平気で他人を傷つけるやつ

「平気で他人を傷つける人」について、僕の中で一つの傾向を見出していまして、それが「自分はいつだって被害者だと思ってる人」なんですよ。

自分はいつだって被害者。自分はいつだって正しい。自分はいつだって善人。

そう思ってるヤツが、実は平気で他人を傷つける人だ、そんな風に考えています。

平気で他人を傷つけるくせに、頭の中では「自分はいつだって被害者。自分はいつでも善人」だと思っているから、よもや自分が他人を傷つけてるなんて思ってない。

それどころか、「自分はいつだって被害者」だから、周りの人間はバカばっかり、周りが全部悪い、私はいつだって被害者でかわいそう、って思っているわけです。まさか自分が加害者になるなんて、これっぽっちも考えてない。

最近、煽り運転で死亡事故を起こした犯人が、自分の車のドライブレコーダーのデータを捨てて証拠隠滅を図った、という事件がありました。

ん? んんん?

ドライブレコーダーっていうのは、自分が煽られた時のためにのっけてるものであって、煽る方が自分の車に搭載しててどうする。案の定、犯行の瞬間が映ってるものだから、証拠隠滅(すぐばれたけど)する羽目になる。

つまり、コイツは煽り運転をしておきながら、「自分が煽り運転の被害者になるんじゃないか」なんてたわけたことを考えて、ドライブレコーダーをのっけてた、ってことなんですよ。

こういうの。こういうやつのこと、僕さっきからずっと書いてんの。

で、こういうやつに言わせると、「私の周りはバカばっかり」「世の中クズばっかり」となるんですけど、

……いや、おめーがおかしいんだよ。

だってさ「自分の周りになぜかバカばかり集まる」「自分の周りになぜかろくでなしばかり集まる」って、不自然じゃん。「自分は善人で正しいのに、周りにはバカばっかり集まる」って、それ、不自然じゃん。

実は自分がいちばんろくでなしで、わがままで、イヤなやつなんだけど、自分ではそれを全く自覚していなくて、自分は善人なんだと思いこんでいれば、そりゃ認識がゆがんで相対的に「周りがバカばっかり」に見えます。むしろ、そう思いこまないと、その人の中でつじつまが合わなくなる。

で、そういう人に「いや、おまえが間違ってるんだよ」と指摘すると、たいていはふてくされます。

SNSとかで事件のニュースをリツイートして高説ぶってるやつは、だいたいそのタイプだろう、と思っています。「自分は善人である」と思いこんでないと、ニュースの批評なんてできないもの。

さて、ここ数か月の世界情勢で、日本でも軍備拡張とか核武装とかの議論が上がってますけど、

「日本が攻められたらどーする!」だけじゃなくて、「逆に日本が侵略者になる可能性はないのか?」って話をしない人の意見は、信用しないことにしてます。

まあ、現行の憲法がある以上、日本が侵略者になるなんてありえない。寝言は寝て言え、ってレベルでありえない。

ありえないんだけど、政治の思想とか知識とか関係なしに「自分が加害者になるかもしれない」と考えないヤツは、やっぱり政治とか以前に、人間としてのねじがどこか緩んでて「この人、ヤバい人だ」って思うのです。

選挙演説って誰が聞くのか

駅前の選挙演説って、どれだけ効果あるんですかね。実は意外と効果がないんじゃないか。

選挙戦が始まって、駅前を通ると選挙演説をしているのに出くわしたり、「〇〇代表が来ます!」みたいな立て看板を見かけたりすることが多くなりました。特に、うちの地元は人が集まる駅なので、よく見ます。

でも、「駅前の選挙演説」に足を止める人ってどんだけいるのか。

まあたしかに、駅前は人が集まる場所です。そういう意味では、駅前で演説をするというのは、一見すると効果的。

ただ、みんな別に「駅前」に行くことが目的で集まってるわけじゃないんですよ。

駅から電車に乗って、どこか遠くへ行くことが目的なんですよ。

もしくは、駅前のデパートとか、駅の近くのバス停とか、とにかく目的地はほかにあって、駅前でボケーっとすることが目的で集まってる人というのは、あまりいない。

つまり、駅前にいる人の8割は「先を急いでいる人」だって考えるべきです。

そんな「先を急いでいる人たち」が、じっくりと選挙演説なんて聞いてくれるのか。

っていうか、そもそもちゃんと「先を急いでいる人たち」に向けた演説をやっている候補者がどれだけいるのか。

ちょうどこの前も、駅前で演説してる人がいました。

さて、どんな話をしてるのか、と、歩きながら耳を傾けてみます。

話が聞こえ始めてから、通過するまでだいたい1分くらい。

……その間、単語がいくつかきこえただけで、「おそらくあの話題かな~」と推測できるくらいで、主張とかマニフェストとかそういうのはさっぱりわかりませんでした。

だいたい、「あー」とか「うー」とか「えー」とか、多すぎるんですよ。もっとコンパクトにまとめたまえ。

通行人にもしっかりと話を届けるってことを考えたら、大阪のしゃべくり漫才の師匠みたいなスピードで話さなきゃダメですよ。

しかも、漫才師の皆さんは「劇場で10分かけてやるネタ」をM-1のために4分に編集してやるそうです。だったら、候補者の皆さんも、「10分かけてやる演説」を「駅前用に4分に編集する」ってくらいの努力はするべきです。

さらに、最近の若い世代は「映画を1.5倍速で見る」とか、「音楽のイントロを飛ばして聞く」とか、何を焦っているのか、とにかく長ったらしいのが苦手みたいです。「ファスト文化」というそうな。

そんな昨今の若者たちに対して、「10分くらい聞いてないと本質が見えてこない演説」なんて、ウケるはずないでしょう。2.5倍速でしゃべりなさい。

深刻なリサーチ不足です。

「若者が政治に無関心」なんて言われるけど、僕に言わせれば実は逆で「政治が若者に無関心」に見えます。

ラジオが深い!

ラジオの話が深い。深いのです。

ワイド番組と呼ばれるラジオにはたいていゲストコーナーがあります。ゲストコーナーは番組の大きな目玉。

いろんな人がゲストに来ます。ラジオは音だけのメディアなので、やっぱりミュージシャンが多い。スゴイ有名な人から、今日デビューしましたって人まで、ピンからキリまで。

もちろん、ミュージシャン以外のゲストも来ます。ものすごく有名な人から、「そんな人いるんだ」っていう人まで、やっぱりピンからキリまで。

それなりの知名度がないと出れないテレビよりも、そのすそ野が広いのがラジオの特徴なんです。

「そんな職業あるんだ」「なにその肩書き?」「そんな活動してるの?」という新たな発見が多いのが、ラジオの醍醐味。

ちなみに、今まで一番びっくりした肩書きは「大阿闍梨」です。

「来週のゲストは大阿闍梨の○○さんです」

……大阿闍梨!? そういうバンド名とかコンビ名とかじゃなくて、本物の大阿闍梨!?

