それでも、やっぱりラジオが大好きだ!

テレビ全盛の時代が終わりをつげ、you tubeの動画が何億回も再生される、そんな時代がやって来た。さらに、showroomやVtuberといった、新たなメディアやコンテンツが次々と登場し、時代はどんどん変わっていっている。

それでも、やっぱりラジオが大好きだ!


ラジオの公開収録を見てきた

8月24日に池袋で行われた、FM NACK5「Nutty Radio Show THE魂(ソウル)」の公開収録に行ってきた。

THE魂 公式ブログ

当日は乃木ヲタ(乃木坂46のファンの皆さん)やスラッシャー(DISH//のファンの皆さん)が大勢訪れるのは想像に難くない。だって、レギュラー出演しているのだから。

そんな中、純粋なラジオファンの底力を見せてやるぜ! 妙に意気込んでいた私。

事前に優先観覧スペースの抽選をやるというので、ダメもとで応募してみたところなんと当選! これで、場所取りをする必要はなくなったと、余裕をもってサンシャイン60へと向かった。

さて、集合場所に行ってみると、どうやら抽選に当選した人は210人いるらしい。その中で僕の整理番号は43番。どうやら、相当今回は運がいいみたいだ。

整理番号順に並んで優先観覧スペースへと向かう。番号順に場所が決まってるのかなと思いきや、順番を守らなければいけないのは優先観覧スペースに入るまで。スペースに入ってからは自由に場所を選んでいい、というので、なるべく真ん中に行くことに。

2列目、というかほとんど1.5列目のど真ん中に陣取り、後ろを振り返った。

優先観覧スペースの後ろに、普通の観覧スペースがある。そこにも優先観覧スペースと同じくらいの数の人がひしめいていた。

優先観覧スペースと普通の観覧スペース、合わせて400人ほどがサンシャイン60の地下1階、噴水広場にひしめいている。

それだけではない。噴水広場は吹き抜けになっていて、1階、2階、3階からも観覧できる。そこも人で埋め尽くされていた。

数百人がイベントに集まったわけだ。一応言っておくが、「THE魂」は埼玉県のラジオ局、FM NACK5の番組だ。radikoを使えば全国で聞けるが、基本は関東地方、埼玉県を中心としたローカルな番組だ。

そのイベントに数百人が集まったわけだ。

テレビやyou tubeなど、様々なメディアが登場し、ラジオはすっかりレトロな存在となった。

にもかかわらず、ラジオのイベントにこれだけの人が集まったのだ。

さて、公開収録が始まる前に、優先観覧スペースをもう少し広げよう、ということになり、観覧スペースとステージの間にあった仕切りがちょっとだけ前に動かされた。それに伴い人も動く。

その動きの中で、なんと僕は、最前列のど真ん中に躍り出ることに成功したのだ!

ステージまでほんの数メートル。視界を遮るものが一切ない中で、間近でイベントを堪能できた。イベントは撮影禁止だったので、写真でこの近さをお伝え出来ないのが残念だ。

とりあえず、間近で見た月曜日担当・乃木坂46のゆったんこと斉藤優里は、異次元の可愛さだった、とだけ書いておく。

2時間のイベントを最前列で堪能して帰路に就いた。そして、こう思った。

やっぱり、やっぱりラジオが大好きだ!

ラジオ、最近どうだい?

イギリスが生んだ伝説のロックバンド、QUEEN。QUEENが1984年に発表した曲に「RADIO GAGA」という曲がある。ベーシストのロジャー・テイラーが作詞作曲を担当した珍しい曲だ。

タイトルの通り、ラジオのことについて歌った曲だ。

歌詞の内容は次のような感じだ。

テレビが全盛の時代となり、ラジオの時代はとうに終わってしまった。

それでも、やっぱりラジオが大好きだ!

そんな歌だ。

Radio what’s new?(ラジオ、最近どうだい?)

Someone still love you(まだ君を、ラジオを愛している奴がいるんだ)

ちなみに、この「RADIO GAGA」をもじって芸名にしたのが、かの有名なLADY GAGAだ。ウソのようなホントの話。

この歌が発表された80年代、ラジオは全盛期を終え、時代の中心はテレビだった。ラジオは廃れていくけど、それでも、やっぱりラジオが大好きだ! そういう歌だ。

それから30年以上の時が流れた。今度はテレビが全盛期を終え、時代はyou tubeだ。人気の動画は世界中で再生され、いつでも好きな時に見れる。

それに比べてラジオなんて、音しか出ないし、FMは一つの地域でしか聞けないし、放送時間決まってるし。最近はradikoプレミアムやタイムフリー機能があるが、radikoプレミアムは有料だし、タイムフリーは1週間しか持たない。you tubeに比べるとだいぶ不利だ。

だが、ラジオはなくならなかった。テレビ放送が始まって半世紀近くが過ぎ、ネット動画の時代になってもラジオはなくならず、ローカル番組のイベントに数百人が集まる。

なぜだろう。

その理由は“Someone still love you”、この一言に尽きるのではないだろうか。

ラジオとリスナー

ラジオはなぜ生き残っているのか。それは、ほかのメディアにはない「リスナーとともに番組を作る」という点にあるのではないだろうか。

もちろん、テレビでも視聴者の投稿を募集することはあるし、you tubeだって視聴者のコメントなどを反映させることはできるだろう。

だが、ラジオの「まずリスナーありき」「リスナー依存度」は半端ではない。

たいていの番組が毎回テーマを決めてリスナーからメールを募集する。リスナーのメールを読んで、DJがその話を膨らませていく、というやり取りがラジオの基本だ。DJが一方的にしゃべるだけ、という番組はないわけではないが(情報番組とか)、基本は「番組がテーマを決めてメールを募集する」⇒「リスナーがメールを送る」⇒「DJがメールを読む」⇒「リスナーのメールをもとに話が膨らんでいく」というのが、ラジオ番組の基本である。

そのため、どこのラジオ番組も「リスナーがいないと、まったく番組の進行ができない」というくらいリスナーありきの放送をしている。

さらに、番組からリスナーに電話してお話をしたり、クイズを出したりすることもある。これを「逆電」という。

そして時に、リスナーの人生まで垣間見える。恋の話、家族の話、病気の話などなど。

どこかの誰かの人生とほんの一瞬つながる瞬間。これこそが、ラジオの醍醐味だろう。

ラジオと音楽

ラジオは音楽との相性がいい。そりゃそうだ。音だけのメディアなのだから。逆に、写真とか絵画との相性は最悪だ。

いろんなラジオ番組があるが、特に音楽番組は多い。

最新のヒットチャートを紹介する番組、レコードをかける番組、アニソンに特化した番組、V系に特化した番組、リクエストをかける番組、いろんなタイプの番組がある。

何がいいって、リスナーはどんな曲がかかるかわからない、ということだ。

だからこそ、好きな曲や懐かしい曲のイントロが流れるとテンションが上がる。自分でウォークマンやiPODを操作して流すのとは、全然違う。

ラジオと投稿

ラジオの醍醐味の一つが、番組に投稿することだ。もちろん、サイレンとリスナーでも十分にラジオは楽しめるが、投稿が読まれた時の喜びはひとしおだ。

ただ、これが全然読まれない(笑)。

渾身のネタが読まれず、楽しい放送なのに一人がっかりする、なんてことはよくある話だ。

だからこそ、読まれた時の喜びはひとしおだ。自分のラジオネームが読まれ(ちなみに、僕の場合、ラジオネームも「自由堂ノック」だ)、自分の送ったメールが読まれる。僕のメールをもとにDJが話をする。

いつも聞いているラジオのど真ん中にいきなり自分が放り込まれるような感覚だ。

さらに、自分のメールから話がどんどん広がったり、DJの思い出話なんかを引き出せたり、ツイッターでほかのリスナーが自分のメールに反応をしてくれたりすると、さらにうれしくなる。

特に面白いメールにはノベルティが贈られる。こうなると喜びはMAXだ。町中を走り回って「皆さん、私の投稿がラジオで読まれ、ノベルティが当たりました!」と大声で叫んで回りたい気分だ(もちろん、投稿はすれど、そんな奇行をしたことはない)。

ラジオと災害

この記事を書いている2日前、北海道を震度7の地震が襲った。

翌日のニュースで札幌に住んでいる人がインタビューに答えていて、「ラジオを聴いている」と話していた。

ラジオは、あらゆるメディアの中でも特に、災害に強い。

それは、災害が起きても放送をしている、というだけではない。

例えば、東日本大震災の時の話だ。

地震直後、テレビをつけるとどこの局も、東北を襲う津波の映像を流していた。多くの人の命を奪った痛ましい津波だ。

だが、この時僕が欲していたのは、自分がいる埼玉県は安全なのか、という情報だった。

ところが、どこのテレビも東北の津波ばかりで、埼玉で何が起きているかは全くやってくれない。どこかで火災は起きていないのか。避難したほうがいいのか、しなくていいのか、遠くの津波の話ばっかりで、自分の身の回りの情報が全くない。

そこで、ラジオをつけた。地元埼玉のFM NACK5の人気番組、小林克也の「ファンキーフライデー」だ。

そこでは、「栗橋の交差点で信号が止まっています」といった、超ローカルな情報がリスナーたちによって寄せられていた。おかげで、自分の身の回りの情報を手に入れることができた。

ラジオは投稿してから読まれる前に、放送作家によるチェックが入る。「動物園からライオンが逃げ出した!」みたいな、SNSでよく見るトンデモデマ情報はまず読まれないだろう。

ほかにも、ラジオは緊急地震速報を流してくれる。気象警報を教えてくれる。

災害に限らず、電車の遅延や運転再開まで教えてくれる。

いつもはおどけたことを言っているDJが、こういうお知らせの時はまじめな口調になるのが、ちょっとおもしろい。

そして何より、災害時に笑顔を届けることができる。

「おに魂」の最終回で読まれた、「3.11の時、福島から避難する車の中で、おに魂を聞いて3時間笑いっぱなしでした」というメールがいまだに印象に残っている。

 

ラジオ、最近はどうだい?

テレビ全盛の時代を迎え、それすら過ぎ去り、時代はyou tubeだ。

さらに、showroomやVtubeなど、新しいメディア・コンテンツが次々と生まれていく。

音しか出ないラジオなんて、時代遅れなコンテンツなのだろう。

それでも、悪いけど、どのメディアも、ラジオの楽しさには及ばない。

Someone still love you.

Someone love radio from now on.

それでも、やっぱりラジオが大好きだ!

初心者のためのラジオ用語集

ラジオをあんまり聞いたことがないよ、という人のために、初心者向けのラジオ用語集を作ってみた。さあ、ラジオを聞こう!

AM・FM

電波の違いらしいのだが、まあ、一般的にはAMが全国放送、FMが地域放送、といった感じか。

AMは広範囲、それこそ日本全国規模で届くが、音質があまりよくない、と言われている。

一方、FMはAMに比べると届く範囲が狭く、例えば関東のFMだったら関東しか聞こえない。埼玉県入間市に基地があるFM NACK5だったら、神奈川県西部はちょっと厳しい。静岡ではかなり厳しい。

だが、東京湾では意外とばっちり聞こえる。東京湾を行く船の上で、NACK5を聞いた本人が言っているのだから間違いない。

FMは範囲が狭い分音質が良いとされ、音楽番組向きだといわれている。

改変

番組のDJが変わったり、番組そのものが入れ替わる時期。1月、4月、7月、10月に改編が行われるが、特に4月と10月に集中している。

改変の1か月前くらいに、「番組の最後に大事なお知らせが……」みたいなことを言い出したら、大好きな番組の終了を覚悟したほうがいい。

たまに、「大事なお知らせが……」といって、「何年何月に放送が始まった今番組ですが……」と神妙な面持ちで切り出しておいて、「来月から放送時間が変わります!」と発表するパターンがある。「びっくりした。終わるのかと思った。あ~、よかった」という安堵感と、「おい! 番組終わるかと思っただろ! 紛らわしいことするな!」という怒りが同時に胸中に押し寄せる。

カフ

DJの手元にあるマイクのスイッチ。このスイッチを入れることを「カフを上げる」という。カフを上げ忘れると、しゃべっても声が放送に乗らず、その後もカフを上げ忘れたことでしこたまいじられる。

逆電

番組からリスナーに電話をかけ、お話をしたり、クイズやゲームを楽しむ企画。大体が番号非通知でかかってくるので、非通知拒否設定を解除しないと、番組から電話がかかってこない。

公録

公開収録の略。

サイレントリスナー

投稿をあまりしないリスナー。

周波数

電波の周波を表した数字。単位は「MHz(メガヘルツ)」。埼玉県には、周波数が79.5MHzだから、「ナックファイブ」という社名をつけたふざけたラジオ局が存在する。

ジングル

CMに入る前後に挿入される音楽。音楽にのせて番組名を言う場合が多い。

たまに、ゲストのミュージシャンがお土産に番組のジングルを作ってきたり、遅刻のお詫びにジングルを作ったりする。

聴衆率調査週間

2か月に一回、偶数の月に行われる、番組聴衆率を調査する週間。この週になると、どこもスペシャル感を出し、プレゼントが豪華になったり、特別な企画を行ったり、動画配信を行ったり、ノベルティが当たりやすくなったりする。

トークバック

ディレクターが放送中にDJに出す指示。放送ブースの外からマイクを使って指示を出し、DJはヘッドフォンやイヤホンでこの指示を聞く。そのため、トークバックが放送に乗ることはない。

ハガキ職人

番組にせっせと投稿したり、面白い投稿を連発したりする人のこと。時代は流れ、ラジオへの投稿はハガキからFAX、そしてメールが主流となったが、「メール職人」という言い方はあまりしない。

ふつおた

「ふつうのお便り」の略称。番組が募集しているテーマとは関係ない内容のメールのことを指す。番組や放送局によって名称が変わることもあるが、「ふつおた」が一般的である。ふつおたを特に集中して紹介するときは「ふつおたまつり」と呼ばれる。

radiko

インターネットを通じてFMラジオを聴くアプリ。電波による放送に比べると、数秒から30秒近く遅れる。有料プログラム「radikoプレミアム」を使うと、電波が届かない地域のFMラジオを聴くことができる。さらに、タイムフリー機能があり、聞き逃した放送も1週間以内なら再生することができる。

ここがヘンだよ旅人たち

ピースボートなんぞに乗っていると、いろんな旅人と知り合う。世界のあちこちをめぐり、旅に生き、旅を愛し、自由を謳歌する旅人たち。最高である。最高なんだけれど、どうも違和感を感じてしまう時がある。今回はそんなお話。外国に行くのがえらいんですか? 何か国も行くのがえらいんですか?


今年は旅祭に行かなかった

去年、旅祭2017に参加した。2年続けての参加である。

旅祭2017 ~最果ての地、幕張~

この時もそれなりに楽しんだのだが、一方で「祭りになじめない」という思いを切実に感じていた。その当時の記事から抜粋してみた。

さもここまで旅祭を楽しんだかのように書いたが、僕には一つの違和感が付きまとっていた。

どうも、この場になじめない。

CREEPY NUTSの『どっち』という曲がある。「ドン・キホーテにも、ヴィレッジ・バンガードにも、俺たちの居場所はなかった」という出だしで始まる曲で、ドンキをヤンキーのたまり場、ヴィレバンをオシャレな人たちのたまり場とし、サビで「やっぱね やっぱね 俺はどこにもなじめないんだってね」と連呼する。

旅祭の雰囲気はまさにこの歌に出てくる「ヴィレバン」だった。やたらとエスニックで、やたらとカラフルで、やたらとダンサブル。

突然アフリカの太鼓をたたく集団が現れたり、おしゃれな小物を売るテントがあったり、やたらとノリのいい店員さんがいたり、なぜか青空カラオケがあったり。

なんだか、「リア充の確かめ合い」を見せられている気分だ。「私たち、やっぱり旅好きのリア充だったんだね~♡ よかったね~♡」という確かめ合い。

会場で何回かピースボートで一緒だった友人たちに会い、その都度話し込んだが、彼らがいなかったら、とっくに帰っていたような気がする。

とまあ、ひがみ根性丸出しの文章を書いている。

とはいえ、締めの文章では

旅祭2017を振り返って、「来年も旅祭に行きたいか」と問われれば、答えはイエスである。

僕みたいな「旅ボッチ」は旅祭に群がる「旅パリピ」が苦手なだけであって、旅祭そのものは刺激に溢れた祭だ。

と書いているから、この時点では旅祭2018も参加する気満々だったらしい。

そうして1年が過ぎ、5月ぐらいになると「今年も旅祭やるよ!」という告知が回ってくる。

なぜ、今年の旅祭は行かなかったのか。

この5月のときに前回の旅祭を思い返してみても、「全然なじめなかった」という記憶しか出てこなかったからだ。

正直、今回、この記事を書くかどうかは悩んだ。友人の中には旅祭を楽しみにしている人や、旅祭の運営に1枚かんでいる人までいる。「なじめなかったから今年は行かない」なんて書いたら、彼らを傷つけてしまうのではないだろうか、と。

だが、僕に限らず、お祭りやイベントごとになじめない人間というのは一定数必ず存在する。それは、僕自身ピースボートに乗っているときにイベントを運営する側に回ったことで痛切に感じたことだ。

そして、「なじめない人間」というのはあまり自分から声を発することはない。そういうのが苦手な人が多い。

そのため、イベントを運営する側にしてみればそういった「なじめない人たち」は「いないもの」、「存在しないもの」として扱わざるを得ない。

なので、「なじめない!」と声を上げることも必要なんじゃないか、と思って筆を執る次第だ。

旅ボッチと旅パリピ

去年の旅祭に参加して切に思ったのは、「旅人の中には『旅ボッチ』『旅パリピ』がいる」ということである。

旅ボッチと旅パリピ

旅ボッチと旅パリピはどういうことかというと、「旅の好きなボッチ」と「旅の好きなパリピ」である。読んで字のごとくだ。

よく、ピースボートなんかもそうなのだが、旅人の話を聞くと、「世界を旅すると、世界じゅうに友達がいっぱいできます」と語る人を見る。ぼくの身近にもいた気がする。

はっきり言わしてもらうと、

そんなのは嘘だ!

