、生活感にあふれている。誰に説明されなくても、志保はこの店がすでに営業していないことがわかった。

「二人は何の仕事してるの? この部屋、っていうか、店、家賃とか……?」

「ウチ? ああ、援交」

「援交!?」

志保が目を丸くして声を上げた。

「気を付けてください。ここに平気で連れ込みますから」

たまきがボソッと忠告する。

「……たまきちゃんも、そういうことするの?」

たまきは慌てて、「私は全く関係ありません」と言わんばかりに首を振った。

「私は、そういうの興味ありませんから……。結婚する気も、子供作る気もないですし……。……たぶん、そういう年になるころには、この世にいないと思うし……」

「ええっ!?」

たまきが最後にボソッと言った言葉に、志保はまた目を丸くした。

「たまきちゃんって……何かの病気なの!?」

「ああ、そいつはね、死にたがり病なの。志保も気を付けてよ。ちょっと目を離すとそいつ、すぐリストカットしようとしたり、屋上から飛び降りようとしたりするから」

「……そうなんだ……」

志保は亜美の方を向いた。

「じゃあ、ここの家賃は、亜美ちゃんのその、援助交際で払ってるってこと?」

「家賃? ああ、払ってないよ」

「はい!?」

「……まあ、不法占拠というやつです」

たまきがボソッと補足する。

亜美はカウンターの方へと歩いて行った。カウンターの中には、店だった頃はボトルが並んでいたと思われる棚があり、簡単な厨房も見える。

「ここが、志保に腕を振るってもらう厨房」

「あのね、亜美ちゃん、さっきも言ったんだけど、料理はできるけど、そこまで上手ってわけじゃ……。」

「いいんだよ、作れれば。ウチら、どっちも料理できないんだし。たまきも、『城』でおいしいもの食べたいもんなぁ」

「……私は別に食にこだわりはないんで……」

たまきはボソッと訂正した。

 

食事をして、銭湯に行って、そのあとは思い思いの時間を過ごしていた。

たまきはもう寝ると言ってソファの上に横になった。亜美は煙草を吸うと言って屋上に行った。

志保はわずかに開いたキッチンのカーテンから月を見ていた。

昨日の今頃はこんな風になるなんて、考えてもいなかった。

昨日の今頃。確か、ドラッグを打って……。

急に背中から生まれた悪寒が全身をつつむ。志保は、思考を切り替えようと後ろを見た。

たまきがこちらを見ていた。横になっているにもかかわらず、メガネをかけ、じっと志保の方を見据えていた。

 

たまきには分からなかった。志保はなぜ、ドラッグなんかに手を出したのか。

今日一日、志保を見ていたが、志保はいたって普通の女の子だった。受け答えからも、育ちの良さ、頭の良さがうかがえた。

さらに、亜美ともすぐに打ち解けてしまった。

舞の家から「城」への帰り道、たまきは、亜美や志保の少し後ろを歩いていた。

二人は、それこそもう数年来の友人であるかのように話していた。元彼の話、お互いの通っていた学校の話、食べ物の話、etc……。

たまきはその少し後ろを歩く。自ら会話に加わることはないし、話しかけられても、ボソッと、最低限のことしか言わない。

こういう人たちはいるのだ。新学期、クラス替えとかでいきなり友達を作れる連中が。

それができれば、人生はきっと楽しい。たまきはずっとそう思っていた。

今、目の前にいる二人は間違いなく「友達作りスキル」のある人間である。たまきから見れば、勝ち組のはずだった。

だから、わからない。一方は学校というレールから外れ、一方はドラッグに手を出す。

自分がダメなのは、友達を作れないからだ。そう考えてきたたまきにとって、友達作りスキルを持っているにもかかわらず、自分と同じように枠から外れた亜美と志保は不思議でしょうがなかった。

自分がダメなのは、友達がいないからではないのか? それとも、論点が違うのか?

特に、志保はたまきが届かなかったもの、すべてを持つ存在だった。

だから余計にわからない。こんなにも他人に関心を持ったのは初めてではないだろうか。

ふと、志保と目があった。たまきは青いタオルケットを頭からかぶった。

「一つだけ聞かせてください」

タオルケット越しに薄暗い闇を隔ててたまきの声が志保の鼓膜に届く。

「明日が怖いって……どういうことですか……」

答えはきっとそこにある。

たまきの問いかけを聞いた志保は、少し微笑んだ。自嘲の色を帯びながら。

「志保さんは……。」

「もう志保でいいよ。年、そんなに変わんないんでしょ」

「……志保さんは、学校にちゃんと通えて、友達がいて、何で、ドラッグなんかに……。」

何てレベルの低いことを言っているんだろうと、たまきは思った。学校に通い、友達を作る。そんなの、最低ラインじゃないか。それにすら到達できない自分は何てクズなんだ。

そんなことを考えているたまきに、志保は優しく言葉をかけた。

「あたしの通ってる、ううん、もう一月ぐらい行ってないから、通ってた高校か。自分で言うのもなんだけど、結構、頭のいい学校なの。だから、入るのすっごい大変だった。相当勉強した」

志保の長いまつげが、月明かりに照らされる。

「親はすっごい喜んでね。もちろん、あたしもうれしかった。すぐに友達もできたし、夏休み前には彼氏もできた。自分でも、順調な高校生活だと思った……」

たまきにしてみれば、おとぎ話のような話である。

「でもね、順調だと思えば思うほど、ぼんやりと見えてきちゃうんだ、自分の明日が。このまま普通に大学行って、普通に就職して、普通に結婚して、普通に子供産んで育てて、普通に老後を送って、普通に死んでって。そう考えたら、急に怖くなったの」

「……それで……ドラッグに?」

たまきはますますわからない。

「ま、それだけじゃないけどね。でも、きっかけはそうかな」

順調だけど、順調だから、明日が怖い。

でも……。

でも……。

「そんなの……」

贅沢だ。たまきが言えなかった最後の一言を志保は理解したのか、やさしく笑った。そして、志保はさびしそうにつぶやいた。

「……贅沢だよね」

 

亜美は屋上にいた。煙草の煙がネオンに照らされて、紫色に映える。初夏の夜は肌に心地よい。

ここでたまきと会ったのか。あの時はこんな風になるなんて考えもしなかった。

何でたまきを助けたんだろ? いまさらながら考える。

そして、なんであの子を、志保を「城」に招き入れた?

……そりゃ、金になるからでしょ。

……本当に?

ぶっちゃけ、今まで週に二回来てたヒロキが、たまきが来て以降、週三回になったぐらいで、新規開拓なんて全くできてない。

きっと、志保が入っても、これ以上儲けは増えないだろう。

そんなの、最初からわかってた。「金儲け」なんて口実だ。

じゃあ、なんで、二人を招き入れた……。

……自分に似てるから?

……そんな馬鹿な。

右脳で出した答えを左脳で否定する。

あの二人が自分に似ているわけがない。たしかに、「家に帰りたくない」という点では似ている。それは認める。だから、たまきに親近感を覚えた。

しかし、たまきは亜美と違ってうじうじしてるし、志保は亜美と違って頭がいい。

そもそも、あの二人が言っていたことがさっぱり理解できない。たまきは明日なんていらないと言い、志保は明日が怖いと言う。

明日のことなんて考えるから、そんなこと言うのだ。明日なんて来ないかもしれない。

亜美は夜空を見上げる。もしかしたら、今日、宇宙のかなたから突然現れた恐怖の大魔王が、火の玉で地球を焦土と化し、みんな死んでしまうかもしれない。

まあ、今のはさすがに極端だが、明日が来る保証なんて、誰にもない。だったら、明日のことなんて考えたって仕方ない。明日なんてどうでもいい。今を楽しんで、明日が来ちゃったら、その時考えればいいのだ。

ふと、亜美の顔にあたるものがあった。思わず上を見ると、さらにポツッ、ポツッ、と冷たいものが当たる。

雨だ。

「マジかよっ」

亜美は屋上を後にした。

 

写真はイメージです

翌日は土砂降りだった。お昼少し前、亜美は買い物に出かけたので、「城」の中にはたまきと志保の二人がいる。

雨の日のたまきは気分が悪い。機嫌が悪いのではない、気分が悪いのだ。もっとも、はれや曇りでも気分がいいわけではなく、そんなに悪くない、というだけなのだが。

「たまきちゃん、何食べる?」

志保は厨房に立っている。髪を縛って、冷蔵庫の中を覗いている。

「お昼……いらないです……」

その時、雨音とともに、亜美が帰ってきた。

「ただいま。いいもの買ってきたぜ」

亜美は、手に持っていた、少し濡れたビニール袋の中から、何かを取り出した。

コルクでできた楕円型の薄い板。それといくつか、ひらがなの形をした造形物が、袋の中には入っていた。

「ネームプレート?」

志保が尋ねた。

「そう。せっかくだし、これに三人の名前を貼って、玄関につるそうぜ」

「……玄関につるしたら、不法占拠がばれるんじゃないですか……」

たまきの一言で亜美が一瞬止まった。

「……ドアの内側にしよう」

 

「うちはピンクね」

亜美はピンク色の造形物の裏にボンドを塗り、コルクのネームプレートの上の方に張り付けた。造形物は、ひらがなの「あ」と「み」の形をしている。

「たまきは黄色ね」

亜美は黄色い「た」「ま」「き」をたまきの手に渡した。

「……私、黄色ですか……?」

黒か紫が良かった。

「気分だけでも、明るくしなきゃダメなんだよ」

たまきは少し不満そうに、造形物を見ていたが、やがてボンドを手に取ると、ボードの下の方に張り始めた。

「たまき、そんな下でいいの?」

「たまきちゃん、真ん中にしなよ。下は新入りの私が」

「……いいです、私はここで」

そういいながら、たまきは「き」を張り付けた。

「志保は青ね」

亜美は志保に青と水色の間くらいの「し」と「ほ」を渡した。志保は笑顔で、「あみ」と「たまき」の間に張った。

亜美は、完成したネームプレートを、ドアの内側、ちょっと高いところにつるした。

「かんせ~い」

 

あみ

しほ

たまき

 

「へへっ。ちょっと、テンションあがるな」

「そうだね」

「……ちょっとだけ」

雨は激しく降り続いていた。

つづく


次回 第4話 歌声、ところにより寒気

亜美、志保、たまきの3人での生活が始まった。ミチに誘われて、彼のバンドのライブに出かけたたまき。事件はそこで起こる……。

「何のやる気もなく、ただ消化試合のように生きている。絵を描くのも、楽しいからでもなく、何かを表現したいからでもない。時間をただ押し流すためだけの作業。 」

⇒第4話 歌声、ところにより寒気


←第1話から見る

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち

クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たちです(第12話時点)。「城(キャッスル)」で暮らすメインの3人はもちろん、彼女らの周囲の人々も基本情報はココで確認できます。これを見ておけば第1話じゃなくても、「あしなれ」をどこからでも楽しむことができます。