一方で、すごい有名な人がゲストに来た時も面白いんです。普段テレビなどではしないような深い話をじっくりと聞けるんです。

たとえば、僕のイチオシのラジオ番組「山崎怜奈の誰かに話したかったこと(通称「ダレハナ」)」の先週のゲストが、秋元康さんだったんです。ちなみに、秋元康はこの番組のゲスト最多出演だそうです。

ちょうど前の日に、パーソナリティの山崎怜奈さんが乃木坂46の卒業を番組で発表したばかりというタイミングで、秋元康はご存じ乃木坂のプロデューサー。「公開面談」という形で、話の大半はれなちさんの個人的な面談。

でも、秋元康がやっぱりすごいなぁと思ったのは、れなちさんの個人的な相談に答えてるんだけど、それがちゃんとラジオ聞いてるリスナーにも突き刺さる、個人的な相談に乗ってるようで、広く色んな人に通じる話をしている、ってことなんです。やっぱさすがだなぁ。

そういう深い話をラジオでやってる、っていうのが面白いんですよ。ラジオは公共の電波だから、電波の届く場所にいて、ラジオを周波数に合わせれば、だれでも聞ける。でも、テレビより知名度は低いし、you tubeのようになん百万って単位のフォロワーを抱えているわけでもない。人気番組のツイッターアカウントでも、フォロワーは数万人程度。

誰でも聞けるのに、まず「この時間におもしろいラジオをやってる」と知ってる人が少ない。テレビやyou tubeが大通り沿いの華やかなお店だとしたら、ラジオは路地裏のバーとか、地下のライブハウスとか、そんな感覚。入場は無料なんだけど、まずそこに店があると知ってる人が少ない。

そういうところにゲストを招いて、深~いお話をする。いつもたまり場にしている隠れ家的なお店に、ゲストの人がやってきて、深い話をしてくれる。それが面白いんです。

「売れる本」と「面白い本」

趣味はと聞かれると、「面白い本屋めぐり」と答えます。その店独自のチョイスで選んだ本を棚にならべる、面白い本屋めぐり。

逆に言うと、わざわざ巡らないと面白い本屋には出会えない、巷の本屋の大半は面白くない、ってことです。

たとえば、本屋の目立つところには、ビジネス本や自己啓発本が置いてあることが多いですよね。目立つところにあるということは、売れてる本なんでしょう。

ただ、売れてる本だからといって、面白い本かというと、そうでもないんです。

もちろん、ビジネス本や自己啓発本で面白い本はあるんですけど、繰り返し読みたくなる本なんてのはそうそうない。だから、すぐブックオフに書類送検されるわけですね。

そんなことを考えていたある日の雨の昼下がり、いつものようにイチオシのラジオ「山崎怜奈の誰かに話したかったこと」を聞いていると、ゲストが金八先生こと武田鉄矢さんだったんですよ。

武田さんの読書術の話をしていて、その時に武田さんが言っていたのが、「上から下へと知識や情報を一方的に教えようとする本は面白くない」って話だったんです。

そういう本は、わかりやすいように作られているんだけど、面白くはない。面白い本というのは対話なんだ、と語っていました。著者の言うことをそのまま受け止めるんじゃなくて、「それ、ほんとなの?」とか、「それ、ちがうんじゃないの?」などと反芻しながら、著者との対話を楽しむのだ、と。

僕が抱いている「売れてる本」への違和感も、そういうことなのかしら。わかりやすく作られているから、売れるんだけど、「わかりやすい=おもしろい」ではない。

そう思って本屋に行ってみると、なんか、「売れてる本」は「書かされてる感」が強いのかなぁ、なんてことを思うんです。

本というのは、著者が「こんな本を書きたい! 書きます!」といって生まれるんじゃなくて、編集者が企画して「こんな本を書いてください」と著者に依頼して生まれるもの。

でも、実際に本にするときには、さも著者が自発的に書いて自腹はたいて出版したかのような熱量がないと、「面白い本」にはならないんじゃないか。

ビジネス本や自己啓発本の本棚を見ていると、やっぱり「企画に書かされてるなぁ」「編集者のしたり顔が目に浮かぶわぁ」みたいな本が多いんです。

で、実際に読んでみても大して面白くなくて、すぐブックオフに売り飛ばす。企画が当たってるから売り上げはあるんだけど、中身が伴わない。

本の帯の「30万部突破」の隣に、「うち25万部がブックオフ送り!」みたいなことも書くべきです。実質5万部じゃねぇか、と。がっかり度80%じゃねぇか、と。

そんなビジネス本や自己啓発本の中でも面白い本の著者ってどんな人だろう、って思い返すと、「自分の芯がしっかりしてる人」「我が強い人」。要は、「さも自分で自腹切って出版してるかのように思わせる人」なのです。

それまでの経歴とか実績とか、成功者かどうかとか、そんなのはあまり関係なく、文章の上手い下手もあまり関係なく、企画の空気を振り切って、自分を突き通せる人の本が面白い。ある意味、「空気を読まない」ってヤツなのかもしれません。

空気を読まない人の本が、面白く読める本、とはこれいかに。

そんなことを考えていると、今度はネットで山下達郎のインタビュー記事が話題になってまして。そこで山下達郎は拡大志向ではなく、曲の耐用年数を考えて作ってきた、という話が出てきました。楽曲を広く浸透させることより、長く聞いてもらうことを考えてきた、と。

さて、はたして、いま「耐用年数」を考えて作られてる本がどれだけあるか。本なんて、それこそ千年残りうる媒体なのに。

小説 あしたてんきになぁれ 第35話「ねこのちネコ、ところにより猫」

ミチと共にオダイバへと来たたまき。たまきとの間に隔たりを感じるミチは、たまきに「タメ口で話さない?」と提案してみたところ……。あしなれ第35話、始まるぜ。

第34話「モノレール、のちブレスレット」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


画像はイメージです

「で、このあと、どうするの?」

「え、じゃあ、テレビ局見に行かない?」

「……さっき見た」

「そうなんだけど、せっかくお台場に来たんだから、もっと間近で見てみない? 芸能人とかいるかもよ」

「……別に、芸能人とか興味ない」

と、たまきが言った。いつもと口調が違うけど、これはたまきである。

そうしてたまきは、

「まあ、ミチ君がそうしたいなら」

と言うと、ミチの横を並んで歩きだした。

商業施設、もとい、モールの中の大通りを、出口に向けて歩いていく。

しばらく、二人は無言だった。

話を切り出したのは、意外にもたまきの方だった。

「こういうお店のタイルって、見てるとおもしろいよね」

「え? タイル? ……床の?」

「……うん、床の」

「床の……タイル……」

たまきに言われて、ミチは初めて、床のタイルに目を向けた。

「タイルだけの美術館とかあったら、行ってもいいと思う」

「美術館?」

「……ミチ君は、美術館にはいかないの? その……デートとか」

「行かないよ。たまきちゃんは行くの?」

「……デートに行ったことがないんだけど」

「そうじゃなくて、美術館に」

「……一応、美術部だったから、部活で何回か行った」

そこで会話は途切れてしまった。

なんだか気まずくなり、ミチは何か会話のとっかかりはないかと、あたりを見渡す。

ミチのすぐ横には日常雑貨のお店があった。目立つところに、マグカップがいくつか並べられていた。コラボ商品らしく、絵本やアニメのキャラクターが描かれている。

「こういうのとかさ、かわいいとか思わないの?」

ミチはたまきの肩をたたいて呼び止めた。

たまきは足を止めた。そして、何か吸い込まれるかのように、マグカップに視線を投げた。

やっぱりたまきだって、女の子なのだ。床のタイルばっかり見てないで、こういうものにも心惹かれるのだ。

……だけど、たまきの口から出てきた言葉は、ミチの想像していたものとは違っていた。

「……マグカップは……キライ」

「……え?」

ミチは、たまきの言っている意味が分からなかった。マグカップが嫌いだなんて、そんな人間いるのか。特に害なんてないじゃないか。

「家に……マグカップがあったの……。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんと私の、四人分。同じお店で買ったもので、それぞれ動物の絵が描いてあったの」

「……ああ、家族でおそろい、ってやつ?」

「……それがリビングにある戸棚の、いちばん見えるところに飾ってあって……」

たまきは、そこでうつむいた。

「……いやだった」

そういうと、たまきはその場を離れてしまった。

 

二人は、モールの外へと出た。テレビ局は大通りを挟んで反対側にあり、道路の上はモノレールが走っている。

再び、話しかけたのはたまきの方だった。

「モノレールって、かわいいよね」

「は? モノレールが?」

「うん。なんだか、枝の上をもにょもにょ動いてるイモムシみたいで、かわいいと思う」

「い、いもむし……」

「私、今日初めてモノレールに乗ったんだけど、なんか自分が幽霊になったみたいで、……ちょっと、面白かった」

「あ……うん……」

「人って死んだらあんな感じかな」

「……そうなんじゃないかな」

そういいながらも、ミチは頭の中でたまきの話を整理してみる。「あんな感じ」の「あんな」とはどんなだ。幽霊のことだろうか。モノレールのことだろうか。いもむしのことだろうか。もしかしたら、さっきのタイルのことを言っているのか。