それは、「旅パリピ」に限った話である。

日本で友達が作れない奴が、旅先で、言葉も文化も宗教も違う奴と友達になれるわけがない。

私がその証明だ(笑)。

 

旅パリピというのは、テンションが高く、声がデカい。

その結果、常に注目を集め、いかにも旅パリピが多数派であるかのような錯覚を周囲に引き起こす。

 

確かに、誰かと行く旅は楽しい。

だが、それが旅のすべてではない。

時には、一人の方が気楽で楽しい。そんな旅だってある。

僕の実感では、やっぱり旅祭は旅パリピを対象にしたイベントであって、旅ボッチにはどうにも居心地が悪い。

いや、もしかしたら日本の「旅業界」全体が、旅パリピ向けなのかもしれない。

それは単にJTBみたいな「旅行業界」だけではない。例えば本屋やこじゃれたカフェにある「旅の本」なんかを見ると、大体カラフルな写真が並び、「絶景」というワードが入っている。

これは旅パリピ向けである。旅ボッチにとってはこういうのはちょっと手を伸ばしにくい。

今のところ、旅ボッチ向けの、白黒写真の「旅の本」はまだ見たことがない。

不思議である。旅パリピは大体口をそろえてこう言う。「世界を回るといろんな価値観に触れ、世界観が広がります。多様性が大事なんです」

ところが、現状「旅人業界」は旅パリピのことしか見ていない。旅パリピは自分たちの価値観が旅人代表であるかのように語り、旅ボッチのことは存在すら知らないらしい。

何が「世界観が広がる」だ。多様性が大事だというのなら、もっと旅ボッチの存在に目を向けるべきである。

ここがヘンだよ旅人たち① 旅人はフレンドリーじゃなきゃいけない?

旅パリピはよく「旅に出ると世界中に友達ができる」と口にする。

それは、旅パリピだけの話だ。

また、旅祭のようなイベントに行くと、顔見知りでも何でもないのにやたらフレンドリーに話しかけてくる関係者の人がいる。

なんだろう。「旅人はみなフレンドリーである。いや、フレンドリーでなければいけない」という不文律でもあるのだろうか。

旅ボッチの視点から言えば、知らない人がなれなれしく話しかけてくるのは、

迷惑である。なるべくやめていただきたい。

断言しよう。別に現地の人と話さなくても、旅は楽しい。旅人はフレンドリーでなければいけない、なんてことはない。

むしろ、人と接触しすぎるとかえってトラブルに巻き込まれる可能性だってある。

ここがヘンだよ旅人たち② みんな高橋歩が好きなのか?

旅好きで高橋歩の名前を知らない人はいないだろう。世界のあちこちを放浪し、若者たちに強く訴えかけるメッセージを発し続ける、旅人のカリスマである。僕の周りにも高橋歩が大好き、影響を受けた、尊敬している、そんな人が多い気がする。

僕自身も旅祭で何度か高橋歩を見ている。「おもろいおっさん」というイメージで、決して嫌いなわけではない。

だが、これだけは言わしてほしい。

全ての旅好きが、高橋歩の著書を後生大事に読んでいる、というわけではないことを。

高橋歩が苦手な旅人だっている、ということを。

どの辺が苦手なのかというと、「距離感が近すぎる」という点である。

旅パリピにとってはそこが魅力に映るのかもしれない。本を読んでいると、まるですぐそばで励ましてくれているような気がする、と。

ところが、同じ本でも旅ボッチが読むと、「距離が近い近い近い近い! 無理無理無理無理! 離れて離れて!」と感じてしまう。あの距離感が苦手なのだ。

だから、僕の本棚には、高橋歩と仲の良い四角大輔さんの本はいっぱいあるのだけれど、高橋歩の本は一冊もない。

ところが、旅人仲間の中では「高橋歩大好き!」「歩さんマジ神!」といった人が結構多い。

そしてそういう人たちはどういうわけか、「ノックも旅が好きなら、当然、高橋歩好きだよね⁉」という前提で話しかけてくることがある。

旅が好きなら当然、高橋歩も好き。

決して、そんなことはない。

そんなことはないんだけれど、話の腰を折るのが嫌で、「いや、俺、あんまり高橋歩好きじゃない」とかいうとなんか相手の尊厳を傷つけてしまう気がして、「ああ、うん……」と適当に話をごまかす。実際に著書に目を通したことはあるけど、それで感動したことは一度もない。だって、距離感が近すぎるんだもん。

多様性が大事だというのであれば、「誰だって本の好き嫌いぐらいある」ということも理解するべきだ。

ここがヘンだよ旅人たち③ 遠くへ行くほうがえらいのか?

この夏、南関東を制覇してきた。

静岡では伊豆に行き、天城山を歩いてきた。

神奈川では鎌倉に行った。帰りにちょこっとだけ横浜に立ち寄った。

東京では高尾山に登った。葛西臨海公園で海も見た。

埼玉では飯能に行き、アニメ『ヤマノススメ』の聖地を巡ってきた。

千葉では館山に行き、海のそばでバーベキューをした。帰りには海ほたるにも立ち寄った。

東京湾に浮かぶ海ほたるまで行ったのだから、「南関東完全制覇」を宣言しても差し支えないのではないか。

そして、思う。

旅をするのに、別に何も「遠くでなければいけない」ということはないんだな、と。

伊豆で見たのどかな田園風景、高尾山から見下ろす東京の街並み、館山の海岸、価値観を揺さぶるには十分だ。

だが、ピースボートなんぞに乗っていると、どうも、「より遠くに行くことが正義」という風潮があるように感じてしまう。

旅祭に関しても、「世界」にばかり目が行って、すぐ足元の「日本」の旅にあまり目を向けていない気がする。

だが、昔の人はいい言葉を残した。「灯台下暗し」。世界ばかり見ていないで、自分の足元にも目を向けるべきだ、ということだ。

大体、近所の景色のすばらしさに気づけないやつが、世界を旅したところで得るものなんて大してない。

ここがヘンだよ旅人たち④ 何か国も行くやつがえらいのか

旅祭2017に参加したとき、こんなイベントがあった。

100か国以上を巡った人たちが、ステージに上がってお話します、というものだった。その時、こう思った。

……何か国も行くやつがえらいのか?

そもそも、行った国の数を自慢している時点で、アウトなのではないだろうか、と。何かを学んだとはちょっと思えない。

プロフィールにはなるべく数字を入れないほうがいい。数字が語るのはその人の自尊心の強さだ。入れていい数字は生年月日ともう一個何かぐらい。だから僕はプロフィールに入れる数字は「地球一周」のみと決めている。これ以上数字を入れてしまうと、ただの自尊心の強い人になってしまうからだ。

そもそも、僕の感覚では世界を10か国ほど旅すれば、そこから先は何か国旅してもそんなに変わらない、と思っている。10か国行っても、20か国行っても、50か国行っても、100か国行っても、300か国行っても、そこまで価値観とか経験値の差は出ないと思っている(ちなみに、世界に300も国はありません)。

量ではない。大事なのは質だ。

僕が尊敬してやまない人物に民俗学者の宮本常一がいる。宮本常一は日本の各地をつぶさに歩いて回ったが、海外に行ったことはあまりなく、初めての海外旅行は還暦を過ぎてからだといわれている。

たぶん、行った国の数だけを比べたら、僕のほうが宮本常一の4倍の数、国を訪れている。さらに、宮本常一は東アフリカと東アジアにしか行っていない。地域にも大きな偏りがある。

じゃあ、僕のほうが宮本常一よりも、行った国の数が多い分見識が深いのかというと、断じてそんなことはない。「僕のほうが4倍多くの国を訪れているから、4倍見識が深い」なんて言ったら、全宮本常一ファンにぼこぼこにされるだろう。ちなみに、その「全宮本常一ファン」の中には当然僕本人もいる。自分で自分をぼこぼこににしたいくらいの、分不相応な問題発言である。

量より質なのだ。「100か国以上旅した」という旅人を46人くらい集めても、ほぼ日本1か国だけを旅し続けた宮本常一1人の見識の深さにはかなわないと思う。

ここがヘンだよ旅人たち

「世界を回ると、様々な価値観に触れ、世界観が広がります。多様性が大事なんです」

旅人は口をそろえてこう言う。

だが、その実態は旅ボッチの存在に目を向けることなく、自分の好きな本はみんな好きだろうと勝手に思い込み、世界ばかりに目を向け日本を、近所を旅する楽しさを知らず、行った国の数を自慢する。

要は、ほとんど何も学んでいないに近い人が多い。

人の価値は何を経験したかでは決まらない。その経験から何を学んだか、どれだけの経験値を得たかで決まる。

どこを旅したとか、何か国行ったとか、地球何周したとか、そんなことはどうでもいい。そこから何を学んだかである。

「地球一周した」とか「100か国以上行った」とかいうと、たいてい「へぇ~、すご~い!」といわれる。

勘違いしてはいけないのが、この場合すごいのは「経験」そのものであって、「経験した本人」がすごいのではない。

もっと言えば、「それだけすごい経験をしているのだから、お前がどんなに馬鹿でも、何かしらのことを学んでいるよね?」という期待値が込められた「へぇ~、すご~い!」である。

何を経験したかではない。そこから何を学んだか、それが人間の、旅人の価値を決めるのだ。

小説 あしたてんきになぁれ 第17話「ガトーショコラのち遺影」

前回、たまきは16歳の誕生日を祝ってもらい、人生で一番楽しい誕生日となった……。

で終わらないところが「あしなれ」である。その誕生日パーティの写真が破かれてしまうという事件が発生する。果たして、犯人は誰?

「あしなれ」第17話スタート!


小説 あしたてんきになぁれ 第16話「公衆電話、ところによりギター」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


「誕生日の写真? 写真だったら、このまえ渡したじゃねえか」

舞は振り返りざまにそう言った。

「ええ……、まあ……、そうなんですけど……」

志保は少し申し訳なさそうにはにかむ。

十月二十一日に行われたたまきの誕生日パーティ。その時の写真は舞のカメラで撮影し、そのデータは舞のパソコンに入っている。パーティーの翌日、舞はプリントアウトした写真を「城」に持っていったはずだった。

志保が再びその写真をプリントしてくれないかと頼みに来たのは、十一月に入ってからだ。志保は買ったばかりのベージュのコートと赤いマフラーに身を包んでいた。冬着に身を包むと、志保の細い手足も隠れ、健康そうに見える。

「パーティの次の日に渡した写真の画像しかないぞ? 同じ写真が欲しいのか?」

「……はい」

「前の写真はどうした」

またしても、志保はごまかすように笑う。しかし、そんなはにかみでごまかされる舞ではない。

「別に、お前らを監視したいわけじゃないんだけどさ……」

舞はエンターキーを勢いよくはじくと、パソコンの置かれたデスクから立ち上がった。仕事途中なので、今日はメガネをかけている。

「お前らがあの『シロ』ってキャバクラに勝手に住み着いていることを黙認している身としては、些細なトラブルでも把握しておきたいんだよ。わかるか?」

「……はい」

「一応聞いておくけど、……クスリがらみじゃねぇよな」

「それは違います」

志保はきっぱりと否定する。それを聞いて舞は安心したように微笑んだ。

「別に怒りゃしねぇから。言ってみな」

 

 

十月下旬 今から二週間ほど前

写真はイメージです

「シゴト」から帰った亜美が「城(キャッスル)」へ戻ると、たまきが一人でいた。志保は施設の集会に向かったらしい。

たまきはソファの上に寝転がりながら、本を読んでいた。誕生日プレゼントにもらったゴッホの本である。

雑誌ていどのサイズの本にゴッホの絵が掲載されている。

十六才になって最初の一週間を、たまきはこの本を繰り返し読むことで費やしていた。

見れば見るほど、ゴッホという画家は面白い。そして、知れば知るほど、なんだか自分と重なる。たまきはそんな気がしている。

驚くべきことに、ゴッホはたまきと同じで中学校を途中でやめている。そして美術商の会社に就職する十六歳までの間、何もしていない。たまきと同じように、部屋でごろごろしていたのだろうか。

その後、美術商の会社に勤めるが、7年後にクビになる。その後は父親と同じキリスト教の聖職者になるが、これまたクビになる。そうして本格的に絵を描き始めたのが27歳のころだった。

この頃のゴッホの絵は何というか、暗い。黒を使うことが多く、絵はどこかくすんでいる。こういったところも、たまきはなんだか他人の気がしない。

その後、ゴッホは故郷オランダを離れ、パリへと移る。そこで出会ったのが印象派と浮世絵だった。

特に、印象派の影響が強く、この頃、画風ががらりと変わる。青や白といった色が増え、画風が急に明るくなる。明らかに印象派の影響だろう。

もう一つ、ゴッホに影響を与えたものがある。浮世絵だ。浮世絵を通して日本に強い憧れを抱いたゴッホは、アルルという街に日本の面影を求めて移住する。アルルのどの辺が日本っぽいのかはわからない。移住の理由はそれだけではなく、どうもゴッホは都会になじめなかったらしい。

アルルに移住したゴッホの絵は、今度は黄色くなる。有名なひまわりの連作もこの頃にかかれたものだ。住んでいた家も「黄色い家」というらしい。

だが、同居人のゴーギャンとはケンカ別れをし、自分の耳を切り落とし、挙句の果てにアルルから追い出されるように精神病棟に強制入院となる。退院後もアルルに居場所はなく、サン=レミの療養院へと入院することになった。

療養院に移ってからのゴッホの絵は青くなる。一方、彼は死に魅入られたかのように発作を繰り返す。

そして退院からわずか二か月後にピストル自殺をするのだった。

死ぬ間際の作品として有名なのが「烏の群飛ぶ麦畑」だ。

麦畑の上を無数のカラスがはばたく。空は青空にもみえるし、漆黒の夜空にもみえる。黒、青、黄色、ゴッホが特にこだわってきた色が使われている。

カラスはまるでアルファベットの「M」の字のような形をしている。「線」と言い換えてもい。こんなの、美術の時間に描いたら「ふざけるな」と怒られてしまうだろう。ゴッホの絵は生前は1枚しか売れなかったというから、当時もふざけてると思われていたのかもしれない。

それでも、不思議とカラスにしか見えない。畑も正直な話、子供が黄色い絵の具をこすり付けただけのようにしか見えないが、それでも不思議と麦畑に見える。耳を澄ませば風になびく麦のざわめきの中に、カァカァというカラスの鳴き声が聞こえてきそうだ。仙人の言っていた「直感でやっているのか計算してやっているのかわからない」というのはこういうことを指していたんだろう。

そして、この絵は「極度の孤独」を表現したものらしい。麦畑とカラスのどの辺が孤独なのかよくわからないが、それでも、確かにこの絵からは孤独とか絶望とか死とか、そういったものが伝わってくる。

なんだかどこかでこの絵を見たことがある。そう思ってたまきは眺めていたが、一週間眺めてやっとわかった。

たまきが初めてこの太田ビルに来て亜美と会った日、雨にもかかわらず傘も差さずに歩いてたためメガネのレンズはぬれ、視界はぐにゃぐにゃに曲がっていた。そうだ、あの時に似ているのだ。

最近もどこかで見たと思ったら、「東京大収穫祭」の時に一人ベンチに座って泣いていた時に舞が目の前に立っていた、あの時に似ている。メガネをはずしていたうえ、目はなみだで滲んでいた、あの時に見た景色に。

死ぬ間際のゴッホには世界がこんな風に見えていたのか。ゴッホも泣いていたのかな。

ゴッホという画家はその絵1枚1枚もさることながら、時系列順にその絵を並べてみることで彼の人生そのものを表現している、「ゴッホ」という一つの作品らしい。

死にたがりなところとかどことなく自分に似ている。たまきはゴッホに親近感を沸くと同時に、自分とは違うところもいくつか見つけていた。

ゴッホもコミュニケーションが苦手だったらしいが、たまきのように喋らないのではなく、むしろすぐに人と口論になって嫌われてしまうタイプだったらしい。ゴッホが残した手紙にも、そんな自分に対して自分で嫌気がさしているかのような言葉が目立つ。

それでいて、ゴッホは自画像を多く描いた。

自分が嫌いでしょうがないたまきは自画像なんて描きたいと思わない。ゴッホは実は自分が好きだったのだろうか。

それとも、自分を好きになりたくて自画像を描いていたのだろうか。

たまきはのそりと起き上がると、厨房の方へと移動した。厨房の手前はちょっとしたカウンターになっていて、そこに安っぽい写真立てに収まった、誕生日の日の写真が飾られている。

写っているのは5人。後列は右からミチ、亜美、志保、舞。みな笑顔だ。

写真の中央、4人より少し前にたまきは座っていた。満面の笑み、とまでは行かなかったが、十分笑顔だった。

もし私が……、ふとそんなことを考えたとき、亜美が口を開いた。もちろん、写真の中の亜美ではなく、すぐそばにいる実物のほうの亜美だ。

「誕生日プレゼントを気に行ってもらえたのは嬉しいんだけどさ」

亜美は半ばあきれたように言う。

「お前、ずっとそれ読んで一歩も外出てないだろ」

「……お風呂と洗濯に行きました」

「それだけだろ。とにかく、ここ一週間ほとんど外出してないじゃないか」

と、声を張り上げた。

「そうですね」

「どっか行って遊んできなさい!」

先週もそんな風に言われた気がする。

「おそとに出るのがえらいんですか?」

「……べつにえらかねぇけどさ」

亜美はまだ何か言い足りなさそうにたまきを見ていたが、やがて、ふうっと息を吐くと、あきらめたかのようにたまきの頭を軽く、ポンポンと叩いた。

「ま、無理に外に出して、車道に飛びこんで死なれてもアレだからな」

「……アレってなんですか?」

「……アレはアレだよ」

たまきは怪訝そうに亜美を見上げていたが、やがてぽつりと、

「亜美さんは……、私が死んだら悲しいですか?」

と言った。

「は? そりゃ、カナシイに決まってるだろ。何か月一緒にいると思ってんだ」

「そうですか」

たまきは、亜美ではなく写真立ての方を見ながら、そう返事した。

 

 

十一月上旬 今から一週間ほど前

写真はイメージです

たまきの約十日ぶりの本格的な外出は、駅前の喫茶店に行くことだった。

志保が最近よく足を運ぶ喫茶店があるらしく、そこに行こうと誘われたのだ。

亜美もたまきも最初は断った。亜美は

「喫茶店ってジジイがコーヒー入れてババアがケーキ運んで、おばさんがベチャクチャしゃべりながら飲むところだろ?」

と随分凝り固まったイメージを喫茶店に持っているらしく、行くのを渋った。たまきはたまきで

「お茶なら下のコンビニで買えます……」

とだけ言ってそのまま昼寝しようとしたが、志保が

「友達連れてくって約束しちゃったの!」

と懇願したのだ。

最初にじゃあ行きますと言ったのはたまきの方だった。これまで友達らしい友達がいなかったから、「友達」という言葉を出されると、どうもむげに断れない。

たまきが行くというのを聞いて、だったらウチもと亜美が言い出して、三人で行くことになった。

十一月に入ったばかりの東京の町は、まだ午後二時だというのに空っ風が吹いて寒い。

これからどんどん寒くなっていくのだろう。あと2カ月もすれば、クリスマスに大晦日、お正月と世間が浮かれる1週間がやってくる。

それまで生きてられるかな、と漠然とたまきは考える。

歓楽街を出て大通りを渡ると、駅へと続く大きな歩道だ。色とりどりの看板が、客が来るのを首を長くして待っている。

足音。話し声。車の音。何かの音楽。

この町はシブヤと違って、たまきはあまり場違いな感じがしない。何が違うのかと考えてみたが、4カ月この町にいる、ということしか思い浮かばなかった。

「志保さ、一個聞きたいんだけど」

「なに?」

志保が振り返って、後ろを歩く亜美に返事をした。

「友達連れてくって約束したって言ってたじゃん」

「うん」

「誰と?」

志保の時間が一瞬止まった、ような気がした。

「だ、誰とって?」

「誰とそんな約束したんだよ」

「え……店員さんだけ……ど」

志保は亜美を見ることなく答えた。

「喫茶店の店員とそんな約束するか、フツー?」

「でも、施設行くときとか帰りにいつも寄ってるから、仲良くなっちゃって」

そう答える志保の後姿を、たまきはぼんやりと眺めていた。

喫茶店の店員と仲良くなれるだなんて、たまきには想像がつかない。いったいどうやったらそんなことができるのだろう。

仙人はいろいろとたまきに言ってくれたが、やっぱり志保は「あっち側」の人なんだ、そうあらためて思う。

「いつから通ってんの?」

亜美は振り返らない志保の背中越しに問いかけた。

「え~っと……、8月の半ばくらいかな……」

これは嘘である。本当は店に初めて行ったのは10月の頭、大収穫祭の翌朝である。

おそらくそのことを正直に言ったら亜美は「1か月で喫茶店の店員とそんな仲良くなれんの?」と聞き返してくるだろう。そう考えたら、とっさに嘘をついていた。

「亜美ちゃんってさ……」

志保は振り返ってそう言いかけたが、

「ごめん。やっぱ、なんでもない」

と言って再び前を向いた。

「なんだよ。気になるな。言えよ」

「なんでもないって。あ、ここ、左だから」

志保は袖でそっと額の汗を拭く。「亜美ちゃんってさ、おバカなのに、勘がいいよね」なんて失礼なセリフ、言えるわけがない。

 