亜美

第1話から登場する、「城」で暮らす少女。「明日なんかどうでもいい」と援助交際で生活している。右腕に青い蝶の入れ墨が入っている。

志保

第2話から登場する、「城」で暮らす少女。「明日が怖かった」と覚せい剤に手を出し、薬物依存と戦っている。右腕に無数の注射針の痕がある。

たまき

第1話から登場する、「城」で暮らす少女。「明日はいらない」と自殺未遂を繰り返す。右手首に白い包帯を巻いている。

京野舞

第1話から登場する、元医者の医療ライター。「城」で暮らす少女たちの面倒を見ている。

ヒロキ

第1話から登場する、亜美の「客」。

ミチ

第2話から登場する、ミュージシャン志望の少年。ヒロキの後輩にあたる。

 仙人

第8話から登場する、ホームレス。たまきの絵を絶賛する一方で、ミチの歌に対しては辛辣な評価を下す。

トクラ

第10話から登場する、志保と同じ施設に通う女性。危険ドラッグに手を出したらしい。

海乃

第11話から登場する、ミチと同じラーメン屋で働いている女性。ミチのカノジョだったが、クリスマスの夜に破局。

田代

第12話から登場する、大学生の青年。志保がバイトする喫茶店「シャンゼリゼ」で働いている。

ミチのお姉ちゃん

第24話から登場する、ミチの姉。スナックの雇われママさん。

 

知念厳造

志保がアルバイトする二丁目にある行真寺の住職。前職はゲイバーのママ。

ピースボート乗船で初めて知った、海の上のアナログすぎる生活体験

現代社会は情報社会だ。ネットにスマホ、テレビなどなど様々な情報を簡単に手に入れられる。しかし、ピースボートに乗船して初めて気づいたことがある。船の上には、これらは何もかもない!ピースボート乗船中ののアナログすぎる生活について書いていこう。ほんと、あれもこれも何にもないよ。


ピースボートに乗船すると、テレビが見れない!

僕らは当たり前のようにテレビを見る。

だが、ピースボートに乗船するとテレビは見れない。

例えば、僕が船に乗っている間に、安保法案が可決し、国会前をデモ隊が埋め尽くすという大騒ぎになったらしい。

「らしい」と言うのは、僕はそのニュースをほとんど見たことがないのだ。一回、船の中でスタッフががんばって報道ステーションのビデオを取り寄せて見せてもらたことがあるが、

安保法案に関する報道を見たのは、後にも先にもそれ一回きりだ。

乗船中にはパリでテロ事件も起きたが、

その報道もほとんど知らない。

船を降りたらなぜか日本ではラグビーが流行っていて、大いに戸惑ったのを覚えている。「あの五郎丸選手が」と言われても、僕は試合を見たことがない。

ピースボートの船では、外部のテレビ番組は一切見れないのだ。

じゃあ、どうやって情報を手に入れているのか。

フリースペースに主要なニュースが書かれている場所がある。そこでニュースを知るのだが、毎日更新されるわけではない。更新頻度は3~4日に一度だ。

新聞もある。どういうルートで手に入れるのか、寄港地で日本の新聞を補充する。もっとも、半月に1度くらいの頻度で、当然古新聞だ。

ちなみに、見れないのは「テレビ番組」であって、テレビ自体は船室にある。

見れる番組は二つ。一日中同じ邦画を流すチャンネルと、一日中同じ洋画を流すチャンネル。洋画は近くの国にちなんだものが流れる。また、船の前から海を撮影した映像がひたすら見れるチャンネルもある。

また、毎日船の中で制作される、船内情報番組もやっている。これに出れば、一躍船内有名人だ。

が、基本船の中でテレビ番組は見れない。

じゃあ、どうするのか。

自分たちで作るのだ。

船のスペースを借りて、テレビ番組のパロディ企画を何度も行った。僕が関わったのではTVタックル、アメトーーク!、のど自慢などのパロディ企画をやった。他にも吉本新喜劇やケンミンショーなど全部自分たちで作るのだ。

ピースボートに乗船すると、電話はつながらない!

このたった十数年で、今や携帯電話を持っていることは当たり前となった。どういうわけか、電話以上の機能までついている。

しかし、ピースボートに乗船したら、電話がつながらない。

当然である。海の上に基地局なんかない。

僕が船内に持ち込んだガラケーちゃんは、寄港地でもピースボートの船内でも通話能力を完全に封じられ、目覚まし時計寄港地でのレート計算の電卓としてしか使えなくなった。

友人では、どうせ使えないのだからと、携帯電話を解約した人までいる。

じゃあ、どうやって外と連絡を取るのか。

絵葉書なんか風情があるだろう。船のレセプションに出せば、寄港地で投函してくれる。

では、船の中での連絡はどうするのか。

船室には電話がある。船室にいれば連絡がつく。

しかし、いつも船室にいるわけではない。

一度、船室の外に出てしまえば、直接会わない限り連絡が取れないのだ。

「〇〇見なかった?」と言うのは日常茶飯事である。

ピースボートに乗船すると、ネットが見れない!

このブログを読んでいる人は、当然インターネットに接続している。今や、世界中で約35億人がネットを利用しているようだ。日本はおろか世界じゅうをつないでいる。

ところが、ピースボートではネットがものすごいつながりにくい。

そもそも、船内でネットを使うには、「ネットカード」というものを買わないといけない。

そのネットカードを使って、船のネット環境にログインできるのだ。

100分で2100円。かなりの出費だ。スマートフォンを持っている人は、寄港地でwifi環境がある場所を探して、そこから動かない。せっかく異国にいるのにもったいないなぁ、とも思うが、どうしても知りたい情報もあるのだろう。

1回で100分使い切る必要はなく、100分を何回かに分けて使うこともできる。だが、きちんとその都度ログアウトをしないと、ネットを使っていないときにも時間が加算されてしまい、100分を使い切ってしまう。せっかくの2100円が無駄になる。

しかも、海の上はネットがつながりにくい。すぐにフリーズしてしまう。フリーズしたまま時間だけが空しく過ぎていく、なんていうこともよくある。フリーズしたまま100分立てば、そこでネット終了だ。

ちなみに、船備え付けのパソコンだと、動画を見ることはできない。


どうだろう。不便だろうか。

でも、「便利」ってどこかの誰かが、「これがあった方が便利だろう」と思わせているだけで、便利な道具がなければ何もできなくなる、なんてことはない。

ないのであれば、人間は自分たちで補うことができる。

テレビ番組が見れないなら、自分たちで作ればいい。

電話がつながらないなら、居場所を知っている人を探せばいい。

ネットがつながらないなら、知っている人に話を聞けばいい。

たったそれだけの手間だ。僕たちは、これっぽっちの手間もかけられないほど、時間に追われて暮らしているのだろうか。

人間の時間は有限だ。でも、一秒たりとも無駄にできないなんて、あんまりじゃないか。

ここ数年でスマートフォンが世の中を席巻し、もはやスマートフォンを持っていて当たり前の世の中になった。

スマートフォン。すなわち、賢い電話。

しかし、どう考えたって電話ごときより人間様の方が賢いはずだ。人間がスマートでいようと心掛ければ、電話なんかにスマートになってもらう必要は全くない。そう信じて、僕はいまだにスマートフォンを持ってない。必要がないのだ。

便利な道具を買うより、不便でも何とかできるようにする方が、頭を使うし、僕にとってはずっと面白い。

ピースボートの海賊水域で自衛隊護衛の矛盾の実態を参加者がツッコんでみた

ピースボートを取り巻く問題の一つが、「海賊警戒水域での自衛隊護衛問題」だろう。自衛隊に否定的な立場をとっていたピースボートが護衛をつけてもらっていいのか?そこで、今回はまず海賊警戒水域について基本的なことを学んでから、この問題について考えてみよう。ピースボート、覚悟しろ(笑)


そもそも、海賊水域での自衛隊派遣問題とは?

世界の海には「海賊警戒水域」というのがある。その名の通り、海賊による襲撃を受ける可能性が高い水域のことだ。

そして、海賊が多いことで有名なのがソマリア沖である。

ピースボートの船がこのソマリア沖を航行する際、海上自衛隊に護衛をしてもらっているのだ。

その証拠写真がこちらだ。

私が撮影しました

さて、自衛隊に護衛してもらって何が問題なのかと言うと、

ピースボートは自衛隊の海外派兵に反対していたというところにある。

ハフィントンポスト紙によると、2009年の取材時に護衛を申請したのはピースボートではなくジャパングレイスだとしたうえで、そもそも海上自衛隊ではなく海上保安庁に要請したと説明。そして、「主張とは別に参加者の安全が第一」と述べている。

ピースボート、海上自衛隊の護衛艦でソマリア沖航海 「主張とギャップの声」 The Huffington Post

「主張とは別に」と言うことは、つまり、自衛隊の海外派遣に反対する主張を掲げている、と言うことである。

これが、「海外派兵に反対していたのに守ってもらうんかい!」と批判の的になったわけだ。

ちなみに、海上保安庁もソマリア沖での海賊対策は行っているが、その内容は「海上自衛隊の護衛艦に同乗する」なので、海上保安庁に護衛を要請しても、結局やってくるのは海上自衛隊の護衛艦である。

海賊対策 海上保安庁

海賊水域の基礎知識

ところで、読者の皆さんは海賊警戒水域と呼ばれるところへ行ったことはあるだろうか。

実は、海賊警戒水域はかなり広い。

ピースボート88回クルーズでは僕の記憶が正しければ、インドのムンバイからスエズ運河に入る直前までが海賊警戒水域だった。日数にしておよそ2週間

海賊警戒水域では具体的に何をやるのかと言うと、夜はカーテンを閉め、光が船の外に漏れないようにする。要は、「あそこに船があるぞ!」とばれないようにするのだ。

後は海賊対策の避難訓練だろう。もっとも、乗客は自分の部屋に戻って決して外に出ないこと以外にやることはない。海賊が乗り込んできても、決して「俺はオールブルーを見つけるんだ!」とかなんとか言って相手の船長の足にかみついてはいけない。

それ以外には、乗客の目から見た範囲では特に変わったことはない。

特に変わったことがなかったということは、私はその2週間の間、一隻の海賊船も見たことがないということだ。ソマリア沖でも命の危険を感じたことはおろか、不審な船すら見たことがない。見た船と言えば海上自衛隊の護衛艦くらい。

海賊なんてそんなめったやたらに出会うものではない。大体、船にはレーダーがついているのだ。不審な船があれば近づく前にわかる。

そもそも、どういう海賊が襲ってくるか、読者の皆さんは知っているだろうか。

イメージはこんな感じだろうか

 

だが、実際はこんな感じらしい。

 