そもそも、さっきのモールの中でかわいい洋服やアクセサリーを見ても一言も「かわいい」とは言わなかったのに、ここにきて「モノレールがイモムシみたいでかわいい」とはどういうことだ。

信号が変わり、二人は道路を渡って、テレビ局の前にある広場へとっやって来た。

ミチの横をぴったり歩くたまきだったが、テレビ局を仰ぎ見ながら、ぴたりと立ち止まった。

「ん? どしたの?」

「……テレビ局、見た」

そういうと、たまきはミチの方を向いた。

「……それで、どうすれば……?」

「……どうすればっていうのは……?」

「ミチ君がテレビ局見ようって言って、ここにきて、テレビ局を見て、それで、どうすれば……」

「え、えっと、なにか感想とか……」

そう言われて、たまきは黙ってしまった。

しばらくして、たまきの方から質問してきた。

「……なんて感想言えばいいの?」

「え、えっと、例えば、『わ~、本物だ~!』とか……」

「……ニセモノのテレビ局があるの?」

「いや、ないけど……」

「ニセモノがないのに、本物だって感動するの、おかしいよね? おかしくない?」

ミチは何も答えなかった。

「それで……この後どうすれば……」

そう言われて、またミチは黙り込む。

正直、モールに行った後のことなんて、全く考えていなかったのだ。

モールに行った後は、「次、どこ行く~」「ここ行ってみようよ~」という流れに、「ごく自然に」なると思っていたので、「この後どうすれば」と一方的に指示を待たれると、それこそ部活の先輩が後輩に指示しているみたいで、面白くない。

「えっと、じゃあ、海行ってみようよ」

とっさの思い付きだった。モールにも、テレビ局にも、たまきは食いつかない。これ以上「施設」を巡っても、何の反応もないような気がする。

たまきは無言で頷いた。

だが、一分ほどたった時だった。

海に行くにはもう一度道路を渡らなければいけない。モノレールの駅が道路をまたぐようにして作られているので、そこを通路として使うことにした。その階段でたまきは立ち止まった。

「……どうしたの?」

「……海を見たら、私は何て言えばいいの?」

 

モノレールは海を渡り、倉庫街の上を泳ぎ、マンションの合間をすり抜けていく。

たまきとミチは、オダイバから帰るモノレールに乗っていた。

時刻はランチタイムを少し過ぎたあたり。オダイバから帰る方向のモノレールは、比較的すいている。

結局、二人は海には行かずに、そのまま帰りのモノレールに乗った。

帰る、と決まってからの二人は、必要最低限の会話しかなかった。

たまきがしゃべらないのはいつものこととして、ミチが黙ってしまったのは、考え事をしているからだ。

たまきとさっぱり会話がかみ合わない。モールに行ってもお店ではなくタイルを見てる。マグカップはなぜか嫌い。モノレールをかわいいという。テレビ局を見ても何の感想もない。本当にミチと同じ場所を巡っていたのだろうか。

ミチは隣に座るたまきの方を見た。たまきはじっと正面を見据えたまま、ミチの方など見ようともしない。

ミチはたまきに対して、どこか隔たりを感じていた。隔たっているうえに、間に壁を築かれてしまっている、そんな感じだ。

もちろん、ミチはたまきに対して、距離をとっているつもりも、壁を作っているつもりも、ない。むしろ、積極的に近づこうとしているのだ。だから、喜ぶだろうと思ってオダイバのモールに連れてきたのだ。良かれと思って、アクセサリーを買ってあげたのだ。

だけど、その様もはたから見ると、部活の先輩後輩程度のものにしか見えなかったらしい。思えば、この時からすでに隔たりを感じていた。

だからミチはたまきに、「敬語をやめてみないか」と言ったわけだ。それに対してたまきは、心底嫌そうな顔をしたけれど、一応は応じてくれた。

なぜだろう。ため口になった時の方が、隔たりの上に壁まで築かれていると感じてしまうのは。

もしかして、たまきが言っていた「敬語の方がラクだ」という言葉は、あれは本当だったんじゃないか。

ミチとしては、敬語は堅苦しくて疲れるだろう、友達なんだし、ため口の方が気が楽だろう、と思って言ってみたわけだが、今日わかったことは、たまきはミチの感覚とは大幅にずれている、ということだ。ミチが考える一般論はたまきには通用しない。

ミチは、施設で飼っていたクロを思い出した。クロは頭をなでてやると、しっぽをばたばたとふっていた。それはネコにとっては嫌がっているサインなのだそうだ。

今にして思えば、クロは騒がしい人間のガキンチョなんかに、近寄って欲しくなかったのかもしれない。

じゃあ、クロはミチたちのことが嫌いだったのかと言うと、そうも言いきれない。餌を食べ終わった後も、クロは施設の中をうろうろしてたし、ミチたちが遊んでいるところにやってきて、近づきはしないけど、少し離れたところからその様子をぼおっと眺めていたことならよくあった。誤ってクロのそばにサッカーボールが飛んで行っても、逃げずにミチたちの遊びを眺めていた。

やっぱりあの距離が、クロにとっては理想の距離だったのかもしれない。それ以上近づいたり、ましてや触ってきたりすると、嫌がる。

ただ、嫌がるわりには、頭をなでられたクロが逃げ出したり、引っかいたりするようなことは一度もなかった。じっとしたまま、だまって、しっぽをばたばた振っていただけだ。ミチが抱っこをした時だって、なんだかぶぜんとした表情だった気がするけど、やっぱりじっとしていた。

もしかしたらクロは、子供たちが思う「理想のネコ」を演じていたのかもしれない。

エサをもらっている身だし、寝床を借りることもある。ガキンチョどものこともそこまでキライじゃない。ここはおとなしく「人間になついている、かわいい野良猫」のフリでもして、なでられておいてやるか。そうすれば、ガキどもも満足だろう。

「たまきちゃん」

ミチは、隣に座るたまきに声をかける。

「……何?」

「……しゃべり方なんだけどさ、たまきちゃんがラクな方でいいと思うんだ。だから、その、無理して俺に合わせなくても……」

そこでたまきは一度、深いため息をつくと、ミチの目を見た。

「……だから、私はこういうしゃべり方のほうが楽なんですって、最初に言いましたよね」

なんだか、久しぶりにたまきと目が合った気がする。オダイバにいる間、たまきがミチの方を見ることはあっても、目線は合わなかったんじゃないか。

「ミチ君って、自分がしゃべりたいことだけしゃべって、私が言ってることは、全然聞いてないですよね」

「そ、そうかもしれません……」

なぜか、ミチまで敬語になってしまった。

「私、あんまりしゃべらない方ですよ」

「……知ってます」

「なのに、たまにしゃべった内容も聞いてなかったってなると、……怒りますよ」

「ごめんなさい」

「ミチ君のそういうところ、私、キライです」

“素”に戻ったたまきは、いつもより饒舌だ。

「その……さ……、たまきちゃんさ、俺が、海乃さんの代わりにたまきちゃんをオダイバに連れてきたんじゃないかって言ったじゃん?」

「……はい」

「それって……やっぱり……いや?」

そこでたまきは再び、深いため息をつく。

「……いやじゃない人って、いるんですか?」

「……おっしゃる通りです」

「……わかってますよ」

「……え?」

「ミチ君が、別にわざとそういうことしてたわけじゃないってことくらい、わかってますよ。もしかしたら、私に言われるまで、自分でもはっきりとは気づいてなかったんじゃないですか?」

ミチは答えられなかった。

「……まあ、いいですけど」

ミチは、たまきが一瞬微笑んだようにも見えたが、気のせいだったかもしれない。

「でも、私、ゆうべ言いましたよね。『期待にはこたえられない』って」

たまきは、わざとミチから視線を外した。

「ミチ君って、本当に私の話、聞いてないんですね」

 