写真はイメージです

「シャンゼリゼ」というおしゃれな店名から連想することは人それぞれ違う。

志保は、この看板を見るたびにレコードの時代のおしゃれな音楽が頭の中に流れだす。

一方たまきは、ゴッホもパリにいたころシャンゼリゼ通りを歩いたのかな、なんてことを考える。ゴッホがパリにいたのは確か、絵が青と白だったころだ。

亜美は「シャンゼリゼ」という看板を見たら、カップルのうちの男の方が壁にかけられた変な顔の彫刻の口に手を突っ込む、白黒の映画のシーンが頭に浮かぶ。ちなみに、その映画の舞台がパリではなくローマ、フランスではなくイタリアであることを亜美は知らない。

「シャンゼリゼ」の店内はなんだかレトロな蒸気機関車の座席みたいだ。とはいえ、三人のうちだれも機関車に乗ったことなんてないのだけれど。

「なんだか、ウチの知ってる喫茶店と違うなぁ」

亜美がはきょろきょろと店の中を見渡していたが、やがて興味を失った亀のように首をひっこめた。一方、たまきはふだんの猫背をさらにねこのしっぽのように丸めている。

店内はスーツを着たサラリーマンや、学生らしき若い男女で込み合っていた。曲名も知らないクラシック音楽の上に、食器の音や話し声が、ベートーヴェンの音楽のように流れていく。

「いらっしゃい、志保ちゃん」

ウェイターの青年が水の入ったコップを持って、三人のテーブルにやってきた。長身だがこれといった特徴のない顔をしている。どちらかというと、パーマのかかったもじゃもじゃの髪の方が印象に残る。胸には「田代」と書かれた名札がついている。

田代を見て、志保の顔に笑顔がこぼれる。

「田代さん、こんにちわ」

「……この子たちがこの前言ってた友達?」

「そうそう。こっちが亜美ちゃんで、その隣がたまきちゃん」

「どうも」

亜美が軽くあいさつし、たまきも無言で頭を下げる。

「なんか、二人とも、志保ちゃんと雰囲気ちがうね」

「よく言われる」

志保が笑いながら返す。

「どういう知り合い? 学校?」

「……そうじゃなくて、家が近いんだよね?」

志保は亜美とたまきの方を向く。たまきはどう話を合わせればいいのかわからなかったが、亜美は

「そうそう、家が近くて、昔からよくつるんでんの」

と話を合わせる。

「じゃ、オーダー決まったらまた呼んで」

そういうと田代は厨房の方へと向かって行った。

「なに飲む? あたしはもう決まってるから」

志保はメニュー表を広げて、亜美とたまきの方に渡した。

「酒とかないの?」

「ないよ」

「だろうな」

そう言いながら亜美はメニュー表を覗き込む。

「お、このナポリタンうまそうじゃん」

「え? 食べるの?」

「なんだよ。悪いかよ」

亜美が怪訝な顔をして聞き返す。

「だって、お昼、食べたじゃん」

志保も怪訝な顔をする。

「食えるって、これくらい。飲み物は……コーヒーでいいや」

「たまきちゃんは飲み物どうする?」

「え?」

たまきは戸惑った。飲み物ならすでにお水があるじゃないか。

もしかして、こういった店はたまきの知らない不文律があって、「お水は飲み物のうちに入らない」とか、「お水以外の飲み物を頼まなければいけない」とか、たまきにはわからないルールがあるのかもしれない。

たまきは無言で「リンゴジュース」と書かれた文字を指さした。

「ジュースだけ? ケーキとかは頼む?」

「おい、ナポリタン、食うか?」

二人の問いかけに、たまきは無言で首を横に振った。

「田代さぁん、注文お願いします」

志保の呼びかけに田代がやってくる。

「ミルクティーとガトーショコラとモンブラン」

「うん、いつものやつね」

「それからナポリタンとコーヒーとリンゴジュース」

「ハイ、かしこまりました」

田代は伝票にメニューを記入すると、再び厨房の方へと向かった。ミチがバイトしているラーメン屋のように、大声で注文を叫んだりはしない。

「お前、ケーキ二つも食うのかよ」

「ナポリタン注文した人に言われたくない」

志保は少しむっとしたように答えた。そして、壁の張り紙に目をやった。

そこには「バイト募集」と書かれていた。「女性大歓迎」とも書いてある。そういえば、この店には若い女性の店員がいない。

「今度、この店の面接受けようと思うんだ」

「面接ってバイトの?」

「うん」

志保は張り紙を見ながら答えた。

「いつまでも亜美ちゃんの……稼ぎにお世話になるわけにもいかないじゃない。この前のイベントも無事こなせたし、あたしもバイトしようかなって。まあ、先生に相談してみてだけど」

「ふうん」

亜美は厨房の方に目をやる。

ほどなくして、ナポリタン以外の注文の品が運ばれてきた。ナポリタンはやはり少し時間がかかるようだ。

志保の持つ銀のフォークが黒みを帯びたガトーショコラの中に沈みゆく。濃厚なチョコの香りが志保の鼻孔を刺激する。

「最近はどんな本読んでるの?」

田代は志保のわきに立つと、トレイを片手に話しかけた。

「これ読んでます」

志保はカバンから文庫本を出した。

「ああ、映画になったやつね。見たよ」

「原作読みました?」

「いや、原作はまだ……」

「読んだ方がいいですよ。ヒロインの細かい感情表現がとてもきれいなんです。あ、読み終わったら貸しましょうか?」

そんな話をしているうちにナポリタンが出来上がった。

 

たまきにはわからない。ごく普通のリンゴジュースである。コンビニや自販機で買えるものとそんなに違わない。いや、むしろ自販機のリンゴジュースの方がたまきの舌にあっている気がする。

店内を見渡すと、コーヒーや紅茶だけを注文している客もちらほらいる。

そんなの、わざわざこんなお店に来て飲まなくても、その辺で買って、帰ってゆっくり飲めばいいじゃないか。

それとも、すぐに帰りたがるたまきの方がおかしいのか。亜美が「どっか言って遊んできなさい!」というように、お外へ出たがる方が普通のなのかも。

そんなことを考えていたら、ナポリタンを食べ終わった亜美が口を開いた。

「志保、ウチら、さき帰るから」

亜美も帰りたがることがあるんだなぁと、ぼんやりと亜美のコーヒーカップをのぞきながらたまきは思う。カップにはまだ3分の1ほどコーヒーが残されていた。

あれ? 「ウチら」?

「ほら、たまき、帰るぞ」

そう言って、亜美はたまきの肩をたたく。

「あれ? 帰るの? だったらあたしも」

そう言って志保は立ち上がろうとしたが、

「いや、お前は残ってていいよ。もう一杯紅茶飲んだらどうだ?」

そういうと再びたまきの肩をたたく。

「ほら、たまき」

たまきは何が何だかわからない。

「え……帰るんですか?」

「なに、お前、残ってたいの?」

「いえ……」

帰りたいか帰りたくないかと聞かれれば、帰りたい。

志保は何かを怪しむように亜美を見る。心なしか、顔が紅潮している。

「亜美ちゃんってさ……」

「ん?」

「なんでもない! じゃあ、お言葉に甘えてもう一杯もらおうかな」

「あ、たてかえといて。あとで払うから」

そういうと、亜美はたまきの手をグイッと引っ張って店を出た。たまきも、なんだか無理やり散歩させられてる子犬のような足取りで外へ出る。

 

写真はイメージです

「フツーの味だったな」

亜美が口の周りのトマトソースをなめながら言う。すれ違うトラックのエンジン音が響く。

「……リンゴジュースも普通の味でした」

たまきが亜美の後ろをとぼとぼとついてくる。歩くたびに雑踏の中で黒いニット帽が揺れる。

「あれだったら別に、わざわざ行かなくてもよかったなぁって……。志保さん、なんでわざわざ通ってるのかなって……」

おしゃれ女子の考えていることはわからない。

「ま、そういうことだろ」

亜美は振り返ってにやりと笑う。

「紅茶なんてどこで飲んでも一緒だし、ケーキなんてもっとうまい店この辺だったらいっぱいあるだろ。それでも志保はあの店に通う。そういうことだよ」

「……どういうことなんですか?」

たまきはけげんな顔をして亜美を見つめた。

「いや、あの二人、デキてるだろ」

「……あの二人って?」

「志保とあの店員だよ」

「できてるって何が……?」

しばらくたまきは考えたが、そういうのに疎いたまきでも、流石にわかってきた。

「え? え?」

「まあ、お互い意識している段階っていうのが60パー、もう付き合ってるっていうのが20パー、まあ、どっちかは確実に意識してんだろ」

「なんで? なんでわかるんですか?」

珍しく食いついてくるたまきに気をよくしたのか、亜美は名探偵よろしく語り始める。

「フツーさ、喫茶店の店員と仲良くなるか? どっちかが意識して声かけたか、そうじゃなかったら、実は別の場所で知り合って、ていうのもあるな」

「でも、志保さん、施設行くときはいつもあの店寄るって言ってたから、それで仲良くなったのかも……」

「施設っつったって、毎日行ってるわけじゃねぇだろ。週に2回か3回だろ。それも、あいつの話がホントなら2か月ちょっと通ってるわけだけど、それでも仲良くなるかよ。結構混んでるぜ、あの店」

「確かに……」

「そもそも、志保の話もどこまでほんとかわかんねぇしな」

「え?」

たまきがまたまた驚いたように目を見開く。

「店に行く前にウチが質問したとき、明らかにキョドってたよ、あいつ。どの辺がウソなのかまではわかんねぇけどさ。とにかく、あいつには隠しておきたい何かがある。でもさ、そこにウチラ連れてくんだから、別に後ろめたいことしてるわけじゃねぇ」

「はぁ」

たまきは話についていくのに精いっぱいだ。

「そういうのは大抵オトコがらみだよ。あいつ、読んでる本を店員に見せてただろ。自分はこういうの読んでるって知ってもらいたいんだよ。ウチらが連れてかれたのもその延長。こういう友達がいます~って知ってもらうことで、志保について知ってもらいたいってことよ。だからウチラを連れて行った。でも、恥ずかしいからウチラにほんとのことは言わない。そんでもって、バイトしようかな~、だろ? 客としてじゃ満足できねぇってことよ」

「じゃあ、志保さんは、あの店員さんが……、その……、好きなんですか?」

「たぶんな。そんなはっきり意識してはねぇかもだけどな。そうか、あいつ、ああいうヤサオがタイプか」

「ヤサオ」の意味がたまきにはわからなかった。「野菜みたいな男」という意味だろうか。そういえば、あの店員のもじゃもじゃした髪は、どことなくキャベツっぽい。

それにしても、全然気づかなかった。自分の鈍感さにたまきはショックを通り越して半ばあきれてしまった。

「亜美さんって、おバカだけど、そういうとこ鋭いですよね……」

その言葉に亜美は足を止めた。呆れたように笑っている。

「お前、けっこう、失礼なこと言うな」

「え? ごめんなさい。褒めてるつもりなんですけど……」

「いや、『おバカだけど』は褒めてねーよ」

「でも、私、そういうの全然気づかなかったから、亜美さんすごいなぁって……」

「いや、だから、『おバカだけど』は余計だって。まあ、否定はしねぇけどさ」

そう言いつつも、亜美は笑顔だった。

 

 

十一月中旬 志保が舞の家を訪れる前日

写真はイメージです

志保が「城」で暮らすようになって気づけば4カ月がたっていた。

だいぶ慣れてきたな、志保は自分でもそう感じる。最初こそは異様に距離感の近い同居人と、全然しゃべらない同居人に戸惑うこともあったが、4か月一緒にいると、どう扱えばいいのかもなんとなくわかってくる。

ただ、ビルの5階にある、というのはいつまでたっても慣れない。毎回、階段を上ると息が切れてしまう。

やっぱり体力が落ちてるんだな。骨が浮き出るかのように細い自分の手を見つめながら志保は息を飲み込んだ。

それでも何とか登りきり、ドアの前で呼吸を整える。ビルの影に沈む直前の西日が志保の髪を照らす。

息が整い、志保は「城」へと入った。

「ただいまぁ」

特に返事はない。電気もついていない。

ただ、ドアが開いていたからには、誰かしらいるはずだ。

志保は電気をつけて、奥へと進んでいく。

ソファの上に、黄色い毛布にくるまったたまきがいた。もっとも、頭を向こうに向けているので顔までは見えないが、黒髪と、テーブルの上に置かれたメガネからして、たまきと見て間違いない。

「ただいまぁ」

ともう一度言ってみた。

「……おかえりです」

たまきがか細い声で答える。もしかしたら、さっきも返事をしていて、単に聞き取れなかっただけかもしれない。

「どうしたの。元気ないね」

たまきに向かって何回このセリフを言ったことか。志保にとっては英語で言うところの”How are you?”に相当するあいさつの定型句だ。

「……別に」

これまた、たまきにとってはお決まりの返事である。

だが、心なしかいつもよりも元気がないような気がする。

志保は、カバンをソファの上に置いた。片手には下のコンビニで買った履歴書を持っていて、厨房の手前のカウンターに置こうとする。

履歴書がカウンターに置かれたのと、志保が写真の異変に気づいたのはほぼ同時だった。

先月行われたたまきの誕生日会の写真。たまきたち5人が笑顔で写った写真。

その写真が引き裂かれていた。中央にいるたまきの顔は、真っ二つに裂けている。

「なにこれ?」

志保は息をのみ、目を見開いた。

写真を手に取った志保は、下腹部から何か熱いものが湧きあがってくるのを感じていた。その一方で、手先は熱を失ったかのように震えている。

写真たてに入っていた写真が、勝手に破けるはずがない。誰かが取り出して破かなかったらこんなことにはならない。

たまきがいつもより元気がない理由も、おそらくこれだろう。誰が一体、こんなひどいことを。そして、なんのために。

志保は厨房に入ると、水道水をコップに入れ、一気に飲み干した。

そのタイミングで、再びドアが開く。

「たっだいま~」

亜美ののんきな声が「城」の中にひびた。

「……亜美ちゃん」

志保はいつもよりも低い声を発した。

「これなに?」

志保は二つに裂けてしまった写真を亜美の目の前に付きだす。

亜美はしばらくその写真を見つめていたが、突如、

「はぁ!?」

と声を張り上げた。

「これ、たまきの誕生日会の時の写真だろ? なんで破けてんだよ。たまきのところ、真っ二つじゃねぇか。誰だよ、こんなひどいことするの。たまきがカワイソウじゃんか」

「……白々しい」

志保が、泥棒でも見るかのように亜美をにらむ。

「亜美ちゃんがやったんじゃないの?」

「はぁ!?」

亜美は、さっきよりも語気を強めた。一方、志保は亜美を睨んだままだ。

「イミわかんない。何でウチが写真破かなきゃいけねぇんだよ?」

「たまきちゃんばっかり注目されて、自分が主役じゃなかったのが面白くなかったんでしょ!?」

志保は糾弾するように亜美に詰め寄った。

「は? たまきの誕生日だったんだから、たまきが主役になるのは当たり前だろ? ウチが嫉妬? ばかばかしい。証拠あんのかよ、証拠!」

亜美は、写真をカウンターの上に乱暴に叩きつけると、尋問のように志保を睨みつけた。叩きつけたときの音が「城」の中で反響する。

「だって、あたしじゃないもん。そしたら、亜美ちゃんしかいないでしょ。誕生日の写真、こんなことされて、たまきちゃんがかわいそうだよ! たまきちゃんに謝りなよ!」

「なんだよその理屈。自分じゃないからうちが犯人だって、お前が犯人じゃないって証拠あんのかよ?」

「証拠はないけど……、でも、あたしには動機もないもん。たまきちゃんの写真にあんなことする動機ないもん」

「ハッ、どうだか。隠れてクスリやって、ラリって破いたんじゃないの?」

その言葉に、志保が目を大きく見開いた。少し充血気味だ。

「訂正して、亜美ちゃん」

明らかに言葉に怒りがこもている。

「あたしは7月にみんなに迷惑をかけた一件以来、クスリ一回もやってない! 正直、使っちゃえば楽になるかなって思った日もあった。でも、一回もやってない! 訂正して!」

志保は亜美に詰め寄ると、亜美の肩を強くつかんだ。

「触んじゃねぇよ!」

亜美は志保の手を勢いよく払いのける。

「訂正すんのはてめぇだろ? 何でウチが疑われてんだよ! 濡れ衣もいいとこだろ。ウチが今まで、誰かの写真破ったことあるかよ。てめぇ、前にクスリやって財布盗んでる前科者だろうがよ! てめぇの方こそ、よっぽど怪しいじゃねぇかよ!」