ちなみに、35000tの我らがオーシャンドリーム号はこちら。

11階建て、総重量は35000tである。ちなみに、この写真は前半分であり、当然これに後ろ半分がつく。

どうやってぼろ船がこのオーシャンドリームを攻略するのか、逆に教えてほしい。

もっとも、海上自衛隊によると近年、ソマリアの海賊はマシンガンだのロケットランチャーだので武装しているらしい。

ただ、2005年以降、ソマリア沖で客船が襲撃されたケースはたったの1件のようだ。それも、占領されたわけではなく、ロケット弾の被弾による船体の破損である。

ソマリア沖にて海賊に襲撃された船舶の一覧 wikipedia

客船というのは海賊にとって、よほどうまみがないか、よほどハイリスクかのどちらかであろう。

ちなみに、こちらは2007年に海賊に捕まって解放された日本所有のタンカー「ゴールデン・ノリ」である。

オーシャンドリーム号と比べると、だいぶ小型である。もちろん、大型のタンカーも襲撃を受ける。

というわけで、海賊警戒水域で2週間旅をした私の見解は、「そんな怖い所じゃないよ」である。

とはいえ、世界一海賊の多い海であることは間違いなく、実際に被害も出ている。日本の船も被害にあっている。

そのため、海上自衛隊は2017年2月現在、護衛艦を一隻ソマリア沖・アデン湾に派遣し、年間約1600席通行する日本の民間船を守っている。

つまり、ムンバイから紅海までの長い海賊警戒水域の中で、ピースボートが自衛隊に護衛してもらっているのはソマリア沖・アデン湾という最も危険な水域に限定されている。海賊警戒水域の8割は、護衛艦なしで航行している。

ピースボートが自衛隊に守ってもらっているのは、やっぱり矛盾している

さて、確認できた事実は以下の通り。

①ソマリア沖・アデン湾では海賊による襲撃が多発している。中には未解決・拘束中となっているものも多い。 ソマリア沖にて海賊に襲撃された船舶の一覧 wikipedia

②自衛隊は海賊対処法に基づき、ソマリア沖・アデン湾の水域を通行する日本の船を護衛している。 海賊対処への取り組み 防衛省 統合幕僚監部

③ピースボートのオーシャンドリーム号は、ソマリア沖・アデン湾のみ自衛隊による護衛を受けている。(視認済み)

④ピースボートは自衛隊の海外派兵に反対しており、③の事実はピースボートの主張に反している ピースボート、海上自衛隊の護衛艦でソマリア沖航海 「主張とギャップの声」 The Huffington Post

なるほど。確かにピースボートの行動は矛盾している。

ただ一方で、この事実も見過ごせない。

⑤客船が海賊に襲撃された事例はほとんどない。 ソマリア沖にて海賊に襲撃された船舶の一覧 wikipedia

⑥海賊警戒水域にいた2週間の間、一隻の海賊船も見ていない(経験談)

⑦海賊警戒水域の大半は護衛なしで航行している(視認済み)

このことから、私のこの問題への個人的見解は以下の通りだ。

たぶん、護衛してもらわなくても、客船であるオーシャンドリーム号が襲撃を受ける可能性は低い。護衛を外してピースボートへのツッコみどころを一つ減らしてみてはどうか。

僕個人としては、自衛隊の海外派兵には特に意見はない。ただでさえ「日本は金しか出さない」と言われているのだから、憲法9条の範囲であれば派兵しても構わないと思っている(集団的自衛権はまた別の話なので、ここで意見を述べるつもりはない)。

ただ、護衛を外したら外したで問題があるのだ。

高確率で襲撃されるだろう。

海賊ではなく、クレーマーの。

外からではない。船の中から襲撃されるのだ。

「ソマリア沖で自衛隊の護衛を断るなんて、俺を殺す気か!」

新たな事実として⑧日本ではクレーマーが問題となっている クレーム wikipediaを挙げたい。

この手のクレーマーは自分の要求が通るまで折れることを知らない。「自分の意見は絶対に正しい」と思い込んでいるからだ。

日本社会でクレーマーが問題になっているなら、当然日本人が多い船の中にもクレーマーは存在するはずである。むしろ、いない方が怖い。

こういうブログを書いているとつくづく考えさせられるが、このような考え方はかなり危ない。「もしかしたら間違ったこと書いているかも。もしそうだったら、誰か訂正してくれ」ぐらいの不安感を抱きながら書くのがちょうどいい。

そうでないと、考え方が偏り、修正が効かなくなってしまう。

船はゆらゆら揺れているうちは沈むことはない。恐ろしいのは、傾いたまま元に戻らない場合である。

ところが、この手のクレーマーは傾いたまま元に戻らない。そうなると、「客船はほとんど襲われない」だの、「ほとんどの海賊警戒水域は護衛なしで航行している」と言った客観的なデータは意味をなさない。左脳で判断してくれないからだ。

海賊に遭遇するより、クレーマーに遭遇する確率の方がはるかに高いのだ。

この世で一番理不尽なのは海賊ではない、消費者と乗客と通行人である。

また、クレームを入れてくるのは船の客だけではない。おそらく、護衛を断った際のThe Haffington Postと産経新聞には次のような見出しが躍るであろう。

「ピースボート、海賊が横行するソマリア沖で自衛隊による護衛を拒否! 1000人の乗客の命より政治主張を尊重?」

うむ、我ながら、センセーショナルな見出しだ。

どうせ、誰かから批判されるのである。護衛をつければチキンと笑われ、護衛を外せば人命軽視の汚名をすする。

一体、ピースボートの何をそんなに恐れているのか。設立者の一人がのちに国会議員になってはいるが、本質は一民間団体にすぎないというのに。

要は、「安全だが批判される道」「危険なうえ批判される道」しかないのである。

この二者択一で「危険なうえ批判される道」を選ぶ奴がいるのだろうか。

どうせ批判されるなら『安全だが批判される道』を選ぶのが賢明な判断であろう。

公式にはもうピースボートは「海外派兵反対」を掲げていないらしいが、前言撤回と言うのはあまり効力がないらしい。政治家の「撤回します」が「どうせ本心は違うんだろ?」と解釈されるのと一緒である。

ちなみに、ツイッターを見ていたら、「船の乗組員の安全を考えてのことじゃない?」という意見があった。

確かに、オーシャンドリーム号の運航会社は「シーホークコーポレーションリミテッドインク」と言う全くの別会社だ。ピースボートはこの会社と「年間チャーター」と言いう形で要は船を借りている。今は船の側面にでかでかと「PEACE BOAT」と書かれているが、契約が切れたらこれも消されるであろう。

船内で働くクルー、つまり、部屋の掃除をしてくれたり、料理を作ってくれたり、船を動かしてくれる人のほとんどはこの会社に所属している。インドネシア人が多い。

いくらピースボートが『海外派兵反対』と言っても彼らには関係ない話。それで彼らを海賊の危険にさらすわけにはいかないだろう。そもそも、ほとんどが日本人ですらない。

確かに、ピースボートのやっていることは矛盾している。だが、政治的に筋を通したところで、どうせ批判されるのだ。だったら、矛盾を抱えてでも安全な道を選ぶべきではないだろうか。

海賊警戒水域の真実

海賊警戒水域では船の外に明かりが漏れないようにする。

つまり、オープンデッキの明かりもすべて消すのだ。

その結果何が起こるのかと言うと、星がよく見える。

僕が生まれて初めて「これが天の川か」とはっきり確認できたのは、この海賊警戒水域であった。

世界中の海を回ったが、世界一危険な海が世界一星がきれいだった。

この世界は矛盾で満ちている。

 

~追記 2018.6.29~

それでもやっぱり、ピースボートは一回どっかで、この問題にちゃんと向き合うべきだと思う。確かに今は「自衛隊派兵反対」は掲げていないが、その辺もなんかなあなあになっている気がするし、団体として「自衛隊派兵反対を撤回したこと」「恥を忍んで海上自衛隊に護衛を依頼していること」の2点を、正式な発表として出すべきではないかと思う。記者会見を開くなり、HPのわかりやすい所に掲載するなりして。

僕は「目的を達成するためにはどんな手段をとっても構わない」なんて絶対に思わない。乗客の安全は最優先だが、そのためにもやはり通すべき筋っていうのはあると思う。ピースボートがこの問題に対して何らかの声明を出せば、その内容がどうであれ、必ず何らかの批判の声は上がると思う。ただ、それでも、団体としてきちんと経緯の説明を行うことが通すべき筋なのではないだろうか。いかに人名再湯煎とはいえ、その辺をなあなあにするべきではないと思う。

ムラ社会、なめんな!

「ムラ社会」という言葉がある。閉鎖的や排他的な社会・組織の象徴のように使われているこの言葉。まず基本、「悪いもの」として扱われる。……君たち、そんなに日本のムラが嫌いか?ならば、どこまで日本のムラを知っているというのだ?今回は、「本当のムラ社会」について考えていこう。


ムラ社会のイメージ

そもそも、「ムラ社会」という言葉は、普段どんなイメージで使われているのだろう。考えてみると、だいたい次のような感じだと思う。

・閉鎖的……自分たちの中だけで何事も完結し、外の世界を見ようともしない。

・排他的……外から来たものをやたらと拒む。

・差別的……自分たちと異質なものや、自分たちのルールに従わないものを排除しようとする。 例:らい病患者の扱い、村八分

・地元の権力者が強い……代々の有力者が強い力を持っていて、権力構造がなかなか変わらない。

・全体主義……個人の意志よりも、ムラの存続が尊重される

・空気を重視……空気を読むことが何よりも重要視され、古い慣習を壊すことを拒む。

こんな感じだろうか。みんな、よほどムラで嫌な思いをしてきたに違いない。「封建的」も似たような意味合いで使われるのだろう。

今回、僕はこれに一個一個反論したいわけではない。特に、「差別的」は否定のしようがない。らい病(ハンセン病)の患者はムラから不当な扱いを受けてきたし、村八分にされたものが裁判を起こして勝訴したという事例もある。

今回言いたいのは、この「ムラ社会」のイメージだけが日本のムラではない、ということだ。

宮本常一が見た日本のムラ

宮本常一。戦前から戦後にかけて日本中をくまなく歩き、その土地の習俗を研究してきた民俗学者だ。戦前から戦後、高度経済成長期と変わっていった日本のムラを見続けてきた男だ。彼ほどムラを知り尽くした人はいない。今回は彼の著作集の12巻をもとに話を進めていきたい。

第12巻のタイトルは『村の崩壊』。戦前の日本のムラの様子から、戦争が終わり衛材の発展、都市の膨張に伴い、日本のムラの姿が崩壊していく様を記してある。

では、宮本常一が見てきた日本のムラはどのような姿だったのだろう。

ムラは、決して一枚岩ではなかった。一つの事柄に対し、村人それぞれが様々な意見を持っていた。

一方で、彼らは常に助け合って生活していた。田植えや屋根の修理などは「ユイ」と呼ばれ、村人が共同で行った。また、「道普請」と言って、道路の補修も共同で行った。

助け合いはそれだけではない。新しい田畑の開墾などは、貧しいものに優先的に与えられたのだ。ムラは、そこに暮らす民を見捨てようとはしなかった。貧しいものがいたら優先的にチャンスを与えるような仕組みだった。今の日本の社会制度よりも福利厚生はしっかりしているかもしれない。