がたん、ごとん。がたん、ごとん。

モノレールから電車へと乗り換えて、東京駅でさらに乗り換えて、二人はシンジュクへと帰ろうとしていた。

「……たまきちゃんさ」

「……はい」

「六時までまだだいぶ時間あるけど、もうこのまま帰る?」

たまきは、何も答えなかった。

電車がどこかの駅に停まり、ドアが開いた。

突然、ミチは立ち上がった。

「たまきちゃん、降りよう!」

「え……?」

ミチは、たまきの手を引っ張った。つられてたまきも立ち上がる。

そのまま二人は、電車を降りてしまった。たまきの後ろでドアの閉まる音がした。

「待ってください……! 何か用事でもあるんですか?」

「……別に」

「この街って、何があるんですか?」

「知らねー」

そのままミチは、たまきの手を引っ張ってぐいぐい進む。

改札を出たところで、たまきはミチの手を振り払った。

やっぱり、ちょっと強引すぎたかな。また文句を言われてしまう。

ミチがそう思った時、たまきが口を開いた。

「……まあ、ミチ君がそうしたいなら」

 

画像はイメージです

改札の外には、商店街があった。とはいえ、周囲に住宅はほとんどなく、灰色のビルがあたりを囲んでいる。

ふりむくと、二人が出てきた駅があった。線路は高架の上を走り、駅舎には焼けたような色をしたレンガが、外壁にあしらわれていた。

周りを歩くのは、スーツ姿のサラリーマンが多い。すくなくとも、オダイバよりは安心できる、とたまきは感じた。

「……それで、この後どうすれば……」

「そうだなぁ。シンジュクは西の方だからあっちか……。」

ミチは商店街の奥の方を指さした。

「とりあえず、あっちのほう行ってみようか」

「え……、ここからシンジュクまで歩くんですか……?」

たまきは不安そうにミチを見た。

「いや、それはさすがに無理だけどさ、ま、とりあえず、いけるとこまで行ってみようよ」

「……とりあえず」

とりあえず、たまきとミチは歩きだした。ミチはサッサカと歩き、そのななめ後ろをたまきは黙ってとぼとぼとついていった。

午前中に比べればだいぶ口数は減ったが、時折ミチはたまきに話しかけ、その都度、たまきは「まあ」とか「さあ」みたいな返事を返した。

大通りを渡ると、あたりはオフィス街になっていた。何十年も前からあるような、コンクリートでできた古いビルが並ぶ。地面も灰色のアスファルト。なんだかモノクロ写真の中に迷い込んだみたいで、空だけがやけに青い。

ミチが立ち止まった。たまきも立ち止まる。

「悪い、トイレ行ってきていい? さっきのコンビニにあると思うからさ」

一、二分前に渡った大通りにコンビニがあったのを、たまきも記憶していた。

たまきは無言で頷き、ミチは来たミチを駆け足で戻っていった。

ふうっとたまきはため息をついた。

周りにあるのは、何かの会社が入ったビルばかり。あとは、駐車場。駐車場に止まっている車まで、グレーとブラックばっかりだった。特に暇をつぶせそうなものは見当たらない。

駐車場の脇にある、赤い自動販売機が目に入った。グレーばっかりの世界では、それなりに鮮やかに見える。

自販機でも見ながら、ぼおっと待ってようとたまきが近づくと、駐車場の車と車の間で何かが動いた。

のぞき込んでみると、何かが飛び出して、車のボンネットの上に飛び乗った。

「わっ」

飛び出してきたのは、三毛猫だった。

「ねこ……」

続けてさらに二匹、車の隙間から飛び出して、ボンネットへと飛び乗った。白猫と黒猫だ。白猫は三毛猫の隣に座り、二匹の間に隠れるようにして、黒猫がたまきを見ている。

三匹は、たまきのことをじっと見ていた。

とりあえず歩いていたら、トリにあわずに、ネコにあった。

たまきは、ねこに近づいてみた。ねこたちは逃げるそぶりを見せない。

三毛猫がにゃあと鳴いた。

たまきは、左手を伸ばしてみる。

三毛猫の毛先に手が触れた。

三毛猫はボンネットの上に寝そべった。

たまきの左手が、おそるおそる動き、三毛猫の背中をなでる。ねこの肌の感触が手に伝わる。なんだかゴムの風船みたいで、力を入れたら壊れてしまうんじゃないかと思うと、急に怖くなった。

「……あなたたち、野良猫ですか?」

三毛猫がもう一度、にゃあと鳴いた。

ふふっ、とたまきは笑った。

「私はあなたたちに似てるそうです」

たまきはねこに話しかけた。

「でも、そんなわけないと思うんですよ。私の方が大きいですし、私は二本足で歩きますし、しっぽだってありません。全然似てませんよ、ねぇ。ほら、毛の色だって違う」

たまきは、奥にいる黒猫の方を見た。

「……あなたは、私と毛の色がいっしょですね。……あと、そうやって前に出てこないのも、なんだか似てる気がします。そうですね、この三匹の中だったら、あなたが一番似てるかもしれませんね」

たまきの左手が三毛猫を優しくなでる。

「ここでみんなで一緒に暮らしてるんですか? 仲良しなんですね」

今度は、白猫がにゃあと鳴いた。たまきの少し後ろの方を見ている。

「どうしたんですか? ……自販機のジュース飲みたいんですか? まさかそんなわけ」

振り向くと、ミチがレジ袋をぶら下げて立っていた。にやにやと笑っている。

たまきは、気まずそうにミチを見た。左手は三毛猫の背中に当てたまま、固まっている。

「なんか誰かとしゃべってるなぁ、と思ったら、ネコに話しかけてたの? っていうかたまきちゃん、なんでネコにまで敬語なのよ」

「べ、別に……」

「なんかさ、人間と話す時より、ネコに話しかけてる時の方が、饒舌じゃない?」

「そ、そんなわけ……」

ボンネットから白猫が飛び降りて、たまきの足元に寄ってきた。

「よし、そのまま、そのまま」

そういうとミチは、携帯電話のカメラを起動した。

「……何やってるんですか」

「せっかくだから、撮ってあげるよ」

「……やめてください」

たまきは、ミチから目線をそらした。

「一枚くらいいいじゃん」

「……ヘンなことに使わないでくださいよ」

「ヘンなことってどんな?」

たまきは口をとがらせて、ほおを赤らめた。わかってるくせに、たまきが恥ずかしがるだろうと思ってわざと聞いてくるのだ。柿の実をぶつけて楽しんでいるのだ。

「大丈夫だって。姉ちゃんに見せるだけだから」

「……そうやってまた、私がねこに似てるとか言って、二人でからかうんですね」

そういいながらも、ヘンなことに使われるよりかはましだとたまきは考えていた。ミチやミチのお姉ちゃんが、たまきのことを本気でバカにしてるわけではないこともわかっている。

ゆうべの布団のこともある。あまり気は進まないが、ちょっとぐらい被写体になってもいいか。

「それで、私はどうすれば……」

「ん? さっきみたいに、ネコと戯れてればいいよ」

たまきはしゃがむと、白猫の頭をなで始めた。白猫は気持ちよさそうににゃおと鳴く。

「よーし、そのままネコを抱っこしてみようか」

「一枚だけ」と言いながら、すでに3枚は撮影されている。たまきは憮然としながら、白猫を抱え上げた。人に慣れたねこなのか、身動きをしない。一方で、黒猫は相変わらず、ボンネットの上からたまきを見ているだけだ。