亜美は、志保の肩に手を当て、突き飛ばした。志保がよろけて、壁に背中を強打する。骨がぶつかる鈍い音が「城」の中にこだました。

「いったぁ……」

志保も負けじと、亜美を親の仇かのように睨みつける。

志保はソファの上に置いてあったクッションを手に取ると。亜美に向かって投げつけた。クッションは勢いよく宙を舞うが、亜美が片手で払いのける。

「お、やんのか? お前みたいなガリガリに負けねぇぞ? それとも、とっとと罪を認めて楽になるか?」

「……そんなこと言ったって、そんなこと言ったってあたしじゃないもん!」

志保が叫ぶ。その振動で窓ガラスが震える。

「あたしじゃなかったら、亜美ちゃんしかいないじゃない! 他に誰がいるの!? だったら何? たまきちゃんが自分で破ったとでもい……」

そこまで言って、志保ははっとしたように言葉を止めた。亜美の方も何かに気付いたのか、少し顔色が冷めてきたように見える。

そういえば、もう一人の同居人は、自分で自分の手首を切るような女だ。

それに比べれば、自分の写真を引き裂くぐらい、たぶんなんでもないことだろう。

志保は、カウンターに上に置かれた写真をもう一度見た。

縦に真っ二つに引き裂かれている。たまきの顔は左右に泣き別れだ。

一方で、たまきのすぐ後ろにいた亜美と志保の顔には傷がない。まるで、亜美と志保の間のわずかな隙間をうまく破くように、細心の注意を払ったかのように。

二人はゆっくりと、ソファの上に寝転がっていたまきを見た。

いつの間にかたまきは立ち上がり、二人のすぐそばにいた。小柄な体を小刻みに震わせて、目も少し赤い。

言い争いが収まり、「城」にはかりそめの静寂が訪れた。静寂の中でたまきは幽かに、それでいてはっきりと、ぽつりと言った。

「……ごめんなさい」

今にも泣きそうなたまきは、言葉を続ける。

「ちゃんと言わなきゃって思って……、でも、二人とも、声かけられるような雰囲気じゃなくなって……。私、怖くて本当のこと言えなくて……。ごめんなさい……。私が早く本当のことを言えば……」

「本当にこれ、たまきちゃんが破いたの?」

たまきは、うつむいたまま、ゆっくりとうなづいた。

「お前、なんでそんなこと……」

「たまきちゃん、誕生日パーティ、嫌だった? 楽しくなかった?」

亜美は腰を落として、たまきに目線を合わせて尋ねた。たまきはぶんぶんとかぶりを横に振った。

「……楽しかったです。嬉しかったです……」

「だったらなんで……」

たまきは、ゆっくりと顔をあげた。

「誕生日の日は、……とても楽しかったです。でも、その時の写真を見るたびに、思うんです。いつか私が死んじゃった時に、こんな写真が残ってたら、あの時はこんなに楽しそうにしてたのに、結局、最期はあんな死に方をしてって、みんな悲しくなると思って……」

まるで自分がどういう死に方をするかわかっている、もしくは決めているかのような言い方だ。

亜美はおもむろに身をかがめ、たまきに目線を合わせると、

「バーカ」

と言ってたまきのメガネをデコピンではじいた。

「いたっ」

「ちょっと亜美ちゃん、メガネは危ないって」

「お騒がせした罰だよ」

亜美は呆れたように笑っている。

「写真があろうがなかろうが、お前が死んだらカナシイに決まってんだろうが、バカ。だいたいな、そんな自分が死んだ後のことなんかどーでもいいんだよ。どうせ自分はいないんだから、そんなんいちいち気にしてんじゃないよ」

そういうと、亜美は破れた写真を手に志保の方を向いた。

「……どうする? 先生に頼めば、写真くらいまた印刷してくれるだろうけど、どうせこいつ、また破るぞ?」

志保は天井の方を見上げてしばらく何か考えていたが、何かを思いついたのか、たまきの方を向いた。

「じゃあさ、こうしようよ。この写真は、たまきちゃんの遺影にしよう?」

「遺影?」

たまきがきょとんとして目で聞き返す。

「いつかたまきちゃんがその……死んじゃったら、この写真を遺影にするの。この子は最期は……結局死んじゃったけど、こんな楽しそうに笑ったこともあったんだよって。ならいいでしょ?」

「遺影……」

たまきはぽつりと同じ言葉を繰り返した。そして、

「悪くないです」

と言って珍しく、たまきにしては本当に珍しく、微笑んだ。

「お前、さっきたまきが言ってたこと、ひっくり返しただけじゃねぇかよ」

亜美が志保のそばに行き、小声でつぶやく。

「そんなもんだって。こういうのは、考え方次第だってば」

志保はそう言って笑った。が、急に真面目な顔つきになった。

「さっきは……ごめんね。根拠もないのに疑って」

「まったくだよ……。まあ、ウチも、言っちゃいけないこと言っちゃったかもなぁって……、思ってます……。すいませんでした……!」

亜美は志保から顔をそらして言った。だから、志保は亜美が顔を少し赤くしていることに気付かなかったし、亜美も志保が亜美のことばを聞いて呆れたように笑っているのを知らない。

「……ごめんなさい。そもそも、私が写真を破らなければこんなことに……」

「お前はもう、この件で謝んな! なんかもう、死ぬまで毎日謝ってそうだから」

亜美はたまきの方を向くと、笑いながらそう言った。

「でも、今思うと……、二人が私のために怒ってくれたのは、ちょっとうれしかったです」

たまきはぽつりとそういったが、その言葉に志保がおかしそうに笑う。

「今の言葉、なんか、魔性の女っぽいね」

「え?」

たまきは意味が分からず、志保の顔を見つめる。

「『やめて! 私のために争わないで!』って言いながら、本心では男子に自分を取り合わせて、優越感に浸る、みたいな」

「お、たまきの中の魔性がついに目覚めたか」

「ち、違います! わざとやったわけじゃないし、そもそも、二人が争っている間は、もうどうしていいかわかんなくて、あとになって少し落ち着いてから、そういえば二人とも、私のために怒ってくれてたんだなぁって思って、けっしてそういう争わせようとか……」

「わかってる、わかってるって。じょうだんだってば」

志保は笑顔で、たまきの方を優しくたたいた。

つづく


次回 第18話「労働と疲労のみぞれ雨」

シャンゼリゼでバイトをすることになった志保。一方、たまきは自分も何かバイトをしなければと焦り、周りの人に仕事について尋ねていく。

続きはこちら! 半分くらい、ギャグ回です。


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

ピースボートで行った寄港地危険度ランキング!

日本ほど治安のいい国はそうそうないという。すりや置き引きの警戒をする人もあまりいないし、女の子が夜に一人で出歩いているし、拳銃の規制も完璧だ。しかし、世界はそうはいかない。今回は、ピースボートで訪れた寄港地の危険度について話そう。ピースボートで訪れる街は観光地も多いが、危険な町も多い。


危険度レベル1 東京・南千住

夜の南千住。スカイツリーがよく見える。

世界の危険度について話す前に、まずは日本の「治安が悪い」とされる町について話そう。

先日、仕事で南千住の木賃宿に泊まる機会があった。夕方ごろに街を訪れ、宿を求めてふらふらと歩く。

ホームレスが堂々と道端で寝て、公園にはホームレス村ができている。なるほど、日本国内では確かに異質な光景なのかもしれない。

だが、不思議と「怖さ」を感じない。

世界の危険度はこんなんじゃない。

ホームレスに因縁をつけられることもなかったし、銃を突きつけられる可能性なんて皆無だろう。

だが、世界の危険度なんてこんなもんではなかったのだ。

危険度レベル2 ヨーロッパ

シチリア島の路地裏

ピースボートの地球一周の旅の中でも、やはりヨーロッパは治安がよく、旅をしやすかった。一人でふらふらと町を回れる。

ピースボートからもらった資料にもせいぜい「すりや置き引きに気を付けて」とか「人気のない通りに気を付けて」とあるが、この程度の注意書きは世界各国共通だ。

経済破たんしたばかりのギリシャも、別に治安の悪さは感じなかった。むしろ陽気な町だった。

シチリア島に行ったときはマフィアにカツアゲされるんじゃないかなんて冗談を言い合っていたが、もちろん、マフィアはそんなせこいことはしない。ネットで調べても「マフィアはカタギの観光客には手を出しません(笑)」と書いてあった。

とまあ、治安が良くて旅のしやすいヨーロッパだったが、僕が訪れた直後、パリでテロ事件があり、その後、ヨーロッパの都市部でもテロが頻発するようになってしまった。

危険度レベル3 アジア

ムンバイの街並み

アジアで訪れた町の中でトップクラスに治安が良いのはシンガポールとドバイだろう。どちらも、都市としての美しさを保っている。

最近のニュースで、ドバイ警察は「空飛ぶポリス」の導入を検討している、なんて言うのをやっていた。110番すれば巨大ドローンみたいなのに乗って空から警察官が助けに来てくれるのだとか。何とも頼もしい限りだ。

少しディープなところだとセブ島、ムンバイ、ドーハ、と言ったあたりだろうか。セブ島やムンバイにはスラム街があり、野良犬がうろついていたりと見た目あまり治安が良くなさそうではあるが、きちんと警戒していればそこまで恐れなくていいと思う。

ドバイとセブ島に至っては、夜も出歩けた。

東南アジアのもっとディープな場所だとまた勝手が違うのだろうが、大都市や観光地は比較的まわりやすい。

ムンバイで警戒しなければいけないのはむしろ縦横無尽に走る車の方だろう。「ひかれる方が悪いに決まってんじゃん」とでも言いたげに、歩行者をよけるそぶりなど全くない。

ただ、インドは性犯罪の発生も多い。警戒を怠らないことが大切だ。

また、イスラム圏はどうしても「イスラム国」と言って危険な集団がついて回る。外務省の渡航情報をよく確認しておくことが大切だ。

危険度レベル4 中南米

クリストバル。陽気な町並みに見えるが、治安のレベルは世界最悪クラスだ。

ピースボートから事前に寄港地をまとめた冊子が渡される。そこには各寄港地の治安に関してのコメントも載っているのだが、中南米に入ると「一人歩きはやめてください」「自由行動は控えてください」「貴重品は持ち歩かないで」と急に物騒な言葉が並ぶ。

中南米の中でもメキシコは比較的治安がいい。夜に出歩いても得に危険は感じなかった。

とはいえ、襲われないように男4人で固まっていたのだが。「いくら何でも成人男性4人組を襲うやつはおらんやろ」と考えて。

だが、隣の国、ベリーズは治安が悪い。

どれくらい治安が悪いのかというと、「ツーリストビレッジ」という、観光客向けの土産物が並ぶ一角があるのだが、ピースボートから言われたことは「そこから出るな。命の保証はできない」

ツーリストビレッジの外に出るには、ピースボートのオプショナルツアーに参加しなければいけない。自由行動は禁止だ。

理由はただ一つ。「命の保証ができない」。

いったいどのくらい物騒な場所だというのか。

パナマのクリストバルも同じように、「港から出たら命の保証はできない」と言われていた。

僕はツアーに参加していたので、大型バスに乗って港を出て、1時間ほど離れた「クナ族」という部族のコミュニティを訪問したのだが、

その帰り道の話。すっかり日も暮れて、バスはクリストバルに帰ってきた。

バスの窓から路地を除いたときのあの何とも言えない「底知れぬ闇」の不気味さと言ったら。具体的に何か見えたわけではないが、確かに生きて帰れないような雰囲気を湛えていた。

ペルーのカヤオも同じような場所だった。首都・リマの隣町で大きな港があるのだが、どこか殺伐とした雰囲気だ。

首都・リマはおしゃれな店が並び、どことなく東京を彷彿とさせる。地球の裏側で東京みたいな町に出会えるとは。

だが、路地はどこか「底知れぬ闇」があるようで、怖くて大通りしか歩けなかった。

そんなリマを丸一日かけて回って、カヤオの港へと帰ってきたのが夜の11時ごろ。そこで、驚愕の事実を知る。

船に戻るバスがない。

僕も、一緒に回った子も、「船に戻るバスは24時間営業」と勝手に思い込んでいたのだが、コンビニじゃあるまいしそんなわけない。バスに終了時刻があることをすっかり見落とし、帰ってきたときにはもうバスは終わっていたのだ。

「勝手に出歩くな」と言われたカヤオに取り残されてしまった。宿を探すにしても、うっかり危険な路地に踏み込んでしまったら……。

なんて途方に暮れていると、男が一人話しかけてきた。

いったい何者だ! と警戒していたが、なんと彼はピースボートの船のクルー。

なんと、クルー用のバスが残っていて、それに乗せてもらえることになったのだ。

そんなこんなで無事に船に帰ってくることができた。結論、門限はよく確認しよう。

「危ないところ行ったけど、無事に帰ってきたぜ」という武勇伝は、世界を旅したものなら一ネタぐらい持っていると思う。

一方で、「南米で日本人観光客が射殺された」なんて痛ましいニュースも聞く。そういったニュースを聞くたびに、本当によく生きて帰ってこれたなと背筋が寒くなる。

僕の場合、十分に警戒していた。だが、「うっかりミス」で危うく治安の悪い街に取り残されてしまうところだったのだ。

ピースボートで聞いた怖い話

ピースボートに乗っている時、とあるおじさんから「過去にピースボートの乗客でこんな人がいた」という話を教えてもらった。

その乗客は空手の有段者で、もし寄港地でからまれても、相手をボコボコにしてやろうと意気込んでいたらしい。

そして、実際に彼はチンピラにからまれた。彼は空手で鍛えた実力を遺憾なく発揮し、相手をボコボコにしてやった。

ところが、ボコボコにされたチンピラは仲間を大勢引き連れて戻ってきたという。いくら空手の達人でも多勢に無勢。彼はボコボコにされてしまったという。

その話をしてくれたおじさんはこう締めくくった。「どんなにケンカに自信があっても、土地勘や仲間がいる分、現地のチンピラの方が優位なのだから、勝とうとしてはいけない」と。

ピースボートに乗ると警戒心が強くなる

日本にいるとまず警戒しながら街を歩くことはないだろう。

だが、ピースボートに乗っている間、街を歩くときは常に財布をガードする形をとっていた。

今でも、日本の人ごみなどを歩いていると、ついつい財布をガードする。

以下、「寄港地でトラブルに巻き込まれない方法」をいくつか書く。

・財布をガードする

これは基本中の基本だ。英語のあいさつができなくても財布を守れるようにしよう。知らない間に財布をすられてた、なんてことがないように。

・人にむやみにカメラを向けない

これも、どの寄港地でも上陸する前に言われることだ。特に、スラム街なんかは観光気分で写真を取られたら怒る人もいるだろう。

・荷物は絶対に体から離さない

タクシーの中とか、喫茶店とか、ついついリラックスをして荷物をわきに置く、なんてこともあるかもしれない。

そのまま荷物を忘れて車や店を出てしまったら大変だ。

日本だったらタクシー会社やお店に連絡する、という手段もあるだろう。

だが、外国ではそもそもタクシー会社がどこかわからない。お店は動かないが、迷わず戻れる保証もない。

荷物は絶対に体から離さないこと!

財布とパスポートの入ったカバンをタクシーに置き忘れた本人が言っているのだから間違いない!(タクシーの運転手のご厚意で、奇跡的にカバンが帰ってきました)

・タクシーは常に進行方向を確認する

僕は常に方位磁針を持ち歩いていた。そして、タクシーに乗るときは常に進行方向の方角を確認していた。

これは、事前に「インドでタクシーに乗った日本人女性の観光客がそのまま拉致されて乱暴された」というニュースを聞いていたからである。別の方角に車が動き出していたら要注意だ。

ちなみに、インドでもタクシーに乗った時、最大限の警戒をしていたのだが、僕の置き忘れたカバンを届けてくれたのはタクシー運転手のおじさんだった。車に乗っている間中、彼を疑っていたことを心の底から謝罪した。

だが、すべてのタクシー運転手が彼のような善人ではない。「方角チェック」はやって損はない。やったうえで何事もなければ「おじさん、疑ってごめんよ!」と心の中で謝ればいいが、やらずに何か事件に巻き込まれたら一大事だ。

自分一人の時ならまだしも、特に、未成年を引き連れていて自分が最年長の時とか、女性だけで行動するときとか、女性と二人っきりの時とかは最大限に警戒するべきだ。

・大事なものは首から下げる

パスポートとかカメラとかキャッシュカードとか、特に大事なものは首から下げる。僕の友人をはそれを怠ったがためにカメラをなくしてしまった。

首から下げておけば、首をなくさない限り大丈夫だ。逆に、首をなくしてしまったら、もうカメラとかパスポートとかどうでもいい。

・言いつけは守る

「ここから先は言ってはいけない」とか、「この時間までに帰ってこい」とか、ピースボート側の言いつけはしっかりと守ること。

うっかり門限を見逃して、危険な町に取り残されると、本気で死を覚悟して冷や汗しか出てこないぞ。

 

「トラブルに巻き込まれたけどなんとかなった」「危険な目にあったけど帰ってこれた」、こういった武勇伝もまた旅の魅力なのかもしれない。

だが、「何事もなく無事に旅を終えた」、これ以上の武勇伝は存在しない。

矛盾を愛せ! ~矛盾と葛藤に意味をもとめよう~

矛盾することはよくない。言っていることとやっていることが違う、思っていることに行動がともなわない。とくもかくにも矛盾は嫌われる。だが、人とはそもそも、矛盾をはらんだ生き物なのではないのか。矛盾を抱えてこその人間なのではないだろうか。


村上春樹の矛盾を許せない人々

先日、こんな記事を読んだ。

村上春樹氏、オウム13人死刑執行に「『反対です』とは公言できない」

この記事の内容をまとめると、「村上春樹は死刑に反対しているが、オウム事件の被害者や遺族に会った経験から、オウム事件の死刑執行について、『反対です』とは簡単には言えない」とのことだった。

この記事に探するコメントで特に「いいね」を集めていたのはこんな感じ。

死刑執行の政治的な利用は困るけど、今回の件だけは死刑反対派でも容認するってこと?ダブルスタンダードだね。

 

ちょっとなに言ってるかわからない

 

それがダブルスタンダードって言うんです。
自分が関係を持った件では反対と公言できず、関係が無いところでは反対をする。
常に遺族の立場で考えられないなら、反対すべきでは無い。

要は、「村上春樹の言っていることには、一貫性がない!」ということだ。

こういった意見を読んで、僕は「あれあれ?」と思った。

死刑に対して、理屈としては反対だけれど、感情的には反対と言い切れない。確かに、村上春樹のこの発言は大いに矛盾している。

だが、こういった矛盾は人間としてはむしろよくあるもの、いたって普通のことなのではないだろうか。

理屈としては理解できる。だが、感情としては納得できない。

理屈としては理解できない。だが、感情としては納得できる。

当然である。人間は右脳と左脳があり、それぞれがある程度の独立性を持っているのだから。理屈と感情で違う答えが出てしまうのは、人としていたって自然なことであり、その矛盾に悩むのも実に人間らしい行為である。

村上春樹の「理屈の上では反対だけれど、感情的には反対しきれない」というのは、大いに人間的なことではないだろうか。

それを村上春樹は隠すことなく吐露している。「死刑反対なんて言ってませーん」などとごまかしたりせず、「自分は死刑に対しては反対なんだけど」と明かしたうえで、その矛盾とジレンマを正直に話している。

逆に、こういった人間の矛盾を認めず批判する人というのはいったいなんなんだろうか。確かに、言動は一貫している方が良い。しかし、人間はやはり矛盾を内包してしまう存在なのだと思う。そして、そのジレンマを村上春樹は正直に告白しているのだ。むしろ、じゃあ彼ら自身は矛盾をすることはないのだろうか、と首をかしげてしまう。

こういった「人間的な矛盾」を理解せず、許せない人たちはきっと、村上春樹の作品なんて読んだことないのだろう。

……と偉そうに語ってみる。僕も読んだことないのだけれど(ないんかい)。

人は矛盾する生きものである

人は矛盾する生きものである。思い返してみるだけでも、矛盾した人間の言動はたくさんある。

好きな女の子についつい嫌がらせをしてしまう。

かわいさ余って憎さ百倍

いやよいやよも好きのうち

心にもないことを言う

好きだと言いたいのに言えない

行きたくないのに会社や学校に行く

永遠の愛をを誓って離婚(日本の離婚率は約3割)

結婚してるのに不倫する

かわいい子に限って自分に自信がない

「全然勉強してな~い」と言って高得点を取る

ダイエット中なのに焼肉

暑い日にあえてのラーメン

「つまらない」と言いながらテレビを見ている

「韓国も中国も嫌いだ!」というくせに、やけに韓国や中国に詳しい。嫌いなものの情報ばっかり集めてストレスにならないのか?