「隣家に蔵が建つと腹が立つ」という言葉がある。ただのジェラシーのようにも取れるが、よその家に蔵が建つということは、よその家が土地を大きくしたということであり、それは誰かの土地が小さくなったことを意味するからなのだそうだ。

村が出る杭を打つのは嫉妬からではない、それによって弱いものが不利益をこうむることを恐れたのだ。

ムラは決して古い存在ではなかった。栄えた村はいつも若者がその中心にいた。もちろん、長老だの村長だのといった存在はいた。しかし、それ以外の階級はほとんどなかったようだ。

村長がどれほどの権力を持っていたかは村によって違う。豪族が中心になって開いた村ならば、その豪族が権力を握っていただろう。また、同族で構成された村ならば、本家がやはり強かっただろう。

一方で、何かあったらすぐに寄合を開くムラも存在した。一人の権力者ではなく、みなでの話し合いを重視したのだ。ここでは、参加者の意見は対等に扱われていた。

そして、ムラは外との交流も盛んだった。親は子供がある程度の年になると、外へ旅に出すようにしていたムラもある。また、よその村と盛んに交易していたムラもあった。

一方で、外から来たものも受け入れている。嫁入りなどはその典型だろう。ありていな言い方をすれば、嫁入りとはよそのムラとの労働力の交換である。よく姑の嫁いびりが問題になっているが、むしろ昔は嫁が姑をいびっていたそうだ。

また、「マレビト信仰」といって、昔の村では外から来たものをカミとして扱い、盛大にもてなすという習俗があった。善根宿と言って、旅人を積極的に宿泊させる村も家もあった。もちろん、宿代などとらない。

今では数えるほどだそうだが、かつては四国にお遍路さんを積極的に無償で止める家が多かった。そうすることで、その家もお遍路さんと同じご利益に授かれると信じられていたのだ。

ムラとは、弱いものへの意識が強く、階級の意識が弱く、それぞれの意見を尊重して話し合い、外との交流を活発に行っていた場所だったのだ。

ムラは、「全員で生き残る」というのが前提の場所だった。だから、ルールを乱す者は村八分にすることもあったのだ。

一方で、栄えたムラというのはその時その時の状況に合わせて、さまざまな生業にチャレンジし、しなやかにその姿を変えていった。決して旧態依然とした存在ではなかったし、逆に言えば旧態依然としたムラはすたれて残らなかっただろう。

ムラってなんだろう

そもそも、ムラとはいったいどういう存在なんだろうか。なぜ、人はムラを作るのだろうか。

そんなことを考えるようになたのは、意外にも地中海でだった。

ギリシャのサントリーニ島は火山の島が沈み、火口に海水が入り込んでて来た島だ。かつて火口の淵だった断崖の上に白い家々が並ぶ美しい件間で多くの観光客が訪れる。

崖の上の白いのが集落

しかし、サスペンスドラマじゃあるまいし、なんだってわざわざ崖の上に集落をつくったのだろう。

その答えが知りたくて、島の反対側に出て愕然とした。

なだらかな丘が海まで続いていたのだ。しかし、集落はほとんどない。

島の反対側はだだっ広い空き地だった。これが海まで続いている。

日本だったら、このなだらかな丘の海岸線上に集落を築いていただろう。漁村になっていたはずだ。だが、サントリーニの人たちは、わざわざ断崖絶壁の上に街を作った。

サントリーニの後に訪れた「アドリア海の真珠」と呼ばれるクロアチアのドブロブニク旧市街は美しい城壁に囲まれている。城壁からは町が見下ろせる。つまり、城壁は建物よりもはるかに高いのだ。こんな壁、日本ではさっぱり見られない。

灰色の城壁が見える

なぜ、わざわざ崖の上に住むのか。なぜ、わざわざ高い壁を作るのか。

おそらく、戦争や海賊を恐れてのことだったのだろう。

地中海の歴史は戦いの歴史である。また、古くから海賊も横行していた。だから和わざわざ崖に上ったり壁を作ったりしていたのだ。簡単には攻め込まれないように。

その点、日本のムラはのんきだ。まず壁は作らないし、がけにも上らない。

日本のムラが重要視しているのは水源だと思う。以前、奥多摩の村を訪れたことがある。山の斜面にぽつぽつと集落が存在するのだが、見事に水源に沿って村が広がっていた。

敵が攻めてくるかどうかより、水が飲めるか、作物が育てられるかのほうが大事だったわけだ。

そう考えると、ムラの本質が見えてくる。

「ここで生き抜こう」という強い意志、それがムラの本質だ。

この場所で、みんなで生きていこうと腹をくくる。だから崖にも登るし壁も作る。山の中の水源に這いつくばって生きていく。

みんなで生きていくと決めたからには、誰ひとり見捨てない。一方で和を乱す者には容赦しない。それが行き過ぎて差別的なことにまで反転してしまったのだろう。

生きぬくためには知識が必要だ。だから、外の世界と積極的にかかわりを持つ。孤立して生きていくのも難しいだろう。

よそとのかかわりを積極的に持って、生きていくためにしなやかに姿を変えていく。それがムラなのだ。

ムラ社会のイメージはどこから来たのだろうか

さて、そう考えると、一つ疑問が残る。

僕らが思い描いてきた、閉塞感漂うムラ社会のイメージはいったいどこからやってきたのだろうか。

あれだけムラ社会が悪者のように扱われるということは、ムラでひどい目にあった人が少なからずいたはずなのである。この文章を読んでいて「いやいや、ムラってもっとひどいよ?」と思う人もいるだろう。その村のイメージはいったいどこから来たのだろう。

宮本常一は、戦後の発展の中で年が膨張していくにしたがい、ムラから人が出ていき、農業人口が減り、ムラというものが崩壊していったと指摘している。

ムラの性格が変わるターニングポイントがあったのだとすれば、ここしか考えられない。

手元に本がないので正確なことは言えないが(なんで捨てちゃったんだだろう)、戦後の発展の中で東京をはじめとした都市が肥大化し、労働力は都市に吸収されていった。農政の問題などの様々な理由から農業で生計を立てるものが難しくなり、農業は兼業化し、やがて廃業していった。ますます肥大する都市は、ついには近郊の農村を吸収して新興住宅地を作るようになった。工業を支えるため田畑の中に工場が建つようになり、労働力はそこへ吸収される。異常なほどの東京一極集中のため就職先は東京が当たり前になっていった。村に残っても耕す田畑もなければ、他の仕事もない。こうしてムラから労働力が失われ、ムラは疲弊していった。

たまにテレビ東京なんかで「限界集落のおばあちゃんの民宿でのんびり過ごそう」みたいな番組をやっている。とんでもない。限界集落とは陽気な田舎を指す言葉ではない。「限界集落」とは、人口の半分が65歳以上で、田畑の多くが放置されて荒れ地となり、寄合や祭りのような村人の結束を強める機能が停止した集落を指す。

名前からして、限界を迎えている集落のように聞こえるが、これも違う。何年も前に若者たちが「ここで生きていくのは限界だ!」とムラを捨て、年寄りだけが残った集落だ。「だいぶ前に限界を迎えていた集落」であり、失礼を承知で言えば、座して死を待つような状態である。限界点はもっと何十年も前だったはずだ。

つまり、「ここで生き抜いてやろう」というあのギラギラ感がなくなってしまったのだ。もう、何をやっても無駄という諦めなのかもしれない。

僕らが抱く「ムラ社会」のイメージは、この「限界集落」のイメージなのではなかろうか。

何をやっても無駄なら、外の世界から学ぶ意味もない。むしろ、異質なものがやってきてこれ以上ムラを壊されたら、ムラの死期を早められたら大変だ。

何をやっても無駄だから、権威構造も変わらない。むしろ、権威が死に体の村に金を運び、つかの間の夢を見せてくれるかもしれない。

かつての助け合いの精神も何をやっても無駄だとわかればただの「出る杭は打たれる」だ。

なにをや手も無駄だから空気を読むことを強いる。これ以上かき回されたくないわけだ。

ムラの延命をしようとする一方で変化を好まない。下手に手を打って死期が早まったら一大事だからだ。

これじゃ、「ムラ社会」じゃなくて、「限界社会」だ。そっちの方がしっくりくるんじゃなかろうか。

本当の「ムラ社会」には、「ここで生きていこう」という意思があった。だから、ムラを今よりもっと暮らしやすくしようと必死だった。その時代その時代でしなやかに形を変え、全員で生き抜こうという思いがあった。

一方、現代はどうだろう。もう何をやっても無駄だから余計なことはしたくない。だらだらとムラの延命措置を測るだけだ。「生き抜く」と「延命」は似ているようで違う。「延命」は結局もう終わりが見えているのだ。

そして、成長だか再生だか再興だかはお上がやってくれると思っている。もう、自力で生き抜こうとする体力などないのだ。

そんな限界社会では、「ムラ社会」にこそ学ぶべきことがあるのかもしれない。

小説:あしたてんきになぁれ 第2話 夜のち公園、ときどき音楽

「明日なんてどうでもいい」と援助交際で生計を立てる亜美と、「明日なんていらない」と自殺未遂を繰り返す少女・たまき。二人の家出少女がつぶれたキャバクラを不法占拠して共同生活を始めた。だが、たまきは人に話しかけられるのも、人に見られるのも大の苦手。そんなたまきに亜美はコミュニケーションをとろうとするが……。

「あしなれ」第2話、スタート!