「ほら、たまきちゃんこっち向いて」

たまきは首だけカメラの方に向けた。

「ほら、笑って」

たまきの表情は変わらない。

「機嫌悪そうに見えるよ。ほら、笑って」

たまきは笑いはしなかったが、表情筋が緩んだのか、さっきよりは柔和な顔つきになった。

ミチは、携帯電話を下ろした。

「笑ってよ~。さっきネコに話しかけてた時は、笑ってたじゃん」

「……気のせいです」

「ねえ、俺も抱っこしたい」

「……落とさないでくださいよ」

「大丈夫だよ。オレ、施設でネコ飼ってたことあるし」

たまきは白猫をミチに渡した。

そして目線を、黒猫の方に向けた。

この黒猫は、触られたり抱えられたりするのは好きではなさそうだ、たまきはなぜかそんな風に思った。三毛猫が黒猫を守るかのように、たまきと黒猫の間に陣取っていた。

たまきは振り返って、白猫を抱いているミチを見た。

「……なんか、ミチ君のネコの持ち方、雑ですね」

「……いや、そんなことないっしょ」

「……携帯電話をいじってる時と、触り方がいっしょです」

「そんなわけないっしょ」

「本質的には、一緒です」

ミチは、納得いかないといった感じで、白猫を降ろした。白猫は仲間のもとへと走って行った。

「それとミチ君、一枚だけって言ってたのに、何枚か撮ってましたよね」

「ん? ああ、そういえば気づいたら」

「一枚だけにしてください」

「えー、いいじゃん。だから、姉ちゃんに見せるだけだって」

「見せてください。私が残す写真を決めますから」

ミチは渋々、画像フォルダをたまきに見せた。

「……これ以外全部消してください」

「これ? ああ、いちばん最後のやつね。わかったよ」

「……最後のやつが、一番かわいく撮れてたんで」

「自分が?」

「……ねこの方です」

たまきは頬をちょっぴり赤くして、そっぽを向いた。

「あ、そうだ。コンビニでおかしかったんよ」

「なにかおもしろいことでもあったんですか」

「いや、これこれ」

ミチはレジ袋の中から、ポッキーの箱を出した。どうやら「おかしかった」は「可笑しかった」ではなく、「おかし買った」だったみたいだ。

ミチは箱から一本ポッキーを出すと、腰をかがめて、たまきの目線の前に差し出した。

「ほら、おたべ」

「……もらいます」

たまきはポッキーを口にくわえた。

 

オフィス街からいつの間にか、お店がちらほらと増えてきた。

ミチが前を歩き、その少し後ろをたまきがついていく。

「だからさ、雑っていうのが納得できないんよ。オレ、こう見えてもネコ好きだよ。丁寧に扱ってるつもりよ」

「でも、私には雑に見えました」

「だから、もっと具体的に言ってよ。『雑』なんて漢字一文字じゃわかんないって」

「そんなの、言葉で説明できるものじゃないです」

「そっちの方が雑じゃね? たまきちゃんさ、『雑』って言葉に逃げてない?」

ミチはたまきの前を歩いているので、たまきの表情は見えない。見えないんだけど、カチンと音が聞こえたような気がした。

「……私が逃げる必要、なくないですか? 私は私が感じたままに言ってるだけで逃げる必要とかないですよね。なのに私が逃げてるって、おかしいですよね。おかしくないですか?」

「まあ、そうなんだけど」

「そもそも、ミチ君、ねこ飼ってたことあるんですよね。私よりねこについていろいろ経験してるんですよね。だったら逆に、説明しなくたってわかりますよね、いろいろ経験してるんだから」

「またその話か……」

「はい、またその話です。だってミチ君、ゆうべ、私が恋愛のことわからないのは、経験してないからだ、経験すれば言葉で説明しなくてもわかるって言ってたじゃないですか。だったら、ねこの扱い方を私より経験しているミチ君が、具体的に言われないとわからないのって、おかしいですよね。おかしくないですか?」

ああ、また怒られるのね、とミチは振り返って、たまきを見た。そして、あれっと思って足を止めた。

「……今、笑ってたでしょ」

「……気のせいです」

たまきはミチから視線をそらした。

ほどなくして、周りに大きなビルが増えてきた。二人は裏路地を出て、大通りを歩き始めた。

そのあたりから、ミチがしきりに首を傾げ始めた。

「どうしたんですか」

後ろを歩くたまきが声をかける。

「いや、思ってた場所と、ちがうところに来てる気が……」

ミチは正面に見える、商業ビルの群れを見ながら言った。

「あれ、アキバじゃね?」

「……アキハバラじゃダメなんですか」

「いや、全然方角ちがうよ。だってアキバだと……」

二人は川にかかる橋を渡ろうとしていた。ミチは道路わきにある地図を見ていたが、やがて

「え、なんで!」

と声を上げた。

「どうしたんですか」

「やっぱりここ、アキバだよ!」

「……アキハバラじゃダメなんですか?」

「だって俺ら、西に向かって歩いてるつもりだったのに、いつの間にか北に向かって歩いてたってことになるんだぜ」

西と北。たまきは指であっちを指したりこっちを指したりしながら、その位置を頭に思い浮かべた。北が上で、西が左。

……ぜんぜん違うじゃないか。

「え?」

たまきも地図をのぞき込んだ。

「私たち、西に向かって歩いてるつもりが、北に向かって歩いてたってことですか? 最初から?」

「いや、そんなわけねぇって。駅を出た時は、確かに西に向かって歩いてたんだから」

「じゃあ、どこかで間違えた?」

「どこで間違えるんだよ。ずっとほぼまっすぐに歩いてきたんだぜ」

二人は、駅から歩いてきた道のりを思い出した。どこか間違えるポイントがあったとすれば……。

ミチがトイレに行って、たまきが猫と遊んでた、あの駐車場しか思い浮かばない。

二人は地図を見ていたが、やがて、お互いの顔を見合わせた。

そして、どちらからというでもなく、笑い始めた。

はじめは、くすくすと。やがてミチが耐えきれなくなったかのようにゲラゲラと笑い出すと、つられてたまきからも笑い声が漏れてきた。

「じゃ、じゃあ、俺ら、あの後ぜんぜん違う方角に歩き出してたってこと?」

「そ、そうなりますね」

「たまきちゃん、気づいてよ」

「ミチ君こそ」

「二人とも気づかなかったって、あ、ありえる?」

通りがかった人が、この二人はなにがそんなに面白いのだろうと、不思議そうに眺めていく。だけど、気づいていないのか、気にしてないのか、二人は笑うことをやめない。

「い、いま、笑ってるでしょ?」

ミチが肩で息をしながら言った。

「だって、二人ともぜんぜん違う方角に歩き出してるのに、二人とも気づかなかったって、おかしいですよね。おかしくないですか」

たまきはだんだん、道端でバカみたいに笑っているのが恥ずかしくなってきたのか、顔が赤くなってきた。

「いや、ウケるし」

そういうとミチは大きく呼吸し、息を整えた。

「まあ、電車乗っちまえばすぐ帰れるから、別に西に行こうが南に行こうが、どっちでもいいんだけどさ」

「ですよね。どっちでもいいですよね」

「じゃ、アキバにでも寄って帰ろうか。アキバからだったら、たぶん乗り換えなしで帰れるんじゃないかな」

そういうとミチは歩き始めた。そのあとをたまきがついていく。

ミチの後ろを歩きながら、たまきは思い出したのか、一回、くすっと笑った。

 

画像はイメージです

アキバの人混みは、オダイバのおしゃれさんとはまた違った感じだった。ごく普通の人たちの中にたまに、それこそマンガやゲームから抜け出してきたような恰好の人たちがいる。

それでも、たまきにとってはまだ居心地がよかった。「おしゃれ」にくらべたらまだ「奇抜」の方が幾分かましである。

「メイドカフェいかがですか~」

やけにフリフリの格好をした女性がたまきに近づいて、声をかけた。おそらく、何かのお店の勧誘なのだろうけど、それにしても「冥土カフェ」とはどういう場所か、ちょっとだけ気になった。きっと、えらく陰気なカフェなのだろう。

大通りに出ると、よりいっそうアキハバラという街の特異性が見えてきた。

右も左もアニメやマンガ、ゲームの広告ばかり。オダイバにはあんなにあった洋服屋なんてほとんどなく、マンガのお店、ゲームのお店、家電のお店、何かよくわかんないお店と、いろんなお店が並んでいる。

もちろん、おしゃれ警察も、おしゃれ軍隊もいない。いや、おしゃれな人はいるのだ。だけど、「女子とはこうあるべきよ!」みたいな、圧力をそこに感じない、その意味では、たまきは幾分ラクだった。

ふと、目に入ったアニメの広告に目が留まる。主人公なのかヒロインなのか、美少女がでかでかと描かれていた。露出が大胆だが、奇抜なデザインの服を着ている。

「そのアニメ、好きなの?」

ミチが声をかけた。

「いや、別に……。ただ、私もこんな絵が描けたらな、って思って……」

亜美の似顔絵のように、実在する人物に似せて描いたことはある。だけど、アニメのキャラクターみたいに、実在しない人物を想像だけでデザインして描くということは、今までやったことがなかった。いつも描いているのも風景画ばっかりで、おまけに、実物にちっとも似やしない。存在しないものを描くなんて、よくよく考えると、すごいことじゃないか。