好きでもない奴とエッチをする

……途中から大喜利やマル決みたいになってしまった。

人間の感情を描き出す歌の世界には、もっと激しい矛盾が描かれている。

 

別れても好きな人/ロス・インディオス&シルビア「別れても好きな人」

好きだったら別れなければいいじゃないか、などというのは野暮というものだ。「別れても好きな人」「好きなのに別れる」という矛盾に情緒があるのだ。

 

わかっちゃいるけどやめられない/植木等「スーダラ節」

ハイ!スース―スーダララッタスラスラスースース―!アソーレ!スース―スーダララッタスラスラスースース―!

「わかっているからやめました」でもなければ、「わかってないからやめられない」でもない。「わかっちゃいるけどやめられない」という矛盾に人々は人間性を感じた。だからこそこの歌は後世にまで残るのだろう。

「天下一の適当男」として知られた植木等だが、お寺で生まれ育った彼の素顔はとてもまじめで、テレビで演じているタレントとしてのイメージとのギャップに悩んでいたという。この「矛盾」もまた、大いに人間味のあるエピソードだ。

 

会いたくて会いたくて震える/西野カナ「会いたくて会いたくて」

震えるくらいなら会いに行け! っていうか、病院に行って検査して来い!

などと思ってしまうが、これもまた野暮というものだろう。

 

わかってる、きっと会うことないって だから言います「マタアイマショウ」 僕なりのサヨナラの言葉よ/SEAMO「マタアイマショウ」

会うことないとわかっていて、別れのあいさつに「マタアイマショウ」。これまた大いに矛盾した歌だ。だが、これがそのまま「サヨナラ」だったら、なんてことない歌になってしまう。二度と会わないと覚悟しての「マタアイマショウ」という矛盾がより一層失恋の悲しみを感じさせる。

 

もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対/牧原敬之「もう恋なんてしない」

これはちょっと解釈が難しい。「もう、恋なんてしないなんて言わない」のか「もう恋なんてしない、なんて言わない」なのか。前者の場合、一度は「恋なんてしない!」と言った、ということになる。

ただどちらにせよ、僕はこの歌の主人公は実は心の中で「もう恋なんてしない」と思っているんじゃないか、と思う。半分くらいはそう思ってるんじゃないだろうか。歌詞の中にも「もし君に一つだけ強がりを言えるのなら」と書かれている。

そう、「強がり」なのだ。矛盾なのだ。「もう恋なんてしないなんて言わない」と言いつつ、心の中では半分くらい「もう恋なんてしない!」と思っちゃってるのだ。

それでいて、残り半分は「もう一度恋をしたい」なんて思っている。だからこそこの歌は奥が深い。

これらの歌が人々を引き付けるのは、単に矛盾をはらんでいるだけではない。そのジレンマ、葛藤までもが透けて見えてくるからだろう。

例えば西野カナの「会いたくて会いたくて」。「会いたくて会いたくて会いに行った」だと、「あーそうなの、それで?」となってしまう。これじゃただの報告だ。「会いたくて会いたかって、でも会わなかった」だけだと、「いや、会いに行けよ!」となってしまう。

そうではなく、会いたくて会いたくて、でも会いに行かず、震えている」のである。「会いたい」と「会いたくない」の葛藤として震えているわけだ。ちょっと怖いけど。

二回も「会いたくて」というからにはよっぽど会いたいのだろう。

でも、会ってしまったら、何かが決定的に終わってしまうかもしれない。だから会いたくない。

でも、会いたい。

結果、震えているわけである。この「矛盾」と「葛藤」が人を惹きつけるのだ。

矛盾と葛藤に意味がある

映画の中で何か例はないかと考え、真っ先に思い浮かんだのが、「ルパン三世 カリオストロの城」のラストである。

「奴はとんでもないものを盗んでいきました。……あなたの心です!」

という日本アニメ映画師屈指のセリフのちょっと前のシーン。

ルパンの大活躍でカリオストロ公国のお姫様、クラリスは自由の身となった。クラリスはルパンに、そばに置いてほしい、泥棒の仕事もきっと覚えると懇願する。しかし、ルパンは「バカ言っちゃいけねぇよ」と、優しくクラリスの申し出を断る。クラリスは未来ある純粋なお姫様。一方、ルパンは泥棒、日陰の身だ。可憐な少女を闇の道に引きずり込むわけにはいかない。

ルパンとの別れを悟ったクラリスはルパンに抱き着く。ルパンもクラリスを抱きしめようとするが、苦悶の表情を浮かべながらそれをこらえ、クラリスのおでこに優しくキスをするのだった。

なんだよ! 男ならドンと行け! ドンと! チューくらいやっちゃえよ!

……などと言うのは野暮というものだ。

クラリスを抱きしめようとするルパンと、抱きしめてはいけないとこらえるルパン。矛盾する二人のルパン。その葛藤で苦悶の表情を浮かべる。この時のルパンが何を思っていたのかは見る側の想像に任されているが、矛盾と葛藤を見る側が推測することで、印象的なラストシーンになるのだ。

しかも、このシーにはもう一つ矛盾が隠されている。

クラリスのおでこに優しくキスをする紳士が、ルパン三世である、ということだ。

ハードボイルドな次元大介でもなければ、不器用な石川五ェ門でもない。ましてや、まじめな銭形のとっつぁんですらない。

かわいい女の子を見るとすぐ鼻の下を伸ばし、「不二子ちゃあん」と峰不二子の色香にやられていつも出し抜かれている、生まれついての女ったらし、あのルパン三世がとった行動なのだ。

あの女ったらしのルパン三世が、クラリスを抱きしめるのをこらえ、おでこにキスをした。

大いなる矛盾である。だからこそ、余計にこのシーンは印象深い。

そして、ルパンの矛盾と葛藤は相棒の次元にあっさりと見抜かれ、「お前、残ってもいいんだぜ」とルパンをからかっている。

そもそも、「ルパン三世」という物語自体、「泥棒なのにカッコいい」と、大いに矛盾した存在なのだ。

 

人は矛盾する生きものだ。仕方がない。頭の中に右脳と左脳があるのだから。

人は矛盾し、それゆえに葛藤する。矛盾と葛藤こそが人間らしさと言える。

矛盾し、葛藤し、それを吐露する。それを「一貫性がない」などと鬼の首を取ったかのようにあげつらうのは、野暮というものだ。人の性ってやつをわかっていない。人間はそんな完璧な存在ではない。

矛盾と葛藤には意味がある。

矛盾と葛藤は人生のスパイスなのだ。

だからもっと、矛盾を愛せ。

ピースボートに乗っても英会話ができるようにはならなかった

ピースボートに乗る際にはいろんな疑念があると思う。ヘンな団体なんじゃないかとか、アブナイ団体なんじゃないかとか、ヤバい団体なんじゃないかとか。そんな中で最も現実的な悩みが「英会話ができないとダメなんじゃないか」。結論から言うと、英会話ができなくても乗れる。そして、ピースボートに乗っても英会話ができるとは限らない。


ピースボートにおける英会話学習プログラム

昔、大学の後輩に「船内は英語ができないとダメなんじゃないか」と聞かれたことがある。

その辺の心配は全く必要ない。

なぜなら、船内の大半は日本人だったり、日本語がしゃべれる人だったりするからだ。

一方で、ハウスキーパーだったり、バーのマスターだったり、船内で従業員として接してくれるクルーは外国人、特にインドネシア人が多い。

とはいえ、簡単な英会話ができれば何とかなるし、接客系のクルーは日本語が結構しゃべれる。

さて、船内にはGETと呼ばれる英会話を学べるプログラムがある。英会話だけでなく、スペイン語もやっていた。ちなみに有料だ、たしか。

くわしくはぜひ資料を請求してほしい。GETの教室はは船内だけでなく、日本国内でも開かれている。

というのも、僕はやっていないので詳しくは知らないのだ。

では、そう言ったプログラムを受講しないまま、ぶっつけ本番で海外に繰り出すと、どうなるのか。英会話は身につくのだろうか。

英語が通じる国、通じない国

以下に、ピースボートで訪れた国のうち、英語・英会話にまつわるエピソードを書いていこう。

フィリピン/セブ島

フィリピンは公用語としてタガログ語という言葉が使われているが、英語も広く使われている。

街の看板は英語で書かれている場合が多い。簡単な単語が多いので、非常にわかりやすかった。

シンガポール

シンガポールも英語が通じる国だ。

シンガポールの港の売店でコーヒーを注文したところ、売店おおばちゃんの英語が早口で、全く聞き取れなかった。地球一周2か国目だった僕は「これがネイティブのスピードか……、さっぱり聞き取れねぇ……」と心を折られてしまった。

ギリシャ

ギリシャ文字は英語のアルファベットにかなり近い。

かなり近いんだけど、それが全く見たことのない配列で並んでいる。それが余計に混乱する。いっそアラブ文字のように全く見たことない文字だった方がまだましである。

読めそうで全然読めない、それがギリシャ文字だ。僕が唯一読めた単語は「博物館」を意味する「MUSEION」だった。

だが、それでも一人で町を歩いて帰ってこれたのだから、まあ、世の中なんとかなるものだ。

なんとかなるものだけれど、バスとか電車とかは「どこへ連れて行かれるか見当もつかない」ということで怖くて乗れなかった。

イタリア

大学でイタリア語をやっていたので、多少の単語が読めたりわかったりしてずいぶんと楽だった。

もちろん、話せるわけではない。「看板の意味がちょっと分かる」程度である。

フランス

言語において一番困ったのはこの国だったかもしれない。なにせ、僕はマルセイユで迷子になってしまったのだから。

ピースボートの船旅、外国でガチで焦った3大事件!

現在地を確認しようとバス停の地図を見ても、フランス語だからさっぱり読めない。

道行く人に「Where is sea?」と聞いても全く通じない

いまにして思うと、たぶん「Where is sea?」は文法的に間違っているような気もする。「Where is she?」だと思われたかもしれない。通じるわけがない。

ペルー

中南米はスペイン語圏だ。さっぱり英語が通じない。

特にペルーは、全く通じなかった。あらかじめタクシー交渉用の言葉を紙に書いておかなかったら、タクシーすら乗れなかった。

現地の子供たちと交流できるツアーに参加したのだが、「I left from Japan 70 days ago by the ship」という渾身の英語が通じなかった。今度は文法うんぬんの問題ではない。なんてったって、「day」という超簡単な英単語を相手は知らなかったのだから。

仕方がないので腕時計の前で指を一回くるっと回して、その後指を立てて数字の1を作り、「hour」。これでまず「1 hour=1時間」ということはわかってもらえたようだ。

指で数字の24を表した後、「hour」を示すジェスチャーをして、「day」と発音。これでようやく、「day=24hours=1日」ということを理解してもらえたみたいだ。

英語は世界の共通言語だと言われている、が、世界の半数近くは英語が通じなかった。

英会話はできなかったけど

さて、結局、ピースボートで地球一周したからといって英会話はできるようにはならなかった。なにせ、約半分の国はそもそも英語が通じないのだ。

むしろ、「世界共通語はジェスチャーだ」と強く感じた。

さて、地球一周後、変わったことが一つある。

街で外国人に声をかけられても、たじろがずに話を聞くという度胸がついた。ということだ。

もちろん、全体的には何言ってるのかわからない。

だが、一個決定的な単語が聞き取れればなんとかなる。

「smoking」という単語が入っていればほぼ間違いなく喫煙所を探してるわけだし、駅のホームで話しかけられて、その言葉の中に駅名が入っていれば、ほぼ間違いなくその駅に行きたいと話しているわけだ。

何回か会話を続ければ、自分の推論があっているか間違っているかぐらいはわかる。

もっとも、こちらもつたない英語しかしゃべれない。それでもなるものだ。

ひどい時には、僕も日本語しかしゃべっていない、なんてときもある。

相手は英語をしゃべり、僕は日本語をしゃべる。これでちゃんと相手を目的地に送り届けられたのだから、コミュニケーションは言葉だけではないということなのだろう。

僕が船旅で海外に行った(安全上の)理由

ピースボートに乗っていた時、船旅で1日かかる距離を、飛行機は1時間で飛ぶ、と聞いたことがある。船旅とはなんともアナログで時間がかかって非効率な旅だ。にもかかわらず、なぜ船旅で地球一周をしたのか。ロマンがあるし、仲間ができる。それも大きい。だが、僕にはもう一つ大きな理由があった。

どうしても飛行機に乗りたくない!


高所恐怖症な僕

基本的に僕は高い所が苦手だ。高所恐怖症である。

とはいえ、高所恐怖症を「重度」と「軽度」に分けるとすれば、まだ軽度の方なのかもしれない。僕よりも高所恐怖症な人間が世の中にはたくさんいる。

ダメな人はビルの上階とか、山の上の景色もアウトらしい。僕はマンションの上階で育っているので、そう言ったものはあまり怖くない。

さて、「飛行機に乗りたくない!」と言いつつも、飛行機に乗ったことは何回かある。

高校の修学旅行で飛行機に乗った時、隣の席は仲の良かったA君だった。彼はごりごりの理系で、特に工学系の分野に強く関心を持っていたようで、そういった本を読んでいたのだが、彼は僕よりも飛行機がダメな人だったらしい。飛行機の翼の一部がひらひらしているのを見て、「あそこから翼がどんどんはがれていって墜落するんじゃないか」と怯えていた。

「え、あれって、そういうヒラヒラする部品なんじゃないの? あれで抵抗を和らげてるとか。っていうか、絶対お前の方がそういうの詳しいだろ?」と思ったものだ。

A君ほどではないが僕も飛行機をはじめ高い所が苦手だ。

ビルの30階とかは全然平気なのだが、本屋やビデオ屋にある、高い棚からモノをとり出すときに使う脚立は怖い。僕がちょっとバランスを崩しただけで大惨事になりかねない。

あと、絶叫系とか高所アクティヴィティ系は全部アウトだ。絶叫嫌いが高じて、遊園地そのものがNGだったりする。

そして、僕は大学の卒業旅行を最後に飛行機に乗っていない(ちなみに、この旅行の時も僕は『東京から長崎まで陸路で移動する』を主張していたが、時間がかかりすぎると却下された)。

なぜ、飛行機が苦手なのか。

だって、落ちたら死ぬじゃん。

という話をしたら大学の後輩に「先輩、飛行機が落ちる確率より、地上にいるときに大地震が発生する確率の方が高いですよ」と言われた。

確かに、記憶をたどると飛行機事故よりも震災の方が確立は高い気がする。

だが、「怖い」という感情はそんな論理的なものではない。怖いものは怖いのだ。

先日も「どうしても飛行機に乗らなければいけない」という夢を見た。夢の中で飛行機に乗る直前まで「やっぱりやだやだやだ!」駄々をこねていた。

飛行機がダメなわけ

飛行機は落ちたら死ぬ。だから嫌だ。

とはいえ、事故を起こしても死なない乗り物を探すが難しい。

自動車だって高速道路でハンドル操作を誤れば死ぬ確率は高い。

電車だって何かのはずみで脱線すれば死者が出る。

乗り物の事故で死にたくないなら、もう徒歩を貫くしかない。

さて、僕は車に乗るし(運転はしない)、電車にも乗るが、飛行機だけは絶対に乗りたくないと思っている。

なぜか。

問題は「タイムラグ」にある。

例えば、車に乗っていてハンドル操作を誤って壁にぶつかり死ぬとしよう。

ハンドル操作を誤ってから激突するまでほんの数秒である(と思う)。

例えば、乗っていた電車が脱線して地面に激突して死ぬとしよう。

脱線してから地面に激突するまで、やっぱりほんの数秒である(と思う)。

では、飛行機の場合はどうか。

上空1万メートルを飛んでいた飛行機が突然地面にぶつかる、なんてことはない。自由落下だとしても激突まで45秒もある。

飛行機が墜落するときは、何らかの原因でコントロール不能に陥る(と聞いている)。

そして、機長からコントロール不能になったというアナウンスが流れる(と伺っている)。

そして、まっさかさまに落ちるわけでもないらしい。たぶん、アナウンスから激突まで数分の時間があるだろう。

激突するまでの数分間、乗客にできることはほとんどない。せいぜい頭を低くするとか遺書を書くかぐらい。「座して死を待つ」とはまさにこのことだ。

つまり、「どうせ事故で死ぬなら、手短に、ひと思いにやってくれ」というわけだ。この「座して死を待つ」というのが嫌だから飛行機に乗りたくないのだ。

では、船はどうなのだろうか。

船旅で事故にあった時はどう避難するのか

飛行機に比べて船は安全、なんてことはない。タイタニック号、セウォル号、沈んでしまった船は歴史上枚挙にいとまがない。

ただ、船は飛行機と決定的に違うところがある。

それは、事故にあったとしても、乗客の立場でも正しい知識を以って冷静に頭を働かせれば助かる可能性がぐんと上がる、ということだ。

船の場合も事故のプロセスは飛行機と一緒だ。もうだめだ、となれば船長から船体放棄のアナウンスが流れる。

船体放棄、すなわち、船を捨てて小型ボートで脱出しよう、というわけだ。

こういうアナウンスが流れるとすわ一大事とあわててしまう。人によっては取るものも取らず、はだしのままで逃げようとする人もいるという。

だが、船体放棄のアナウンスが流れた時点では確かに「もうだめだ」という状態ではあるが、一刻を争う、というほどのせっぱつまった状態ではない。落ち着いて靴を履いて、歩いて避難するくらいの時間は十分にある。

こういった非常事態には、普段はバーやイベントスペースとして使われている部屋が集合場所になる。そこに集まってもすぐに避難、とはならない。クルーが一人一人点呼してちゃんと来ているか確認を取る。この段階でも時間的余裕があることがわかってもらえるかと思う。

そうし点呼が終わって初めて「テンダーボート」というボートで避難する。

つまり、船長から「この船はもうだめです」とアナウンスが流れても、こちらが冷静に行動すれば、生存の確率はぐんと上がる。

どうして船の避難の話が書けるのかというと、船旅をしていた108日のあいだに4回も避難訓練を行っていたからだ。

まず、船に乗っていきなり避難訓練だ。地球一周の船旅最初のイベントは出港式ではなく避難訓練だ。

その後も月に1回のペースで避難訓練が行われた。また、航路説明会などで船の安全に関する話なんていうのもあった。

こうして何度も避難訓練が行われる。法律では24時間以上船に滞在する人間は避難訓練への参加が義務付けられている。訓練通りに、冷静に行動すれば、船が沈んでもちゃんと避難できるのだ。

じゃあ、何百人と死者を出したセウォル号の事件はどうだったのか。あの高校生たちは冷静じゃなかったのか。バカだったのか。死者を冒涜しているのか。

そうではない。彼らは船に関する知識を持っていなかったのだ。

当然である。修学旅行で船に乗っただけの高校生が、船に関する正しい知識を持っているはずもない。引率の先生だって持っていないだろう。僕だって最初は持ってなかった。ここに書く船の知識もすべて、僕が乗船後1か月ぐらいしてから知ったことだ。

報道では、セウォル号が90度に傾いて、高校生たちが「ヤバいことになった」と笑っている映像が公開されていた。よもや沈むなどと思っていなかったのだろう。報道ではこの時、「船室にいてください」とアナウンスされたと言われている。そうアナウンスされればみんな船室に留まって次の放送を待つだろう。

僕ならこの時点で、どうアナウンスされようが船室を出て、避難を始める。

船とはゆらゆら揺れているのが正常な状態だ。どれだけそのふり幅が大きくても、「揺れている」ということは「元の位置に戻ろうとする力がある」ということであり、それは正常な状態なのだ。

危険なのは揺れが止まった場合。つまり、傾いたまんま元に戻らない場合だ。この場合、すでに船は「元に戻ろうとする力」を失った状態である。そうなると、何万トンもある船が再び立ち上がる、なんてことは不可能だ。傾いたぶん水に浸かり、沈んでいく。

揺れている間は正常、傾いたまま止まったら異常。こういったことを知っていて、「あのアナウンスは当てにならない」と判断し冷静に行動できたら、セウォル号からでも避難できただろう。事実、最も船に関する知識が豊富なはずのクズ船長は避難できている。

一方、飛行機はどれだけ冷静だろうと乗客にはやれることがない。だから嫌なのだ。

さて、今回の記事は人命にかかわることなので、「これは間違ってるよ」という箇所があったら遠慮なく言ってほしい。みんなでつくろう正しいブログ。

昔の人はUFOを目撃しなかったの?