第1話「命日のち明日」

登場人物はこちら! ⇒「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


吸い込まれそうな曇り空。たまきは屋上からビルの下を覗き込んだ。長く息を吸うと、大きく吐いた。そんな呼吸を数回繰り返す。小柄な体に肩まで伸びた黒い髪。メガネをかけているが、レンズの左半分はほぼ前髪に隠れている。右手首には白い包帯が巻きつけられてある。蒸し暑いのにもかかわらず、長袖を着ている。

たまき、十五歳。

「たまき!」

たまきの背後で大声がする。たまきは振り返らなかった。声の主は二週間ほど一緒に暮らしている相手でよくわかっているし、そもそもこの屋上に出入りする人間は自分と彼女を置いてほかにいない。

「なにやってるの!」

長い金髪を後ろで束ねた薄着の少女。胸元は谷間を強調するようにあいている。ノースリーブの右の二の腕には青い蝶の入れ墨が見える。

亜美(あみ)、十八歳。

「大丈夫です」

たまきは亜美に聞こえるギリギリの音量で言った。

「今はそういう気分じゃないので」

たまきは振り返らずに、下を見たまま答えた。亜美はたまきに近づくと、包帯のまかれた方の手首を握った。一週間前、「城(キャッスル)」のトイレで切ったばかりの傷口がちくりと痛む。

亜美はたまきの手を握りながら、一週間前のことを思い出していた。あの日は雨が降っていて、今日のようにたまきは終始具合が悪そうだった。朝からほとんど何も食べず、ソファの上で横になっていたが、ふと立ち上がると、トイレへと入っていった。

一、二分後だっただろうか。トイレから出てきたとき、たまきの手首からは血が流れていた。

「またやっちゃった」

そういうと珍しく、彼女にしては本当に珍しく、にこっと笑ったのだった。

そんな前科があるから、亜美はたまきの腕を強く握った。

「大丈夫ですって。」

たまきは振り向きもせずに答えた。

「ちょっと気分悪いだけですから。乗り物酔いみたいなもんです」

そういうと、たまきは静かに目を閉じた。

 

写真はイメージです

その町はシンデレラ城のようだ、といったのは誰だっただろうか。

なるほど、遠くから見ると、東京の街並みの中に突如として現れる高層ビル群は、西洋の城郭を彷彿とさせる。その中は人々の夢、欲望、怨念が渦巻くまさに魔法の国、歓楽街が広がっている。

食欲、性欲、金銭欲。澄ました顔をしたオトナたちがそこでは獣と変わる。

いや、獣に戻ると言った方がいいのかもしれない。

そんな街にあるからなのか、その店は名前を「城(キャッスル)」という。

正確にはもう店ではない。一年ほど前に潰れ、店としての設備と機能を残したまま、店主はどこかへ消えた。

今、ここには二人の少女が住んでいる。たまきと亜美はともに家出中の身だ。ビルのオーナーはこのことを知らない。いわゆる、不法占拠だ。

部屋の内装はキャバクラそのものだが、亜美が援助交際で稼いだ金で、生活に必要なものを買い足してある。

テレビもその一つである。小さいが、ちゃんと映る。

亜美は今一人でバラエティ番組を見ていた。傍らではたまきがソファの上で丸くなっている。

「見ないの?」

亜美が画面を見たまま訪ねた。

「あまり好きじゃないんでいいです」

亜美はたまきの方を向いた。

「じゃああんたさ、何してれば楽しいの?」

 

この二週間、亜美はいろいろ試してきた。

「城」はビルの5階にあり、すぐ下はビデオ屋である。亜美はそこでDVDを数本借りてきた。どこで買ったのかDVDプレーヤーで再生させる。

何か楽しいことがあれば、死のうなんて気はなくなるだろう。という考えからだった。

最初に見せたのは恋愛もので、名作の呼び声高い。

その映画を見る間、たまきは一言もしゃべらなかった。

そして、映画が終わった後、ポツリと言った。

「彼氏作れる人っていいですよね」

その「いいですよね」は憧れではなく、諦めだった。

それだけ言うとたまきは、毛布を頭からかぶり、ソファの上に丸くなって寝てしまった。

それ以後、亜美はたまきに恋愛ものを見せなくなった。

ならばと借りてきたのがホラーものだった。殺された女の霊が襲い掛かるというものだ。

ホラーの大好きな亜美は、映画の途中にちらりとたまきを見た。口では「問題ないです」といっていたが、実際のところ、大丈夫なのだろうか。

たまきは泣いていた。最初、それが怖さのあまり泣きだしているのかと思った。

だが、違った。それにしては静かなのだ。泣き叫ぶのではなく、泣く。聞こえるのは悲鳴ではなく嗚咽だった。

「どしたの?」

亜美はたまきに尋ねた。

「この人、死んだのに楽になれずに現世をさまよい続けてる。自分が死んでもこうなのかなってふと考えたら、なんだか悲しくなってきて……」

そういうとたまきはメガネをはずし、ハンカチで目頭を押さえた。

それ以来、亜美はたまきにビデオを見せなくなった。

いろいろな場所にも連れ出そうとした。

「たまき、ゲーセン行かない?」

たまきはソファの上でいつものごとく寝っころがっていたが、上体だけ起こすと、

「雨が降ってるんでいいです」

「雨なんていいじゃん。すぐそこじゃん。」

亜美はそういったが、たまきはそのまま毛布を頭からかぶると、

「いいです」

とだけ言った。

この二週間、たまきの外出といえば、買い物と銭湯くらいである。それも、積極的に出かけているというよりは、「居候の身なのだから、買い物ぐらいしなくては」と考えているように見え、自ら積極的に出かけることはなかった。

 

時は戻って今、たまきはぼんやりとテレビの画面を見つめていた。

「楽しい、ですか……」

たまきはうつむいたまま答えた。

「あまり思ったことないですね」

「嘘?」

亜美は驚いたようにたまきを見た。

「え? 友達と話してるときとか」

「友達ですか」

たまきは顔を上げずに答えた。

「あんまりいたことないんで……。人に話しかけられるのが嫌いなんです」

「そう……」

それを言われると、亜美は何も言うことがない。

「……ウチは話しかけても大丈夫……?」

亜美は恐る恐る尋ねた。

「……あまり話しかけて欲しくないんですけど……」

たまきはそう前置きしつつ、

「一緒に住んでるのに話しかけるなっていうのもあれなんで……、ちょっとくらいなら……」

そしてたまきはボソッと付け足した。

「でも、亜美さんのそういうズカズカしてるところ、嫌いじゃないです」

「ウチってそんなにズカズカしてる?」

亜美の問いかけに、たまきは無言で頷いた。

「なんでそんなに、話しかけられるのが嫌いなの?」

たまきは口を閉じたまま、亜美をにらんだ。

「そういうのがズカズカしてるっていうんです」

 

亜美は非常口を兼ねたキッチンの窓のカーテンを開けた。今は、「城」の中に日差しが入り込むわずかな時間だ。日の光が当たったたまきは、ドラキュラよろしく毛布を頭からかぶる。

「たまき、メイクを教えてあげようか」

亜美が日の光を眩しそうに見ながら言った。

「結構です」

たまきは毛布の中から答えた。

「もう!」

亜美はたまきの毛布を掴むと、一気にはがした。

「そんなんだからね、自殺とかするんだよ! 少しはおしゃれしたら!」

亜美はソファの上でにらんでくるたまきを見下ろしながら言った。夏が近いというのに長袖にロングスカート、見せれるところは全部見せてる亜美とは(別にビキニを着ているわけではない)対照的だ。

「ほっといてください」

たまきは上体を起こしながら反論した。

亜美はたまきに近づくと、たまきの髪を真中から分けた。普段は前髪で隠すことが多いたまきの顔があらわになる。

「お、かわいいかわいい。ついでにメガネも取っちゃおうか。」

そういって亜美はたまきのメガネを顔から外した。しかし、ほんの少し放したところで、たまきがひったくるようにメガネを取り返すと、再びかけた。まるで自分にとってメガネはメガネとしての本来の役割以上に、防具だとでも言いたげなように。

そして、髪の毛をくしゃくしゃとやると、前髪を垂らした。メガネの左側のレンズの大半が髪の毛に隠れる。

「……私はこれでいいんです」

そういうとたまきはそっぽを向いた。

亜美はため息をついた。

亜美としてはたまきとコミュニケーションを取りたいし、たまきのことを知りたいのだが、たまきは一定の距離を取ろうとしている。

 

写真はイメージです

雨上がりの夏の日差しは、もう梅雨明けが近いことを知らせている。日の光は濡れたアスファルトで反射し、海原のようにきらめいている。

亜美はファーストフード店の紙袋を片手に、汗を拭きながら「城」のある太田ビルへと向かっていた。

太田ビルの一階、コンビニのわきに「城」へと続く階段がある。そこに、二人の男が椅子を並べて座っていた。彼らは、そばを通る男性を見つけるたびに、

「DVDどうっすか?」

と声をかけている。

「お疲れ」

亜美は二人に声をかけた。

「おう、お疲れ」

二人のうち、年上らしき方が答える。派手なシャツに金髪、髪型は坊主に近い。サングラスにひげ、ビビるなという方が無理な風貌だ。

ヒロキ。亜美の客の一人である。

「何、今日はミチも一緒?」

亜美はもう一人の方を見ながら言った。

「お疲れ様っす」

ミチと呼ばれた茶髪の少年が返事をした。高校生ぐらいだろうか。ワルっぽい恰好をしているが、顔にはまだあどけなさが残る。

「あんたまだ十六でしょ。いいの? こういうバイトやって?」

「お前に言われたくねぇよ、なぁ」

ヒロキが笑いながらミチを見た。

「呼び込みぐらいいいんじゃねぇの?」

「ふーん、ウチんとこに迷惑かけないでよね」

「それはそうと亜美、今晩もよろしく頼むぜ」

ヒロキがにやりと笑った。

亜美とヒロキ、ミチが談笑をしていると、階段を下りる音が聞こえてきた。

階段の入り口から黒い長袖の少女が現れた。たまきである。

「たまき、どこ行くの!」

亜美はたまきに声をかけた。

「買い物です」

たまきはそれだけ言うと、駅の方むかって歩いて行った。

「やれやれ、4日ぶりの外出か」

亜美がたまきを見送りながら言った。

「センパイ、今のがこの前言ってた子っすか」

「ああ」

ヒロキがミチの質問に答えた。

「へぇ、かわいいっすね。ああいうの、タイプっすよ」

「なにミチ、あんた、ああいうのタイプなの?」

亜美がミチの方を向いて言った。

「ああいう地味でおとなしそうな子ってタイプっすよ」

「ふーん」

亜美が何かを思いついた顔をした。

「じゃあさ、あんたに頼みがあるんだけどさ……」

 

写真はイメージです

東京では欲しいものは何でもそろうと誰かが言っていたが、たまきはそれはウソだと思う。

確かに、流行りの洋服や、知る人ぞ知るインディーズバンドのCDとか、東京の方がよその町より手に入りやすいものも多いだろう。

だが、野菜や本など、日用品は東京の都心では手に入りにくい。

文房具などもその一つだ。

たまきは、先週リストカットした時に治療のために会った、元医師の医療ライター京野(きょうの)舞(まい)からもらった、文具屋のチラシを持っていた。これが手に入らなかったら、どこで買い物をすればいいかもわからなかったに違いない。

たまきは鉛筆と画用紙だけ買って店を出た。雨上がりの東京の町には、いろとりどりの服を着た人が歩いている。

この人たちはきっと自分より楽しく生きているのだろう。普通に学校に通い、普通に仕事し、普通に恋をして、友達に囲まれ……、そう考えると吐き気がしてうずくまりたくなる。呼吸は、毒ガスでも吸ってるんじゃないかってぐらい苦しく、なんだかふらふらする。

早く「城」に帰ろう。そして横になろう。そうすれば、楽になれる。

本当につらい時、涙なんて出ない。あるのは吐き気である。

 

「城」へ戻ってからというもの、たまきはずっと横になっていた。

別に、横になったからといって体調が良くなるわけではない。だが、これ以上気分が悪くなっても大丈夫という点では、街中を歩いているよりは楽だ。いくらでも鬱になれる。どんなに鬱になっても、寝床で寝ていれば、これ以上歩いたりする必要もない。

今や、「城」はたまきの小さな世界、「城」の中がたまきのすべてだった。

亜美という同居人がいるが、亜美と共に暮らすのは、家族と暮していた時よりも気が楽だった。亜美はズカズカとたまきに関わってくる。だが。今までの二週間で、亜美に傷つけられたことはなかった。