たまきはミチの方に視線を向けた。次にミチの視線の先にあるアニメ少女の方を見て、もう一回ミチの方を見た。

「……いやらしいところ、見てますよね」

「み、みてないし」

ミチは広告から目線をそらした。

 

二人は、アキハバラの街をしばらくうろついた。どこかのお店に入ることはなかったけれど、変わったお店が多くて、看板を見ているだけでも、まあまあおもしろい。

「お、このビル、3階にミリタリーショップあるって」

「みり……」

「バンドやってる先輩にミリオタがいてさぁ。サバゲーとかするんだって。」

「さば……え……なんですか?」

「こっちにはボドゲカフェあるってさ」

「ぼど毛……」

「知らない? ボドゲ。ボードゲームのことだよ。人生ゲームとか……」

「ああ……」

たまきは、わかったようなわからないような顔をした。

相変わらず、ミチが一方的にしゃべり、たまきがそれにハイとかマアみたいな返事をする。

そんな風にしながら町をまわっていろいろ見ていたが、ミチがふと、足を止めた。

「たまきちゃんさ……」

「なんですか?」

「……疲れてる?」

「……まあ」

図星だった。電車を降りてから、普段のたまきでは決して歩かないようなキョリを歩いているのだ。

「どっかお店入ろうか」

ミチは、周りを見渡した。二人はいま大通り沿いにいて、見渡せばいろんな看板が見える。飲食店も見えるが、多すぎてむしろ選べないぐらいだ。

その中の一角を、ミチは指さした。

「たまきちゃん、カラオケ行こうぜ」

「……え?」

ミチがさしていたのは、カラオケ屋だった。

「私、歌うのはちょっと……」

たまきの不安を察したのか、ミチが言葉をつづける。

「俺、勝手に歌ってるから、たまきちゃん、座ってゆっくりしてるといいよ」

たまきは、答えない。

「……こういうことできるの、たまきちゃんとだけだし」

「……と言いますと」

「いつもさ、俺の歌、隣で聞いてくれてるじゃん」

「……まあ」

「一人でカラオケ行ってもいいんだけどさ、やっぱ、聞いてくれる人がいる方が、楽しいし……」

たまきはしばらく黙っていたが、無言で頷いた。

 

宇宙船を彷彿とさせる近未来的なデザインのカラオケボックスの一室で、たまきは、ミチが歌うのをずっと聞いていた。人の歌を歌っている時のミチは、迷いがないのか、いつもよりものびのびとうたっているような気がする。

ロックバンドの歌から、ダンスナンバー、しっとりとしたバラード、ちょっとジャズっぽい曲、さらにはラップの曲と、ミチは色んな歌を知っていた。もともと男性にしては高いキーで歌うミチは、女性の曲も器用にこなしていた。

その横で、たまきはメロンソーダを飲みながら、歌うことなく座っていた。ミチがずっとマイクを握っている状態だけど、たまきは歌うつもりがなかったので、問題ない。

また「なんか感想とかないの」と聞かれたらどうしようと思ったけど、特にミチは何も聞いてこなかった。

一時間ほどたった時、たまきはメロンソーダのおかわりをもらうために、部屋を出た。

おかわりをもらって部屋に戻るとき、制服を着た女子高生数人とすれ違った。

これがウワサに聞く「高校の放課後でカラオケに行く」というやつか。

もし、たまきが普通に高校に通っていたら、そんな青春を送っていただろうか。学校に行けば友達ができる、なんて思えるのは、たまきにしてみればそれだけで幸運なことなのだ。

たまきは学校に通っていても友達はできなかった。

そして、学校に行けなくなった。

だけど、いまこうして、男の子とカラオケに来ている。

そう考えると、自分でも少しおかしかった。

たまきは、みんなが知っているようなキラキラした青春をしていないのかもしれない。

でも、みんなが知らない冒険をしている。

部屋のドアを開けると、ミチは歌わずに座っていた。

「歌わないんですか」

たまきが元居た席へ腰かけると、正面のテーブルの上に、マイクが置いてあった。

いくらたまきでも、それが何を意味するのかぐらいわかる。

「……歌わないって言いましたよね」

「あと三十分しかないんだし、一曲ぐらい歌ってよ」

そういうとミチは、少し身を乗り出した。

「亜美さんから聞いたぜ。けっこうかわいい歌い方するって」

またよけいなことを……。

カラオケに入力する機械をミチが手に取り、何やら操作した。たまきがマイクをもってどうしようかと迷っていると、いきなり音楽が流れ始めた。女性アイドルグループの歌だった。

「ちょっと……」

「だってこの曲、知ってるんでしょ」

昨日の夜、ミチが部屋で流した音楽で、確かに、とりあえず知ってる曲だった。

「でも、歌詞、知らないし……」

「いや、カラオケだから歌詞でるって」

たまきはじっとマイクを見つめていた。

「ほら、イントロ終わるよ」

ミチにそう促され、たまきはすうっと息を吸うと、マイクの電源をオンにした。

 

アキハバラの改札を抜け、シンジュクへと帰る電車のホームに二人はやって来た。人込みを避け、ホームの一番端っこで電車を待つ。あと数分でやってくるらしい。

「アキバってあんまきたことなかったけど、意外と楽しめたなぁ」

相変わらずミチは一方的に話しかけていた。

ふと、たまきの方を見ると、たまきは首を左に向け、ホームの先のさらにむこう側を見ていた。

西日が、ちょうどビルの中に吸い込まれて沈もうとしていた。

背負っていたリュックを体の前に持ってきていて、リュックの袋口に手をかけていた。

「夕日、めっちゃキレイじゃん」

「……はい」

「……もしかして、絵に描きたいとか思ってる?」

たまきは答えなかった。

「……俺のわがままに付き合ってもらったんだし、いいよ。描いたら?」

「……でも、時間かかりますし、もう電車来ちゃいますし、……いいです」

そういってたまきは、リュックを背負いなおした。

ふと、音がしたのでミチの方を見ると、ミチが携帯電話のカメラを構えて、西日の写真を撮っていた。

「じゃ、あとでこの写真見て描けばいいじゃん」

ミチはたまきに携帯電話の画像を見せた。眼前の光景が、小さなモニターの中に刻み込まれていた。

たまきは、何かを言いたそうに、ミチの方を見た。

「……どしたん?」

「……べつに」

ちょうど、電車がやって来た。

 

帰宅ラッシュの時間、それもシンジュク行きとあって混むのを覚悟していたが、幸運にも二人並んで座ることができた。

さすがに疲れたのか、電車に乗ってからはミチは黙っていた。

ふと、右肩に暖かな重みを感じた。

隣に座るたまきが、疲れて眠ってしまい、その頭がミチの肩に触れていた。

「なんだよ……」

いつもは、近寄りもしないくせに。

 

画像はイメージです

シンジュクの改札を抜けると、時刻はもう六時を回っていた。駅前の広場を、大勢の人が行きかう。

ミチはここで、私鉄に乗り換える。

「じゃあ、私、帰ります」

少し眠ってちょっとだけ元気になったのか、たまきの声に少し張りが戻ったようだった。

「じゃ、またね」

そういってミチは片手を上げた。

「その、いろいろとお世話になりました」

「ごめんね。いろいろ連れまわしちゃって」

「いえ……私……その……」

たまきはミチから視線をそらした。

「……楽しかったですよ」

「そ、そう。ならいいけど……」

「その……」

たまきは、少しためらいがちに、ミチの目を見た。

「……ありがと」

そういうとたまきは、回れ右をして、少し小走りに、雑踏の中へと消えていった。

ミチはその様子を見送り、ひとり呟いた。

「……ずるくね?」

 