前回、「オカルト!UFOを妖怪として民俗学してみた」という記事の中で僕は、「UFOは人類の科学力が発展したからこそ出てきた妖怪」と結論付けた。だが、同時に疑問が浮かんだ。本当に昔の人はUFOを目撃しなかったのか。UFOを目撃したという伝承は残っていないのか。


UFO目撃の2パターン

UFOという妖怪(ここでは妖怪とする)の伝承は、近年では動画が主流である。そう言った動画を見てみると、UFO目撃には2パターンあることに気づく。

それは、昼間に見るか、夜に見るか。

アニメ映画のタイトルみたいだ。「空飛ぶ円盤、昼間に見るか、夜中に見るか」。米津玄師に曲を作ってもらおう。

昼に見るのと夜に見るのとどう違うのかというと、見えてる映像が違う。

昼間だと、こういったUFOの姿がそのまま見えるはずである。

帽子ではない。UFOである。誰が何と言ってもUFOだ。

一方、夜になるとこんなにはっきり見えない。

はっきり見えないのになぜ「あ! UFOだ!」とわかるのかというと、光っているからだ。

「空を飛ぶ謎の発行体を目撃する」、これが夜中のUFOの見え方である。

つまり、UFOの伝承を追いかけるには、「昼間に空飛ぶ乗り物を目撃した」という話と、「夜中に謎の光が飛ぶのを見た」の二つの伝承を探せばよい。

日本は燃えているか

さて、まず「夜中に空飛ぶ光を目撃する」パターンを考えよう。

実は、このパターンは結構多い。

「空飛ぶ火の玉」という奴だ。

奈良県には「蜘蛛火」と呼ばれる妖怪がいる。火の玉が空を飛び、それに当たったものは命を落とすと言われている物騒な妖怪だ。

その正体は蜘蛛であると伝えられている。蜘蛛が何で火の玉になるのかは謎だが、この正体は大槻教授でおなじみのプラズマ、球電の類な気がする。蜘蛛火にさわると命を落とすと言うが、球電もなかなか殺傷力が高い。

まあ、蜘蛛火の正体が蜘蛛なのかプラズマなのかは今はどうでもいいことで、問題は蜘蛛火とUFOが「空飛ぶ発行体」という共通項を持っていて、実は同じ現象なのではないか、ということ。すなわち、現代人が蜘蛛火を見て「あ! UFO!」という可能性はあるし、昔の人が現代のUFOを見て「蜘蛛火じゃ!」と声を上げる可能性がある、ということである。

こういった「空飛ぶ火の玉」系の妖怪はかなり多い。ちょうど手元に水木しげるの『妖怪大百科』という本があるので、空飛ぶ火の玉系の妖怪を上げてみると、

・姥ヶ火(近畿)

・くらべ火(広島県)

・シャンシャン火(九州・高知県)

・つるべ火(福岡県)

・ワタリビシャク(京都府)

偶然なのか関西地区を中心に、火の玉の妖怪がたくさんいる。他にも石川県の「くらげ火の玉」なんて言うのもいる。鬼火、狐火なんていった伝承は全国各地に伝わっている。

火の玉が飛ぶのは関西だけではない。埼玉県には「火の玉不動尊」なる野仏がある。

場所はさいたま新都心駅前、中山道。この一帯は今でこそ人通りや車どおりが多くにぎやかだが、かつては処刑場が置かれ、大宮の宿場の端っこ、さみしい場所だった。そこに夜な夜な火の玉が飛ぶというウワサが出て、侍があらわれた火の玉を斬ってみたところ、このお不動様に傷がついた。さてはこの不動が火の玉の正体だったのか、というお話。

このような「空飛ぶ火の玉」が20世紀に入って「UFO」と呼ばれるようになったのだ!

……と勢いよく断言したいところなのだが、火の玉の伝承を見ているとあることに気づく。

火の玉が飛ぶ高度、低くないかい?

だって、侍の間合いに入れるくらいの高さだぜ?

姥ヶ火に至っては、「顔に当たった」なんて伝承が残っている。

よくよく考えると、蜘蛛火が「当たったら死ぬ」と言われているということは、要は人に当たるくらい低空を飛んでいる、ということである。

現代のUFO動画のような、はるか上空を飛ぶ怪しい光の話はなかなか聞かない。

昔の人たちは、「はるか上空を飛ぶ謎の飛行物体」を目撃しなかったのか、それとも、目撃してはいたけど、別に何とも思わなかったのか。

もちろん、今も昔も空に謎の発行体が現れれば、騒ぎになったはずだ。

一方で、現在われわれが「彗星」「隕石」「流れ星」と呼んでいる科学的な現象でさえも、昔の人から見れば怪奇現象だったはずである。かつては彗星が現れると何かの前触れではないかと陰陽師を読んで占わせていた。

UFOのような空飛ぶ発行体もこういった「夜空の怪異」の中にいっしょくたにされているのではないだろうか。

現代の私たちが「空飛ぶ発行体」を見て「あ! UFOだ!」というのは、それが彗星や隕石、流れ星といった「既知の科学現象」とは明らかに違う動き、違う光り方をしているからであって、これらの現象がまだ「未知」だった時は、UFOもこれらと一緒に「何か凶事の前触れではないか」と扱われていたのではないだろうか。「流れ星の一種」としてとらえられていたのかもしれない。

つまり、流れ星や彗星などにまつわる伝承の中に、現代で我々がUFOとよぶものも一緒にされている可能性がある。

流れ星を見るというのは確かに珍しいが、一生に何回かはあることだ。「流星群」などという流れ星が多い時期もある。珍しいが、決して怪奇現象の類ではない。昔の人もそう捉えていたのではないだろうか。

だからたまに、ジグザグに飛ぶ流れ星があったり、急に停まったりする流れ星があっても、「変な流れ星があるなぁ」と思う程度だったのかもしれない。

ところがわれわれ現代人は、「流れ星の正体は宇宙の塵が地球の引力に引っ張られて落ちてきて、大気圏内で空気摩擦により発火したのもである」と知っている。基本、真っ直ぐ落ちてくるものであり、ジグザグに飛ぶとか、途中で止まるとかはあり得ない。

だからこそ、そう言った発光体を見ると、「あれは流れ星ではない! UFOだ!」と騒ぐのではないだろうか。

だとしたら、UFOはやはり、「人類の科学知識が増えたからこそ生まれた妖怪」と言える。

流れ星を昔の人がどう思っていたのかは、今後改めて明らかにしていきたいと思う。

UFOの奥ゆかしさ

もう一つのパターン、昼間にUFOを目撃する場合について考えよう。

西洋の絵画や、古い壁画なんかに、UFOっぽい乗り物が描かれていることはあるが、UFO目撃談のような伝承は調べた範囲では見つからなかった。

ただ一件、ウィキペディアにこんな話が乗っている。9世紀のフランスで起きたと伝えられる話だ。

草原に空から球状の物体が下りてきて、中から4人の男女が出てきたという。村は「魔術師が来た」と大騒ぎになったが、その4人は「我々は地球人です」と言った、かどうかはわからないが(当時、「地球」なんて概念はないはず)、自分たちはごく普通の人間だ、という趣旨のことを説明した。彼らもまた野原でUFOに出会い、乗せてもらっていただけだという。

これが9世紀のフランスで起きたUFO事件である。

だが、昔のUFO目撃例はこれくらいで、あとは20世紀に入ってからのものばかり。他にはこんな話はほかにはないのかと「昔のUFO」で検索をかけてみても、「昔のUFO焼きそば」の話しか出てこない。

さて、現代の昼間のUFO動画を見ていると、一つのパターンがあることに気づいた。

いつもと変わらぬ平和な空を眺めている、はずが何かが飛んでいるのに気付く。鳥か、それとも飛行機かとズームしていくと、明らかな人工物であることに気づく。だが、その形状は飛行機やヘリコプターとは程遠く、どんな原理で飛んでいるかも不明。ここで「オーマイゴッド! UFOだ!」と驚くわけだ。

僕はこの「ズーム」という行為に注目した。

ズームすることで初めてUFOだとわかる。

つまり、肉眼では何なのかよくわからない、ということだ。

これでは、UFOに関する伝承が残らないのも当然である。肉眼では鳥と大差ないのだから。ズームして拡大して、はじめてUFOだと気づくのだ。

つまり、「ズーム」という機能を手に入れたことで、我々は初めてUFOを発見できるようになったのだ。

少なくとも、映画「インデペンデンスデイ」のような、肉眼でもはっきりとUFOだとわかるサイズが飛んでいる動画はネットでは見つけられなかった。

一方、写真だと「肉眼でもはっきりと見えるUFO」はいくつか見つかった。

おわかりいただけるだろうか……。

UFOが明らかに太陽の光らしきものを反射しているにもかかわらず、その影がどこにもないのだ……。

影は光源に近いほど大きくなる。まあまあの上空を、まあまあの大きさのものが浮いているのだ。太陽の位置からして、UFOの少し後ろにまあまあの大きさの丸い影ができていないとおかしいのだ。

まさに、物理学の常識を超越した怪奇現象だ。まるで、まるでもともと上空には何もなかった、と言いたげな写真である。

続いてこちらのお写真。

おわかりいただけるだろうか……。

UFOの底が見えないのだ……。

ちなみに、こちらは私が西葛西で撮ってきた飛行機の写真。かなり低空を通っていたので、面白くて撮影した。

この通り、地上から飛行物体を撮影すれば、底の部分がよく見える形となる。

ところが、このUFO写真は、上空に浮いているUFOをどういうわけか正面からとらえているのだ。

UFOは家の上空を飛んでいるように見える。写真にぼんやり写っているドアが地上から数えて3mの高さだとすると、UFOが飛んでいるのは上空10m。写りこんでいる車の長さが5mだとすると、UFOの真下の地点までなら、目算だがこの車は2台止められそうである。ということは、UFOはカメラから10m離れたところで、10m上空を飛んでいるということだ。

直線距離にして約14m。角度はななめ45度。

ためしに、自分の腕をななめ45度に伸ばして、手のひらを水平にして見てほしい。自分の手相がよく見えるはずだ。

そう、ななめ45度のところにあるUFOなら、もうちょっと底の部分が見えていないとおかしい。具体的には、円を少しへこました程度の楕円形に底の部分が見えていないとおかしいのだ。

ところが、この写真はカメラに対してUFOが正面から写っている。影のように見える部分を実は底の部分なのだと好意的に解釈しても、こんな細い線の様にしか見えないことは考えられない。

結論から言うと、このUFOはななめ45度に傾いた状態で浮いていた、ということになる。どうしてそんな不安定な状態で浮いていたのか。UFOも整備不良だったのだろうか。

さて、気になるのがこの肉眼でもはっきりと見えるUFOはいずれも、60年代アメリカ、といった感じの画質だということだ。古い写真である。

一方、最近のUFO動画を見ていると、ズームして初めてわかるくらい上空を飛んでいるのが多い。

写真全盛の時代は、UFOも低空を飛べたのだ。

ところが、動画全盛の時代はそうはいかない。UFOが出現してから飛び去るまでの一部始終が記録される。

肉眼で見えるくらいの高さを数十秒間にわたって飛んでしまうと、「ほかに目撃者はいなかったのか」「ほかに同じものを撮影した動画はないのか」「マスコミが話題にしないのか」と、写真の時は気にならなかった様々な「不都合な」疑問が出てきてしまう。

なので、UFOはより上空を飛んでもらわなければならなくなった。「はるか上空を飛んでいて、ズームしたから初めてわかったんだすよ。肉眼じゃよくわからないから、他の目撃者がいないのも納得でしょ?」というわけだ。

低空を飛ぶといろいろと「不都合」なので上空を飛んで、ズームして見つけてもらう。UFOという妖怪はなかなか奥ゆかしいやつだ。

また、UFO写真には一緒に写ってくれる背景が不可欠だ。UFO単体だけ撮っても「模型を撮ったんじゃないの?」と疑われてしまう。一緒に家とか森とかが写っていて、その上空を飛んでいるところを移して初めて「UFO」と認識してもらえるのだ。

ところが、動画全盛の時代になって、背景と一緒に映る必要はなくなった。家とか森とかの上に何かが飛んでいる。ズームしていくとそれがUFOだとわかる。はるか上空を飛んでいるのでズームすると家とか森とかは映らなくなるが、最初のシーンには写っていて、そこから連続した動画なので、「模型だけズームで撮ったのでは?」なんて疑われずにすむ。

まとめ

昔の人はUFOを見ていたのか。

夜の場合は見ていたとしても「変な流れ星」程度にしか思わなかったのではないだろうか。それがUFOであると考えるようになったのは、流れ星の正体がわかってからだ。

昼間のUFOに関しては、低空を飛ばれるといろいろと不都合がある。昔の人が村の中で「こんなのを見たよ」と言っても、「いやいや、俺たち近くにいたけど、誰もそんなの見てないよ」と言われておしまいである。ズーム機能のあるカメラが出てきたことにより、「はるか上空を飛ぶ肉眼では見えないUFOをわざわざズームして見つけました」ということができるのだ。

そして、一つだけ疑問が残る。

今回、「火の玉妖怪」の伝承が多く残っていることを検証した。彼らはかなり低空を飛び、人に触れることもあったという。

彼らは現代では、一体どこに行ってしまったのだろうか。

小説 あしたてんきになぁれ 第16話「公衆電話、ところによりギター」

10月のある日、たまきは「城」を追い出されるように公園にやってくる。どこに行っても馴染めないと仙人に話すたまき。だが、「城」に帰ってきたたまきの身に、思いもよらない事態が待ち受ける!

「あしなれ」第16話、スタート!


小説 あしたてんきになぁれ 第15話「クラゲときどきハチ公、ところによりネズミ」

「あしたてんきになぁれ」によく出てくる人たち


十月二十一日 午後三時半 曇り

写真はイメージです

秋が深まってきて日に日に気温が下がっている、らしい。

しかし、シブヤに買い物に行って以降、たまきはほとんど「城(キャッスル)」に引きこもっていたので、天気の変化を実感できない。銭湯に行くのもおっくうで、最近は厨房で頭を洗い、体を洗ってている。

今日もやけに明るいピンクのソファの上でごろごろ寝転がって過ごす。昨日もそうだった気がするし、おとといもそうだった気がする。

このまま自分はごろごろ転がったまま死んでいくのだろうか。

たまきは右手首の包帯に触れる。指で少し触れるだけでじんわりとした痛みが手首に走る。

同居人はというと志保は本を読んでいた。依存症のナントカと表紙には書かれている。志保の通っている施設の図書室から借りてきたものらしい。

一方、亜美は何とも退屈そうに携帯電話を眺めていた。あんなに小さな携帯電話の向こうっていったいどんな世界が広がっているのだろうか。

今日もこうしてごろごろして日が暮れていくのだろう。明日もそうだし、明後日もきっとそうなんだろう。

そんな明日なんか、いらない。

ふと、亜美と目があった。亜美は一回、志保の方を見て、それからもう一回たまきを見ると、立ち上がった。

「たまき」

ちょっと強めの言い方だ。

「お前、いつまでごろごろしてるんだ!」

なんだか、心の中を読まれたような気がする。

「毎日毎日ごろごろして、不健康だと思わないのか!」

たまきも不健康だと思う。だが、健康とは長生きしたい人間が求めるものであり、たまきは別に自分が不健康でも気にしない。

「どっか行って遊んできなさい!」

『きなさい』という口調はいつもの亜美とはちょっと違い、なんだかおかしかった。たまきは口元を緩める。

「笑う元気があるなら、遊んできなさい!」

どうして遊ぶことを強要されなければいけないのか。

「行くところなんかないです……」

たまきは寝っころがりながらそう答えた。

「ミチのところにでも行ってくればいいだろ。あいつ、いつも公園にいるんじゃねぇの?」

「私、あの人、きらいです」

そういうとたまきは亜美に背を向けた。

「じゃあ、前言ってたホームレスのおっさんいるだろ、お前の絵をほめてくれた人。そのおっさんのところに遊びにけばいいじゃねぇか」

そういえば、もうひと月ぐらい仙人にあっていない気がする。

どうしてるだろうか。公園に戻っているのだろうか。これから冬になっていくというのに、寒くないのだろうか。

たまきはのそりと起き上がると、テーブルの上に置いてある肩掛け式のカバンを手に取り、黒いニット帽をかぶった。カバンからはスケッチブックがはみ出ている。

「お前、前から思ってたんだけどさ、スケッチブック、入りきれてねぇじゃん」

「……これしか持ってないんで」

そういうと、たまきは玄関で靴を履き、ドアノブを押して出て行った。

「……行ってきます」

「死なずに帰ってこいよー!」

「死ぬ気分じゃないです……」

ドアが閉まり、内側にかけられたネームプレートが揺れる。

ドアが閉まったことを確認すると、亜美は志保の方を振り向いた。

「ちょっと乱暴だったんじゃないの?」

志保が本を傍らに置いて言う。

「ああでもしねぇと、あいつは外に出ないって」

亜美は志保の方に近づいた。

「っていうか、ほんとに大丈夫なんだろうな。あいつ、いつも通り元気ないぞ?」

「大丈夫だよ。ちゃんと、メモ取ってるもん。間違いないよ」

志保はそう言うと立ち上がった。

「じゃ、はじめようか」

 