家族は違った。父も母も姉も、たまきに関心を示さなかった。そのくせ、たまきの心を傷つける。

亜美との生活はそんなころと比べると楽だった。だが、亜美と一緒にいるのが楽なだけで、極度の人見知りが治ったわけではない。

だから、亜美の客に「顔見せ」をするのが非常にいやだった。

この「顔見せ」がたまきの唯一の収入のための手段である。亜美の客が来ているとき、顔を見せる。こんにちわとあいさつする。ただそれだけである。

亜美曰く、たまきが顔見せをするようになってから、仕事の量が増えたそうだ。客の数が増えたわけではなく、同じ客が来る回数が増えたらしい。

「ウチの客ってさ、ウチみたいなタイプの女としか付き合わないんだよ。だからさ、たまきみたいに地味でおとなしくて、オトコとあんま話したことないって子がウケるんだよ」

亜美はそう言っていた。

「いいじゃん、顔見せるだけでお金になるんだから。アイドルみたいだし、楽でいいじゃん」

などと言って亜美は笑っていたが、楽どころか、苦痛以外の何物でもない。たまきは、「人に見られる」というのが大嫌いなのだ。

だが、居候になっている以上、苦痛でもやらねばならない。

現在、亜美は一晩二万円で客を取っているらしい。そのうちの八千円が亜美の取り分、四千円がたまきの小遣い、残りの八千円が食費や、二人で使うお金だ。だが、亜美の八千円なんて、お酒や洋服や美容院などで瞬く間に消えていく。

客は週に一、二回やってくる。一人だけの日もあるし、五、六人を相手にしていた日もあった。不法占拠のため家賃はかからず、光熱費や水道代も払っていないので(ただ、電気や水道が使えるということを考えると、誰かが代わりに払っているのだろうけど、その「誰か」が誰なのかは知らない。ビルのオーナーが気付かないうちに、オーナーの口座から引き落とされているという説が濃厚である。)何とかやっていける。そもそも、たまきは小食で、一日二食(朝は食べない)の上、一回の量も少ないので、かなり安上がりで済む。

 

午後十時。先ほど「顔見せ」に行ったところ、亜美は四、五人の男性とお酒を飲んでいた。「顔見せ」も果たしたし、そろそろ寝ようとたまきはソファの上に横になった。

 

たまきがいる部屋は、亜美が使っている店のスペースとは、ドアを隔てて奥にある。「城」がキャバクラだった時、キャバ嬢たちの控室として使われていたらしい。今は亜美とたまきの衣裳部屋として使われている。亜美の色とりどりの服たちと、たまきの数少ない、地味な服。

部屋の真ん中には白いソファが置かれている。四人ぐらい座れそうだ。たまきの小柄な体なら、十分横になれる。

たまきは真っ暗な部屋でソファーの前のテーブルにメガネを置くと、横になった。少しだけ気分が楽になる。

横になって2,3分ほどだろうか。まだ、寝付くには至らず、たまきはただただ無心で横になっていた。

 

ドアの開く音がし、電気がついた。亜美が入ってきたのだろうか。

「あー、いたいた」

全く予期していなかった男性の声に、たまきは目を開いた。たまきには似合わない素早い動きで起き上がると、メガネをかけ、ドアの方を見た。

ドアの前には、二人立っていた。先ほど、亜美と一緒にいた少年、その奥には亜美がいた。

亜美は男より一歩前に出ると、口を開いた。

「たまき、こいつ、ミチさ、今日、ここで寝るから」

「え?」

亜美はそういうと、今度はミチの方を向いた。

「万が一たまきを泣かせるようなことがあったら、殺すからね」

「やですねぇ。泣かしたりしませんよー」

そういうと亜美は、部屋を出て行ってしまった。

なんだ、このエロ漫画みたいな展開。

まあ、あまり深く考えない亜美のことである。おそらく、たまきも彼氏ができれば自殺など辞めるだろうと考え、しかし、ほっといたら絶対彼氏なんかできないと判断し、このような強引な行動に出たのだろう。

安直だ。安直すぎる。女と男を一晩ほっといたら、恋愛感情が生まれるなんて、いくらなんでも安直すぎる。

しかも、よりによってチャラい。

たまきはミチの方をちらりと見た。ニヤニヤ笑っている。対して楽しいこともないのに、笑っている人がたまきは嫌いだ。年は同じくらいだろうか。茶髪にピアス。色黒。黒地に、でかでかと銀のドクロが描かれたTシャツを着ている。見ようによってはかっこいいのかもしれないが、自分がじろじろ見られるのが嫌いなたまきは、人の顔を長いこと見ることもないので、正直、どうでもいい。ただただ、チャラそうだという印象だけが残る。

ムリムリムリムリムリムリムリムリ。

ミチはたまきの隣に座った。小さなソファなので、密着度が高い。

「たまきちゃんか。よろしく」

男にちゃん付されると、背中がぞわっとなる。

「俺、バンドやってるんだ」

ミチは、聞いてもいないのに勝手にしゃべりだした。

「今度ライブ来てよ」

バンドのライブなんて、行ったことがない。人ごみも、ロックンロールも大嫌いだ。

今すぐこの部屋を飛び出したいたまきだったが、隣の部屋では亜美が「仕事」を始めているかもしれない。

「たまきちゃんてさ、彼氏いるの?」

ミチのその言葉に、たまきの鼓動がほんの一瞬止まった。

もし彼氏なんて人がいたら、こんな私にならなかったのかな。いや、恋人なんてたいそうなものでなくていい。友達、いや、もっと近い人たち。

家族。そう、家族の一人でも、父でも母でも姉でも、誰か一人でも、たまきのことを好きだと言ってくれたら、こんな自分にならなかったのではないか。

ふと、涙が出てきた。本当につらい時、やっぱり涙が出てくるようだ。

焦ったのはミチの方である。たまきがなんか知らないけど泣いている。このままでは亜美に殺される。

「たまきちゃん、大丈夫?」

声をかけてみるも、涙は止まらない。

ただただ泣き続けるたまきと、ただただオロオロするミチという、密室の中はおかしな構図になった。

 

目を覚ますともうミチはいなかった。泣いたところまでは覚えているのだが、そこから先が覚えてない。すぐに寝てしまったようだ。

たまきはドアを開け、接客スペースに入った。亜美がタオルをかぶって、ソファの上で寝ている。たまきは、机の上に置いてあった、昨日買った画用紙と鉛筆を取った。

「ん~。たまき、どっか行くの?」

亜美が毛布の中から顔をのぞかせた。

「……公園行ってきます」

「公園ってどこの?」

「……都立公園……」

「都立公園! 遠いよ? 十五分くらい歩くよ? 大通り渡るよ? 大丈夫? 飛び込まない?」

「今日は大丈夫です」

そういうとたまきは「城」を出た。

 

写真はイメージです

都立公園は緑にあふれていた、都会のオアシスである。様々な人が思い思いの時間を過ごしている。

昼寝。ジョギング。お絵かき。ホームレス。その中でたまきは絵をかいていた。

別に好きで書いているわけではないし、とりわけ上手いとも思っていない。

ただ、絵を描いているときは、目の前のことに集中できる。たまきは鉛筆で風景を描いているのだが、その時だけは、余計なことを考えず、目の前のことに集中できるのだ。

左手に持った鉛筆を走らせ、三十分ほどで絵を書き上げた。書き上げてしまったのが何か残念だ。また、見たくもない現実と、考えたくもない明日に目を向けなければならない。

たまきは立ち上がると、公園の中を歩き始めた。

公園の中には、たまきと同様に絵を描いている人がいた。小さなスケッチブックに鉛筆で描くたまきと違い、その人は大きなカンバスに、水彩絵の具で描いていた。

とてもきれいな絵だった。同じ風景を描いているのに、どうしてこうも違うんだろう。

たまきは自分の絵を見た。木々の間から見える高層ビルを描いたのだが、なんだかおとぎ話に出てくる魔女の城みたいにおどろおどろしい。見たままに描いているはずなのに不思議だ。いや、そういう風に見えているのか。

たまきは広場に出た。広場は周りとは低いところにあり、四角い。一方は壁。反対側は大通りに面していている。残りの二面には階段があった。

広場へと続く階段を下りていくと、歌声が聞こえた。声のする方を見ると、階段の真ん中あたりで、男性がギターを弾きながら歌っていた。たまきに向けて背を向けて歌っている。

たまきはその歌声の方へ近づいて行った。高めのキーである。芯がしっかりしているというのだろうか。力強い歌声だ。上手い。

歌詞も明るく、力強いものだった。

――僕の歩く今が未来になる

――夢もいつか「今」に変わる

――明日を変えなければいけないんだ

――未来が僕を待っている

どこかで聞いたようなありきたりの歌詞だが、彼の歌声にはどこか希望を感じた。

歌を聴いて、いい歌だと思ったのは久しぶりだった。たまきは階段を下り、彼の横、少し離れたところに立った。

腰を下ろし、彼の顔を見た。

短い茶髪にピアス。どこかあどけなさの残る顔。

ミチだった。昨夜、至近距離で見たのだ。間違いない。

ギターをはじく手が止まり、弦の余韻を指で止めると、ミチは喋り出した。

「ありがとうございました。今の曲は『未来』というタイトルです。」

そういうと、ミチは弦をいじり、チューニングを始めた。

「……こんにちわ」

たまきにしては珍しく、本当に珍しく、声をかけた。

ミチがたまきの方を向いた。

「……たまきちゃん?」

ミチは立ち上がると、たまきの方に歩み寄った。

「昨日は、ほんと、ごめんね」

「……いえ、私の方こそ、失礼しました」

たまきはうつむきながら答えた。ミチも視線を落とす。

ミチはたまきのスケッチブックに目が留まった。

「絵、描いてたんだ。見せて。」

そういうと、ミチはたまきが右手に持っていたスケッチブックを取った。と、同時に、たまきの右手の包帯に目が言った。たまきはあわてて右手を体の後ろに回すと、ミチをにらんだ。

「返してください」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。見せてよ」

そういうと、ミチはスケッチブックを開いた。

死ぬほど恥ずかしい。早めに死んどけばよかった。

 

帰るなりたまきは横になり目を閉じ、気が付いたら夕方だった。

公園でスケッチブックをひったくったその足でたまきは「城」へと戻った。途中二、三回、赤信号を無視して道路に飛び出してしまおうかと考えたが、何とか思いとどまって帰ってきた。

一方、亜美は椅子に深く腰掛け、対に置いてある椅子の上に足を投げ出し、携帯電話をいじっていた。やがて、携帯電話を閉じると、死んだように横になっているたまきの方を向いた。