「……絶対おかしい!」

志保は時計を見るなり、そういった。

「六時に帰ってくる、って話なのに、たまきちゃん、まだ帰ってこないなんて、絶対おかしいよ」

「いや、まだ六時十分じゃねぇか」

ソファの上に寝そべった亜美が、飽きれたように言った。

もう二人とも『城』に帰ってきている。ビルのオーナーが大阪に帰ったことも、ビデオ屋の店長に確認済みだ。

「だって、今までたまきちゃんが待ち合わせに遅れたことなんて、なかったよ?」

「いや、それ、あいつ最初から待ち合わせ場所にいて、一歩も動いてないってだけじゃね?」

亜美は夕飯代わりのフライドポテトをつまみながら答える。

「そもそもさ、たまきは時計もケータイも持ってないんだぜ。そのたまきが時間ぴったりに帰ってくる方がむしろおかしいだろ」

「やっぱり、ミチ君と何かあったんじゃ……」

「ひょっとしたら、もう一泊するとかあるかもしれねぇな」

その時、入り口のドアが開いた。

「ただいまです……」

「お、おかえりー」

たまきが靴を脱ごうとすると、志保が駆け寄ってきた。

「大丈夫だった、たまきちゃん? ひどいことされなかった?」

「おい、正直に言えよ。どこまでヤッた?」

たまきは、疲れたようにため息をついた。

「志保さんが心配するようなことも、亜美さんが期待するようなことも、別になかったですよ」

「そう……ならいいけど」

「なんだ、つまんねぇな」

「ただ……」

そういうと、たまきはソファの上に寝転がった。

「私の人生にも、こういうことって起こるんですね」

「え?」

亜美と志保はたまきの顔を覗き見たが、たまきはすでに、まるで電池が切れたかのように眠りに落ちていた。

「え、なに? どういう意味?」

「おい! ×××ぐらいはやったんだよな?」

二人の声を子守唄代わりに、たまきは夢の中へと落ちていった。

つづく


次回 第36話「ナワバリ、ところによりラクガキ」

街中で落書きを見つけた三人。「ウチらのナワバリで勝手なことしやがって。と憤る亜美に対し、たまきはその落書きに妙に魅かれて……。

つづきはこちら!


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

 

本屋が好き

先日、本屋についていろいろと語り合う機会がありまして。その時思ったんですけど、さいたま市って、実はめちゃくちゃ本屋や図書館に恵まれている場所なんじゃないかと思うんですよ。

なにせ、浦和駅前に紀伊国屋と蔦屋書店、さらに地元の古い本屋と、3つも大きな本屋があるのですよ。

さらに、浦和では毎月一回古本市が開かれているんです。ここがもう、宝の山。毎月何かしら買ってしまいます。

さいたま市でもだんだん本屋は少なくなってきてるんですけど、それでも、「本屋のない自治体がある」なんて言われると、恵まれてる方なのかな、と思っちゃうんです。

図書館を見てみると、横浜市が図書館が18個なのに対して、さいたま市は25個。

しかも、横浜市は人口20万人に対して図書館1個なのに対して、さいたま市は人口5万人に対して図書館1個。どおりで、図書館がいっぱいあると思った。

まあ、千葉市も似たような感じみたいなので、横浜が特別少ないのかもしれません。

文化行政がアレでおなじみの大阪市ですら、11万人で図書館ひとつだからなぁ……。

一方で、やっぱり本屋が少なくなってきてるのも事実。

ネットの普及だったり、アマゾンの侵食だったり、電子書籍の普及だったり(電子書籍は当初言われてるほど普及してない気も……)。

それでも、僕はやっぱり本屋さんに行くのが好きなのです。

「東京の面白い本屋さん」というのを探し歩くのが好きだし、地球一周の旅をして一番好きな場所はどこかと聞かれたら迷わず「神保町と秋葉原、ついでに中野ブロードウェイ」と答える始末。

神保町に通えない場所には住みたくない、というのが僕の持論です。

ところが、神保町に近すぎると今度は毎日のように散財してしまうだろうから、あんまり近くには住みたくない、というのも僕の持論。

以前に友人があの近くで働いてると聞いて「いいなぁ」と思った数秒後に「いや、だめだ! あんなところで働いたら、仕事終わりの度に散財してしまう!」と思い直しました。

そんな僕なんですけど、アキバや御徒町で働いていたこともあります。アキバは見てるだけで楽しいから散財しなくていいんです。

旅先でも面白い本屋がないかどうか調べ、その近くに宿をとる。いい本屋がある街に言うと、ワクワクします。

粋な居酒屋やしゃれたバー、おしゃれなカフェが好きな人がいるように、僕にとっては面白い本屋が大事なんです。

そんな本屋がさいたま市にもできないかなぁ。

と思ったら、この前、大宮で見つけたんですよ。取次ぎに頼らず、独自の選本でやっている面白い本屋!

おもしろくなってきましたよ。

山梨の旅

1泊2日で山梨に一人旅してきました。2年ぶりの旅行、自由気ままな一人旅としては、もっと久しぶりでしょうか。

ちなみに、実は意外と「男子だけで旅行」というのをやったことがありません。2回くらいしかないかな、というさりげない自慢。

立川の特急列車からいざ甲府へ。山梨では富士山が見れるかな?

と期待に胸を膨らませていたところ、まさかの、立川から発車5分で富士山が丸見え。

いや、東京から見えてもいいけどさ、早いのよ。出番、まだなのよ。ちょっとしゃがんでてよ。

ちなみに、山梨で見えた富士山は、ほかの山からちょこっと頭を出してるだけで、なんだか焼き肉屋のシメで出てくるアイスクリームみたいでした。せっかく来たんだからもうちょっと背伸びしてくれよ。

電車の中で読む旅のお供は、四角大輔アニキと本田直之さんの本「モバイルボヘミアン」。5年前に買った本だけど、旅の列車の中は「もう一度読み返す」にもってこいの場所です。

しかし、近場のつもりで山梨を選んだんですけど、特急の1時間もしっかり遠いですね。地球は広い。

山梨は、真ん中に甲府盆地があって、その周りを山々が囲むという、ポンデリングみたいな形をしています。甲府を拠点にすればいろいろと動きやすい。

初日の目的地は「鰍沢」。「かじかざわ」と読みます。甲府盆地の南の端で、今では富士川町の一部ですが、かつては一つの市でした。

甲府盆地は東を笛吹川、西を釜無川が流れていて、その二つの川がこの鰍沢で合流して、富士川となって太平洋へと流れ出る。そのため、鰍沢は水運の拠点として発展したのです。

鰍沢をウロチョロした後は、甲府に戻ってその日はおしまい。

宿代をなるべく安くして、ホテルはほんとに眠りに行くだけ。食事とお風呂は、甲府の街中のレストランや銭湯に行く、「街そのもの」に泊まるスタイル。「銭湯からホテルに戻る前に、スーパーに寄ってきたい」なんて感じで街を歩いていると、ちょっと生活者になった気分に浸れます。

この日の歩数は39598歩。さすがに疲れて、銭湯に熱いお湯につかりながらあ~う~うなってました。

二日目の予定はなんとなく決まってたんだけど、完全に予定変更して、中央本線を鈍行で帰りながら、気になった駅で降りていくスタイル。

気になった駅が「塩山(えんざん)」と「四方津(しおつ)」。「よもつ」ではなく、「しおつ」。

日本の塩は海でしか取れないはずなのに、なぜ山梨に「塩」の地名があるのか?(さらに、甲府の西には「塩崎」という駅もあるのです)。

これは「なぜ、山に囲まれているのに『やまなし』なのか」に匹敵するレベルの謎です。

あと、「山梨」はなんだかかわいらしいうえに甘くて美味しそうだけど、「甲斐の国」って書くと途端に強そうになるのも、不思議です。

なぜ、山梨なのに「塩」の名がつくのか。結果的に、次のZINEのページが3分の1は埋まるんじゃないか、ってくらいのネタを仕入れることができました。

帰ってからもなおワクワクしている、これぞ最上の旅!