 

十月二十一日 午後三時四十五分 曇り

写真はイメージです

秋が深まって日に日に寒くなっているというのは、どうやら本当だったらしい。

たまきはとぼとぼと公園に向かう。道沿いには何人かのホームレスが段ボールを砦のように重ねて家を作っている。彼らに気を配るものは誰もいない。

歩道橋を渡って公園に入った。いつの間にか木々は黄色に染まっている。

冷たい空気をかき分けてたまきは公園の奥の方へと進んだ。

半月ほど前はここで大きなイベントをやっていたのだが、今は跡形もない。もしかしたら、あの時の屋台もステージも全部、砂でできていたのかもしれない。

鬱蒼と繁る木々の向こうにたまきは目を凝らした。

青い何かが見えた。たまきは、落ち葉を踏みしめて林の中へと入っていく。

そこには、青いビニールシートに包まれた、ベニヤ板のお化けのような小屋だった。夏に見たものよりは一回り小さいが、「庵」で間違いない。

「久しぶりだね、お嬢ちゃん」

聞きなじみのあるハスキーな声がして、たまきは振り向いた。

ジャンパーを着て、キャップをかぶった仙人がそこにいた。椅子に腰かけている。

たまきは何も言わず、ただ、ぺこりと頭を下げた。

「うん、その帽子は似合っとるな」

仙人はそう言ってほほ笑んだ。

 

 

十月二十一日 午後四時 曇り

 

たまきは、仙人が差し出した椅子に腰かけた。椅子の上から、小さくなった庵を見る。

「なあに、毎年のことだ」

そう言って仙人は笑った。

「毎年毎年作って、少しずつ大きくして、祭りの時期が来たら取り壊しだ。また一からやり直し」

「せっかく作ったのに……」

「仕方はあるまい。わしらはここにいてはいけないのだからな」

風に吹かれた木の葉がはらはらと舞い落ちる。

「それに、居場所というのはそういうものだ。大切に築き上げたものが、ある日ぷっつりと消えてなくなる」

そういうと仙人はカップ酒を口に運んだ。

「お嬢ちゃんは祭りには行ったのか?」

「……はい」

「どうだった?」

「……まあ」

仙人はそれ以上、祭りについて聞くことはなかった。

「あの……」

そう言ってたまきはスケッチブックを仙人に差し出した。

「お嬢ちゃんの絵を見せてもらうのも久しぶりだ。どれどれ」

仙人はやさしくも真剣な目つきでスケッチブックをめくる。

「これはシブヤだなぁ」

「この前……、友達と一緒に行ったんです。帰った後で思い出しながら描いたんですけど……」

「なるほどなぁ。お前さんにはこういう風に見えとったかぁ……」

そういうと仙人はたまきにスケッチブックを返した。

「大冒険だったな。そんなに怖かったか」

たまきは仙人の言葉にドキッとした。

「怖かったというか……、その……、私はここにいてはいけないんだなって思って……」

たまきは視線を落として答えた。

「昔から……、どこ行ってもなじめなくて……」

「でも、いっしょにシブヤに行ってくれる友達はいるんだろう?」

たまきは地蔵のように動かなかった。

「……友達になれたのかなって思ってたけど……、二人とも私に似たところがあるのかなって思ってたけど……、でも二人とも、やっぱりあっち側の人で……」

「あっちっていうのはどこだい?」

仙人のハスキーな声が優しく尋ねる。

「……どこと言われても……」

あっちはあっちだ。

「お嬢ちゃん。順番が違うんだよ」

仙人は少し身を乗り出し、優しい口調でたまきに言った。

「友達だと思ってた人が実はあっち側の人だったんじゃない。わしはお嬢ちゃんの友達がどんな人かは知らんが、お嬢ちゃんの話を聞くかぎり、『あっち側』の人なんだろう。あっち側の人だったはずの子たちと、お嬢ちゃんは友達になれたんだ。あっち側だったはずの子にも、お嬢ちゃんに似たところがあったんだ」

「でも……二人は私のことをわかってくれません……。今日だって追い出されるような感じでここに来たし……」

「じゃあ、お嬢ちゃんはその友達二人のことをよくわかっているのかい?」

「それは……」

たまきは言葉に詰まった。

「お嬢ちゃん、ちがうから友達になるんだ。わからないから友達になるんだ」

雑木林は少し薄暗くなってきた。たまきは確認するようにあたりを見渡す。

「……ありがとうございます。少し……すっきりしました。……帰ります」

たまきは立ち上がろうとしたが、仙人はそれを制した。

「おお、ちょっと待て。久しぶりにきたんだ。もう少しゆっくりしていったらどうだ。そうだ、お菓子があるぞ」

そう言って仙人は柿ピーの袋を取り出した。

 

 

十月二十一日 同刻

 

「城」の玄関を開けて舞が入ってきた。

「おっす、やってるな」

「城」の中を見渡して舞が言う。舞が来たことを知ると亜美は作業をやめ、舞の元へと駆け寄った。

「お疲れっす。先生、あれ、持ってきてくれた?」

「ああ」

舞は手に提げた二つのビニール袋を見せた。それは、以前に亜美と志保がシブヤで買った本屋の包みと、それより二回り大きな包みだ。

「なんか悪かったっすね。買ったはいいけど、ここに置いとくわけにはいかなくて」

その言葉を聞いて、舞はきょとんとした目で亜美を見た。

「なんか、はじめてお前の口から、『遠慮』を聞いた気がする」

「エンリョ? ウチ今、『エンリョ』なんて言いましたっけ?」

「ああもういい。忘れろ」

そういうと舞は厨房へと向かった。厨房では志保が作業をしている。

「手伝おうか?」

「あ、お願いします」

そこに再びドアの開く音が聞こえた。

「お疲れっす!」

ミチがギターケースを担いで入ってきた。

「いやぁ、めっきり寒くなりましたね。うわぁ、だいぶ進んでるッすね。なんか手伝いましょうか?」

ミチはギターケースを下ろしながらそう言った。亜美はそんなミチの肩に手を置く。

「いや、ミチ、お前には重要な任務を任せたい」

「なんすか?」

亜美の改まった口調にミチも身構える。

「見張りで外に立ってろ」

「え……外……?」

ミチの脳内でさっき彼自身が言った「めっきり寒くなった」がリフレインを始めた。

 

 

十月二十一日 午後四時四十五分 曇り

 

やっぱり、自分はどこに行っても場違いだとたまきは改めて思う。

たまきの前には幾人かのホームレスがいて酒盛りを始めていた。何人かは見覚えもあるが、それでもどこかいたたまれないような気持ちがぬぐえない。

この公園にいてはいけないホームレスたち。彼らの中でさえ、たまきは場違いだった。

学校に行っても場違いで、家に引きこもっていても場違い。あの家にとって、たまきのようなおかしな子は場違いだったのだ。だからと言って家出をしてみても、やっぱりどこへ行っても場違いらしい。

どこへ行ってもなじめないのなら、死ぬしかないじゃないか。

しかし、死んでそれで終わりならいいけど、万が一死後の世界なんてものがあったらたまったもんじゃない。きっとあの世ですらたまきはなじめないのだろう。たまきみたいな手に負えない悪い子はきっと地獄に落ちるのだろうが、もしも天国に行けたとして、天国になじめないかもしれない。天国でたまき一人、地獄のような日々を送るのだ、きっと。

柿ピーをポリポリつまみながらそんなことを考えていると、隣に座わる仙人が優しく笑った。きっと、たまきがどうせまた暗いことを考えているなんて、見透かされているんだろう。

「お嬢ちゃんは、人より繊細なんだよ」

やっぱり見透かされているようだ。

「だから、普通の人が気にしないようなことを気にして、普通の人が怯えないようなことにおびえてしまう。それはとても息苦しいことだ」

自分が繊細なのかどうか、たまきは自分ではよくわからなかった。でも、仙人の言う「息苦しい」はわかる。

「私は……、『生まれてきてよかった』とか、『生きていてよかった』とか、思ったことありません」

三億個もの精子が卵子を目指し、受精できるのはたったの一個。人は生まれて来ただけで奇跡なのだという。

生まれて来ただけで奇跡だというのなら、たまきはきっと生まれて来ただけで運を使い果たしてしまったに違いない。

そんなたまきを見て仙人はまた優しく笑う。

「まあ、『とても幸せだ』なんて鈍感な奴の言うセリフだからな」

仙人の言葉に、たまきは訝しむように仙人を見る。

「世の中には見たくないもの、都合の悪いものもたくさんただよってる。お前さんみたいな子は繊細だから、そういうものに気付いてしまう。『毎日が楽しくて幸せだ』なんて笑顔で言える奴は、鈍感だからそういうマイナスなものに気付いていないだけさ。本物の幸せは、そういうマイナスなこともちゃんと肌で感じていて、それでも自分は幸せだって言えるときのことを言うのさ」

たまきはよくわからない、といった顔で仙人を見る。

「例えば、お嬢ちゃんの年じゃまだ縁がないだろうが、覚醒剤とかに手を出す奴がいるだろう」

友達がそうです、とはたまきは言えなかった。

「ああいった薬は繊細な人間が鈍感になるのにはもってこいだ。余計なことは忘れて快楽を得られるからな。もっとも、あとあとやってくるマイナスがおぞましいわけだが」

仙人はたまきのメガネの奥の瞳をじっと見据える。

「お前さんもそのうち、そういう幸せではなく、ちゃんとした幸せを感じれる時が来るさ。生まれてよかったとは思えないけど、それでも自分は幸せだってな。それは、マイナスなことに目をつむって感じる薬のような幸せじゃない。マイナスをちゃんと肌で感じて、そのうえで幸せを感じとるんだ。自分にはこんなマイナスがある。でもこんなプラスもあるから幸せだってな。お前さんなら大丈夫。あんなにいい絵が描けるんだから」

気づけば、もう太陽はビルの向こうに沈んでいた。

「さあ、そろそろ暗くなる。おうちへおかえり」

 

 

十月二十一日 午後五時 曇り

写真はイメージです

信号が青になった。たまきは大通りを渡り、歓楽街に入っていく。たまきの後ろでトラックのけたたましい音が聞こえる。

「そのうち幸せと思える」なんて、仙人も案外とあいまいなことをいうものだ。たまきはそう感じていた。大人が言う「そのうち」や「いつか」なんてやってきたためしがない。

とぼとぼと歩きながら太田ビルが見えてきた。たまきはふと上を見上げる。

太田ビルの階段から見慣れた顔が見えていることに気付いた。ミチだ。まあ、二階のラーメン屋でアルバイトをしているのだから、いても不思議ではない。

たまきは太田ビルの階段を上る。五階まで昇るのはしんどいのだが、この運動が無かったらたまきみたいな子はいよいよ不健康になるのだろう。

ふと、たまきはあることに気付いた。ミチがいたのは二階のラーメン屋ではなく、もっと上の階だった気がする。まあ、どうでもいいことだ。

5階まで登り切り、たまきは「城」のドアをコンコンとノックすると中に入った。

中は真っ暗だった。ただでさえ日当たりが悪いうえ窓は厨房にしかなく、もうこの時間帯は電気を消せば「城」の中は真っ暗だ。

でも、どうして真っ暗なんだろう。今まで、「城」に戻ってきたら誰もいなかったなんてことは一度もなかった。そもそも、たまきは鍵を持っていないのだから、誰かいないと「城」に入れないし、亜美と志保が開けっ放しにして「城」を離れたことも一度もなかった。

たまきはとりあえず靴を脱いだ。頭の中にこの前見た忠犬ハチ公の銅像を思い出して不安になる。

足元を触ると自分のもの以外の靴があることがわかった。誰かがここで靴を脱いで中にいることは間違いない。もしかしたら、また泥棒が入ったのかも。

たまきは不安で胸が締め付けられていた。強盗に襲われるのが怖いのではない。何が起きているのかがわからないのが怖いのだ。たまきは不安げにか細い声を出す。

「亜美さん……? 志保さん……?」

とりあえず、電気をつけよう。そう思ってスイッチを探そうとしたたまきの目に、オレンジの明かりが映った。

暗闇の中で煌々と輝き、はかなげに揺れ、それでもひときわ明るく輝いている。それが何かが燃えている様だと気付いた時、たまきは反射的に火事だと思った。刹那、仙人の言葉が脳内再生される。

「居場所というのはそういうものだ。大切に築き上げたものが、ある日ぷっつりと消えてなくなる」

自分が焼け死ぬことよりも、この「城」という場所がなくなることの方がたまきには恐ろしいことのように思えた。

ふと、冷静になり、見えている炎が思ったより大きくないということに気付いた時、急に視界が明るくなった。そして何かの破裂音と火薬の匂い。

ああ、いよいよもって死ねるのか。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

たまきの死への渇望をかき消すかのように、アコースティックギターの音に乗せてミチによく似た男の明るい声が聞こえた。

「はっぴばーすでーとぅーゆー♪」

ギターの伴奏に合わせて何人かの歌声が聞こえる。ほとんどが女性のようだが、さっきのミチのような少年の声も聞こえる。それにしても、この歌、なんの歌だっけ。

「ハッピバースデートゥーユー♪」

ほとんど同じフレーズを繰り返す。たまきはこの歌が、誰かの誕生日を祝うために世界中で歌われている歌であることに気付いた。とはいえ、歌ったことも、生で誰かが歌うのを聞いたこともないので、気づくのが遅れてしまった。気づくのが遅いと言えば、火事だと思っていたのはろうそくの炎で、それがケーキに刺さったろうそくだということにも気づいた。明るい中で改めてみると、普通に安全なろうそくの火だ。

どうやら、今日は誰かの誕生日らしい。誕生日を祝ってもらえるなんて、何ともうらやましい限りだ。

「ハッピバースデーディアたまきちゃ~ん♪」

唐突に自分の名前が出てきてたまきはパニックになった。

え? わたし? なんで? だって、私の誕生日は十月のにじゅういち……、

あれ?

「ハッピバースデートゥーユー♪」

ミチがギターをじゃかじゃかとかき鳴らす。たまきは部屋の中を見渡した。ギターを弾くミチ、ケーキの両脇には亜美と志保がいて、みんな笑顔で歌っている。少し離れたところには舞もいて、軽く口ずさむという感じだが、顔には笑みがこぼれている。

「たまきちゃん、お誕生日、おめでと―!!」

パン! という破裂音とともに紙テープが宙を舞った。再び、火薬のにおいが鼻につく。どうやら、さっき聞いた破裂音とにおいもこのクラッカーだったらしい。

たまきは、空が落っこちてきたかのような戸惑った顔をして、不安げに口を開いた。

「今日って、二十一日ですか?」

「そうだよ」

志保が答える。

「十月の?」

「ずっと十月だったぜ」

亜美がそう言って笑う。

「誕生日でしょ、今日?」

「……はい」

たまきは戸惑っているのが恥ずかしそうにうつむきながら答えた。

十月二十一日。それはたまきにとって最大の黒歴史、つまり何を間違えたのかこの世に生まれ落ちてしまったことを記念する日である。

「な、なんで私の誕生日知ってるんですか?」

「亜美ちゃんの誕生日の時、たまきちゃんの誕生日いつなのか聞いたじゃない」

志保が笑いながら答える。

「覚えてくれてたんですか?」

「あの後すぐ手帳にメモったよ」

志保の言葉に、たまきは心臓がひときわ高鳴るのを感じた。

「お前、いつも通り元気ねぇんだもん。ほんとに今日、誕生日なのかと疑ったよ」

「亜美ちゃん、三回ぐらい疑ってたよね。ほんとに今日なのかって」

そんな話を聞きながら、たまきの頭の中にいつかの仙人の言葉がよみがえる。

「誕生日を祝うということは、生まれてくれてありがとう、出会ってくれてありがとうというメッセージを伝える、ということだ」

ふと、ケーキに目をやると、まだろうそくの火がゆらゆらと燃えている。

「ほら、たまき、お前が吹き消すんだぞ」

亜美が笑いながらたまきの背中をそっと押した。たまきはケーキの前に立つと、少し腰を落として、炎に息を吹きかけた。ふうふうと吹きかけるのだが、16本のろうそくのうち3本の火が消えただけで、あとはたまきの息にゆらりと揺れるだけ。肺活量が足らないらしく、いくら吹きかけても消えやしない。

すると急に亜美が横から顔を出し、一息で10本近く消してしまった。

「あー!」

そう言って声を上げたのは志保だった。

「なんで亜美ちゃんが消しちゃうの!? これ、たまきちゃんのバースデーケーキだよ?」

「こいつにやらせてたらいつまでたってもきえねぇだろ」

「もう……」

そういうと志保は腰をかがめ、残ったろうそくの炎を吹き消した。

「あ……」

今度はたまきが声を上げた。

「お前だって消しちゃったじゃないか」

亜美がそういうと、志保が悪戯っぽく笑った。

ふと、たまきの隣にミチが来る。

「本当はさ、仙人のおっさんも呼ぼうと思ってたんだけどさ」

「仙人て、たまきが言ってたホームレスのおっさんだっけ?」

亜美の言葉にミチがそうそうとうなづく。

「でも、おっさん、『わしのようなフンコロガシが行ったら、お嬢ちゃんの誕生パーティが汚れてしまう』ってどうしても行かないっつって」

ミチは少し低くハスキーな感じで仙人の声を真似した。たいして似てなかったが、真似しようとしていることだけは何となくわかった。

「だから来る代わりに準備ができるまで、たまきちゃんを足止めしてくれるように頼んだんだ」

「じゃあ、今日、遊んでくるように言ったのは……」

「バカ、お前がここにいたら、サプライズパーティの準備ができないだろ?」

たまきは改めて部屋を見渡す。色とりどりの折り紙で飾り付けをしてある。

仙人は今日、たまきが誕生日であることも、誕生日パーティがあることも知っていたのだ。「そのうち幸せと思える」の「そのうち」がすぐ来ることを知っていたのだ。

「じつは、たまきちゃんにプレゼントがありま~す」

志保がそういうと、舞が衣裳部屋から何かの包みを二つ持ってきた。一つは本屋の包み。もう一つはそれより二回り大きな包み。

「みんなでお金出しあったんだよ」

志保が笑顔で言ったが、

「おい、あたしが半分出して、お前ら三人で残り半分だからな」

と舞が付け足した。

「どっち先に渡す?」

「たまきに決めさせようぜ。たまき、どっちがいい?」

舞の問いかけに、たまきは大きい方の包みを指さした。いったい何が入っているのだろうか。

志保から大きい方の包みを手渡される。

「開けてみて」

がさがさと音を立てて、たまきは包みを開けた。

中には布製品が入っていた。灰色の布でできたそれは、リュックサックだった。全体的に洋服を作るのに使いそうな布でできていて、ふにゃっとしている。

たまきは試しに背負ってみた。軽い。

「いつもカバンからスケッチブックが飛び出たまんま外に出てただろ? これなら、スケッチブックも入るぞ」

「……ありがとうございます」

プレゼントそのものよりも、ちゃんと自分のことを見ていてくれていたことの方に、たまきは吐息が熱くなるのを感じた。

「もう一個の方も開けてみて」

志保が本屋の包みを渡す。がさがさと音を立てながら、たまきは中身を取り出した。

案の定、本である。表紙に男の顔が描かれている。油絵だ。

空色の背景に髭の生えた西洋人の男が描かれている。絵筆の後がはっきりとわかる独特のタッチだが、荒々しい画風とは裏腹に、繊細に描かれた男の顔は彼の人間性を深く醸し出している。