「たまき、今夜、クラブに行くから」

「……行ってらっしゃい……」

「あんたも行くんだよ」

亜美の言葉に、たまきは大して驚かなかった。どうせまた、たまきに楽しいことを教えて、自殺をやめさせようという魂胆だろう。

「……行きません……」

たまきは、亜美に背を向けたまま答えた。

「……行かないなら、ご飯抜きだよ!」

「……構いません……」

餓死か。苦しいだろうけど、死ねるのならば、ちょうどいい。

「もう、そんなこと言わないで、行こうよ! 下に車来てるから!」

亜美は、たまきのかぶっているタオルを引きはがすと、たまきを立たせ、腕を引っ張って、外へ連れ出そうとした。たまきは、されるがままに動く。行きたくはないが、抵抗するのもめんどくさい。

 

写真はイメージです

たまきは生まれて初めてクラブに入った。そして、死ぬ前に来た最後のクラブなんだろうなぁと、次の自殺の予定もまだ立ててないのにぼんやりと考える。

DJブースにはDJが立っていて、そこからドムドムッてビートが流れ出す。その音に合わせて多くの人たちが躍り出す。決まった踊りはなく、思い思いの踊りを踊っている。ブースの反対側はちょっとしたバーになっていて、女の子が数人、椅子に腰かけながらお酒を飲んでいる。未成年を簡単に入れてしまうあたり、たぶん、まともなクラブじゃない。闇営業というやつだろうか。

なんだか子供のころ行った盆踊りの会場に似ている。やぐらがあって、その上には太鼓がある。そこから繰り出されるリズムや、流れる音楽に合わせてみんな踊っている。会場には屋台もある。

そういえば、あの祭り、苦手だったな。浴衣を着せられ、お姉ちゃんといったけど、苦手だった。

亜美は、フロアの真ん中で、知らない男性と一緒に踊っている。亜美曰く、このクラブの場は、楽しいのはもちろん、客の新規開拓の場でもあるらしい。

亜美と一緒に来たヒロキは、バーで酒を飲みながら、やはり、知り合ったばかりの人とトークで盛り上がっている。

どうして、知らない人とあんなに盛り上がれるんだろう。どうして、知らない人の間で踊れるんだろう。

たまきは、集団から少し離れたところからそれを見ていた。一度、亜美に手を引っ張られ、フロアには出たが、踊りのステップもわからず、本日二度目の外出で、かなり体力を消費しているのもあり、2,3分でフロアから出ると、バーでジュースを頼み、集団から離れた。今はジュースも飲み干し、本当にやることがない。

トイレ行って休もう。そう思っていると、タイミングよく、亜美が男とハイタッチを交わして戻ってきた。

「たまき、楽しんでる? そんなところに突っ立ってないで、こっち来たらいいじゃん?」

「……結構です……」

たまきはうつむいたまま答えた。

「……トイレ行ってきます……」

そういうと、たまきは亜美に背を向けて歩き出した。その後ろを、亜美がついてくる。

「あたしも行くよ」

「……場所わかってるんで、大丈夫です」

たまきは、トイレの場所を示す看板を指しながら言った。

「あんたはこのクラブのトイレをなめてる!」

そういうと、亜美はたまきの横に並んだ。

「このクラブはね、ただのクラブじゃないんだよ。このあたりのヤバいやつらのたまり場なんだから!」

「……何でそんなところに連れてきたんですか? どうせ連れてこられるなら、安全でまともなクラブに連れてって欲しかった……」

「ばか! 安全でまともなクラブに十五才連れていけるわけないだろ?」

だれもクラブに連れてってくれなんて頼んでない。

「ここはね、よそのまともなクラブから締め出されたようなやつしか来ないんだから」

亜美はそういうと自嘲的に笑った。

「それに、アブナイ方が楽しいじゃん」

なに言ってるんだろう、この人。

「でね、特に危ないのがここのトイレ。前にトイレ行った時なんか、トイレでセックスしてるやつらいたんだからね。もうね、よそのクラブじゃありえないぜ」

亜美の言葉に、たまきは驚いたように目を見開いて尋ねた。

「それって、どっちのトイレですか?」

「女子トイレに決まってるだろ! 何でウチが男子トイレ入んだよ!」

「でも、セックスってことは、男性が女子トイレにいたってことに……」

「いいんだよ、細かいことは」

そんな話をしながら、二人はトイレの方へ歩いて行った。

「それに、あんたまた自殺するかもしれないし」

亜美はたまきの目を見ずに言った。

「……今日はカッター持ってないので大丈夫です……」

カッターナイフはたまきのお守りだ。これさえあればいつでもこの世からエスケイプできる。基本肌身離さず持ち歩いているのだが、刃物の持ち込みがNGな場所へ行く時は当然持っていかないし、今日のように、急な外出の時も持っていない。

「わかんないよ。蛇口の水がぶ飲みして死ぬかも」

「……そんなテンションの高い死にかたしません……」

「そもそもね、あんたがトイレに行くって、ウチの中ではトラウマなんだからね。ウチが関わった2回とも、トイレで切ってるんだもん。もう、トイレ行くたびに、もしかしたらあんたが倒れてるんじゃないかって……」

そういいながら、亜美はたまきに先立ちトイレのドアを開けた。

 

ドアが奥に開かれるとともに、何かが二人の足元に倒れこんできた。

亜美は最初、それが骸骨だと思った。

だが、よく見ると違った。形状は骨に近かったが、薄い皮膚を纏い、欠陥が浮き出ている。人の腕のようだ。腕の付け根には当然体があり、それは布に覆われている。おそらく、服であろう。その服の上には、茶色く長い毛髪がかぶさっている。

毛髪は頭から伸びている。頭は顔を下にしており、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返していた。

それは、一人の少女だった。

 

続く


次回 第3話「病院のち料理」

倒れていた少女を元医師の舞とともに病院へ連れて行った亜美とたまき。少女は意外な病気に侵されていた。そして、二人の生活に大きな変化が訪れる。

「順調だけど、順調だから、明日が怖い。 」

第3話 病院のち料理


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ピースボートの船旅、外国でガチで焦った3大事件!

旅は、楽しいだけではない。ピースボートに乗った経験者ならば、外国でトラブルに見舞われたことが一度はあるはずだ。日本ではなんてことのないトラブルも、言葉の通じない国では命取り。今回は、ピースボートの度で僕が出くわしたトラブルを、焦りや恐怖を感じた順に3つ紹介しよう。ノック自由堂のシャレにならない話、始まり始まり。


ピースボートの船旅 外国でガチで焦った第3位 トルコの爆走タクシー

外国のタクシーは、結構スピードを飛ばす。ドバイで乗った時も制限速度が80㎞の道をほんの100mほど走るだけなのに、トップスピードまで加速する。ペルーでタクシーに乗った時も、高速道路をサーキットか何かのようにぶっとばしていた。

どうやら、日本が距離でメーターが変わるのに対し、時間でメーターが変わる国があるらしい。こういった国のタクシーではなるべく早く着かないと、「料金あげるために、わざとのろのろ走っただろ!」というトラブルになりかねないのだそうだ。

そんなタクシーで一番恐怖を覚えた国、それがトルコだ。

ピースボート88回クルーズは、トルコのクシャダスに寄港した。野良猫がのんきに暮らす港町だ。

このクシャダスの目玉は、隣町にあるエフェソス遺跡だ。僕らが訪れた2015年に世界遺産になったばっかりである。古代ギリシャの時代に栄華を誇った大都市だ。今でも巨大なアリーナををはじめ、当時の栄華を伝えている。

エフェソス遺跡のアリーナ。ここでラップをしたら、20人ほどのヨーロッパ人観光客が拍手をくれた。

この遺跡はクシャダスから離れているため、行き来にはタクシーを使う。

このタクシーが、とんでもないスピードで飛ばすのだ。

いろは坂のような曲がりうねった山道を、猛スピードで飛ばしていく。カーブに差し掛かっても、減速した様子がまるでない。10回以上、「このままガードレールの向こうに突っ込むのかな」と覚悟した。

だが、助手席に乗っていたピースボートの水先案内人の四角大輔さんは平然としている。大輔さんはニュージーランド在住だ。

「外国のタクシーって、これが当たり前なの!?」と驚愕したことを覚えている。

外国に限らず、日本でも深夜のタクシーはかなり飛ばす。「急いでないから、普通に走ってくれー」といつも思う。

ピースボートの船旅 外国でガチで焦った第2位 フランスの山の中で迷子

ピースボートの船には「帰船リミット」というのがる。要は門限だ。これに遅れると大変なことになる。

船は港に停泊する際、港にお金を支払う。それが伸びれば莫大な延滞料金を支払わされる。デパートの駐車場で時間に遅れると追加料金を取られるのと同じ理屈だ。

だから、帰船リミットに遅れると、しこたま怒られるらしい。

リミットに遅れても、少しは待ってくれる。その代わり、しこたま怒られる。

そして、最悪の場合、置いていかれる。

だから、常に僕は帰船リミットに余裕を持って船に戻っていた。早めに船に戻って、人の少ない船を楽しんだり、デッキに出て港で景色を楽しんだり、早く帰っても結構楽しめる。

事件が起こったのはフランス、マルセイユだ。

マルセイユは港から離れていて、歩いて30分かかる。これまで訪れた国で、タクシーで散々な目にあってきた僕は、歩いて市街地に向かった。

帰船リミットは16:30。余裕を持って13:30には市街地を出た。

行きと同じ海沿いの道ではつまらないので、帰りは違う道を歩いて行った。

いい加減おかしい、と思ったのが14:00ころ。いつまでたっても海に着かない。

海に着かないどころか、むしろ山を登っている。

山といっても周囲は住宅街なのだが。

そう言えば、港から山が見えていた。そのどれかに上ってしまったのかもしれない。

とりあえず、現在地を把握しなければ。

しかし、バス停に書いてある地図はあろうことかフランス語で書かれていて(当たり前)、現在地がわからない。

何とか現在地を把握できたのは、14:30になってからだった。

なんと、僕は港から見えていた山を越えて、もう一つ向こうの山に登っていたのだ!

あと2時間以内に山を下り、登り、また下らないと、船に乗り遅れてしまう!

しかも、港はいくつかあって、帰るべき港の名前がわからない!

幸い、方位磁石は持っていた。そして、西に向かえばいずれは海岸線に出れることもわかっていた。

西へ向かってフランスパンを片手に急ぐ。

頭の中にはもちろん「最悪のシナリオ」だ。

幸い、クレジットカードは持っている。次の寄港地のバルセロナも陸続きだ。

だが、言葉が通じずに現在地すらわからなかった人間が、どうやってバルセロナにたどり着けというのだ!

見覚えのある海岸線の道に出れたのが15:30。真っ直ぐ西に向かっていたはずだが、いつのまにか市街地の近くまで戻っていたようだ。

船にたどり着いたのは、16:00だった。もし、「余裕を持って船に帰ろう」と思わなかったら、とんでもないことになっていた。

それ以来、「必ず港の名前を覚える」「必ず方位磁針を持ち歩く」ようになった。方位磁針は、日本に帰った今でも、見知らぬ街に行く際は持ち歩いている。

ピースボートの船旅 外国でガチにあせったランキング 第1位 インドでパスポートと財布を喪失!