ちなみに、二日目の穂数は42687歩でした。そのうちの2000歩はたぶん、夜に新宿で「夕飯どうしよう」と歌舞伎町をうろうろした時のものです。

あと、乗り換え失敗して、トータルで1時間足止め食らいました。

電車が少ないのはまだいいとして、来たと思ったら鈍行じゃなくて特急なのよ。

推しキャラ引き運

おととしのこと。旅行中に男子三人で「好きな女性のタイプ」という鉄板すぎるネタで盛り上がったことがありました。

鉄板すぎるネタなんですけど、唯一、「一般的」と違う部分があるとすれば、現実の女性の話じゃなくて、人気アニメ「ご注文はうさぎですか?」の登場人物の中で、という条件が付いていたこと。まあ、些細な問題です。

友人の一人は「ココアさん」と答え、もう一人の友人は「リゼ先輩」と答え、僕は「チノちゃん」と答える。見事にかぶりませんでした。

「好きな女性のタイプ」というと、なんだか仰々しいしいやらしいけれど、「推しキャラ」と言い換えることもできます。

そして僕はこの推しキャラのグッズを引き当てる確率が高いんです。

「ごちうさ」関連のくじ引きをやれば、かなりの確率で僕はチノちゃんを引き当ててきました。

この「推しキャラ運」の強さはこれだけにとどまらず。

僕の一番好きなアニメが2018年に放送された「刀使ノ巫女」で、そのアニメをもとにしたゲームもかなり熱心にやりこみました。

そのゲームのシステムは、使えるキャラクターをくじ引きでゲットする、いわゆる「ガチャ」というやつです。

さて、ゲームにログインして初めての記念すべきガチャ。僕のお目当ては、推しキャラ「糸見沙耶香」! キャラの数から考えて、引き当てる確率は16分の1。6.25%。

よーし、沙耶香を引き当てるまで、ガチャを回すぞ~!

……1回目で引き当てました。

その日はじめてログインしたばっかりなんだから、僕が沙耶香推しであることなど、どれだけ優秀なAIが搭載されていたとしても、ゲーム側が知るはずありません。

ちなみに、後に実装された推しキャラ「岩倉さん」も数回のガチャで引き当てました。

さらにさらに、2番目に好きなアニメとして公言してはばからない、2017年のアニメ「プリンセス・プリンシパル」でも引きの強さは健在。

コラボカフェに行って、缶バッジを2個買ったんです。中身がどのキャラなのかは、買って開封するまで分からないシステム。

これまた、1回で推しキャラ「ベアトリス」を引き当てました。

しかも、買ったバッジが二つとも「ベアト」だったんです! バッジは5種類なので、2つとも推しキャラを引き当てる確率は4%!

さらに、このアニメの映画を見に行った時も、入場者特典としてポストカードがもらえるのですが、それまたベアトが描かれたものでした。

ただ、この「推しキャラ引き運」、あまりやり続けると、確率が下がってしまうんですけどね。推しキャラ引き運は、鮮度が大切です。

ラジオリスナーの憂鬱

相変わらず、毎日ラジオばっかり聞いています。今もラジオを聴きながら書いています。そんな日々をもう17年ほど続けているので、「趣味:ラジオ」でいいのでしょう。

とくに、つい先日、お気に入りのラジオDJの子が2週間のコロナ療養から復帰したので、改めてラジオの楽しさを噛みしめている日々ですね。

やっぱり、ラジオの一番大事なところって、「いつもの人が、いつもの時間に、元気にしゃべってる」、これにつきます。2週間の間、代演のラジオDJが日替わりで登場して、それはそれで面白かったんですけど、やっぱり「いつもの人が、いつもの時間に、元気にしゃべってる」のが一番。

おもむろにラジオをつけていつもと違う人がしゃべっていると、不安になるわけです。「え? どうしたの? いつもの人は? 病気?」って。

なかには、大人の事情で表には出せない理由を「体調不良」ってことでお茶を濁してて、そのまま二度と帰ってこない、なんてことが、まれにあるんですよ。ごくまれに。

だったらまだ、「コロナです! 2週間出れません! 確定です!」って言われた方が、ほっとするというもの。出れない原因がはっきりわかってるんだから。

原因不明の体調不良が、一番怖い!

だからこそ、番組が始まり、「いつもの人」が第一声の挨拶をした瞬間に、安心するわけです。ああ、今日も元気だなぁ、と。

ラジオは、生活の一部なんです。生活の一部だから、「いつも通り」が一番大事。

だから、生活の一部であるラジオ番組が終わる、というのはラジオリスナーにとって一大事なんです。テレビ番組の最終回なんかとはわけが違います。

ラジオでは4月と10月に大きな番組改編があります。だから、「番組終了のお知らせ」は3月と9月に集中するんです。そこが、ラジオリスナーにとっての鬼門。だいたいみんな、ナーバスになりながらラジオに耳を澄ませています。

この時期になると、「もしや、そろそろそういうお知らせが来るのでは……」と肝を冷やしています。

そして、「番組の最後に重大発表があります」「番組から大事なお知らせがあります」なんて言われると、もう生きている心地がしないんですよ。

そしていざ、重大発表の時間がやってきます。

「20ⅩⅩ年に始まったこの番組ですが……」

だいたい、番組が終わるときはこういうしゃべりだしです。

「3月の放送を持ちまして……」

ああ、ついにこの時が……。

「放送時間が拡大します!」

ズコーっ!!

……ホントにたまに、そういうフェイントかけられることがあります。

そして、改変期を無事に乗り越えると、少なくともあと半年ぐらいは平気だろう、っとほっとしてラジオを楽しむわけです。

だから今、一番ラジオが楽しいわけですね。愛してるぜ、ラジオ!

岡本太郎に憧れて

今、僕の中で何度目かの岡本太郎ブームがきてます。まあ、絵と言うよりは、彼の著作を読み漁る形なんですけどね。

特に、岡本太郎が民俗学にも造詣が深かったって聞いたんで、『神秘日本』っていう本を読んだんです。

岡本太郎が日本のいろんなところを旅行して、青森の恐山や東北の修験道、沖縄の御嶽などを目の当たりにするという本。

日本の民俗を、芸術家ならではの視点で観察し、表現してるんです。

岡本太郎って人は、パリにいたときに今でいうところの文化人類学を学んでて、日本の歴史や民俗に対しても知識が豊富な人です。

でも、そういった知識や理論を十分に知ったうえで、それに頼らずにおのれの感性のみでぶつかり、表現する。

読みながら、あっこれだ、って思ったんですよ。僕がやりたいのも、こういうことなんじゃないか、と。

知識や理論よりも、目の前の光景をどう切り取り、どう解釈し、どう表現するか。

最近、僕は知識を増やすことや、理論が正しいかどうかってことよりも、そういうことの方をよく考えてるんです。

もちろん、知識や理論も大事なんですよ。いい写真を撮るには、いいカメラが必要だし、カメラの使い方やテクニックなど、いろいろと知ってなきゃいけない。

でも、どんなにいいカメラを使ってても、どんなにカメラに詳しくても、レンズを向ける方向がおかしかったら、いい写真は撮れないんですよ。

で、最近の僕は、そのレンズの向け方のことをずっと考えているわけなんです。

いま、『民俗学は好きですか?』の第7集の制作が大詰めになっているんですけど、今回は「知識や理論よりも、レンズの向け方が大事」って意識が、今まで以上に出てる、って我ながら思うんですよ。

理論的に正しいと思ったことよりも、「こっちの方がロマンあってよくない?」ってことを強調しちゃったり。

数百年前の景色を、さも見たことがあるかのように書こうとしたり。

「自分が面白いと思ったことを、いかに他人におもしろく伝ええるか」、それがずっと、僕の中でのテーマなんです。

やっぱり自分は、学者や研究者じゃなく物書きなんだなぁ、とつくづく思いますね。

さっき例えでカメラの話を出したけど、最近は写真にも興味がありまして。

世の中には民俗学で扱うようなもの、古い風習とか、祭りとか、地蔵とか鬼の面とかを専門に撮る写真家、っていう人もいるんですよ。

彼らは、被写体に対しての知識はもちろんあるんだけど、やっぱり知識や理論だけでは表せない「なにか」を表現したくて、レンズを向けるんじゃないか。

そして、僕も同じなわけですよ。知識や理論だけでは説明しきれないなにかを表現したくて、筆を走らせるのです。実際にはキーボードをたたいているわけなんですけど。