その本は「ゴッホコレクション」と題されていた。雑誌ていどの厚さの本で、ぱらぱらとめくるとひまわりの絵だったり、夜景の絵だったり、ゴッホの絵が何枚も収録されていた。

これがゴッホなんだ、とたまきは魅入られたかのようにページをめくる。

「たまきちゃん、絵が好きだし興味あるかな~、と思って」

志保が悪戯っぽく微笑む。

「あ、ありがとうございます」

たまきは一通りページをめくり終えると、4人の方に向いて頭を下げた。そのままうつむきがちにぽつりとしゃべり始める。

「私、生まれてきてよかったとか、生きててよかったとか思ったことないんです。でも、こんな風に祝ってもらえて……」

たまきははっきりと顔を挙げた。

「私、死なないで……よかったです」

たまきの言葉に亜美は明るく笑い、志保はやさしく笑った。

「よかった、喜んでもらえて」

「じゃ、ケーキ食う前に記念写真撮るぞ」

舞がカメラを手にそう言った。

「たまき、お前、今日はちゃんと映れよ。メガネ星人はなしだぜ」

亜美がたまきの肩をバンバンと叩きながら言った。

「今日は……たぶん大丈夫です」

「なんすか、メガネ怪人って?」

ミチが横から口を出す。

ケーキを持って立ったたまきの後ろに、亜美と志保が立つ。たまきの右斜め後ろに志保、左斜め後ろに亜美。志保の隣には舞が立ち、亜美の隣にはミチが立つ。5人は舞が持ってきた三脚の上のカメラを見つめる。

カメラのライトが点滅し、フラッシュが光った。舞はカメラを確認する。

「見てみるか?」

立ち上げたノートパソコンに舞はカメラを繋いだ。写真が画面いっぱいに拡大される。

「たまきちゃん、いい笑顔してるじゃない」

志保が声をあげると、たまきは顔を赤らめた。

「いやぁ、まだ堅いって」

「えー、この前よりいい笑顔じゃん」

「まあ、メガネ星人よりはましだけどさ」

たまきも画面を覗き込む。

……こんな表情、私もできたんだ。

「よし、手作りケーキ食おうぜ! 志保、ケーキ切り分けてよ」

亜美が勢いよく言った。

「えっ! これ、手作りなんですか?」

たまきが驚いたようにケーキを見て、そのあと厨房を見る。いくら何でも、ケーキを焼くような設備なんてあったっけ?

「手作りと言っても、買ってきたスポンジに生クリームぬって、フルーツ乗せただけだよ」

志保が笑いながら傍らのナイフを手に、ケーキを切り分け始める。

「来年はもっと派手にやろうぜ」

亜美が馬鹿みたいに明るく言う。

「ほら、レストランとか言ってさ、よくあるじゃん。お店が急に暗くなって、ケーキが運ばれて、お店みんなで祝うやつ。あれやろうぜ」

「……やめてください。はずかしいです。そうなったら私、逃げます」

たまきが少し目線を落としていった。

 

 

十月二十一日 午後七時 晴れ

バイトがあるから、とミチが「城」を出た。なんだか宴に一区切りがついたかのような雰囲気だ。

ケーキはすっかり平らげられ、テーブルの上には下のコンビニで買ったお菓子やお総菜、ジュースの缶が置かれている。

志保は使い終わった道具を洗い始め、亜美はソファの上にごろごろ転がりながら携帯電話を見ている。洗い物の音を聞きながら、たまきはぼうっとしていた。

私の人生にも、こんなこと、起きるんだな……。

お皿に付いた生クリームを人差し指ですくってぺろりとなめる。舌先に広がる甘い風味の余韻を味わうように息を吸う。

ふと、舞がたまきのすぐ横に腰を下ろした。

「いくつになったんだ、お前」

「……十六です」

「女子の十六つったら、もう結婚できる年だぞ」

「……相手がいません」

たまきが少し笑みを見せる。

「どうだった、今日は」

「たのしかったし……、うれしかったです」

たまきは、そういうと皿に残った生クリームの跡を眺めた。

「そこにパソコンがあるぞ。ネットにつながってる」

舞はテーブルの上のパソコンを指さした。

「ネットに書き込むか? 私はリア充ですって」

「言いません、だれにも」

たまきはやさしく微笑みながら、首を横に振った。

「誰かに言ったら、幸せが逃げちゃう気がするから」

「そうか」

舞は終始笑顔だ。

「でもさ、お前の家族には言ってもいいんじゃないか?」

「え?」

たまきは舞の目を見た。

「まだ、一度も連絡してないんだろ? 心配してるぞ。生きてるってことぐらい教えてやれ」

「……私なんかいなくなったって、どうせ心配なんかしてないです」

「だったら、見せつけてやれよ。あんたらのいないところでそれなりに楽しくやってるって」

たまきはゆっくりと立ち上がると、黒いニット帽をかぶり、もらったばかりのリュックを背負った。さっき、中に財布を入れたばかりだ。

たまきは立ち上がると、玄関のドアを開けた。吊るされたネームプレートが静かに揺れる。

 

十月二十一日 午後七時十分 月夜

写真はイメージです

いつの間にか雲は晴れ、お月様が顔を出している。

夜の歓楽街は多くの人が闊歩している。サラリーマン、学生らしき若者のグループ、客引きなどなど。闇の中でネオンサインが煌々と輝き、むしろ夜の方がきらびやかに感じる。その中を縫うようにたまきはとことこと歩いていく。背中に背負ったグレーのリュックがたまきの歩調に合わせて揺れている。

コンビニの前でたまきは足を止めた。

今どき珍しい、緑の公衆電話がある。誰もが携帯電話を持って当たり前の時代になっても、相変わらずそこにあり続ける。

公衆電話を必要とする人なんて、公衆電話に目を向ける人なんてほとんどいないだろう。

それでも、必要としてくれるほんのわずかな誰かのために、公衆電話はずっとそこにいる。

たまきは受話器を持って十円を入れると、自宅の電話番号を押した。

ぴぴぽ、ぴぽぱぽ。

呼び出し音が鳴るたびに、心臓が少しずつ締め付けられていく。

おそらく、父親はまだ会社のはずだ。高校生の姉も部活でいないだろう。出るとすれば母親だが、最近、お爺ちゃんの介護でたびたび家を空けることがあったから、いないかもしれない。

『ただいま留守にしております。ピーとなったら、ご用件をお願いします』

自宅の留守電音声なんて初めて聞いた。たまきは安堵で胸をなでおろすと、秋空の吐息と一緒にか細い声でしゃべり始めた。

「……私です」

なんだか、オレオレ詐欺みたいな喋り出しになってしまった。

「……とりあえず、生きてます。……十六才になりました。友達に……、祝ってもらいました」

十円で話せる時間には限りがある。たまきは何を言おうかと言葉を詰まらせ、だいぶ時間を使ってしまった。

「まだ……帰らないから」

ぷーっと音が鳴り、通話時間が終わった。

受話器を握りしめたまま、たまきは通りに目をやる。

たまきより少し上の世代の人たちのグループが談笑しながら歩いていく。男女入り乱れ、おしゃれに身を包み、明るく、笑顔で。

笑い声がたまきの耳の奥に響く。

たぶん、たまきは、ああいう風にはなれない。

誕生日を祝ってくれた人が仙人を含めて5人。きっと、ああいう人たちから見れば笑ってしまうくらい少ない数なのだろう。

たまきは友達が少ない。

でも、友達に恵まれている。今、たまきはそう強く感じていた。

それって、もしかしたら幸せなことなのかもしれない。

たまきは公衆電話の受話器をそっと元に戻した。

みんなに必要とされなくなっても、それでも必要としてくれるごくわずかな誰かのために、公衆電話は今日もそこにある。

つづく


次回 第17話「ガトーショコラのち遺影」

たまきの誕生日の写真が破かれるという事件が発生する! こんなひどいことをする犯人はいったい誰だ! まあ、だいたいわかる気もするけど。

犯人はこいつだ!


クソ青春冒険小説「あしたてんきになぁれ」

オカルト!UFOを妖怪として民俗学してみた

現代のオカルトの代表格と言えるのがUFOだ。今回は、そんなUFOを「現代の妖怪」として、民俗学の立場から分析してみた。空からやってくる現代の妖怪、UFO。日本人と、いや、地球人とUFOのかかわりを民俗学的に分析してみよう。


UFOは存在する!

UFOは、います!

しかし、UFOは宇宙人の乗り物ではない!

どういうことかというと、UFOは「未確認飛行物体」の略称であって、別に宇宙から来たものでなくても、「空を飛んでいたよくわからないもの」をUFOと呼ぶよ、という意味である。

空を飛んでいて、正体が不明ならば、それはもうUFOである。

巷には数多くのUFOの写真や動画が出回っているが、その95%は何かの見間違いか、科学で説明のつく現象であるという。

しかし、それでも5%は何なのかわからない。

これこそがUFOである!

別に宇宙人が乗っていようが、宇宙から来てなかろうが、UFOの定義を十分に満たしている。たとえその正体が風で飛ばされたビニール袋でも、誰にもその正体がばれなければ、それはUFOである。

さて、ここからはみんな大好き、『宇宙人の乗り物』としてのUFOについて見ていこう。

最初のUFO

一体、人類はいつからUFOと遭遇していたのか。

その起源はわからない。へたしたら、人類が初めて空を見上げた日から、人類はUFOと遭遇しているのかもしれない。

一方で、UFOの一般的なイメージである「空飛ぶ円盤」ならば初出がはっきりしている。

それが、ケネス・アーノルド事件である。

1947年アメリカ・ワシントン州。そう、ビッグフットが住むことで有名なワシントン州である(ワシントンD.C.とは別物。高校生の僕はそうとは知らず、ホワイトハウス前で「この辺にビッグフットがいるのか」とあほなことを考えていた)。

ある日、ワシントン州でケネス・アーノルドという人物が昼日中から空を飛んでいた。もちろん、飛行機を操縦して。

すると、正体不明の飛行物体を目撃したのだ!

この目撃談をマスコミは「空飛ぶ円盤」として大々的に報じた。以後、UFO=空飛ぶ円盤というイメージが世界的に定着する。

だが、ここでひとつ残念なお知らせ。

ケネスは実は一言も「空飛ぶ円盤を見た」なんて言っていない。

ケネスが言ったのは「水面をはねるお皿のような飛び方をしていた」であり、形状に関してはむしろ「三日月のような形」と言っていたのだ。ところが、マスコミ発表ではそれが「空飛ぶ円盤」になってしまったのだ。

さて、不思議なことに、UFOに関する伝承はあまり聞かない。古い絵画に空飛ぶ円盤のようなものが書いてある、というパターンはあるが、UFOを見たという昔話はとんと聞かない。目撃談もほとんどが20世紀以降のものなのだ。

江戸時代のUFO

さて、UFOに関する伝承はほとんどないのだが、UFOと言われる絵なら実は日本にも残っている。それが「うつろ舟」と呼ばれるやつだ。

うつろ舟に関する伝承は全国各地に残っている。海岸に見慣れぬ船が流れ着き、その中には異国の人間が乗っていた、という伝承だ。

画像がこちら。

確かに、我々が抱くUFOのイメージによく似ている。

この画像の船は1803年に茨城の海岸に流れ着き、中には異国の女性が乗っていたらしい。

この絵が特に話題なのが、船の中に書かれていたという文字だ。画像の右上にある、記号のようなものがそうだという。

これが宇宙の文字みたいだということで、うつろ舟=UFO=宇宙人の乗り物、などと言われている。

ここで一つ聞きたいのだが、

……誰か「宇宙の文字」の実物を見たことがある、という人がいたら、ぜひ名乗り出てほしい。

そう、「宇宙の文字」の本物を見たことがある地球人は、いない。

誰も「ホンモノ」を見たことがないのに、何をもって「宇宙の文字みたいだ」なのだろうか。

むしろ、これは「今も昔も、日本人が思いつく『まったく見たことない文字』は似たような形である」ことを意味しているのではないだろうか。

さらに言えば、うつろ舟は厳密にはUFOではない。

UFOとは「未確認飛行物体」である。うつろ舟は漂着物であって、飛行物体ではない。うつろ舟が空を飛んでいるところを見た人はいないのだ。

現代のUFO

さて、UFOを妖怪として考えた時、他の妖怪とは決定的に違うことがある。

普通の妖怪は「噂話」として伝えられる。カッパを見たとか、天狗を見たとか、口裂け女に追いかけられたとか、全部噂話、口承文芸だ。

ところが、UFOの場合、「目撃談」もあるのだが、近年では「動画」が主流になっている。

UFOは動画で撮影されている数少ない妖怪の一つともいえる。

そういったUFO動画を見ていると、本当に驚く。

夜、真っ暗な夜空に突如煌々と輝く謎の飛行物体。この映像を見た時は本当に驚いた。

何の必要があって、夜中にピカピカ光っているのか、と。「見つけてくれ」と言わんばかりに。

そもそも、機体の外があんなにピカピカ光ってる意味が分からない。「機内の光が窓から漏れてる」なんてレベルではない。機体の外に明らかに発行体があって、何が目的なのかピカピカ光っているのだ。エネルギーの無駄遣いだと思う。

他にも、UFO動画は不可解なものばっかりだ。

空を飛んでいるのに、どういうわけか真横から光を受けているUFO。ちなみに、映像を見る限り真横に太陽があるようには見えない。いったい、あのUFOは上空で何の光を反射していたというのか。

逆に、真っ赤な夕焼け空に浮かんだ巨大UFOが、全く夕日を反射しない、という不可解な画像も見たことがある。この場合、沈みゆく太陽の方がUFOより下にあるのだから、下からUFOを見上げれば、夕日を反射していないとおかしい。

他にも、飛ぶのにも着陸するのにも、明らかに不向きとしか思えない形状のUFOもある。そこがとがってたるやつとか、どうやって着陸するのだろうか。

いずれにしても、現代の物理学では解明できない、不可解な存在だ。

伝承としてのUFO

さて、先ほども書いたのだが、UFOの目撃談は20世紀以降に集中している。

これまた不可解だ。

人類はほぼ毎日、誰かしら空を見上げている。なのに、UFOを20世紀にはいるまで見なかったというのか。

さらに、飛行機やヘリコプターが登場する前の時代は、空を飛んでいるものは鳥や虫以外は即UFO認定されるはずだ。

にもかかわらず、UFOの伝承は20世紀以降に集中しているのだ。

なぜだろう。

そこで僕は、「UFOの目撃者は飛行機乗りが多い」ということに注目してみた。

特に、ケネス・アーノルドをはじめとする1940~1950年代のUFO目撃者は、飛行機のパイロットに多い。このころからUFOの伝承は数を増す。

飛行機という乗り物は、第一次世界大戦時に大きく発展した。

つまり、UFOは飛行機が空を飛ぶのが当たり前になってきた時代に登場し始めた、ということだ。

思えば、UFOは大体結構でかい。重量もあるはずだ。

そんなものが空を飛ぶ、というのはかつては考えづらいことだった。

空を飛ぶ妖怪は古くからいた。羽を持つ日本の天狗、箒にまたがる西洋の魔女、いずれも、ほとんど身一つで空を飛ぶ。

僕が思い浮かぶ限り、飛行機登場以前で「空を飛べる」とされたもので最も重いのが、太陽の神ヘーリオスの馬車だろう。

ただ、これは誰かが空飛ぶ馬車を目撃したわけではなく、「太陽ってなんで空を飛んでるんだろうね?」「馬車で運んでるんじゃね?」的な発想で飛んでいたんだと思う。「馬車は空を飛べる」と思われていたのではなく、「なぜ太陽は上ったり下りたりするのか」の理由づけとして「神様が馬車で運んでいる」という風に考えられたのだ。

まあ、何が言いたいのかというと、飛行機が登場するまで、「空飛ぶ妖怪」は盛んに考えられても、「空飛ぶ乗り物」はあまり考えられなかったのである。

とはいえ、一部例外はある。岩手県には船が空を飛んだという話がある。竹取物語には月からやってきた「空飛ぶ牛車」が登場する。

だが、一般的には、人間の体一つ飛ぶので精いっぱい。「乗り物クラスの重量のものが空飛ぶわけない」と考えられていたのだ。

ところが、飛行機が「人体よりはるかに重いものでも、空を飛べる」ということを証明してしまった。

そこでようやく、空飛ぶ乗り物、すなわちUFOの伝承が生まれたのだ。

UFOは、人間の科学力が「乗り物でも空を飛べる」というレベルに追い付くまで、ずっと待っていたのだ。

きっと、地球人は、宇宙人に人間の科学力の一歩先を行っていてほしいのだ。人間が空飛ぶ乗り物を自在に操るなら、宇宙人にはどう考えても空を飛びそうにないフォルムの乗り物に乗っていてほしいのだ。反重力とかいう謎の動力で空を飛んでほしいのだ。突然消えるみたいな、物理の法則を完全に無視した飛び方をしてほしいのだ。テレパシーみたいな超心理学的な能力を持っていてほしいのだ。

UFOとは、科学時代の妖怪なのだ。

かつて、河童や天狗は神通力を持っていると思われていた。人間にはない魔術的な力を持っていると考えられていた。タヌキやキツネは人間にはできない「化ける」という行為ができると考えていた。

こういったものが信じられていた時代は、魔術が科学よりも強かった。

やがて科学が発展し、いつしか魔術は迷信として退けられ、科学こそが確かなものとして扱われるようになった。

それでも、人間は「自分たちにない、未知の能力を持つ妖怪」を追い求めた。

それこそがUFOであり、宇宙人なのだ。魔術ではなく科学の時代である現代に現れた、人間よりも優れた科学力を持つ妖怪、それがUFOであり、宇宙人なのだ。噂話ではなく、「動画」という科学技術で記録され、伝えられた妖怪なのだ。

UFOはまさに、科学の子、そんな妖怪なのだ。