ムンバイの街並み

インドのムンバイで僕は仲間と一緒にタクシーに乗った。行先はムンバイのスターバックスコーヒー。

インドのタクシーのおっちゃんは目の前を歩行者が横切っても、「そんなの轢かれる方が悪いに決まってんじゃん」と言いたげにアクセルを緩めない。おまけに、車間距離ぎりぎりまでトップスピードで近づく。助手席に乗っていた僕はめちゃくちゃ怖かった。

さて、タクシーを降り、スターバックスに入った僕ら。注文をしようとした瞬間、最悪の事実に気が付いた。

肩にかけていたはずの財布とパスポートを入れたカバンがない!

思い返すと、タクシーに乗るとき、カバンを肩から外して助手席の足元に置いた。

そして、そのまま出てきた。カバンをすっかり忘れて。

あわててスターバックスの外に飛び出したが、タクシーはすぐに立ち去った後。

まずい、まずいぞ! タクシー会社に電話しなければ。いや、タクシー会社なんて覚えていないし、そもそも、言葉が通じない。探すのはタクシー会社じゃなくて、日本大使館か(ムンバイには総領事館がある)。

などと2,3分途方に暮れていたら、誰かが肩を叩く。

振り向くと、さっきのタクシーのおっちゃんが、僕の黒いカバンを持ってたっていた!

どうやら、途中でカバンの存在に気づき、引き返してくれたらしい。

おっちゃんには悪いと思いつつも、その場で中身を確認する。パスポートも財布も、財布の中身も全く手を付けられていなかった。

運転中は散々こき下ろしたが、こうなったらもはや感謝しかない。

思えば、ピースボートのポスターを貼っていた時もいつもインド人のカレー屋さんに助けられてきた。まさか、本場のインドでこんな風に助けられるとは。

スターバックス前は結構な人ごみだった。向こうもよく僕を見つけられたと思うが、ぼくは迷子にならないように、オレンジのリュクに赤いバンダナといういでたちだった。それが功を奏したのかもしれない。

ぼくは財布から10ドルを出して、おっちゃんに渡そうとした。おっちゃんは手をぶんぶん振って、とても受け取れないという。

しかし、それではとても僕の気持ちがおさまらない。全部なくしたと思っていたのだ。それに比べれば10ドルくらい、安い。

こうして、カバンは無傷で帰ってきた。おっちゃんには本当に感謝しても感謝し入れない。

それ以来、僕はカバンを絶対に体から外さないようになった。本当に大事なものは首にかける。そうすれば、首を落とされない限りなくすことはない。逆に言えば、首を落とされてしまったら、もう諦めるしかない。


最後の寄港地、サモアで無事船に戻ってこれたとき、「これですべての寄港地を無事に終えることができた」と安堵した。外国の旅は刺激が多く楽しいが、言葉も日本の常識も通じない外国では、予期せぬトラブルが降りかかり、トラブルを解決するのも大変だ。「余裕を持って船に帰る」、「港の名前をちゃんと覚える」、「荷物は絶対に離さない」、これが僕が、トラブルで学んだことだ。

ピースボートに乗船したら、学習・交流系ツアーですごいところに行っちゃった

ピースボートに乗船すると、オプショナルツアーに参加できる。ツアーの中には観光地を巡るものもあるが、現地の歴史や社会問題が学べる学習系、現地の人たちと交流できる交流系もある。今回は、僕が乗船した時に参加した学習系ツアーを1つ、交流系ツアーを2つ紹介しよう。普通の旅ではなかなか行かない、すごい所へ行ってしまった。


乗船した時に参加したピースボートの学習ツアー シンガポール・昭南島の歴史

ツアーの概要

シンガポールは太平洋戦争中、日本に占領されていた。このことを知っている人はあまり屋内と思う。なぜなら、教科書では取り上げないのだから。だが、シンガポールではほとんどの人がこのことを知っている。

当時のシンガポールの名前は「昭南島」。「昭和に手に入れた南の島」という意味だ。

このツアーではほぼ1日かけて、当時の歴史を伝える博物館や日本軍による虐殺が行われたビーチ、いわゆる「からゆきさん」が眠る日本人墓地や、血債の塔などを巡った。

歴史をしっかりと学んだあとは、中華料理を楽しみ、マーライオンを観光した。

写真 116
これがからゆきさんのお墓。気づかなければつまづいてしまいそうなくらい、小さい。

ツアーの良いところ

このツアーの良い所は、日本ではあまり知られていない日本の歴史を知れるところだろう。

どういうわけか、日本ではこのことをあまり教えていない。

こういう話をすると「これぞ、ピースボートの左翼洗脳だ!」と声を荒げる人も出てくるだろう。だが、ツアーの参加者の中でも、このツアーには様々な見方がある。

ツアーの後には、参加者による報告会があった。そこで、それぞれが見てきたことを消化した。

その準備の段階で、「アジアでの日本軍の活動は、決して蛮行ばかりじゃない」ということを早くから指摘するツアー参加者もいた。

船に乗っている人たちに左寄りの人が多いのは事実だ。だが、決して傾ききった左翼の船ではない。実に様々な意見が飛び交っている。

この程度で簡単に洗脳されるような人間は、どうせどこに行っても洗脳されて帰ってくるので、あまり心配しなくて大丈夫だ。

報告会では、決して「日本軍批判」に陥ることはなかったと記憶している。

ここで語られたのは、「戦争の狂気」と「シンガポールのたくましさ」だった。

戦争に正義も悪もない。あるのは狂気だけだ。

そして、シンガポールの元大統領・リー・クァンユーは日本に対し、許すけど忘れない」という態度を示した。

日本軍の行いを忘れることは決してないのだろう。

だが、シンガポールは、許すことで国を前進することを選んだ。

強いと思う。日本を含め、このような考えができる国が、世界にいくつあるだろう。

歴史とは、自分を蔑むためのものじゃないし、自分を正当化するためのものでもないし、誰かを傷つけるためのものでもない。

過去を受け入れ、前に進むためにある。

写真 121
血債の塔

ツアーの悪いところ

だが、確かに視点が偏っている感も否めない。

そのことを解消するための報告会であり、その準備であり、意見交換なのだ。

しかし、このツアーの最大の短所はそこではない。

とにかく、重い。若い参加者ではあまりの重さに押しつぶされたような表情をしている子たちもいた。

さらに、観光要素は少ない。マーライオンを観光したが、正直、あまりシンガポールを満喫した感じはしなかった。

シンガポールの夜
それでも、こういう景色は楽しめる

乗船した時に参加したピースボートの交流ツアー パナマ・クナ族のコミュニティ

ツアーの概要

パナマに「クナ族」という部族がいる。もともとはパナマ近海の島に住んでいたらしいのだが、30年ほど前、内陸にコミュニティを形成した。このツアーではそのコミュニティを訪れた。

ピースボートはこのコミュニティにこれまで支援してきた。今回のツアーでも、P-MACと呼ばれる支援を行った。日本から集めた物資を、ツアーを通して直接届けるという活動だ。

仲の良いスタッフの一人が、かつて中南米の町にP-MACの一環として救急車を届けた話をしてくれた。船の中から日本の救急車が出てきて、「ずっと乗ってたんかい!」とたいそう驚いたのだとか。

ツアーでは文化交流会も行われた。ピースボート側からも出し物をやったほか、現地のロックバンドのライブが行われた。クナ族の神話の世界観をロックで表現したバンドらしい。

写真 1088
この道路も、ピースボートの支援でできた

ツアーの良いところ

なんといっても、子供たちとの交流だろう。

僕は子供たちに受けるかと、プロレスのマスクを持っていった。

これが予想を大きく超えてバカウケ!

子供たちはマスクを取り合い、正義のレスラーと化して僕に襲いかかってくる。

マスクがない子も僕に襲いかかってくる。

相手は子供なので痛くはないのだが、動きがいいので防ぎきれない。

僕は適度にやられてあげてみたり、逆に全く聞かないアピールをしたりして遊んでいた。

すると、彼らにサッカーに誘われた。

彼らが使うサッカーボールは空気が入っておらず、三日月のようにへこんでいた。

もし、P-MACに物資を提供することがあれば、僕は迷わず空気入れを買って持っていくだろう。まず、人に支援する前に自分のことを何とかしなければいけないのだが。

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こいつらにボコボコにされました

ツアーの悪いところ

まず、暑い。

そして、ツアー中、食事をとるチャンスはほとんどない。

現地の人たちがフルーツを用意してくれるのだが、

申し訳ないが、フルーツだけじゃおなかは満たせない。

何か、おやつを持って行って、行き帰りのバスでつまむことがおすすめだ。

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クナ族の少女たち

乗船した時に参加したピースボートの交流ツアー ペルー・ビジャ・エルサルバドル訪問

ペルーの首都・リマの近郊に「ビジャ・エルサルバドル自治区」という町がある。

40年ほど前にペルーの内戦の難民たちによって、砂漠に作られた街だ。今では数十万人もの人が暮らしている。

砂漠に作られているため、町は常に砂埃が舞っていた。

この地に訪問するツアーはいくつかあるが、僕はあるNPO団体を訪問するツアーに参加した。

この団体は、子供たちの労働を支援している。

児童労働は世界各国で問題になっているが、この街では学校から帰ったら働くのが当たり前。大人たちは基本、優しく見守るだけで、組織の運営、各支部との会合などは、すべて子供たちが手掛けている。

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まさに、地の果ての町だ。だが、この街から見れば、日本の方が地の果てなのかもしれない。

ツアーの良いところ

このツアーの魅力も、なんといっても子供たちとの交流だ。

昼食は子供たちと一緒にレストランへ向かった。

出てきた料理は鳥の丸焼きと、山盛りポテト。

ペルーの中華料理屋に行ったとき、てんこ盛りの皿うどんが出てきたので、やっぱりこっちの子供はこんな量を食べるのかと思ったら、

子供たちは軒並み残してた。そりゃそうだ。

また、折り紙を持って行って、手裏剣や紙飛行機を折って子どもたちと遊んだ。

ここでもマスクが大活躍! 今度は悪役用のマスクをかぶってみたところ、子供たちが喜んで挑みかかってきた。

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この広場で遊んでいた

ツアーの悪いところ

このツアーの欠点は、やはり言葉が通じないところだろう。僕のつたない中学英語では全く通じない。

なぜなら、向こうはスペイン語しかしゃべらないのだから。

「船で70日かけてきました」とつたない英語で行ってみたが、全く通じなかった。

何せ、「70days」すら通じなかったのだから。腕時計の前で指をぐるぐるすることで、ようやく何らかの時間の単位であることが分かってもらえた。

「英語は世界どこでも通じる」と思っている人には、ぜひピースボートに乗ってもらいたい。


ツアーは決して安くない。

だが、ツアーでしか知れない知識や、ツアーでしか会えない人もいる。

そして、大事なのは、そこで知ったことだけがすべてではない、ということだ。一つの事柄にはいろんな側面がある。

それが確かめたくて、僕らは地球を一周するんだと思う。